~雅side~
私はこの一見頼り無さそうな男………後のひーちゃんに興味を持った。
それからしばらくは観察の日々が始まる。
ひーちゃんの事を観察して分かったことは、彼は基本的に甘すぎるということだった。
言い換えるならそれは優しすぎるということなのだが、そこまで良いように取ることは出来ない。
仮にもこれから乱世の主人公になろう男が、そんな性格では生きていけないだろう…。
性格を矯正することは出来ない……。
ならば、彼が自然にそうなるように導けば良い……。
そう思って私は、彼がこの外史に入ることが決まった直後から準備し、いざ彼が外史に入ったら、すぐ彼の傍に人を付け、彼に上の者としての器量や態度を学んでもらうようにした。
それが徐庶であり、凌統であり、彼の仲間なのだ。
彼は見事に人の上に立つ者としての威厳を得つつある……。
さぁ……次はどうしようか…??
この頃になると、もはや彼は私のお気に入りとなっていた。
世話を焼くほど好きになるように、彼に夢中になっていったのだ。
……しかし、この時にはまだ『好き』という感情は生まれていない。
実験動物的興味……この言葉が一番合うかもしれない…。
……初めて夢の中で彼の前に出ていったあの日、彼と話すことが楽しかった。
勿論まだまだ諸侯の一角として立ち上がるには早すぎるかもしれない。
王としての才覚は他の名だたる武将に比べれば大きく差がある。
しかし……私がいる。
私が支えれば、彼はきっとこの世界を統一できる。そう思えた。いやっ、そう思えるほどの才能が彼には在ったと言ったほうが言葉としては正しい。
だから、才能の一角を開いてあげた。
その力の使い方を見定めるために……。
二回目に彼の夢に出ていった時、彼はその才能を大きく開花させ、自分のものとしていた。
その成長の早さに驚きながらも、私の目に狂いが無かったことが分かる。
三回目では、彼はこの外史で大きく成長していた。
その潜在能力から精神面まで……。正に主人公となりえるまでに成長していた。
ここまでの成長を嬉しく思う反面、私の心には新たな感情が生まれつつあった。
『彼がこのまま成長を続ければ、私は彼にとって必要な存在じゃなくなるんではないか…。』
それは不安であり、恐怖であった。
いつの間にか、彼を支えていた私が……彼に依存されるはずだった私が、彼に依存していた。
その真実にたどり着くのに今しばらくの時間がかかった。
そう…私は、彼の傍にいたいのだと……。
彼の事が好きなのだと……。
天帝と言えど、あくまで一人の女…。好きな人が出来ればその人の傍にいたいと思うのが自然の摂理…。
しかし、管理者という立場が私を雁字搦めに縛る。
今のままでは決してかなわぬ恋に、身を焼かれる程の思いがする…。
同時に、彼の傍に居た人……もとはと言えば自分で彼につけた人だが……彼女たちが思いを遂げ、彼と結ばれた様子を見ると、うれしくもあるが同時に心が苦しい…。
自分の好きな人が他の女の人と仲良くしていて、自分はその傍に居れない事が何よりも悔しい……。
私は人生で初めて、ここまで深い恋をし、ここまで深い嫉妬の念に駆られた……。
「ちょっと、天帝ちゃん。大丈夫?」
「……何よ貂蝉。その気色悪いものを今は見せないでくれる。さもないとあんたを切り刻みそうだわ…。」
「何いらいらしてるのよぉ~…。 ははぁ~ん……さては、恋の悩みねぇ~ん。」
「ぎくっ!!」
「はぁ~…ま~ったく、天帝ちゃんは純情(ピュア)なんだからぁ……。 で? どんなことで悩んでるの? 恋のことならこの貂蝉ちゃんにまかせなさ~い。」
「……あんたに任せてたらすべてが崩壊しそうよ…。」
「あらん、手厳しい!!」
「もう放っといて!!」
「………抱え込んじゃだめよん。」
「……。」
「悩み事はね~ぇ。誰かと共有することで些細なものになり、初めて解決法を探せるものよ。あなた一人で悩んだところで一向に答えなんて出ないわ。」
「……。」
ふと、彼が前に言っていた言葉が頭を過ぎる……。
『嬉しさや楽しさは皆と共有すれば何倍にもなるし、悲しいことや不幸なことは皆で共有すれば些細なものだよ……。』
その皆の中に私は居ない……私……だけ……。
胸の奥から何かが溢れ出てくる。
まるで、ダムが決壊したかのように止め処無く。
そしてその何かは涙腺から溢れ出し、一筋の線となって頬を伝い、地面に一滴の染みを作った。
「泣いてるの!? 天帝ちゃん!!」
「……るさい…。この……筋肉だるま~……ぐすっ…。」
「……そう、そんなに抱え込んでたのねぇ~。良いわ、今は思いっきり泣きなさい。幸い、私一人しか居ないからぁ。」
「うぅぅ~…。ううわわわぁぁぁぁぁ~~~~~~ぁぁあぁあぁ~~~~~~。」
それは泣き声とは程遠く、慟哭という言葉が一番しっくり来る気がする。
それほど私は、この時大きな悲しみを背負っていたのだから…。
「……すっきりしたぁ?」
「……えぇ、まぁ…。」
「……そう、よかったわぁ。」
「……ありがと。」
「どういたしまして。序に、何をそんなに悩んでいたのか教えてくれないかしらぁ?」
「……良いの。これはそれこそ大人数でどんなに悩んで、考えても解決しない、そんなことだから。」
「えぇ~。ここまで来てそれはぁないんじゃなぁ~い?」
「……。」
「駄目元だと分かってても良いから、言ってみたらど~う?」
「……叶うことのない恋がここまで辛いとは思っても見なかったわ…。」
「あらぁ~ん。それは聖ちゃんとのことかしら?」
「……それ以外にあるのかしら…。」
「……彼に振られるのが怖いの?」
「それは!! ………怖いわ…。 ひーちゃんに限ってそんなことは無いと思うけど…怖いものは怖いわ…。でも、それよりも困ってることはあるの!!」
「……あなたが管理者で、彼がこの外史の主人公ってこと?」
「……。(コクン)」
私は頷いた後落ち込む。越えなければならない壁はあまりにも膨大で巨大なのだ…。
「………手が無いわけでは無いんだけどねぇ…。」
「えっ……!?」
そんな落ち込み中の私に、貂蝉の一言で光明が射す。
「ただ、これをするとあなたはあなたで無くなるわ。つまり、天帝はいなくなるの。それでも良いの?」
「構わないわ!! それで彼のもとに行けるなら!!」
「……ふぅ~。 少々暴走しすぎな感も否めないけど…。まぁ、乙女は恋に生きる生き物だものねぇ…。分かったわぁ~ん。天帝ちゃんの心意気、確かに受け取ったわ。」
「で? 具体的にどうすれば…。」
「天帝ちゃんが管理者としての立場を放棄して、この外史に転生することを願えば良いのよ♪」
「転生!!? でも、それじゃあ……私は赤ん坊からやり直すの……?」
「安心して…。管理者が転生するときは依り代があって、それは彼らと年の差はほとんどないから…。また、あなたが管理者として生きてきた記憶は(・)残るわ…。」
「過去の記憶は…。じゃあ、未来の記憶は消えるのね。」
「…えぇ。勿論あなたの管理者としての能力もね…。」
「まぁ、そんなもの特に必要じゃないから良いけど……条件が良すぎるわね?」
「……他にもあるわ。」
「もったいぶらなくて良いから早く話しなさいよ。」
「…………あなたはこの外史の中で、自分の正体をばらすことが出来ないわ…。」
貂蝉の言葉が素直に耳に入ってこない…。
「……どういう…こと…?」
「つまり、彼と会えたとしても、彼から見たら、見た目も、声も、雰囲気も違う女の子に会っただけになるかもしれないってこと…。自己紹介も別人としてしか出来ないから、あなただって気付かれないかもしれないって事よ…。」
「っ!!?」
見た目も、声も、雰囲気も…。全てが違う人間を見て、彼は私と気付くだろうか…。
いやっ、その可能性は無に近いだろう…。当たり前か…そんな簡単に彼のもとへ行けるはずが無い…。
「天帝ちゃん…。これが、管理者側からの転生者への制約と契約。 ……それでも、あなたは行く?」
「……。」
何を今さら………答えは既に決まっている。
「勿論よ!! 私だって分かってもらえなくたって、彼の傍にいて、彼の役に立てる可能性があるなら、それ以上の幸せを私は望まないわ!!」
「ふふっ……そういうと思ったわん♪ 因みにだけど、あなたの正体は彼が気付いた後なら幾らでも話してかまわないことになってるの。また、転生前に一度だけこの外史の中の誰かに、あなたがこの世界に来るということは伝えても良いわ。但し、転生の事とかは行っちゃ駄目よぉ。」
「分かったわ。」
「じゃあ、本当に良いのね?」
「天帝に二言は無いわ!!」
「じゃあ……卑弥呼!!!」
貂蝉が叫んだと同時に、隣に白いビキニを着た白髪の変態おっさんが立っていた。
「こらっ!! 誰が変態じゃ!!」
「心を読まないで頂戴!!!」
「まったく……で? お主が天帝か?」
「えぇ。私が天帝よ…。」
「本当に良いのだな?」
「くどいわよ…。」
「よしっ、分かった。今この瞬間を持って、貴殿の管理者としての任を解く。好きにするが良い。」
「………そんな簡単で良いの??」
「管理者と言う立ち位置は酷く曖昧なものなのだ。」
卑弥呼(?)と言う謎のおっさんがそう言い終えるやいなや、未来に関する知識、才能を覗く能力などが無くなった。
これでひとまず準備完了というわけね…。
それから私はひーちゃんに会いに行き、訪問者が訪ねてくると言うことだけ教えた…。
実はこの時、自分が訪れるということは伝えることが出来たのだが、私はしなかった…。
私が行くといえば、彼はきっと今の私と同じ人を待ち続けることになるだろう。そうなれば、一生彼は私に気づかないと思えたからだ…。
少しでも、私が彼の傍に入れる確率を高めるため……これが最上の選択だったと自分に言い聞かせる…。
そこからの一年は決して長いものではなかった……。
刻一刻と迫ってくる転生の日に対して、不安と期待が入り混じった心持で日々過ごした。
しかし、頭の中は彼で染まっていたのだが……。
そしてとうとうその日はやってきた…。
卑弥呼と貂蝉に呼ばれて、草原に向かう。
するとそこには、見たことの無いような大きな門。 ……これが、外史に転生するための門か…。
「準備は良いか? 天帝よ。」
「えぇ、もう覚悟は出来てるわ!!」
「がんばってねぇん!!」
「向こうに着いたら、直ぐにでも自分の転生者の姿を確認せい。名前は姜維、字は伯約、天水郡冀県の出身じゃ。場所じゃが……洛陽の近くの森の中に着くようになっている。」
「何から何まで、ありがとう卑弥呼。」
「感謝するのは全部上手くいってからにせい。」
「そうね……。じゃあ、行ってきます!!」
私は、ギギギッと軋む音を出す扉を開き、眩い光に向かって歩みを進めた。
体全体が光に包まれたと同時に、扉はバタンと音をたてて閉まり、草原から扉の存在は消滅した…。
「……上手く行くと良いわね。」
「な~に、あやつも乙女に生きるのなら、きっと良い方向に行く。それに奴は天帝じゃ。天帝は天に味方されるもの……。きっと天の御使いとは上手くいくじゃろう……。」
「んっ……。」
眩い光が落ち着いた頃、目を開けると目前には小川が流れている。
木々は風に揺られて、その葉がカサカサと鳴っていて、落ち着いた穏やかな春先を感じさせる。
私は自分の姿を確認しようと、小川に近寄り、水に映してみる。
「……よりにもよって…五胡と漢民族のハーフの娘とはね…。」
そう、私のこの世界での依り代は紫の髪、漢民族ではない服、そして青い瞳をしていた…。
これで洛陽に天の御使いを訪ねに行ったら、絶対不審者扱いされる…。
もしかしたら、彼に会う前に追い返されるかもしれない…。
でも、もうここまで来たんだ…。今さら後には引けない…。
予想通り、私が洛陽の門のところまで行き、天の御使いである徳種聖を呼んでくれと告げると、門兵たちは皆慌て出し、血相を変えて城へと報告に行っていた。
このままここに居たんでは、何れ大騒ぎになると思った私は、門兵の一人に伝言を残して元来た道を帰っていく。
ドクン……ドクン……。
もう直ぐ…もう直ぐ彼がここにやってくる…。
心臓の鼓動がだんだんと早くなる…。
血管が脈打ち、不安と期待が膨れすぎて、心臓に負担がかかっている…。
時が経つのが……酷くゆっくりに思える…。
ガサガサッ
近くの草むらが揺れ、そこから一人の男が現れた。
私が長いこと待ち焦がれ、傍に居たいと願っていたその男が…。
彼はその目に私を捉えている。
彼は……今の私の姿を見てどう思う…?
見たところ敵対心を溢れ出している様だけど………無理もないよね。私、異民族に見えるもんね…。
……分かってはいた……分かってはいたが……彼に…好きな人に怪訝の顔で見られるというのは酷く辛い…。
好きな人にあれだけ敵対心たっぷりの顔で見られるくらいなら……もういっその事、気付かれずに消えた方が良いのかな………私が居たら軍全体に迷惑がかかるもんね……。うん……そうだよ……それが良い………。
しばらく沈黙の時間が流れ、それに耐えれなくなって声をかけた。
……ただこの時、言葉遣いを意識して変えることにした。
私だと……悟られる可能性を今度は消すために……。
心の奥が痛い…………キリキリキリキリ痛い…………頭の中では彼との思い出が思い出される…。
彼と初めて会った時に交わした冗談……。
そういえば………放置プレイされたっけ……。
でも、あの時の初心な彼も……可愛かった…。
二回目の時は疲れてたな………。
それでも、私の話し相手になってくれる彼……優しい優しい彼……。
才能や特技を教えたら、色々と質問されたっけ……。
勉強熱心だったな~………。
「……不思議な方でございますね。でも、あなた様らしいです。」
あっ!! 考え事してたら不自然なこと口走っちゃった……。
彼は………良かった……気付いてないみたい……あれっ?? 気付いて欲しかった……のかな…??
三回目の時は……頭撫でてくれたっけ………。
暖かくて大きな手………心を満たしてくれる愛する人の手……。
胸の奥の痛みは更に増す………でも、もうそれもすぐに消えるよ……。
そろそろ…………お別れだね…………。
「………もう
私は踵を返して彼と反対方向に向き直る。
振り返って止めていた息を吐き出す。
……これで……ぐすっ……これで…良いんだ……。
私が居たら……彼に迷惑がかかっちゃう…………最後にあなたとこうして面と向かって会えて……良かった……。
「それでは…ごきげんよう…。」
彼と私の関係はここで終わり……。
これから私は私の……彼には彼の人生がある…。
彼の才能なら、きっとこの外史を救える救世主となりえる。それに、彼には既に多くの仲間が居るのだからきっと彼女達が彼を支えてくれる………そう……私の代わりに…。
………泣くな……泣いちゃ……駄目……なんだ…。
忘れよう………彼の事は忘れて………この外史の目立たぬところで……ひっそりと暮らそう…。
涙で濡れた頬を拭いながら、歩き出したと同時に急に衝撃が走る。
驚き後ろを確認すると、彼の顔がすぐ近くにあった。
そして、後ろから抱き締められているのだと気付くのに時間がかかった…。
……彼の体温が伝わってくる…。とても…暖かい…。
でも、駄目だ。流されてはいけない…。
私は気丈に振舞うことは忘れない…。
「っ!!? 一体何を…!!?」
「…ゴメンな。俺、全然気付かなかった…。」
えっ………まさか……。
「見た目、声、雰囲気、そのどれもが違ってた。」
そんなことって……。
「正直気付かないままになるところだった…。だって…こんなに変わっちゃったら普通は信じられないだろう。」
「……見た目とか、声とかで気付かれないようにされましたから。」
「そしてその言葉遣い…。違和感の正体はここにあったんだね…。」
「……気を付けたから…。」
……やっぱり、変だったかな…。
「でも、あなた様らしいって言葉が一番引っかかってた…。何で知ってるんだろうって…。」
「……ちょっとヒントになりすぎたかな…?」
「あぁ、大きなヒントになったよ。」
「……そっか。」
「久しぶり、そしてようこそ、『雅!!』」
その言葉が聞こえた瞬間、涙が溢れ出した……。
……良かった…本当に良かった…………彼を好きになって良かった…。
「ぐすっ、よろしくね……ひーちゃん♪」
私は、今出来る最上の笑顔を彼に向け、彼の胸に飛び込んだのだった…。
……もう、この人の傍を離れない。
意図的に離そうとする力が働いても、何が何でも離れない。そう心に刻む。
彼の胸の中はとても暖かかった。
その温もりに触れていると自然と再び頬を涙が伝う。
しかし、今度の涙は前とは大きく意味合いが違う。
嬉しさと安心感が入り混じった……そんな暖かい涙だった……。
後書きです。
今話では、聖sideからの物語とは一味違った物語を書けたかなと思っています。
ただ、心理描写というのは難しい………。
今回の文章中にも不自然な部分があるかもしれません……もし、『この表現のほうが良いんじゃない??』という方が居ればアドバイスくださるとありがたいです。
この話を持ちまして、天帝の転生話は決着ですね……。
実は、この物語を書くにあったって、一番最初に考え付いたのがこの話でした…。
しかし、それなりに進んでから入れないと話的にもおかしくなるし……何より作者の文章力の乏しさでこの話を穢したくない……と言うのもありましてこのタイミングで入れました。
皆さんは雅の行動をどう思いますか??
愛するものの為に自分の立場を棄ててまで会いに行く……何処ぞやかの恋愛小説みたいですが、作者はこういうべたな恋愛感は大好きです。
そして、意外とかっこよくなっちゃってる漢女達……。
もう少しボケてもよかったか……。
次話からはしばし洛陽での拠点みたいな感じになるかと……。
五章は拠点多めの構成になってますゆえ……ご了承ください…。
それでは、次話は日曜日にあげたいと思います。お楽しみに…。
Tweet |
|
|
6
|
1
|
追加するフォルダを選択
どうも、作者のkikkomanです。
制約と契約、後編ですね。
続きを表示