No.504163

〔AR〕その4

蝙蝠外套さん

twitterにて週間連載していた東方二次創作小説です。

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2012-11-04 02:58:22 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:846   閲覧ユーザー数:838

「ごめんくださいな」

 香霖堂に、傘を携えた女性が入店した。

「いらっしゃいませ……おや、風見さんじゃないか。待っていたよ」

 居間から応対にでてきた店主の森近霖之助は、来客――風見幽香の顔を見るなり、番台に乗せていた木箱に手を置いた。今この店で使っている番台は、ちょっとした食卓テーブルかと思えるほど、広く作られている。

「あら、よかったわ。手紙はちゃんと届いていたみたいね」

「ええ、ばっちりと。早いうちに手を打っておけてよかったよ」

 霖之助は、番台とは別の机に置かれている、書見台の様な箱を一瞥する。つられて、幽香もそれを見る。

 それは、つい一週間前にサービスを開始した幻想郷の新インフラ、バイオネットの端末である。

「気まぐれで試してみたのだけれど、なかなか便利なものね」

「ああ。早速役に立っているよ」

 霖之助は、番台の机の引き出しをあけて、中から一枚の紙を取り出す。

「ま、じっくり見ていってくれ。これに書かれているご希望通りのものは用意できたと自負しているよ」

「いわれなくても、時間いっぱい見させてもらうわね」

 霖之助は、番台の木箱を、幽香の方へと進める。そして、さらに足下から、いくつかの木箱をまた番台の上に並べて、すぐに中身が確認できるように、ふたを開けていく。木箱の中身は、材質の違いはあれ、全て花瓶だった。

「手にとっても?」

「どうぞ」

 幽香は霖之助の許しを受け、箱から花瓶を取り出して品定めを始めた。

 霖之助は、番台の上にある全ての木箱を開けたところで、動きを止めた。幽香の邪魔をしないようにとの考えだったが。

「あのバイオネットとかいう機械、開始一週間で結構人気がでているみたいね」

 花瓶とは直接関係のない話を、幽香が振ってきた。虚を突かれながらも、霖之助はすぐ応答する。

「ああ。話を持ちかけられた当初は結構不安だったものだが、いざ動き出してみると、中々に興味深い」

「私は、最初は全然知らなかったの。たまたま人里に買い物にいったら、何か盛り上がっていてねぇ」

「それでよく、僕の店に予約を入れるなんて思い至ったもんだ」

「花瓶がほしかったんだけれど、人里じゃ気に入ったものがなかったから。そこで、貴方の店の広告が張り出されていたものだから、ものは試しにと頼んでみたのよ」

 幽香は、一度花瓶を木箱に戻すと、霖之助が先ほど取り出した紙を指さす。

「私の字、綺麗だったかしら?」

「ええ、とても。おかげで、僕自身の文字が上手くなった気分になったよ」

 霖之助は改めて紙をつまみ上げた。そこには、風見幽香の書いた文字で、彼女自身が希望する特徴を持つ花瓶を見繕っておいてほしい旨が記されていた。だが、その文字は、形の整い方こそ女性的だが、線の太さは男性的である。

 霖之助がつまみ上げた紙をまじまじと眺めた幽香は、そのことに気づいて、思わず吹き出した。

「変なところで律儀ね。わざわざ一字一句なぞったの?」

「字が綺麗だったし、文字をなぞること自体が楽しくなってね。これをうまく利用したら、寺子屋の習字の時間は大人気になるんじゃないかな」

「なぁるほど。さっそく人里の先生に提案してみれば?」

「機会があればね」

 その紙は、幽香が人里にて、バイオネットを介して香霖堂に届けられた手紙だった。

 しかし、なぜ霖之助は、わざわざ幽香の文字をなぞったのか。

 実は、バイオネット端末には、インクによる印刷機能は存在していない。そのため、手紙を閲覧するには二つの手段が用いられる。

 一つは、端末についているガラス板に、文字を投影する方法だ。どのような魔術を使われているのか、端末のガラス板にはぼんやりと蛍光に光る文字が浮かび上がるようになっており、端末の操作のガイドや、手紙の表示に使えるのだ。

 ただし、端末は現状数が限られているので、一個人が端末を長い時間占有できない。

 そこでもう一つの手段。バイオネット端末は、無地の紙に一時的に手紙の内容を転写できる機能が備わっている。これは、聖白蓮が所有していることで知られている魔人教典のような、魔力によってできた文字を転写するもので、基本的にどんな紙にでも文字を写すことができるという。ただし、文字の持続時間は限られており、説明書には長くて半日までとされている。

 つまり、霖之助は、幽香が人里から送った、品定めの予約に関する文章を紙に転写し、その文字が消える前に転写された文字をなぞって記録に残したというわけである。

「利便性を考えるなら、インクでの印刷機能があったほうがよいだろう。印刷機はどこにでもあるものではないけど、たとえば天狗の新聞はなんらかの印刷機を使っているという噂がある。技術的に不可能でもないはずだ」

「でも、インクを補充する手間が必要なんじゃない?」

 話しながらも、幽香は淀みない手管で、次々と箱の中身を吟味していた。

「その通りだ。いくつかは割り切ったのだと思うよ。調べて見た感じ、あの端末はメンテナンスフリーを考えた設計思想だ。外枠は非常に頑丈な作りで、端末を動かす燃料になるという油は、食用油でよい。その補充も一ヶ月が目安というから、焚き火の番をするよりよっぽど簡単だ」

「ハーブオイルでもいいのなら、芳香剤と兼用にできるかしら」

「香る分消耗が激しそうだけどね」

 霖之助は、端末からよい香りがする情景を浮かんで、苦笑する。

「とまぁ、記録を残すのに手間がいるのは不便なところだが、それはそれで利点もある、ということは僕自身証明して見せたところだ」

「あんまり意図しない使われ方してると、へんてこなツクモガミになりそう」

「意図――か、それについては依然不透明なままだったな。君はプレスリリースのことも知らないかな」

「そんなこともしたの?」

 通算四つめの花瓶を箱に戻したところで、幽香は霖之助を注視するように視線を移した。

「サービス開始の前日に紅魔館で行われてね。僕は行かなかったんだけれど、参加した魔理沙から聞いた話によると――あ、少し長くなるからお茶でもどうだい」

 

 霖之助と幽香は、小休止がてらに茶を嗜みつつ、話を続ける。

「――ということだそうだ」

「へぇ、まさかあの魔法使いが発起人だったなんてねぇ」

 幽香は、心底意外そうに目を丸くしていた。

「僕は彼女とはほとんど面識はないんだが、魔理沙の言い分の信頼性を差し引いたとしても、このような大がかりなことをするようなタイプではないようだね。プレスリリースの参加者も、皆おおむねそういう印象だったようだから、少し騒然となったそうだ」

「その上、カバーしている範囲は冥界、天界、果ては地底にまで及んでるとはね。一大計画じゃない」

 霧雨魔理沙曰く、バイオネット計画のプレスリリースは、中々に衝撃的であったらしい。

 なにせ、かの妖怪と協力し、計画の音頭をとったのが、紅魔館の動かない大図書館、パチュリー・ノーレッジであったからである。

「そう。幻想郷だけではなく、その周辺の世界をも繋ぐ通信網、だそうだ」

「そして首謀者がどっちも紫色だから、BIOLETのNET? わかりやすいことね」

「名前の由来は発表されなかったが、たぶんそうだろう。それ以上の意味合いがあるなら、教えてほしいものだね」

 霖之助はそこで言葉を切るとともに茶を啜った。幽香もまた一啜り口に含もうとして――湯呑みの水面を見た瞬間、はたと何かに気づいたような顔つきになる。

「そんな得体の知れない話だと、霊夢が黙ってないんじゃないの?」

「それは僕も思った。プレスリリース会場にはいなかったそうだが、仮に招待されていなかったとしたら、主催者側としては正解だろうね。話を聞いた限りでは、その場に霊夢がいたら喧嘩を売っていた可能性を否定できない」

 博麗霊夢は、彼女自身が少しでも危ういと判断したものに対して、脊椎反射で攻撃的となる。昨シーズンの冬頃に行われたとある会談が、博麗の巫女によってうやむやにされたというニュースは、あまりにも有名だ。……実際は人里の住人からの要請はあったのだが、そこまで詳細に事実が伝わることはなかった。

 ともかく、バイオネット計画にまつわる得体の知れなさは、幻想郷の誰しもが感じているところである。そして、一部の住民にとっては、霊夢がリアクションをとっているのかどうかは、無視できない懸念事項であるのだ。

「でも、あの妖怪が絡んでいるとなると、裏を返せば、霊夢の方には事前に根回しがされてるかもしれないわ」

「根回しって――魔理沙も以前そのようなことを言っていた気がするのだけれど、霊夢は彼女に買収でもされているのかい?」

「端から見れば、そう思われても仕方がないかもね。霊夢自身もあの妖怪の言うことは、わりと素直に聞くし」

 幽香はそこで、意地悪そうににやにやと笑いだした。この瞬間、東の果てにある博麗神社では、巫女のくしゃみが鳴り響いたかもわからない。

 幽香の突然の笑顔に、霖之助は背筋の冷たさを感じた。すぐに話題を逸らす。

「そうだ。せっかく君もバイオネットを使い始めたんだ。時間があるときに、共有ページを色々のぞいてみるといい。客がいない時間帯なら、うちの端末も自由に使ってくれて構わない」

「共有ページねぇ――そういえば、人里ではあの端末の周りに張り紙がされていたけれど、あれは共有された文章を保存したものを見せていたのね。

 ああ、そこには貴方の店の広告も張り出されていたわよ。それで私の目に付いたといってもいいわ」

「そいつはありがたいことだ。うちはサービス開始してすぐに広告を打ち出しておいたんだ。そういう住人はほかにもいるだろう」

「そうね。里外の人妖が知らしめたいことが、色々と紙に書かれていたわ」

「広告だけでも見応えはあるが、それ以外にも面白いことを始めている連中が出てきている」

「面白いこと?」

「詳しくは実際見てみた方がよいだろう。

 ――さて、話している途中で悪いけど、そろそろ商談といこうじゃないか。それとも、もう少し吟味するかい?」

「そうだったわ。花瓶がほしいんだったわ、私」

 本当に今まで忘れていたように、幽香は目を見開いた。少し思案して。

「細い白磁があったわよね。あれの言い値を聞きましょうか。この店って値札がないのね」

「あの名品に目を付けるとはお目が高い。値段は、そうだね……」

 霖之助は番台の引き出しから、無駄に素速くそろばんを取り出して、珠を弾いた。

 パチパチ。

 霖之助が提示した額を見た幽香は……。

「……ちょっと」

 美しい赤色の双貌を、左右別々に歪めた。

「ほかに安いのがあるよ?」

「上薬がかかってないやつあったわよね」

「あれは、これくらい」

 パチパチ。

「……黒鉄色の」

「はい」

 パチパチ。

「唐草は?」

「こんなものでどうだい」

 パチパチ。

「……桁間違ってるってのはなしよ?」

 額に汗を浮かばせながら、幽香は唸った。霖之助を恨めしそうに見つめて。

「提示された条件に見合うのが、『たまたま』うちで所蔵している逸品ぞろいだったものでして」

 しかし全く悪びれない霖之助を前にして、幽香は頭痛を抑えるように眉間を摘んだ。自分の下手に気づいたのだ。

 霖之助は嘘を言っていなかった。彼があらかじめ用意しておいた品物は、幽香が予約時に候補としてあげていたものの条件に合致するものばかりだった。どれも、幽香の琴線に触れる逸品であった。

 そう、予約の条件には合致しているのだ。その条件の中に、値段という項目はなかったのだから。

「……いい根性しているわ、貴方」

「僕もここ十年、二十年で、打たれ強くなったと思っているよ」

 それから三十分は要しただろうか。

 幽香は、最初に見た品物から、数ランクグレードを落とした青磁(風)の花瓶を抱え、がっくりしながら香霖堂を後にした。


 
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