No.500066

第4回恋姫同人祭り参加作品『ささやかな声』後篇

投稿97作品目になりました。そろそろ一区切りかな。
第4回恋姫同人祭り参加作品『だった』SSです(ここ重要)。仕方ないだろう、時間がないんだもの。でも半端で終わらすのはもっと嫌なんだもの。
祭りの説明は今更必要ないでしょうから、省きます。知りたい人は↓の『ckf004』ってタグで検索してみて下さい。『あぁこんなのあったのか』ってなると思います。
駄文ですが一応内容はホラー系なので、あまり深夜に読まない方がいいかもしれません。
では、本編をどうぞ。

2012-10-25 03:30:45 投稿 / 全22ページ    総閲覧数:5330   閲覧ユーザー数:4700

 

「しっかしまぁ、改めて雰囲気あるよな、ここ」

 

鬱蒼と生い茂る木々の枝葉が天然の暗幕と化し、辺りには細かな隙間から梯子のように月光が射し込むのみ。仄かに鼓膜を擽るのは虫達の鳴き声。足元から聞こえる筈のそれは、不思議と頭上から降り注いでるような錯覚を覚える。体内時計によれば、間もなく丑三つ時。草木も眠ると謳われる深い夜。ありもしない対象に怯えるのは非合理的だと解っていながらも、あらぬ想像を巡らせてしまうのは、それが人間たる所以。全くもって、理性や知性というものは時として厄介この上ない。

 

「早い所、終わらせて戻るか。流石に気味悪いし」

 

今回の仕掛け人たる一刀とてその例外に漏れず、大気中に飽和するおどろおどろしさに少なからずの寒気を感じ始めていた。感情が欠落でもしていない限り、一切の恐怖を示さないのは霊の類を全く信じていないか、余程肝が据わっているかのいずれかだろう。自我の芽生えていない子供でさえ、孤独な状態での暗闇には本能的な恐怖を覚えるのが当然なのだから。

 

「っと、後はこの先の河原だったかな」

 

水音を頼りに道を外れる。そこには水車や獅子脅しを参考に作ったちょっとした絡繰を仕掛けていた。視界が開けると同時、宵闇に染まる水面とせせらぎが心地良く視覚と聴覚を満たしていき、

 

「お、あったあった。……ん?」

 

目的の仕掛けを見つけ近づいたと同時、何やら見覚えのない影が視界の端に映る。視線を上げると、それは丁度対岸、打ち上げられたように川面を揺れていた。

 

「何だ、あれ」

 

裾を捲り上げ、近づいてみる。影の動きからして、人ということはまずない。さながらメトロノームの針のように、ただ直線的な影が曲がる事無く緩やかに揺れている。そして、近づけば近づくほどに、それは予想していた以上に大きい事に気がついた。

拾い上げる。随分と長い間、水に浸かっていたのだろう、ふやけ切ってはいたが確かに木目の感触が感じられたそれは、明らかに人の手によって加工されたものだった。

 

「板きれ? どこから流れてきたんだ、これ」

 

この川の上流には集落は無かったはずだ。はっきり覚えているとは言い難いが、近年の記録は一通り目を通しているからまず間違いない。となれば、一番考え得るのは上流で木々を伐採し加工していた者が誤って川に落としてしまった、というものだが、

 

「―――ん?」

 

と、指先に感じるのは何かが刻まれた凹部分。明らかに彫られた痕跡。嫌な予感がした。これは自然の造形ではなく、明らかに人工的な処置を施されている。それも、寒気や嫌悪感を覚える類のそれだ。

 

「これ、文字か……?」

 

理解した途端、一気に背筋の芯を怖気が駆け抜け背中の毛を持ち上げる。水分や腐食、破損によって変形して尚、触れれば解る程に深く強く刻み込まれたそれは、並々ならぬ感情の仕業だろう。強い想いによる傷は癒えるのも遅いと聞くが、それは果たして物質にも適応されるのだろうか。

 

「おいおいおいおい、冗談じゃないぞ……」

 

これはとんだ拾い物だ。一刀には『そういったもの』に対して愉悦や快感を覚える嗜好などあるはずもなく、どちらかと言えば『君子危うきに~』という考えの持ち主である。まったくもってついていない。否、ある意味では『ついている』と言う事も出来るか。

 

「これ、お墓じゃないか……」

 

アジアの死生観は古来よりアニミズム、シャーマニズムに基づいている。先祖を敬うのは勿論、死後の世界や現世へ蘇った際に不自由しないように、と日用品や宝物だけでなく、権威者ならば側近や奴隷までもが殉葬される事もあったという。現代でも中国には紙で調度品や電化製品、自動車やオートバイなどを拵えて葬式の際に燃やすと、それらはあの世に届く、という信仰があるそうだ。

兎角、一刀が拾い上げたのは正に墓標であった。人名らしき彫刻の跡が確認できるそれは老朽しているとはいえ……いや、老朽しているからこそ、余計に気味の悪さをこれでもかと言わんばかりに漂わせていた。仄暗い瘴気すら纏っているように見えて来るそれをどうしたものかと考えていると、

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――。

 

 

 

 

 

 

 

「―――なんだよ、今の」

 

何かが鼓膜を、耳朶を擽った。自然が織り成す優雅な協奏曲、なんて小奇麗なものでは決してない、不自然な何かが。

より一層に恐怖が肌を舐める度、身の毛がスタンディングオベーション。無論、感動などではない。『No Thank You(もうけっこう)』の大合唱である。これがもし、内緒で自分を驚かす為に恋姫達の誰かが仕掛けていた、というのならばそう解釈されても構わないのだが、生憎と言うか皮肉と言うか、これまでに数多くの修羅場を潜り抜けた経験が『背後には誰の気配もない』という事実をこれでもかと言わんばかりに脳髄に突き付けている。

『誰か』ではない。背後に、『何か』が、いる。

 

「…………」

 

糸が切れた人形か、はたまた電池の切れた玩具か、両足が微動だにしない。それが外因なのか内因なのかの判断もつかない。それほどまでに思考が、精神が圧迫されている。

ただ視線を半周させるだけ。そんな造作もない動作を何故、この身体は実行できないのか。確かめればいいのだ。振り返り『何もないじゃないか』『気のせいだった』と笑い飛ばせばいい。そう、ただ単に、そうすればいい。

 

(確か、こういう時は右から振り返ればいいんだっけか……?)

 

うろ覚えのジンクスを頭の中の重箱の隅から引っ張り出しつつ、潤滑油を差し忘れた絡繰のようなオノマトペでも表記されそうな速度とぎこちなさで、緩やかに視線を背後へ向けていく。見てしまいたいが見たくない。見たくないが見てしまいたい。躊躇や葛藤、迷いや惑い、その他諸々を混ぜて捏ねて叩いて伸ばして固めて焼いて潰して砕いて、視界の端に辛うじて『背後』の領域に含まれる空間が入ろうとして、

 

 

 

 

――――――――――――――。

 

 

 

 

次の瞬間、宵闇よりも暗い影が、彼を覆い尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「いやぁ、それにしても今回の『きもだめし』とやら、中々に迫力があって面白かったのぅ」

「そうね。特に川の近くを通った時のあの声、私も背筋にぞわりと来たわ。どういう仕掛けになっていたのかしら」

「あぁ、あれか。丁度、星の話を思い出して本気で血の気が引いたっけな」

「アタイもだよ、それ。まぁ、斗詩に抱きつく口実にはなったけどさ」

「なってないよぅ。あれ、文ちゃん態とでしょ?」

「あれ、解った?」

「解るよ、それくらい。でも、あれは確かに凄く怖かったですね」

「川の近くを通ったらいきなり『ヒトデナシ……ヒトデナシ……』だもんな。気味悪くてさっさと走り抜けちゃったよ」

「や、止めようぜそんな話!! 今夜眠れなくなっちまうだろ!?」

「あらあら、その時は御主人様にお願いして一緒に寝て貰えばいいじゃない」

「ついでに『慰めてくれ』とでも言って抱いてもらえばよかろう。さすれば心地良く眠りに就けるのでは?」

「……おぉ」

「近頃、とんと御無沙汰だからな。そろそろ、儂らも久々に夜討ち朝駆けでも仕掛けようかのぅ」

「今回のお礼も兼ねて、ゆっくりと丁寧に、ね」

「うわぁ、完全に雌の目をしてるぞ、二人とも」

「それはそうと、その御主人様も中々帰って来ないな」

「まぁ、通るだけの我々と違って、主は各所の仕掛けも回収せねばならないからな、時間もかかるというものだろう」

「今更だけど、誰かついて行ってあげるべきだったかもしれないわね」

「案外、自分でも怖がってたりして」

「自分で仕掛けたのに? いくら御主人様でも、それはないと思うけどなぁ」

「兎に角、我々は早い所中庭(ここ)を片付けてしまおう。主の事はそれからでも間に合うさ」

 

 

 

―――――ァァ……

 

 

 

「? 今、何か聞こえませんでした?」

「ぬ、何やら森の方で随分な数の鳥が飛びあがっておるの」

「……御主人様に何かあったんじゃ?」

「何か、って何だ?」

「その、幽霊、とか」

「何じゃ、お主等は本気で信じとるのか?」

「心底信じてる訳じゃないですけど、さっきまであんなお話してた訳ですし……ちょっとは考えちゃいますよ」

「ふむ、それはそうじゃの。しかしお館様も言っとったろう。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』、とな」

「確か、そういうのがいると思うからそう見える、って意味でしたっけ」

「大方、主が足を滑らせて思わず大声でも上げてしまったのではないか? それで驚いた鳥達がああなった、と」

「あぁ、その方が説得力あるな」

「どこか抜けてるからなぁ、アニキは」

「文ちゃん、人の事言えないよぅ」

「さて、無駄話はこの辺にして、我等はさっさとこの場を片付けてしまおうではないか」

「始めたのは桔梗じゃない。もう……」

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「ごしゅじんさま~、どこ~?」

「り、璃々ちゃん、何処まで行くの~?」

「も、もうちょっとだけ、ゆっくり行こうよぉ……」

 

視界は極めて不明瞭、足元の確認も覚束ない。ルートを逆走しているからこそ未だ回収されずに残っている、順路の目印たる木々に結ばれた縄がなければ、あっという間に幼女の遭難者が三人誕生していたことだろう。

仕掛けを回収しに行った一刀を迎えに行く、と来た道を戻り始めた璃々を咄嗟に追いかけてから十分も経たない頃。天下の伏龍鳳雛の脳裏には早くも『後悔』の双文字が木霊し始めていた。被虐趣味など欠片も持ち合わせていない二人はまるで巻き戻したかのように、つい先ほどまでと同じ戦々恐々の体を見せながらも、兎が跳ねるように軽やかな足取りで夜道を駆けていく無邪気な影を必死に追いかけていた。

 

「ほ、本当に元気だね、璃々ちゃん……」

「というより、私達の体力がないんだと思うよ……」

 

今回の肝試し、一周の順路は決して短くない。大人からすれば『長い』という認識には至らないだろうが、体格が他の皆に比べて圧倒的に小さい彼女達にとっては十二分な運動になる。ともすればトレーニングの一歩手前だ。日頃から労働と言えば肉体でなく頭脳を主とする二人には、余計に辛かろう。

 

「ちょっと、考えないといけないね……」

「う、うん……」

 

肩で息をしつつある二人は顔を見合せ頷き合う。インドア派の体力に関する一念発起は大抵三日坊主に終わる事が多い、という余談を溢しつつ、狭い歩幅で足元を確かめながら確実に進む。

と、

 

「しゅりおね~ちゃん、ひなりおね~ちゃん、こっち!!」

「えっ、ちょっ、璃々ちゃん!?」

 

突然、璃々が道を逸れて草叢へと飛び込んだ。いきなりの行動に驚いた、というのも勿論あるが、今ここで彼女と逸れるのは非常にいただけない。自分達だけではここで動けなくなってうずくまり『動きたい』『動けない』のいたちごっこになるのは目に見えている。情けない話だが、半ば強引でこそあれ璃々が先導してくれたからこそ、何とか無事に最後まで歩き切る事が出来たのだ(正確には『無事』とは言い難いが)。

導のない暗闇への恐怖を何とか抑え込みながら、見失わないように自分達も道を外れる。身体の至る所を叩く枝葉の煩わしさと、動きや視界を阻害する事による焦燥感を堪えつつ、何を頼りにしているのか、真っ暗な空間を迷いなくすすむ璃々の背中へ、近づかないまでも離されぬよう、必死に追い縋る。

やがて、

 

「ついた~!!」

「……ここ、河原?」

 

視界が突如として開け、現れたのは鱗状に揺れる黄金色の真円を映し出す水面であった。以前、ここで一刀と共に舞い踊るような蛍の群れを見たのを、朱里は思い出した。

そして、

 

「朱里ちゃん、あれ」

 

雛里が指差す先、水辺に佇む大きな影一つ。丁度、成人それに近い人影の正体に該当するのは、この状況下において他にいるまい。

 

「ごしゅじんさま~!!」

 

顔に満面の笑みを浮かべて手を振る璃々。気付いたのか、影は徐々にこちらへと近づいてくる。

 

「璃々ちゃん、凄い」

 

よくここだと解ったものだ。ただ単に順路を遡っていただけでは擦れ違っていたかもしれない。璃々があそこで道を外れなければ、自分達のなけなしの勇気を振り絞った冒険は骨折り損の蛮勇になる所だったのだ。

親子、兄弟、友人、師弟、その他諸々、人と人との間には常識では計り知れない繋がりが生まれる時がある。意志の疎通を図らずとも互いの行動が見事に噛み合う。言葉にせずとも相手の求める答えが解る。互いが互いを想い合って初めて成立するそれは、時として奇跡にも似た結果を引き寄せる事もある。それこそ、今回のように。

 

「本当に大好きなんだね、御主人様のこと」

 

雛里の言葉に頷く。恐らくあの子にとって北郷一刀という人物は『主』であり『兄』であり、そして『父』なのだろう。幼い頃に亡くなったために実父の記憶が少ない彼女にとって初めてできた、近しく親しい、しかし歳の離れた異性。紫苑はよく冗談交じりに言うが、

 

「いつ、『らいばる』になるか解らないね」

「うん」

 

何せあの紫苑の血を引く子だ、将来は約束された様なものだろう。精神がねじ曲がるような真似は皆、あの子にはしないしさせないだろうし、何よりあの子自身が一刀を慕っているともなれば、歳の差婚など有り触れたこの社会だ、油断は出来ない。微塵も出来ない。

と、

 

 

 

 

 

―――――セロ……

 

 

 

 

 

「―――――」

「……朱里ちゃん? どうしたの?」

突如、立ち止まる朱里。そんな彼女を振り返って、雛里はそう問いかけ、

 

 

 

 

 

―――――セロ……

 

 

 

 

 

「っ!?」

「ご、しゅじんさま……?」

彼女もまた気付き、息を呑む。見れば、こちらへと歩み寄る影は嫌に左右へと揺れていた。酔っ払いのような、四肢のいずれかに力の入っていないそれは、不慣れな操作に手間取っている人形のようでも、半端に着方を間違えた気ぐるみのようでもあった。

そして、

 

 

 

 

 

―――――ウセロ……

 

 

 

 

 

失せろ。確かに、そう聞こえた。、誰が、何処に、どうして。思いつく限りに疑問符が立ち上がっていく脳裏は、このような事態にも関わらず急速に回転を始め、

 

 

 

 

 

―――――キエウセロ……

 

 

 

 

 

『っ、璃々ちゃん!! 逃げて!!』

 

弾かれたように駆けだす二人。同時に人影、即ち一刀の肉体が前屈した状態で璃々へと飛びかかる。両の目は血走り、しかし焦点のずれた瞳は虚ろ。裂けたように開いた口は肉食獣が牙を剥き出しにしたそれに酷似し、開かれた唇の端からはだらしなく涎が落ちている。『北郷一刀』という人間では絶対に有り得ない姿。彼に何かしらの異常があったとしか思えない。もしくは瓜二つの別人か。『ぽりえすてる』だったか、あのような真白に輝く衣服など二つとないと思っていたが。

軍師の職業病とでもいうのだろうか、感情よりも先に状況の把握を、この頭は優先してしまう。今は余計なことなど考えず、何よりも璃々を守る事を考えるべきなのに。冷めているようで、自分が嫌になりそうだ。

砂利のせいか、ただでさえ早くは動かない脚が余計にもたついてしまう。日頃の運動不足を、今度は心の底から後悔した。生きて帰れたなら、今度こそ身体を鍛えるとしよう。少なくとも、一度の全力疾走で筋肉痛に悩まない程度には。

対して、やはり体格や男女の差、なのだろうか。一刀の速度は凄まじいの一言に尽きた。総大将故に日頃鉄火場に立たないとはいえ、自分達とは違って一刀は全く運動が出来ない訳ではない。愛紗達には遠く及ばないとはいえ、少なからず武の心得はあるし、暇を見つけては五虎将軍を始めとした我らが蜀の屈強な武将達に直々に扱かれているのだから。加えて、何が要因かは知らないが、明らかに自分達の知る彼ではなくなっている。纏う空気からして、日頃の暖かな日だまりのようなそれではない。濁り、穢れ、汚れきったどす黒い煙のような、黒より黒い影。とり憑かれている。直感的に、理解する。

流石に様子がおかしいと気付いたのか、しかしそれでも璃々は首を傾げる程度で一切逃げようとしない。先程の星の話ではこうも言っていた。『かの男は特に子供の肉を好んだ。何でも幼い方が柔らかく瑞々しいのだとか』と。

 

((逃げ切れなかった時は、私が……))

 

将として、姉として、何より一人の人として。未練が全くないとは言えないが、一生後悔を引き摺り続けるよりは余程マシだ。この子だけは。この子だけでも。一縷の望みをかけて、小さい自分たちよりも更に小さな身体を挟むように覆い尽くす。直ぐ様襲い来るであろう痛みと衝撃に備え、思い切り瞼を閉じて光を遮断し、強くきつく抱きしめる。

そして、

 

 

 

 

 

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「……あれ?」

 

流石に異変を感じて、恐る恐る瞼を開いてみる。そして、

 

「が、ぐ……」

 

見えたのは自分達へと伸ばされた、しかし痙攣のように震えながら静止している両腕だった。視線で辿った先、先程まで獣じみていた表情は苦痛に歪み、歯を食いしばったそれは必死に堪えているようにも見えて、

 

 

 

 

 

―――――へぇ、凄いね。自分でお兄ちゃんを止めちゃうなんて。

 

 

 

 

 

再び、どこからともなく、しかし先程までの恐ろしいそれとは違い、余りに澄んだ幼い声が聞こえた。やがて、その源が目の前、自分達と一刀との間の空間である事に気がつくと同時、蛍のようなぼんやりと白い光の粒のようなものが集まっていき、

 

「あ、さっきのおにいちゃんだ~」

 

とは、自分が抱き締められている理由が解らず苦しそうにしていた璃々の言葉である。その白い光の群れを見て表情を輝かせた途端、それは人の形を象っていき、やがて現れたのは半透明の、自分達とさして変わらなさそうな少年の姿だった。

 

「いつも僕が止めなきゃ襲いかかっちゃうのに。よっぽど君達の事が大事なんだね、この人。羨ましいな」

 

そう言って彼は振り返り、今も必死に動こうとする身体を押しとどめている一刀を見る。

そして、

 

「お兄ちゃん、駄目だよ。僕達の目的地は、ここじゃないでしょ?」

 

そう言って、額を軽く爪弾いた途端、

 

「―――――っ」

 

正に糸が切れたように、一刀の身体から力が抜けた。だらりと両腕が落ち、膝を着き、重力に任せて胴を地に伏せる。途端、その背中から緩やかに立ち昇る黒雲のようなそれは少年の幽霊の掌の上で球状になり、やがて一つの丸い石になった。黒曜石のようにすら見える、夜空よりも深い黒。見た目だけなら実に綺麗なそれを大切そうに握りしめると、少年はこちらを向いて、

 

「ごめんね。君達に乱暴する積もりはなかったんだ。ただ、お兄ちゃんは人間が怖いだけなんだ」

「こ、怖い?」

「うん。もう大昔だけど、僕達はこの川の上にあった村に住んでたんだ。でも、お父さんとお母さんが僕達を誰かに売っちゃって、それでも毎日毎日頑張って働いて、でも食べられるご飯はいつも少なくて、お腹がすき過ぎて僕が死んじゃって、お兄ちゃんは何日も泣いて、何もしなくなっちゃって、そんなやつは要らないって、村の皆からもいじめられて……僕、全部見てたんだ。ずっと、お兄ちゃんの事」

 

農奴、という言葉が二人の脳裏を過った。賃金、生活、扱い、何もかもが主の思う儘。最低限の衣食住さえも確約されていないその環境において、人権などありはしない。この兄弟はきっと、そうだったのだ。

 

「でも、誰もやめてくれないんだ。やめようよって、言ってくれないんだ。僕よりも小さい子がお兄ちゃんを見て『おにだ』って言って石をぶつけてくるんだ。ご飯は毎日減っていくし、身体も洗わせてもらえないし、お兄ちゃんの身体、だんだん細くなっていって、最後は骨の形が解るくらいになって、声も出せなくなって、そしたら村の大人が、僕達の小屋に火を付けたんだ。近くの森で山火事があって、それに巻き込まれたことにしようって大人達が話してるの、聞いてた」

 

言葉を失った。恐怖ではあるが、先程までと同じ恐怖ではない。

いつの間にやら両腕から力を抜いていたらしく、解放された璃々は地に伏せたまま動かない一刀の頬をつつきながら「ここでねちゃったらおかぜひいちゃうよ、ごしゅじんさま?」と呼びかけていた。

 

「だからね、遠くへ行く事にしたんだ。僕達をいじめる人のいない場所に。ねぇ、この川って、海に繋がってるんだよね?」

「えっ!? あ、えっと、うん……」

 

突如問いかけられて思わず肩を跳ねさせながらも、何とか肯定の意を返す。すると、少年は川下を見て言う。

 

「海の向こうには色んな国があるんでしょ? まだ皆が知らない島だって、見た事のない生き物だっているかもしれない。だから、僕達はそこに行くんだ。そこに行って、お兄ちゃんと二人で一緒に暮らすんだ。ご飯をお腹一杯食べて、綺麗なものを沢山見て、ずっとずっと一緒に」

 

それは、とても無邪気な笑顔だった。それがとても胸に来て、瞳の奥がじわりと潤んだ気がした。

 

「怖がらせて御免ね。僕達、もう行くから。そこのお兄ちゃんだったら大丈夫。暫くしたら起きると思うよ。……大切にしてあげてね?」

 

それは、どちらに向けられた言葉なのだろうか。やがて大気に溶けるようにその姿は霧散し、同時に何かが川面を流れていくのが見えた。傍らを通り過ぎる時に確認すると、大きな木の板のように見えた。所々に突き出した岩に引っ掛かりながらも、ゆっくりと川下へ流れていくそれが闇夜に消えていくまで、二人は見送っていた。

 

 

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

 

………………………………

 

 

 

 

「なんか、不思議な子だったね」

「朱里ちゃん、多分、あの子って」

「うん。星さんのお話に出てきた、弟さんだと思う」

 

嘘を信じさせるには真実を盛り込むのがいいと言う。それは噂に関しても同様だ。悪事が千里を行く間に万倍になっていたとして、それに気付ける者が果たして何人いるだろうか。歴史的文献や伝承には、既に当時の人間の目が通されている事は珍しくない。後世に伝えられては都合の悪い事実や内容は検閲により削除されていても、何ら不思議はない。増してやそれが奴隷制度に関するもので、対象が世俗から隔離された深奥の山村なんて辺鄙な場所なら、真実がどれほど歪められていたとしても、それを『異常だ』と感じる者はそういないだろう。『その村ではそれが普通だったのだ』と流し聞いて終了だ。嫌悪感や衝撃を瞬間的に感じたとしても、それが記憶に強く根付く事はない。いつかは他の記憶に押し流され、洗い流され、綺麗さっぱり忘れ去られてしまうのが落ちである。

 

「なんか、やるせないね」

「……私達は同じ事、しちゃいけないし、させてもいけない。これからも、ずっと」

「うん」

 

自分達の膝の上で眠る主の顔を覗き見る。一人分では小さくて枕としての役割を果たせそうになかったので、向かい合わせに正座しての二人がかりだ。憑依されていた間は真っ青だった血色も大分回復したようで、胸元も規則正しく上下している。ちなみに璃々はその一刀の上、胸元に抱きつくようにしてやはり眠りに落ちている。流石に疲れが出たのだろう、その寝顔は本当に愛くるしい。

ちなみに、先ほど璃々が言っていた『さっきのおにいちゃん』という言葉だが、

 

「あのおにいちゃんがね、ごしゅじんさまはこっちだっておしえてくれたの」

 

との事。成程、何の前触れもなく草むらに飛び込んだわけである。幽霊は判断基準が曖昧な幼年期の方が見えやすいと聞く。日頃目にしているものが実在しているかどうかは定かではない。それを判断しているのはあくまで自分であり、他人がそれをどう判断しているかなど、知る由もないのだから。

兎角、

 

「……ありがとうございます、御主人様」

「私達の事、守ってくれたんですね」

 

身体を乗っ取られた経験などないので想像する他にないが、あの時の様子からして判断力など、あってないようなものだっただろう。目に入る全てが標的であった筈だ。それを、彼は必死に押し留めてくれた。なけなしだっただろう理性を振り絞って、自分達を守ろうとしてくれたのだ。そもそも、今回の企画そのものが、私達の慰安である。手段こそ肌には合わなかったけれど、その発端は非常に喜ばしいものであった事には違いない。

先程まで、あれほどまでに恐れていた宵闇が、今はさして怖くない。それはきっと。否、間違いなく。

 

「一緒に、頑張りましょうね」

「私達、精一杯頑張りますから」

 

静かに眠るその唇が、応えるようにほんの少し、微笑んだような気がした。

 

 

 

 

…………余談だが、一刀は憑依されていた間の記憶を全くもって覚えていなかったらしく、二人は『自分に襲いかかった』という事にし、皆に内緒にする代わりに次の休日に城下の本屋巡りに一日付き合わせ、財布と荷物持ち代わりに使ったそうな。ちなみに次の日の朝、二人はやけに瑞々しい肌をしており、対して一刀は若干やつれた状態で『今日は太陽が黄色いんだな』と溢していたという。

 

 

 

(終幕)

 

後書きです、ハイ。

中々に走り書きでしたが、いかがでしたでしょうか。本来ならとっくの昔に終わってる企画なんですがね……なんせ俺が今これを書いてるのは深夜3時の研究室の自分の机ですので。えぇ、徹夜で研究中ですとも。その合間に気分転換で書いてますとも。このノートPCの前には白衣とゴム手袋に身を包んだ俺がいますとも。よく友人に『似合わないな』と言われる姿ですとも。注射器持ったら『中身は冷たいのか?』と冷やかされますとも。

最近ね、マジで時間がないんです。早朝から深夜までなんでざらで、下手すれば徹夜。そのまま夜勤に行って帰ってきて、ってなればそりゃ体調だって崩れまさぁ。今も若干、喉痛いよ。VC3000のど飴舐めてるよ。

しかし深夜に書くもんじゃねぇな。一刀の最初のシーンとか、リアルに背筋寒くなったんだけど、これって風邪なのかマジもんなのか判断がつかんwww

 

 

さて、

 

 

やっとこさ終わりました。他の面子があんま出てねぇじゃねえか、とか言わないで。俺の体力の限界。早く他の続きも書きたいし。

怪談話を聞いて思うのは『人間の方がよっぽど怖ぇよ』と解っていながらも『ありもしない恐怖に怯える人間の脳の厄介さ』ですかね……よくテレビなんかで特番やるドッキリ番組だったりを見てると『趣味悪ぃなオイ』とか思います。ああいう環境下に置かれると目に入るもの全部怪しく見えて来るんですよね。で、ただのビニール袋が人魂なんぞに見えてきたりして、それ見てキャーキャー騒いでる人見てゲラゲラ笑うんでしょう?(完全な俺の偏見です)

今では平気になりましたが、昔はバイオハザードの画面だけでも目を背けていた俺としては同じ環境下に置かれて果たして平然としていられるかどうか……多分、表情は不変でも心拍数は16ビートとかになってると思いますwww ああいうのって『幽霊が出るかもしれない』という恐怖より『どこからどういう仕掛けがくるんだ?』って警戒の方が強い俺は楽しみ方を間違えてるのかな?

何はともあれ、何とか第4回同人祭りSS終了です。本当はもっと色々書くつもりだったんだけどね。他がどういう組み合わせで、何処でどういう反応したかとか(『書け』とか言うなよ? 絶対言うなよ?)。一応、毎回参加してるけど、次回はスケジュール的にヤバ気だったら見送ろうかな……委員長、皆勤賞とかある? あるなら意地でも掻くけど(ぉwww

蜀で会談話ってなるとやっぱ愛紗が真っ先に出て来る訳ですが『それは他の誰かが書くだろう』という事で除外。『じゃあ誰がいいだろう?』と考えた所でいい反応してくれそうなのがこの二人でした。しかしこの二人オンリーでは途中で折れてしまいかねない。なら鈴々か南蛮'sをつけようかとも考えたが、あの子等は二人の手を引く前に幽霊(役)を追っかけるなりぶっ飛ばすなりしてしまいかねない。と、言う訳で璃々の抜擢となりました。しかしまぁ、萌将伝の初回特典持ってる人なら解ると思うけど、成長した璃々の戦闘力の凄まじい事……やはり親と同じ弓兵なんですかね、どう考えても胸当て必須だと思うんですけどwww

 

さて、あまり長々と語るのもアレなので今回はこの辺で。多分次回は『盲目』か『Nobody』か、久々に『Just Walk』になると思います。第1章のプロットがほぼ完ぺきに仕上がったので、書き切ってから一気に投稿してもいいかもしんねぇな。結構間が空いちゃったし。誰か時間をくれ。特に睡眠用。

 

では、次回の更新でお会いしましょ~ ノシ

 

 

 

 

…………部屋着をアロハから半纏にコンバートしたっけ滅茶苦茶着心地よくってそのまま宅配便に出たっけいつも来る配達員さんに偉く驚かれました。


 
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