No.499896

本日も晴天なり

亡生紗千さん

 晴空荘に住む男女五人のドタバタコメディ、朝の風景。ブログで連鎖している『本日も晴天なり』の一話目です。お気に召したらブログも覗いてみてください。
 

2012-10-24 21:26:00 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:165   閲覧ユーザー数:165

 
 

 ここは晴空荘。年季の入った、まあ簡単に言うとボロアパートだ。

 

 部屋数は八室、入居者は俺を含めて五人。

 

 そんな晴空荘の日常は、少しおかしい。

 

 

 

 体が重い。腹の上に何かが乗っている。

 

 これが金縛りってやつか? やべえ、怖い。

 

 俺は恐る恐る目を開いた。

 

「おや、起きてしまいましたか」

 

 俺の上に乗っていたのは幽霊でも妖怪でもない。れっきとした人間の美女だった。

 

 赤い瞳に白のロングヘアー、中性的で日本人離れした美人、累月時雨。

 

「ちょっ、お前何やってんだ!」

 

 白衣にYシャツ、細身のパンツ(ズボンね、下着じゃなくて)という格好のこの女、俺の首筋に注射器を刺そうとしている。

 

「麻酔をかけて既成事実を作ろうと思ったのですが」

 

 儚げな笑みを浮かべる時雨だが、こちらは笑えない。

 

「犯罪だ、それは!」

 

「未遂なんだから許してくださいよ」

 

「つかどうやって入った!」

 

「ピッキングで」

 

「既に犯罪じゃねえか!」

 

「まあまあ、落ち着いてください。猛る貴方の欲望は、私が鎮めてさしあげますから」

 

 時雨の白魚のような手が俺の下半身をまさぐる。

 

「ちょっ、やめ……」

 

「ふふ、生娘じゃあるまいし。でも、かわいいですよ……」

 

「や、耳元で喋んな……っ!」

 

「いい加減にしろ」

 

 俺の顔のすぐ横に、木刀が突き立てられた。

 

「朝から何をやってるんだ、お前たちは……」

 

 木刀の主は着流し姿の旭雄日文。

 

 純日本人といった雰囲気の黒髪が揺れると、端整な顔に青筋が浮かんでいるのが分かった。

 

「いや、俺は悪くなくね? 被害者じゃね?」

 

「私だって晴海さんにハートを盗まれた被害者ですが?」

 

「話がややこしくなるから黙っててくれ頼む!」

 

「とにかく!」

 

 旭雄は畳から木刀を抜くと俺に突き付けた。

 

「破廉恥な行為は慎んでもらおうか」

 

「旭雄さん」

 

 時雨の手がすっと動き、銀色の光が飛ぶ。

 

 旭雄は難なくそれを避けた。

 

 壁に、メスが刺さる。

 

「人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られて死にますよ?」

 

 時雨の笑みが、怖い……。

 

 その手には数本のメス。

 

「時雨、お前には常識というものが欠けているようだな」

 

 旭雄の木刀が時雨に向く。

 

「人の部屋に勝手に入って畳に木刀突き立てるやつが常識を語るなよ!」

 

 俺がツッコミを入れた瞬間、下でけたたましい音がした。

 

 俺は時雨の体を避けて立ち上がり、部屋を飛び出す。

 

 外に面した階段を駆け降り、音のした方へ向かった俺は溜め息をついた。

 

 外れたドア、庭に倒れた女。そしてその腹を踏みつけている男。

 

「人が貴女の部屋で待っていたというのに、朝帰りですか。この売女」

 

 黒い長髪を後ろで束ねているダークスーツ姿の男は、道連縁日という。

 

「落ち着け! 紗々を殺す気か!」

 

 俺は道連を羽交い締めにした。

 

「うっ、けほっ」

 

 倒れている女、絆紗々が咳き込む。

 

「殺すようなヘマはしません」

 

「お前なあ……」

 

「紗々さん、大丈夫ですか?」

 

 後から来た時雨が紗々の体を起こし、服についた泥を払ってやる。

 

「んー、大丈夫大丈夫」

 

 黒いノースリーブハイネックのセーターにショートパンツ、そしてニーソックスという格好の紗々がショートカットの黒髪を掻き上げる。大きな乳房が揺れた。

 

 チャーミングな顔にも泥がついているが、暴行を受けていた者の表情ではない。

 

 へらへらと笑う紗々を、道連は冷たい目で見下ろす。

 

「何があったんだ?」

 

「このメス豚が淫売行為をしてきたようなので、躾をしていました」

 

「あはは、道連君は嫉妬深いな」

 

 道連は俺の手を払いのけると紗々の胸ぐらを掴んで無理矢理立ち上がらせた。

 

「道連君、やり過ぎです」

 

 時雨が渋い顔をしてメスを構える。

 

 しかし、道連の腕を木刀で打ったのは旭雄だった。

 

 道連は紗々を放して腕を押さえ、旭雄を睨み付ける。

 

「反省しろ、道連」

 

「反省するようなことはしていませんよ、旭雄さん」

 

 二人の視線が絡み合う。どちらも人を殺しそうな目をしていた。

 

「二人とも、私のために争うのはやめて」

 

 紗々の冗談めかした声が、二人の殺気を削いだ。

 

「そうだ、やめろ。お前らの喧嘩は喧嘩じゃすまなくなる」

 

 俺は二人の肩を掴み、ぐいっと引き離す。

 

 道連は舌打ちをして自分の部屋に戻っていった。

 

 旭雄は木刀を下ろし、踵を返した。

 

「俺は仕事に行ってくる」

 

「はいよ」

 

「時雨さん、悪いけど手当てしてもらえるかな?」

 

 紗々は笑顔を崩すことなく時雨を見る。

 

「分かりました。部屋に来てください」

 

「ありがと。あと、晴海君」

 

「何だ?」

 

「ドア壊れちゃったから直しといて」

 

「おう」

 

 紗々の手を引いて自室に向かう時雨を見送り、俺はもう何度目か分からない溜め息をついた。

 

「ったく、大家の気も知らねえで……」

 

 紹介が遅れた。俺の名は晴海天也、晴空荘の大家で便利屋だ。

 

 肩までの金髪にサングラス、顔はまあ悪くないんじゃないかな、多分。オレンジ色の作業服がトレードマークだ。

 

 とりあえず、晴空荘の住人のおさらいをしておこう。

 

 累月時雨、二十七歳、闇医者。二○一号室。

 

 旭雄日文、二十七歳、用心棒。二○三号室。

 

 絆紗々、二十七歳、心理学者。一○一号室。

 

 道連縁日、二十一歳、殺し屋、一○二号室。

 

 そして俺が二○二号室に住んでいる。年は二十七。

 

 まあ、こんな問題あり過ぎの晴空荘だが、空は今日も青い。

 

 ああ、本日も晴天だ。

 
 

 
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