No.499601

ゴーストファイターSF!!

yui0624さん

なんとはなしに空を見ると、血まみれの少女が宙吊りになっていた。 ホラーでも厨二バトルでもありません。テクノ・ファンタジー・ラブコメです!(なんだそれ) 霊感少年空木晴、幽霊少女福原紗子と、ロボット工学者を目指す野々村亜樹。晴の彼女が亜樹で、亜樹の元カノが紗子で、紗子と晴が手錠で繋がって? 三人の三角関係と、なぜか絶妙に絡まり合うロボットバトル、なSFラブコメ、になったらいいなあ。 こちらにもアップしています。 http://ncode.syosetu.com/n1384bk/

2012-10-23 23:17:37 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:615   閲覧ユーザー数:614

 

 

 

 

 なんとはなしに歩道から高速道路の裏側を見上げると、血まみれの少女が宙吊りになっていた。

 ショッキング。

 その少女と、目があった。

「あんた、あたしのこと見えるんだったら、ちょっと助けてもらえない?」

 

 血まみれの頭も、血まみれのブレザースタイルの学生服も、高速道路の高架下という場所も、その状態で平然と呑気な声色を出してくるという、何から何まで異様なのだけれども、空木晴<うつぎはる>が一番異様だと思ったのは、その少女の姿勢だった。

 体育座りだった。

 しかも、まるでその高速道路の裏側の濃い灰色をしたコンクリートが床であるかのように、体育座りをしていた。

 少女を縛るロープのようなものはないし、これまたおかしなことに、少女の髪は地面に向かってではなく、空方向に引っ張られて、血まみれの肩にストンと落ちているのだった。少女の服も、同方向に。

 ちょうど、そこだけ重力が逆転しているみたいな状態だ。

「ねえ、ちょっと、聞こえてる?」

「聞こえてます」

「あーよかった。偶然こっち見てる電波な野郎かと思っちゃったじゃない」

 随分馴れ馴れしいな、と晴は思った。

 しかし、すぐにその馴れ馴れしさの原因に気が付いた。真っ赤に染まっていて見えにくかったが、よくよく見れば、少女の着ているブレザーは、晴が通う高校のもののようだった。つまり、少女は同じ学校の生徒なのだ。

「えっと、」

 晴は逡巡した。何を尋ねるべきか。

「生きてます?」

「わかんない」

 即答だった。

 間違いだったかどうかは分からないが、少なくとも適切な質問を出来た気はしなかった。遠すぎて、また少女の声が呑気過ぎて、慌てればいいのかもよくわからない。

 そもそも、

「助けろって、何をどうしろってことですか?」

「えーっと」

 間を置かずに、声を漏らして考え始める。

 あ、この人考える前に行動するタイプの人だ、と晴は思った。

「とりあえず、ここから降りたいのよ」

「降りればいいじゃないですか」

「降り方がわかんないの! 身体が浮かぶんだもん!」

 身体が浮かぶ。

 そんな症状の人に出逢ったことがないためわからなかったが、このままでは遠すぎて会話するのも億劫なのは、確かだった。

「ちょっと待っててもらえます?」

「そう言って逃げる気じゃないでしょうね」

「違いますよ。すぐ戻ってきますから」

「早くしてね」

 平凡な、平凡過ぎる会話だった。状況に反して。

 

 晴は少女から目を離し、すぐ近くにある家に向かった。学校から帰る途中だったのだ。

 腕時計は午後四時半を指している。

 交差点を渡るときに、花束と線香が置かれているのが目に入った。

 晴は、薄々理解した。

 

 

 視えるか視えないかで言ったら、視える方だった。

 正確に言えば、「持ってきてしまう方」だったけれど。

 幸いなのかはわからないけれど、空木晴の当社比で言えばそこまで凶悪な霊というものに出会ったことはなく、晴がうっかり触れてしまって、持ってきてしまいそうになった霊たちは、皆恥ずかしそうに逃げていくのが常だった。

 寝ぼけて隣にいた霊に抱きついてしまったり、畳の隙間から出ていた髪の毛を編んであげたり、ふすまから伸びていた腕を幼心に引っ張ってみたり、そんな他愛のない関係性だった。

 だから、今回みたいなのは強烈だった。

 初めてだった。

 

 家に帰りつき、鞄を置いて、ブレザーを脱ぎ捨てた。律儀に走って、急いで帰ったので暑かった。

 今更ながら、「生きてます?」という質問が非常に的外れなものだったことに気が付いた。

 二階建てアパートの二階角部屋が、晴の部屋だった。男二人で住んでいるため散らかり用は凄まじいが、目的の物は探すまでもなかった。

 洗濯したものを室内で干すためにつってあるロープを外した。

「きっと何かに使えるはずだ」と自信満々に根拠のないことを言うのが好きな同居人=従兄弟の櫻井保のおかげで、今回は本当に役に立ちそうだった。

 きょろきょろと辺りを見回して、手頃なおもりを探す。あまり重いと、あの高さまで投げ上げる自信がない。晴は運動があまり好きじゃなかった。女子にも負ける腕力だ。しかしロープだけを投げ上げると、恐らく風に煽られてしまうだろう、と思った。

「これでいっか」

 納得できるいいものが見つからなかったので、目にはいった整髪料のスプレーを手に取る。買ったばかりなのでそれなりの重さを持っていた。括りつけて、長いロープを丸めて、再びスニーカーを引っ掛けてかけ出した。

 アパートの階段を降りたところで、ああ、タモ兄の靴でも良かったな、と思い出した。

 

「遅い」

「……走ったん、……ですけど」

 晴の手の中のロープを見て、少女も意図に気が付いたらしい。

 逆さまの状態で立ち上がり、バンザイをした。

「早く!」

「投げますよー」

 いち、にの、さん、と胸中で呟いて、晴はロープの先端に括りつけたスプレー缶を投げ上げる。

 それが、少女の手に届かずに落ちてきた。

「……あんた、力ないね」

「……悪かったな」

 疲れてきて、段々少女へ向けて放つ口調がぞんざいになってゆく。

「缶を持って投げるから届かないんだよ。こう、振り回してさ、なんだっけ、遠心力? とか使えばいいんだよ」

 ああ、なるほど、と晴は頷く。

 言われてみれば、そうに違いなかった。

 ロープを握ってスプレー缶を振り回し、勢いをつけて投げあげた。今度は、たやすく少女の元までロープが届いた。

 少女がロープを握り締める。

「よし、引っ張れ! ……おい、なんでやだなあみたいな顔してんだ」

「いや、重い物持ち上げるのとか嫌いなんで」

「重くねえよ! 女の子に重いとか言うなよ!」

 どれどれ、と引っ張ってみると、確かに思っていたほど重くはなかった、が、

「軽くも、ないですよ……」

 その救助活動は、結構な力を必要とした。

 どういう仕組なのかは知らないが、少女の体重は(と呼ぶべきものなのかは分からないが)、人間一人分には満たないものの、確実にその半分くらいはあった。小学校低学年の子供を一人、高速道路の高さまで引っ張り上げるのと同じくらいの力が必要で、少女がロープで手繰り寄せられ、腕を掴みあったときには、晴は肩で息をして、その場に座り込んでしまいそうになっていた。

「今気づいたこと言ってもいいですか」

「なんだい」

「高速道路の各柱に、点検用のはしごがついていますよね」

 晴は柱の一本を指さす。

 少女はそれを見る。

「いや、それは最初に気が付いたさ。で、それを辿って降りようともした。ところがだ、そこから先、私が掴めるものは恐ろしく地面に少ないわけよ。で、当然風が吹いたりするわけで、掴むもののない私は風に煽られて飛ばされそうになるわけ。生まれて初めて、あの青い空に恐怖を抱いたね、私は」

 ああ、そうか、と。

 こうして身近で会話している間も、少女は晴の腕とロープを握りしめていないと浮き上がってしまいそうになる。

 空に落ちていってしまいそうになる。

「で、助けましたけど」

「まだ終わってない」

「これ以上何を僕に求めるんですか」

「……とりあえずさ、ゆっくり話せる場所にいかない? いろいろ聞きたいこともあるし、……露骨に嫌な顔すんなよ!」

「ゆっくり話せる場所って、なんですか」

 少女は血まみれの顔をゆるく歪めて、にこやかに言った。

「天井があるところ」

 

 

「うわーきったねー」

「嫌なら入るな!」

 よくよく考えたら自分以外には視えないんだろうな、と考えた晴が、少女を喫茶店やファミレスに連れていくわけにもいかず、招いたのは自宅だった。腕を掴まれるのは気味が悪かったのでロープを引っ張って歩こうとしたが、

「ロープが浮かんでるように視えるんじゃない?」

 という少女の一言で、仕方なく腕にしがみつくことを許可した。

 どうせ天井に座るのだから、と部屋を片づけもせずに入り、少女を招き、麦茶を出して一服した。

「あたしにもちょうだいよ」

「その姿勢でどうやって飲むんだ」

 天井に、あぐらをかいて座っている。

 道中結んだ髪の毛も、ブレザーも、スカートも、全てが「地面はこっちだ!」と主張するようにしみったれた天井方向へ向かって引っ張られている。この光景をニュートンに見せたら今の物理学はないかもしれないなあ、なんて思う。

 立ち上がって、一枚のタオルをとって水道で濡らすと、天井に放り投げた。少女はそれを顔で受け止めた。

「とりあえず、拭いたら」

「……なんか、ここに来るまでの間に一気にあたしの扱い変わってない?」

「いやあ、僕一応彼女いるんで。こういうのまずいのかなあって思ったら、ねえ」

「あんた絶対性格悪いでしょ」タオルで血を拭き取りながら。

「よく言われる」麦茶を飲みながら、パソコンを起動して検索エンジンを立ち上げた。文字を打ち込んで記事を読んで、少女に尋ねる。

「ねえ、あんた、福原紗子さん?」

 少女が、首元を拭く手を止めて晴を見上げた。

 うーん、変な距離感だなあ、と晴は胸中でひとりごちる。

「なんで知ってんの!? あんたインチキ占い師!?」

「驚きたいのかけなしたいのかどっちかにしろよ」

 ノートパソコンの画面を目一杯上方向に向ける。

「ほら、この近くで事故って死んだのって、あんただろ。えーっと、僕の一個上か」

「ってことは、あんた一条高校の一年生か」

「そう。あんたは二年生だね、生きてたら」

 十六歳の少女、春休み直前にひき逃げに遭い死亡、と記事には書いてある。

「噂には聞いてたけど、校内ではタブー視されてたから、最初は気づかなかった」

「おー、あたしって有名人」

 ブレザーを天井に脱ぎ捨てて、ワイシャツの中にタオルを突っ込んで脇の辺りを拭いている姿は、微妙におっさん臭い。

 が、真っ赤な血液を拭きとった顔は、意外なことに結構整っていた。好みではないが、男子受けしそうな顔だ、と思う。少し肌荒れが目立つが、とそこまで考えて、首を傾げた。

「怪我は?」

 普通、事故にあったりした地縛霊は怪我をそのまま引きずっている、というのが晴の印象だったのだが。少女は健康そのものの見ためで、痛みなど無縁な呑気そうな面構えで天井に居座っている。

「んー、知らん、消えた」

「……便利な世の中だ」

 少女はひと通り身体を拭き終えると、タオルを投げ下ろしてきた。

「返す」

「いらねえよ!」

「女子高生の拭きたてほかほかだぞー」

「嬉しくねえよ!」

 晴はそれをゴミ箱に投げ込む。

 そして再び首をかしげる。

「……なんで高架下も天井も汚れないのにタオルは汚れるんだ」

「だって、そんなとこに血痕残ってたらホラーじゃん」

「え、なに、血が付くか付かないかあんたが選ぶの」

「多分」

「……なんて便利な世の中だ」

「ほら、よく目立ちたがりやな霊ほどいっぱい写真とかに出てくるじゃん。あの要領で、この世に残したいものと残したくないものを自分で選べるのよきっと」

「とりあえずあんたの気まぐれのせいでうちのタオルが一枚犠牲になったんだが」

「女の子には優しくしておくもんだゾ」

「キモい」

 ……しばし、床対天井の激しい殴り合い、投げ合い、罵り合い。

 

「で、なんであんたは空木はあたしが視えるのよ」

 空木、と呼ばれるようになった。殴り合いのおかげで。きっと晴がみぞおちにいれた渾身のアッパーのおかげだった。

「昔から、視えるんだよ。体質だかなんだか知らないけど。まさか、福原さんみたいな、こんなのに会うことになるとは思わなかったけど」

「おいこんなのってなんだ」

 一応一つ年上らしいので「さん」を付けておくが、その他の点において全く容赦する気はおきなかった。

 全く、ただでさえ男くさい部屋を血生臭さで上書きしてくれやがって、と内心毒づく。

 

「で、なんで成仏してないんだよ」

「いやいやいやひき逃げで成仏できるわけないでしょ」

「でもさ、ほら、成仏ってしといたほうがいいと思うよ。ほら、潔さとかって大事だし、未練たらしくなくてハキハキしてたほうがお釈迦様も喜ぶと思うし」

「おい、そっちは窓だ! あたしの服を引っ張るな! 空はやばいって空は! お前マリアナ海溝に落ちた人のこと考えたことあんのかよ!」

 いやあ本当にうちって天井低いなあ。天井に人がいてもすぐに手が届く。

 とりあえず辞めてあげた。

「じゃあ、成仏する気はないわけだ」

「……してもいい、けどさ。…………おい、人がせっかくシリアスな話をしようとしてるんだから、嬉々として服を引っ張るな。ブラがずれるブラが。あたしが死んでなかったらセクハラだぞ少年」

 天井に座った状態で乱れた制服を正して、紗子は言う。

「アキに、謝りたい」

「アキ?」

「知らない? あんたの一個上。野々村亜樹。ロボ部の。そう、その子に会って、ちゃんと話したい。ちゃんと、お別れを言いたい」

 麦茶を注いで、晴は一息に飲み込んだ。

 何の因果だろうかこれは。

 ああそうか、そういえば、福原紗子はロボ部のパイロットだった、と記事に書いてあったかもしれない。

「知ってますよ、よく」

「マジで? じゃあ話が早い」

 紗子は部屋の壁掛け時計を見た。紗子の天地が逆さなせいで、首を捻って文字盤を読む。

「まだ五時じゃん。よし、今から学校行こう。まだ部活やってるでしょ!」

「えー……」

「なんだよここからすぐ近くじゃん。空木、いい場所住んでんじゃんすぐ行こう、ほら行こう。……おい、「そっか、行くって嘘ついて空に捨ててこよう」みたいな顔してんじゃねえぞ」

「なぜバレた!」

 再び、しばしの乱闘の末、なぜか晴と紗子の手を、一つの手錠がつないだ。

「なんで!?」晴、驚愕。

「むしろなんでこんなものが男子高校生の部屋に転がってるのか聞きたいよあたしは……おかげで捨てられなくて済むけど」

 従兄弟のタモ兄のせいだった。

「ほら、きっと何かの役に立つよ、空き巣を現行犯逮捕するときとか!」そんなことを言っていた気がする。部屋が散らかっているのも八割がタモ兄のせいだった。

 紗子は手錠の鍵をポケットに入れると、「よし行こう、すぐ行こう」と天井で暴れだす。

「ほらそんな気落ちすんなよ、手錠も周りに視えないようにしてあげるからさ写真撮った時にちょっと手錠の部分だけあんたの手首切れちゃうけど。少なくとも手錠を空中に浮かせてる変なマジシャンには見られないよこれで」

「本当に便利な世の中だな!!」

 ちっとも嬉しくない。

 かくして、晴は再び学校へと向かった。

 幽霊少女を、空にぶら下げて。

 

 

 

 

 

 

 

 晴が、先輩である野々村亜樹に会いたくない理由は、一つだった。

 喧嘩中なのだ。

 

 なんか新次元の犬の散歩みたいだなあ、と晴は思いながら、とぼとぼと学校までの道を歩いた。初めは、見慣れた道だろうにきょろきょろとせわしなかった紗子も「手首が痛い!」という晴の一言でおとなしくなり、腕を引かれるのに従った。

 学校に付き、晴は上履きに履き替えた。

 

 ロボ部=ロボット部という略す必要性すら疑わしいその部活動は、私立高校である一条高校だからこそ可能な部活動だった。

 とはいっても、全国的に似たような名を冠する部活は少なくない。

 元を辿ると、専門の教育機関=高専や大学で行われていたロボットコンテスト=通称ロボコンが主流だ。そこから枝分かれし他の文化と合流し生まれた大会の一つに、HIB、というものがある。

 ヒューマノイド・インターフェイス・バトルの頭文字=HIB。

 人が動かすことを前提にして造られたロボット同士が、分かりやすく言えば身体=機体を張った喧嘩をして性能を競うという、荒っぽい競技だ。

 競技の内容はロボコンと同じように毎年変わるが、人権問題などにならないような配慮をした上で、学生が怪我をしないような競技が毎年発表される。

 ややグレーゾーンに感じる人間も多いかもしれないが、それはバスケやサッカーと同じような、れっきとしたスポーツなのだった。だから、殴り合いの喧嘩のようなことはしないし、設計図や機構の発表会、ロボット学会などとの交流など、きわめて学術的な側面も持っている。

 福原紗子は、その大会への出場、そして優勝を毎年目指している私立一条高校を代表する、エースパイロットだった。

 

 晴は、ロボ部には所属していないため詳しい内容までは知らないが、ちょっとしたブームとなっているそのHIBに全く関心がないわけではない。

 ロボ部のような組織に入るためには、全国どこの学校でも共通の試験を受けなくてはならない。

 ロボット工学者初級試験=その試験をパスしないものは、HIBへの参加が認められない。必然的に、部活への参加もその資格が求められる。端的に言えば、頭が良くなければ入れない部活なのだ。差別ととる人間も一部にはいるが、それだけ他のスポーツと比べて危険が伴う部活動でもあるということだ。

 それでもその部活動が日本全国、いや世界的に禁止されない理由の一つとして、ロボット部卒業生が、世界中のあらゆる場所で活躍しているという実績がある。

 医療現場、災害現場、宇宙、建設、日常生活、ありとあらゆる場所で働いているロボットを開発する人間を育成するために、ロボット部は世界的に必要不可欠な組織となった。だからこそ、HIBにかぎらず、ロボコンを源流としたロボット機構を競う競技は、世界中に数えきれないほど存在している。

 

 従って、決して偏差値の低くない私立一条高校においても、ロボ部の部員は多くない。

 その延長線上で考えると、福原紗子も決して頭は悪くないはずなのだが。

「そうは見えないな……」

「なんかいった?」

「いやなんにも」

 まだ部活をやっている野球部や吹奏楽部の放つ音が、青春の息遣いのように校内に響いている。

 晴と紗子は、専門教室棟再奥にある、ロボ部の部室へと向かっていた。

「いやー、やっぱり天井があると安心するね」

「ごめんちょっとよく分からない」

「……地面なんてなくなっちまえばいいんだ」

「八つ当たりでとんでもないこと願うな!」

 午後五時半。

 五月も半ばを過ぎて、その時間は高校生にとっては、まだまだ部活動真っ最中の時間だった。

 今日は水曜日だ。

 本当は、ロボ部は週一の休みの日だったが、野々村亜樹だけは今日も部室にいるに決まっていた。そのことを、紗子も晴も知っていた。

「ねえ、聞くの忘れてたんだけど、あんたと亜樹って、どういう関係なのよ」

「どういうって……、っていうかその質問よく忘れていられたな」

「いやなんかさっきからブラの位置がおかしくて」

「うわー! すっげーどーでもいー!」

 やっぱこいつバカだ!

 開発設計チームじゃなくてパイロットだった理由がすげえよく分かる!

 言葉の前に拳が飛んでくるし!

 この距離じゃ避けられねえ! 畜生!

 

 晴が、ロボ部の部室の扉に張り付いて、恐る恐る開けようとしたときだった。

 

 がつんっ!

 

「いっ!」

「え!?」

 外開きの扉が、晴の鼻骨を強打した。

 痛みに視界がちかちかと瞬いて、二歩ほど後ろへたたらを踏んだ。

「……君、帰ったんじゃなかったの」

 部室から顔を覗かせたのは、グレーのツナギ姿の野々村亜樹だった。

 

 亜樹がトイレに行っている間に、晴は紗子に強く言い聞かせた。

「いいか。俺がちゃんとお前に話振る機会を作るから、絶対黙ってろよ。邪魔すんじゃねえぞ」

「分かってるよ、なんだよまるで私が見えないのを良いことに話の邪魔していたずらするような人間みたいな言い方じゃんか」

「そういう風にしか見えねえんだよ!」

 

「何騒いでるの?」

 扉を開けながら亜樹が言う。

 紗子は逆さまに漂いながら手で口を覆った。

「電話! タモ兄と電話してたんです!」

「職員室行けばいいのに」

「いや、亜樹先輩を待ってなきゃと思いまして……」

「ふーん」

 亜樹は、興味無さそうに流すと、部室の隅に置いてある冷蔵庫から麦茶を取り出して、コップに注ぎ、晴の目の前の机に置いた。

 部室は半分に仕切られている。

 机やパソコン、ホワイトボードや小さな模型などが置いてある事務所のような空間と、もう半分が実際に機械が置いてある組立用の空間だ。晴たちが入ってきた入り口とは反対にある出口から外に出ると、渡り廊下を通って、旋盤などが置いてある工場に行くこともできるが、作業場の散らかり方と亜樹の作業着姿を見るに、今日は工場を開けてはいないようだった。

 机を挟んで、亜樹は晴の正面に座った。

 長い髪を後ろで束ねている。白い頬に軍手の油汚れが移っているが、それが返って亜樹の容姿の美しさを際立たせている、と晴は思った。美人は何を着ても美人だし、どう汚れようが美人なのだ。

 世界って理不尽だ。

 だけど、晴以外の人間のほうが、その理不尽だという気持ちを沢山味わっているに違いない、と晴は思う。

「で、君、何しに来たの」

「……えっと、その、まずは謝罪に」

 視界の端で、紗子が、晴と亜樹の関係性を見破ろうと声を出さずにもがいていたが、天井の高いロボ部の部室で紗子の自由はどこにもなかった。

「別に怒ってないよ、私」

 嘘だ、と晴は思う。整った眉をそんなに釣り上げて、二重のすっきりとした目をそんなに細くして、それのどこが怒っていない表情だというのか。その表情にすら見惚れそうになる自分も大概だが。

「そう、怒ってない。君が男の子なのは知ってるし、だから君が、どこかの女の子の写真をクラスメイトの誰かから買っていたとしても、全く、全然怒らない」

「その、……誤解なんです」

 いや誤解ではないのかもしれないけれど、晴の心持ちでは恐らく亜樹の怒りは誤解なのだった。

 というよりも、誤解であって欲しい、と思った。

「ねえ、何の話? 私関係なくね?」紗子。

 晴は机の下で手錠を、それに繋がれた紗子の腕をぐい、と引っ張る。

「うるせえ少し黙ってろ」の合図。

 紗子は口を塞ぐ。

 あ、今更だけど本当に手錠見えてないんだな、とか。

 

「誤解、って?」

「えっと……どう言えばいいのか、うまくまとめられないんですけど……、その」

「はっきり言って」

 先輩の怒った顔に対してどうしようもなく萎縮して、晴は、むしろ投げやりになった。

 ああ、はっきり言ってやる。

「……オカズにしようとして先輩の写真を買ったんじゃないんです! オカズにされるのが嫌で先輩の写真を、買い占めたんです! だから来週のデートは行けません! お金がないから!」

 

 亜樹は、ぽかん、と間の抜けた顔をした。

 流石に、美人という表情ではなかった。

 出会ったのは図書館だ。

 本当に、今更ながら漫画みたいな出会いだったと晴は思う。

 SF小説の棚、好きな作家に手を伸ばした瞬間、横からにゅっと、同じ速度で手が伸びた。

 同じ速度で横を向いて、お互いの存在を認識した。

「好きなんですか?」亜樹。

「えっと、はい」晴。

 それだけ。

 晴の彼女が野々村亜樹で、

 亜樹の彼氏が空木晴。

 

 ふ、と。

 少しだけ余裕があって、少しだけ余裕のない笑みを、亜樹は漏らした。

「もっと早く言えば良かったのに」

「言おうとしたけど聞いてくれなかったんじゃないですか」

「ごめんごめん」

 そんな穏やかなムードに。

 放置されていた第三者が、晴にしか聞こえない叫声を放った。

 

「はあ!?」

 

 紗子が、晴の首を締めた。浮かびながら。両手で。力いっぱい。

「ぐ、……や、やめ」晴。

「え、なにどうしたの?」亜樹

「はああああ!? ええお前ちょっと待てやどういうことだコラ! 死にたいの!? お前死にたいの!? 連れてってやろうかお空まで!!」紗子、涙目になりながら。

 必死に首に絡む、少女にしては嫌に力強い指を引き剥がしながら、晴は叫んだ。

「それで、今日ここに、来たのは!」

 紗子とばたばたと争いながら叫んでいる晴は、亜樹から見たらものすごく滑稽で変人だったことだろう。

「もう一つ、用事があって!!」

「は、はあ」亜樹の、ドン引きした吐息混じりの言葉。

 

 もうだめだ、限界だ。

 やるしかない。

 

「福原紗子を覚えてますか!?」

 

 亜樹の顔が凍りついた。

 その間、その空気に気が付かないほど我を忘れている紗子は、「死ね殺す殺す死ね!」と加法定理も真っ青な奇声を上げながら本当に晴の命を奪おうとしてくる。

「あの、君、」亜樹が何かを言おうとする。

 だめだ、窒息死する。

 晴は、まあこうなるんだろうなあと薄々思っていた。だから、心は異常なほどに落ち着いていた。

 きっと、紗子を睨む。運動オンチなりの渾身の力で紗子の指を引き剥がすと、片手で紗子の口を多い、その状態で紗子の身体に飛びついた。

 セクハラ訴訟もばっちこい、という気持ちで紗子の身体を手足全てで抑えこむと、前体重を使って紗子の身体をロボ部の汚い床に押し付ける。

 その落下の最中――ずるりと、晴は、

 

 あちらのモノを、こちら側に、持ってきた。

 かしゃん、と手錠が床を叩いた。

 がたん、と亜樹が後退り、椅子が倒れた。

 持ってきてもなお、紗子の髪は、ブレザーは、スカートは、天を地だと言い張っている。

 幽霊を生き返らせることはできない。

 けれども、晴は、霊体を霊体として、こちら側に持って来られる。

 死んだ人間は生き返れない。

 けれども、晴が持ってきた幽霊は、晴以外の人間も触れられるし、見えるし、話し合える。

 晴は、視えるか視えないかで言ったら、視える方だった。

 正確に言えば、「持ってきてしまう方」だった。

 

 二人の目があった。

「……サエ?」亜樹の、茫然自失とした声。

「……やあ」紗子の、脳天気な挨拶。

 ネットの記事を信じるならば、およそ二ヶ月ぶりの再会だった。

 

「じゃなくて!」

 紗子が、間髪入れずに晴の下で暴れだす。

「亜樹!」

「は、はい!」

「あたしというものがありながらどういうことだこれはぁ! なんだよ、そんなにこの性格悪い男がいいのか!」

「え、ちょっと待ってそれどういうこと!?」晴。

「いやあのこれはえっと」亜樹、こんなに動揺しているところを晴は見たことがなく、少し油断した。

 その隙をついて、紗子が晴を跳ね飛ばし、自由を取り戻した。ふわりと浮かび上がる前に亜樹の腕を掴んだ。

「私は死んでねええええ!!」

「いやあんた死んでるから!!」晴。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」亜樹、録画したい程の珍しい動揺(空木晴談)。

 

「あんたら落ち着け!!」

 晴が、二人の間に無理やり割って入った。

 それで、紗子は喧嘩したあとの猫のようにふーふーと息をしていて、亜樹は普段大人しい図書委員のような表情を涙目にしている。

 晴は割って入った拍子に不可抗力(空木晴談)で触ってしまった二人の胸の感触を、忘れないように脳内再生していた。

「で、だ。僕の話を聞いて欲しい、落ち着いて」

 そして何事もなかったかのように、晴は主導権を握った。

 

 

 晴は、帰宅中に紗子と出会ってしまったところからこれまでの経緯を説明した。

 紗子も亜樹も、晴の協力なくてはお互いに会話できないという前提を教えられて、晴の言葉に従い大人しく話を聞くしかなかった。

「つまり、まあそこから先は僕もよく分からんのだけれど、福原さんを成仏させるためにここに連れてきたんです」晴の真面目な顔。顔だけ。

「おいちょっと待て」紗子の抗議。

「そっか、どうしたら成仏できるの」亜樹の真面目な顔。心から。

「おいちょっと待て」紗子の必死の抗議。

 

「謝りに来た、と福原さんは言ってました。……はい、お膳立てはしました。ここから先はお二人でどうぞ」

 分かってはいたけれど、と晴はため息をつく。

 二人の間に、複雑過ぎて喩えようもない沈黙が舞い降りた。

 それでも、口を開いたのは紗子だった。

 理由は、なんとなく分かる気がした。

 紗子には、後がないのだ。

「……だってさ、亜樹、話聞いてくれないんだもん」

「……だって」

 確かに、そうかもしれないと晴は思う。

 一見すると、というか一見しなくても紗子はバカだが、激情家で見境がなくなるのは、どちらかというと亜樹の方だ。

「私はさ、亜樹を守ろうとしただけだったんだよ」

「……うん」

 亜樹が、鼻をすすり始めた。ぽたぽたと涙を机の上にこぼす。晴がそっとハンカチを差し出し、亜樹がそれを受け取った。

 紗子が晴を横目で睨んだ。

「だってさ、むかつくじゃん。クラスの奴らが、亜樹の写真回してるの」

 ………………ん?

「そりゃあデート代捨ててでも買い叩くに決まってるでしょ?」

 ………………ちょっと待て。

「なのに、亜樹が、亜樹がぶん殴ったんじゃん! なんか思い出したら腹立ってきた。そりゃあ私は良い恋人じゃなかったかもしれないけどさ! だから、何も言わずに去ることになっちゃってごめんって、謝りにきたけど、……なんか腹立ってきた」

「あの、ちょっといいですか福原さん」

「なんだよ」

「全部思い出したんですか?」

「思い出した」

「死んだ理由をお尋ねしてもよろしいでしょうか」

「いや、亜樹に殴られてむかついて自転車かっ飛ばしてたら、たまたま居眠りしてたトラックの兄ちゃんの車と正面衝突してさあ」

 

 ……なんて不便な世の中なんだ。

 世界的なロボットブームなら居眠りしていい車くらい作ってくれよ……。

 

「だから、亜樹が悪いんだよ! 無防備に男子に写真撮られやがって、しかも二股しやがって!」

「ちょっと待って!? これ二股って言うの!?」亜樹、泣きながら叫ぶ。

「二股でしょ! あたし死んでないもん!」

「いや死んでるって言ってんだろ!!」晴、絶叫。

「って言うか、まるで死んだのが私のせいみたいな言い方しないでよ! サエの前方不注意のせいじゃん! 私のせいじゃないじゃん!」

「そ、それは……」紗子、突然小さくなって人差し指をこねくり回す。

「夏大前の大事な身を、そういう風に乱暴にするとこ、私、ずっと嫌いだった」

 亜樹の真剣な物言いに、紗子はしゅんと縮こまる。

 

「だから、」

 そこまで言って、亜樹の動きが止まった。

 何事か言おうとした直後、天啓に目を見開いたかのように。

 紗子と晴は、二人で目を見合わせて、「亜樹?」「先輩?」と呼びかける。

 亜樹は、その問いには応えずに素早くパソコンに駆け寄った。電源のついていたパソコンの検索エンジンに何事かを打ち込んで、表示された文字を読み始める。

「亜樹?」

「ねえ、サエ、HIBの連続チャンプ、覚えてる?」

「国立高専の、現四年連続全国制覇、海堂新一」

「もっと詳しく」

 二人が何を言っているのか、晴は分からなかった。

「えーっと、詳しくって?」

「経歴。知ってる限り」

「えっと、中学二年生のときに事故で首から下が植物人間になって、世界初の脳独立生命手術に成功。その後、ロボットの身体を得て東京にある国立高専に入学、ロボコン部のHIBチームに所属、脳のみという人体の「軽さ」を生かしたロボット設計で四年連続HIB全国大会を制覇。……それがどうしたの?」

 亜樹は振り向いた。

 晴はどきりとした。恐らく紗子も、晴と同じ表情をしていた。

 それほどまでに亜樹は悪魔的で、妖艶な笑みを放っていた。

「HIBの参加資格。ロボット工学者初級試験の資格者であること。HIBに参加するロボットには、「人間」が乗ること」

「うん」紗子が頷く。

 亜樹は、今度は晴を見た。

「君、幽霊って、人間だと思う?」

「え、いや、どうでしょう……」

 紗子の額に、嫌な色をした汗が浮かんだ。

「亜樹、あんたまさか……」

 

「サエ、……もう一度、私が造ったロボットに乗らない? 世界で最も軽い、――搭乗型ロボットに」


 
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