「機械と生物の違いってなんだと思う?」
「は? いきなり何言い出してんのお前」
投げられたボールをグローブでキャッチしながら言い返す。意味もなく放課後にキャッチボールをする会話の流れになったから実行しているだけだった。屋上の金網を越さないようにボールを投げ返す。
「いやさ、なんかこうファンタスティックって言うの? 機械ってロマンに溢れてるじゃん」
「はあ」
パシっと良い音をたててボールをキャッチする。
「なんだよ。反応悪いな。便利だろ機械って」
「まあ、そりゃあそうだが。よっと」
振りかぶって強めにアイツに向かって返球をする。体は結構温まってきていた。冬の寒さはあまり気にならない。屋上だからか、そこそこ強い風が体を煽っているが、むしろ心地よいぐらいだ。
「便利なものはもっと浸透していくべきって思うだろ?」
「便利なままだったらな」
脳裏に浮かぶのは映画でよくあるシーン。機械が結託して人間に反旗翻すシーンだ。利便性を追求するとああなるのかは知らないが、懸念材料ではあるだろう。そういえば昨日テレビでそんな内容の映画をやっていた気がする。
「昨日のロードショーの映画のことでも考えてるのかー? 実際あんなこと起こらないっしょ」
「それはどうか知らんよ」
それこそ機械のように受けては投げるを繰り返していく。
「知らんとはひどい。とにかく最初の質問に戻ろうぜ。なんか違いってあると思うか?」
違いなあ。それはあるだろう。まず言葉が違うじゃないか。同じものだったら言葉も同じになるものだっていう答えはさすがに捻くれ過ぎだろうか。
「機械は生きていない」
「まあ当たり前の回答その一ってところか」
「機械は自分で動かない」
「その三ぐらいか」
「細胞がない」
「それ最初の答えと被ってね?」
「ああ、そうか。なら……なんだ。硬いとかそんなのでもいいのか」
「それ以外にはなんかあるか?」
少し考えてみるが、それらしい答えは浮かんでこない。とりあえず同一のものではないという根拠には十分なり得るだろう。
「思い浮かばねえや。でも大分違うってことは伝わったんじゃねえの」
「でもさあ、自律性さえ付与できれば生物とほぼ変わらないって気がしない?」
「いやいや、そんなことはないだろ」
自律性が付いたところで、こんな風に自分で考えることが出来るわけでもないだろうし、生物とは違う。
「人間だけが生物じゃないぜ。生物の中には細菌とかの何考えてるか分からねえ生き物だっているだろ? ファージとか大腸菌とかインフルエンザウィルスとかだってそうだ。目的があって、それを実行するだけ。あとはなんだ。生物なんだから進化すればいいのか。それだって、例えばAが主たる機械だったとして、Bをサポートのための機械とし、アップデートを繰り返せばいいんじゃないか」
「はあ……」
俺は呆気にとられたように声を漏らすしかできなかった。
「まあ現にそうやって機械だって進化をしてきたのさ。これまでサポートをするのが人間だっただけで。その人間の代わりを作ってしまえば機械だけが進化を続けられるだろう。分かるかね。ワトソン君」
「誰がワトソンだ。そんなものは結局、机上の空論だろう。一番の問題点が出来る前提になってるじゃねえか」
そうなのだ。人間のような万能な機械を生み出すことが最大の難関である。
「Yes.その通り。ならどうやって作り出せばいいと思う?」
「そんなの聞かれたって分からねえよ。分かってたら、俺が発明家になってるだろ」
しかし、そんな回答などを知っているから皆まで言わなくてもいい、とでも言いたげな口ぶりであいつは話しだす。
「答えは至極簡単さ」
「なら答え合わせをしようぜ。ホームズ先生よ」
あいつはもったいぶるように、ボールをポンポンと手のひらの上で跳ねさせる。そのボールを振りかぶって投げながら奴は口を開いた。
「人間を機械にしちまえばいいのさ!」
力の篭ったボールを何とか受け止める。本気を出すんじゃない、と突っ込んでやりたいところだが、それよりも先に突っ込むべきことがあるだろう。
「それこそどうやって、だ!」
最後の言葉に合わせて力強く投げ返してやった。受け止めながら「いてえ!」と声をあげてやがる。ざまあみろってんだ。
「簡単なこった。人間を機械、モノにすればいいってことさ。簡単に言えば管理社会ってことだよ。出生から死去まで、ぜーんぶ決めちまうのさ」
「ディストピア化で人間が機械とは、また陳腐な発想だな」
「いやいや、それだけじゃねえさ。人のコピー、クローンだって作るんだよ。優秀な人間のクローンをすぐに作れるようにしちまえば、いいのさ。すぐに死んだって別にいい。むしろそのほうがいいぐらいだ。クローンが増えすぎても食料不足、人口過多、住む場所もなし、になるからな」
「まだ理想論を抜け出してない気がするが」
「クローンなんて簡単に作れるだろうさ。これまで何体の動物が成功してきてると思ってんだ。人間だってやろうと思えばいけるさ。それを実行させないようにしてるルールさえ取っ払っちまえばいけるっての」
「なるほどなあ。まあ三文芝居はこの変でいいんじゃないか。疲れたよ」
キャッチボールを一方的に取りやめた。
「急に終わるんかい。まあ俺がやりたかった芝居みたいなのは終わったからいいや。それっぽかっただろ」
確かにそれっぽかったが、肯定するのはやめておく。
「途中から少し変えただけじゃないかよ。途中までは今あることそのまんまだったじゃねえか」
「だってなあ。昔の考え方なんて知らねえしさ、これがこうだったらどうなるかって感じでやるしかなくね」
「はあ」
先ほどと同じように声を漏らす。やつは自分の後ろにある金網フェンスのほうに歩いて行ってしまったので、その後を追う。
「しっかし、機械の街並みを見てもなんとも思わないものだな。昔の人にこの光景を見せたらどうなるのかね」
「さあ、知らんな」
広がるのは機械化した世界。ディストピアと評されることもあるが、別に俺はそうとは思っていない。自由な時間がないわけではないし、管理されているわけでもない。
街並を歩いてる親子連れの姿を捉えた。母親が女児の手を引きながら歩いている。その母親がバラバラに崩れ落ちた。女児は母親の部品を集めて、自分で治してしまう。母親は不恰好な歩き方で進んでいく。崩れ落ちたところに赤い痕跡が残っているけれど、他の街の人々は気にしない。
「また人間観察でもしてるのか? どの辺りを見てるんだよ」
「三キロぐらい先の交差点」
「ああ、あれか。俺もちょうど見てたよ。昔の世界に俺らが行ったらどんな反応をされるんだろうな」
「……それも知らんさ。でもまあ機械化されてないものだってあるだろう」
「またその話かい。それは本当なのかね」
俺は奴の言葉を無視して太陽を眺める。屋上からの夕焼けはいつも綺麗だ。俺は機械の目でその夕日を見つめていた。とても小さな音で、カチリと何かが動く音が聞こえた。それを気にするけれど、答えは求めない。答えを知りたくはないからだ。知ってしまったら、終わってしまう気がして。
夕焼けはいつも通り綺麗だった。
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機械の目