それから、五年が経った。
比奈の人生は大きく変わった。
地味で目立たず、どこか自信のなかった彼女は今は誰もが知るトップアイドルとなっていた。
毎日、歌にドラマに舞台にと彼女の日常は忙しかった。
今日は久しぶりの休日でプロデューサーに呼ばれ、事務所に来ていた。
事務所に来るのも久しぶりだった。
最近は直で現場に行ったり、直で家に帰ったりすることが多かったので、この事務所に来るのも久しぶりだった。
ここに来ると初めて来たときの、あの期待や不安が思い出せる。
自分はここにくるのが運命だったんじゃないかとたまに思う時があった。
初心を忘れそうになれば、多少スケジュールを調整しても、ここに事務所に戻ることにしていた。
ここが自分の全ての始まりだった。
だから、比奈はここを忘れたくなかった。
(プロデューサー、なんのようだろう?)
比奈自身もプロデューサーに大事な話があり、会いたかったところだった。
アイドルを引退し、女優に転向することを考えていたからだ。
アイドルとして働くのは好きだったが、もう二十五歳ということもあり、年齢的に限界を感じ、前から女優として起用したいというドラマ監督が何人かいた。
比奈としても、アイドルとしての殻を破り、新たな自分を生み出したいという考えで女優の転向は前向きだった。
後は自分をここまで育ててくれたプロデューサーに許可を貰うだけだった。
プロデューサーがいる会議室に入った。
プロデューサーの怖い顔が比奈を捉えた。
「どうしたんすか、そんな怖い顔をして?」
たいして怖気づいた風もなく比奈は会議室のイスに座った。
この人が怖い顔をするときは必ず、自分のためを思ってのことだとわかってるから、怖気づくことはなかった。
思いつくことは女優の転向だが、これはプロデューサー自身も前向きに検討しろと言っていたので別の話だろう。
普通の人なら胃に穴が開くのではと思える睨み顔も比奈には慣れっこだった。
しばらく見つめあうと、プロデューサーは少し緊張した顔で聞いた。
「お前、ここに来てから、どれくらいだ?」
「え? 五年くらいっすけど?」
この前、事務所のみんなが在籍五年パーティーを開いてくれたため、よく覚えている。
みんなも今じゃ、自分に負けないトップアイドルなため、あまり会えてないが仲が良かった。
これもここに来たおかげだと比奈は怖い顔をするプロデューサーに感謝した。
プロデューサーは一回、堰をした。
「お前が親と和解したのは三年前だな?」
「アレは大変だったっすね?」
比奈の両親の会社が事業の失敗で大きく傾き、倒産のピンチになったときがあった。
それも倒産の危機を招いたのは自分の両親が企画した計画の失敗だったのだからどうしようもない。
両親の責任はすでに会社をリストラされるくらいで済む問題じゃなかった。
プロデューサーは自分から縁を切った両親など見捨てろといったが、その当時には比奈はアイドルとして大成功を収めていた。
その発言力は大きく、自分の両親の会社をアピールするCMに参加したいと言い出したのだ。
プロデューサーとしては親の勤めを果たさなかった両親に肩入れするのは納得出来なかったが比奈の思いは尊重しようと考えた。
後日、人気アイドルが宣伝した会社の商品は飛ぶように売れ、会社だけじゃなく比奈のアイドルとしてのイメージアップにもつながった。
比奈は今では親の勤める会社のイメージガールとして、新たな宣伝文句を手に入れた。
そのことにようやく、両親も自分たちの愚かさに猛省し、初めて家族としての仲を築くことが出来た。
プロデューサーは多少納得出来ない部分も大きかったらしいが比奈はプロデューサーに感謝していた。
五年前の自分なら、きっと、両親を見捨てていただろう。
両親を助けたいと思うようになったのは、この人のおかげだった。
(この人が自分のために怒鳴ってくれたから、私も人のためになにかやりたいと思ったんすよ)
感謝しても仕切れない思いを胸に秘め、比奈はいまだに自分を睨むプロデューサーを優しく見守った。
プロデューサーは席から立ち上がった。
勢いで思わず机に脛を打ってしまい、うずくまった。
「だ、大丈夫っすか?」
「だ、だいじょうぶ……男の子だから」
涙目で立ち上がるとまた怖い顔をした。
「これをお前にやりたい」
「うん?」
左手の薬指に嵌められた指輪を見て、目を見開いた。
「これって?」
プロデューサーはテレ臭そうに頭をかいた。
「結婚してくれ……」
「ッ……!?」
たった一言の言葉に比奈は考える思考を失った。
プロデューサーはもう一声加えるべきかと、脳みそを回転させた。
「ずっと、お前をプロデュースさせてくれ……」
「……」
指にはめられた指輪を見て、言葉を発しない比奈にプロデューサーはまだ言葉が足りないかと必死にない頭をひねらせた。
「お、お前は最初から可愛いが、最近のお前は男がほかっとかないだろう? お前を最初に目をつけたのは俺だぞ! だ、だから……」
「プロデューサー……」
ようやく口を開き涙を流す比奈にプロデューサーも落ち着きを取り戻したように鼻の頭をかいた。
「単純に言うよ。俺の奥さんとして一生、傍にいてくれ」
比奈も泣きながらプロデューサーに抱きついた。
「プロデューサー!」
「……比奈」
自分の胸で泣く比奈を抱きしめ、プロデューサーは自分の告白が成功したとホッとした。
比奈もプロデューサーの告白に言葉がうまく出ず、涙声で叫んだ。
「ずっと……ずっと、私をプロデュースしてほしいっす! ずっと、自分だけのプロデューサーでいてほしいっす!」
「当たり前だ……」
二人は目に涙を浮かべたままキスをした。
五年間、二人がしたくってしたくってしょうがなかったキスだった。
お互い、自分たちの気持ちに気付いていたのにずっと出来なかったジレンマ。
このまま、身体を重ねたいとすら思った。
「キャッ、押さないで!?」
「え……?」
会議室のドアから将棋倒しのように入り込んできたアイドルたちに二人は真っ赤になった。
「あ、あはは……こ、婚約おめでとうございます」
出刃亀を代表して卯月が二人を祝福した。
「うにぃ~~……きらりも嬉しいに!」
空気を読まず嬉しそうに笑うきらりに二人は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
不意に吹っ切れたようにまたキスをした。
みんな、顔を真っ赤にしてキャ~~~と叫んだ。
二人はすごく幸せだった。
半年後、たくさんの友人に囲まれ、比奈とプロデューサーはバージンロードを歩いていた。
これからは二人は新たな道が訪れる。
それはきっと、幸せに続く道だろう。
だって、大好きな人が隣にいるから。
比奈は手に持ったブーケを投げ、大声でありがとうと叫んだ。
ブーケを受け取ったのは誰だっただろうとプロデューサーは思った。
きっと、次の花嫁が受け取ったのだろうと比奈は心の中で代弁した。
二人の人生はこれからが始まりだった。
あとがき
三章続けてようやく完結です。
何気にいい終わりじゃないかと自分で自負してます。
今回はアイドルに批判的な両親ですが、どうせだから、両親から無理やりアイドルにさせられた極道のあの娘を主役にしてもいいかも!
あの子、発言が何気に本気で怖いけど、結構、気遣った発言、多いですよね?
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やはり、前中後編の三篇はまとまりがいいですよね?
プロローグから本編、エンディングとちょうど数が合いますし……