俺の名は平賀才人。
彼女募集中の平凡な高校生。
現在被害者Aにジョブチェンジしつつあります。
具体的には後ろから拘束されて首筋に牙を突き立てられ血を啜られ中。
「あぎぎぎぐげがががぁぁぁ……」 吸血の苦痛に身を捩る俺に
「騒ぐなこの餌が」 後ろの見知らぬオッサンが無理を言う。
どうやらこのオッサンは吸血鬼らしい。
オッサンが喉を鳴らすたびに俺の中から命が抜けていくのがわかる。
手から修理の終わったばかりのパソコンが滑り落ちる。
薄れ行く意識の中で俺が呟いた言葉は「彼女欲しかったな」 だった。
「最期の言葉がそれか。アホなのか大物なのか……」 呆れ気味のオッサン。
どうでもいいが血を吸いながらよく明瞭に喋れるな。
その思考を最期に俺の意識は消失した。
次に俺が気付いた時には戦いが行われていた。
一人は吸血鬼のオッサン。もう一人は見知らぬ神父さん。
オッサンは優勢に戦いを進めていた。
神父さんは全身から血を流し足許も覚束ない。
ただオッサンは完全に神父さんに気を取られていた。
俺は横の工事現場から調達した柵用木杭を後ろからオッサンの胸に突刺す。
「オッサン後ろ後ろー」 親父から教わったドリフネタを披露してみる。
思いがけず大ダメージを受けたオッサンは愕然と振り向く。
振り向いて愕然としたまま神父さんの変な剣で貫かれて灰になった。
「助かったよ。危ないところだったんだ。お陰で……」神父さんは言葉を切り、
「……手遅れだったか。すまない。せめて私が引導を渡そう」 俺を殺しに来た。
しかし既にボロボロの状態の神父さんは俺にあっけなくねじ伏せられる。
そして状況がつかめない俺に説明してくれた。
「死徒に血を吸われた者は
しかし、ごくまれに過程を飛び越え吸血鬼になれる素質を持つものがいる。
それがお前だ。そして親を倒したお前は今この時より自立した死徒だ」
俺に取り押さえられた神父さんはそんな説明をしてくれた。
「え、なんでさ。そんなんイヤだよ人間に戻してくれよ?」
「残念だが無理だ。お前はもう死んでいる。死者は土に返るのみ。
私にできるのは速やかに苦痛少なく終わらせてやる事だけだよ」
死の宣告をされた俺はその場から逃げ出した。
神父さんは追って来なかった。
怪我のせいかそうでないかはわからない。
体はすでに死者 「いやだ。死にたくネェ」 でも心はまだ人間として生きている。
両親に迷惑をかけない為に俺は遠地の学校の寮にいると暗示をかけて家を出る。
「じゃあ行って来るから」 何でもない様に別れを告げる。
「体には気をつけるのよ?」 母親の気遣いが辛い。
俺はそう優れた死徒ではなかったが一つ有利な特徴を持っていた。
効率の良さ。ごく少量の吸血でその身を維持することができた。
「痕跡は少ない方が良いよな」
しかし、それは日陰者としての生活だった。
「くそっ。あいつしつけぇ!」 教会に追われる。
「おー熱い熱い。玉のお肌が台無しだぜ」 朝日に追い立てられる。
「あー照り焼きバーガー食いてぇ」 夜の月の下を孤独に歩く。
人と太陽と月が、俺には共に歩く者のないことを告げる、心休まらない日々。
逃亡生活が続き、体だけでなく心も死にかけていた俺は -
「カレーの匂いがする……。よし今夜の
- 日常恋しさから、標的の選定で致命的なミスを犯した。
そして三分後、間の抜けた死徒は黒鍵で壁に縫い付けられていた。
やたら強い青い髪のお姉さん - 代行者は俺に向かって
「最期に言い残すことはありますか?」冷たい声で告げる。
目が見えない。しかし嗅覚と聴覚は何とか生きている。
俺は鼻をくすぐる匂いにつられて言った。
「ではその美味しそうなカレーパンを下さい」
一週間後俺は三咲の有力者の遠野家で使用人として働く事となった。
代行者の人格を陶冶したインドの死徒は俺の恩人です。
一言で言えば遠野家はトンデモない所だった。
当主の兄の恋人は真祖の姫。
当主の客人は死徒になりかけの錬金術師とその相棒の聖騎士。
当主も吸血鬼ではなく混血というらしいが献血パックをストローで吸っている。
メイドの一人は俺と同じく死徒の餌にされて吸血鬼化した女の子。
若い執事さんもある事件に巻き込まれ吸血鬼化した家事の達人。
そんな中に新米として入った俺は平和な日常の中で雑多な経験をする。
「ねるなっ!」 神秘の知識の伝授。
「ひ、翡翠さんこれは一体?……ゲフッ」 料理の手ほどき。
「いっくよー」「ひえええぇぇぇ!?」 戦闘の心構えと実践。
「二度と琥珀に掃除をさせるんじゃないぞ……(ガク)」 効率のよい清掃法の習得。
「福岡県宇佐町ですか?」 おいしいカレーの店を発掘するお手伝い。
「店の中で『殺す』とか止めてくれんかね?」 不思議な喫茶店でのひと時。
「ばかーーー!!!」「不可抗力なんだー!」 同僚の入浴との遭遇。
「貴方は想定外の人ですね!」「不可抗力なん-」 客人の着替えとの遭遇。
「覚悟はいいかしら?」「不可こ-」 当主のスカートの中に頭部が突入。
「才人さーん。翡翠ちゃんを泣かせましたねー?」同僚の双子の妹の胸を触って、
「ちょっ、不か……アーーーッ!」 その姉による実験の
両親にも卒業して就職したと辻褄合わせの暗示をかけ再会できた。
食べる必要はもうなかったが久しぶりの照り焼きバーガーには涙が出た。
失った平凡を取り戻したかに見える日々。
しかしそれはあっさり失われた。
流しで皿洗い中に現れた「鏡」に吸い込まれることで。
「アンタ誰?」
死徒になっても直らなかった自分の好奇心が恨めしい……
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高校生と使い魔の間