-Side:T-
カチ、コチ、カチ、コチ。
腕時計がゆっくりと、しかししっかりと、時間を知らせる。
試験が始まってから既に十五分経過したが、目の前に広がる紙には言葉の羅列がたくさん書き連ねられていた。
僕こと天上院吹雪は今、デュエルアカデミアの月一試験の筆記に臨んでいる。
カリカリとペンを走らせる音があちこちから聞こえるが、僕のペンからは聞こえない。既に書いていないから当然だ。
夜通し続いた勉強会は朝になっても終わらず、朝食ぎりぎりまでケイと一緒に復習していた。亮と藤原は先に寝てしまったけど、僕らはずっと起きていた。
そして睡眠不足のまま臨んだ筆記試験だったが、開始僅か十五分で全て埋まった。見直す気力は、残されていない。
試験監督官である佐藤先生の目を盗んで、周囲に視線を走らせる。
亮──何度も解答用紙に目を走らせ、時折消しゴムとペンを交互に掴んでいる。見直しているようだ、優等生め。
藤原──問題文にじっくり目を通し、落ち着いた様子で解答している。彼は慎重な性格のようだ。
ケイ──机に突っ伏していた。
「(……うん、予想通りだ)」
何が、と聞かれたら、全部、と答えよう。
特にケイだ。朝まで勉強に付き合ってくれていたのだから、相当眠いはずだ。佐藤先生の目も気にせず寝られるというのは流石というべきか。
ケイといえば、夜中のテストデュエル。モンスタートークンを使った問題を出してきたけど、見事にその部分が問題に出てきた。
『問:『おジャマトリオ』の効果で特殊召喚された『おジャマトークン』の効果ダメージを回避するカードを、以下の中から理由も合わせて答えよ』
本当ならもう少し長い説明があるが、大筋は大体こんな感じである。生憎スライムトークンではないが、それでもトークンには変わりない。
この問に対して、答えは選択問題になっている。解答群は三種類だ。
”『スキルドレイン』『地獄の扉越し銃』『強制脱出装置』”
以前の僕ならば、迷うことなく『地獄の扉越し銃』を選んでいただろう。『スキルドレイン』はフィールド上のモンスターにしか効かないし、トークンは破壊された時点でフィールドから消滅する。つまり、『スキルドレイン』では無効化できない。
しかし今は違う。ケイが教えてくれたが、『おジャマトリオ』の効果ダメージはチェーンブロックを作らない。つまり、ダメージを与える前にカードの発動ができないのだ。これでは『地獄の扉越し銃』も発動できず、そのままダメージを受けてしまう。
よって消去法で『強制脱出装置』が正解……と思いきや、ここでクセモノなのが”理由も合わせ”の一文だ。
消去法で答えた場合、この理由が思いつかない。現に、この問題でぶつかっているらしき生徒が頭を抱えているのがちらほら見える。
けれど、僕にはわかる。答えられる。
”『強制脱出装置』の効果で手札に戻るモンスタートークンは、カード扱いではないので消滅する。破壊ではなく消滅なので、ダメージ効果は発動しない”が僕の答え。
間違いない、という確信がある。自分でも不思議だが、これが勉強で身についた自信というものだろうか。世の天才たちは、きっとこういう感覚を先天的に感じているに違いない。
ちなみにこの問題は、問題用紙の最後。つまりは、一番難しい問題だと考えて間違い無いだろう。
試験はあっという間に進み、既に残りはあと一分。
諦めたのかペンを投げ出す生徒も見え始めた。亮と藤原はまだ見直しをしている。ケイは眠ったままである。
教室には時計がないので、自分の腕時計しか頼るものはない。
腕時計の秒針が『9』を指すと同時に、チャイムが鳴り響いた。
「試験終了です。ペンを置き、後ろの人は解答用紙を回収してきてください」
佐藤先生の一声で、教室中のあちこちから悲鳴のような悲観のような、または諦めのような声が響き渡った。
僕の時計はようやく『12』を指し示したところだった。
-Side:Out-
デュエル・アカデミアの試験は午前と午後、筆記と実技にわかれている。
生徒の間では、両方で好成績を収めれば寮の昇格、片方だけならば維持、両方共基準以下ならば降格といった目安がまことしやかに囁かれている。
もちろんその限りではないが、大体の目安となっていることは事実であり、生徒には気の抜けない一日となるのである。
そして現在は午前の試験を終え、午後の実技試験に向けての昼休みとなっている。
「ふあぁ…………あああぁぁ……」
「ケイ、みっともない」
ケイ達四人も昼休憩をとっており、買いだめしたドローパンを手当たり次第開けていた。教室では食べ散らかさない限り、飲食してもいいことになっていた。
「午後の実技は寮別で同学年同士のデュエルだったな」
「ああ。他のみんなはデッキ補強しに購買行ったみたいだけど、君たちはいいのか?」
「俺は今のままでいい。……炎族用の罠カードか」
「僕も変えるつもりはないね。……戦士族用のカードか。僕のデッキには入らないな」
「…………あー……」
「起きろケイ。ほら、これでも食べて目ぇ覚ましな」
「もご……」
吹雪がドローパンを一つ開け、ケイの口にねじ込んだ。
「………………………………ごぶるぁ!?!?」
「ああ!? どうしたケイ!? なにが起きた!?」
突然奇声を上げ倒れるケイ。食べ残したパンを優介が拾い上げると、そこには溶岩よりも赤い汁が滴っていた。
「……幻の唐辛子パン、だと……?」
「……なるほど、大当たりか」
「み、水……」
「えーとえーと……あった! ほら飲め!」
購買でドローパンを買うついでに買った飲み物を思い出した吹雪は、ケイの購入した缶コーヒーを開け押し付けた。
「……! ……!! ぶはぁッッ!! ゼェ……ゼェ……」
「……えーと……目、覚めた?」
「永久に閉じるとこだったよ!!!!」
「ちょっ! まっ、ギブ! ギブゥ!!」
吹雪の背後から互いの左足を絡め、左腕は吹雪の首をホールドするように極められた。
「おお、見事なコブラツイスト」
「技のキレが以前より増したな」
「ちょ、たすけイタタタタタ!!」
「お前は! お前は!! お前はァーーッ!!!」
「……お、レアカードだ。こっちも当たりだな」
試験の昼は過ぎていく。四人には僅かな緊張も見受けられないまま。
「………………死ぬ」
「開口一番何いってんだ」
「辛さと暇に殺される……」
実技試験の行われる体育館では、多くの生徒が試験を始めていた。
全学年合同の月一試験では三年生から順に試験を行うので、一年生の番はかなり後になる。ついさきほど一年生の試験が始まったが、未だ自分の番がこないケイ、優介は暇を持て余していた。
「ほら、退屈なら他の人のデュエルでも見て参考にしな」
「んー……」
やる気のない目で目の前のデュエルを見渡すケイ。しかし、やはりその目には光が少ない。
そうしてしばらく、デュエル中の生徒のプレイングを見ていた。
「……なあ優介」
「なんだい」
「本当に同じ学生なんだろうか」
「大体同じだと思うけどね」
「そうか」
「そうだよ」
ケイの目に光はまだ少ない。
試験中の生徒の中には、本当にカード効果を理解しているのかと思いたくなるようなプレイングが続出していた。
例えば、オシリスレッド生のデュエル。
『サイクロン』で『炸裂装甲』の発動を阻止しようとした時はケイは頭を抱えた。
例えば、ラーイエロー生のデュエル。
『強欲な壺』の発動に対し『壺盗み』を発動させた時はケイは目を覆いたくなった。
例えば、オベリスクブルー生のデュエル。
『悪魔のくちづけ』を装備しただけの『ゴブリン突撃部隊』で攻撃して『魔法の筒』の餌食になったときは、さすがの優介も頭を抱えた。
そして二人は、奇しくも同時に思った。
「「(こいつら……やる気あるのか……?)」」
自分たちはプロデュエリストを目指してアカデミアで学んでいる。もちろんそれが絶対ではないし、カードデザイナー等を目指す生徒だって少なからずいる。
しかし、しかしだ。それでもアカデミアで高い成績を収めなければ将来は明るいとは言えないだろう。
それなのに、このプレイングである。
「いや……そこは違うだろ……ピンポイントメタカードは普通ない……」
「なんで『サイクロン』で防げると……ああやられた。手札もないし、終わりか」
自分たちの基準ではあるが、あまりにもお粗末なプレイに思わずため息が出る。
そうして時間を潰していると、ようやくケイが呼ばれた。
基本は名簿順だが、同じ寮での対戦のため普通より早く呼ばれることがある。しかし今回は名簿順待ちだったようだ。
「それじゃ行ってくる」
「ああ、頑張ってこい」
それだけいうと、ケイはデュエルステージへと上がった。
対立する場に立つのは、見も知らぬブルー生だった。
「早乙女ケイ! 今日こそは先日の借りを返してやる!」
そう息巻く生徒だったが、肝心のケイには全く覚えが無い。
しかしこのまま誰だお前、などと言った日には、プライドの高いオベリスクブルー生として黙ってはいないだろう。
結果、当り障りのない言葉で返すことにした。
「試験なんだ。全力で戦おう」
「元よりそのつもりだ! 構えろ!」
互いのデュエルディスクが、デュエルステージとリンクする。
デュエルディスクにライフポイントが表示された。
「「デュエル!!」」
早乙女ケイ LIFE4000
ブルー生 LIFE4000
「先攻は俺からだ! ドロー! まずは『炎を支配する者(フレイム・ルーラー)』(ATK1500)を召喚! そして魔法カード『二重召喚』を発動! この効果により、俺はもう一度通常召喚を行える! そして『炎を支配する者』は炎属性モンスターの召喚の生贄にする場合、一体で二体分として扱うことができる! 俺は『炎を支配する者』を生贄に、こい! 『絶対服従魔人』(ATK3500)!!」
『ヌオオオオォォッ!』
初手から繰り出してきたのは攻撃力3500を誇る絶対服従魔人。先攻一ターン目にして、かの『青眼の白龍』以上の攻撃力を持つモンスターを召喚したことに対し、あちこちから感嘆の声が上がる。
しかし、対峙するケイに動揺はない。未だに、戦っている相手が誰だか思い出せないのである。
「そしてカードを一枚伏せ、ターンエンドだ!」
「……ドロー」
ドローしたカードを手札に加え、一瞥する。
「俺は『エア・サーキュレーター』(DEF600)を守備表示で召喚。効果を発動。手札のカードを二枚デッキに加えシャッフル。そして二枚ドローする」
この動きに対し、今度は「手札事故か?」「いや、何か狙いが……」などの声が上がる。
「ははは! 攻撃力3500の『絶対服従魔人』の前に、壁モンスターしか出せないのか?」
「……手札から魔法カード『テラ・フォーミング』を発動。デッキから『湿地草原』を手札に加える。そして永続魔法『スライム増殖炉』を発動。カードを一枚伏せ、ターンエンド」
一方で、周囲のギャラリー席に座っていた優介は「あっ」と小さく声を漏らした。
「ケイめ……これは頭にきてるな……」
「やはりそうか」
「お、丸藤お帰り。どうだった?」
「当然勝った。それで、ケイはどんな調子だ?」
「間違いなく誘ってるね。あれは馬鹿正直に攻めたら抜け出せない泥沼だな」
二人の会話は、デュエル中のケイには届かなかった。
「俺のターン、ドロー! ふふふ……わかる、わかるぞ早乙女! お前の考えはこうだ。『絶対服従魔人』の効果は自身以外のフィールド・手札のカードがあると攻撃できない、だから伏せカードと手札のある俺はこのターン攻撃することができない。そう思っているな?」
ケイは答えない。
「だが! 俺はお前の一歩先を行く! 俺は装備魔法『愚鈍の斧』を『絶対服従魔人』に装備させる!」
魔人の大きな手に装備された斧は、怪しげなオーラを出している。そしてそのオーラを満遍なく浴びた魔人は、眼の焦点が定まらないような間抜け面を晒している。
「『愚鈍の斧』を装備したモンスターの攻撃力は1000上がり、効果は無効になる! つまり、攻撃できない効果も無効だ! そして罠カード『メテオ・レイン』を発動! 守備モンスターを攻撃した時、貫通ダメージを与える!」
『絶対服従魔人』ATK3500 → 4500
再び周囲から「すげえ!」や「流石ブルー……」といった声が上がる。
現在の魔人の攻撃力は、伝説のデュエリストでありデュエル・アカデミアのオーナーでもある海馬瀬人が持つ伝説のモンスター、『青眼の究極竜』と同等なのである。
「ゆけ! 『絶対服従魔人』で雑魚を攻撃だ! アルティメット・クラーッシュ!!」
魔人の持つ斧が、ややふらつきながらも『エア・サーキュレーター』を粉砕した。
破壊された欠片と暴風がケイを襲い、ライフポイントを一気に削りとった。
早乙女ケイ LIFE4000 → 100
「よっしゃあ!!」
「『エア・サーキュレーター』が破壊された時、カードを一枚ドローする」
ケイは動揺することもなく、淡々と処理をすすめる。
その様子が面白く無いのか、ブルー生は悪態をつき始めた。
「おい、お前のライフはあと100なんだぞ! もっと慌てたらどうだ!」
「……」
「チッ! 気色わりい奴め! そんな雑魚カードばっか使ってよ、変なやつだと思ってたんだよ!」
「……」
ケイは何も答えないが、後ろの二人はその様子にやや緊張を持っていた。
「やばいな。あれは相当キテる」
「そろそろ動き出してもおかしくないが……」
「いや、もう動き出すね」
「お、吹雪お帰り。勝ったか?」
「ばっちり完勝さ。イエローだったら昇格物だね」
吹雪の帰還と同時に、ケイがデュエルディスクに手を伸ばした。
「ダメージを受けた瞬間、罠カード『ダメージ・ワクチンΩMAX』を発動。受けたダメージ分回復する」
早乙女ケイ LIFE100 → 4000
「んな!? ぜ、全回復!?」
「……それで、俺のライフがどうした?」
「ッ!! お、俺はカードを二枚伏せてターンエンドだ!」
一瞬にして戦況を変えられたブルー生は、慌てて場を固める。結果、手札はなくなってしまったが、フィールドには二枚の伏せカードが生まれた。
「俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズ時、『スライムトークン』(ATK500)が一体生まれる」
巨大な炉からポコン、と音を立てて生まれるスライム。絶対服従魔人に比べると圧倒的に小さく、それこそ豆粒のように錯覚させられる。
「そして手札から『湿地草原』を発動。『スライムトークン』の攻撃力は1200アップする」
『スライムトークン』ATK500 → 1700
「だ、だが! まだ攻撃力は俺の魔人の方が……」
「魔法カード『嵐』発動。自分の魔法・罠カードを全て破壊し、同数まで相手の魔法・罠カードを破壊する」
フィールド上に暴風が生まれ、ケイのカードを次々に破壊していく。
『スライム増殖炉』、『湿地草原』の二枚を破壊した嵐は、相手のフィールドへ進路を変えた。
「く、クソ! これを狙って……! 罠カード『強欲な瓶』発動! 一枚ドローだ!!」
苦し紛れの一手なのか、一枚ドローの効果を持つ『強欲な瓶』を発動させるブルー生。
やがて嵐が収まったころ、互いに残っている魔法・罠カードは『愚鈍の斧』一枚だけだった。
『スライムトークン』ATK1700 → 500
「……は、ハハハ! お前の魔法・罠は全滅だが、俺のところには『愚鈍な斧』が残っているぞ! ミスだな早乙女! ハハハハハ!!」
本来ならば、確かに『愚鈍の斧』を破壊したほうが次のターンも安全だろう。手札は一枚増えている上、都合よく使い捨てられるカードを引けるとも限らない。
しかしケイはそれをしなかった。
「永続魔法『鹵獲装置』発動。自分の通常モンスター一体と、相手のモンスター一体を入れ替える」
「……へ?」
フィールドに出現した、バチバチと電流を視覚化させている怪しい装置。
その装置にスライムと魔人、二体のモンスターが吸い込まれた。
一層激しくなる電気だが、数瞬の後に収まり、装置の蓋が開いた。
「──さて」
ケイのフィールドには絶対服従魔人。ブルー生のフィールドにはスライムトークン。
その攻撃力差は、4000。
「絶対服従魔人で攻撃。──アルティメット・ジェノサイド」
大きく振り上げた腕を、狙いを定めて一気に振り下ろす。
湿地草原もなく、装備カードもなにもないスライムに、いったい何ができようか。
勝負は、一瞬で決着した。
ブルー生 LIFE4000 → 0
「……おつかれ」
「そ、そんな……しょんな……」
放心状態のブルー生から目を離し、ディスクとのリンクが切れたステージから降りるケイ。
ブルー生の名前も、突っかかる理由も、終ぞわからず終いだった。
「おつかれ、ケイ」
「ああ。……なんだ、二人はもう終わったのか」
「ああ。無論勝った」
「残りは藤原だけだね。そういえば特待生の相手ってどうなるんだろう?」
「誰でもいいよ。どうせ勝たなきゃいけないデュエルだけど、弱いやつはお断りだね」
「お、強者の発言」
「負けフラグ立ったな」
「いや、勝つから! 特待生として負けるのは許されないから!」
「だがブルーの男子は奇数しかいなかったはずだが」
「特待生ってことを考慮すると、教師?」
「いや、確か女子も奇数だったはずだ」
「……」
「……」
「……」
「……」
『いや、まさかな』
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