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真恋姫無双幻夢伝 第二話

華琳登場です

2012-10-19 00:34:07 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:5673   閲覧ユーザー数:4770

  真恋姫無双 幻夢伝 第二話

 

 

 大きく開かれた窓から光が差し込む。宿舎の二階、最奥にある部屋。二十畳はあろうかと思うほど広い部屋には資料と思しき紙の束が所狭しと置かれていた。部屋には金細工が施された家具や調度品が置かれ、柱や床は顔が映るのではないかと思うほどきれいに磨かれていた。しかしそのすべては大量の紙の渦にその存在感をかき消されていた。時折、五月の風が舞い込み、そのたび紙が音を立てる。

 そんな部屋の中央、ちょうどその紙の束たちが取り囲む場所にある机には二人の少女が休むことなく筆を走らせていた。いつ終わるのかと途方にくれる仕事の量。ところが彼女たちにはこのくらいなんでもないような様子で、とんでもないスピードで澱みなく片づけていく。実際の所、この紙の束のほとんどにはすでに『済』の文字が記されていた。

 扉を敲く音が響いた。少女の一人が許可を与えると扉が開き、背の高い女性と小さな女の子が入ってくる。

 

「春蘭、報告しなさい」

「はっ」

 

 春蘭は季衣を自分の前に立たせ、先ほどの騒ぎについて報告した。長い金髪をくるくると巻いて二つ垂らした女の子は机の前に移動し、もう一人、耳が付いた帽子をかぶる女の子は机の上に乗せられた資料を整理しながら話を聞いていた。

 

「ふうん、なるほどね。その子が…」

 

と言うと、金髪の少女は季衣に近づいて顔をよく見始めた。季衣は彼女自身の美しさとその体から漂う香の甘い匂いにすっかり魅了された。

 

「はい!なかなか見どころがあります!」

「で、あんたはその二人をどうしたの?まさか放置してきたんじゃないでしょうね!」

「……あ」

 

 もう一人の少女が訝しげに眉をひそめながら言うと、春蘭はあからさまに口を開けて呆けた表情を浮かべた。それを見て、少女のこめかみがぴくぴく動いた。

 彼女が春蘭に怒ろうとした時、もう一人、背の高い女性が部屋に入ってきた。

 

「大丈夫だ。私が片づけておいた」

「お、おう」

 

 秋蘭は姉の横に並ぶと、そう報告した。その言葉に一人は頷き、もう一人はため息をついた。

 

「しゅんら~ん!あんたねぇ、ここは洛陽なのよ!衆人環視の中、華琳さまのお宿の前で守衛が倒れていたら、どういう噂が立つと思うの!」

「いいじゃないの、桂花。もう済んだことでしょ。春蘭、秋蘭、ご苦労様」

 

 春蘭と秋蘭は頭を下げ応えた。

 

(夏候さまたちが頭を下げたってことは、あの「カリン」って人が曹操さまだな。きれいな人だなぁ。もう一人が「ケイファ」っていう人か。ちょっとイジワルそう)

 

などと本人が聞いたら大分起こりそうなことを季衣は思った。それと同時に

 

(ところで『シュウジンカンシ』ってどういう意味?)

 

 なんていう疑問に頭を捻らせていた。

 季衣が色々考えていていると、華琳が自分をじっと見つめていることに気が付く。

 

「あなたが志願者?」

 

 華琳にそう問われた季衣は、「あっ!」と声を上げた。やっとそうではないことと、本来の自分の目的を思い出したのだ。

 

「こ、これっ!」

「なに?」

「夏候さまが忘れていった財布です」

「私の?」

 

 秋蘭が季衣から財布を受け取り一目見た後、何か考え事をしている春蘭に渡した。

 

「姉者のではないか?」

「む?ああ…本当だ」

「もう、しっかりしなさい。…だとすると、あなた、志願者ではないのね?」

 

 こくん、と頷く季衣。この誤解の原因を大体察した華琳たち三人は半目でじと~と春蘭を見たが、当の本人は財布を持ちながらキョトンとした表情で?マークを浮かべていた。

 桂花は大きくハアとため息をついた。

 

「秋蘭!あんたが付いていたのに!」

「先ほどは別の所にいたものでな。昨夜のは……まあ…酔いが過ぎて」

「まあまあ、いいじゃないか。なあ」

 

 怒る桂花と怒られる秋蘭。それを宥める春蘭。季衣は当然のことながらこう思った。

 

(なんで春蘭さまじゃなくて秋蘭さまが怒られているんだろう?)

 

 その様子を見ながら華琳は微笑んでいた。

 

「あら、そんなに飲んだの?」

「申し訳ありません。少し飲みすぎました」

「久々だったものですから」

 

 華琳に対して謝る二人。桂花はまだ何か言いたそうだったが、華琳に手で制された。不満そうに顔をしかめる桂花。それはさておき、華琳は季衣に尋ねた。

 

「二人がそこまで酔うほど、ね……あなたの所の料理はおいしいの?」

「はい!兄ちゃんの料理は中華一です!」

「華琳様。味は私が保証します!」

 

 季衣に負けないくらい大きな声で春蘭が褒めた。よほど気に入ったようだった。

 

「春蘭がそう言うなら期待できそうね、秋蘭」

「御意」

「じゃあ今夜にでも行きましょうか」

 

 華琳の言葉に一同が驚いた。特に桂花は自分の主君の考えに対して、理解が及ばなかった。

 

「華琳さま!どうしてわざわざお出向きなさるのですか?!屋台が出す料理など高が知れています!春蘭の雑な胃袋だから大丈夫だったからといって、華琳さまの繊細なお腹にもしものことがあったら大変です!この宿の料理の方が絶対に安全で美味しいですって!」

「こらー!兄ちゃんの料理を馬鹿にするな!」

 

 桂花の言葉に立場も忘れて憤然とする季衣。怒られた桂花はさすがに反省したのか、押し黙ってしまった。

 

「…料理の味はさておき、そこまでして食べたいとおっしゃるなら呼べばよいこと。この許緒なる者に使いをさせてここに来させては如何かと」

 

 桂花や秋蘭の意見に対して、華琳は首を振って考えが違うことを示す。

 

「市井の様子を見ることも兼ねてよ。ここに来てからろくにこの町に出ていなかったから」

「なるほど。それならば」

「でも危険です!」

「大丈夫よ。春蘭や秋蘭も一緒に連れていくから。桂花、あなたも来るわね」

 

 桂花は反射的に大きく頷いた後、これ以上反対することはすっかり諦めた(思わず頷いてしまった手前もあったが)。華琳は意見をまとめるように少し声を大きくした。時刻はちょうど昼飯時になっていた。

 

「三人とも、今すぐ出かける用意をしなさい。許緒と言ったかしら。あなたの兄の店には夜行くわ。今夜は貸切っていうことをちゃんと伝えておきなさい」

「「「は!」」」

 

 一瞬で命令を下す華琳の姿に、これが乱を鎮めた英雄のジツリョクなのだな、と季衣は実感した。そして遅まきながらも自分も「はい!」と答え、華琳から出口へ案内するよう命じられた侍女について行くようにして部屋を出て行った。

 部屋を出た時、後ろで声が聞こえた。

 

「…ところで『シュウジンカンシ』とはどういう意味なのだ?」

 

 季衣は春蘭に対して尊敬と同程度に親近感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

「ただいま!」

「お帰り、季衣。ちゃんと渡してきたか?」

 

 洛陽の郊外も郊外、太陽すら日を当てることを忘れてしまった薄暗い場所に彼らの家があった。閉まることのない窓。何年も放置してきた結果、所々に穴が開いている屋根や壁。ここ一帯に漂う悪臭はこの町の中心部に住む人々にとって想像を絶していたに違いない。今でいうスラム街だった。

 ガタガタと言わせながら扉を閉めた季衣に、仕込みをしながら若い男が話しかけていた。季衣は「うへぇ」と顔をしかめた。家の中は獣の血生臭い匂いが充満していたからだ。

 

「兄ちゃん!ここでするなって流琉も言ってただろ!」

「しょうがないだろ。どうしても外せない用があったんだよ。…で?ちゃんと渡したか」

 

 再び尋ねる男。頭に巻いた手拭いは汗でずぶ濡れになっており、低い天井と家の中の暗さに苦しみながらせっせと包丁を動かしていた。やせ形とはいえ、その包丁を握る腕には筋肉の筋が浮き出ていた。

 季衣は満面の笑みでガッツポーズを作った。

 

「バッチシ!色々あったけど、ちゃんと渡してきたよ!曹操さまにも会ったしね」

「ホントか!季衣は相変わらず運がいいなぁ」

 

 季衣はへへへと言い、得意げに鼻をこすった。そして男の隣まで来るとこう言った。

 

「それで今晩貸切だって」

「なにが?」

「曹操さまがうちに食べに来るってことだよ」

 

 男は包丁を止めて、やっと季衣に方を向いた。

 

「マ、マ、マジで!こうしちゃあいられねえ!」

 

 俄然包丁のスピードが上がる。魚の身体のようにきれいに砥がれた刃で、面白いように鶏肉が切られていった。しかしそのスピードにも関わらず、大きさはそれぞれキチンと均等であった。

 

「…兄ちゃんって時々訳の分からないこと言うよね。『まじ』って何?」

「うん?なんか言っ「戻ったよ!」

 

 男が返事をする間も無く、勢いよく扉が開かれてもう一人、女の子が飛び込んできた。

 

「兄様、運び終わったよ!あ、季衣、おかえり」

 

 その女の子はこの家には相応しくない真新しい箱を何個も持って入ってきた。全部積み上げたら自分の身長は優に超えるだろう。

 しかしそんな様子を季衣は当たり前のように受け流し、「流琉」と、その女の子に対して呼びかけた。

 

「ここでは仕込みするなって言ってなかったっけ?」

「だって兄様がどうしてもって…」

 

何故かしら季衣から目線をそらすようにして答える流琉。(あれ、流琉って料理にはうるさかったよね?)と季衣は考え、すぐに「あ~!」とその理由を思いついた。

 

「流琉!兄ちゃんにほっぺに『ちゅ』ってしてもらったな~!」

「し、してないもん」

 

しどろもどろになる流琉に対して「ズルい!」と憤慨した。

 

「ボクがいない間に抜け駆けするなんてズルい!」

「で、でも季衣は喜んでお使い行ったじゃない」

「やっぱりしてもらったんだ!」

 

 それからしばらく「ズルイ!」「ズルくない!」の応酬が続いた。男はやれやれといった感じでため息を漏らし、それを止めた。

 

「ほら、二人とも!そんなことしている場合じゃないぞ!流琉、今日は曹操さまの貸切だぞ!準備しろ!」

「ホントですか、兄様!」

「ボクのおかげだよ~」

 

 鼻高々に季衣は言う。男はやっと切り終わったのか、手袋を外し、そんな様子の季衣の頭を撫でた。

 

「しかもあのお客さん、食べるぞ~」

「季衣よりも?」

「もしかしたらな」

 

 よし!今日は大仕事だ!と、俄然張り切る二人。先ほどまで言い争っていたのがどこかに飛んで行ってしまった。

 

「流琉は野菜の仕込み。季衣はこの切った肉を運んで串に刺してくれ」

「はい!兄様!」

「これが終わったらおやつだよ!」

 

 おやつよりもまずお昼だよ。あっちで何か作ってあげる、と流琉に注意されながら二人はそれぞれ自分の持ち場へと急いだ(勿論、季衣は肉の入った箱を軽々運んで行った)。

 後に残ったのは男一人、頭の手拭いを取ると、バサッと黒い髪が背中の中央まで下りてきた。それを紐でまとめ、そして先ほどまで使っていた包丁や木箱を玄関先に置いた樽の水を使って洗い始める。樽の中の水が段々と赤く染まっていくのが見えた。

 一瞬、家の中から風が吹いた。

 男は洗っていた包丁などを樽の横に置き、何事もなかったかのように家の中に引っ込んだ。玄関の扉を閉め、そして家の隅にいつの間にか現れた『影』にぼそぼそと話しかけた。

 

「…手はずはできたか?」

「はい。中へ入り込む手筈は整いました。しかしそこから先は…」

「さすがに、無理か」

 

 男は少し考え込みながら床板を一枚外す。そして中から重たそうな袋(中身は50枚はある銭の束だった)を一つ、その『影』に渡した。それを渡す男の表情からは先ほどの明るさは微塵も残ってはいなかった。

 

「ご苦労だった。それでまたしばらく商売してこい」

「御意」

 

そのまま家を出ようとする男。『影』は彼の背中に向かって問いかけた。

 

「あの二人はどうしますか?」

 

 男は立ち止まり、振り向かずにこう言った。

 

「時が来たら何とかする。いざと言う時には…頼んだぞ」

「はい。失礼します」

 

 また風が通り過ぎると、その『影』は物音立てず消え去った。男はまた玄関先に出て包丁を砥ぎ始める。だんだんと刃が銀色に輝き始める。

 ふと彼は空を見上げた。先ほどまで青一色だった空に白色が混ざり始めていた。でも今日中は大丈夫だろう、と男は砥ぎを再開した。

 曇天になりゆく空の下、お祭り騒ぎの洛陽の片隅で、シュッシュッと小気味よく刃物が砥がれている。これが次に活躍するのは当分先になることを、まだ誰も知らなかった。

 


 
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