No.497678

神次元ゲイム ネプテューヌV ~WHITE WING~ (2)紫の流星は世界に変革をもたらす

銀枠さん

『神次元界――
そこにはプラネテューヌとルウィーと呼ばれる二つの大国があった。二つの国には『女神』と呼ばれる希望の象徴がいて、国民に崇められていた。
物語の中心となるのはプラネテューヌ。
そこに住むニート少女イヴは、ただのニートではなかった。全身の肌が真っ白なのである。イヴはノワールとプラネテューヌの女神であるプルルートとあくびが出るほど退屈な毎日を過ごしていた。
しかし、あるとき紫色の少女が空から降ってきた。

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2012-10-18 23:47:56 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:1525   閲覧ユーザー数:1375

 第ニ話――紫色の流星は世界に変革をもたらす。

 

 

「リリー、君は良い子だ」

「ああ、なんて可愛らしいんでしょう。お人形さんみたいで、抱きしめてあげたいくらいだわ」

 パパとママの声が聞こえた。

それは心地よい音色のように頭の中へと染みわたっていく。

二人は私にとっての世界であり、全てだった。

あるとき、パパは神妙な顔で言った。

「いいかい、リリー。パパとママはお前を愛している。なぜか分かるかい? そこに特別な理由はない。私達が家族だからだ。それは何もおかしなことではない。親が娘を愛するのはどこの家庭も当然のことだ。愛とは与えられるもの。親は子に惜しみなく愛情を与えなければならない。親であり続ける限りは、人間であろうと動物であろうとその役目を背負わなければならない」

 パパの目はいつになく真剣で、迫るモノがあった。冗談めかしている風ではない。世界の秘密でも語るかのような使命感が込められている口調だった。

「お前は美しいよ、リリー。この世のどんな宝石よりも愛おしい。自分が美しいと感じられるモノには心から愛を注ぎたくもなる。それが自分の愛娘となると格別なものだ」

 私は口を開いた。それは純粋な疑問だった。

「パパは、私をアイシテくれるの?」

 このときの私は予想だにしていなかった。この問いかけが、私の人生を永遠に縛り付ける呪いになろうとは。

「ああ、もちろん愛してるよ。パパだけでなく、ママもそうだ」

 パパは満面の笑みを浮かべながら、私の頭をがしがしと撫でる。その手の感触がとろけそうなほど気持ち良くて、頬が自然とほころんでしまう。

「だけどね、それにはルールがある」

「ルール?」

「そうだ、ルールだ。それが家族を繋ぐ。パパとママとリリーを繋ぐ愛の鎖だ。それをしっかり守れる良い子には、愛を与えられ続ける権利がある。しかし、ルールを破るような悪い子に愛は与えられない。なぜなら、それは醜い事だからだ。醜いモノをパパは愛することは出来ない。リリー、君は良い子だよね?」

「うん、言うこと何でも聞くよ」

「そうか。リリーはやっぱり美しいな」

 元気良く答えると、パパは私を抱きしめてくれた。

 これが、愛だと思った。

愛されている者にのみ与えられるモノ。

それはきっと美しいモノなのだ。醜いモノに与えられるはずがない。

だから、パパに愛されている私はきっと美しいのだろう。

パパの腕の温かさを感じながら、私は他のことが気になっていた。

 同じ家族だけれど、いつもそこにはいない存在のことを。

 美しいのか、醜いのか――

 パパとママは、姉のことをどう思っているのか、聞いてみたかった。

 

 

 

 プラネテューヌ/教会

 

「イヴちゃん、起きて起きて~。大変なんだよぉ~」

 気の抜けるような声が暗闇の向こうから聞こえてくる。ふにゃふにゃとした身体の揺さぶり方といい、おそらくプルルートだろう。イヴは自分がベッドで眠りについていたことを胡乱とした頭で思い出した。

途中で無理矢理起こされたせいか、眠気ですごく頭が重い。

「……大変なのはお前のお花畑みたいな頭だろう。早く火星から帰ってこい」

「えぇ? あたしって、火星人だったの? 知らなかった~」

「そんなわけないでしょう」ノワールの苛立たしげな声が聞こえてくる。「ほらっ、イヴ! あなたもこんな時間から寝てるんじゃないの。早く起きて。今だけはあなたにも起きてもらわないと困るのよ」

 ノワールがいるということは、二人して外から帰ってきたところなのか。おそらく今日も女神メモリーは見つけられなかったのだろう。いつもの事である。

「ん……うるさいなー」

 変な夢を見てしまってすこぶる気分が悪いというのに。

イヴが目をこすりながら、重い身体をなんとか起き上がらせてみると、ノワールとプルルート――以外にもう一つ人影が見えた。

「?」

 目を疑った。

そこには、紫色の髪をした少女がいたのだ。

一瞬、それがプルルートだと思った。眠気のせいで焦点が定まらず、プルルートが二人に見えているのだと思った。

だが、一緒なのは髪の色だけで服装や雰囲気は異なっている。

もう一度ごしごしと瞼をこすってみる。やはりそこには誰かがいた。イヴを除けば――ノワールとプルルートしかいないはずのこの教会に。

「うわあ……綺麗な女の子だね。本当に真っ白だなんて……!」

 紫の少女は見惚れているように目を見開いては、まじまじとイヴを観察している。

 ワンピースの上にパーカーを羽織っていて動きやすそうな服装。紫色の髪もプルルートとは違って短く切りそろえられており、快活そうな少女というイメージ。

「誰だ、お前は。名を名乗れ」

 イヴはじろりと相手を睨んだ。不機嫌も露わに、低い声で。

いつもなら自分に向けられる好奇の視線も笑って流せるのだが、低血圧で寝起きが悪いとき、イヴにそのような余裕は残されていなかった。あんな目覚めの悪い夢を見てしまったのも原因の一つではあるが。

「おおっと、人に名を尋ねるときは、まずそちらからってのが世の道理ですぞー!」

 紫の少女は、イヴの不機嫌そうな態度に物怖じするどころか、おどけた風に仁王立ちをしてみせた。

神経を逆なでするその声に、イヴはベッドから起き上がり、紫の少女へと詰め寄っていた。

「うるさい奴だな。お前の声はやたらめったら耳にキンキンときて腹が立つ」

 ノワールがびっくりしたように、

「ちょっと、イヴ。いきなりケンカ腰になってどうしたのよ!」

「イヴちゃんー。お客さんに乱暴はダメだよ~」

 プルルートも慌てて制止に入ろうとする。しかし、イヴにはその声すらも頭に届いていないらしく、紫の少女をじろりと睨みつけている。紫の少女は困ったように両腕をあげながら、

「えー、読者のみなさん。わたし、ネプテューヌですが……どうやら地元の原住民に歓迎されていないようです。何が彼女の怒りを買う原因となったのでしょうか。ここはこれ以上、彼女を刺激しないよう穏便に……」

「お前ッ、いい加減に……!」

「ねぷっ!?」

 なおもふざけた態度を取り続ける少女に、イヴが胸ぐらへ掴みかかったそのとき、

 

 ふと、懐かしい影が脳裡(のうり)をよぎった。

 臭い、手触り、よく通る声。

 おぼろげながらも、記憶の奥底に沈んでいた断片が浮上していく。

 あれはどのぐらい前のことなのだろう。気が遠くなるような昔のこと。

 記憶――大雨が私の身体を容赦なく打ちつける。

 記憶――私は力を使い果たして倒れた。

 記憶――空腹と寒さで、一歩も動けぬ私を見下ろす影。

 記憶――影は私を見て何かを語りかけてくる。

 私は、こいつを――紫の少女を、知っている?

 その後は何も覚えていない。気がついたとき、私はプラネテューヌの教会のベッドで寝かされていた。真相は未だ、記憶の大海へと沈んだままである。

 

「あのー、どうしたんでしょうか?」

 放心したような表情で硬直するイヴを、紫の少女は不思議そうな目で見つめている。その声ではっと我に帰り、

「あ……」

 イヴは慌てて胸ぐらから手を離した。自分の働いた行為を恥じるように顔を赤らめて、紫の少女へと目配せした。自分の腕を所在なさそうに押さえつけては、小動物のようにもじもじと縮こまってしまう。

どうしよう。どうしよう。いきなりあんな暴力を振るってしまうなんて。

 三人からの視線が冷たい。混乱する頭をなんとか落ち着けながら、

「そ、その、私としたことが、つい取り乱して蛮族にも劣らぬ無礼を働いてしまった。す、すまない!」

 紫の少女に、ぺこりと頭を下げた。

「いいよいいよー。わたしも初対面の人に対して色々失礼なこと言いすぎちゃったかもしれないし。人を笑わせるボケならともかく、人を不快にさせるようなボケは芸人として失格だってね。ここはお互いさまってことで水に流そうよ」

 紫の少女は花のように微笑えみながら、そっと手を差し伸べる。

「わたしはネプテューヌ。よろしくね!」

 イヴはちょっとびっくりしたようにネプテューヌを見つめていたが、おずおずと白い手を差し出して握手に応じる。

「……私はイヴだ。その、よろしく」

 二人の手の平が重なり合わさる。見た目によらず力強い手だなと思った。

ふいに――

「イヴの手って温かいね」

 ネプテューヌの口からそんな言葉が漏れた。

「え?」

「最初はね、白いからそんなイメージはなかったけれど、こうして触ってみて分かったよ。とても温かいんだね」

「そ、そうか」

 完全に意表を突かれたその一言に、何とも言えない気分になって、イヴは目をそらしてしまう。どうもさっきから調子を狂わされてばかりだ。肌の色を珍しいと言われたときの不快感はすっかり消え去っていた。

イヴはネプテューヌの温もりを感じながら、ずっと気になっていた質問をしてみる。

「あの、一つ聞いていいか?」

「ん、何かなー?」

「ネプテューヌ。お前は、私とどこかで――いや、やっぱり何でもない」

 言いかけて、口をつぐんだ。

向こうはこちらのことを全く知らない様子だ。ネプテューヌからは、初めて顔を合わせたかのような態度しかうかがえない。やはりこの少女のことはイヴの勘違いなのかもしれないと思った。変な事を言って混乱させるくらいなら黙っていようと考え直したのだ。

「よかった~。二人が仲良しさんになってくれてぇ、あたしとっても嬉しいな~」

 プルルートがうっとりとした表情で、両手を合わせている。

「まったく……ひやひやさせてくれるわね」

 ノワールは脱力したように肩を落とした。

一触即発の空気から解き放たれ、教会にいつもの和気あいあいとした雰囲気が戻ってきたことに、誰もが安堵を隠せずにはいられない。

 

 

 神次元界――某所

 

「え……えええええっ、それじゃ、こっちの世界に彼女を送ってきちゃったんですか……?」

女の金切り声が轟いた。年齢は二十後半といったところだろうか。黒ぶちの眼鏡のせいで老けて見える。元々そこまで若くは見えないが、世界の終わりを目の当たりにしてしまったかのように、その顔は哀れみを感じてしまうほど、とんでもない恐慌状態へと陥っている。

「送ったっつーか、偶然そーなっちまったーって感じだけどな。あはははは!」

 黒い服を着た少年は笑い声を上げていた。女の慌てふためく様子がツボに入っているらしく、笑い止む様子はない。

いや、正確にいうならば、そこにいるのは少年ではなく童女だ。

背中には妖精のような二枚羽が生えており、黒い魔道書のようなものにのってふわふわと浮かんでいる。短髪であることや、乱雑な喋り方から男の子に見えないこともない。いたずらを常に頭の中で張り巡らして、大人を煙にまいてばかりいそうな童女だった。

女は困惑したように腹の底から声を絞り上げる。

「わ、笑いごとじゃないですよぉ! クロワールさん」

 クロワールと呼ばれた童女はくくっといたずらっぽい笑みを浮かべた。

「だってさー、仕方ないだろ。向こうのお前が勝手にやったことなんだから。これってある意味自業自得だろ。すっげー高度でひねりまくった自業自得だけどさ! あはははは!」

「う、うううう。だからって、そんなに笑わなくても……と、とにかくなんとかしないと、よくないですよね……」

「といってもよ、レイ。今のお前なんかになんとか出来るのかよ。まあ、どうせ何も出来ねーだろうな。何てってたって、今のお前は名前通り0だもんな。あはははは!」

 レイと呼ばれた女性の顔が真っ青になった。クロワールのしょうもないギャグに心臓を抉られるようなダメージを受けたらしい。

「こ、こうなったら、み、みなさんに報告します! それで、なんとかしてもらいます!」

「人頼みかよ。なっさけねーな。つーか、そいつらってそんなに頼りになんのか?」

「そ、それは……大丈夫です! みなさんなら……“七賢人”のみなさんなら、きっとなんとかしてくれます!」

 今までとは打って変わって、断定するような口調だった。弱々しくて頼りないレイはすでにどこかへと消え失せていた。よほどこのレイという女性の中で“七賢人”と呼ばれる存在は大きな存在なのであるとクロワールは感じていた。

「……多分」

 最後の自信なさげなレイのセリフさえなければ、だが。

 大丈夫かよ、とでも言いたそうにクロワールは肩をすくめていた。

 

 

 

 プラネテューヌ――教会

 

 イヴはベッドの上でひじを当てながら、訳が分からなさそうに顔をしかめていた。

「で、どういうことなんだ? 一体全体どういう経緯があってネプテューヌはお前たちと出会ったのか。説明義務を求める」

「あー、それを話すと長くなるのだけれど……って、思い出したら腹が立ってきたわ。ほんと私ばかりが踏んだり蹴ったりじゃない」

 ノワールは何を思い出したのか、話の途中で急に怒り出す始末だ。

「ノワールちゃん違うよ~。踏んだり蹴ったりじゃなくてぇ~、ノワールちゃんが踏み潰されたの間違いだよ~」

 プルルートがそこで余計な口を出すものだから、訳の分からなさに拍車がかかる。

「たしかに踏んづけられたけど、そういう意味じゃないわよ!」

 ノワールがどうでもいいところで本気になるものだから、話は以前として進む気配がない。

 断片的なことばかりで理解するのに時間がかかってしまったが、彼女達から聞いた体験を私なりに整理してまとめてみたので少しばかりは分かりやすくなっていると思う。

ただし、これらの話は私自身の目で実際に確認したわけではなく、プルルート達からの聞き伝手なので、信憑性の程は期待出来ないとだけ言っておこう。

プルルートとノワールは、このようにしてネプテューヌと出会ったらしい。

 

 

 

 プラネテューヌ――バーチャフォレスト。

 

 プラネテューヌの教会を出てから、プルルートはノワールの後を追いかけていたらしい。健気なやつだ。

「待ってぇ~。歩くの早いよぉ~」

「あなたが遅いんでしょ」

 ノワールがやれやれと振りかえる。

いちいち立ち止まってプルルートを待つあたり、本当に律儀なやつだ。

「もう、だからついてこないで待ってろって言ったのに」

「だって~、一緒に行きたかったんだもん~……」

 ひざに手を当てて、ぜえぜえと息をつくプルルート。マイペースでいつものほほんとしているあいつが、そんな風にまでなって追いかけたい相手らしい。私自身も教会に拾われた身なので、二人の馴れ初めはよく分からないが、きっと長い付き合いなのだと思わる光景だ。

 そのとき――

「――――!」

「……ほえ?」

 プルルートが間の抜けた声を出した。どこかから何かの叫び声らしきモノが聞こえたらしく、ぽかんとした顔で視線をさまよわせている。

「ちょっと、何ぼやーっと立ち止まってるのよ。私、結構急いでるんだけど」

 ノワールはそれに気づいていないらしい。

「それは分かってるけどぉ、でも~……」

「でも、何よ?」

「んっと~……ん~。なんて言えばいのかなぁ……?」

 異変に気づいたプルルートだが、いかんせんそれをどうやってノワール伝えればいいか分からず、おろおろと答えあぐねている。

「本当にあなたはマイペースね。とにかく言ってみなさいよ」

「うん~……お空からぁ、人がね~」

「空? 人? たしかに意味が分からないわね……」

 ノワールは首をかしげた。プルルートのいまいち要点がつかめない単語に、顔をしかめている。

「多分~、落っこちてきてると思うんだけど~……」

「はあ? こんな何もない所で、どこからどうやって落ちてくるっていうのよ?」

「それでね~、このままだとノワールちゃんに~……」

「私に?」

 要点のつかめない言葉が、ぼんやりとだがノワールの頭の中で次第に焦点を結び始めたその時――

 

「うわあああああああああ! どいてどいてどいてええええ!!」

 

 案の定というべきか、空から声が聞こえた。何者かの絶叫はだんだんと近づいてきてるようにノワールは感じたのだろう。おそるおそると、空を見上げたときにはもう手遅れだった。

 

「へ……? のわああああああ!?」

 

 ずんがらがっしゃああああああん! そんな漫画にも出てきそうな派手な音を立てながら、空から降ってきた何かは、ノワールめがけてピンポイントに直撃したのだという。

 

「ふわあ~、すっごい音がしたよぉ~……」

 友人がひどい目にあったにも関わらず、プルルートはのんきに事の成り行きを見守っていたらしい。やがて、もうもうと立ち込める土煙の中から姿を現したのは、紫の可愛らしい少女だったという。

「いったたぁ……はあ、怖かった。さすがのわたしも寿命が三年くらい縮んだよ……」

 紫の少女は頭をひどく打ち付けたらしく、うめき声を上げながら、痛みをこらえるようにさすっていた。それを見て、プルルートは紫の少女が五体無事なのを見て安心したらしい。

それが火星人と未確認飛行物体との、ファーストコンタクトだそうだ。

「おお、生きてた~。あの、大丈夫ですか~?」

「ん? ああ、これくらい全然へーきだよ。わたし落っこち慣れてるしね。いわば空中落下のプロ! そう毎回毎回、記憶失ったりもしてらんないしね」

「プロなんだぁ、すご~い。でもでもぉ、ノワールちゃんの方は~……」

 ちらりと視線を下に向けるプルルートだが、紫の少女はそれにも気づかず喋りまくっている。こいつがマシンガンに似てるのは性分らしい。

「いやー、ごめんね。驚かせちゃって。わたしネプテューヌ、よろしくね!」

「ほえ? あ~、あたしはプルルートっていうの~。よろしくね~」

「へー、なんだかタコ焼き大好き魔法使いみたいな名前だね」

「たこやき~?」

「ううん、なんでもない。プルルート、プルルートかー……長くて呼びづらいし、ぷるるんって呼んでもいい?」

「いいよぉ~。じゃあじゃあ、あたしも、えっとぉ……ねぷちゃんって呼ぶ~」

「おっけい、ぷるるん! ところで……ここってどこかな? 全然見覚えがないとこなんだけど」

「ここぉ? プラネテューヌだよ~。最近できたばっかりなのぉ~」

「プラネテューヌ? うっそだあ。プラネテューヌのことなら、わたし隅々まで知ってるし。しかも最近できたばっかりって、そんなのあるわけないって」

「え~。うそじゃないよぉ、ほんとだよぉ」

「あ、あれだね。さてはドッキリかなんかなんでしょ? でも、だます相手が悪かったね。プラネテューヌの女神であるわたしが、そんなのに引っかかるはずないって」

「へぇ~。女神なんだぁ……あれぇ? ねぷちゃんもプラネテューヌの女神なの~?」

「ふふーん、何を隠そう、そうなのだよ……って、ねぷちゃんもーってどうゆうことなの、ぷるるん」

「えへへ~。あたしもプラネテューヌの女神なんだぁ。おそろいだね~」

「そーなの!? すっごい偶然。たまたま落ちてきた先で、わたしとおんなじプラネテューヌの女神に会うなんて……って、それおかしくない? わたしがもう女神なのに、もう一人女神って……」

 この二人のやり取りは聞いているだけでも頭が痛くなってくるな。こうも気が合うところを見ると、ある意味こいつらは似た者同士なのかもしれない。プルルートみたいな火星人がもう一人増えるところを想像しただけでぞっとする光景だ。

 そんな聞くに堪えない会話だが、ここで打ちきりだ。

「……いつまで人の上で、のんびり喋ってんのよ!?」

 痺れを切らしたノワールが大声を上げたからだ。そりゃ尻に敷かれながら、こんな気の滅入ってくるようなお花畑トークを繰り広げられた日には、例えお天道様であろうと怒りを露わに鉄拳をお見舞いするに違いない。

ネプテューヌは慌てて立ちあがった。

「ねぷっ!? な、なになに? 地面から人が生えてきた……まさか!? 地底人の襲来!?」

「ほえぇ? ノワールちゃん、地底人だったの~?」

「んなワケないでしょ! っていうかプルルート! あなた、私のことすっかり忘れてたでしょ!?」

「あぅ、ごめんなさい~。ねぷちゃんとのおしゃべりが楽しくて、つい~……」

「んで、そっちのあなた! たしか――ネプテューヌとか言ったわね! いきなり人の上に落ちてくるなんて、非常識にも程があるわよ!」

「ごめんごめん。でもわたしだって、落ちたくて落ちてきたわけじゃないんだよ。それには止むぬ止まれぬ非常に複雑な不可抗力があったというか……って、なーんだ。ノワールじゃん。謝って損しちゃった」

 そこで、ぽんっと柏手を打つネプテューヌ。一人で何かを納得したように。

「は? なんであなたが、私の名前を知って……」

 ノワールの目が点となる。そりゃ、見ず知らずのやつにいきなり名前を呼ばれれば誰だってそうなるだろう。

「もー、ノワールも人が悪いんだから。わたしとノワールの仲なんだし、そんな怒らなくてもいいじゃん!」

「何勝手に話進めてるのよ! 質問に答えなさいよ!」

「ノワールちゃん、ねぷちゃんとおともだちだったの~?」

 プルルートはびっくりしたように、ネプテューヌとノワールを交互に見比べている。

「知らないわよ、こんなやつ! あなたねえ、初対面のくせになれなれしいんじゃないの」

 やれやれまだシラを切るんですか。水臭いですよノワールさんとでも言いたげにネプテューヌは手の平をひらひらとさせている。

「しょたいめん? 何を言って……はっ!? ひょっとしてノワールさん、マジ怒りモード? わー、ごめん! ごめんって! ほら、わたし全然へーきだったから、そんなに痛かったって思わなくてさ!」

「ちょ、まとわりつかないでよ! 私はあなたなんて、まったくこれっぽっちも知らないんだから!」

「え? え? 本当に分からないの? あー、ひょっとして頭ぶつけた!? そのショックで色々おかしくなっちゃった!?」

「頭がおかしいのはあなたの方でしょ!」

「いいなぁ~。二人だけ仲良しさんだぁ~……」

 二人のくっつき合う様子が、プルルートには乳繰り合っているように見えたらしい。どこをどう聞いたらそうなるのだか私にはさっぱりだ。そして、この会話がどこに向かってゆくか私には皆目見当もつかない。

「これのどこが仲良しに見えるのよ!?」

 びしりっ、とネプテューヌへこれでもかってくらい力強く指さすノワール。

「そーだ、ノワール! わたしと病院に行こ? お医者さんに診てもらお? だいじょーぶだよ、絶対治るからね!」

「医者が必要なのはあなたでしょ! ああもう、なんなのよこの子。……仕方ないわ。プルルート、今日はもう帰りましょう」

 顔いっぱいに疲労を浮かべているノワール。こればかりは私もノワールに同情する。

「うん~。あ、でもぉ、ノワールちゃんの用事はいいの~?」

「まあ、今日でもダメってわけじゃないしね。どうせイヴもぐうたら家で寝てるだろうからほっとくわけにもいかないし。それよりも……」

「やだよー、ノワール! わたしのことを忘れちゃ……あ、でも。借りたゲームのケース割っちゃったとか、取説なくしちゃったとかは都合よく忘れてほしいけど」

「この意味不明なことを言ってる子をどこかで安静にさせる方が優先よ」

 以上が、プルルートとノワールと――そして、謎の少女ネプテューヌとの邂逅の顛末である。三人の話を可能な限り、綺麗にまとめてみたつもりだが……なるほど、わからん。

 

 

 

 プラネテューヌ――教会。

 

「だーかーらー! 何度も言ってるじゃん! わたしはわたしだよ!」

 ネプテューヌはノワールの方を見ながら、薄い胸を突き出して、どんっと手を当てる。

「ノワールはよく知ってるでしょ!?」

「はあ。これはもうダメかもしれないわね。きっと、よっぽど強く頭を打ったんだわ」

 ノワールはダメだこいつ、というふうに深くため息をつく。

「えぇ? それじゃあ、ねぷちゃん死んじゃうのぉ……?」

 プルルートが悲鳴じみた声をあげる。

「死なないよ! わたしが死んじゃったら、この話終わっちゃうよ! もうね、ノワールってばしつこ過ぎ! その手の知らないふりとかは適度に切り上げればギャグで済むけど、あんまりねちねち続けたらいじめと変わんないんだからね!」

「ふりじゃないわよ。あなたのことなんて本当に何も知らないんだから」

「まだまだそんなこと言って! でもでもわたしは、ノワールのことなんでも知ってるもんね!」

「なんでもぉ? すご~い」

 プルルートが感心したように大きく目を見開いた。

「ほう、是非とも聞かせてほしい」

 イヴはベッドに寝転がりながらも、興味深そうに顔を上げている。

「なっ。あなたが私の何を知ってるって言うのよ。言ってみなさいよ」

 ノワールはむっとなって言った。それでも不安を隠しきれず、つい身構えてしまう。

「おー、言ってあげるよ!」

 ネプテューヌが仁王立ちとなる。

「えっとえっと、まずは当たりさわりのないところから……ノワールはラステイションの女神!」

「ふわぁ、ノワールちゃんも女神だったんだ~」

「いや、そんなわけないだろう。プルルート、お前もそこでのんきに感心するんじゃない。第一、さっきまでノワールと女神メモリー探しに行ってただろうが」

 イヴの冷静なつっこみに、ノワールがしみじみとうなずいた。

「女神じゃないわよ、まだ。……でも、ラステイションって名前は、ちょっといいわね」

 ネプテューヌが指を二つおる。

「そんでそんで、妹の名前はユニちゃん!」

「妹がいたんだぁ~。知らなかったぁ~」

「いないわよ。いたらとっくに連れてきてるわよ」

 何を言ってるんだこいつ、という顔でノワールが言った。さっきまで身構えていた自分がアホらしく思えてきたという感じで髪をはらっている。

「……姉妹、か」

 イヴはつぶやいた。悲哀に満ちたつぶやきだった。何か思う事があるのか、しばし三人から顔を背けて感傷にひたっていたが、ネプテューヌのやかましい声ではっと我に帰る。

「そんでもって……よーし、極めつけの情報!」

 この教会にいる者達からの視線が全員集中していることを確認してから、ネプテューヌは堂々と言い放った。

「ノワールは友達が一人もいない!」

「ぶっ!?」

 ノワールが吹きだした。

「ノワールちゃん、お友達いなかったんだぁ。かわいそう~」

プルルートは心の底から同情するように言った。それからはっとなって、

「……あれぇ? それじゃあ~、あたしノワールちゃんのお友達じゃなかったのぉ……?」

「あ、あなたまで何言ってるのよ! 私達は、その……友達、でしょ」

もじもじと顔を赤らめるノワールに、プルルートがぱっと花開いた。

「ほんとぉ? よかったぁ~」

「く、くくく……!」

 イヴはこみ上げる笑いをこらえながら、ベッドの上でいも虫のようにくねっている。

 三者三様がそれぞれの反応を繰り広げる中、ネプテューヌがおそるおそるといった感じで手を上げる。信じられないモノを見てしまったような目で。

「……ん? あの、プルルートさん。つかぬことをお伺いしますが、ノワールのお友達、なの?」

「うん~。一番のお友達だよぉ」

「も、もう。そんな恥ずかしいこと、口に出さないでよね」

 微笑みを浮かべながら見つめあう初々しい二人。

 緊迫に満ちた暴露大会改め、ノワールとプルルートだけの世界がそこには出来あがっていた。

二人はどこからどう見ても夫婦である。

アットホームな雰囲気に入り込めず、イヴがベッドの上でじっと黙りこんでいると、

「もちろん~、イヴちゃんも友達だよ~。ねぇ、ノワールちゃん」

 プルルートがふわりと笑った。全てを包み込むように。

「ええ。まあ、そうね」

 ノワールも満更ではないのか、いつもより声が柔らかい。

「っ~~~~!」

 改まってそう言われたのがくすぐったかったのか、顔を真っ赤にして、イヴは毛布を頭から被り込んでしまう。

 一人離れていたところから全てを見ていたネプテューヌがわなわなと震えながら、

「お友達? ノワールにお友達……だと? う、うわああああああ!? 偽物だ! このノワール、偽物だあーっ!!」

「な、なんでよ!? てか、そこで判断されるのって、ものすごく釈然としないんだけど!」

「えええぇ? ノワールちゃんが偽物だったなんて~!?」

「……く、くくくく!」

 まとまりかけていた雰囲気をぶち壊しにするネプテューヌに、ノワールは業を煮やせずにはいられない。

「偽物もクソもないでしょ! プルルート、あなたもあなたで、さっきからなんでも信じるんじゃないわよ! イヴも笑ってばかりいないでこの子を何とかしてちょうだい!」

「え? え? どゆことどゆこと? お、落ち着いて、ネプテューヌ。COOLになるんだ。ここにいるのがノワールの偽物ってことは確定的に明らかで、でも、ものすごくそっくりさんで……」

「だから、なんで私が偽物扱いされないといけないのよ! いい加減にしなさいよね!」

 ぎゃあぎゃあと口論を始める二人を見て、プルルートの表情がしだいに曇ってゆく。

「あれぇ? 二人とも、もしかしてケンカしてる~? ケンカはダメだよぉ~」

「別にケンカする気はないけど、この子がさっきから……!」

「そ、そうだ! このノワールが偽物なら化けの皮をはがさなくちゃ! くらえっ! げどーしょーしんれーはこーせんっ!」

「しつこい! その偽物呼ばわりやめないと、私だって本気で怒るからね!」

「く、くくく……あはははっ!」

 イヴは笑いを殺しきれず、ばんばんとベッドを叩きながら、声に出して笑っている。

「……ケンカ、するんだぁ~……やだなぁ~……」

 プルルートがそっと目を閉じた。いつものほんわかとした空気が、成りを潜めていることにまだ誰も気づいてはいなかった。

そう、それは例えるなら嵐の前の静けさにも似た不穏さ。獲物を前にしてひっそりと息を殺している肉食獣を連想させ――

「仲良くしてくれないとぉ、あたし、怒っちゃうかも~……」

 唸り声が轟いた。いや、聞こえた気がしただけで実際に唸り声が上がったわけではないが、この部屋にいる者全てには、それが現実のモノであるかのように錯覚させられたのだ。

「ぞくっ!?」

 ネプテューヌは総毛だった。イヴに至っては毛布の中に隠れてしまった。

ノワールは血相を変えながら顔を振り乱している。

「わああっ! し、しないしない! ケンカなんてしないわよ! だから落ち着いて! ほら、ネプテューヌ、あなたも謝って! 早く!」

「う、うん。ごめん、なさい……」

 やり過ぎなのではないかってくらい、へこへこと頭を下げた。意識しない内に何度も何度も。

「……そっかぁ。えへへ、よかったぁ~」

 プルルートは両手を合わせて花のような笑顔を浮かべた。何事もなかったかのように。

「な、なんだったんだろう。今の寒気……ううん、寒気なんて可愛らしいモノじゃない。あれは――殺気?」

 ネプテューヌがこそっとノワールに耳打ちした。

「あなたがどこの何者かは知らないけど、プルルートだけは絶対に怒らせちゃダメよ。……死にたくなければね」

「……ああ、さもないと三途の河を泳いで渡らされるハメになる」

 イヴが毛布の隙間から少しだけ顔を出して、静かに囁く。

「そ、そうなの? よくわかんないけど、肝に命じとく……」

 ネプテューヌが怖々とした顔でうなずいた。

「よかったぁ~、仲直りしてくれて」

 プルルートは三人の密談に気づいた様子はない。ほっと三人が安堵のため息をついた。

「あ、そぉだ。ねぷちゃんは今ぁ、頭を打っておかしくなってるんだよねぇ?」

「あ、いや。自分ではそうじゃないつもりなんだけど……」

「それじゃぁ。治るまでここにいるといいよ~。あたしが面倒みてあげる~」

「え? あ、いや、気持ちはすんごく嬉しいけど、わたしの話聞いてる?」

「ちょっとプルルート。こんな得体の知れない奴を住まわせるなんて、正気なの?」

 ノワールが驚いたように言った。

「正気だよ~。女神はぁ、困ってる人を助けないといけないんでしょ~。イヴちゃんのときもそう。お腹がすいて困っていたから拾ってきたんだよ~」

「……人を捨て猫みたいに言うのはよせ」

 抗議の声を上げるイヴへ、ノワールが言った。

「あなた、人見知りを通り越して本当に獣みたいだったわよ。誰とも喋ろうとしないし、近づくモノには敵意むき出しだったし」

「昔の話だ。……今は違う」

 イヴはその当時のことを思い出したのか、申し訳なさそうに頭をかいている。

 プルルートやノワールの仲良くなろうという必死の努力が伝わったのか、今ではここまで打ち解けているが昔は本当に獣そのもののような気性の悪い少女だったのだ。今でこそ人並みに人間とコミュニケーションを取れる程度まではあったが、人見知りなところがあるイヴとここまで早く打ち解けられたネプテューヌは異例の存在であると言えるだろう。

 ノワールが言った。

「話を本題に戻すけれど……もし、この子が――ネプテューヌが“七賢人”の手先だったりしたら色々面倒なことになるわよ」

「しちけんじん? なにそれ? おいしーの?」

 ネプテューヌが聞き慣れない単語に首をかしげる。

「大丈夫だよぉ~。ねぷちゃん、悪い子には見えないもん~」

 プルルートの言葉にイヴはうんうんとうなずいた。

「私にもネプテューヌが七賢人だとは思えない。保証や根拠は何一つとしてないが、小難しい言葉や理屈抜きでそう感じている。全く不思議な事だがな」

「まあたしかに、プルルートとイヴの言葉に一理あるかも。こんなバカっぽいのを送り込んでくる可能性は極めて低いでしょうけれど」

 ノワールは苦笑を浮かべる。勝手に納得し始める一同に、ネプテューヌが不満そうに両手を振り乱す。

「ねーねー、しちけんじんってなーに? ねーってばー」

「うるさいわね。わざわざあなたに教えてあげる義理はないわよ」

「むぅっ、なんでそんないじわる言うの! このにせものわーる!」

「なあっ!? へんな呼び方するんじゃないわよ!」

「に、にせものわーる……く、くくくく……はははははっ!」

「こらっ、イヴ! あなたも笑わないの!」

「……やっぱり、ケンカするの~……?」

 プルルートの沈んだ声に、全員が訓練された兵隊のような動きで、

「し、しないわよ! ケンカなんてするはずないじゃない! ね?」

 ノワールはちらりとネプテューヌを見やる。空気を読めというふうに目配せしながら。

「う、うん! わたし達、とっても仲良しだよ! ほらほら!」

「触らぬ神に祟りなし、だ」

 イヴはまたしても毛布にくるまって守りの体勢に入っている。

「そっかぁ。えへへ~、勘違いしちゃった~」

 すっかり安心したようにプルルートが微笑んだ。

「……もう一度だけ言っておくわ。ここで暮らすなら、絶対にプルルートは怒らせないこと。いいわね」

「それが生き残るためのルールだ。お前は羊か? それとも背景の草か? ここで長生きしたければ賢くなれ」

 ノワールとイヴが念を押すように言った。

「う、うん……」

 ネプテューヌは冷や汗を浮かべながら、うなずくことしか出来なかった。

 

 

 

「さて、話もまとまったことだし、そろそろクエストに行くわよ」

 ノワールがみんなに聞こえるような声で言った。部屋の空気を変えるように。

「えー、それはちょっといきなりすぎやしないかな」

 早速、苦しげな声を上げたネプテューヌに対し、ノワールは真面目くさったふうに腕を組んだ。

「なにがちょっとなのよ。一応、ここで居候するつもりなんでしょ。ここでは働かざる者食うべからずよ。それにあなただって頭がおかしくなる前は、当然家族やら知り合いやらがいたはずでしょ。そういう人達が心配してるかもしれないのに、のん気に遊んでる場合なの?」

「あ、そっか、そーだよね。今のわたしって、きっと行方不明状態だし。ネプギアもいーすんも他のみんなも、きっと心配してるよね。でも、帰ろうにもここがどこだか全然分かんないし……」

「そうそう。だからあなたを知っている人を探しにいくという目的も兼ねて、外に出て私達全員でクエストをこなすっていうのはとてもいい考えだと思うの。もしかしたらあなたの知り合いと偶然会えたり、あなたのことに関する何かを掴めるかもしれないし……」

「意義あり!」

 突如、ノワールの声をさえぎるような大声が上がる。ベッドに寝そべったままのイヴであった。

「イヴ、なによ?」

「ネプテューヌの身元を確かなものとするために外へ出るという点については私も高く評価しよう。だが、私達全員、という点にはいささか不満が募るな」

「なんでよ。そういうのは全員でやった方が効率がいいじゃないの。一人でも多ければ早く片付くわよ」

「嫌だッ! 私には家を守るという重大な使命がある!」

「あなたはただサボりたいだけでしょ!」

 ノワールは毛布を勢いよくひっぺがす。イヴの腕を無理矢理引っ張って、ベッドから起き上がらせようとする。しかし、ノワール一人の力だけではベッドシーツにしがみついたイヴの身体はてこでも動かなかった。

「私はいかないぞ。ニートとは繊細な生き物なんだ。外気に触れると下手すりゃ死んでしまうんだぞ。行くならお前達三人で行ってくるんだな!」

「もうっ、何言ってるのよ。ゴキブリ並みの生命力あるくせに。あなただって、教会で養われている身なんだから少しは働きなさいよ。全く……人には女神がどうたら、国家とはこうあるべきだとか一人前に語るくせに、こういう時だけは何もしないんだから」

 ノワールはもう何度目か分からないため息をつく。その後ろでは、

「うっわ。ひょっとしてこれ、ゲーム? 見た目からして古いね。レトロ感満載だね! うわー、ドットだ! きたないドット! あはは、なになに? このすごいやっつけで作ったキャラクター! バカゲーだね。一瞬でバカゲー認定だよ!」

「あ~、ねぷちゃん~。それ協力プレイできるのぉ。一緒にやろ~」

「おー、いいね。やろやろ!」

 ノワールがちょっと目を離したスキに、ネプテューヌは部屋の隅でゲームを起動させている。あろうことかプルルートまで一緒になって遊んでいる。

「こら! あなた達っ! ちょっと目を離したスキにこれなんだから! プルルートまで一緒に遊んでどうすんのよ!」

「えぇ~、ちょっとだけだからぁー……ダメ~、ノワールちゃん?」

「そーだよ。ちょっとくらいいーじゃん。ノワールのけちんぼ!」

 ノワールは言い返さなかった。それどころか大きく深呼吸を繰り返して、黙り込んでしまった。かと思いきや、わなわなと全身を震わせ――

「いい加減にしなさいっ!」

 教会を揺るがすほどの怒声がお腹の底から放たれた。どうやら三人の不真面目な態度が、目には見えないノワールの糸をぷっつんとキレさせていたようだ。

「ねぷっ!?」

「ぷるぅっ!?」

 驚きのあまり、ネプテューヌとプルルートが悲鳴を上げる。

「プルルート! あなたはこの時間、仕事をしなきゃいけないはずでしょ。女神ともあろう者が、何遊んでんのよ!」

「ごめんなさい~……」

 ぎろりと目をつり上げたノワールがネプテューヌをとらえる。

「で、あなたも! 別に思いだす気がないならそれでいいけど、仕事くらい手伝いなさい!」

「はい……」

 ネプテューヌは渋々とうなずいた。イヴも空気を読んでかベッドから立ちあがっている。

「はあ……働くのしんどい」

「ぷるるんを怒らすなーって言ってたノワールが怒ってるよ……」

 誰にも聞こえない声で、二人は不平不満を漏らすのだった。

「さあ、そうと決まったらぐずぐずしない! すぐ仕事に向かうわよ」

 気だるそうな空気の中、ノワール一人だけがはりきっていた。

 

 

 

 プラネテューヌ――ギルド

 

 ノワールはテーブルの上に置かれた端末に触れて、ディスプレイを起動させる。ネットワークサービスにアクセスし、立体的な電光掲示板が宙に浮かび上がっていく。

 そこにはプラネテューヌの様々な情報が書かれており、一分一秒毎に新たな情報が更新されていく。ノワールは膨大な情報の海に惑わされることなく、実に手慣れた手つきでプラネテューヌのクエスト一覧が載せられているページを開いた。

クエストとはその名の通り、依頼主と雇用者という関係になることで契約を結び、人々の依頼を解決していくことで、その見返りに報酬を受け取るというシステムのことを言う。その内容は失せ物探しから、アイテム採取、モンスター退治まで幅広いものばかり。報酬が高額なもの程、危険度は増してくる傾向にあり、強力なモンスターや難易度の高いダンジョンに潜ることを余儀なくされ、内容の達成は困難を極めるものばかり。しかし、クエストをたくさんこなしていけば報酬だけでなく人々からの信頼も上がっていき、それが自分の実績へと繋がるので、これで生計を立てる人や、一攫千金を夢見る冒険家も少なくはないのである。

ギルドとはそんな場所なのだ。

画面をてきぱきと操作するノワールを横から眺めながらネプテューヌは言った。

「毎度思うんだけど、これって女神の仕事っぽくないよねー。こつこつ依頼を受けてシェアを稼ぐなんてさー」

「まあ、クエストなんかは一般人でも小遣い稼ぎにやってる人もいるくらいだしね」

 そう言いつつも、ノワールは画面から決して目を離さない。クエストの概要――内容や報酬をじっくり眺めてから受注画面へと移る。

 プルルートが力のない声で言った。

「あたし、他のお仕事のやり方とか、よく分からないからなぁ~」

「ま、仕方ないんじゃないの。プルルートはまだ女神になって日も浅いんだし」

「えへへ~。ノワールちゃんやさし~」

 ノワールのフォローに、プルルートは頬をゆるめる。

「だからって、そろそろシャキっとしてもらわないと、国の人達も迷惑でしょうけどね」

「やっぱりノワールちゃんはきびしぃ~……」

 温かな笑いが巻き起こる。

 三人から少し離れたところで、柱に身を預けていたイヴがぽつりと言った。

「……人々のために女神が動くとは、時代も変わるものだな」

そうこうする内に、ノワールはクエストの手続きを完了させてしまった。

「さ、これで完了っと。今日は簡単なモノにしといたからすぐ終わると思うわ。さ、行きましょう」

「あれ? ねねね、ノワール!」

 ネプテューヌが目を輝かせながら、電光掲示版のある一文を指差している。

「何よ?」

 ノワールがいぶかしそうに掲示板を睨んでいる。それがどうかしたのというふうに。

「ほら、このクエストの依頼文! ルウィーの近くの~って書いてある!」

「そうね、それがどうかしたの?」

「だってルウィーだよ、ルウィー! ルウィーってことは、ブランがいたりするんじゃないの!?」

「ブラン……ああ、そう言えばルウィーの女神がそんな名前だったような気がするわね」

「やっぱり! そっかそっか、ブランはルウィーの女神なんだ。うんうん!」

 今にも踊りだしそうなほどに顔をほころばせるネプテューヌを見て、プルルートは嬉しそうに頬をほころばせた。

「ねぷちゃん、嬉しそう~」

「そりゃ、知り合いがいたら嬉しいよ。ノワールみたいに偽物かもしれなくてもさ」

「ねぷちゃん、ルウィーの女神と知り合いなんだぁ。すご~い」

「偽物言うな。プルルートもいちいち真に受けるなって何度言えば分かるのよ」

 ノワールが訳の分からなさそうな顔で言った。ノワールからすれば、このネプテューヌとかいう少女は、いきなり空から降ってきて自分の知り合いだと言って見せたり、自分をおちょくるようなことばかり言ってみせたり、挙句の果てにはルウィーの女神と知り合いだとか言ったり、本当に訳の分からない存在だった。いくら記憶喪失だとはいえ、支離滅裂で無茶苦茶にもほどがある。

ネプテューヌは何かを思案するように、あごに手を当ててから、

「うーん……よし、今から会ってくる! ノワールは冷たいけど、ブランは違うかもしれないし!」

「は? 会ってくるって……ちょっと、待ちなさい!」

「止めてくれるな、おっかさん!」

「誰がおっかさんよ! 私は親切で止めてあげてるのよ。あたなみたいな意味不明なのが、のこのことルウィーに行ったら、どんなひどい目に遭うか分からないんだから」

「え? ルウィーに行くだけで、そんなことになるの?」

 ノワールの必死な様子に、ネプテューヌが首をかしげた。

ネプテューヌの疑問に、プルルートが答えた。

「んっとね~。ルウィーって、よく分からない国なの~。あたしも、絶対近づいちゃダメ~って言われててぇ……」

「閉鎖的な国なのよ」

ノワールが後を引き継ぐ。

「唯一の国だから、必然的に管理が厳しくなったのかもしれないけど……出国も厳しければ、入国するのはもっと厳しいわ。中で争いが起きてるって話は聞かないから、一度入っちゃえば、それなりに平和かもしれないけどね」

「えー、じゃあルウィーもわたしの知ってるルウィーとは違うんだ。ブランもイヤな子だったりするのかなー。常時キレまくりで、もっと狂暴になってたりとかして……」

「ああいう、自分の国さえよければ他はどうでもいいって態度は、正直気に入らないわよね。やっぱり私が、一刻も早く新しい国を作らないと……ま、そういうことだからうかつに近づこうなんて思うんじゃないわよ。そうでなくても、ルウィーにはよくない噂もあることだし」

「よくない噂? ほほう、それはそれは興味ありますな。どんな噂なの?」

「下世話な顔をしてるところ悪いが、そんな生温いものではない」

 柱の影に隠れていたイヴが、いつの間にか姿を現していた。

「ルウィーは裏で”七賢人”と繋がっていると言われている」

「しちけんじん? たしか、前にもそんなこと言ってたような……」

「それと、人を(さらっ)ているという噂もある」

 イヴの言葉にその場がしんと静まり返った。

「……それは初耳だわ」

 ノワールが眉をひそめた。言外に、それをどこから聞いたの、という意味合いを含ませて。

 イヴが苦笑を浮かべる。

「やつらが直接手を出すのではなく、やつら専用の兵隊を使ってな。汚れはそいつらが全てかぶってるってわけさ」

「え? 何のために?」

 ネプテューヌはイヴの顔をまじまじと見つめた。おそるおそるといったふうに。

「さあな。さすがにプラネテューヌの外での出来事に私は関知していないさ。まあ、あくまで噂だ。信憑性に欠けるゴシップばかりで、どこまでが本当かは分からない。ただ、頭の隅に留めるだけにしておくんだな」

 話はこれで終わりだという感じで、イヴはそっぽを向いた。

「立ち話もなんだし、そろそろ行きましょうか。日が暮れてしまう前にちゃっちゃかクエストを片づけるわよ」

 ノワールの後に続くように、四人はギルドの出口へと歩いていく。

 ふと、ネプテューヌはふり返った。

電光掲示板に書かれたルウィーの文字を見て、背筋が悪寒で震える。自分の見知っているモノとは違うということに、寂しさとたまらない恐怖を感じ、直視できなくなって目を離してしまう。

 ノワールは自分のことを知らなかったり、服装が違ったりするけれども、口うるさく文句をわめいていても、根本的なところでやはりノワールはノワールだとなじみ深いモノを感じていた。

 

七賢人――

 

彼女達の口からしきりに出るこの単語は何なのであろうか。

まだ分からない。

今のところネプテューヌが知っているのはルウィーと何らかの繋がりがあるかもしれないこと。人を攫っているという暗い噂があるということ。

そして、ブランがそれに関わっているかもしれないということ――

ネプテューヌはもう一度、電光掲示板へとふり返った。

 

 ルウィー。

 

その文字が違った色合いを持ったモノのように見えてくる。

やはりそこは自分の知らないルウィーなのかもしれない。おそらくそこにいるブランも、自分の知っているブランではないのかもしれない。国の名前は一緒でも、その形態はまるっきり別なのかもしれない。考えただけでも湧きだす不安が止まりそうにはなかった。

もし仮にそうだとして、それをブランは知っているのだろうか。

真相は以前として闇に包まれたまま。

 ここは自分の知っている世界と似ているようで、まるっきり違う世界だということを改めて感じていた。

 

                ~続く~ 

 

 

 

ネプテューヌ

 

年齢――不詳/十代前半くらいの少女。

武器――竹刀。片手剣や両手剣を好む。

 

この作品のもう一人の主人公。自称プラネテューヌの女神。

いきなり空から降ってきたところで、プルルートやノワールと出会う。空から降ってきたということ以外は全てが謎に包まれている。

周りを乱す言動が目立ち、生真面目なノワールは振り回されがち。

そういう意味ではプルルートと非常に波長が合い、二人が結束した瞬間、そこは異空間と化す。

ノワールやブランのことを知っているらしい。

イヴとはどこかで面識があるらしいが果たして…。


 
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