No.497324

世界を渡る転生物語 影技18 【狂気のG】

丘騎士さん

 更新が大幅に遅れてしまい、大変申し訳ありません!

 完全な言い訳ですが……スランプとリアルで忙しいので書けませんでした!

 今回の話は、【G】と、前回活躍させられなかったサブキャラにスポットを当ててみました。

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2012-10-17 22:22:43 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2802   閲覧ユーザー数:2585

 ─エレに出会い、共に歩み、辿りついた傭兵王国クルダ。

 

 エレの義弟であるガウとの出会いや、一緒に住む事になったエレの家の生活基準の向上を目指して家の掃除や料理を作り、そしてジンの早朝の基礎鍛錬に付き合うようになった日々。

 

ー流 錬 動 力ー

「ふ~……」

 

「……やっぱこれいいな。おいガウ。これはスピードとかじゃねえから、ゆっくり自分の動きを把握しろよ?」

 

「うん、エレ姉!」

 

「……ん、まあぼちぼちかしらね?」

 

 ジンが魅せる、体裁き・【気力】・【魔力】の流動という、【流()法】を用いた丁寧な鍛錬は、積み重ねるほどに動きと力の無駄を見直し、スムーズな力の流用を可能とし、日々成長する肉体にその動きをなじませ、その有用性をエレ達にもたらしていた。

 

 今まで延々と【クルダ流交殺法】の基本・基礎である肉体改造・強化の下地を作り続けてきたガウにとっては特に有用であり、目に見えて成長をしていくガウに目を細めつつも、自分で感じた意見を口にして声をかけるエレと、自分自身の動きの確認を密にするジンとフォウリィー。

 

「……フォウリィーはよぉ、もうちっと【呪符魔術士(スイレーム)】としての自覚をもったほうがいいんじゃねえか?」

 

「ちょっと、どういう意味よそれ!」

 

「だって……なあ?」

 

「ねえ?」

 

「うん」

 

「何に納得してるのよ~!? ジンばかりじゃなく、ガウ君まで?!」

 

 そんな中、なぜかそんじょそこらの【闘士(ヴァール)】よりも……いやむしろ【真闘士(ハイ・ヴァール)】と呼べるような、優美でキレのある【流()法】の動きを見せるフォウリィーがつぶやいた言葉に、それは普通の【呪符魔術士(スイレーム)】じゃありえないからとつっこみをいれるエレと、それに同意するガウとジン。

 

 何やら【呪符魔術士(スイレーム)】としての在り方を馬鹿にされたようで激昂するフォウリィーをなだめつつも、歳の近いジンとガウの二人が仲良くなっていくのを見て、友達が出来たと嬉しそうに目を細めるフォウリィーとエレ。

 

「じ、ジン。僕の動きはどうかな?」

 

「うん、前よりもいい感じになってるよ。いきなり一気に良くなるものでもないし、だんだん修正していこう? ここをもうちょっとこう……」

 

ー手 取 足 取ー

「ちょ?! ち、近い! 近いよジン! 触ってる! 触ってるし!」

 

「へ? 何照れてるのガウ? ってか、動きどうなのって聞いたのはガウだろ……」

 

「…………わかってねえなあ」

 

「ええ……わかってないわねえ」

 

 自分よりも年下ではあるものの、自分よりも強い存在であるジンの技術を学ばせるため、ガウ・ジン、フォウリィー・エレと別れて鍛錬を行っていた一同。

 

 同世代のガウに対してライバルとして、そして切磋琢磨する相手として宛がったエレの目論見通り、ガウが自分の動きの確認・指導をジンに頼み、ジンがそれに頷いてガウの動きを【解析(アナライズ)】しつつ、未だ発展途上であるガウの格闘動作を見て、ガウの動きを矯正しようと、ガウの腕や足とって指導をしようとするのという流れになるわけなのだが……見た目的に超美少女なジンがガウに密着し、動きを矯正するために手足を掴まれる度に顔を真っ赤にしてしどろもどろになるガウ。

 

 自分が男であるという自負があることから、ガウの気持ちと行動に理解が及ばないジンが不思議そうに疑問符を浮かべてガウを至近距離で見つめ返し、密着+見つめられる視線に真っ赤な顔でフリーズするガウ。

 

 鼻血が出そうな所を耐えながら、どうにかジンから離れようとするガウの頭をこつんと叩いて正気に戻すエレと、後ろから抱き締めてきょとんとした表情のままのジンを引き離し、ガウを解放してあげるフォウリィー。

 

 どうにかジンの魅力に慣れ、もっとジンと仲良くなろうとするガウと、自分の魅力にまったく無自覚のジンとのすれ違いが生むこのやり取りは、ここ最近のいつもの光景であった。

 

「ふぅう……やっぱ朝の鍛錬はいいな……。おっし、そろそろ腹減ったし、朝飯にしようぜ!」

 

「ええ、そうね。ジン? 今日はどうしましょっか」

 

「う~ん、どうしよう。材料何があったっけ?」

 

「エレ姉! タオル」

 

「お、サンキュ~なガウ」

 

 腹減った~とエレが大きな声で笑うエレに苦笑しつつ、顔を見合わせて朝の献立を考えるジンとフォウリィーが、タオルを渡しながら歩くガウとエレの二人を見ながらも微笑み会う。

 

 やがて家にたどり着き、手慣れた動きでキッチンに向かうフォウリィーとジンが、息のあった動きで手早くかつ丁寧に料理の下ごしらえをこなしていく。

 

 さらにそれを手伝うガウにより、手際よく料理を作っていく二人の後ろで次々に出来上がっていく朝食を見ながら、それを心待ちにして涎を垂らすエレという図式が出来上がり、そんなエレに苦笑しつつ、出来上がった料理を次々とテーブルに並べ、『いただきます』の合掌と共ににぎやかな食卓を囲むジン達。

 

 『おいしい・うまい』という言葉が飛び交い、各自それぞれの食べ方で料理がテーブルからなくなっていき、ほどなくして作り上げた料理すべてがなくなり、やがて満足げにお腹をさする一同の前に、フォウリィーの入れた食後のお茶が用意され、ジンとフォウリィーの二人が来てから習慣になりつつあるこの時間を楽しむエレとガウではあったが─ 

 

「あれ? エレ姉、こんなにゆっくりしててもいいの?」

 

「げ! やべぇ! ゆっくりしすぎだろあたし! ああ……っしょっと、こりゃ飛ばさねえと間に合わねえ!」

 

「あれ? もうそんな時間か。ほら、エレさん!」

 

「お、いつも悪ぃな、ジン、フォウリィー」

 

「エレ姉、気をつけてね!」

 

「しっかりやってきなさいな」

 

「応! いってくるぜ!」

ー疾 風 疾 走ー

 

 そんなのんびりした雰囲気に流されてお茶を飲んでいたエレが、ガウの指摘ではっとなり、あわてて椅子から立ち上がって、上質で丈夫な生地で出来たジャケットを羽織り、足早に出口に足を向けるエレ。

 

 そんなエレにジンが先程出来上がった弁当入りのバスケットを手渡し、受け取ったエレが嬉しそうに鼻の下をこすりつつ、ジン達に見送られて城へと駆けだしていく。

 

 これは……【召喚状】が来た次の日から、エレに課せられた罰則として、また仕事として与えられた事から見られるようになった、日常の一ページである。

 

 

 

 

 

 あの日……第三修練場での、【召喚状】での出来事、リムル達との出会い。

 

 ジンが気絶させたエレをグォルボが担ぎ、その場に残ったジン達にエレを連れていくと挨拶を交わしつつ、王城へと足を向ける二人。

 

「……グォルボ」

 

「ぉぅ」

 

ー『……可愛かったな~……』ー

 

 先程見た、夜の月明かりでも映えるジンの可愛さに内心の悶える心を抑えつつも、王命たる【召喚状】の命を果たさんと、第三修練場から真っ直ぐ王城へと向かう道をひた走る二人。

 

 街道を歩く数多くの傭兵達が、現存する傭兵・【闘士(ヴァール)】の中でも、比較的名の通った二人に声をかけつつ、何故エレを背負っているのかを尋ねられ、言葉を濁しつつそれに適度に答えながらも、街道を駆け抜け……やがて城門へとたどり着く。

 

 召喚状と一緒に貰った依頼状を門番に見せる事により、王への謁見をとりつけ、門番が城壁の門を開け、衛兵の一人が、王城内へと二人を案内し、巨大で堅牢な石造りの、豪華絢爛というよりは質実剛健な作りの王城の廊下を抜け、やがて王宮内に存在するもう一つの門、謁見の間を守る門へとたどり着き、衛兵から近衛兵へと、二人を案内した内容が告げられる。

 

 やがて許可が降りると、『開門!』の大きな声と共に門が開かれ、厳格な雰囲気があたりに立ちこめ、緊張した面持ちの二人が、謁見の間に敷かれた赤い絨毯を踏みしめ、部屋の内部へと入って事となる。

 

「うぉぃ、リムル。そういえば【影技(シャドウ・スキル)】はどうすればいいんだぁ?」

 

「ん? ああ……そうだね、ここに下ろしてくれるかい?」

 

「おう」

 

 そう言えば、とばかりにグォルボが、肩に担いだままにしていたエレをどうするかをリムルにそっと尋ね、リムルが床を指さして下ろさせる。 

 

 比較的丁寧に床に転がされたエレではあったが─

 

「……って、涎垂らして気持ちよさそうに寝てるんじゃないよこの馬鹿っ!」

 

ー蹴 頭 打 付ー

「ぐぁ?! だっ!」

 

 何故か気持ちよさそうに涎を垂らしながら横になっているエレの姿を見て、リムルがプチっとキレ、怒りにまかせてエレの後頭部を蹴りつける。

 

 鈍い音と共にうめき声をあげて謁見の間を転がり、やがて行き止まりの石壁に頭を打ちつけるエレが頭を抱えて床をのたうちまわる。

 

「うぉぉい?! リムルう?!」

 

「いっ……いってえええ! 何すんだよリムル、手前ぇええ!」

 

「うっさい馬鹿! 手間ばっかりかけさせて!」 

 

「んだとおお! やんのかこらああああ!」

 

「う、うぉぃ、ちょっと待てって二人とも! 王が─」

 

ー『グォルボうっさい! 邪魔すんな!』ー

 

「ぐ、ぐぉうううう」

 

 二重に頭にダメージを受けたエレが、涙目で起きあがってリムルに猛然と抗議の声をあげて駆けより、ぎゃーぎゃーと騒ぎだし、やがて二人が臨戦態勢になるのをグォルボが止めようとするも、第三修練場の時と同じように、ハモった二人の口撃にあっさりと撃沈するグォルボ。

 

 女同士の口論で騒々しく、混沌とした場になりかけた謁見の間ではあったが─

 

「──騒がしいのう。まあ、【闘士(ヴァール)】足るもの……健常でなくてはいかんからな」

 

ー威 風 堂 々ー

ー『ッ!!!!』ー

 

 その騒ぎを遮る、低く渋く響き渡る、威厳と迫力に満ちた老練な声。

 

 振りかえる三人を王座から坐して見下ろす、その堂々たる姿。

 

 【鷹の目(ホーク・アイ)】という【字名】を持つ、第55代【修練闘士(セヴァール)】。

 

 歳を重ね、白髪になった髪に、同じ色の口ひげを持つ、【字名】通りの鋭く細い目を持つ、老練な戦士。

 

 クルダ王・イバ=ストラその人である。

 

 慌てて臣下の礼を取り、非礼を詫びるエレとリムル達と、それを片手を上げることで制しつつ、自らの前へと三人を呼び寄せるストラ王。

 

 やがて、王命を果たしたリムルとグォルボの二人に礼とねぎらいの言葉をかけ、机の上に準備していた皮袋に詰められた報奨金を手渡し、二人が緊張した面持ちでそれを受け取り、礼節を持って退出していくのを見送るストラ王とエレ。

 

「さて、と。……第59代【修練闘士(セヴァール)】・【影技(シャドウ・スキル)】よ。貴公……何ゆえ呼ばれたのかは……分かっておるな?」

 

「……はっ」

 やがて礼をする二人の影が、静かに閉まる巨大な門の向こうに消える中、ゆっくりとその視線をエレに移したストラ王の威厳のある言葉が、頭を垂れたエレの後ろ頭に投げかけられる。  

 

 内心、うわっちゃ~と冷や汗全開で顔をあげられず、顔を青ざめるエレを見下ろしつつ─

 

「……ふぅ……まあ、ここはあえて確認といくかのう。──【修練闘士(セヴァール)】。このクルダでは言うまでもない、このクルダ最強にして最高の栄誉を持つ【闘士(ヴァール)】の称号。それすなわち国家最高戦力にして、【クルダ流交殺法】を代表する『力』を持つものじゃ。……そんな超重要な人材が、国を代表する【四天滅殺】の一流派が、王命もなく、依頼を受けるでもなく、武者修行という名目で無断で出国。そして尚且つ隣国や隣国国境付近に侵入し、強者と名高い傭兵や【呪符魔術士(スイレーム)】達と戦闘を行い……しかも【四天滅殺】の他流派と拳を交えるなど……言語道断! お主はこの国を! クルダを滅ぼしたいのか! 答えよ! 【影技(シャドウ・スキル)】よ!」 

ー異 軋 肘 掛ー

 

 渋いその顔を険しく歪め、裂帛の気合を込めて言葉を投げかけるストラ王。

 

 王座の肘掛を握りしめるその手が、メキメキと音を立てて粉砕せんと力を込めるその迫力は、なんとも言い知れぬほどの怒りを感じさせる。

 

「──申し開きもありません王。自らを高め、己の強さを高める事こそ【闘士(ヴァール)】の性。強者を求め、他国を回って参りました。その際、何も言わずに国を出てしまった件に関しては私の落ち度です」

 

「──ふむ、素直にその非を認めるか。反省の色はあり……潔いその態度。その心意気やよし!」

 

 その厳しい叱責の言葉を伏せながら聞きつつ、それを自らの責任であると、まったくの言い訳をせずに真正面から受けとめ、ただひたすらに謝罪の言葉を述べるエレ。

 

 偽らず、謝罪しつつもその堂々とした態度に、感心したように目を閉じて考え込みつつも、椅子から立ち上がり、膝をついて座するエレの目の前へと歩み寄るストラ王。

 

「──今回の件。挑んだ我が国も、勝負を受けたキシュラナも、両成敗ということで事を内密に処理する事になっておる。しかし……もし、これが大事に……どちらが、あるいは両者が死傷したとなれば……貴公の命は愚か、この国の存続まで危ぶまれる事だったという事を忘れるな。貴公はすでに【修練闘士(セヴァール)】なのだ。ただの傭兵……【闘士(ヴァール)】のように、依頼抜きで自由に国外へと抜けだし、喧嘩ができる立場ではないのだからな」

 

「──はっ、申し訳ありません」

 

 国の境目、【灰色の境界(グレー・ゾーン)】で闘ったとはいえ、【四天滅殺】の鉄の掟に思い切って抵触するエレとザキューレとの戦い。

 

 【キシュラナ流剛剣()術】と、【クルダ流交殺法】の死合という、【四天滅殺】の掟を犯す大事であり、本来ならば両国ともこの責を負い、事によっては国の存在そのものが危ぶまれるほどの事態ではあったのだが……その死合が最小の被害で済んだ事。

 

 そして何より……聖王女から渡された身分書を持つジンが事に関わり、なお且つキシュラナ国内に二人を伴って入国した事が、『聖王女の関係者が、【四天滅殺】に関わっている』という……事実とは違うが、クルダ・キシュラナ・アシュリアーナでの落とし所をもたらす事に大きく関わっていたりと、何気に裏方でも大きく貢献しているジンである。

 

 その為、ザル家の処断はキシュラナで。

 

 エレの処断はストラ王にという形で一任され……なお且つ、事件の発端である二人がジンの知り合いになった事もあり、両国に聖王女よる減刑の嘆願書が届けられ─

 

「─第59代【修練闘士(セヴァール)】・【影技(シャドウ・スキル)】エレ=ラグよ」

 

「はっ!」

 

 そんな裏事情を考えつつも……冷厳なる言葉でエレの目の前に書簡を広げながら、朗々と今回の件に関する罰を読み上げるストラ王。

 

「──貴公は、我が国で定められた法を破った。よって……その刑罰として─」

 

 その結果、エレに下された刑罰、それは─

 

 1.一年間の王城での王・王宮の警護。

 

 2.国からの要請以外での国外への外出の禁止。

 

 3.【仕事斡旋所(ギルド)】での仕事を受諾禁止。

 

 で、あった。

 

「ッ?! ──お心遣い、感謝します」

 

「うむ。 ──貴公には王宮に勤めている間、みっちりと【修練闘士(セヴァール)】の心構えを仕込むから、覚悟しておくがいい」

 

「はっ!」

 

 思わず顔をあげて驚愕の表情を見せるエレに、ストラ王の厳しくも優しい視線が降り注ぐ。

 

(よかった……ガウ、姉ちゃん……またお前と一緒にいられるらしいや。これで、お兄ちゃんの治療にも─)

 

 安堵で涙腺が緩むのを隠しつつも、罪状を軽くしてくれた王に感謝の念を込めて頭を垂れるエレ。

 

 そんなエレの様子に表情を和らげ、もう罪状を告げ、叱責したからよかろうとつぶやき、度量の広さを見せてエレを立たせるストラ王。

 

 顔を見合わせ、微笑みあいながらその間合いを詰め、やがてゆっくりとその左手をエレの右肩に置いたストラ王が─

 

ー肩 掴 強 固ー 

「あ、あれ?! 王?! も、もしかしてまだ怒ってます?! な、なんか肩をつかむ手の力が強いぃぃぃぃいだだだだだ!」

 

「む? おっと、ついつい力が籠ってしまった。許せよエレ=ラグ。何せ……それとは別な件で、ワシは頭を悩ませておってのう~?」

 

「い、いだだだだだ、べ、別件?! な、なんなんですかって痛い! 痛いです王?!」

 

 何故か力いっぱいその肩に指が食い込む勢いで握りしめ、その手の食い込む指が痛くて、涙目になりながらストラ王に懇願と抗議の声をあげるエレではあったが─

 

「そう、別件……別件じゃよ! ほぅれ見よ! わしの政務の書状を乗せるはずの机を埋め尽くす……政務以外の書状の数々を! さすがのワシも……我が国の【修練闘士(セヴァール)】がこのような事をしとるとは……嘆かわしくて頭が痛いわい。見てみぃ、これらはすべて……酒場からの嘆願書やらツケの請求書じゃ! どうじゃ?! 見覚えがないかのう?! どこぞの! お偉い! 『【修練闘士(セヴァール)】』様の名前が入った借金の書状の数々を!! お主が! 酒場でバカスカ呑み散らかし、ツケにしているのにも関わらず払ってくれないと家に押しかけたものの子供しかいないために強く請求することもできず、王城に届けられたモノを! しかも酒のツケだけではなく、酔った傭兵に絡まれて破損した修繕費まで含まれたこの量! お主……無断で国を出ている場合ではなかったんじゃないかのう?! 【修練闘士(セヴァール)】足るもの、常に衆目にさらされ、模範となるものでなくてはならぬ! 理解したかの?! 理解できたかの?! お偉い【修練闘士(セヴァール)】・【影技(シャドウ・スキル)】殿?!」

ー異 音 軋 骨ー

「いだだだだだだだだ! す、すいませんでしたああああ!」

 

 笑みを浮かべてはいるものの……その目はまるで笑っておらず、肩を握りつつ、今度は腕を決めていくストラ王は、額に青筋を浮かべて内心の怒りを表に出すかのようにその技のキレを見せ、涙目でタップをしながら泣きながら謝るエレにようやくて溜飲を下げ、ゆっくりとその手を放す。

 

 ぐったりと謁見の間にうつ伏せに倒れるエレを見下ろし、すっきりとした表情になったストラ王が王座へと腰を下ろし─

 

「……無論、【仕事斡旋所(ギルド)】の仕事を受けられなくしたのじゃから、王城警護の任では給金を出す。──じゃがしかし、じゃがしかし、じゃ。それらすべてはこの山のような請求書の返済に回す事が決定しておる。……おお、そうじゃ! この際、4条に『請求金額の返済まで禁酒』というのも付け足すかのう」

 

ー宣 告 硬 直ー 

「──?! え?! ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれよ王! あ、あ、あたしに死ねっていってんのかそれ?! ご、後生だ、いや、後生です! 酒、酒だけは勘弁してくれよ! な、な? 頼むよ王様!」

 

 ぐったりとしたエレが、うつ伏せの状態から顔を動かし、横目で王の顔をうかがっていたのだが……それを見てニヤリとした笑みを浮かべたストラ王が、思いついたとばかりにそう宣告しする。

 

 そして……言われた言葉を吟味し、理解していくうちにその言葉の意味に絶句し、絶望し、顔を真っ青にしてあわててストラ王の足元にすがりつくエレ。

 

「ん~~~? なんか不敬な声が聞こえたような気がするのう? 弟も出来て、今回は何やら他国から友人を連れて帰ってきたお偉い【修練闘士(セヴァール)】様ともあろうものが、禁酒ごときで騒ぎ立てる訳はないじゃろうしのう~?」

 

「す、すいませんでしたーーーーー! 生意気やってすいませんでした! ごめんなさい! ですから禁酒だけはどうかご勘弁を~~~~!」

 

 そんなエレに見向きもせず、足元にすがりつくエレを引きずって耳穴をほじって息で拭きつつ、聞く耳持たんという態度で王座に歩き出すストラ王と、両足から手を放し、涙目で頭を石畳の地面に打ち付ける勢いで土下座を繰り返して許しを乞うエレ。

 

 ……実に国家最高戦力・【修練闘士(セヴァール)】の面目丸つぶれであった。

 

 しかし、そんな懇願も黙殺され、大量の請求書と共にこの第4条が付け足されてしまい、『借金を返すまでは禁酒』という項目が増えてしまったエレ。

 

 やけくそ気味にそれならばと『禁酒は明日から!』という無理やりなこじつけをして、城の帰りにツケがたまっているなじみの酒場で再びツケをして請求書を増やしつつ、強引に大きな酒瓶で酒を買い、荒れた様子で家に帰り、やけ酒を煽る事になったのである。

 

 自業自得とはいえ、大好きな酒が飲めなくなる事にリビングで愚痴をこぼし、ためてしまった大きすぎるツケの額に溜息をこぼし、『これでしばらくは呑めないのかぁ~』などとだらけながら酒を煽り、そんなエレに『自業自得だ』と頷くガウと、『ほんと、エレは仕方ないわね』と呆れるフォウリィー。

 

 そして、そんなエレの様子を見るに見かねたジンの─

 

ー請 求 計 算ー

「はぁ……しっかりしなよエレさん! もう……え~っと? ……うん、この額なら何とか払えるよ」 

 

「はぁ……って、え? なっ……なんだってーーーーー?! おいジン! 今! お前! 何て言った?!」

 

ー両 肩 掴 固ー

「あだだだ! ち、力強すぎ! 掴みすぎいいい!」

 

 その山のような請求書を【解析(アナライズ)】し、合計金額と自分の財布に入っている金額を見比べて、支払い可能である事を告げるジンと、その言葉に思わずジンに詰め寄り、その両肩を握りしめてガクガクとジンの体を揺らすエレ。

 

「ちょっとジン?! それは聖王女様に貰った大事な路銀じゃ─」

 

「だ、ダメだよジン! せっかくの機会なんだから、エレ姉に浪費癖を直してもらうんだから!」

 

「な?! ガウ、手前!」

 

 そんなジンを窘めるように、聖王女からの貰いものである事を強調するフォウリィーと、日ごろの自分を顧みる機会だからとジンに抗議するガウ。

 

 ジンの両肩を介抱し、借金の肩代わりをやめるように苦言するフォウリィーとガウの二人を、酒瓶を放り出して口元を抑え込み、ジンに支払いの件を再度確認するエレ。

 

 やがて溜息と共に自分の財布を持ってきたジンが、財布の中身をテーブルに広げて確認し、それを見たエレがキラキラと輝く笑顔でそれを素早い動きで財布に戻し、有無を言わさずジンに財布を持たせ、即座に小脇に抱え、ツケの請求書と一緒に酒場へとUターンを決め込んだのである。

 

 そんなエレとジンを慌ててフォウリィーとガウが追っかけていく中─

 

「──はい、これで全部、ですよね?」

 

「く、く~~~~! こ、これは夢か?! ツケが! あの【影技(シャドウ・スキル)】の膨大なツケが! 一括現金払いでなくなるだなんてっ!」

 

「へっへ~、どうだ! これでもう文句ねえだろ! これであたしの禁酒も避けれるな~♪」 

 

ー『お前は自分を顧みろ! 自重しろ! いや、むしろ自嘲すべきだ!』ー

 

「な?! て、手前等ああああ!」

 

 バン! と勢いよく扉を開け、酒場の一同とマスターが驚愕する中、エレにジンと請求書がマスターの前につきだされる。

 

 やがて、溜息と共に支払いを肩代わりすると……酒場のマスターが嬉泣きし、エレが酒が呑めると狂気乱舞する中、子供に借金を肩代わりさせるという、非常に情けない事態を起こしたエレに対し、酒場にいた一同が、自分の身を今一度考えろと非難の声をあげる。

 

 そして─

 

「……う、うう……エレ姉の馬鹿……!」

 

「……あれが【修練闘士(セヴァール)】……いえ、そうよね。【修練闘士(セヴァール)】だと思うから悪いのよ。エレ=ラグ個人だと思えば─……どの道駄目な大人よね、これ……」

 

 二人を追いかけて酒場に来たガウとフォウリィーの二人が、そんなエレのあまりにも情けない姿に目から汗をあふれさせ、崩れ落ちる事になる。

 

 やがて、復帰したガウとフォウリィーが調子に乗って再び酒を買いあさろうとするのを阻止し、酒場の中央で正座させるガウとフォウリィーの二人。

 

 ガミガミと正座で説教される【修練闘士(セヴァール)】という……非常に情けない姿に思わず目から汗を流す酒場の一同に苦笑しつつ、こうして禁酒が解禁されたエレは、翌日から上記の通りに元気に城へと勤める事になったのだった。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで現在に至り……エレが王城警護でいなくなった家に残るジン・ガウ・フォウリィーの三人は、リビングのテーブルに座り、お茶を飲みながらの話し合いをしていた。

 

「──さてと、これからどうようかしらね? ……まあ、大体やる事は決まっているのだけれど……。ねえ? ジン、まあ、その……あまり言いたくないのだけれど……この間のエレのツケで、路銀に頂いたお金もだいぶ減った……わよね?」

 

「…………うん。まあ……もうしばらくなら持つと思うけど……」

 

「ッ……ジン、ごめん、本当にごめんね、家のエレ姉がっ!」

ー平 身 低 頭ー

 

ー『……本当にガウ(君)は、よくできた弟だなあ(よねえ)……』ー

 

 三人で食事の後片付け等の家事を行った後、酒場でのエレの支払いの肩代わりにより、ジンの持っていた聖王女から頂いた路銀がごっそり減ってしまった事を、ためらいがちに再確認するフォウリィー。

 

 それにちょっと遠慮気味に答えるジンと、あの情けないエレの姿を見ていたガウが頭をこれでもかと下げて、ジンに心のこもった謝罪をする。

 

 それを見て、ガウの真摯さと純粋さ、そして生真面目さに感心しつつも、エレとのあまりの差に再び溜息をつく二人。

 

 持てる技能……家事や【呪符魔術士(スイレーム)】である事、薬に詳しい事等、自分達の出来る事を上げながらも、話し合う三人の出した結論は─

 

「じゃ、私は【仕事斡旋所(ギルド)】に行って手頃な依頼がないか探してくるわね? さすがにジンやガウの年齢じゃ、どんなに腕っ節が強くても依頼を受けれるかもわからないし」

 

「あ~、そっか。う~ん……それじゃあ俺は……うん。やっぱりクルダ周辺の森に足を運んで薬草とか、薬の材料になるものを探して薬師をやろうかな? それなりに実践もしたし、近所のおじちゃんおばちゃん達ぐらいなら治してあげられると思うし」

 

「あ、ジン! 森ならよく鍛錬と狩りとかでいくから、僕が案内するよ」

 

「お、そっか。じゃあ頼むなガウ!」

 

「うん! 任せてよ!」

 

 ……主にエレのせいで心もとなくなってしまった生活費・ジンのお小遣いを増やすため、そしてジンに対する借金を返済するためと、理由は違えと、各自仕事をする事にした三人。

 

 話し合いを元に、三人が三者三様、それぞれの仕事をするために散ってき─

 

「─ん、この依頼でお願いするわ」

 

「嗚呼、ありがとうございます、フォウリィーお姉さま!」

 

「……お願い、お姉さまはやめて頂戴……」

 

 ここは城と第二修練場の中間に位置する、【仕事斡旋所(ギルド)】クルダ支部。

 

 クルダの傭兵・【獣魔導士(ヒュレーム)】といった【闘士(ヴァール)】達が、日々の糧に、自分の腕試しに、一攫千金を目指し、仕事を求めて訪れる場である。

 

 仕事の内容は千差万別であり、小さいものは喧嘩の仲裁や採取といった雑務から、【獣魔捕人(セプティア)】のように獣魔の捕縛・討伐、もしくは戦争の戦力としての傭兵雇用までといった、依頼料もピンからキリであり、依頼難易度によっても変動があるという仕様になっている。

 

 そんな【仕事斡旋所(ギルド)】に、単身登録に入ったフォウリィーではあったが……初回は男所帯の場である事もあり、尚且つフォウリィーが美人である事もあって、【仕事斡旋所(ギルド)】兼任の酒場において荒くれ者共に絡まれる事もしばしばであった。

 

 事あるごとにそれをやんわりとかわし、ジン達の事もあり、出来るだけクルダ国内から出ていかないような、近場で済んで傭兵達が毛嫌いするような、雑用まがいのこまごまとした依頼をこなしていたフォウリィー。

 

 しかし、毎回かわされつつもそれを見ていたガラの悪い傭兵団の頭が、『そんな仕事をしなくても、俺のモノになれば不自由させねえぜ』などと肩に手を回してきた事によってついに我慢の限界を超えてしまう。

 

 その結果─

 

「や、やってしまったわ……」

 

「す、すごいですフォウリィーお姉さま!!」

 

 死屍累累と床に倒れ伏す傭兵団と、頭を抱えるフォウリィー。

 

 そしてフォウリィーの強さに目に星を浮かべ、頬を赤らめて感動する受付嬢。

 

 拍手喝采で称える【仕事斡旋所(ギルド)】員達の姿がそこにあった。

 

 そう……毎朝の修練における【流()法】、そしてジン達との手合わせを経たフォウリィーは、【呪符魔術士(スイレーム)】としてだけではなく、格闘技術も【修練闘士(セヴァール)】に迫るほどの実力をもっている訳であり─

 

 そんなフォウリィーに手を出したらどうなるかといえば……肩に手を回した瞬間、無意識で出てしまったフォウリィーの右アッパーにより、顎を砕かれて宙を舞う傭兵団・頭。

 

 呆然とする一味と【仕事斡旋所(ギルド)】員達の目の前で、我に返った傭兵達が『やりやがったなあ!』と言いつつ、一斉にフォウリィーに襲いかかる。

 

 【仕事斡旋所(ギルド)】職員達が、前々からガラが悪く、仕事も雑で目の上のたんこぶだったその傭兵団の行動に悲鳴を上げる中、完全に臨戦態勢へと入ったフォウリィーが襲いかかる傭兵達の勢いを利用し、カウンターを駆使してその顔面を、脇腹を、急所を拳で貫き、床に叩きつけ、意識を刈り取って転がしていく。

 

 やがて、その両手を叩いて溜息をつくフォウリィーの足元には、前述の通りに傭兵団の死屍累累な姿が転がる事となり、【仕事斡旋所(ギルド)】内での呼び名……『フォウリィー様』・『フォウリィーお姉様』という呼び名が確立することとなったのである。

 

 ジンが【魔導士(ラザレーム)】であり、各国の技術を身につけているという件もあり、『目立たないように』と言っていたのを聞いて、関係者である自分も目立たないようにと自重していたのではあるが……ものの見事にご破算になってしまった瞬間であった。

 

 ──尤もすでにジンがその愛らしさと可愛さでクルダ中に有名になっていたので、『目立たない』というのは初めから無理だったのは内緒ではあるが。 

 

 そのゴロツキ傭兵団を片付けた後も、その強さを鼻にかけることなく、相変わらず細々とした依頼を片付けるフォウリィーの存在は、毎回そういう仕事が嫌がられて仕事が溜まって困っていた【仕事斡旋所(ギルド)】にとっては得難いものであり、一攫千金を狙って大きな獲物・依頼を取る傭兵達との住み分けも出来ているという、【仕事斡旋所(ギルド)】的にも仕事の丁寧さと相まってフォウリィーの評価もウナギ登りになっていく。

 

 日に数件~数十件の依頼をこなすフォウリィーに対し、その腕前と仕事に対する真摯さから、指名制……フォウリィーの実力を見込んでの依頼が舞い込むようになっていくようになり、そのほとんどが、ある程度の実力を持たねばこなせない難しい依頼であり、難易度の割には依頼料が見合わないといった、傭兵達や【獣魔捕人(セプティア)】隊でも受けない依頼ではあったのだが……フォウリィーはそれを気にすることもなく、至極あっさりと依頼を受けてこなしていく。

 

 毎回申し訳なさそうな顔で依頼状をフォウリィーに回す受付嬢に苦笑しつつも、今日も緊急性の高い依頼を受けるフォウリィー。

 

 今回の緊急依頼の内容は、クルダ近くの村を襲った魔獣の捕獲・討伐。

 

 【黒狼(ブラック・ロア)】と呼ばれる、体長1.5mほどの大きさの獰猛な黒い毛皮の狼であり、10~30ほどの群れを作る事で有名な魔獣である。

 

 闇夜に溶け込み、森の中から獲物に襲い掛かる生粋の狩人であり、すでに村人や家畜に被害が出ている為、早急に対処する必要があるのだ。

 

 しかしながら、その数の多さ、そして連携の厄介さから、傭兵・【獣魔捕人(セプティア)】からも避けられる魔獣である。

 

 内容を密に確認し、ジン達に一度クルダを離れる旨を伝えた後、きちんと呪符を用意し、久しぶりに【呪符魔術士(スイレーム)】をしようと意気込むフォウリィー。

 

 【仕事斡旋所(ギルド)】から派遣された見極め役件・伝令・案内役の【仕事斡旋所(ギルド)】員に案内されて、被害のあった村へとたどり着き、聞き込みを行うと……その黒い毛皮と夜行性という習性から、夜間に村の家畜や、それを守護しようとするものを襲うとの事。

 

 近くの森に巣を作り、今現在は20匹ほどの中規模な群れになっているとのことを聞き、確実性を取る為に森を覆うように【結界】を張るフォウリィー。

 

 肩のホルダーから【結界】の呪符を複数枚発動させて森を外界と隔離し、獲物を一匹たりとも逃がさないようにと細工を施し、森の内側へと入り込み、設置型の呪符で罠を張り、用意周到に森の中へと足を踏み入れていく。 

 

 ──ほどなくして森の異変、そして自分達のテリトリーに入り込んだ獲物の気配に気がついた【黒狼(ブラック・ロア)】達は、唸り声をあげながら、獲物を狩る為にその行動を起こす。

 

 ──それが、自分達の最後になるのを知らずに。

 

「ん、来たわね。数も聞いた通り、か。さて─」

 

 やがて森の中心深くまでその足を踏み入れたフォウリィーの周囲を取り囲む、赤く爛々と光る眼。

 

 群れとして生息するため、互いに息の合った位置取り・連携・同時攻撃で相手を仕留める【黒狼(ブラック・ロア)】に囲まれて尚、余裕の表情を崩さないフォウリィーが、小さくつぶやきながら─ 

 

「──ただ自然界で獲物を獲り、生きていくだけならば問題なかったでしょうに……派手にやりすぎたわね? ご愁傷様。まあ、殺しはしないわ。生きたまま捕獲できれば報奨金に上乗せされるらしいしね」

 

 ゆっくりとその両手に呪符を構えるフォウリィーに対し、唸って威嚇しながら、フォウリィーの逃げ場をなくすように、時間差で襲い掛かる【黒狼(ブラック・ロア)】。

 

 しかし─

 

「─っと、さすが野生生物、動きが早いわね、でも……この程度でやられてあげる訳にはいかないわよ?」

ー虚 空 空 振ー 

 

 その連携攻撃の爪を、牙をあっさりと掻い潜り、すり抜け、その艶やかな黒髪をなびかせて攻撃を避けながらカウンター気味に次々に手持ちの呪符を【黒狼(ブラック・ロア)】に張り付けていくフォウリィー。

 

「フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザーが符に問う。答えよ。其は何ぞ!」

ー【発動】ー

 

 あるものは体に張り付けられた呪符を。

 

 あるものは設置型の呪符のエリアに足を踏み入れ─

 

❝『我は雷 白き雷』❞

ー【魔力文字変換】ー

 

 フォウリィーの魔力を受けた呪符が、その魔力文字を解放し、【黒狼(ブラック・ロア)】へとその威力を発揮する。

 

❝『雷撃となりて 貴公の敵を縛る者也』❞

ー【呪符覚醒】ー

 

ー『ギャオウン!?』ー

ー電 撃 結 界ー

 

 フォウリィーのお伺いに答え、発動された呪符が、【黒狼(ブラック・ロア)】を補足し、【雷撃】の結界で覆い尽くし、その体を電撃のダメージで絶えず痺れさせ、拘束していく。

 

 フォウリィーの強さに、野性的カンが働き、慌てて森の外に逃げようとする【黒狼(ブラック・ロア)】もいたのだが、それらもまた森を覆う【結界】に阻まれ、その手前に設置してあった呪符に捉えられていく。

 

「御苦労さまです! フォウリィーさん!」

 

「じゃ、後お願いね?」

 

「はっ! おい、お前等! さっさと積み込むぞ!」

 

ー『応!』ー

 

 やがて、この森の結界内に存在する獣魔をすべて捕縛し終えたフォウリィーが【仕事斡旋所(ギルド)】員へと連絡を取り、【雷撃】で痺れている間に拘束され、ビクビクと痙攣して地面に転がる獣魔達を荷車へと載せ、捕獲していく。

 

(……そうよね、こんな獣魔でも捕縛できる威力なのに……エレってば一体どういう体してるのかしら……)

 

 そんな背後では、鎖で荷台に括りつけられ、立派な荷物となった【黒狼(ブラック・ロア)】が複数の荷車に積み込まれており、その数と討伐&捕獲完了を確認した担当の【仕事斡旋所(ギルド)】員が、満足げな笑顔で依頼達成の報告書にサインをし、フォウリィーの依頼達成をほめたたえつつ、報告書を手渡す。

 

 やがて帰路につく【仕事斡旋所(ギルド)】員達と共にクルダへと戻る中、ついでだからとばかりに荷物運びの【仕事斡旋所(ギルド)】員達のキャラバンを護衛しつつ、クルダへの帰路につくと提案し、さらに喜ばれる事となる。

 

 アフターケアも万全なこの生来の真面目な性格通り、今回もきちんと依頼をこなし、着実にお金を稼いでいく彼女は─

 

(ま、これぐらいはしないと、ジンのお姉さんだなんて名乗れないのよね~……。最近じゃいいところも見せられていないし……ここはキチンとお姉さんとして、ジンにいいところを見せないとね♪ ……間違ってもエレのようにはなりたくないわ……)

 

 護衛として、周囲を警戒しつつも、姉としての威厳がガタ落ちのエレを思い起こしつつ、ジンにとってのいい姉であろうと固く決心していたのだった。

 

 

 

 

 

 一方、エレとフォウリィーと別れたジンとガウは─

 

「っと、この薬草は打ち身。こっちは切り傷。こっちのは丸薬にして内服薬として塗り薬と併用すれば相乗効果で早く傷が治るんだ」

 

「へ~~~!……ジンと一緒にこういう事をすると勉強になるなあ。僕とエレ姉の場合、軽い傷は唾付けとけば治るって言われてたし、酷い怪我の時は【呪符魔術士(スイレーム)】さんの呪符に頼ってたから─」

 

「あはははは……そっかそっかあ~。よ~し……エレさん後で【骨格強制】な♪」

 

「え?! ジン?! 黒い、黒いよ?!」

 

 ガウの案内でクルダ周囲の森や山へと足を運び、木々の木陰・水場周辺・岩場等、リキトア・キシュラナで培った経験と知識をもとに、使える薬草や薬剤調合で使う原料などを教えながら採取し続ける二人。

 

 その背には、この森に入った際に探し出し、ガウに教えてもらって採取した竹材や樹皮で丁寧に編み上げられた背負い籠を背負い、自然の素材を余すところなく使うカイラ達【牙】族の技術が生かされていた。

 

 ジンが【解析(アナライズ)】を駆使し、薬草・野草の生息場所を記憶しつつ、次回の採取のために少し残しておく事などをガウに教えながらも採取を続け……やがて籠の中に薬草を丁寧に重ね、痛まないようにしながらも籠一杯に薬草を摘んだ二人が自宅へと戻ってくる。

 

 リビングのテーブルに薬草を広げ、カイラに貰った調合道具一式を取り出し、ジンの助手としてガウがすり鉢で薬草をすりつぶし、それを使って薬を調合し、常備薬にして備蓄していくジン。

 

 解毒・熱さまし・傷薬等、用途ごとに備蓄され、液体・粒状・丸薬・塗り薬・張り薬等、その使用法も様々な薬が作られていく中─

 

「あら、おかえり、ジンちゃん、ガウちゃん。お仕事が終わったらお菓子を持ってきているから、おばあちゃんと一緒にお茶にしましょうね~?」

 

ー『は~い!』ー

 

 いくら並の人間や【闘士(ヴァール)】達よりも強いジン達といえど、年齢的には子供である。

 

 しっかりしていて家事も出来るのだが……やはり子供。

 

 それ故、心配してくれた近所の住人達が、それぞれ手が空いた時間に入れ替わりで二人の様子を見に来てくれるようになったのである。

 

 さらには、そうして様子を見に来た際、リュウマチなどの持病をジンが治した事で、『ジン(ちゃん)の薬は良く効く』という噂が口コミで広がるようになり……徐々にお客さんがやってくるようになっていく。

 

 さらには、エレの案内で第二修練場へと足を運んだ際……修練で怪我をした傭兵達を治した事が決定打となり─

 

「ウォォオオオイ! いるかあああ!」

 

「グォルボうっさいっ! え、ええと……ごめんねジンちゃん。悪いけどまた頼めるかい?」

 

「あらあら、今日も随分派手にやったわねえ。お客様よ~ジンちゃん」

 

「は~い、って、またなの?! グォルボさんにリムルさん! あれほど無茶な訓練はしないでってあれほど言ったのにい!! ああ~もう! ほら、横になって!」

 

ー『は、はい』ー

 

 今日も今日とて、過ぎた修練で打撃跡に切り傷で血塗れになったグォルボとリムルの二人が、エレの家・ジンの元へとやってくる。

 

 出会ったときより、その愛らしさに魅了され、しかも第二修練場での【呪符魔術士(スイレーム)】としての腕前、そして薬師としての腕前もあるというジンに、さらに惹きつけられた二人は事あるごとにジンの元を訪ねていたのである。

 

 怪我を見て心配する表情。

 

 無茶をしてと自分たちを怒る顔。

 

 自分たちが『ありがとう』とお礼を言った時の、はにかむような嬉しそうな顔。

 

 すべてにおいて『ご褒美です』状態な二人は、ジンの腕前の良さを他の傭兵達に口コミで広めつつも、自分達もジンに会う口実を作る為に、よりハードで危険な鍛錬を行うようになっていったのだ。 

 

 ……一度など、互いに【クルダ流交殺法】を用いて戦い、針千本のように【蛇蝎】を体中にさしたグォルボと、両腕が折れたリムルが運ばれて来て、泣きそうになりながら怒られ、萌て気絶した事もあったのである。

 

 他にもジンのファンになったという傭兵達が跡を絶たず、皮肉にもこれによって治療の腕前があがっていったのはいいことなのか悪いことなのか、理解に苦しむところだ。

 

 そんな日常を過ごす中、たまたま全員の仕事が同時刻に終わり、夕食が用意できていないといったある日。 

 

 玄関でばったりと一同が会し、エレが腹減ったと腹を鳴らして情けない声をあげるのを見て顔を見合わせ、それならばぱぱっと作っちゃおうと、ジンとフォウリィーがエプロンを身につけ、さっそくとばかりに夕食を作る為の準備に取りかかったのだが……何を作るにしても中途半端で、夕食のための食材が足りないという事に気がついた二人。

 

 う~んと顔を見合わせながら悩む二人ではあったが、やがてうんと頷いたフォウリィーがエプロンを外し─

 

「いいわ。私がぱぱっと買ってくるから、テーブルの上の薬草片づけちゃいなさい」

 

「うん、ありがと。フォウリィーさん」

 

「あ、僕も荷物持ちでいきます!」

 

「あら、助かるわガウ君」

 

 フォウリィーが食材を買いに行くと準備をし始め、それにガウが付き合って買い物に出かける中。

 

 先ほどまで治療に使っていたリビングのテーブルの上に広げていた薬草を片付けるジンを横目に、酒瓶を煽るエレ。

 

「──ねえ、エレさん」

 

「ん? どした? ジン」

 

「その……お兄さん……ディアス=ラグさんの治療に行かなくていいの?」

 

「──ッ!」

 

 久々にエレと二人きりという今の現状に、ジンはあるもので料理を作りつつも、以前から気になっていた事を、ためらいがちにエレに訪ねる事にしたのだ。

 

 それは……このクルダに来る目的となったものであり、エレの実兄にして、武具職人として名を馳せる、【闘士(ヴァール)】にして【字名】……【黒い翼(ブラック・ウィング)】を持つクルダ最強の【闘士(ヴァール)】・ディアス=ラグを治療するという目的。

 

 ジンの唐突な問いに、酒を楽しげに呑んでいたエレの表情が一瞬で真剣で悲痛なものへと変わり、息を飲をのんで言葉を詰まらせるが─ 

 

「──いや……いいんだ。あせったって兄貴が治る訳じゃねえ。それに今はあたし自身、謹慎で自由に動けねえしな。……そりゃ、欲を言えば……今すぐにでも兄貴を治療したい。助けてやりたい! でも……それを出来るのはあたしじゃないんだ。あたしは……助けたいと願っても……このあたしの握るこの拳が出来る事は……壊す事だけなんだ。そんなあたしが、今のあたしが兄貴にしてやれることは……いざという時に、この身を呈して命をかけて守る事だけなんだ……」

 

「──……」

 

 自分の中に渦巻く様々な気持ちを落ち着けるように目を閉じて、料理をするジンの背中に言葉を投げかけるエレ。

 

 その言葉を無言で聞くジンに、自分が感じていた気持ちを吐露しつつ、酒瓶の中に視線を落とす。

 

「──せめて、それだけは、兄貴の代わりに強く、兄貴を守れるぐらい強く、と思い、いろんな無茶もやり、今回は決まりを破ってまで国を出て武者修行をした訳だが……【修練闘士(セヴァール)】としても、この国に住む者としても、正直今回の事は褒められた事じゃねえ。……お前が止めてくれなかったら、もしかしたらあたしも……いや、クルダという国の存続すらあやぶまれていただろうからな。我ながら、見境も考えも無さすぎた」

 

「まあ、ね」

 

 自嘲を浮かべ、頭を書きながらも酒を口に含み、呼気を吐き出すエレと、それに同意するジン。

 

 『いや~、失敗したぜ~』などとおどけつつも、自分を省みて反省の色を出している点、よほど城でこってりと絞られているようである。

 

 しばし、トントンという、ジンの調理音と、町の活気ある声のみが聞こえるリビング。

 

「でもさ─」

 

「?」

 

 不意に、思い出したかのようにそう言葉をこぼすエレが、照れくさそうに言葉を続ける。 

 

「……そのおかげで……あたしはお前ら……フォウリィーとジンっていう……その、かけがえのない『友』を得られたんだ。そして尚且つ……お前っていう、ジンっていう、皆が匙を投げた兄貴を、兄貴の体を治せるかもしれない唯一の希望を見つける事が出来たんだ。だから……反省はしてるが、あたしに後悔はねえ。そして……そのお前が……兄貴を診てくれるって約束してくれた。『目立ちたくない』と、封印しているその【魔導士(ラザレーム)】の力まで使って、兄貴を診てくれるって言ってくれたんだ。だからあたしは……その約束を信じる。ジンっていう……『友』の言葉を信じてるんだ。だから兄貴の件に関しては……お前が……お前が出来ると思ったときに、あたしに声をかけてくればいい。──傭兵の傷や、近場の人の病を治し、実益と経験を重ねている……お前が、出来るといえる……その時を……あたしは、信じて……待つ」

 

「……そっか」 

 

「─ああ」

 

 酒瓶を揺らし、酒の中身を確認した後、自分の思いを吐露する長い言葉を口にして再び酒瓶を煽るエレ。

 

 無言で静かにエレの独白を聞いていたジンが、エレに背を向けて料理をしつつも、自分を信用・信頼する言葉を聞き、その口元に笑みを浮かべる。

 

 二人の間に優しく静かな時間が流れ、在りあわせの材料で、エレの為に作り上げた酒の肴をそっとテーブルの上に乗せると、それに歓喜して酒と肴を楽しむエレ。 

 

 それはフォウリィーとガウが戻った後でも変わらず……何かを察しつつも声をかけず、ただ温かい雰囲気があるリビングで、本当に家族のようなひと時を過ごす一同であった。

 

 

 

 

 

 そんなありふれた日常を送るジン達。

 

 そして、その日は……エレが帰りが遅くなるとのことで、差し入れに夕食を持って行ってあげようと、気を利かせた日であった。

 

 自分たちの仕事も終わり、鼻歌交じりで夕食と、弁当を作り上げたジンとフォウリィー。

 

 三人でのおいしい食事を食べ終えた後、誰が弁当を持っていくかという話になり─

 

「あ、ジン。お弁当は僕が持って行くよ」

 

「ん、そっか? 特にこの後用事もないし……俺が行こうかと思ってたんだけど。なんなら一緒にいくか?」

 

「え、いいの?!」

 

「あら、私は誘ってくれないのかしら?」

 

「え? フォウリィーさんもいいの?」

 

「もちろんよ。ここ最近忙しかったし、大人の私がいれば夜の散歩もいいかもしれないわね。みんなで王城のエレをからかいにいきましょっか♪」

 

ー『賛成ー!!』ー

 

 王城を遠くから眺めた事はあっても、中に入ったことはないという事で、エレにお弁当を届けに行ったついでに王城の中を見に行こうと、ピクニック風味で家を出た三人。

 

「おう! ジンじゃねえか! 家族と出かけんのか? 家は見といてやるから、気ぃつけてなあ!」

 

「おや、みんなでお出かけかい? まあ、フォウリィーちゃんがいるから大丈夫だけれど、酔っ払いには気をつけるんだよ~」

 

「は~い! ちょっといってきま~す!」

 

「すみません、家のほうをお願いしますね?」

 

「行ってきます!」

 

 お弁当を持ち、仲良く家から出てきた三人を見て、隣のおばあちゃんや、八百屋のおっちゃんが温かい言葉をかけてくれる中、自然と笑顔になって顔を見合わせる三人。

 

 すっかりなじんだ町の人々とのふれあいは楽しいものであり、笑顔で町の人たちに答えながら、ガウがバスケットを揺らさないようにと絶妙なボディーバランスでかばっているのを見て、不確定要素で不意にぶつかり、バスケットの中のお弁当がぐちゃぐちゃになるのを避けるため、商店街のメインストリートを避けて、裏手の通路へと足を向けていく。

 

 やがて、徐々に商店街の喧騒が遠ざかり、人々の生活音が遠くに聞こえるほどの裏通り……エレがグォルボに担がれ、通り抜けたあの通りへと出るのだが─

 

 この裏通りと呼ばれる街道こそ、クルダが傭兵王国といわれる所以。

 

 日々、その強さを、腕を競う【闘士(ヴァール)】達の怒号や打撃音が響く、最三修練場・第二修練場から王城までを続く動線である、通称【闘士(ヴァール)】通り】と呼ばれる通りであった。 

 

 その激しく過ぎた訓練から、怪我人が続出するのも当たり前。

 

 場合によっては喧嘩から【真剣勝負(セメント)】という決闘へと発展することもあるという、荒くれどもの御用達の街道である。  

 

 ある意味、商店街とはまた別の、騒がしさやにぎやかさがある通りなのではあるが……。

 

ー静 寂 遠 音ー

「……ジン?」

 

「うん、おかしい。どうしてこんなに……静か(・・)なんだ?」

 

「……おかしいね……」

 

 しかし、三人がたどり着いたその裏通りは人通りがまったくなく、いつもの喧嘩から発展し、決闘する声も。

 

 相手を罵倒しまた見習を叱咤する【闘士(ヴァール)】の声も。

 

 自らを高める為に手合わせをし、組み手をし、互いの肉体を殴打する肉の弾ける音も、自己を練磨し、修練を積む掛け声も。

 

 日常的に聞こえるはずの音は何一つ聞こえず、今この通りに聞こえる音は、遠くから聞こえる街の喧騒だけだったのだ。

 

 本来ありえないようなこの異常事態に、自然と顔の表情を曇らせ、自分達の感じた嫌な予感に従って慎重に、しかし、足早に気配感知を範囲を広げつつ、王城への道のりを進む三人。

 

 やがて……そんな三人の嫌な予感は、現実なものとなる。 

 

ー死 屍 累 累ー

「ぐ……ごほっ」

 

「ぐ、あ……あ……」

 

「ぢ……ぢぐしょう……」

 

ー『──ッ!!!』ー

 

 目の前に広がるのは……まさに惨劇。

 

 凄まじい破壊が振り撒かれ、屈強で革鎧や金属鎧を見に纏った傭兵・兵士と思わしきクルダの【闘士(ヴァール)】達が、その体を折り曲げ、血を吐き、死屍累累に体を地面に横たえる姿がそこに広がっていたのだ。  

 

「ひ、ひどい……!」

 

「?! だ、大丈夫ですか?!」 

 

「これは……一体」

 

 思わず息を飲み一瞬呆然となるものの、倒れ伏す怪我人達にはっとして駆け寄る三人。

 

 口から血を吐き出す傭兵の軌道を確保しようとするガウとフォウリィーの横で、傭兵の体に【解析(アナライズ)】をかけて怪我の原因を探るジン。

 

 そんな【解析(アナライズ)】結果の中から、最も酷い怪我である腹部の打撃痕に意識を奪われるジン。

 

 それは体を貫くほどの勢いで深く突き刺さった拳大の打撃痕であり、骨を粉砕し、肉を潰し、致命的なダメージを与えていた。

 

 ……それが一般人、普通の人たちであればジンもそこまでは気にしなかっただろう。

 

 しかし……その一撃で沈んだのは、このクルダの傭兵。

 

 ─一騎当千と謳われ、受けた依頼は必ず遂行するという【闘士(ヴァール)】達なのである。

 

 フォウリィーですらその力を利用し、急所や意識を刈り取る事で倒していたのを、真正面から鍛え抜かれた体ごと粉砕するその攻撃力。

 

 一般人や、ただの兵士など歯牙にもかけないはずの【闘士(ヴァール)】達を、鎧袖一触する実力者が敵であるという事を示していた。

 

 思わず戦慄するジンの目の前で─

 

ー吐 血 流 溜ー

「ゴホッ、ゴホッ」

 

「まずいわ、ジン!」

 

「うん!」

 

 青い顔で吐血をする傭兵に我に返るジンが、フォウリィーの必死な声に促され、シンクロするように呪符を構える。

 

「フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザーが」

「ジン=ソウエンが」

『符に問う! 答えよ! 其は何ぞ!』

 

ー【発動】ー

❝『我は水 命の水』❞

 

 二人のお伺いを受けて、ポーチから抜き放たれた複数の呪符が傭兵達の上に舞い踊る。

 

ー【魔力文字変換】ー

❝『傷を癒し 命の流れを繋ぐ者也』❞

 

 狙いを定めたように【闘士(ヴァール)】達の上空へと散らばり、滞空し、その【魔力文字】を解放する【治癒】の呪符。

 

ー【呪符覚醒】ー

ー治 癒 傷 塞ー

 

 一斉同時起動した呪符がその力を解放して傷を癒し、傭兵達の失われていく命を繋ぎ、傷を塞ぎ、重要個所の止血を行い、かろうじて瀕死状態から重傷状態へと、その怪我を癒していく。

 

「ガウ君、さすがに私はそんな広範囲に呪符を発動できないわ。怪我人をここに運んで頂戴!」

 

「はい、フォウリィーさん!」

 

「フォウリィーさん、これは俺でもちょっとキツイよ! なんとかならない?!」

 

「そうね……うん、【仕事斡旋所(ギルド)】を使いましょう! 確かあそこには【仕事斡旋所(ギルド)】専属の治癒呪符師も居るはずだし!」 

 

 戦場の病院の如く、倒れ伏した傭兵達に呪符を発動させて治療し、その命を繋いでいく二人が息のあった動きで治療する中、ガウが両肩に重傷者を背負って二人の元に運び、その治療の効率化を図る。

 

 しかしながら、あまりにも多い怪我人の数に、これでは手が足りないと感じたジンがフォウリィーに相談し、フォウリィーが自分の詰める【仕事斡旋所(ギルド)】へ救援を求める為に、連絡用の【伝光】……照明弾の呪符を使用して【仕事斡旋所(ギルド)】に合図を送る。

 

 それを見届けつつも、呪符を再び追加する中、ふと王城へとい続く街道を横目で見るジン。

 

 王城へと真っ直ぐ進んでいたまだ見ぬその暴威は、真っ直ぐ王城へと足を向けていたようだが……なぜか唐突にその歩を曲げ、第二修練場へと足を運んだようであり、第二修練場の入り口にめり込む痛々しい衛兵の姿が、それを現していた。

 

「……多すぎるわね……【仕事斡旋所(ギルド)】員が来るまではまだ時間がかかるわ。ジン、呪符のほうはまだ余裕があるかしら?」

 

「──うん、最近治療師をしてたから、治療系の呪符だけならまだあるけど──?!」

 

 フォウリィーに声をかけられ、呪符を起動させながらも呪符の残りを確認するジン。

 

 まだポーチに残っている呪符をフォウリィーに見せて頷き合う中、崩れた第二修練場入口から魔力を纏ってこちらにやってくる気配を察知したジンが、警戒の色を強める。

 

 治療呪符の発動はそのままに、まるで這うような速度で近づいてくる気配をいぶかしげに感じ取っていると─

 

ー吐 血 吐 瀉ー

「ぐ……ごぁあ」

 

「!!」 

 

 唐突にジンの目の前で呪符の力が霧散し、吐血して膝をつく黒尽くめの男の姿。

 

 脇腹を押えながら吐血を繰り返しつつ、地面に血だまりを作るその男は、青い顔をしながらもジンの腕を掴み、必死の形相でこう訴えたのである。

 

『敵襲! 第二修練場の【闘士(ヴァール)】も全滅! 敵の目標は『王の首』。敵の正体は……我らが、クルダが誇る力の象徴、【修練闘士(セヴァール)】である』と。

 

 うわごとのようにそう告げ、【呪符魔術士(スイレーム)】であろう黒尽くめの男性が、その場に崩れ落ちる。

 

 戦慄と共に絶句する三人が思わず茫然とする中、思考をフル回転させて事態の打開をしようとするジン。

 

 今の話で掴んだ内容は、大きく分けて三つ。

 

 賊である敵……【修練闘士(セヴァール)】が未だに第二修練場にいる事。

 

 その賊に倒された傭兵達が、外にいた傭兵達と同じく、重傷である事。

 

 そして、その賊は……クルダの頂点、クルダ王・イバ=ストラの命を狙っている事。

 

(なら、俺が今やらなければならない事は─) 

 

 それらの情報を統合し、答えを導き出すジンが─

 

「──ガウ。ガウ! 緊急事態だ! 国家最強戦力! 敵と同列の強さを持つもの、【修練闘士(セヴァール)】を……エレさんを! そして王に、王城に危機を伝えて!」

 

「ッ!? う、うん! わかった!」

ー黒 影 疾 風ー

 

 茫然としたままだったガウを叱責して正気に戻し、王城へこの危機を知らせ、救援を求めるようにと伝令に向かわせようとするジンと、その言葉でジンの顔を見て真剣な表情で頷き、幼少時より鍛え上げた脚力で、まるで黒い風のように、あっという間に王城へと駆けだしていく姿を見届け─

 

「──頼んだぞ、ガウ」

 

 その背に言葉を投げかけたジンが、目の前に崩れ落ちた【呪符魔術士(スイレーム)】の男に【治癒】の呪符を発動させ、重傷状態を脱するまでに回復させる。

 

「……ジン?」

 

「──……」

 

 じっと第二修練場を見つめるそんなジンの様子を感じ取り、治療呪符を使いながらも訝しげにその背を見つめるフォウリィーが、ジンの背に声をかけるが、それに無言で答え─

 

「?! ま、待ちなさいジン! 相手は【修練闘士(セヴァール)】! 少なくともエレと同じ強さを持つ相手なのよ?! せめてエレの到着を!」

 

「──それじゃ間に合わないんです。フォウリィーさん。このクラスの怪我人が、第二修練場にいる。今助けないと助からない命が、そこにあるんです。それに……その中には多分、リムルさんとグォルボさんもいる。まったく……あれほど無茶しないでって口をすっぱくしていったのに……」

 

「ッ──!!!」

 

 背を向けたままのジンが肩越しにフォウリィーに振り返り、場にそぐわないほどに優しい笑顔を浮かべつつ、呆れたような声色で言葉を返す。 

 

 ──しかし、その優しい笑顔の裏に秘められたものは……覚悟。

 

 第二修練場の傭兵達の命を助けるという、覚悟。

 

 そして……最悪、【修練闘士(セヴァール)】と一線を交えるという覚悟である。

 

 笑っていない真剣な目の奥に、確固とした光を宿し、ジンはその歩みを速めていく。 

 

 それを感じ取ったフォウリィーが息を飲み、ジンを止めようと伸ばした手が、宙をさまよう。

 

 中に入った瞬間、呪符を発動できるようにと、全身に魔力を流動させるジンの蒼い髪が、月光に燃えるように映え、夜を切り裂く一筋の風となる。

 

「じゃあ……往ってきます、フォウリィーさん」

 

「ジ、ジン!」

ー蒼 炎 疾 閃ー

 

 そう言葉を残し、第二修練場へと突入していくジン。

 

 焦ったように声をかけるフォウリィーの声を背に、ジンは戦場となっている第二修練場……死地へと向かったのだった。  

 

「ゴホ、ば、馬鹿な! な、なぜ止めない?! あの中は間違いなく死地! あんな子供が何を─」

 

「──いいえ、ジンがああいったのなら……中はジンに任せるわ。私は……出来るだけ早く外の人たちを治療して、中へ手伝いにいく。……今の私にできるのは、ジンを信じて、出来るだけ早く自分の仕事をする事だけよ」

 

「なっ……貴公……!? ……いや……すまん」

 

 治療されている間、見惚れて声を出せなかった【呪符魔術士(スイレーム)】の男が、あまりにも急展開で止められなかった慌ててジンを制止するようにフォウリィーに呼び掛けるも、第二修練場に背を向けて、治療の為の呪符を起動させるフォウリィー。

 

 それに驚愕し、自分を治療しようとするフォウリィーの手を掴む【呪符魔術士(スイレーム)】の男ではあったが……血が滲むほど、唇をかみしめ、拳を真っ白になるまで握りしめるフォウリィーの姿に息をのむ。

 

(ジン、信じているわ。だから……生きて帰らないと……許さないから!)

 

 やがて、髪を振りかざし、視線をその黒髪で覆い隠すかのように呪符を展開し、扇状に両手に呪符を発動させるフォウリィー。

 

 覚悟を決めたジンを止められなかった自分を責めながらも、少しでも早くジンの後を追い、ジンの身の安全を確実にするため……全力を持って【治癒】の呪符を発動させるのだった。 

      

 

 

 

 

 そして……第二修練場の内情を少し遡り─

 

「はぁああ!」

「せいぃ!」

「えりゃあああ!」 

ー気 合 殴 打ー

 

 第二修練場の修練の要たる中庭。

 

 周囲を城壁のように囲む二階建ての頑丈な壁に包まれる中庭に並んで突き刺さる、鉄鎧を着込んだ案山子が杭として打ちつけられ、それを殴って自らの技を、力を鍛錬をする傭兵達の気合いの籠った声が響く中庭。

 

「ウォラアアアア!」

「ぐ、ぐおあああああ!」

「ぬがああああ?!」

 

ー豪 拳 殴 打ー

 

 そんな傭兵達の中から、頭一つ飛びぬけた巨体が相対する二人の傭兵と拳を交わす。

 

 その巨体を打つ崩さんと、足払いと顎を狙う二人ではあったが、その攻撃を受けてなおびくともせず、その二人を巨大な豪腕で吹き飛ばす巨体の男。

 

「うおお、すげえ、ありゃ誰だ!」

 

「やりがやる……」

 

 その様子を見ていた鍛錬中の傭兵達が、吹き飛ばされてきた傭兵にぶつからないように避けつつ、その一撃に感嘆の声をあげる。

 

「誰だ、だとう? この俺様を知らないってのか! この豪拳を! 豪腕を振う俺様を! いいか、よ~~く覚えておけ! 俺様の名はグォルボ=ダイン! この両腕の表技で、力で! いずれ【修練闘士(セヴァール)】となる男だぁ!」

 

ー『お、おお~!』ー

 

 自らの豪腕に力瘤を作りポージングをしながら、豪快に笑って自分を知らないと言っていた傭兵に向き直り、名乗りをあげるのは……グォルボ=ダイン。

 

「──この馬鹿! 気合いが入っているのはいいけど、余計な怪我人を作るんじゃないよ!」

ー刺 飛 四 連ー

「グォォオオオウ!?」

 

 二人の傭兵を吹き飛ばして自慢げなグォルボではあったが、そんなグォルボに怒りの声と共に投げつけられる四本の短剣。

 

 それは真っ直ぐグォルボの顔面へと迫り、ぎょっとした表情で冷や汗を浮かべながら体をそらし、どうにかそれを避ける。

 

 すると、それらは案山子にさくっと突き刺さる。

 

「す、すげえ! 鉄の鎧に、しかも一ヶ所に四本のナイフをつきたてるだなんて……!」

 

「ウォォォオオオイ! 何をしやがるっ! 殺す気かぁリムルっ!」

 

「それはこっちの台詞だよ! ジンちゃんに『あんまり自分にも、他人にも無理させすぎないでね?』って言われてただろう! どんだけ怪我人作る気だい!」

 

「うぐ?! ぐ、ぐぉおおおう」

 

「いや、俺達は」

 

「むしろグッジョブ!」

 

「あんた達は黙っておきなっ! それとも斬られて冷たい土の下に埋まりたいのかい?!」

 

ー『……すいませんっしたーーー!』ー

 

 豪快に傭兵を吹き飛ばすグォルボに【蛇蝎】による突っ込みを入れて叱責するのは……エレの親友にして【クルダ流交殺法】・【剣技】の使い手、リムル=ファルナス。

 

 エレを王城に連れて行ったあの日以降、初見で見惚れたジンにいかにもう一度会いに行くかを悶々と考えて修練している中、エレに連れられて第二修練場に顔を出したジンに驚き、見惚れ、思わず手加減を忘れて修練相手に怪我をさせてしまった二人ではあったが、それをジンが【呪符魔術士(スイレーム)】としての腕を発揮し、治療したことでジンの名と腕が傭兵内に広まり、尚且つジンが治療師としての活動をしているという事を知り、それ以降、毎日詰めかける切っ掛けとなったのである。

 

 その後は、前述の通りに、思い切り怪我をしてジンの元を訪れては怒られたり心配されたりしつつ、常連となっていた訳だが……あまりにも間隔が短く、大怪我をする事でジンに本気で怒られ、さすがにやりすぎたと反省をし、自重をすることにした二人だったが……調子に乗りやすいグォルボは、時折それを忘れて拳を振うこともしばしばであり、なし崩し的にリムルがグォルボのお目付役的立場になってしまったのである。

 

 いつも通りの二人のやり取りに、周囲がはやし立てる中、恫喝ともいえる叫び声で散らせるリムル。

 

 何とも言えない顔で縮こまるグォルボの胸板を裏拳で叩くリムルが、ため息混じりに言葉をこぼす。

 

「──焦ったって差は縮まらないよグォルボ。あたしたちは、あたしたちで出来る修練をするしかないのさ」

 

「ぬ、ぐう……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔でリムルの声に背を向け、案山子と相対して拳を構え、打ち込みを始めるグォルボ。

 

 急に雰囲気が変わったグォルボに、一体何事かと周囲の傭兵が尋ねる中─

 

「──まあ、ちょっと、ね。このクルダにいる【闘士(ヴァール)】の中で、もっとも若く、そして最も【修練闘士(セヴァール)】に近い……そんな存在が現れてね。その力を間近で見てしまったのさ。……自分たちよりも若いのに、自分達よりも高みにいる。だから……そんなあの子に一刻も早く追いつきたいのさ」

 

ー刺 突 投 剣ー 

 

 その言葉に答えながら、【蛇蝎】の刃を出し、グォルボの横に立って案山子めがけて投げつけるリムル。

 

 あの日。

 

 グォルボとリムルが抑えつけ、動けず油断していたとはいえ……この国の最高の力の象徴、【修練闘士(セヴァール)】たるエレを一撃で昏倒させた力とスピードの籠ったジンの拳。

 

 その場で、リムルとグォルボは引き攣った顔でその拳を称えたものの─

 

(……あの拳……夜だからなんていう言い訳じゃなく……【闘士(ヴァール)】であるこの私が、目で追えなかった)

 

(この俺様のパワーを上回るあのエレ=ラグを、ただの一撃で仕留めるパワー。俺様は……まだまだ甘い!)

 

 その後、王城にエレを連れて行き、王直々の依頼を達成した二人ではあったが……依頼を達成した喜びは薄く、ジンのあの動きを思い出すと、自らの至らなさに自らを省みる二人。

 

 それ以降、いつにもなく熱の入った鍛錬を行い、切磋琢磨するようになった二人であった。

 

 【闘士(ヴァール)】の中でも実力者であるその二人の様子に、この二人が認める存在とは一体誰なのかとどよめく周囲の傭兵達の言葉を聞きつつも、鍛錬に集中していたのだが─

 

「──聞いた事がある。【治癒】呪符を扱う凄腕の【呪符魔術士(スイレーム)】にして、並の【闘士(ヴァール)】を寄せ付けぬ力を持った、蒼い髪の幼子がいると。……どうやらあの【影技(シャドウ・スキル)】の関係者らしいとも、な」

 

「おい、それってまさか……」

「いや、しかし……」

「でもよお、その条件だと─」

 

 そんなリムルの言葉に反応し、補足説明を行うかのように語りだすのは……先程まで第二修練場の壁を背に、目をつぶっていた男。

 

 黒づくめの動きやすい服に、肩当てをつけた軽装、短い黒髪で、襟首の後ろ髪だけを長くのばして束ね、引き締まった痩身を持つ者だった。

 

 そんな補足説明に、心当たりのある傭兵達が騒ぎだし、場が騒然とする中─

 

「──手前……何者だ?」

 

「──あんた……まさかあの子の首を獲るだなんて……考えてるんじゃないだろうね?」

 

 その話を聞いたグォルボとリムルの二人が、自らの鍛錬を中止し、その男を振り返って警戒を持って睨みつける。

 

「まさか。現段階で狩る理由も理屈も存在しまい。いかに強くとも所詮は子供。──しかしながら……いずれ成長して名をあげ、腕をあげれば……俺の名をあげる糧となる。そうなれば……その限りではないが……な!」

ー風 刃 斬 撃ー

 

ー『ッ!!!』ー

 

 呆れたように手をあげ、睨みつける二人の言葉を嘲笑を持って跳ねのける男が、ゆっくりと歩を進めながら案山子の前に立ち、言葉を続けつつもその腕を振りぬく。

 

 するとその腕の軌跡に沿うように、風の刃が案山子を捉え、鉄鎧の表面を削り切ってガタガタと震わせ、その速度と威力に周囲が息をのむ。

 

 しかし、その男の言葉は─

 

「そう……それはいずれ、あの子を狙うって宣言しているような……もんじゃないのさッ!!」

ー刺 突 投 剣ー

 

「っ?!」

 

 【刃拳(ハーケン)】のような風の刃を生み出したその一撃に、その男の本気を感じたリムルが、剣呑な雰囲気で【蛇蝎】を投げつける。

 

 しかし、男は寸前のところでその頬を掠める程度で避けられてしまい─ 

 

「ゥオラァアア!」

❛【刃拳(ハーケン)】❜

ー風 刃 斬 撃ー

 

「つぇい!」

ー対 消 滅 風ー

 

 それに続くように、巨漢のグォルボが間合いを詰めつつ放つ【刃拳(ハーケン)】が男を切り裂かんと迫るものの、それに対応するように男が大きく手を逆風から振りぬくと同時に、同じく発生した風の刃がそれを相殺させて消滅させる。

 

「──貴公等、一体何の真似だ?」

 

「何の……だって? 私は……エレの友達だ! そのエレの弟分であるあの子を害そうっていうあんたがいるんだ。……私があんたを倒す理由は……それで十分だろう?」  

 

「これは豪快に灸を据えてやらんといかんだろうぅ? なあ、優男ォ!」

 

 その両手に【蛇蝎】を構え、臨戦態勢をとるリムルと、拳を握り、ボキボキと鳴らしながら男を見下ろして凶悪な笑みを浮かべる。

 

「──ふん、いいだろう。どうせ貴公等と俺の意見は交わらぬ。ならば……我らクルダの【闘士(ヴァール)】が、優劣をつける方法はただ一つ」

 

「己が力を─」

 

「その拳で示すだけよぉ! うぉるああああ!」

❛【滅刺(メイス)】❜

ー豪 拳 殴 打ー

 

「フッ!」

 

 それでも尚、その顔にニヒルな笑みを浮かべる男に対し、その巨体から振り下ろす【滅刺(メイス)】の一撃を繰り出すグォルボ。

 

 その破壊力を想像させるような拳圧が男を襲うが、それを避けると同時に左手を振う男。 

 

 それは、横からグォルボの腕を逆風に一閃するように動き─

 

「馬鹿グォルボ! ただ考えなしに突っ込めばいいってもんじゃないだろ?! 相手の手の内を知りな!」

 

ー対 消 滅 風ー

 

 それを横合いから、グォルボの腕の下を掻い潜ったリムルが【蛇蝎】を唐竹に振って切り裂き、剣閃がぶつかって風の刃が弾ける。

 

「ッ! ぐぬう」

 

「まったく。しかし……あの腕の動き……速度。【刃拳(ハーケン)】じゃないね。あんた……掌で呪符を隠してお伺いを【詠唱破棄】する……【呪符魔術士(スイレーム)】だろう?」

 

「ほう! 見破ったか。大抵は【クルダ流交殺法】・【表技】と勘違いしてくれるのだがな」

 

 そうリムルに指摘され、ニヤリとした笑みを浮かべ、手品の種を教えるかのように、掌から指先へと呪符を持ち変え、呪符を構える【呪符魔術士(スイレーム)】の男。

 

「──未だ【字名】を持つことすら許されぬ身ではあるが……名乗ろう。俺の名はコア=イクス。【呪符魔術士(スイレーム)】であるこの身で名をあげ、【字名】を得て、いずれこのクルダ最強にして最恐たる【修練闘士(セヴァール)】を破り、最強の名を得るものだ」

 

「──【クルダ流交殺法】・【剣技】の使い手。リムル=ファルナス」

 

「俺様はこの拳で、最強の【修練闘士(セヴァール)】の座を掴み取る者! グォルボ=ダイン様だぁ!」

 

 コア=イクス・リムル・グォルボが三者三様に構え、臨戦態勢を取って睨み会う中、周囲のボルテージもまた上がり、こういう【真剣勝負(セメント)】にありがちな賭けごとが始まり、各オッズが出そろう。

 

 三人……厳密にいえばニ対一のような様相を呈する場ではあるが、三人の闘気が高まり、弾け、互いの初撃がまさに繰り出されようとする緊張感の中。 

 

「──最強、最強か。気に入らない(・・・・・・)な、その呼び名」

 

ー人 弾 跳 飛ー

「──が、ごああああああ!!」

ー『ッ!?!?』ー

 

 そんなボルテージのあがる第二修練場に、酷く通る声が響き渡る。

 

 ──それは周囲の者たちから言葉を奪うほどの圧倒的な狂気と殺気。

 

 まるで獣のような好戦的な殺意をもって発せられた言葉であり─  

 

 その殺気と言葉がこの場に響いた瞬間、対峙していたコア=イクス・グォルボ・リムルの間を、まるでボールの如き気やすさで吹き飛ばされ、その闘いを中断させて地面にバウンドし、赤い筋を作りながら飛んでいく……傭兵の姿。

 

「──誰だい、あんた」

 

「勝負の邪魔をするとは……随分と無粋だなぁ、おい!」

 

「!? ば、馬鹿な……そんなまさか?!」 

 

 第二修練場入口近くの傭兵を一撃で戦闘不能にした金髪の男が、その顔に凶悪な笑みを浮かべて暗がりから現れ、やがて月光照らす修練場へと姿を現す。

 

 金髪が月光を反射し、笑みを浮かべる表情と瞳には狂気を。

 

 その鍛え上げた肉体が、その狂気を込めた意思が、確固たるものとしてそこに存在していた。

 

 コア=イクス・リムル・グォルボ達が向ける殺気や闘気を一身に受けて尚、その表情を崩すことなく、余裕を持ってその歩みを揺るぎのないものとして、ゆっくりと向かってくるのである。

 

 最大の警戒を持ってその姿を見ていた傭兵達ではあったが……その中でも【呪符魔術士(スイレーム)】・コア=イクスが、その外見に心当たりがあったのか息をのみ─

 

「……まさか、馬鹿な! いきなり貴公と出会う事になろうとは!」

 

「ほう? さすがに【修練闘士(セヴァール)】を殺って【字名】を得ると言っていたのは伊達ではないか。俺が誰か……知っているようだな?」

 

 臨戦態勢を取りながらも、コア=イクスの額から冷や汗が滴り落ちるのを見て、対峙していた二人も目の前の敵の異常さに冷や汗をかき、周囲の傭兵は警戒心と危機感に足がすくみ、恐怖に縛られていた。

 

 そんな傭兵達の目の前で止まり、そのゆがんだ笑みを絶やす事なく、外套の中からゆっくりと左手を持ち上げる金髪の男。

 

 やがて、その手の甲をリムル達に向けるように自らの前へとかざし、月光にさらすと─

 

ー月 下 印 晒ー

「──馬鹿な、その手の、それ、は─」

 

「【(シンボル)】! 【修練闘士(セヴァール)】の、【(シンボル)】!」

 

「そうだ……! 貴公達が誰何し、俺達が今対峙しているのは……このクルダ最強の【力】の一角!」

 

 その手の甲に刻まれた【(シンボル)】が、月光の中に浮かび上がる。

 

 それは……【修練闘士(セヴァール)】の体に刻まれる……クルダの【(シンボル)】であり、つまり目の前のこの金髪の男が、【修練闘士(セヴァール)】である事を示していた。

 

 名を語り、この【(シンボル)】を体に刻み込むものも過去にあったが、クルダの誇りを騙るなど……クルダの名を汚すのと同義であり、即死刑である。

 

 名を上げるどころか、命を失う可能性もあるとの事で、今では【(シンボル)】を体に刻んでまで、名を騙るものはこのクルダには存在しない。

 

 即ち、【(シンボル)】を持つものは……【修練闘士(セヴァール)】のみ。

 

 【(シンボル)】の刻まれた手の指の間から除く瞳が、狂気に彩られ、獣のような光彩を持ってリムル達を捉える中、コア=イクスが臨戦態勢を崩さずにそう叫ぶ。

 

「ククッ、そうだ! 貴公等の闘いを汚すものは! 闘いを嗤い、貴公等に破壊をもたらすものは……この国の最高の栄誉を与えられたもの! 貴公等の誇り! この国の最強を与えられたもの! 【修練闘士(セヴァール)】だ!」

 

 そのコア=イクスの言葉に答え、嘲笑うかのように笑顔を浮かべ、その拳を握る【修練闘士(セヴァール)】の男。  

 

「エレ以外の【修練闘士(セヴァール)】……!」

 

「ぐぬぅ……!」  

 

「見切れぬ獣の闘法を用いて、最強の字名、【G】を得たもの! 第58代【修練闘士(セヴァール)】! カイン=ファランクスだ!」

 

ー風 刃 烈 波ー 

 

 コア=イクスがその名を叫び、【風刃】を【詠唱破棄】でカインめがけて抜き打ちに振うのを皮切りに、恐怖で凝り固まっていた傭兵達が臨戦態勢になって散り散りに間合いを離し、カインと対峙する。

 

「──さあ、この【(シンボル)】……己が力で超えて見よ!」 

 

 目くらましのように、その【風刃】が地面を削って土煙をあげながら迫る中、狂気に歪む笑みを浮かべ、カインがその場にいる全員に宣言するかのように語りかける。

 

ー風 爆 土 塵ー

 やがて、風の刃が破裂音と共に弾け派手に土煙が舞う中、その土煙めがけ、突入する傭兵達。

 

 そしてその刹那……圧倒的な力を持つ狂気が……第二修練場に破壊をまき散らした。

 

ー人 弾 飛 破ー

 ──それはまさに蹂躙。

 

 一般人や一般兵など相手にならぬ力量を持つ、クルダ傭兵団の【闘士(ヴァール)】達が……いとも容易くカインの拳に、蹴りに、一撃で鎧を砕かれ、骨を折られ、吹き飛ばされて地面に叩きつけられ、あるいは埋められ、壁を砕き、壁の破片に埋もれていく。

 

 すべての傭兵達は一瞬にしてカインの拳によって目の前から排除され、力及ばぬものをまったく意に介さず、覚えさえせず、【修練闘士(セヴァール)】としてのその圧倒的な力と技量、スピードを見せつけ、第二修練場の中にいる傭兵達の誰もが、ただの一撃、いや、体に触れる事すら出来ずに、無残に体を横たえていく。

 

「──コア=イクスが符に問う……其は何ぞ!」  

 

 そんな吹き飛ばされていく【闘士(ヴァール)】を楯に、あるいは壁にして吹き飛ぶそれらの間を縫い、【詠唱破棄】では威力が足らんとお伺いを呪符に立て、背後から奇襲をかけるのは【呪符魔術士(スイレーム)】・コア=イクス。

 

 初手の【風刃】で地面を削り、土煙を起こして目くらましに使いつつ自らの姿を隠し、他の傭兵達をけしかけ、カインを殺れるチャンスを狙っていたのだ。

 

ー【発動】ー

❝『我は刃 白い刃』❞

 

 瞬く間に吹き飛ばされていく他の傭兵達を目くらましに、カインの死角……背後を取ったコア=イクスが、必殺・必勝を持ってその腕をふりかぶる。

 

ー【魔力文字変換】ー

❝『霞の如く舞い降り』❞

 

 袈裟斬に振り下ろされる腕と共に呪符が舞い、【魔力文字】が変換されて風の刃を作り上げる。

 

ー【呪符覚醒】ー

❝『貴公の敵を切り裂く者也』❞ 

 

 その腕の軌跡を追うように、お伺いを立てた【風刃】の斬撃がカインの首を落とさんと背後から襲いかかる。

 

(─獲った! このコア=イクスが! 【修練闘士(セヴァール)】を! 最強の栄誉を打ち破るのだ!)

 

 タイミング・威力も申し分ない一撃。

 

 自分をとらえていないカインの背を見て、勝利を確信して口元に笑みを浮かべるコア=イクス。

 

 その風刃の一撃がまさに、カインの首に届かんとしたその時。

 

ー背 面 肘 打ー

「ゴッ?!」

「──馬鹿め。こそこそと何をやっているのかと思えば……【呪符魔術士(スイレーム)】風情にやられる俺だと思っているのか? 隙だらけだ」 

 

 眼前に捉えていたはずのカインの体がブレたと感じた瞬間、【風刃】を放つ腕の内側へと背を向けて密着したカインが、嘲りの声をあげるのと同時にコア=イクスのわき腹に右肘を叩きこむ。

 

 体内で何かが軋む音と、折れる音を合奏させながら、その力の爆発に体をくの字に折って後方に吹き飛ぶコア=イクス。

 

ー壁 破 砕 倒ー

「ごっ……はぁ」

 

 第二修練場の周囲を取り囲む石壁に激突し、破壊しながらも衝突と打撃を受けたダメージで吐血し、髪を結んでいた紐が衝撃て切れて髪を広げながら、跳ねかえって地面に倒れる。

 

「うぉおぉらあああああ!!」

❛【滅刺(メイス)】❜

ー豪 拳 殴 打ー

 

 そんなカインめがけて裂帛の気合を込め、その巨体からの豪腕を振り下ろすはグォルボ。

 

 全体重と、己が全力を込めた【滅刺(メイス)】が、カインの体を潰し砕かんと襲いかかるが─

 

ー制 止 掌 握ー

「ッなっ!!!」

 

「──温いな。この程度で……【修練闘士(セヴァール)】を力で掴む等とほざくか」

 

 そのグォルボの渾身の一撃を、こともなげに左手で受け止めるカイン。

 

 自分の渾身の一撃を受け止められたことに、驚愕の表情を浮かべるグォルボを、つまらないものを見る、冷めた目で見つめるカインが─

 

「─デカイだけの木偶が……身の程を知るがいい。これが……力というものだ!」

 

ー剛 拳 殴 打ー

「ぐ、ごあああああああ!!」

 

 その顔に獣の笑みを浮かべ、右手を振う。

 

 カインの体が、右腕がブレた、と思った瞬間、カインのその圧倒的な破壊力を秘めた拳が、グォルボの左脇腹に深々と骨を砕きながら突き刺さる。

 

 その打撃の威力に、速さに、後から遅れるかのように体がくの字に折れ、苦悶の声をあげるグォルボの巨体がはじけ飛び、空中で側転しながら壁へと激突して壁を砕き、ぶつかった頭から血を流しながら地面に落下する。

 

 そこへ─

 

ー剣 突 投 擲ー

 

「この! 舐めるんじゃないよっ!」

 

「─ほう? 女にしてはよくやる」

 

 グォルボを壁にして掻い潜り、地面すれすれからリムルの右手の【蛇蝎】がカインの顔めがけて右斬上に跳ね上がり、それを余裕を持って避けたカインが、クルダにしては珍しい【剣技】の使い手であるリムルを、笑みを持って見下ろす。

 

 振りきった体を回転させながら、左手に逆手に持った【蛇蝎】を、回転の勢いをつけて突き立てるように袈裟斬に振り下ろすが─

 

ー刺 突 制 止ー

「なっ?!」

 

「どうした? その程度か? スピードで……速さで【修練闘士(セヴァール)】になるのではなかったのか? 止まって見えるぞ」

 

 その回転+速さ+体重を乗せて放たれたその刺突は、カインの左人差し指であっさりと止められ─

 

「【(クリムゾン)】と同じ【蛇蝎】を扱う【剣技】使いと思って相手をしてみたが……興ざめだ」

 

「ごっ!!」

ー殴 打 打 上ー

 

 驚愕するリムルを再び冷めた目で見下ろしたカインが、その人差し指で【蛇蝎】を弾いてへし折り、右拳の突き上げがリムルの腹を真正面から捉え、その体を空中高く舞い上げる。

 

 やがてそのまま吹き飛ばされ、第二修練場・二階の部屋の窓をぶち壊し、血を吐きだして砕けた窓に引っかかるリムル。

 

❛我が闘争は狂気也❜

 

 瞬く間の出来事であった。

 

 僅かな間に第二修練場にいた、修練中の傭兵……【闘士(ヴァール)】達は全滅。

 

 こういう非常時に備え、常駐しているはずの衛兵達は既にカインの手によって倒され、王に伝令を飛ばす事すらままならない。

 

 やがて、倒れ伏す傭兵達を足元に、カインが月に手をかざす。

 

「──脆い、あまりにも脆いな。これでは準備運動にすらならん。まさかクルダの【闘士(ヴァール)】がここまで脆弱だったとはな……いや、この俺が強すぎたか」

 

 体を【闘士(ヴァール)】達の血で朱に染めながら、周囲でうめき声をあげる【闘士(ヴァール)】達をこけ下ろしつつ、つまらなそうに掲げた【(シンボル)】を眺めるカイン。

 

「──所詮、雑魚は雑魚か。口ばかりで何一つ満たされない。一撃(・・)を出す必要もないとは……準備運動にもならん。ここはやはり、当初の予定通り─」

 

 ゆっくりと左手を下ろすと、その手を握りこんで拳にするカインが、獲物を定めた肉食獣の笑みを持って、王城を見上げ、嗤う。

 

「王を。クルダ王……【鷹の目(ホーク・アイ)】・イバ=ストラを、この手で……俺一人の手で獲る! これこそが……俺が最強である証明となる!」

 

 高らかにカインが宣言し、王城に叩きつけるかのように言葉を投げると、もはや用はないとばかりに、倒れ伏す虫の息の【闘士(ヴァール)】達を視界にすら映さず、真っすぐに第二修練場の出口へと歩いていく。

 

 倒れ伏す【闘士(ヴァール)】達を踏みつけ、あるいは蹴飛ばしながら進む中─

 

ー掌 握 足 首ー

「──貴様」

 

「へっ、へへ。王を殺ると言われて……黙ってられるほど、俺は【闘士(ヴァール)】として落ちぶれちゃいねえんだよぉ!」

 

 足元に転がる、【闘士(ヴァール)】の一人を蹴って退かそうとしていたカインの右足を掴むのは……先ほど一撃で吹き飛ばされたグォルボの大きな手であった。

 

 出口に近い場所に飛ばされたことで、どうにか出口付近まで這って進み、他者を省みることなく進むカインを見て、蹴られるのを覚悟で自らをトラップとする事で、カインを捕えることに成功したグォルボ。

 

 痛む体を推して、掴んだチャンス。

 

 絶対に離すわけにはいかないと、口元から血を流しながらも、必勝の笑みを浮かべるグォルボ。

 

 その瞬間……グォルボの笑みを見て悪鬼のように顔を歪めたカインが、左足を後方へと引き上げる。

 

「──そうか、どうやら拾った命もいらんと見える。ならば……貴様の命ごと……砕いてくれよう!」

 

 左足の筋肉が音を立てて力を貯め、今まさに振り下ろされようとするその時。

 

「リムルゥウウウウ!」

 

「──うっさいんだよグォルボ!」

 

「何っ?!」

 

 グォルボが視界にとらえたリムルの名を叫び、それに呼応したリムルが二階から飛び降りながら─

 

❛【クルダ流交殺法】・【剣技】❜

 

 口元から血の筋を垂らしつつも、右手を高々と突き上げるリムル。

 

 その指先には鋼の糸。

 

 そしてそれにつながるのは、三本の【蛇蝎】。

 

❛【蛇蝎の章】・【死殺技】❜

 

 本来は遠心力と腕の振り下ろし、【蛇蝎】の落下速度をもって相手を両断するその【剣技】に、自らの体の落下速度も加えた【クルダ流交殺法】・【剣技】の奥義の一つ。

 

❛【白虎】❜

 

 まるで獣がその爪を振り下ろすが如く、唐竹から三筋の剣閃が降り注ぐ。 

 

 動けないままのカインを三枚に下ろさんとする、リムル渾身の一撃。

 

 それを見たカインは─

 

「【(クリムゾン)】に遠く及ばぬ、その程度の練度の【剣技】で、この俺が、【G】が狩れるとでも思ったか! 身の程を─」

 

❛『一』❜ 

 

「─知れ」

ー瞬 身 撃 打ー

 

「くっ!?」 

 

「ぐぉ、リムルぅううう!」

 

 自然体、無形の位。

 

 構えのない構えから放たれるカイン本来の闘法、本気の一撃。

 

 それは獣の闘法と呼ばれるカインのスタイルであり、肉食獣や猛禽類が一瞬で間合いを詰め、一撃で獲物を仕留める姿に似通っている事からそう呼ばれることになった闘法である。

 

 そんな本気の一撃を放った刹那、踏み込みの一撃でグォルボは振りほどかれ、リムルの放った【白虎】は【蛇蝎】ごと粉々に打ち砕かれる。

 

 なおも止まらぬその勢いは、渾身の力でその技を放ち、空中で無防備な姿を晒すリムルに襲い掛かる。

 

 吹き飛ばされたグォルボの悲痛な声が響く中、落ちてくるリムルを迎撃する無慈悲なカインの拳が─

 

ー【発動】ー

❝『我は鏡 銀の鏡』❞

「何?!」

 

 リムルを突き破り、その姿を霧散させ、カインの一撃は行き場を失って第二修練場の壁を粉々に打ち砕き、大きな破壊痕を残す。

 

ー【魔力文字変換】ー

❝『貴公の姿になりかわり』❞

 

「これは……呪符、そうか。貴様……まだ動けたか、【呪符魔術士(スイレーム)】!」

 

ー【呪符覚醒】ー

❝『貴公の虚影を作る者也』❞

 

「──【修練闘士(セヴァール)】を殺るといったオレが……一撃でやられてはあまりにも立つ瀬がないだろう」

 

 呪符と入れ替わったリムルが、自分の投げた【蛇蝎】に付けた鋼糸を引っ張って軌道を変え、地面に着地する中……砕かれた壁の先にある、二階の床に着地し、呪符を発動させたコア=イクスに向き直るカイン。

 

 まさに満身創痍といった状態でその手に呪符を発動させているコア=イクスの姿に、カインの顔がさらに鬼気迫るものになっていく。

 

 もはやその表情には当初の侮るような態度も、蔑み、馬鹿にするような笑みもなく、全身の筋肉が張りつめ、瞬時に対応できるようにしているその姿は……まさに獲物を殺しつくさんとする、獅子の気迫であった。

 

「死に体三人が……よく吠えた。いいだろう。我が最強の拳。その身に刻んで逝くがいい」

 

 低く、響く低音でそう告げるカイン。 

 

「うおおおおおお! いかせるかいいいい!」

 

「させないってんだよ!」

 

ー確 保 拿 捕ー

 そのカインを後ろから抱き付いて拘束するグォルボと、そのグォルボごと【蛇蝎】につながる鋼糸を使い、カインを巻きつけて拘束するリムル。 

 

「コア=イクス! あんたは一刻も早く、この事を王に! 警備に!」

 

「うおおおおお! 急げええ! 俺様達はそんなに長くもたんぞおおお!」

 

「──……」

 

 恐怖する冷や汗と、体を駆け巡る激痛による油汗を浮かべ、青ざめた顔でそう叫ぶグォルボとリムルを見て、息を飲むコア=イクス。

 

 拘束されたカインが、俯いて顔を伏せる中─

 

「コア=イクスが符に問う、答えよ! 其は何ぞ!」

 

ー【発動】ー

❝『我は霧』❞

 

 リムル達の目の前で、発動した【隠霧】に覆い隠され、その姿を消していくコア=イクス。

 

ー【魔力文字変換】ー

❝『貴公の姿を覆い隠す者也』❞

 

 やがて、その姿が【隠霧】に完全に隠される瞬間─

 

ー【呪符発動】ー

 

「──すまん」

 

 小さくつぶやく、コア=イクスの声が、うめき声のあがる第二修練場に投げ彼られる。

 

 それに─

 

「──悪びれる必要はないさ。たとえさっき敵対してたり、喧嘩してたとしても─」

 

「王を守るのは、このクルダの【闘士(ヴァール)】としての、最低限の義務だからなぁ!」

 

 血だらけならがも、ニヤリとその口元に笑みを浮かべ、コア=イクスが往くのを送るリムル達。

 

 こうしてコア=イクスは、地獄ともいえる第二修練場から脱出をし─

 

「──見事な覚悟だ。ならば俺は─」

 

ー『!!』ー

 

 その顔に狂気の笑みを浮かべ、口に孤を描くカインがその顔をあげると同時に、その全身を脈打つように力が滾る。

 

「その覚悟ごと、貴公等を砕いて……王を殺るとしよう!」

 

ー拘 束 解 除ー

「ぐ、ぐおああああ?!」

 

「?! ぐ、グォルボーーーーー?!」

 

 そう言葉を紡ぐカインが、拘束されていた体を、腕を広げると、拘束していたリムルの鋼糸が細切れに千切れ、グォルボの体ごと吹き飛ばしていく。

 

「だ、大丈夫かい?! グォルボ!」

 

「ぐ、こ、これぐらい─?!」

 

 吹き飛ばされたグォルボにリムルが駆け寄って体を起こしつつ、吹き飛ばしたカインが動かないのを警戒していると─

 

「──次がつかえている。貴公等はそろそろ─」

 

ー『?!』ー

 

 グォルボとリムルが見ている前で掻き消え、あっさりと至近距離に間合いを詰めて左手を振り上げ、その手を手刀の形にし─ 

 

❛『ニ』❜

 

ー刺 突 貫 通ー   

「リムルッ……ぐぉ、あ……」

 

「ぐ、ぷ……」

 

「─逝け」

 

 その抜き手が、二人の一直線上に放たれ……グォルボが男の意地で、リムルの壁にならんと前へ出るが……グォルボの堅く分厚く大きな筋肉をものともせず貫き、後ろにかばったはずのリムルの脇腹から肺を貫く。

 

 右手一本で二人を貫き、その勢いで空中に持ち上げていたカインがその手を引き抜くと同時に、体から血が噴出して血溜りを作り、地面に落下し、その中へと横たわる二人。

 

「──本気の俺の攻撃を二撃耐えたか。雑魚にしては中々持ったほうだ。誇るがいい」

 

 右手を振い、手についた血を払うと、もはや用はないとばかりに倒れ伏す二人に背を向け、歩き出すカイン。 

 

 それは……この第二修練場でおきた戦闘の中でもほんの僅かな、遅延の時間。

 

 ささやかな抵抗の結果。

 

 しかし、その結果が─

 

ー蒼 焔 一 閃ー

 

「何?!」

 

「……やっぱり……また無茶して……だめでしょ? グォルボさん、リムルさん。あんまり心配させたら……」

 

「……ゴフ、え、え? じ、ジン、ちゃん?!」

 

「ぐ、おぉ、だ、だめだあ……に、逃げろおお」

 

 ─その命をつなぐ、一条の希望をもたらす事となる。 

 

 振り返ったカインの真横を、カインに目もくれず、真っすぐに血溜に倒れる二人に駆け寄る蒼い焔。

 

「大丈夫。俺が助けるから……ジン=ソウエンが符に問う! 答えよ! 其は何ぞ!」

 

ー【発動】ー

ー呪 符 絢 爛ー   

 

 それは夜空に輝く、絢爛で、幻想的な風景。

 

 ジンの服に付いているポーチ全てに魔力が注がれ、飛び出した呪符が第二修練場の限られた空を埋め尽くし、ジンの魔力を受けた呪符の青白い輝きが、星のように舞い踊る。

 

❝『我は水 命の水』❞

ー【魔力文字変換】ー

 

 流星のように倒れた【闘士(ヴァール)】達に降り注ぐ呪符が、傭兵達の上に停滞し、込められた魔力を、魔力文字を解放する。

 

❝『傷を癒し 命の流れを繋ぐ者也』❞ 

ー【呪符覚醒】ー 

 

 死に体であった傭兵達の体が、呪符の力によってその死地より生還し、荒く浅い息が徐々に穏やかなものになっていくのを感じながらも─

 

「──【呪符魔術士(スイレーム)】か。しかし……この俺の横をすり抜けた技量、そして、これだけの呪符を同時起動できる精神力と魔力。そして何より……この俺が叩きつける殺気をものともせずに、この雑魚共を治療する力量。小娘、お前はこいつらとは違って…出来そう(・・・・)だな?」

 

 鬼気迫るほどの威圧的で、暴力的な殺気が、カインからジンへと叩きつけられる。 

 

「──早く終わらせて治療に専念したいんですけど……見逃してくれませんかね?」

 

「──この俺を目の前によくほざいた。あとは力があるかどうかだ。さあ……この【(シンボル)】、己が力で……超えてみよ!」

 

 両者の殺気がぶつかり合い、まるで空間が歪むような錯覚をもたらすような第二修練場。

 

 今まさに……クルダの最高戦力・【修練闘士(セヴァール)】……【G】、カイン=ファランクスと、様々な技をおさめし、才能の塊・ジン=ソウエンの闘いの火蓋が、切って落とされるのだった。

 

 

 

 

 

登録名【蒼焔 刃】

 

生年月日  6月1日(前世標準時間)

年齢    8歳

種族    人間?

性別    男

身長    131cm

体重    31kg

 

【師匠】

カイラ=ル=ルカ 

フォウリンクマイヤー=ブラズマタイザー 

ワークス=F=ポレロ 

ザル=ザキューレ 

 

【基本能力】

 

筋力    AA+    

耐久力   B   

速力    AA+ 

知力    S 

精神力   SS+   

魔力    SS+ 【世界樹】  

気力    SS+ 【世界樹】

幸運    B

魅力    S+  【男の娘】

 

【固有スキル】

 

解析眼   S

無限の書庫 EX

進化細胞  A+

 

【知識系スキル】

 

現代知識   C

自然知識   S 

罠知識    A

狩人知識   S    

地理知識   S  

医術知識   S   

剣術知識   A

 

【運動系スキル】

 

水泳     A 

 

【探索系スキル】

 

気配感知   A

気配遮断   A

罠感知    A- 

足跡捜索   A

 

【作成系スキル】

 

料理     A+   

家事全般   A  

皮加工    A

骨加工    A

木材加工   B

罠作成    B

薬草調合   S  

呪符作成   S

農耕知識   S  

 

【操作系スキル】 

 

魔力操作   S   

気力操作   S 

流動変換   C  

 

【戦闘系スキル】

 

格闘            A 

弓             S  【正射必中】

剣術            A

リキトア流皇牙王殺法    A+

キシュラナ流剛剣()術 S 

 

【魔術系スキル】

 

呪符魔術士  S   

魔導士    EX (【世界樹】との契約にてEX・【神力魔導】の真実を知る)

 

【補正系スキル】

 

男の娘    S (魅力に補正)

正射必中   S (射撃に補正)

世界樹の御子 S (魔力・気力に補正) 

 

【特殊称号】

 

真名【ルーナ】⇒【呪符魔術士(スイレーム)】の真名。 

 自分で呪符を作成する過程における【魔力文字】を形どる為のキーワード。

 

左武頼(さぶらい)⇒【キシュラナ流剛剣()術】を収めた証

 

【ランク説明】

 

超人   EX⇒EXD⇒EXT⇒EXS 

達人   S⇒SS⇒SSS⇒EX-  

最優   A⇒AA⇒AAA⇒S-   

優秀   B⇒BB⇒BBB⇒A- 

普通   C⇒CC⇒CCC⇒B- 

やや劣る D⇒DD⇒DDD⇒C- 

劣る   E⇒EE⇒EEE⇒D-

悪い   F⇒FF⇒FFF⇒E- 

 

※+はランク×1.25補正、-はランク×0.75補正

 

【所持品】

 

呪符作成道具一式 

白紙呪符     

自作呪符     

蒼焔呪符     

お手製弓矢一式

世界樹の腕輪 

衣服一式

簡易調理器具一式 

調合道具一式

薬草一式       

皮素材

骨素材

聖王女公式身分書 

革張りの財布

折れた牙剣


 
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