軽装のイヅラボシがたぐる手綱に従い、教官の愛馬『竜巻丸』(なんちゅう名前や)は豊田市を目指す。
「タクミナ 綱サバキ デゴザル ガタユキ 殿」
旅路のお供についてきたスカウト達の隊長『スケさん』からおほめを頂いた。
「田舎じゃ馬に乗れないと生活できないからね」
鳴浜とイヅラボシを乗せたサイボーグの軍馬は内陸側の国道跡を駆ける。
だだっ広い草原には、木の標識と錆ついた戦車がぽつぽつと落ちているくらいで何もない。
あとはこんな景色がひたすら続く。たまに、農地が見えるだけ。
この地域一帯はまだ復興されていない。
だが、ここにもかつては張りめぐらされた舗装路と無秩序に立ち並んだ家々があったはずだ。
そんなことを景色に問うても応えてくれないけど。
澄み渡る大空に、陽光を遮るものは何一つなかった。
「Hi-yo Silverってな」
僕の後ろに跨る鳴浜はその空を見上げて呟いた。
彼女の背中にあるはずの翼は今、訳あって取り外されていた。
「鳴浜はよく英単語を口にしてるけど、どこで覚えたんだ」
「幼年学校の担任がオセアニア系でさ、口癖が移っちゃった」
「へえ。吉岡と一緒の学校かい?」
「少尉殿は歩兵士官課程だから別だね。うちは機兵課程の女学校だったよ。重量の関係で有翼機兵は女しかなれないからさ。そーいやガタユキの学校はどんなとこ?」
「僕が習った尋常中学は廃寺だったなあ、雨漏りが酷くてね。おまけにゲジゲジやらマムシやらがそこかしこにいてだな」
「おー、ワイルド」
「……そうか?」
そんな他愛もない事を鳴浜と話しながら道を往く。
まだ左手の傷も癒えず、さらに頭に包帯まで巻いた僕が、何故鉄馬を駆って豊田市を目指しているのかというと。
話は三日前に遡る。
病院を日帰り退院した僕を待っていたのは、また、教官だった。
破壊の後に住み着いた欲望と暴力を形にしたような彼女は、僕をジープに押し込めると格納庫へ拉致していった。
勘弁して。
他の三人も詰めている夜中の格納庫で、僕は回収された機装をとりあえず点検し直した。
いつものように由常は銃を磨き、櫛江さんはおろおろしている。
眠っていたのか、鳴浜はぼんやりしながら目を擦っていた。
教官はというと、頬づえを掻きながら夕刊をおもしろくなさそうに眺めていた。
その一面には『遠州教育隊の廃止論加速へ』の大文字が踊る。
駅の襲撃に加え人質の救出失敗もあって、世論は僕らプラネットスターズに対して冷たくなってきていた。
少しずつだが確実に、導火線は減りつつある。不味いな。
教官は、読み終わった夕刊を忌々しげに破り捨てると勢いよく立ちあがり、僕らに宣言する。
「これからあんたらに機装競技に必要なものを叩きこむんだから。ノビてる暇なんて与えないわ」
街はずれの廃墟空域でスカイレース、軍基地でのペイント弾デスマッチ、そして高校運動場での格闘戦。
その三つで機装競技は構成される。
機装競技に必要なものか。
戦術やら慣れやら色々あるのだろうが、競技に必須な機装自体に問題が出ていた。
ファントムにさほど損害は見られないものの、他の二機の状態が酷過ぎた。
「で、どうなの。機装たちは」
「ガルダの背部ユニット損傷はひどいもんです。ケーティも装甲システムが破綻してます。どちらも整備工場送りですね。最低でも三週間はかかりますが……」
「そんな時間も金もないわ。ケーティは破棄、ガルダはあんたが直しなさい」
んな無茶な。
そりゃあ僕は整備士免許を持ってはいる。
けれども特殊な軍機装、それの主翼を一から直せる技術までは持ち合わせてない。
「有翼機兵の飛行ユニットなんて僕の手には余ります」
苦々しく言うと、鳴浜が整備服の袖を掴んで縋るような目つきで僕を見上げる。
頼りにされてるのは嬉しいんだが、その期待に応えられる解決策はそう多くない。
「どうにかなんないの? あ、セロテープならあるぞ」
「……気持ちだけ受け取っておこう。ユニットパッケージが手に入れば、僕でもなんとか修理できるかもしれないんだけどなあ」
僕は苦し紛れに言ってみた。
かつて国軍は損耗しやすいユニットを戦地で直せるように、応急修理パッケージを生産していた。
横流しにされたそれを、村から最寄りのジャンク市で一度見かけた事がある。
ガルダも元々は軍の機装なんだから、ちゃんと対応するパッケージがあるはずだ。
なのだが。
「それはもっと高いわね」
「スーパーカブ三百台分の値段ですやんかアレ。買えませんて」
「一見分かりやすそうで全然わからない指標ですね……」
いやいや櫛江さん、スーパーカブを舐めちゃいけない。一世紀以上作り続けられている傑作機だ。
それはさておいて、困った。やっぱりガルダは整備工場に送るべきなのか?
「絶体絶命ねえ」
にもかかわらず、教官は両切り煙草をふかしながら不気味にニヤニヤしていた。
僕は真意を問うてみた。
「の割にはえらく余裕やないですか」
「当てがあんのよ当てが。とりあえず鳴浜と安形は、豊田までそのパッケージを買いに行って頂戴。それまでにケーティの代わり探しと吉岡のシゴキはやっとくから」
金策はどうするんや。
「使える者は親でも使えって言うじゃない。それは単なる例えなんだけど。でも本当に使えるんだったら絞りつくすまで使わないと。特に金はね」
え。親に金をせびれってのか? この人は。
「そ、そうでしょうか」
櫛江さんの愛想笑いにヒビが入る。
そりゃそうだ。
もう櫛江さんのお母さんには嫌というほど迷惑を掛けている。
と言っても、ちゃらんぽらんな僕の両親が金銭面で役立つ訳がない。
鳴浜は根なし草だとこの前あっけらかんに話してくれた。
で、残るのは。
三人の視線が格納庫の隅の方へと向かう。
そこには、脂汗をたらして固まるあいつの背中があった。
その顔は、初日の顔合わせの時に見せた、あの苦苦しげな表情だった。
真っ白な教官の右手が彼の肩に置かれ、妖艶な横顔が奴の頬に寄る。
「ねえ。由常君?」
彼女は、少年の耳元で色っぽく囁いてみせた。
由常の髪の先が煙草の火で焦げる。
「俺はもう本家と一切関係のない軍人であります」
「大丈夫よ。次男坊の嫡男から久々のラブコールがあれば気を良くしてくれるわ……きっとね」
「だからそれは無理と言ってるんです少佐!」
「ああめんどくせえ、いいからさっさと実家に金せびれっつってんだよ」
結局、夜を徹した説得風脅迫に由常は折れた。
そんな訳で、スーパーカブ三百台分の小切手が今、僕の財布に挟まっているのだった。
豊田市についてから、ヘルメットを外した僕と鳴浜は、馬とポッズを引きつれて豊田市のジャンク市を当ても無しにぶらついてみた。
年季の込んだパワードスーツや、お粗末な労働ロボットが行き交う未舗装路の両脇には、ケバい看板を立てたあばら屋が軒を連ねている。
外壁で囲われた街の中心部には戦火を凌いだ工場施設があり、その周辺には工場からのおこぼれ品であるジャンクパーツを売る市場が散在している。
これまでの顛末を思い起こしていると、櫛江さんと由常の素性について気になってきた。
次男坊で嫡男ってどういうこっちゃ。
櫛江さんの父親はなにものだ。
個々の性格やらはわかってきたとはいえ、まだ知らない事だらけだ。
空のラムネ瓶をカランコロン鳴らしながら隣を歩く鳴浜に、話を振ってみた。
「櫛江さんもそうだけど、吉岡って何者なんだろ」
「うーん、人の嫌がることは探らないほうがいいんじゃないかなー」
ぐ、確かに。
何気なしに言われた忠告が心に刺さる。
話を聞いているのか分からない飄々さとは裏腹に、存外、鳴浜は他人へ気を配っているのかもしれない。
「む、そうだな。あの時ものっそい嫌そうな顔してたしな」
「すごい顔してたっしょ。この世の終わりみたいな感じの」
いー、とぽっぺを引っ張り下げて鳴浜は由常のものまねをしてみせる。
不覚にも笑いのツボを突かれて僕は噴き出した。
「喋ってくれるまで我慢だよ我慢。ってそんなに面白かった?」
「よ、吉岡のあのしかめっ面とめっちゃ似てて……あっはっは」
「へへ、そっか。さっちゃんにも見せよ」
受けたのが嬉しかったのか上機嫌になった鳴浜は、出店に置いてある商品の一つを指さした。
「そーだ、お金余ったらああいう機装塗料も買ってくんない? ガルダのカラーリング変えたいな」
「いいよ、何色がいい?」
「赤白がいいなー」
「なんだかめでたそうな色だな」
「うへへ、試合で勝てそうじゃん。カッコよく頼むよ」
と言って、鳴浜は嬉しそうにイヅラボシの肩の楯をポンポン叩く。
「ヨリをかけて仕上げるさ」
ファントムとガルダの再塗装も懸案事項だったな。
路肩爆弾の爆発で迷彩フィルターが吹き飛んだために、二機とも塗装がはげてしまっている。
実戦ではフィルターを被せるから目立たなくなるけども、機装競技ではそうはいかない。
出来るだけ立派な格好で晴れの舞台を……
「あー! お兄さんお兄さん! 安形さーん!」
とその時、見知らぬ街なのに、僕を呼びとめる声が聞こえた。
振り返るが誰も居ない。
ので、目線を下げてみる。
すると、小さなお姉さんがお供らしいガードロボ(ドラム缶みたいな)の上でぴょんぴょん飛び跳ねていた。
この、脳みそを溶かしてくるような声とハイテンション、異様な押しの強さには覚えがある。
「ああ! いつぞやの!」
遠州行きの列車でお茶をくれたお姉さんだ!
確か名前は橋上さんだったか……
「元気でしたか、って元気じゃないっ!? 怪我すごっ!」
「任務中に手痛くやられましてね。はは」
「……なんだ? 客引き?」
さっきの様子から一転して鳴浜は不機嫌そうな顔をする。
警戒する鳴浜へ、僕は苦笑交じりで彼女を紹介した。
「この方は遠州市に来る時お会いした行商さんだよ。今日はどうしたんです?」
「ここも私のナワバリですからね、お仕事です! そう言うお二人方は? あー! もしかして逢引ですかぁ~?」
一瞬、二人の間に漂う空気が凍りつく。
「え」
「い、いや違いますよ。機装の部品を探してるんですよ」
彼女の冷やかしに鳴浜は絶句したが、僕はなんとかいなした。
あんまり意識したくない事をズケズケ言わないでくれ。
お互い仕事しづらくなるやんけ。
「なるほど。当てはあるんですか?」
何が成程なのかは置いといて、だ。
「それが、そんなもの無くて当て所なく彷徨ってるとこでして」
正直に告白すると、橋上さんはガードロボから飛び降りてこちらに人差し指を突き付けてくる。
「ほほう。でしたらわたしに心当たりあるんですよお客さん! わたくし機装は専門外ですが! じゃあダメじゃん! あははは、あー可笑しい」
……うーん。
財布の中はスーパーカブ三百台だが、実はこれだけでは心もとないほどパッケージは高い。
胡散臭いが、話を聞いてみるだけ聞いてみよう。
経験上、ジャンク市で伝手はあるにこしたことは無い。
虎穴に入らずんば虎児を得ず、ってな。
「ではよろしくお願いしましょうか。鳴浜はどう思……」
横を見て、僕は少しばかり言葉を失う。
鳴浜は真赤な顔をしたまま、まだわなわな震えていた。
「えー……」
「いつまで尾を引いとんや」
女学校で育ったせいで下世話な話に耐性が無いのかもしれない。
そもそも、同僚に手を出す男じゃないぞ僕は。
まあ、あの教官に喧嘩を売るようなことをやる勇気もないのだけど。
「コレハ アイビキ デゴザッタカ」「スクープデゴザル」「スケサン カクサン シテ オヤリナサイ」
「やめんか」
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鳥頭な作者が一瞬何話目か分からなかったSF小説第七話となります。
カウント間違えてた
一話→http://www.tinami.com/view/441158
絵は騎馬武者が描きたかっただけ。
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