No.495162

魔法少女リリカルみその☆マギカ プロローグ

本物の魔法パワー、しかも規格外の超強力パワーを得てしまった東菫高校の生徒会長・今田美園は、生徒市民の気持ちなど顧みず、立ちはだかる強敵をばったばったとなぎ倒していく!

2012-10-12 00:13:42 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:543   閲覧ユーザー数:543

プロローグ

 

 

その少女は、おとぎ話に登場するドレスのように、華やかな衣装を身に纏っていた。少女は薄暗い廊下をひた走り、階段を駆け上がる。足音はしない。足元に神経を集中させ、音を立たせないように注意深く走っているのか、或いは魔法の力なのか、定かではないが、息を切らしながらも黙々と目的地へ向かっている。

 

窓からの逆光によって少女のシルエットができる。その横顔は凛々しかった。ふわふわした髪の毛を揺らし、右手には、先端がハート型の宝石が取り付けてあるステッキを携えている。

 

ハートの部分が赤く点滅を開始すると、少女は立ち止まった。ちょうど廊下の真ん中あたりだった。疲弊しているのか、肩が上下に動き、苦しそうに呼吸している。

 

少女は息を整えながら、ステッキを両手で握り、その点滅に目を落とす。妖しげに光るそれは、少女に何かを知らせようとしているように見える。

 

息を整えてから、少女は静かに目を瞑った。その場で瞑想を開始する。建物内に潜む敵の位置を確認しているのか、或いは、これから対峙する強敵を前に、精神統一で魔力を高めているのか。そのどちらと窺えた。

 

目を開けると同時に、少女は、すぐ横の窓にステッキを向けた。ぎゅうと腕を伸ばし、呪文を唱える。すると、ステッキの先端が強烈な光を放ちはじめた。廊下がぱあっと照らされ明るくなり、少女の西洋人のような彫りの深い顔と桃色の髪が照らし出される。少女は眩い光にも目を閉じることなく、対象物である窓を睨みつけることをやめない。

 

空気中で弾けるように、光が散った。それとほぼ同時に、窓ガラスが割れ、外側に飛び散る。割れたのはステッキで差した、たった一枚だけだったが、それでも十分、とばかりに、少女はぴょんと飛び跳ね、窓から外に出た。

 

外壁に添うように存在する配管に取り付けられた金具に爪先をかけ、慎重に、ステッキを口に咥え、顔をしかめ、苦しそうに呻りながら自力でのぼっていく。そここそ、魔法を用いて、浮いたりするべきなのだろうが、少女は一切そういった素振りを見せない。

 

上階の窓付近までくると、少女は配管に抱きつくかたちになり、咥えていたステッキを右手に持ち直す。再び、窓に向かってステッキを伸ばす。全く同じ魔法で窓を割り、中へ入った。

 

道路を横切る時のように、左右を確認すると、押されるように右へ走り出した。だが、すぐに立ち止まる。

 

階段のすぐ脇にある部屋だ。何の変哲もない、引き戸。磨りガラスで中ははっきりと確認できないが、中に何かが潜んでいるような不気味さを漂わせていた。それは廊下の薄暗さも相俟ってのことでもあった。

 

少女が固唾を呑んだ。身を庇うようにステッキを胸の辺りまで持ち上げ、深呼吸をした。足を半歩、踏み出す。

 

ゆっくりと取っ手に手をかける。その瞬間、室内の壁から伝わってくるように、悲鳴にも似た獣の呻るような声が体中に轟いた。静電気じみたものを感じる。少女は思わず手を離した。

 

手をさすりながら、何故か、むっとした表情になる。腕を組み、蔑むように磨りガラスを睨んだ。

 

ステッキを突き出す。やはり、同じ呪文を繰り返した。強烈な光を発するところまでは同じだったが、威力が明らかに違う。ひょっとすればその明るさも微妙に変化しているのかも知れない。

 

磨りガラスはまさに粉々となり、砂が散るような音を立てた。

 

「何者だ!」

 

男の声は室内からした。野太く、冷静さを保っている。

 

少女はドアを蹴飛ばし、室内へ押し入った。即座にステッキを構え、臨戦態勢へと入る。

 

見ると、濃紺の背広を着た老人が同じように斜に構えていた。額には皺が走っており、目の下の隈が目立つ。頭髪は薄く、白髪が混じっている。

 

「死んでもらいます!」

 

少女の声と同時に、ステッキの先端、ハート型の部分が光始める。老人の胸に狙いを定めていた。それに対抗するように、老人は腕を伸ばした。少女が口にした呪文と全く同じ呪文を唱える。こちらに向けた右手の平が光を発した。

 

だが、少女は違った呪文を唱えていた。詠唱が同時に完了する。二人はじっと睨み合い、魔法を発射するタイミングを窺っているようだ。

 

最初に動いたのは、少女だった。ステッキを床に向ける。老人の顔が焦るのがわかった。「くたばれえ!」と痰の絡んだような叫び声を発すと同時に右手の光を、少女目掛けて解放する。

 

少女が魔法を発したのも、同時だった。「フォーリング・ダウン!」と術名を叫び、床に伏せた。老人の放った光弾は頭上を掠り廊下へ消えていった。

 

地震のような、乱れた、小刻みの揺れが室内で発生する。少女が発した魔法だ。この部屋を縁取るように、翠色に発光する。

 

老人は背後の窓を魔法で割ると、そこから逃げようとしたが、手遅れだった。床が轟音を立てて崩れ堕ちる。必死の様子で窓枠にしがみついていた。

 

綺麗に型が抜けて堕ちる床を踏み台にし、少女は老人の足にしがみついた。

 

「何をするっ!」

 

老人が暴れる。少女は顔を蹴られた。鼻血を垂らすが、執念で掴まり続ける。右手の平を向けてきたので、慌ててステッキを構える。

 

「いいの?」

 

少女がにやりと笑みを浮かべた。その不気味な笑顔に老人も気後れしたらしく、焦りを隠せず「何がだ!」と叫んだ。

 

「あんたの魔法、案外強力。二人とも、吹っ飛ぶよ?」

 

その言葉を聞いた老人の顔が青ざめる。少女は老人の身体をよじ登った。「貴様! いったい、何が目的なんだ! 金か!? 何が欲しい!」と喚く老人を尻目に、窓枠に立つ。手を差し伸べた。

 

きょとんとした顔になったが、こちらに手を伸ばしてきた。そこには、少女が突入してきた際の冷静さなど、微塵も感じられなかった。

 

老人を引っ張り出す。しかし、窓枠に足をかけた瞬間、少女は老人を蹴飛ばした。その笑みは、悪魔そのもので、狂気じみている。

 

下の階に転落した老人は、痛々しく呻るが、無事のようだった。背中に破片が刺さったのか痛みに悶えている。

 

その老人に向かって、容赦なくステッキを突き出す。「この空間はアタシが支配した。トドメだ! ヘッド・オーヴァー・ヒールズ!」

 

ガタガタと下の階に落ちたはずの床が揺れる。老人が踊っているように見えた。老人は目を見開き、しまった! と声にならない悲鳴を上げ、身体を起こそうとする。

 

薄紫に光を放つステッキを少し揺らすと、老人の身体もゆれる。正確には、老人の下にある床が揺れている。

 

ステッキを握る手を九十度捻った。

 

すると、まるでその部屋だけ重力が反転してしまったかのように、或いは、天井に超強力な磁石が出現したかのように、落下して割れたはずの花瓶の破片や、額縁などが、勢いよく、天井に張り付いた。

 

老人も例外ではなかった。目の前を下から上へ、それも、かなりの速度で過ぎていく。天井に叩きつけられた老人は、衝撃で意識が薄れたのか、弱弱しい呻り声を上げながら、首をゆっくりと左右に振っていた。

 

少女はしゃがみ、老人を覗き込むと、「任務完了」と歌うように言った。その表情はやはり狂気じみている。

 

目の前を、分厚く、大きなものが通り過ぎていった。風圧で髪が乱れる。ぐちゃ、というグロテスクな、まさに人体が急激な力によって押し潰れるような音を聞くと、安堵したように、欠伸をした。目をこする。

 

地上に下りると、魔法の力なのか、どこからともなくトランシーバーのようなものを取り出し、耳に宛がう。

 

相手が出る前に、「任務完了しましたー」と一言告げ、仕舞った。少女が建物を背にし、立ち去るところで、To Be Continuedという文字が画面に浮かび上がってくる。

 

 

 

照明が点き、室内がぱっと明るくなる。「どうでした? 我々の作った映画は!」マミ・A・ロメロこと小暮マミが舞台上、スクリーンの前に立ち、ほくそ笑みを惜しげもなく前面に押し出したような、したり顔を向けてくる。

 

彼女は映画研究部の部長で、今日の昼休み、「とっておきの自主制作映画を作ったので、ぜひ生徒会長である美園に見て欲しい」と目を輝かせてきた。あまりの図々しさに、なんともいえない気味の悪さと吐き気を感じたが、断れば今後がめんどくさいだろうだと踏んだ美園は、承諾し、『魔法少女えりこちゃん』を見るはめになった。

 

上映開始直前に、「もしこれを傑作って思ってくれたのなら、予算くださいねっ。私って、向上心しかない女ですから」と愛嬌たっぷりに言ったのが頭から離れなかった。

 

「なんというか、とても、アレだったわね……」

 

美園は返答に困る。隣の座席に座っていた和也と今日歌を交互に見た。和也は苦笑し、今日歌は肩をすくめる。

 

微妙な雰囲気をまるで察することなく、マミは顔を近づけてきた。「どうなのどうなの!?」眼鏡の奥の瞳は、やはり輝きに満ちている。

 

「気がかりなのは」と今日歌が口を開く。背もたれに寄りかかり、リラックスしている様子だ。見下しているようにも見える。

 

「何ですか? 面白かったですか?」

 

「To Be Continuedっつーことはさ、また撮んの、これ?」

 

「もちろん! しかしながら、予算は無いです。もう一銭も残っちゃいません。だから、会長さんをはじめ、生徒会の役員の皆様方に雁首(がんくび)揃えていただき、我々映画研究部の自信作を披露し、我々の抜きん出た才能、そして実力を知ってもらう! そして、これからの活動費、つまり部費を援助してもらおう。そういう魂胆です!」

 

「不良債権になることが目に見えるわ」美園が立ち上がった。呆れ果てた様子で、出口へ向かおうとする。

 

通路でマミが目の前に立ち塞がった。「まあまあ! 座ってください!」と腕を掴まれ、座席へ戻された。耳元で「私は知っているんですよ。あなたがとんでもなくお金持ち様だってことをね! まさに僥倖(ぎょうこう)に巡り合ったって心境です」と囁かれる。薄気味悪くて、吐き気がする。さっさとこの場から立ち去りたい。

 

「でも、結構すごいと思いません?」と後ろの座席に座る、小海が感心したような声を上げる。「あの魔法とか、床が崩れるのとかって、全部CGなんですか?」

 

「ええ。もちろん。本物の魔法ならお金は掛かりませんよ。主人公・えりこちゃんの拵(こしら)える魔法は全てCGです。学生映画界においては、最新技術でございます! 床が崩れ落ちるのは、別スタジオで撮影しました。ここだけの話、合成技術は我々東菫高校映画研究部がピカイチなんです! すごいでしょう?」

 

確かに、CG技術なんかは、下手なB級映画よりも、ずっと綺麗で、その上自然に溶け込んでいた。床が抜け落ちる場面は、ハリウッドのSFアクション映画を片っ端から観て来た美園からしても、驚くほど圧巻だった。

 

ただ、一つだけ、いや複数の難点が目立った。それらは致命的で、映画の質の良し悪しを左右するものだ。

 

「わからないわ」

 

美園は腕を組み、真っ白いスクリーンを眺めた。「どうして、日本人の魔法少女がナチス・ドイツのスパイとして生徒指導質に侵入するのよ」

 

すると、マミは血相を変えた。「いいですか、会長さん」と両肩を掴まれる。「上映前、パンフレットを渡したでしょう。えりこちゃんはドイツ人工作員。だからドイツ人っぽい女生徒をキャスティングしたんです。そして、潜入したのはホワイトハウスですっ」

 

「主演の彼女はフィンランドのハーフじゃない」

 

足元にあるパンフレットに目を落とす。気づかぬうちに踏みつけていた。恐らく上映中にあまりに退屈だったため、踏んで遊んでいたのかもしれない。足をどけると、えりこちゃんのイラストの上にくっきりと自分の足跡があった。

 

「まあでも」と今日歌が肘掛に肘をつきながら言った。「投資する価値はあるんじゃないの」

 

「それ本気で言ってる? あんたの発言はいつも軽率なのよ。それに私は貸付しかしないわ」

 

「たまには神様みたいに、慈悲に満ちたことをしてあげたらどうです。ボランティアなんかしたら、きっと高感度うなぎ上りですよ」和也が口を出してきた。

 

「私が神様じゃないっていうの? 生徒会長は学校のトップ。神様なのよ。あんたら役員は天使。私がいるおかげでその地位に居座ることができるんだから」

 

「二年前に、生徒が教職員以上の権限を持つことは不当、とか、生徒会役員の活動基本権の制限だとかいう主張だか陳情書だか進言だか出して、当時の生徒会長を蹴落としたのは誰よ」今日歌は皮肉めかして言う。

 

「生憎、それは二年前の私。じゃあ聞くけど、今日歌は二年前の考えを今でも貫いてるわけ?」

 

「新聞部の活動目標は、日ごろ起こる面白ニュースをわかりやすくまとめて全校生徒に届けること。二十年前から変わらない」

 

 

マミが舞台上に腰を掛け、あからさまに不機嫌な態度を示している。ようやくそのことに気づき、美園と今日歌は顔を向けた。

 

おもむろに立ち上がったマミは、目の前で立ち止まり、「浅ましい口喧嘩はほどほどにしてください。私たち映画研究部の部員達は、生徒会役員の皆様とは違って、心が淀んでおりません。願いも、目標も一つずつ。投資とスターダムっ!!」

 

美園が出した答えは、考えておく、というものだった。その場しのぎの、見てくれな返事ではあったが、後になって、その場で衝動的に処理するよりも、一度持ち帰ってじっくりと諦観する方が良いだろう、という考えに至った。その方が生徒会長らしく見えるかも、と。

 

それに、彼女が提示した青写真は、自分の予想に反し、案外価値があった。ただ、美園のプライド的にそれを認めるわけにはいかない。


 
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