No.494994

黒子のバスケで汝は人狼なりや?[誠凛編その1]

アキさん

黒バスで人狼を題材に書いてみました。趣味全開です。今回は誠凛編。キセキ+パートナーズのドリームチーム編までゆっくり続きを書いて完結させたいと思っております。また、シリアスVer.の人狼(ゲームではなく実際に人狼審問に巻き込まれた彼らの話になるので、死ネタ・R18Gが含まれる可能性大です。その辺りはサイトアップのみになる可能性も)も書きたいと思ってます。一気にUPしようとしたら文字数制限にひっかかりました……

2012-10-11 18:04:30 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:6479   閲覧ユーザー数:6452

とりあえず、以下注意事項。

 

・このお話は黒子のバスケの登場人物が対面式の「汝は人狼なりや?」をするお話です

・あくまでゲームをするお話ですのでシリアス要素はほぼありません

・むしろコメディ寄りです

・基本的に火神ん視点の小説として話が進んでいきますので、ログ形式ではありません

 

・中の人の参戦経験はC国で数度ある程度です

・F国のログも読み込んでおりますが、今回はC国仕様(狂人が囁きに参加できる)です

・役職配分は村5狼2占霊狂狩の11+1人村です

・吊り手計算が苦手なので間違ったらすみませんorz

 

 

本文中で簡単な説明が入りますので、ゲームをご存じなくとも判るように進めていきたいと思います。もし興味を持たれた方は「汝は人狼なりや?」もしくは「人狼ゲーム」で検索頂くと色々出てくるかと。

 

 

 それは春休みに入ったばかりの、とある日の放課後――。

 

 

「実はですね、火神君。赤司君がちょっとしたツテで――期間は限定されるんですが、自由に使えるコテージを手に入れたそうなんです」

「ちょっとしたツテって……お前コテージって普通、簡単に手に入るようなモンじゃねえぞ?」

「まあ、赤司君ですから」

 表情を変えずにケロッと言ってのける目の前の相棒は、コートの中で同じユニフォームを着ているときはこの上なく頼れるのに、プライベートになると一気につかみ所がなくなる。

 天井を仰いでから肩を落とした火神は特徴的な形をした眉端を歪ませ、呆れたようにため息をついた。

「お前らって、赤司に関する不思議を毎回それで片付けるよな」

 ここで言う『お前ら』とは無論、揃いも揃ってユニークな性格をしている、この相棒を含めたキセキの世代達を指している。

 あれをユニークと一言で表現して良いのかは迷うところであるが、火神としては他に的確な言葉を知らないので仕方ない。

 因みにここでいうユニークとは、日本語でいう「少々変わった」「珍しい」の意味合いとは少々異なる。英語でのuniqueは「他に類がない」「唯一の」の意味合いが強い。

 数回しか逢ったことのないキセキの世代の中でも、あくの強いキセキの世代達を一手にまとめ上げ、その主将を務めた洛山高校の赤司という人間とは、ウィンターカップでの衝撃的な出会いから試合にかけて、基本バスケ関連でしか接触した記憶はない。

 都内の高校に通う緑間に青峰、それから神奈川の高校である黄瀬は、交通機関を使って一時間あれば逢いに行ける距離だから必然的に交流もそこそこあるのだが、いかんせん京都と秋田は遠い。

 陽泉の紫原に関しては、同チームであり火神の頼れる兄貴分でもある氷室辰也から諸々聞くこともあるが、そういった人脈の一切ない赤司だけ情報が極端に少ないのだ。

 まだまだ計り知れない部分が多いので、こうして黒子の口から情報を伝聞することの方が多いのだが、感想を一言で総じるならmysterious――ミステリアス。

 日本語で言うと、確か摩訶不思議だったか。

 ――それはともかく。

 男子高校生が一人で住むには広すぎるマンションに暮らしている火神が言っても説得力は薄いかも知れないが、それには父親が一緒に住むはずだったという立派な事情があるわけで。

 一介の高校生がツテでコテージを手に入れたと言われても、それが当然だとは、とてもじゃないが思えない。

 いったい赤司ってのは何者なんだという空気が周囲を支配するが、黒子はそれがさも当然のように話している。

 この調子では恐らく当時帝光バスケ部に所属していた者達全てが、赤司に関してはこんな反応なのだろう。

「そうですか? でも他にぴったりの言葉が思いつかなくて」

「……ま、いいけどよ」

 良いようでしたら時間も惜しいんで続けます、と黒子が火神の疑問をあっさり流す。

 確かに良いと言って折れたのは自分だが、そうあっさり流されると若干イラっとする。

 その証拠に火神のこめかみが軽くヒクつくが、赤司についてこれ以上問答していても話が進まないのは事実なので、火神は不本意ながらも大人しく黙った。

「赤司君が言うには、折角だからいい余興を思いついたと。春休みの良い時期でもあることですし、リフレッシュも兼ねてそのコテージに僕と火神君の二人を招待したいそうです」

 命令の間違いなんじゃねえの――言っても無駄なのをこの一年でよく判っている火神は既に何かを諦め、髪をがしがしと乱雑にかき混ぜながら、自分と頭一つ分以上の身長差がある相棒を見下ろした。

「……で? そいつに俺も行けば良いわけ?」

「はい。そうして貰えると助かります」

「そりゃ別に俺は構わねーけど、それとこの状況がどう繋がるんだよ」

 ようやく本題に入れると安堵しつつも、ことが赤司がらみであることを知って不安を隠せない火神は、内心冷や汗を流しながらぐるりと周囲を見渡す。

 二年生は日向・伊月・木吉・小金井・水戸部・土田。一年生は黒子と火神の他に降旗・河原・福田。

 つまりはここ、相田スポーツジムの一室に、誠凛バスケ部の面々一同が全員集合していた。

 説明する側の黒子以外の誰もがここに集められた理由を一切聞かされていないようで、火神と同じように状況を掴めていないらしく、更にはキセキの世代がらみと聞いて、一様に困惑の表情で立っている。

 全員がミスディレクションオーバーフロウにでもかかったように黒子へと視線を集めている中、少し困ったように眉根を寄せた黒子が息を吐いた。

「赤司君の用意する余興っていうのが、いわゆる人狼ゲームなんです」

「JINRO?」

「やけに良い発音は流石帰国子女ですが、それじゃお酒です火神君。人狼ゲームの説明は後にするとして、当日はキセキの世代の皆が、パートナーを連れてやってきます」

「へー……って待て。つーことはタツヤも来るのか」

「ええ、恐らく。紫原君が連れてくるのは、恐らく氷室さんになるでしょう。他にも海常は黄瀬君と笠松さん、秀徳は緑間君と高尾君。足りない人数をどうするか僕の知るところではありませんが、多分そのあたりの面子でゲームをすることになると思われます」

「……で?」

「僕は、彼らに負けたくありません」

 瞳をらんらんと輝かせ、やる気十分の相棒をみた火神は心の中で、ああもうこいつ止まんねーなと呟き、ハハッと乾いた笑いを漏らした。

 人狼ゲームとやらがいったいどんなゲームなのかは判らないが、こうなった以上、最後まで付き合うしかないだろう。

 影が薄い上にぱっと見ておとなしく穏やかだと印象を抱く者が大半である、この黒子テツヤという相棒の中身は、その第一印象を大きく裏切ってくれる。

 火神自身も大概負けず嫌いなのは自覚しているが、黒子の負けず嫌いは自分のそれを上回っているんじゃと思うことが、今までの経験上多々あった。

 加えて頑固なのは筋金入りで、一度決めたことは余程のことでもない限り覆さない、男前な性格なのだ。

 それを踏まえて、ゲームに参加しないという選択肢が火神に残されているとは思えない。

 こちらの納得――というか諦めに近い雰囲気を肌で感じたのか、そのまま黒子が説明を続けた。

「このゲーム、かなり頭を使うんです。なので初挑戦の火神君が勝つというのは少々、いえかなり厳しいかなと。でも僕は負けるつもりはありません。なら負けてしまう前にリハーサルをすればいくらかマシになるかなと思ったんですが、二人で出来るゲームじゃないんですよね。で、困った僕はカントクに相談したんです。そうしたら、カントクがかなり乗り気になってくれて、全面協力を得ることが出来ました。良かったですね、火神君」

「おい待て、なんで俺が負けるの前提なんだよ。つーかなんで俺の為になってんだよ」

「練習しないと、火神君は負けます。無理です」

「てめえ、バカにしてんのか?」

「そうは言いませんが、万全を期すのは当然のことです。人狼ゲームは頭脳戦なんです。ゲームの概要も知らないままで、体力と本能メインな黄瀬君や青峰君、紫原君はともかく、頭脳派の赤司君や緑間君に勝てるとでも?」 

 うぐっと火神は息を呑んで押し黙る。

 少なくとも、実力テスト前に学力アップチームを組んで貰い、挙げ句緑間のコロコロ鉛筆に助けて貰った身分としては、頭脳戦に勝てるのかといわれると反論のしようがない。

「火神君。彼らに勝つって言ってくれたじゃないですか。僕と一緒に、キセキの世代を倒しましょう。赤司君の鼻を明かしてあげましょう」

「あれはそーゆー意味で言ったんじゃねえエエエエエエエエ」

「黙れバ火神」

「痛ってえ……なにすんだ! ……ですか」

 丸めた用紙で頭をすぱこーんと叩かれた火神が振り返ると、そこには腕を組んで仁王立ちしているカントク――相田リコの姿があった。

 思わず言いかけた文句の後半を無理遣り敬語に直し、それでもいきなり殴られるのは腑に落ちないと、口の端を曲げてリコを見下ろす。

 後方で伊月が「赤司の鼻を明かしちゃう……いいなそれ! ナイス黒子!」と嬉しそうな声をしているが、話がややこしくなるので今はスルーするに限る。

「キセキの学校が集合するんでしょ。二人が頑張ってくれないと、誠凛の恥になんのよ。わかる? キセキの世代に、誠凛の頭脳レベルが低いと思われるのだけは我慢がならないわ!」

「わ、わかった……です」

「よろしい――というわけで全員、今から配る用紙に目を通して頂戴ね」

 丸めた用紙を開いたリコが、そのうちの一枚を自分に手渡す。

 何かと思い火神は紙に目を落すと、そこには人狼ゲームとやらのマニュアルが書かれていた。

 はいはい順番にねーと言いながら、リコが残りのメンバーにも次々に用紙を手渡していく。そういえば誠凛バスケ部一同集合といってもリコの姿が見えたのはついさっきだ。

 くん、と紙に鼻を近づけて嗅いでみると仄かに香るインクの匂い。

 恐らくだが、リコはついさっきまでこれを何処かで印刷していたのだろう。

「こういうゲーム、私は嫌いじゃないわよ。メンタルを鍛えるのにも良さそうだしね。心理戦、駆け引き、ハッタリに状況分析。どの力もあって困るものじゃないし、研磨できるなら試合でも大きな武器になる――って黒子君に熱弁されてね。それについては私も全面同意。物は試しだからやってみようかと思って。たまには良いでしょ、こういうのも」

 珍しく満面の笑みを浮かべている黒子の胸中が見えるようである。上手くカントクを乗せることが出来て、してやったりな気分なのだろう。

 誠凛バスケ部において、カントクの権限というのはかなり大きい。彼女がこうだといえば大抵のことは決定されるのだ。

 純朴そうな顔をして、その実なかなか百戦錬磨なのは知っていたが、カントクを引っ張り出す黒子の知謀にはおとなしく敬服せざるを得ない。

「じゃ、黒子君に代わってここからは私が仕切るので宜しく。先ずは人狼ゲームの説明からいくわよー」

 こほん、とリコが軽く咳払いをしてから説明を始めた。

「このゲームの正式名称は『汝は人狼なりや?』っていうんだけど、まあゲームの成り立ちなんかはとりあえず割愛。興味があったらそれぞれで自宅に帰ってからでも検索して頂戴ね。ちなみにこのゲーム、経験者いる?」

「あ、俺やったことあります」

「降旗君が? 意外ねー」

「こうやって面と向かってやるタイプは初めてですけど、ネットの掲示板形式でなら何度か」

 成る程ね、とリコはさらさらと何やら手元のノートにメモを取る。

 角度的に火神の位置からは見えないが、恐らく降旗の項目に「経験者」とでも書いているのだろう。

「簡単に言えば、人間を食べる人狼と、ただの人間が一つの集団に存在していて、様々な能力者達を武器に、ディスカッションを経てフェーズごとに誰か一人を処刑していくの。集団に紛れている人狼を全員処刑してしまえれば人間の勝ち。逆に人狼はディスカッションの中で自分は人間なのだと周囲を騙しながらフェーズごとに人間を食っていって、最終的に人間より多く生き残ったら勝ちっていうゲームよ」

「へえ。なんだか面白そうだな」

「マジかよ伊月。俺なんてこのルール把握すんのに精一杯だぜ」

「大丈夫だって。日向、ゲーム結構好きじゃん。やってみたら案外楽しいかもよ?」

「テキトー言ってんじゃねえダアホ。いくらなんでもこんなん一朝一夕で出来るかよ……ったく」

 心底怠そうにプリントを眺めながら頭を掻いている日向の肩をぽんと叩いて「ま、やるだけやってみよう」と伊月が慰める。

「お、おい。なあ日向」

「なんだよ木吉。俺今こいつ読むのに忙しいんだって」

「人狼って本当に居るんだな!」

「だアホ。居るわけねえだろ。これはゲームだっつの」

「いや、だってほらここに『人狼の襲撃に遭うと、翌朝無残な姿で発見されることになる』ってあるぞ?」

「お前もういいから黙ってろ!」

 誠凛バスケ部の日常茶飯事な光景、いつものごとく不毛な会話をしている木吉と日向を横目に見ながら、小金井が挙手してリコへ質問を投げる。

「はいはーいカントク、この処刑と能力者って? よくわかんないだけど!」

「処刑っていうとちょっと物騒だけど、処刑された人はその場からドロップアウトすると思って良いわ。それから、人間達の中にいる能力者は、占い師と霊能者に狩人、狂人ね」

「四人ってこと?」

 そうね、とリコが小金井に頷いた。

「能力者の種類も本当はもっと色々あるんだけど、今回は未経験者ばっかりだし、最低限いると楽しい四種類にしぼったわ」

「へー」

「占い師はフェーズが切り替わるときに誰か一人を占って、対象が人間か人狼か判断できる。霊能者は処刑されたのが人間か人狼か判断できるの。狩人はフェーズの切り替え時に誰かを守護して狼の襲撃を撃退できるけど、自分自身は護れないわ。狂人だけはちょっと特殊で、人間だけど人狼の味方なの」

「人間なのに人狼の味方?」

 瞳にクエスチョンマークを踊らせた小金井が首を傾げた。ちらりと見上げて視線の合った水戸部も、やはり眉間に皺を寄せて同じように悩ましい顔をしている。

 ひょこっと顔をのぞかせた降旗がピッと人差し指をたてて口を挟んだ。

「狂人は人間に不利な動きをする役なんですよ、小金井先輩。でも人間には違いないから、例え怪しまれて占われても狼って結果が出ないんです。ルールによっては狼との会話も出来るんですよ」

「ほへー。でもさー降旗、会話って普通に出来るんじゃないの? ディスカッションで人狼見っけるんっしょ?」

「狼同士は特別に秘密の会話ができるんです。仲間同士で誰を襲撃するかとか相談が出来るんですよ。そこに狂人が混じれる場合と混じれない場合があるんです。掲示板形式だと裏チャットみたいなのがあるんですけど……カントク、対面式だとどうなるんですか?」

「そこはフェーズの切り替わり時に、他の皆に目を瞑って貰って、ゼスチャーで会話するって感じね。折角だし、今回は狂人入りで狼と会話できるようにしましょうか。降旗君の言う掲示板形式でやるっていうのも考えたんだけど、先ずはゲームを知って貰おうと思って対面式にしたのよ。こっちなら掲示板形式より簡略化されてるし、二時間もあれば終わると思ったの」

「確かに、掲示板形式だと一週間はかかりますからねー」

 周囲の会話に耳を傾けつつ、プリントに書かれたマニュアルを一通り読み終わった火神は、普段バスケットボールを掴んでいる大きな手で額を覆った。

 木吉や伊月は随分気楽そうだが、火神の心境はどちらかというと日向と近い。こんなもの、いきなりやれと言われても無理だ。

 そういう意味では当日のぶっつけ本番になるよりは、こうしてリハーサルの場を設けて貰ったのはありがたいのかもしれない。

 ――こんなゲームやらないのが一番楽なのだが、それを言ってはおしまいだろう。

「なんか……頭痛くなってくんだけど」

 冗談抜きに、こめかみあたりがずきずきと響くような痛みを訴えている気のする火神である。

「習うより慣れろっていうし、とりあえずやってみましょ。じゃ皆、円形に座ってー。ゼスチャーで判っちゃわないように、隣の人とは一定の距離を置いてね」

 カントクに言われるまま、ほぼ円形を描いて全員が床に腰掛ける。

 内側を向いて座っている面々の表情を見てみると、案外楽しそうな顔をしている者が多い。

 頭脳戦とはいえ、体力的にきつい練習よりも、ゲームが出来る方がいいと思っているのかもしれない。

(……ま、とりあえずテキトーにやるか)

 ふわあ、と欠伸をした火神が何気なく左側を向くと、そこにはやたら真剣な表情を浮かべ、何か言いたげな様子の黒子が居た。 

「火神君」

「……なんだよ」

「もしも君があまりに弱かったら、僕は降旗君を連れて行きます」

「はあっ?」

 だって彼のが経験者であるぶん勝率高そうですから、と黒子が淡々とした口調でこちらを見上げた。

 じっと見つめられた火神は、黒子の発言に内心鼻白む。

 人狼ゲームにおいては大まか事実ではあるのだが、降旗よりも明らかに格下だと宣言されたのだから、面白くなくて当然だった。

「君は僕の光ですよね?」

「たりめーだろ」

「というわけで、僕の相棒として一緒に行くためにも、頑張って下さい」

「上等だ!」

 売り言葉に買い言葉。

 この手のゲームはアメリカに居た頃にも誘われたことがあったが、はっきり言ってアウトドア派な火神にとって頭を使うセッション型のゲームは鬼門でしかなかった。

 けれど、こう真っ正面から挑戦されているのに、背中を見せて逃げるのは男がすたるというもの。

(そこまでいうなら見てやがれ。ぜってー勝ってやる)

 勿論黒子の為にキセキを倒すという部分も無くはないが、それ以上に火神の心中を占めるのは、男としての沽券、プライドの問題だった。

「じゃ、役職のカード配るから。自分で確認した後は伏せて、誰にも見せないでね」

「あれ。カントクは参加しないのか? ……んですか」

「私はゲームマスター。進行係みたいなものよ。あと、一番最初に必ず犠牲になる村人が居るから、その役を兼任ね」

 配られたカードをそっと覗くと、そこ描かれていたイラストは、やけにキャッチーでポップな人物で、あまりのポップさに火神は思わず吹き出しかけてしまう。

 だが笑う前に肝心の情報を確認しなければとカードをよくよく見ると、下の方に『村人』と書かれていた。

 つまり火神が引いたカードは――ただの人間だ。

(えーっと、てことはとくに役職じゃねえのか。頑張って狼を当てればいいんだな。でもって全滅させりゃいいんだよな。上等だ。誰が狼役かしんねーけど、俺の勘にかかりゃあチョロいぜ!)

 端から議論をする気も駆け引きをする気も皆無と言って良いことを思いつつ、火神は気合いを入れて拳をぐっと握りしめる。

 お前が狼なんじゃないのかと突っ込みを入れられそうな勢いの鋭い眼差しで、端から端まで全員を見渡した。

 とりあえず、表情からは何を引いたか読み取れそうにない。

「いい? じゃー一人一人カードを確認しに行くから、私にだけ見せてね」

 順々にカードを見てはメモを取っていったリコが、火神の前でしゃがんだ。

「頑張ってよ、火神君。誠凛がどう見られるかは、多分にあんたにかかってるんだからね」

「当然だ。……です」 

 闘志のみなぎる瞳でリコを見据えた火神は、心の底から燃えていた。

 

 ――こうして誠凛メンバーによる人狼ゲームの第一戦がはじまりを告げた。

 

 

 

 

「はいはーい、では始めます! 皆、自分の役所は判ってるわね!」

 ういーす、と一同から答えが返ってきたのを満足げに見渡したリコが、パーカーのポケットからおもむろにストップウォッチを取り出した。

 日々のトレーニングでいつも活躍しているシンプルな黒いストップウォッチをいったいどうするのか判らない火神は首を傾げる。

「カントク。何に使うんスか、それ」

「ん? ああ。これでディスカッションの時間を計るのよ。初回だからある程度は見逃してあげるけど、基本は十分間よ。その中で全部を決めて貰うわ。でないと延々話し合いが続くことになっちゃうからね」

 成る程、と火神は納得する。確かに制限時間を決めないと意味が無いし、時間制限がある方が面白いだろう。

「というわけでファーストフェイズ――以下、一日目って呼ぶわね。最初だけ私が議題を出してあげるけど、以降は自分達で決めること。ここで決めるのは、能力者達に出て貰うか隠れ続けて貰うか。あとは今日、誰を占うかってことくらいかしら」

 てきぱきと説明を続けるリコに一同の視線が集まる。

「初日に襲撃されるのは私って決まってる。ゲームでいう、食べられちゃうのがお約束のノンプレイヤーキャラクターだと思ってね。それから狩人役の人は、今日だけは私のことを保護できません――言っとくのはこれくらいな。それじゃ先ずは狼と狂人の人達で一日目の相談をして貰うわ。全員、一旦目を瞑って下を向いて。判ってると思うけど、薄目開けてズルなんてしたら……練習、三倍だから」

 良い笑顔で放たれたリコの言葉に全員の顔がざあっと青ざめて、一同は人に触れられたオジギソウのようにばばばっと頭を垂れる。

 ただでさえハードな練習が三倍になるなど、インターハイの予選リーグで負けたあの時を思い出すと今でも死ねる、と全員の怯えた瞳が語っていた。

 ただの村人である火神も大人しく目を瞑って下を向き、腕を組んだ。

 部屋が明るいので瞼の裏は完全な暗闇では無く、表現の難しい不思議な色をしている。

 基本的に寝付きが良い方な火神としては、目を閉じたこの状態があまり長く続くと、完全な暗闇でないにしろ眠ってしまいそうだった。

「はい、それじゃ狼役は顔を上げて。――うん、じゃ次に狂人役も顔上げてね。はい、ゼスチャーで会話開始。どうしても伝えたいことがある場合は私が伝言するから、耳打ちしてね」

 眠りに落ちないよう、何か考えていなければと思った火神は、これくらいならズルにならないよなと、周りの気配から誰が何かをやっているのか探ろうとする。

 だが円形に座っているとはいえ、ある程度の距離を取っているため、身振り手振りの空気はなかなか伝わってこない。

 耳打ちも同様で、耳をそばだててみるも骨折り損で、残念ながら何も聞きとることは出来なかった。

(あー……くそ、まどろっこしい。犯人、じゃなかった狼探しとかマジ勘じゃダメなのか)

 だがこれに勝たなければ。せめて良い勝負が出来ると思わせられなければ、黒子と共に赤司のコテージとやらへ行ったところで、キセキの世代達にバカにされるのは明白だ。

 それは断じて避けたい。誠凛がバカにされるのも我慢がならないが、火神自身も例えバスケ以外だろうと彼らに負けるのは御免だった。

 おまけに、黒子まであんな挑発的なことを言ってくれたのだ。

(ったくよー。あいつ判ってンのか? 俺が行く義理なんてねえんだかんな、本当は)

 目を閉じたまま火神は心の中で愚痴愚痴と文句を垂れる。

 ハッキリいってキセキの世代からの呼び出しなど面倒なことこの上ないし、断ることなど幾らだって出来る。

 大事な相棒である黒子の頼みだから行っても良い、というだけなのである。

 にもかかわらず、勝率だけを考えて自分の代わりに降旗を連れて行くなどと言われ、男として何より黒子の相棒を自負している身として、そうそう簡単に引き下がれる問題ではない。

 自分をじっと見つめた、暗に「火神君ならやってくれますよね」という思いを伝えてきた黒子の視線を瞼の裏に浮かべる。

 大人しげな外見にそぐわない、火の灯った強い光。

 実際普段はあんなに影が薄いのに、自分へ見せるいっそ頑なとすらいえる譲らない表情は、何処が影だと言いたくなる火神である。

 そして火神は、そんな相棒の持つ意思の強さと、自分に向けてくれる信頼が嫌いではないし、もっと有り体に言えば気分が良くもあるのだ。

 キセキの世代達が欲して得られなかった、黒子に相棒として選ばれていることの優越感も手伝って、そんな相手から寄せられる期待には応えてやりたいと思ってしまうのが、火神の甘さでもあり良さでもあった。

(わーったよ、わーったっての。やってやるよ。……勝てるかしらねえけど、勝つつもりでやるから見てろ)

 苦手でむかつくキセキの世代の一人である緑間の言葉を借りるなら、人事を尽くして懸命に待つ、だったか。

 いや、少し違うかもしれない。

(あれ、正解は……なんだっけ。忘れちまったわ)

 目を瞑ったまま頭をがしがし掻くが、正しい言い回しを思い出せない。

 まあ、現国のテストでもないし正誤の感覚があるだけマシだろうと、そこはスルーでいいかと火神は再び腕を組んだ。

「はーい、全員目を開けて良いわよー。それじゃ今度は全員で話し合って頂戴。始めっ」

 かちり、とリコがストップウォッチのボタンを押す。

 ずっと目を瞑っていたから、いきなり開けると部屋の照明がやけに眩しく感じられた。

 ほぼ全員が同様だったらしく、各々が目を擦ったり瞬かせたりしていた。

 急激な明暗の変化を動じていないのは木吉だけのように見えて、ぽやんとした笑みを浮かべている。

 試合の時はもの凄く頼りになる存在なのは知っているが、普段の木吉は火神からしたらどうも苦手な部類に入るのである。

 決して嫌いではないし好感も持っているのだが、主将である日向の言葉を借りるならばまさに変人な先輩で、時折対応に困るのだ。

 本当に相変わらずよくわかんねー人だ、と火神は軽く肩をすくめた。

「…………とりあえず、黙っててもしょうがないから皆、何か話そうか。時間も十分しか無いわけだし」

 最初に話題を振ってきたのは沈黙に耐えきれなくなった伊月で「そうだな」と頷いたのは日向だった。

 アイコンタクトを交わす二人を見て、そういえば木吉が復帰してからは日向と木吉が一緒に居るところをよく見るが、その前までは伊月と日向でいるのが当たり前だったような気がする、と火神は思う。

 ポイントガードとシューターという、コートの中でもコンビネーションが求められる位置関係だからかもしれないが、なんとなく二人の間には割っては入れないような空気を感じていた。

 そもそも確か、あの二人は――カントクもそうだったと言っていた気がするが、確か中学から一緒だったはずだ。

 だからそこに呆気なく入ってきた木吉を色んな意味で凄いと思っていた。

 その木吉はのほほんと成り行きを見守っている感があって、この人はゲームに参加する気があるんだろうかと首を傾げたくなる。

「っつっても、何言えば良いンだよ――ですか」

「何って火神決まってんじゃん。お前が狼かどうかだ!」

「俺は違えっスよ!」

「いや待てコガ、火神も。それ素直に言っちゃったらゲーム終わるし、だいたい実際に違うともそうだとも言われても、聞いた俺達は何の根拠も無い発言としか取れないだろ」

 肩をすくめた伊月が、小金井と自分達を宥めるように苦笑する。

 確かに、違うと主張するのも一方的に決めつけるのも、当たっていようがいまいが、そこに何の根拠もなければ周りを説得することは出来ない。

 何かしらの根拠が無ければ『どうしてそう思うのか』が答えられないのだ。

 勘である程度何とかなると思っていた火神だったが、想像よりもかなり面倒なゲームのようで、火神は内心げっそりとため息を吐く。

「つってもなあ……」

「うん……」

 河原と福田の一年生人狼未経験者コンビ顔を不安げに見合わせる。

「緊張すんなって。本当に死ぬわけでも狼に喰われるわけでもないんだし、気楽にいこーぜ」

 経験者である降旗が二人に余裕の笑みを見せると、二人から「降旗のくせに生意気だっ」「てめっ余裕じゃんか」と笑いながら突っ込みを受けていた。わやくちゃにされている降旗が「ギブ! ギブ!」と両手を挙げている。

 三人を微笑ましげに眺める伊月が、パンパンと手締めながら「はいはい、お前ら静かにな」と苦笑した。

「とりあえず、えっと俺が暫定的にまとめちゃって悪いけど――能力者、だっけ。その人達が出てくるか、隠れてて貰うかどっちが良いかな。意見ある人は出して」

(流石、ここぞってときにまとめてくれるのは伊月先輩だな。キャプテンシーっつかリーダーシップは主将のが勝るけど、こういうときはやっぱ伊月先輩か)

 ぐるりと皆の顔を見渡して意見を募る伊月を見て感心する火神だが、肝心の自分の意見はさっぱりだった。

 何か言った方が良いのは判っているのだが、どうすべきなのか火神には見当がつかないのだ。

 とりあえず、状況を一つ一つ順番に理解してみることにする。

(えーと。能力者ってのは占い師と、霊能者と狩人だよな。狂人と人狼は敵だから出てくるわけないとして)

 うーんと火神は喉を軽く鳴らして考える。隠れていることのメリットは、狼に見つからないで皆の中に紛れていられること。つまり、喰われる確率が減る。

(でも、狩人が居るんだよな? 狩人って、人護れるんだよな?)

 リコの言葉を思いだす。狩人は、自分で自分は護れないが、誰か一人を護れる存在だ。

 なら狩人は隠れたままで、出てきた能力者は狩人に護って貰えばいいんじゃん、と火神は安直に考える。

「伊月センパイ。俺、出てくりゃいいと思うんスけど。でもって狩人に護って貰えば良いんじゃないスか。あ、狩人は隠れたまんまで」

「いーや俺は反対。占い師と霊能力者、二人居るんだぜ。それに対して狩人が護れるのは一人だけなんだろ。それじゃどっちか喰われちまう」

「火神は賛成、日向は反対ね」

 伊月がさらさらとメモを取っていく。

「なあ、狩人は隠れたまんまってことでいんだよな? 確か自分で自分を護れないし、出ちゃったら喰われちゃうよな」

 首を傾げた小金井の問いに、その方が良い、と言わんばかりに水戸部が頷きを返した。

「あーでもさ、狩人は隠れたまんまでもいいかもしんないけど、能力者が出てこなかったら狩人が困んないかな。だって、能力者が誰かわかんないんじゃ、誰を護ればいいんだろ。テキトー?」

「小金井先輩」

「なに? 黒子」

「もし占いと霊能者のどちらかに偽者が立候補したらどうしますか?」

「え。狼が、俺占いです! とか言うってこと?」

 そうです、と黒子が小金井に神妙に頷く。

「その場合でも、狩人はどっちを護れば良いか判りません。だから護るときは狩人の勘に任せても良いと思います。というわけで、僕も表に出るのは反対に一票です」

「あー、そっか……頭良いなあ黒子。んじゃ俺もはんたーい。水戸部も?」

 こくり、と二人の会話に納得したらしい水戸部が頷く。

 いつも思うがあそこの意思疎通はいったいどうなっているのだろうか。話が通じるから問題ないと言えば無いのだが、ディスカッションが重要なゲームでまで口数少ないのは問題のような気がする火神である。

「黒子と小金井、水戸部も反対、っと。あ、ついでに言っておくと俺は、占い師は狼を見つけた時点で出てくれば良いんじゃないかと思ってる。つまり、少なくとも今日のうちは反対かな。霊能者は……うん、そうだな。やっぱり狼を見つけるまで隠れる、かな?」

 会話をまとめていた伊月がそう意見を述べると、話の流れに乗っかるように、福田と河原、土田も能力者は隠れていた方が良いと言い出した。

 段々と隠れている派に票が集まっていくと、能力者が出てくる派に票を投じた火神は居心地が悪くなってくる。

「あ、あのっ伊月センパイ」

「何? 火神」

「えっと……狩人が護れンのは一人だけってんなら、その、占い師と霊能者の、どっちかだけが出てくるってのはダメなんすか」

 我ながら良い提案ではないかと思った火神だったが、隣にいた黒子がちらりとこちらを窺うように見上げてきた。

「なんだよ」

「火神君、どうしてそんなに能力者を表に出したがるんですか」

「どうしてって……その方が判りやすいだろ。考えるにもちっとは情報ねえとワケ判らねえまんまだし」

「理由はそれだけですか?」

「黒子?」

「いえ。ただ、もしも僕が狼だとしたら――早く能力者に出てきて貰って、さっさと始末したいなあって思うので」

「なっ!」

 しれっとそう言った黒子の言葉にハッとした空気が一瞬流れ、全員の視線が自分へと集中した。

 黒子の言いたいことを察し、皆の目に疑いの色が多分に含まれているのを敏感に察した火神は思わず首と両手を勢いよくぶんぶん振る。

「ちょ、待て待て黒子! 皆も! 俺違うから! ほんと違うって!」

「あまり慌てると逆に怪しく聞こえますよ、火神君」

「お前が変なこと言うからだろーが!」

「僕はあくまで疑問と所感を述べただけです」

 この空気はヤバい、と火神は肌で感じる。

(くっそ、なんだってんだよ!)

 たかがゲームでしかないのに、信頼を寄せているチームメイトから疑いの目を、しかも自分が無実なのにもかかわらず向けられ、違うと言っているのを信じて貰えないのはなかなかにキツい。

 しかも、こいつの為に頑張ってやろうと思った黒子その人の発言が切欠なのである。

 思った以上の動揺振りに、ここにいるメンバーの存在というのは、約一年の高校生活とバスケを通してこれだけ大きくなっていたのだと火神は改めて実感した。

「反論はないんですか。僕だって別に、すすんで火神君を疑いたいわけじゃありませんし、言いたいことがあるなら聞きたいですよ?」

「ぐっ……」

 意見を求められている以上、上手いこと言い返したいのだが、心の中でとにかく自分は違うんだと焦る気持ちが空回ってばかりで、説得に至らない。

 ――困り果てた火神への助け船は、意外なところからやってきた。

「黒子。俺も火神と同意見だぞ」

「木吉先輩も、能力者を出したい派ですか」

「ああ。だって俺も含めて初心者がいっぱい居るんだ。誰が何の役割なのか判りにくいよりも、判りやすい方が良いだろう? その方がきっと皆で楽しめる」

「木吉先輩の理屈も判りますけど、それってゲーム的にどうなんですか。やるからには勝ちたいんですけど」

 勿論、と木吉は一同を見回してから改めて黒子と自分へ視線を寄越し、片目を瞑って見せた。

「俺は負ける気は無いさ。でもって経過も皆で楽しんでこーぜ?」

 な、と邪気無く木吉に満面の笑みを向けられ、ずりぃなあ、と火神は木吉を見遣った。

 こういうことをあっさり言ってのけて、なんとなく納得してしまう何かを持っているのが木吉という人だ。

 おかげで少し落ち着けた気がする。

 ぽりぽりと頬を掻きながら、火神は未だ半分ほど疑いの眼差しを浮かべている黒子を斜めに見降ろした。

 身長差もあって、同じく座っていても座高の差があり、どうしても見下ろす形になってしまうのだ。

「あー……黒子。俺はさ、木吉先輩とちょっと意見は違うけど……その、上手く言えねーけど、能力者の意見って奴が聞いてみたい。それにもし、能力者が誰なのか知らないうちに狼の奴に喰われちまったら、何も聞けなくなっちまうだろ? だから、今のうちにって思ってさ」

「成る程。僕と考え方は違いますが、言いたいことは伝わりました」

 それで良いんですよ、と黒子ににっこり微笑まれた火神は「ならいい」と言って視線を反らし、軽く舌打ちする。

 褒められたのは嬉しいのだが、なんだから言い方が気にくわないというか、癪に障るというか。

 けれど認められて喜んでいる自分も居て、どうにもむず痒く、そんな態度になってしまった。

「あのー、俺も役職フルオープンでも良いと思います。村側にはちょい不利かもしれないけど、別にそこまで悪い作戦ってワケじゃないし、実際よくある戦術ですし。最初は判りやすいっていう木吉先輩に賛成で」

 経験者である降旗からも票が入り、なんとなく胸の内側が落ち着くのが判る。本来のゲームでも普通によくある戦術と言って貰えたのも大きい。

 同意してくれる人間の存在や、意見が違っても理解を示してくれる相手の存在にホッとしてしまう。

 おかしなものだが、木吉と降旗に後光が見えるくらい有り難い。

 自分の考えがマイノリティかもしれない恐怖ってあるんだなと、火神はこのゲームの奥深さを感じ始めていた。

「皆、それぞれの意見はわかったかな。とりあえず多数決で、木吉、火神、降旗には悪いけど、今日のところは能力者のカミングアウトは無しでいこう。あと今日占いたい人を決める時間は……カントク、あと何分?」

「もうすぐ一分切るわよ」

「あちゃ、話し合ってる時間はなさそうだな」

「伸ばしてあげてもいいけど?」

 くすりと口の端で笑うリコに、伊月が「折角だからルール通りに行こう」と笑み返す。

「じゃさ、占い師の人は勘で怪しいかもって思った人を占うってのはどうかな。もし占い結果で狼を見つけたら、明日教えてもらう」

 それまで口数少なかった土田が、我名案閃きといった表情を輝かせ、ピッと人差し指をたてた。

「え、でもツッチー。それで今日の占いで狼が見つからなかったら? この人は人間でしたーって、占い師の人はいつ言うの?」

 再び小金井から発せられた質問に、日向が肩をすくめて答える。

「今後の話し合いで能力者が出るって決まったら、そんときに誰を占ってたかいえば良いんじゃねえの」

「そうだな。時間も無いし、日向と土田の案でいこう」

 各々の意見を受け、綺麗に場をまとめる伊月に、うんうんと全員が頷く。

 実際、伊月のまとめた結果が正しいか、火神には判断がつかないない。

 この結論がミスリードになっているかもしれないし、そもそも彼が狼達の一人であったなら流れを良いようにされていることになるので、それこそ恐ろしいの一言に尽きる。

 が、こうして意見促し更にまとめて結論を出すというのがどれだけ大変なことかを思うと、今更ながら伊月の能力に火神は感服する。

 決して過小評価していたわけではないし、こういった役割はカントクが担う場面が多いので見逃しがちだが、イーグル・アイに注視されがちな彼の人徳と資質と言えるだろう。

 自分の意見が結果的に却下されたのは少々納得いかないが、こういう場で多数決になるのは基本だし、反対を提示した皆の意見を覆すほど説得できなかったのは自分だ。

「はい、それじゃそこまで! 全員目を閉じて下向いて頂戴」

 開始時と同じように狼役と狂人役の相談時間が持たれ、追加で占い師に誰を占うかの問いが投げられる。

(占い師、誰なんだろな。さっきの話し合いでそれっぽい奴いたかなあ……)

 能力者を隠したがっていた中にいそうだ、と火神は思う。

 オープンで良いと言った自分達――降旗と木吉は違うだろう、多分。自分が喰われてしまうかもしれない可能性を高めるとは思えないからだ。

 もしかしたら、裏を掻いて実は、ということもあるかもしれないが。

(なーんか、疑われるのは怖いっつかヤだけど。結構面白い、のか?)

 初めほどゲームを厭がって居ない、むしろ面白がり始めている自分に火神は少しばかり驚く。

 悔しいのでゲームが終わっても言ってやる気はさらさら無いが、話し合いの中で相棒である黒子の理解を得られたのが大きいかもしれない。

 村人という立場は何も判らず手探りの状態でゲームを進めなければならないが、故に全てが謎で、それをすこしずつ解明していく楽しさがある。

 今のところはまだ手探りで、暗闇の中を彷徨い歩いているようなものだ。

 だが、火神の持論である『人生、挑戦してナンボじゃん』に照らし合わせると、この状況もまさに狼達からの挑戦なのだ。

 必ず狼達を見つけ出してやる――ゼスチャーが繰り広げられているだろう空間で、火神は目を開けたときに新たな展開が訪れるのを楽しみしていた。

 

 

 二回目の暗闇時間を終えた一同が、リコの指示に従って目を開けた。

 先程よりも占い師とリコのやり取りが増えて幾分長めだった所為か、やはり目を開けた直後はしぱしぱと瞬かせてしまう。

 ふわあ、と眠気が連れてきた欠伸をひとつ吐き出すと、ちらりとリコから呆れた視線を送られた。

 気まずげに頭を掻いた火神だが、目を瞑っていたのに酸素不足の脳が反応しただけなので、少なくとも開始当初よりはやる気になっているのだから、見逃して欲しいと切実に思う。

 口元が緩んだリコの苦笑に、しょうがないわね、と言われたような気がして、火神はホッと胸をなで下ろした。

「はい、それじゃ二日目いくわよー。状況は、朝になったら私は狼に襲われて食べられちゃってましたってとこから。最初の犠牲者が出て、ここからがゲームの本番よ。今日からは処刑も始まるし、狩人の護衛が成功しない限り、この中の誰かが食べられてくからね」

 隣にいた黒子がこちらを向いて、手を口に当てながらこそこそと囁いてくる。

「火神君、火神君」

「何だよ。腹でも痛いのか?」

「違います。何か、あれだけ聞くとちょっと官能的ですよねと思って。狼に襲われたとか、食べられたとか」

「官能的? ……あー……おう、言われてみりゃ確かにそーかもな」

「だっ。ダァホ、お前ら何言ってんだ」

 即座に入った突っ込みに、火神は黒子と顔を見合わせて、ぽかんと日向を見遣った。

 ボソボソと声のトーンを落として黒子と二人だけで会話したつもりだったのだが、位置が近かった日向には聞こえていたらしい。

 ちなみに、国語の弱い火神は官能的という言葉が何を意味するか一瞬判らず、頭の中で検索してしまった。

(sensual――センシュアルって事で良いんだよな)

 訳に若干不安はあるものの、聞いたが最後、黒子から可哀想な目で見られることうけ合いなので黙っておく。

「え、だって思わねえ? ……ですか?」

 きょとんと首を傾げた火神は、やはり小声でリコに聞こえないよう日向に問い返した。

 狼に襲われる、というあくまで一般的に受ける言葉の印象として捉えただけのつもりで、リコがどうこうという深い意味は無かった。

 おそらくだが、黒子も読書が趣味だし、よく色んな本を読んでいるから、言い回しからそんな風に思っただけだろう。

 一般的に健全な男子高校生――にしては異性に対してかなり淡白な性質に見える黒子とはいえ、先程の発言に下心や他意があるようには感じられない。

(なんたってあの桐皇の美人マネージャーに水着で抱きつかれて平然としてるような奴だしな、こいつ)

 だが日向にとっては違ったようで、ほんのり頬を紅潮させて狼狽え、過剰な反応を見せる様子がなんだかおかしい。

 そういえば日向はリコの父親が勤めるこの相田スポーツジムと家が近所と言っていたし、詳しく聞いたことがないから推測でしかないが、もしかしたら中学が一緒というだけではなく幼馴染なのかもしれない。

 幼馴染の女の子が発した言葉に対して官能的と言われたら、そりゃあ反応もするかと火神は勝手に納得した。

「お前らな。んなこと言ってるってカントクにばれてみろ。狼に喰われる前に、俺らが死ぬっての」

「こらそこ! 何か言った?」

「いや何も!」

「言ってないです」

「っす!」

 リコの鋭い声が飛んだのに反射して日向と黒子が返したのに乗っかって、火神も慌てて頷く。

 ここでカントクであるリコの機嫌を損ねるような言動は、そのまま練習量に関わってくるので出来れば避けたいところだ。

 幸いにして、自分達の会話を単に雑談に興じているように見えたのか、そこまで気にしていなかったらしく、案外あっさりとリコからの追求は収まった。

 内心ホッとしているのは自分だけではないだろう。練習量が増えてとばっちりを食らう一同の顔も微妙な表情を浮かべていた。

 口は災いの元、被害については一蓮托生――火神はこの一年何度もリコによって思い知らされたことを改めて肝に銘じる。

「ったくもう。さっさと二日目いくわよ。始めっ!」

 仁王立ちしたリコの手によって、問答無用と言わんばかりに、かちり、とストップウォッチのボタンが押された。

「あー……えっと、とりあえず俺が継続してまとめちゃって良いかな?」

 反対の空気がないのを読み取って、了承を得られたと判断したらしい伊月が頷いた。

「じゃ先ずは占い師。あ、まだ反応はするなよ。昨夜っていうとなんか変な感じだけど、占い結果で狼を見つけてた場合だけ、発言してくれ」

 シン、と静まった場でそれぞれの視線だけが交錯する。

 なんとはなしに、火神は一同の視線を追ってしまう。

 あからさまに周囲を探るようにしている日向に、静かに目線を動かさない黒子。

 ひたすら落ち着かない様子を見せているのは小金井に福田、河原だ。

 困ったように微笑んでいるのが土田で、そんな土田に目を合わせて僅か口元を穏やかにほころばせたのが水戸部だった。

 窺うように瞳をキョロキョロさせて反応を見ている降旗は、対面式では初めてとはいえ、流石経験者といったところか。

 そして最後に、黒子とはまた違った雰囲気でどっしり構えているのが木吉だ。

(……視線から占い師を探すのは、流石に無理か)

 むしろ火神からすれば、本物の占い師がいったいどんな態度をとるか全く予想がつかないので、探るだけ無駄かもしれない。

 ただ、強いて言えば――。

(占い師がどうとかはわかんねーけど、さっきからなんか気になる人がいるンだよな)

 発言内容はむしろ自分と同調できる内容ばかりなので、こんな風に疑うのはゲームの趣旨として間違っている気はする。

 だが火神の中に潜む何か――根拠がなんなのかも判らないが、野生の感覚としか言いようのないものが訴える。

 人の良さそうな笑顔。果たしてこれが仮初めのもので、その正体は狼であったりするのだろうか。

「…………」

「どした? 火神。俺の顔になんかついてるか?」

「あ、いえ何もねえっす」

 そうか、と鷹揚に笑う木吉に火神は頭を掻いて曖昧に返した。

 先刻、自分に助け船を出してくれた相手を疑いたくはないし、実際のところものすごく疑わしいというほどでもなく、何となく気に掛かるという程度なのだが。 

(木吉センパイの何が引っかかるんだろーな。わっかんねー)

 腕を組んで先程の十分間を思いだしてみても、別に木吉一人を気にかけていたわけではないので、助け船を出して貰ったことしか印象にない。

 はた、と火神はもしかしてこれって、とあることに思い至る。

(このゲームって、印象強い何かがねーと信頼得るの難しいんじゃねえの? 逆に言えば、なんか一回悪い印象持たれたらやべえんじゃ。うわ、さっきの流れ考えたら俺もしかしなくても不味い? 黒子に話した内容で皆が納得し照れてたら良いんだけどな……)

 現に今、木吉と降旗に対して火神は無条件に近い形で疑いを持っていない。

 不思議なもので、木吉に対しては心の何処かに違和感を持っているものの、同じ意見だったという事実が心理的に疑うことを拒んでいた。

「見つけてない、みたいだな。ならこの後の議題は、占い師にこのまま隠れてて貰うかと、占いたい奴と……ああ、今日から処刑が始まるんだっけ。それも決めなきゃな」

 何気なく付け足された伊月の言葉に、空気がぴりっと引き締まる。

 喰われてしまうのは狼側の意図によるものなので純粋に『被害』なのだが、処刑となると明らかに『加害』だ。

 たかがゲームと判っているが、自分の一票で誰かがゲームからドロップアウトすると思うと気分が良い物ではない。

 もしそんなことを口にしたら考えすぎと言われるのだろうが。

「火神君」

「なんだよ黒子」

「全部が全部とは言いませんが、火神君て案外、考えてること判りやすいですよね」

「どーいう意味だ」

「火神君の性格からして、誰かを疑うのって苦手なんじゃないですか?」

 訳知り顔で言われるのは好きではないが、黒子に言われた内容は間違っていないので否定しようがない。

「……るせーよ。黙っとけっての」

「頑張って下さい。このゲームは人を疑うゲームなので」

 ポーカーフェイスと精神力鍛えるにはいいですよ、とにっこり付け加えられればぐうの音も出ない。

 不満の意を伝えるように火神はチッと舌打ちし、ふいっと黒子から顔をそらした。

「処刑の投票についてだけど、俺から提案があるんだけど良いかな」

「何だ伊月?」

 首を傾げた日向の問いに、うん、と伊月が頷いた。

「基本は多数決で決める――で良いんだよね? けどもし、それで能力者に処刑票が集まってしまった場合は、カミングアウトして処刑を回避して欲しい」

 伊月の言葉に、んー、と小金井が唸る。

「なあなあ伊月。それって占い師だけ? 狩人は?」

「個人的に、狩人は潜伏してて欲しいかな」

「何でー?」

 更に上がった小金井の問いを補足するように、ひょこっと首を前に軽く突きだした降旗が続けた。

「えーとですね小金井先輩。狩人はカミングアウトしない方が村に有利なんですよ。何でかっていうと、狩人は自分で自分を護れないから、「俺が狩人だ!」ってカミングアウトしたところで、自分の居場所を全員にばらすだけになるんです。狼からしちゃ狩人が誰か判ってラッキーってなるわけで、狩人は何も出来ずに襲われるって寸法です」

「ほへー」

「それに、狼側に『まだ狩人が居るかもしれない』って思わせることで、今後能力者が出てきたとき、簡単に襲えないように牽制出来るっていうか。ほら、もしまだ狩人が残ってたら本物の能力者に護衛ついてるかもしれないっすよね。護衛成功になるのは、狼にとっても怖いことなんですよ」

「ううううん? 後半はちょっと判んないけど……とにかく、襲われないために狩人は出てこない方が良いんだな」

「簡単に言えば、そゆことです」

 成る程なーと小金井が腕を組んでうんうん首肯する。

(……何か小金井先輩って狩人の事ばっか気にしてねえ?)

 あくまで火神の印象に残っているだけだが、思い返せばファーストフェイズ――一日目も、狩人の事を聞いていたのは大抵小金井だったような気がする。

 誰もが思う疑問ばかりだった気がするから、そこまで気にしても仕方ないかもしれない。

 が、気になるものは気になる。

 となると、小金井は狩人なのだろうか。

(でも、襲われたら不味いのに。あんなにしょっちゅう話題に出してちゃ、狙って下さいって言ってるようなモンだよなあ。俺ですら気付いたんだし)

 もしくは狩人が誰なのか気になって仕方が無い狼か、その仲間である狂人という線もあり得る。

 人の良さそうな丸っこい顔立ちは、嘘も駆け引きも無縁に見える。よく言えば人が良く、悪く言えば単純――それが火神の抱く、誠凛きってのムードメーカー、小金井に抱いているイメージだった。

 この人が実はしれっと演技をしていて、実は狼か狂人だなんて言われた日には、小金井の笑顔を素直に信じられなくなりそうだと火神はこっそり背筋を震わせた。

「降旗が全部説明してくれたけど、俺の言いたいこともそんな感じだよ、コガ」

「っつか伊月先輩、やったことないのにすごいっすね。俺、ネットの掲示板形式で初めて参加した時、そこまで頭まわりませんでしたよ。パニクっちゃって、目も当てられなかったです」

「ありがとう降旗。こういうゲームは元々嫌いじゃ無いけど、経験者に褒めて貰えるのは素直に嬉しいもんだな。……しっかし困ったな。占い師、まだ隠れてるか出てきて貰うか。皆、どうしたい? 今日からは本格的な襲撃も始まるから、万が一いきなり占い師が食べられてしまった場合、狼を見つけるのはかなり困難になる」

 眉を八の字にして本当に困った様子の伊月がこてんと首を傾けた。

(伊月センパイだから似合う仕草だな、あれって。俺がやってもキモいだけだし)

 議題とは見当違いの感想を胸に抱きつつ、火神は占い師のカミングアウトについて考える。

 隠れている間に喰われてしまうというのは、まさに一日目に火神が危惧したことであって、少しでも推理の情報を得たい側としては出てきて貰いたい。

 本物の占い師が出てくれば、狼側からも占い師の立候補があるだろう、多分。

 さっき降旗か黒子がそんなことを言っていた気がする。

(……あれ、なんで狼側から偽者が出るんだ?)

 ぐぬぬぬ、と火神は月面宙返りくらいの勢いでこめかみを押さえたまま頭をひねった。

 出来る限り状況を整理していかなければ、脳内のシナプスが伝送事故を起こして焼け焦げてしまいそうだ。

 オーバーヒートして湯気が出そうな思考を必死にこねくりまわす。

(えっとだ。偽者が占い師を名乗れば、占い結果がやりたい放題。でもそんなん本物が黙ってるわけねーよな。だから本物も名乗る。逆もそうか、本物にどんどん正しい結果出されちゃ狼もおちおち隠れてらんねーし、どんどん命があぶなくなってくから偽者を名乗る。で、占い師が二人になる。どっちを信じるか、出てきた偽者が狂人か狼か判断するは、村人の俺たち次第でって……ここまであってるよな?)

 狂人が狼達と会話できるから、狼達には二人居る占い師のうち、どちらが本物か判ってしまう。

 仲間じゃない方が本物だ。

 それに対して、狩人には本物がどちらか判らない。護るのは勘頼りになる。

 つまり――占い師が出るのは、危険極まりないのではないか。

 けれど、もし今日出てきて貰ったら。占い師が今日誰を占って結果人間だったのか、その情報は貰えるのだ。

 確実に人間だと判る仲間の存在。それほど心強い味方も居ない。何せ発言を無条件に信用できるのだ。

(あー! もうどっちが正解なんだよ!)

 果たしてどちらが寄り勝利に近いか。こればかりは、今の時点で見分けろというのはどだい無理な話だろう。

 ならば自分の最も信頼できるソース、勘に任せるしかないと火神は意を決した。

「俺っ、占い師は出ちまっても良いと思うっす」

 隣の黒子からジト目で見られているような気はするが、気にしない。

「火神君。今の状況で占い師が出てくるリスク、ちゃんと理解してますか」

「してるっつーの。考えた上で言ってんだよ。推理の情報が何もないよかいーだろ」

 憮然と答えた火神と思案顔をした黒子の会話に「まあまあ」と笑顔で割って入ってきたのは、やはりというかなんというか、またも木吉だった。

「俺も情報欲しいなあ。黒子こそずっと潜伏派っぽいけど、今日の占い師襲撃確率が低いとはいえ、ゼロじゃないのは判ってるだろう?」

「木吉先輩も、まだオープン派ですか」

「うん。俺、判りにくいのってダメなんだよな。勿論、ちゃんとリスクも承知してるぞ? だからそこは、狩人頼みだ。腕が良いといいなあ」

 はっはっはと何故か少し照れたように、けれど笑い声は豪放に木吉が笑む。

(狩人の腕に頼むって言っときながら、自分で照れてるし。――あれ、ってことは木吉センパイが狩人の可能性もあんのか。いやでも待てよ、くっそ判んねえ!)

 うーとうなり声を上げていると「木吉先輩はともかくとして」と黒子が再びこちらを向いた。

「火神君は、今夜占い師が食べられてしまう可能性が高くなるよりも、昨夜の占い結果だけでも知りたいと。占い師の延命よりも、そちらを優先すると。そういうことなんですね?」

「お、おう」

 わかりました、と黒子に神妙な口調で改めて言われると、選択をミスしたような気がしてくるから不思議だ。

 昨日と同じような選択をしただけのはずなのに、より重要な分岐ポイントになっている所為だろうか、緊張して掌にじんわりと汗を掻いてきた。

 というより、相棒である黒子に胡乱な視線を向けられるのがやはり堪えるのだ。

 意見のベクトルが異なるのだから、そこはもうどうしようもないのだが。

「じゃ、多数決を採るよ。占い師が出てくるのに賛成の人、挙手」

 未だ迷いが残っていないとは言えないが、それでも自分が決めたことだと、火神は真っ直ぐ手を挙げる。

 まとめ役である伊月の問いに対し、火神の他に挙手したのは一日目と同じく木吉、降旗。そこに何故か河原が加わった。

「……あれ、福田お前も?」

 怪訝そうに聞く火神に対し、河原は苦笑いしながら耳の後ろをポリポリと掻く。

「いや、だってさ。俺もう頭ん中パンクしそーで。不利になるかもってのは聞いたけど、それより自分がまともに考えられそうな方を選んどこうかなって」

「あ……だったら俺もそっちかなあ」

 おずおずと手を挙げたのは、やはり一年生仲間の河原だった。

「今のまんまじゃ、誰の言ってることも何か納得しちゃいそうでさ。せめて新しい情報があったらなって思う」

 やっぱそうだよなあ、と二人の不安そうな顔を見てしみじみしてしまう火神である。

 二人が自分と同じ側の意見になってくれたのが嬉しく、頬が若干緩んでしまう。

「じゃあ決を採るぞ。賛成は木吉、降旗、火神、河原、福田。んー……増えはしたけど、過半数には満たないな。……というわけで、賛成に挙手した皆には悪いけど、今日も占い師は隠れて貰おう。あ、霊能者も隠れてるで良いのか?」

「なあ伊月」

 普段から細めの目を更に細めて、遠慮深げに手を挙げた土田が提案する。

「霊能者が力を発揮できるのは処刑が発生してからなんだろう? だったら、今日の占い師みたいな感じで良いと俺は思うよ。占う先も、占い師の自由でさ」

「ツッチーナイス! うん、さっきと同じほうが判りやすいよな! って事でツッチーの意見に賛成ー。水戸部は?」

 土田の意見に同調した小金井が、悪戯好きな猫を思わせる目をくりんと輝かせた。同意するように、こくこくと水戸部が頷く。

「今日の占い先も、占い師の自由? 多数決で決めるんじゃないのか」

 心底意外そうな顔をした日向が目を瞬かせ、案を出した土田と、それに賛同した小金井と水戸部を見比べた。

 困惑したように伊月へと視線を寄せ、言葉にせずとも本当に良いのかと問いかけているのが判る。

 判断を決めかねているように眉根を寄せた伊月が腕を組む。

「難しいね。カントク、あと何分?」

「残り五分切ってるわ」

 もうそんなに経ったのかと、火神は驚きを隠せずに口を半開きでリコを観る。

 言いたいことを察してくれたらしく、リコはストップウォッチの液晶画面をこちらに向けてくれた。細かな時を刻み続けるデジタルな数字は、確かに五分を過ぎていた。

 思った以上に、体感よりも時間の進みが早い。

 リコの告げた時間を聞いて一旦目を伏せた伊月が、ふう、と迷いの色を見せる息を吐いた。

「これは俺個人の意見だけど、占い先も多数決で決めたいかな。ただ、時間がそろそろ不味い。処刑の投票もしなきゃいけないし、もしそこに能力者が居たらやり直さなきゃいけないからね」 

「あー……そっか。そうだな。んじゃ、仕方ねえか」

「っていうかさ。一応決は採ってるけど、何かさっきから俺一人で大事なとこ決めちゃってるみたいな気がしてくる」

 決まり悪げに片頬を引きつらせた伊月が全員を見渡した。

 まとめ役とはそもそもそういうものだと火神は思うが、伊月としては決定権を委ねられ過ぎるのも気になるのだろう。ましてやそれが勝敗に直接関わってくるのだから。

 あまり人の機微に聡くない火神の目から見ても、伊月は温厚な参謀タイプだ。場や意見をまとめるのは得意でも、決断を下したり場を引っ張っていくのは苦手そうに見えた。

 ぶっちゃけて言えば、思い切りの良さに欠けるというか。

 今の発言からして、火神が常から伊月に感じていたその見立ては、どうやら合っていたらしい。

「まあ、確かに伊月が最終判断下してるから気にするのも判るさ。でもな、そりゃあ伊月が狼だったら怖いけど、俺はまとめてくれて助かってるぞ?」

 皆もそうだよな、と同意を求めるよう木吉が笑いかけてきた。

 勿論、火神も木吉の意見に異を唱えるつもりは全くない。

 もし伊月が場をまとめてくれていなければぐだぐだなのは間違いないからだ。

「伊月センパイがまとめてくれてて、俺もそうだし皆もマジで助かってますから。もし今日の襲撃で伊月センパイ居なくなったらとか考えたら、誰がまとめるんスか」

「火神……」

「あー、だから、その。伊月センパイ、アンタもっと自分に自信持ってくれ……ださい」

「火神。ありがとうな」

「……ッス」

 周囲から「良いこと言うじゃん」と口々に褒められるのは良いのだが、伊月当人は何やら恥ずかしそうにしている。

 思ったことは基本的にすぐ口に出す、アメリカに居た頃はそんなの日常茶飯事だったはずなのに、相手に照れられるとどうも調子が狂う。

 とりあえず思ったことは伊月に伝わったようなので良しとしよう、と火神は自分も少々照れているのを棚にあげた。

 照れ隠しなのか、こほん、と伊月がひとつ咳払いをする。

「すまない、私事で時間を消費した。早速で悪いけど、処刑票を今のうちに集めたい。決める時間も要るだろうから、三十秒後に、せーの、で入れる相手を指さしてくれ。特に理由がある場合はそれも言っていこう」

「伊月君。カウントと、票を数えるのは私がやるわ」

「ああ。頼むよカントク」

「判った。それじゃ、処刑先のシンキングタイム、スタート!」

 いつの間に用意したのか、リコは口に咥えた笛をピッと短く吹き、それを合図に全員が一斉に考え始める。

 勿論火神も例外ではない。これまで考えてきた内容をまとめようと必死に頭を回転させた。 

(えーっと、怪しかった奴怪しかった奴……っつか、これだけで決めろとかマジ無理だっつーの。だからせめて占いの情報が欲しかったし、占い師に投票しないようにしたかったっつーのに……って待てよ。シンキングタイムが三十秒って短くねえ? 愚痴ってる暇なくねえ?)

 時間が短いと思うと余計に焦って考えが上手くまとまらない。

 それは判っているのだが、『自分と意見が違うこと』と『疑わしいこと』は火神の中でイコールでは無く、むしろちょっとした違和感のほうが気になっている。

 自分と意見が食い違っているだけで疑うなら、真っ先に思いつく候補は黒子だ。実際、何度も噛みつかれている。

 けれどそれはあくまで視点の違いを確認する、いわば相互理解のために話していたのであって、黒子が怪しいようには見えなかった。

(つーか、「もし自分が狼だったら」なんて例え、本当に狼だったらしねえよな)

 なので火神の中で、黒子はちゃんとした理由付きで最初から狼候補の論外なのだ。

 問題は、他の人――有り体に言えば木吉について、助けてくれた事実が心理的に票を入れるのを拒んでいるのと、違和感の根拠を挙げることが出来ないことなのだが、特に後者はこのゲームで致命的だった。

 ――そこまで考えた時点で、非情にも再び笛の音が短く部屋に鳴り響く。

「はい、ここまで。さて……顔色見てると決められなかった人も居るようだけど、そうなったらもう勘で答えて頂戴。案外勘って大事なのよ。決められない、なんて言わせないからね?」

 ちらりとリコが視線を送った先がどこかと火神が見てみると、案の定というか何というか一年生の未経験者組。

 お互いにどうしようと顔を見合わせているのでバレバレである。 

「それじゃいくわよ――せーのっ!」

 ええいままよ、と火神は己の勘に従い、それぞれもこの場の誰かに向かって指さした。

 十一本の腕がそれぞれあちこちを向いているという光景はなかなかシュールで、ぱっと見誰に票が一番集まっているのか判りにくい。

 いったい誰が処刑になるんだ、と火神を始め全員が心臓をどきどき鳴らしている中、リコが上から眺めながら票をまとめていく。

「結構ばらけてるわねー……んー、多いのは河原君かしら。日向君、小金井君、降旗君、土田君から入ってるわね。入れた人達、意見あるなら今挙げた順に発言宜しく」

 俺ですか、と弱々しい声を上げる河原に、リコに名前を挙げられた面々が意見を述べる。

「理由? 俺はまあ、なんつーか。占い師のカミングアウト時期で、意見を変えた一年組からランダムに選んだ」

「やー、狼っぽいのまだ見つけらんなくってさ。ワリ河原、勘だ!」

「悪いな、河原。俺も日向先輩と理由似た感じなんだけど、途中で意見がぶれて追従するのってさ、初心者もだけど、狼側にもありがちなんだ。同じような条件なのに何で福田じゃないのかってのは、河原の方が後からだったからかな」

「俺はコガと被ったな。うん、悪い河原。俺も勘だった」

 がっくりと肩を落とした河原の背中を「仕方ないって、俺達頑張ったよ」と福田が慰めるようにぽんぽんと叩く。

「一応聞くけど河原、お前は占い師か霊能者か?」

「残念ながら違います」

「そっか……なら、悪いけどこのまま決定かな」

「いえ、しょうがないですよ」

 そんじゃ俺はドロップアウトします、と力なく笑って立ち上がった河原の肩に手を乗せたのは、力づける笑みを浮かべたリコだった。

「お疲れ様、河原君。でもここからは私側に来られるから、楽しいわよー」

 へ、と言われている意味が判らない様子で、河原が首を傾げた。

「ゲームマスター側。つまり観客側になれるってこと。勿論、ネタ晴らしを最後まで待って、残った人達全員と一緒にカタルシスを得たいって言うなら、毎回きちんと目を瞑って貰うけどね?」

「あ、そういうことですか」

「そ。河原君はどっちが良い?」

「……ネタ晴らしにはすっごい心惹かれますけど、最後まで待ちます。その方が、皆と一緒にゲームできたって感じするし」

 うん、と頷いた河原を見て火神は、此奴良い奴だなホント、と呟く。

 目の前に楽しい答え合わせがあるのに、敢えて最後まで待つその理由が『自分が楽しむ』ではなく『皆と楽しみを分かち合いたい』からだというのが、河原のチームに対する姿勢が窺える。

 どうやら同じような感想を抱いたのは火神だけではないらしく、優しい笑みを浮かべるリコを筆頭に、処刑が決まったばかりだというのに、場には何処かほのぼのとした空気が流れていた。

「じゃ、河原君はこっちに。あ、うんその辺りに座ってて。――それじゃゲームに戻るけど、それぞれの投票先を言っていくから。河原君の次に票を集めてたのが、二票で鉄平よ。入れたのは、火神君と水戸部君」

 いきなり名前を呼ばれ、火神は焦る。

 ちら、と木吉を見ると何も考えていないような笑顔で自分と水戸部を交互に見て、「俺かあ」と暢気に笑う。

「えっと俺は……すんません、同じ意見多いし何度も助け船出して貰ってるんですけど……なんつーか、勘です」

「あ、水戸部も勘だってー」

 違和感については触れないでおくことにした。そもそも、違和感自体が勘のようなものなので、嘘は言っていないだろう。

 はいはーいと挙手した小金井がそう言うと、水戸部が肯定するように頷いた。

「後はそれぞれ一票よ。福田君は、降旗君ね」

「や、選べなくって何となく。あと、降旗経験者だし慣れてっけど、もしこれで狼だったら怖いなーと思って」

「鉄平は伊月君ね」

「助かってるのは確かだけど、まとめてる奴が狼だったら怖いだろ?」

「伊月君は、日向君」

「俺も勘みたいなもので根拠はないよ。ただ、日向がなんかいつもより口数少ない気がして。ボロ出さないようにしてるんじゃないかなとさ」

「黒子君は火神君ね」

 リコの言葉にぎょっとして火神は隣の黒子を見る。

 自分に向かった指は一つも無いと思っていたのに、まさか隣から票が入っていたとは夢にも思わなかったのだ。

 いつもと変わらぬ表情の薄さで、黒子がしれっと口を開く。

「すみません火神君。考え方は判ったんですけど、この状況で占い師のカミングアウトを推す人はどうしても狼に見えて」

「ちなみに、処刑投票に選ばれた河原君は、その黒子君に入れてるわ。河原君、最後に遺言を残せるけどどうする? 何かある?」

 後ろを振り返り、一メートルほど離れたところで体育座りをしている河原へ、リコが問いかける。

「特にはないです。黒子に入れたのも深い意味は無くて、同じ一年で入れやすかったってのと、初心者のわりに落ち着いてるのは仲間が居るからなのかなーって思ったくらいですから」

「判ったわ。さて、実は十分を既に超しちゃってるから、このまま狼達の相談時間と占い師の占い結果と霊結果を伝える時間入るわよ。じゃ皆、河原君も、目を瞑って。良いって言うまで目は開けないこと」

 言われるまま、全員がおとなしく瞳を伏せた。

「先ずは人狼役と狂人役、目を開けて――」

 またもやってきた暗闇の中、火神は短くも密度の濃い十分間に思いを馳せる。

 考えなければならないのは情報の整理なのだが、火神の頭を占めるのは、この一年間チームとしてやってきて、それなりに理解したつもりでいた仲間の新たな一面だった。

 特に河原について、火神の中で好感度が上がったのは間違いない。――いや、これで河原が狼側なら、それはそれで別方向の、案外食わせ者という意味での評価が上がることになるのだが。

 それでも、皆と一緒に楽しむと言った彼の言葉が色褪せるわけではない。

(……なんか、くすぐってえな)

 人を疑うゲームと言った黒子は、先程の河原の言葉はどんな風に響いたのだろうか。

 このゲームが終わったら――火神は自分を連れて行くかどうかよりも、自分へ票を入れてくれやがった相棒に、先ずは感想を聞いてみたい気がしていた。 

 

 

「はい、いいわよ全員目を開けてー」

 耳へ届いたカントクの声に、火神はゆっくりまぶたを開いた。

 流石に二連続で欠伸をしたら注意が飛んでくると思っていたので、今回は少ししか眠くならずに済んだとホッと胸をなで下ろす。

 処刑されてしまった河原に、お前の分まで頑張るからなとドロップアウト者のいるスペースをちらりと見ると、そこに居るのは何故か河原一人では無かった。

 二人並んで体育座りをしながらこちらを見ている。どういうことだと火神がじっと二人と見ているうちにふと水戸部と目が合い、まるで頑張れと応援しているような笑顔で、ひらひら手を振られてしまう。

 無口で長身でいぶし銀な先輩が見せた、意外と似合っている可愛い仕草に、いったいどう返したものかと火神は反応に困った。

 とりあえず、軽く頭を下げて会釈を返してみる。

「ねーカントク、何で河原だけじゃなくって水戸部もそっちいんの?」

 首をちょこんと傾けた小金井が挙手してリコに問いかけた。

 火神も聞きたかったその問いは、全員が同じように思っていたらしく、じっと皆の視線が集中したところでおもむろに咳払いをしたリコが「それはね」と神妙な面持ちで頷く。

「今日襲撃されたのは水戸部君ってわけ。だから今日の脱落者は二名よ」

 えっ、と申し合わせたように全員が驚きの声をあげた。

 確かに今日から襲撃が始まるのは判っていたが、やはり実際にドロップアウト者が出るのを見て驚きを隠せない。

 そもそも何故水戸部が襲撃されたのか、火神には理由が全く想像出来なかった。

「ということで、狼側からの襲撃を受けた水戸部君は、狩人の護衛もついていなかったので狼に食べられてしまいました。そして河原君は処刑されました。現在、残っているのは九名。状況確認、良いわね?」

 良いわね、と言われても火神は未だ軽く混乱している。目を瞑る直前の会話が処刑と占いのことばかりだったので、襲撃のことは頭からすこーんと抜けていたのだ。

「水戸部ー! 敵は討ってやるからなー!」

「小金井先輩、俺は?」

「うん、河原の分もついでに!」

「俺はついでですか」

 がくんと肩を落とした河原の頭を水戸部が優しく撫でているのを見ながら、火神は頭を抱えた。

(マジ、なんで水戸部センパイが襲われたんだ?)

 うううううんと唸る火神を余所に、「さー、存分に悩みなさい」と楽しげに笑ってからリコが「三日目いくわよー、開始!」とストップウォッチのボタンをかちりと押した。

「んじゃ、三日目は確認しなきゃいけないこと沢山あるからさくさくいこう。まず最初――占い師と霊能者は、昨日と同じく狼を見つけてた場合だけ名乗りを挙げて、見つけてない場合はとりあえず反応しない、でいいかな」

 先程、二日目で十分という時間が短かったのを痛感したのか、伊月が手早く質問に入る。

「なー伊月」

「ん? 何コガ」

「占い師は狼見つけるまで隠れてた方が良いのは判るんだけどさ。霊能者はもう出てもいいんじゃないの? 霊能者って、河原が人間だったか判ってるんだよな、確か」

「あ、うん」

「ならさ、推理の情報欲しいし。狩人も護る人決まるし」

 ふむ、と伊月が小金井に頷き、それから全員の顔を見る。

 視線がどうだろうと問いかけているのは判るが、たった今襲撃に因る犠牲者を出したばかりで、皆悩んでいるようだった。

「俺、出て良いと思います」

 沈黙を破ってそう言った声の主――降旗に、全員の視線が集まる。

「人狼ゲームってセオリーが色々あるんだけど、初めてやる人がいっぱい居るとこでは逆に邪魔になりかねないんですよね。だから、さくっと河原がどっちだったか判った方が吊り手計算も楽になると思うんです」

「降旗君。横から口を挟んですみませんが、吊り手計算って何ですか?」

「あ、悪い黒子。これ人狼の専門用語っていうか……えっと……簡単に言えば、村が全滅するまで後何回吊りが、処刑回数が残ってるかっていう計算のことなんだよ。例えばさ、今って残ってるの九人だろ? グッジョブが……あ、これ護衛成功のことな。それが出なければ、毎日二人ずつ減っていくだろ?」

 こくん、と黒子が頷く。聞きながら情報を処理し理解しているようだが、これが出来てどうして成績が並みなんだろうと、つくづく面白い奴だよなあと火神は相棒の横顔をじっと見つめた。

(毎日二人ずつ減る……あ、処刑と襲撃でってことか)

 つまりこの三日目が終わって四日目を迎えたとき、人数は七人に減るということだ。

 もし狩人が襲撃先を上手く護衛できたなら六人になるか、と火神は指を折る。

「で、人狼ゲームってのは狼陣営のが村人より多くなった時点で村は負ける。三人いる狼陣営が一人も減らなかった場合を仮定して、村が負けるのは最速で三対二で総人数が五人になったとき。そうならないように、残り人数が五人になる前に、確実に一人は処刑しないと不味いんだよ」

「ふむ」

「もし今日霊能者に出て貰って、処刑された河原が狼と人間どちらだったのか俺達に判れば、村には余裕があとどれくらいあるか判るって寸法さ。今のトコ、河原が人間だったとしたら、今日と明日のうちに狼陣営を吊らないと村が負ける。狼だったら一日余裕が出来る。この情報って、大きいだろ? だからはっきりさせる為に、霊能者に出て貰って河原の結果を聞きたいんだ」

「よく判りました。やっぱり経験者の意見は大きいですね」

 丁寧な降旗の説明を聞いて、周りからは何となく納得したらしい空気が流れているが、傍で聞いていた火神はまだ説明を理解するのに頭をフル回転の真っ最中だった。

 とりあえず役職をオープンにすること自体は賛成派だったので、特に口を挟まず成り行きを見守ることにする。

「霊能者は出るってことでいいのかな。――なら、言わせて貰う。俺は霊能者だよ。河原の結果は、残念ながら人間だった」

 静かな口調で伊月がそう宣言する。

 少しばかりの沈黙があり、他に名乗り出る者は居なかった。

 言葉通りホッと息を吐いて胸をなで下ろした伊月が「対抗はいないみたいだな」と安心したように微笑んだ。

(伊月センパイが霊能者。ってことは、村人なんだよな。狼の騙りもいないし、決まりってことか)

「確定ですね」

 これまた晴れやかな顔をした降旗が頷く。

「降旗、お前何でそんな嬉しそうなんだ?」

「そりゃ、能力者の確定はやっぱ安心するからさ。黒子や皆は納得してくれたけど、実際霊能者のカミングアウトを勧めたの俺だし。ここで対抗がきて、かえって村が混乱したら戦犯ものだったから、実は内心ひやひやしてた。賭けに勝てて良かったよ」

 ぺろっと悪戯っぽく舌を出す降旗の表情に、火神は意外なギャンブル性を見た気がした。

 一年生の中でも比較的落ち着いていながらも、好きな人が居てその子に振り向いて貰うためにバスケを始めたと例の入部恒例行事で言い切った。

 そんな降旗の印象は、男子高校生らしいノリの健全なチャラさを持ちながらも、ベンチ入りメンバーとしてテーピングの技術をカントクから習ったり、合宿の為に水戸部から料理を習ったりと、なんだかんだ真面目なムードメーカー――だったのだが。

(俺も教えたことあったよなあ、料理。だから真面目っつー印象のが強かったけど、意外と駆け引きとか平気でやってのけそーだな。そういやポジションもポイントガードだし、そりゃ頭回んなきゃ務まんねーか)

「ん? 河原の結果しか判らないんですか? 水戸部先輩の結果は?」

 怪訝そうに首を傾げた福田が挙手して伊月へ問いかける。

 それに対し、またも横から答えたのは降旗である。

 経験者だと解説大変だよなあと、火神は他人事のように感心した。

「あのな福田、狼は狼を食えないんだよ。だから、水戸部先輩が狂人の可能性はあるけど、狼ってことは絶対にないんだ」

「共食いできないってわけか」

「そーゆーこと。ま、狂人を食ってたらその場合は共食いって言っても良いかもしれないけど、この場面で狂人を食っても仲間を減らすだけだし、多分ない思う」

 考えているうちにまた新しい情報が入ってきて一瞬混乱した火神だったが、降旗と福田の会話から得た情報を加えて脳内を整理する。

 ――この三十分で、半年分以上の勉強をした気になっているのだが、言うとお小言の集中砲火になるのは目に見えているので大人しく黙って考えを進めた。

(えーと。伊月センパイが霊能者なのは確定で、その伊月センパイが言ってるから、河原も人間。降旗の説が正しいなら水戸部センパイも人間で。喰われた水戸部センパイはともかく、処刑された河原が狂人かどうかってのはまだ判らねえ。で、村にはまだ狼が二匹まるまる残ってる、か)

 吊り手計算とやらは、正直『計算』という単語が聞こえた途端、火神の脳は考えることを拒否していた。

 とにかく、村に余裕がどれくらい残っているかが判るらしいことだけは理解したので、一度話題に出たことだし、誰かが教えてくれるだろうと楽観視することに決定だ。

 ふむう、と火神は瞳を動かして全員の様子を眺めてみる。

 狼にとって、占い師より重要度が低いとはいえ、霊能者がハッキリするのは歓迎できない事態の筈だ。少なくとも火神は、自分だったら確実に焦っているだろうと思う。

 少しは慌てたり動揺したりといった感情が表に出ないだろうかと観察してみたのだが、怪しい片鱗は全く見えないのだ。

 こういう洞察力はそれなりにある方だと思っていたのだがと、火神は内心落胆した。

 もっとも、仲間であるというフィルターがかかって冷静に観察できていないことを、火神自身は気付いていない。

(……なーんか違和感あるって思った木吉センパイも、こうしてっと別に怪しくないしな)

 伊月が霊能者に確定し、疑う人間が一人減ったお陰で範囲は狭まったとはいえ、この七人の中に狼陣営がいるなど信じ難い。

(七人中三人居たら、ほぼ半分じゃねーか)

 つまり、今日狼を処刑できなかった場合、狩人が護衛しているところに狼が襲撃しにこない限り、明日は背水の陣になってしまうのだ。

 なんとかしてもう少し、処刑投票先の範囲を狭めたい。

「それじゃ、晴れて霊能者が確定したってことで、引き続きまとめをやらせて貰うよ。頼りないかもしれないけど頑張るから、改めて宜しくな。じゃ、今日どうするかなんだけど……占い師、ホントどうしようか」

「なあ伊月。俺思うんだけど、占い師にもそろそろ出て貰っていいんじゃないかな」

 困ったように目を細めて土田が挙手し、意見を述べる。

「僕は反対です。表に一人能力者が出ているのに、狩人の護衛先がブレるのはあまり歓迎できません。狼を見つけてからにして欲しいです」

 あくまで能力者は隠れている派らしく、黒子が即座に反対意見を口にした。

「俺は表に出る派かな。隠れてた方が安全とは言えねーんじゃねえの、そろそろ」

「ん。日向、どゆこと?」

「あー、だからな。河原が狂人だったか俺には判んねーけど、もし違うとしたら狼達は三人残ってんだろ。俺達は今九人だ。てことは単純計算で、占い師が今夜喰われる確率は、九分の一じゃなく六分の一なんだよ。対して、占い師は自分と伊月以外から狼を見つけ出さなきゃなんねー。こっちは七分の一だ。なら占い師に今日出て貰って、情報落とした方が良いってだけだ」

「すげー日向! 学年末テストの順位、俺よか低いとは思えないな!」

「おまっ、一言多いんだよコガ。つか勉強関係ねーし」

 身を乗り出した日向が手を伸ばし、小金井の頭を軽いノリで叩く。

 じゃれ合い始めた日向と小金井をみながら、福田が首を傾げた。

「……小金井先輩って、勉強は平均並って言ってましたよね」

「うん、いつも大体真ん中へん。あでも今回はちょっと頑張ったから、いつもより良かったんだ!」

 えへん、と腰に手を当てて胸を張る姿はなんだか子供っぽく見えて、質問した福田や自分と同い年に見えてしまう。

 たまに見せる格好良い部分もあるのだが、やはり普段の印象はあんな感じだ。これで先輩風を吹かすから余計に可愛いんだよなと火神は思う。

「その小金井先輩より下だったとか、日向センパイ、眼鏡なのに……」

「うっせーぞ福田。眼鏡が全員頭良いと思うなっていつも言ってんだろが」

「その台詞、毎回言ってるよなー日向。もういっそコンタクトにしちゃえば?」

「あのなあコガ。コンタクトにしたところで順位が上がるわけじゃねーだろが」

 すっかり雑談と化し始めている場だが、さっきの日向は言った意見は火神の中で強く残っていた。

 ゲームが始まってこれまであまり意見を聞かず印象が薄かったのだが、流石主将、決めるときは決めるらしい。

 何故なら日向の意見は、殆ど火神が思った危惧を代弁してくれたようなものだったからだ。

「あ、俺日向センパイと同じで。残りの人数考えたら、もし今日処刑を外しちまって占い師も喰われたりしたら怖いってのと、あと前から言ってる通り、情報欲しいんで」

「にしても黒子は慎重派だなあ。俺も、最初っからフルオープン……で良いんだっけ降旗。それが良いって言ってたから、今回もそれで行こう」

「あ、はい木吉先輩。フルオープンであってます。俺も、同じく意見は変えずにフルオープンで判りやすく、で。もう二回占いしてるわけだし、その結果も知りたいです」

 再び雑談から推理へと会話が移行し、バラバラと意見が出始めたのを見計らったのか、伊月が「よし」と頷く。

 火神も含め一同が一旦口をつぐみ、まとめの指針を待った。

「とりあえず決を採ってみよう。全体的に占い師に出て貰うって希望が多かったみたいだから……反対の奴、挙手してみて――あれ、誰もいない?」

「ここにいます」

 ぎょっとした皆が、声がした方向でおとなしく挙止している黒子へ視線を寄せた。

 隣に座っている火神ですらも、伊月と同じく反対者が居ないのかと一瞬思ってしまった位なのだ。伊月が見落とすのも無理はない。

「悪い黒子、見落とした」

「……構いませんけど」

 表情には殆ど表れなかったが、微妙に変化した黒子の声音と語尾に火神はピーンと反応する。

 あ、これは怒ってる――というより拗ねてやがると、火神は口を押さえて、緩む口元をぐっと引き締め、腹からこみあげてくる笑いを必死に堪えた。

 チームとしてやってきて一年、これだけ長く一緒に居れば誠凛メンバーが黒子を見失うこともだいぶ少なく無くなってきた。

 ではあるが、それでもちょっと気を抜くと見落としてしまう場面もあるのだ、こんな風に。

 久々にその気分を味わったらしい黒子が伊月に対してほんの少し見せた、駄々っ子のようにいじけた感情を垣間見て可愛く、そして面白く思うなという方が無理だろう。

 肩を上下させているのがバレたのか、隣の黒子がちろんと瞳で威嚇してくる。

「……火神君」

「なっ、何でもねえよ?」

「後で報復します」

「すんなよ! 何する気だよ! つか俺、まだ何も言ってねえし!」

「火神君の考えなんて手に取るように判りますし」

「お前がミスディレってんのが悪いんだろが」

「別に今はそんなつもりもなく、堂々と自己主張してたんですが」

 どこがだどこが、と突っ込みを返したかったが、これ以上黒子と漫才をして時間を食っては、まとめている伊月に申し訳ないと、火神は口をつぐんで肩をがっくり落とした。

「よーし。じゃ反対は黒子だけってことで、賛成者多数で占い師はカミングアウト。――黒子、ごめんな。ついでに、誰を占ってきたかも言ってくれ」 

 まとめ役である伊月の言葉に、二人から手が上がった。

(――げ。マジかよ)

 占い師だと主張する挙手をしている二人の顔を見比べ、火神は内心勘弁してくれと呻いた。

 どちらが本物か、占い師が二人出た場合は信用勝負になり、判断は村人に委ねられる――のだが。

「……まさか対抗が日向先輩とは思いませんでした」

「そりゃ俺の台詞だよ。ったく経験者相手に信用勝負とか、初心者には荷が重いっつーの。ま、負ける気はねーけど?」

 緊張気味に頬をひくつかせ困ったように対抗の日向を見る降旗に、不敵な笑みを浮かべてクラッチタイムに入ったのかと思わせる日向。

 どちらも狼には見えない。狂人にも見えない。

 降旗は頼りになる発言ばかりしてくれていたし、日向は初めの方で印象が薄かったものの、説得力があるうえに自分が同調する意見を聞いたばかりだ。

「とりあえず、二人とも一日目と二日目に誰を占ってきたか、理由付きで教えてくれるか? あ、えーと先ず挙手が早かった降旗から」

「えっと、俺は一日目に伊月先輩です。場のまとめ役だったので、此処が狼だったら誘導が怖いなと思いました。二日目は……実は、日向先輩なんですよね、これが」

「俺かよ!」

 思わず突っ込んでしまったらしい日向に、たははと困ったように降旗が頬を掻く。

「理由は、自分視点で白が出た伊月先輩に同調してる節が多く見えたので。まとめに沿って潜伏するのは狼の常套手段かなと思ったんです。まさかその日向先輩が対抗に出るとは思いもしませんでしたよ、ホント」

「成る程な。じゃ次、日向は?」

「あー。俺は一日目に水戸部。あいつが無口なのは性格だししゃーないけど、初めのうちに身の潔白出しといた方がヘタに疑うこともないと思った。二日目は木吉だ。怪しいっつか、フルオープンを推してたのは木吉らしいっちゃらしいが、このゲーム的な理由としちゃ、降旗や火神と比べると薄くてな。表に出て襲われンのもやだし、出来る限り隠れてたかった俺的としちゃ、いまいち信用がなー。ま、結果は白だったけど」

 肩をすくめた日向が説明を終えると、シンと誰も何も発言できずに場が静まり返る。

 無理もない、と火神は思う。

 この二人のうち、確実にどちらかが偽者なのだが、どちらの言っていることも間違っているように聞こえないのだ。

「……な、なあなあ。ホントにどっちかが偽者?」

「占い師は一人しか居ないからなあ……」

 小金井と土田が眉を八の字にして、困ったように顔を見合わせる。

「と、とりあえずだ。……どうしようか」

 まとめ役である伊月も混乱している様子で、誰か助け船はとキョロキョロ見回したが、誰も彼もがうんうん唸ってしまっている。

 かといって、混乱しているのは火神も同様で何も良い考えなど浮かんでこないのだ。

 というか、今日のフェーズではまともに意見を言えていない気がする。もう少し頑張りたいと思ってはいるが、二人の占い師を前にして火神の思考はすっかり空転状態に陥ってしまっていた。

「あの、伊月先輩」

「何だ福田」

「降旗がもし本物だとしたら、日向先輩は狂人ってことになるんですよね。そして、日向先輩が本物なら、降旗が狼か狂人か判らない」

「……そう、だな」

「なら、今日は日向先輩に降旗を占って貰って、降旗に木吉先輩を占って貰うのはどうでしょう。そうすれば、片っぽしか占い結果出てない人が居なくなるんじゃないですか?」

「それ良さそうだな!」

 ぽんっと手を打った小金井に、ふるふるっと首を振って反対意見を挙げたのは黒子だった。

「僕としては、占い師同士が占うのは勿体ない気がします」

「何でだ?」

 首を傾げた火神に、黒子がこんこんと説明を加える。

「狼がわざわざ表に出て占い師を騙る可能性が低いと思うからです。役割としては、普通に考えたら狂人が騙るんじゃないんですか? なので、日向先輩が本物だった場合、占いを無駄にしてしまいます。なので、気になった人を占う方が良いと思います」

「あー……なる」

 確かに、偽者の烙印を押されるかもしれない騙りに、わざわざ狼が出てくるかと言われれば、火神的にはノーだ。

 もし狂人がいなければ仕方なく出てくるかもしれないが、役目を考えればここは狂人が騙っていると考えるのがベターだろう。

 とすれば、どちらかが偽者なのは事実だとしても、結果は白が出る可能性が高いなら、わざわざ占いを消費するのも勿体ないという黒子の意見は理解出来る。

「さて、どうしたもんかな。カントク、後何分?」

「もうすぐあと四分よ」

「……よし、先ずは多数決。福田の案と黒子の案、どっちが良いか挙手だ。福田の案が良いと思う奴、手挙げてくれ」

 伊月の声に、複数の手が挙がる。

「えっと、俺と福田とコガ、土田と……あれ、降旗も?」

「俺としては、木吉先輩の結果が見たいだけってのがあります。襲撃に遭った水戸部先輩が人間だったのは判りますけど、木吉先輩がどっちかは未だ判らないし。俺視点では日向先輩はその、偽者なんで、その人が白結果出した人は気になるんです」

「そういうことか。えっと……四対五。僅差だけど福田の案でいこう。日向は降旗、降旗は木吉を占ってくれ」

「俺は降旗占っても黒子の言う通り多分白だろーなってのがあるから反対したいとこだけど、それで皆が安心するっつーなら仕方ないな」

 ぼやいて頭を掻いた日向が伊月に頷き、木吉が降旗を見て「頼んだぞ、降旗」と目尻を下げて笑う。

「意見は却下されちゃいましたが、初めて意見が合いましたね火神君」

「さっきのお前の意見が説得力あったんだよ。正直言って俺にはどっちの占い師が正しいかわかんねーし、それならちっとでも情報多い方がいーからな」

「君らしいです。でも報復は忘れませんから」

「そこは忘れとけよ!」

「あーほら火神、黒子。そろそろ時間も無いし、処刑の投票に入るから静かにな。判ってると思うけど、俺と降旗に日向、それから木吉は抜いて考えてくれ。時間はさっきと同じく三十秒で。カントク、カウントと集計宜しく」

「はいはーい。それじゃさっきと同じように、皆一斉に投票先を指さして頂戴ね。では、シンキングタイムスタート!」

 ピッ、と小気味よい笛の音が短く鳴り響く。

 さてどうしたもんか、と火神は腕を組んで悩んだ。

(つっても……日向センパイと伊月センパイ、降旗は除くから……小金井センパイと土田センパイ、木吉センパイに福田と黒子から選ぶんだろ? あ、占い対象だから木吉センパイも除外っと……って四人しかいねえ)

 狭まってくれたのは自分の希望通りなのだが、この中に二人――いや、木吉の結果次第なのでまだわからないが、確実に一人は狼が居るのだ。

 最初からの勘を信じるならば、投票したい相手は木吉になる。だがその木吉は、日向から白判定、つまり人間であると結果が出ている。

 占い師のどちらも本物に見えてしまっている火神からすれば、木吉は疑いの対象から外れる。

 だが逆に、その勘に従うと日向が偽者ということにもなるのだ。

 悩ましい問題だし木吉については未だに疑問が残っているが、今日降旗が占ってくれるのだし、その結果が出てからでも良いだろう。

(……っかんねー)

 そういえば狩人は果たして未だ残っているのだろうか――そこを考えた火神は、ドロップアウト組を見た。

 河原に並んで、にこにこと微笑んでいる水戸部の姿。もしかして、水戸部が襲われた理由は狩人だと思われたからなのでは無いだろうか。小金井が狩人ではないかと思っていたが、常にその意見に同意し頷いていた水戸部も条件は同じだ。

 もし小金井が狼で、水戸部の反応を試すためにあえて狩人の話題を振っていたとしたら。そうして水戸部が狩人だと思って襲撃したのだとしたら。

(いやいやいや、うがちすぎだっての俺)

 思えば小金井は今日も護衛先について真っ先に触れていた。今の推測が正しいなら、水戸部はもう居ないのだから、話題に触れる必要は無いだろう。

(とりあえず小金井センパイはまだ狩人の可能性あんし、パスだな。……まあ、今日も狩人狩人言ってて隠れる気ねーのかってんで信憑性薄いけど)

 残る三人のうち、黒子は考えが同じだったのが大きく、疑う余地は殆どない。能力者を出来るだけ保護していたいという一貫したスタイルも、狼には見えない。

(……福田か、土田センパイか)

 どちらも意見を言っていたが、大事なのは、どちらの意見がより狼に有利となるかだ。

 二人とも村側かもしれないが、狼だとしたら、自分達に不利になる意見は言わないはずなのだから。

 うがーっと頭をかきむしったところで、リコの笛がリミットを告げた。

(あーもうまだまとまってねえのに! も、いい。とりあえず途中まで考えてたやつでいこう)

「はーいそこまで! さーて皆、決まったかしら? 決まってないとしても決めること! いくわよー……せーのっ!」

 威勢の良いリコのかけ声に合わせ、全員が腕を上げて誰かを指し示した。

 今回は選択肢が狭まっている所為か、そんなに票はばらけていないように見える。

「えーっと、んー……僅差かしらねえ。一番多いのは、あら三票で福田君だわ。黒子君、日向君、火神君から入ってる。順に理由があったら言ってって?」

 うわ俺ですかまいったな、と福田はぽりぽり頬を掻く。

「僕は、自分と考え方が違った土田先輩と福田君で迷いました。どちらかというと占い能力の無駄遣いは控えたいと思ったので、今回の占い案を推した福田君を選びました」

「ま、俺も似たような理由だな。さっきも言ったけど、俺からしたら降旗を占う意味って薄いし。それを言い出した福田は占いを無駄にさせたい狼側なのかって、それが疑う要素だ」

「……すんません、俺も二人と殆ど同じっす。黒子の、占いの消費についての話に納得しちまったんで」

 なんだか意見の追従のみになってしまったようで居心地が悪い火神は、つい謝ってから意見を述べる。

「他の票も言っていくわ。後は全部同数で二票ずつ。先ずは、黒子君に投票したのが鉄平と福田君」

「ちょっと慎重過ぎるのが違和感でなあ。あとは、意見が違ってた中から勘だ」

「今日の時点でも占いが隠れてるって意見は、なんか……変な感じがしたんで」

「次に、小金井君に投票したのが伊月君と土田君ね」

「コガに感じてたのは、あまり自分の意見がないかなって。能力者のカミングアウトについては言ってるけど、それ以外は質問が多いんだよね。これに関しちゃ、土田もそうなんだけど」

「あははは、確かに俺も人のこと言えないけど、伊月と大体同じだよ。コガから具体的な意見ってあまり聞いてないと思って」

 えーと不満げに唇を尖らせた小金井をスルーし、リコは集計発表を続ける。

「最後に、火神君へ投票したのが小金井君と降旗君」

「自分と意見が違ってたのが黒子と火神だったんだよなー。で、黒子はバリバリ意見言ってたから、火神にした」

「火神、昨日まで結構積極的だった気がするんだけど今日になって急に失速したっていうか。大人しくなった気がして。意見言って目立つのを避けようとしてるのかなと」

 二人の意見を聞いた火神は、ぎくりと生唾を飲み込む。

 れっきとした村人である以上、後ろめたいことは何も無いのだが、二人の言い分はもっともで、ろくな意見を言えていない。混乱していた、は言い訳にならないのだと痛感した。

「じゃ、残念だけど今日は福田君にドロップアウト組へ行って貰うわ。何か遺言とかある?」

「特にないです。あ、そですね。俺も河原と同じで、最後まで楽しみたいんで答え合わせは後でってことと……伊月先輩、俺の結果宜しくお願いします」

 ぺこりと下げた福田の頭を見遣って一瞬きょとんとした目をしてから、霊結果のことだと把握したらしい伊月が「任せとけ」と笑った。

 いちいち礼儀正しい奴だなあ、と福田を見ながら火神は思う。

 一旦話を始めると長いことで有名で、会話がなかなか終わらないのは短気な自分と合わないだろうと、今まであまり福田と深く話す機会はなかったのだが、しっかり自分の意見を言う姿をみていると見る目も変わる。

 特に、今日のように自分が混乱してしまうような状況の中でも、情報を整理し意見が言えるのは素直に尊敬する。

 今度マジバに誘って、二人で話をしてみるのも悪くないかもしれない。

「はい、じゃまた全員目を瞑ってね。――はい、狼側は目を開けて――」

 閉じたまぶたの向こう側で交わされている遣り取りで、次は一体何が起こるのか火神には皆目見当がつかない。

 が、確実にゴールへ向かっているのは感じられる。

 そのゴールに佇んでいるだろう勝利の女神は果たして誰に微笑むのだろうか。

(……なんか、票を入れたのは俺なんだけど、福田の最後の物言いからして、あいつ狼じゃ無いような気がしてんだよな。マジ、違ってたら悪い……)

 まだ結果は出ていないというのに、火神の胸中はやたら罪悪感でいっぱいになってくる。

 二日目に河原へ投票し、今日の霊結果が人間だったと聞いたのも手伝って、今度も外していたらどうしようという迷いが今更のように湧き上がっていた。

(いや、こんなんじゃダメだ。報いるためには、勝たねーと)

 狼ではないのに処刑された河原の為にもぜってー勝ってやる、と火神は、本来の目的である『黒子に自分はこのゲームをやれるのだと見せてやる』をすっかり忘れ、瞳を閉じたまま両頬をぺちんと叩いて気合いを入れた。


 
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