■32話 汜水関の戦い・中編
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「にゃん、にゃん……にゃん、にゃん……にーはお……にゃんっ」
「ぶはっ!?」
李福様のいきなりの萌え攻撃で子萌え出血多量で死んでしまいそうです。もう死んでも満足です、いややっぱりもっと見たい。もっとやって下さい李福様。
と考えてはいるものの李福様の前で無様な姿は晒せない、副官としてあるべき姿を何とか維持するように努める。
「い、いきなりなにをなさるのですか……李福様」
「時雨、への……応援。変?」
なんていい仕事! これが紀霊様に届いていれば尚良かったのですが、あの方であればきっと悶絶したに違いありません。
「にゃん?」
紀霊様……私は一足速く逝ってしまいますが、できれば私がいなくなった分も李福様に愛をあげてください……。
ぶふっ プシューーーー。
◇◇◇◇
「ふむ、両端から攻めるか……まぁ妥当だな。どうせ華琳が役立たずな真ん中の落とし穴のことは教えてあるだろうし」
孫策と劉備、公孫賛が中央を避けて用心の為か急いで進軍してくる。ただ孫策の進軍が少し遅い気がしないでもないが……罠を警戒しているのだろうか?
ここでまごついていたら連合軍解散にもなりかねないし多少の被害を視野に入れて全力で来ると思っていただけに少し以外である。
他に遅れている部隊はいないか確認してから俺は問題ないと判断して大剣の一つを空に掲げる。
その剣を見届けた少人数の部隊が隠してあった紐を掴み迫ってくる軍にあわせて引っ張る。それに合わせて土の中から唐突に出てきたのは木で出来た杭。
ドスドスドスッと唐突に現れた杭を目の前にしながらも止まれない何人かの兵達が串刺しになっていく。
いくつかの人の串刺しの完成すると同時に汜水関に蒼い『霊』の旗を上げさせる。
杭で勢いを殺され詰まる人々の群れ。飛び交う怒声に罵声が戦場を震わせる。
さて、ゆっくりしている時間も無いし前局が混乱している間に突っ込むかと両手に大剣を携えて移動を始める。
袁紹がすぐ真下に見えるところまで移動してから飛影につけている鎧と自分の鎧にふんわりと気をまとわせる。
「我が名は紀霊! 罠にまんまと嵌る愚考に笑いが止まらぬわ、貴様らそれでも武人か? もしそうだとしたら片腹痛いわ。しかし、無様に罠にかかって死ぬのも真実も知らぬ愚か者の末路に相応しき最後よな。クフフ、フハハハハ!」
ちょっと痛い奴だなって自分でも思うが気にしてはいけない、こんなんでも最後までやりきればきっと効果があると信じている。
演じる。成りきる。それは諸悪の根源、憎悪の矛先、疑念の存在。
さぁ、素人が演じる一世一代の幕を開けようか。
◇◇◇◇
優しい桃香様には悪いですが、先鋒をする条件として袁紹さんから借りた兵を前にしていて助かりました。
それにしてもやはり罠がありましたか……最初の罠が落とし穴だったことも考慮して駆け足で進軍していましたがまさか逆手に取られた上に勢いを殺されてしまうなんて、もしコレを元から計算していたとすると恐ろしい限りです。
でも孫策さんはうまく速度を落として回避したようですけど、一体どうやって回避しているんでしょうか?
確か勘といっていましたけど、もし本当ならすごすぎる勘です。
でも問題はここからのはず。汜水関に上がった蒼い霊旗、死んだ霊帝を彷彿させるこの旗……一体何故こんな旗を? 我々の戦意を砕くために用意しとしたら逆効果でしかないけれど、それも相手の策のうちだといわれると納得してしまいそうだ。
「我が名は紀霊! 罠にまんまと嵌る愚考に笑いが止まらぬわ、貴様らそれでも武人か? もしそうだとしたら片腹痛いわ。しかし、無様に罠にかかって死ぬのも真実も知らぬ愚か者の末路に相応しき最後よな。クフフ、フハハハハ!」
いきなり声が聞こえたかと思うと左の崖の上に全身鎧を着込み、その周りは陽炎のように揺らいでいる禍々しい姿が皆の目にとまる。意味深な発言が辺りを動揺させる。
あの中身は人なのか? その姿は幻なのか? 遠いから小さく見えるはずのその体は大きく、とてつもなく巨大な存在に思える。
そして真実とは何か、まだ罠はあるのか? 嫌な考えが止まらない。
それにしてもあれが噂の……黒鬼の紀霊さん? はわわ、こ、怖いです。
あ、これじゃ兵達も怖がっちゃいます。すぐに愛紗さんあたりに檄をとばしてもらわなくちゃいけません。
「愛紗ちゃん!」
「聞けっ、皆の者! 何を喚こうが奴は崖の上、討ち取られるのを怖がりあのような場所にいるものなどに何を恐れることがあろうか!」
言わなくても大丈夫でしたか。さすが桃香様と愛紗さんですね……私もなんだか怖くなくなっちゃいましたけどそういえば崖の上にいるんですよね。
星さんも鈴々ちゃんも自分の隊をちゃんとまとめ始めてますし私たちはまだ大丈夫。
私も頑張らなくちゃ……。
今考えるべきことは相手がこれから何をしてくるつもりなのか推測し、それをどう回避するかだ。
雛里ちゃんと相談したい所ですけどそうも言っていられませんよね。
今相手がしていることで引き起こされた結果は軍全体の混乱、突進の防止。目的が汜水関到達への阻止なら前の罠で足止めと兵を損耗より大きくさせることも出来たはずですし、何か目的が霞んで見えないですね。
狙いは別と考えたほうがこの場合理に叶っているでしょうか、だとすると一番考えられるのが反董卓連合軍の消滅。させるには弱点を付けば問題ないでしょうが……弱点らしい弱点といえば連合軍の連携の弱さでしょうか?
こんなに準備されているのですからある程度情報を集めているはずですし、もし連携の弱さを付くとしたらもっと効果的な罠も準備できそうですけど……。
ほかに見逃している弱点ある? 簡単に考えれば袁紹を討ち取って連合軍を崩壊させればいいんですけどそれをやるには汜水関から出て先方をつぶして中央に位置する場所まで行かないといけませんから、あまり現実的ではないです。
さすがに無理ですよね。
「え……」
桃香様の声で我に返るとなんだか周りが静かになっているのが分かる。
一体何があったのでしょうか?
皆が向いているほうを見て理解しました。この方なら袁紹を狙えると……私が常識に囚われたせいで敵に最大の好機を与えてしまったと。
◇◇◇◇
時雨が皆の注目を集め、恐怖を煽る。
ちょっとやりすぎじゃないか? と思えるほどの異様な混乱と恐怖が軍全体広がっていくのが近くからだと良く分かる。
優秀な将がいる所はなんとか立て直そうとしているみたいだ。だけど……そうして建て直している間に追い討ちをかけ、ぼけっとしている間にやってきてしまう。
気づいた時には、もう遅い。
だから俺がいる。それが時雨の策であり、華琳への董卓保護のための第1ステップの仕上げ。
果たして耐え切れるだろうか……俺は。
◇◇◇◇
俺に万の視線が集まるのがわかる。
こうしてみるとアイドルってすごいなって思うな、ほんと。
正直視線がこれほど怖いとは思わなかったよ……。でも、やらなくちゃいけないからな、自分で考えたことだし。
「飛影」
小さく呼びかけると飛影がそれに答え、歩を進めていく。
もう斜面とも呼べないような所をこれから降りていかなければならない。
下を見て思う。練習してたけれど、やっぱり高さが違うとここまで怖いのかと。
下から吹き上がる風が音を立てて後ろに去っていくのが分かる。
一度空を見上げる、鳥が気持ちよさそうに太陽の周りを回るように飛んでいるのが羨ましい。
気持ちが落ち着いてからまた下を見据える。
「行こう」
一瞬ふわりと重力を感じなくなり、体が傾くのがわかる。
視界は良好。瞬きする間も無く速度もどんどん上がっていく。
今はどこらへんだろうか、地面まで後どれぐらいだろうか。
風を切り裂く音が強くなる。あの鳥もこんな音を聞いているのだろうか、中々に爽快なこの風を感じているのだろうか。
飛影が壁を蹴り、飛ぶ。
それを理解すると同時に気の密度を出来る限り上げ、持っていた二本の大剣を前方の地面に思い切り投げ、反動で落下速度を落とす。
ッドーーン! という地響きと共に地面に降り立った瞬間多大な重力が俺と飛影に襲い掛かり、着地地点の地面がへこむ。
ここで飛影を包む密度を高めた気を利用して落ちた衝撃を後ろへと受け流しながら一歩踏み出す。
前のめりになりながらも一歩、また一歩と力強く踏み出していく。
体感ではかなり長い時間に感じられるが敵からしたら驚愕の速さですすんでいるのだろう、結構遠くまで投げた大剣が目の前にあるのがいい証拠だ。
刺さっている大剣を回収し、唖然としている兵を飛影が突き飛ばし、俺が切り裂き猛然と進む。
「クハハハハハ! ハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
笑え、笑え、笑え。
楽しんでいるように、狂っているように笑え。
今は、今だけは死を侮辱する者として――――嘲り笑え。
空に飛び交う悲鳴と身を焦がすような赤が辺りの景色を染めていく。
大剣の出す轟音が敵を脅えさせ、逃げようとする兵と兵が足を引っ張り合い、崩れるように道が開いていく。
縦に伸びた部隊はえてして横からの攻撃に弱い。まさか上から降ってくるとは思う者などいるはずもなく、準備も何もあったものではない、自分は大丈夫だと安心しきっていた部隊から壊走していく。
そうして出来上がった道の向こうに姿を現す袁紹を見据えて笑みを深める。
「姫!」
目の前に割って入った文醜と顔良を武器ごと大剣で吹き飛ばし止らず進んでいく。
こちらの姿を確認してしりもちをつく袁紹を目の前にして停止し、飛影から降りてしばらく見つめる。
そこだけ時が止まったかのように感じる……その中で袁紹が口を開こうとするのを見咎め、それを遮るように一つの大剣を振り上げ、振り下ろす。
誰もが討ち取られることを覚悟した。
けれど予想に反して甲高い金属音が当たりに響き、袁紹の首が飛ぶことは無かった。
「総大将はやらせない!」
邪魔をしてきたのは天の御使いと名高い、北郷一刀。あれから訓練をサボっていれば止められなかったであろう一撃をきちんと受け止めてみせる。
「我を止めるか、屑の分際で」
画面の中でとはいえ顔見知りを殺さずにすんだ安堵と策がきちんと進行していることに笑みをさらに深める。
「それじゃあ、俺に止められたお前はもっと屑だな」
「ッハ! 笑止、この程度だと思うな」
即座に斬撃の嵐が一刀に襲い掛かる。
それを必死にいなす一刀見て強くなったなと思う。以前は必死ではあったが何も覚悟してはいなかったように思う。
けれど今の一刀は何かを覚悟している。
どれほどそうしていただろうか、ふいに一刀が口を開く。
「もう囲まれている、諦めて投降しろ」
きっとこちらを気遣っているのだろう。本来なら死ね死ねとか何でもいいから叫んでこちらに攻撃するはずなのだ。
「クフフ、我をこの程度だと勘違いしているようだから教えてやる。こんな程度の数などぞうさも無いぞ」
でも折角教えてもらったのでここで退散することにし、言葉の通り周りの敵を蹴散らし、退路を無理やり開いていく。
「そう簡単に逃がすと思っているのか?」
「逃げるさ。また会おう」
無理やり開いた退路へと飛影に飛び乗り突っ込んでいく。
さすがに一人で門まで退路を開くのは難しいだろうが、一人じゃなければいいだけの話だ。
どの程度怒ってるかな?
◇◇◇◇
目が覚めて、紀霊が敵に突っ込んだと聞いて怒る前に恐怖してしまった。
死んでないか? 無事なのか?
以前の私からは考えられない言葉が飛び出そうになる。けれどそれは皆共通の思いのはずだと気づき、我慢する。
そして我は武人だ、そして時雨も武人なのだと自分に言い聞かせる。
例え生きていようと死んでいようと戦場では関係ない。
「華雄隊! 出るぞ!」
そう思っていても自然と早足になるのを止められない。
やはり自分はあの男に影響されているのだろうと考えながら門の前まで来ると李福が待っていた。
李福から詳細を聞き終えて打ち震える。なんでもまだ死んでいない、それどころか今は好き勝手に暴れてこの門まで逃げ帰ってきているというのだ。
今の状況を聞けば聞くほどふつふつと怒りがわいてくる。罠をはった卑怯な手段、いちいち反対する我を気絶させ、あまつさえ一人で万の軍相手に突撃をかけるなど許しがたい。
指示を出して門をゆっくり開かせる。
我を怒らせたことを後悔させてやるぞ、紀霊!
◇◇◇◇
鎧を着込んだ不遜な輩に私の可愛い猪々子と斗詩が目の前で吹き飛ばされているのを見て怒りが上りそうになった。
でもその鎧の輩を目の前にして、無様にもしりもちをついてしまった。しかも腰が抜けて起き上がれない。
こ、この私が恐怖している? あ、ありえませんことよ!
無言で見つめてくる輩にいつものように私の偉大さを語ればいいと自分に言い聞かせて口を開こうとしたその時、鎧の輩が大剣を振り上げ、振りおろした。
思わず目を瞑ってしまった。いつも特別であった私には訪れないと思っていた死を覚悟した。
震えながら運命を待つ、けれどいつまでたっても想像していた衝撃は無い。
恐々としながらゆっくり目を開くとそこには天の御使い、確か北郷一刀と言う名の男がそこには立っていた。
「総大将はやらせない!」
威風堂々と宣言する姿を見てズキューン! と自分が何かに打ち抜かれたような気がした。
在り来たりな、それこそいつも守られていた私には聞きなれていた言葉だというのに、言い知れない衝撃を与えられてしまった。
最初はちょっと貧相な男なんて思っていましたけれど……なかなかどうして私のことをわかっていたわ。
そしてこの後姿……。
背中がなんだか大きく見えてしまって、何故か鼓動も早くなってきて、その顔を見ると頭が真っ白になってしまう。
私一体どうしてしまったの? まさか……これが恋?
無駄に加速する思考がその結論へと達したとき、天啓を受けたような気持ちになった。
これが……恋!
「我を止めるか、屑の分際で」
鎧の輩の分際で一刀様に向かってなんてことを! と憤慨しながらも手が出ない自分が情けなく感じる。
どうしてか貧相だと思えた顔も今では凛々しくきらめいている。そんな横顔を見てここが戦場だということも忘れてため息をつく。
「それじゃあ、俺に止められたお前はもっと屑だな」
そう、その通りですわ。さすが一刀様! やってしまって下さい。私も早く復帰して助太刀しますわ!
そうは思っても震えが取れない、おとなしく見ていることしか出来ない。
「ッハ! 笑止、この程度だと思うな」
鎧の輩が身の程を知らぬ発言をしながら一刀様と切り結んでいく。
豪快な剣撃に柔軟な技で対応する一刀様の姿は神々しくて、見ているだけでなんだか顔が赤くなってしまう。
「もう囲まれている、諦めて投降しろ」
あっと思ったときには一刀様の言ったとおり、部下が鎧の輩を囲んでいた。
おーっほっほっほ! ざまぁみろですわ! 一刀様に免じて殺しはしないけれど、死ぬよりももっと酷い屈辱を与えて差し上げますわ! 流石私の部下、後で褒めて差し上げないと。
状況がよくなってきたことでようやく震えも落ち着いてきた。早く立ち上がって私も頑張らないとという気持ちが大きくなる。
「クフフ、我をこの程度だと勘違いしているようだから教えてやる。こんな程度の数などぞうさも無いぞ」
っな! なにをしていますの私の兵は! こんな輩すら相手に出来ないなんてと歯がゆく思いながらもやっと立てた程度の自分では何も出来ない。
「そう簡単に逃がすと思っているのか?」
「逃げるさ。また会おう」
そういって逃げる鎧の輩を一刀様が追っていってしまう。
ああ、なんて憎たらしい鎧ですの! 一刀様と私の時間を邪魔するなんて……。
「ひ、姫〜」
「大丈夫ですか? 麗羽さま」
吹き飛ばされていた猪々子と斗詩が戻ってきた。
まったくあんな鎧にやられるなんてどうしてくれましょうか……うふふ。なんて八つ当たりめいたことを思いながら一刀の去っていった方向を見る。
どうにかして手に入れたい。そんな思いをほのかに燻らせながら。
◇◇◇◇
唐突な出来事に対して混乱している間にあの紀霊という鎧の者が袁紹のところへと切り込んで行くのが見えたがあれから随分と立ったけどいったいどうなったのだろうか?
「思春、袁紹のところは一体どうなっているの?」
「どうやら天の御使いが紀霊とやらを一時退けたようです」
「ということはこちらに紀霊が向かってくるということかしら?」
「そのようです」
ならばやることは決まっている。
「なら兵を後方に」
「門が開いたぞーーーー!」
「っな!」
「んふふー。蓮華様危ないですよー」
穏がそう言ってくる。確かに危うく兵の薄くなったところを突かれる所だった。あんな大胆な動きを見せられたからかそちらにばかり注意がいっていた。
「恐らく紀霊さんはほっといても大丈夫です。というよりほっとかないと被害が増えると思います」
確かに普通逃げようとしている者は討ち取りやすいが、あの紀霊というのは明らかに普通ではない。ならば守りに徹したほうが無難か。
「守りに徹する。兵を固め、前からの攻撃に集中せよ!」
私の言葉を聞いて動いていく。そんな時に突然前の方から大声が聞こえてきた。
「き〜〜〜〜れ〜〜〜〜〜い〜〜〜〜〜〜〜!!」
なんだか怒っている? 仲間なのに仲が悪いのかしら? と前方から出てきた敵が怒り狂っているのに疑問を覚える。
知りたいけれど私が前に出ることは叶わない、姉様にもしものことがあれば私が後を継がねばならないのだから……。
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