No.494384

バカテス みんなとプールと真夏の女神

アキちゃんプールへ第二段 各ヒロイン達の野望篇

とある科学の超電磁砲
エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件
http://www.tinami.com/view/433258  その1

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2012-10-10 01:30:04 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:7450   閲覧ユーザー数:7241

バカテス みんなとプールと真夏の女神

 

 

ケース1 某pixiv的バカテスヒロイン(工藤愛子)

 

 工藤愛子の朝は早い。

 毎朝6時前には起床して1時間のジョギングを欠かさない。

 水泳部のホープとして記録を伸ばす為の彼女の努力に怠りはない。

 そんな愛子は今朝普段よりも更に2時間早い午前4時に起床していた。

「む、ムッツリーニくんとのデートに何を着ていけば良いんだろ~っ!?」

 あまり豊富とはいえない洋服を全て引っ張り出して必死にコーディネートを考える。

 愛子は元来中性的な衣服を好んでいた。

手持ちの夏服は大半が男が着ても違和感がない半そでのシャツやベストだったりする。

下の方も大半が短パン。スカートと呼ばれるものは片手の指の数で十分に余ってしまうぐらいにしか持っていない。

 愛子はそんな中性的なファッションセンスをおかしいとは思って来なかった。むしろ自分の魅力を最大限に引き出す良いものと考えていた。

 ところがそんな愛子のファッション観に大きな転換期が訪れることになった。

「ムッツリーニくんの好きそうな服が1着もないよ~~っ!」

 頭を抱えて布団の上で転がり回る。

 愛子が変わった理由。

 それは恋という単語だけ聞けばありふれた原因によるものだった。

 愛子は土屋康太に恋をした。

 それがいつ、何がきっかけだったのかは愛子自身もよく分からない。

 けれど、気が付くといつも保健体育の試験やフェチに関して真剣に語り合える康太に恋をしていた。

 その事実だけが残っている。

 そして愛子は康太に生まれて初めての恋心を抱くと共にファッション観の変革を間接的に迫られることになった。

 

『…………短いスカートは正義。ブハッ』

 

 エロの帝王の異名を誇る康太は女の子女の子して見える可愛らしい服装を好む。

 同じ女子であればズボンよりもスカート、スカートよりもミニスカートに露骨に反応する。

 女の子らしい可愛らしさを強調するフリフリヒラヒラな服、女性らしさを大胆にアピールする露出の高い服、チラリズムを期待できる際どい服などを非常に好んでいる。

 そのどれもが愛子の中性的なファッションにはないものだった。

 愛子は自分のファッション・センスに矜持を持っている。けれどそのファッションは自分の想い人には全く通じない。康太のレンズは自分ではなく誰か他に向けられてしまう。

 それは愛子にとっては非常に悲しい事実だった。

 けれどそこは惚れてしまった弱み。愛子は康太の好みを取り入れざるを得ない。

 だが……

「ムッツリーニくんが好きそうな可愛い服もセクシーな服もボクは持ってないんだってば~~っ!」

 いざ想い人の趣向を取り入れてみようかと思っても、それに該当する服がない。

康太が鼻血を出して反応するような衣服は愛子の手持ちにはまるでない。

 そんなこんなで愛子の悩みは尽きない。

 早起きしてみたものの自室で苦悶を繰り返しているだけ。

「こんなことなら美波ちゃんか優子から洋服を借りておけば良かったよぉ~」

 転がりながら後悔するも後の祭り。

 ちなみに借りる相手が島田美波か木下優子なのは2人の体型が愛子とよく似ているから。

 3人揃って文月学園2年女子フラット3の異名は伊達じゃない。美波と優子はこのトリオ名を聞いた瞬間に修羅と化すが。

 ちなみに姫路瑞希や霧島翔子の衣服を借りると胸の所が余って余って泣きたくなるので却下している。

「まっ、まあ、今日はプールに行くんだし、洋服よりも水着で勝負だよ、ね」

 洋服のことは一旦諦める。というかいつも通りの服装を着ていくしかない。重ね着でもして見せ方をちょっと工夫するしかない。

康太はそんな繊細なお洒落に気付く男ではないことを知っていながら。

 代わりに水着を取り出して並べてみる。

「え~と競泳用水着黒、競泳用水着青、競泳用水着赤……って、これじゃあ競泳用水着ばっかりだよ~~っ! ムッツリーニくんにはそういうマニアっぽさはないっての!」

 競泳用水着ばかり並べていた自分にノリツッコミを入れる。

「後持っているのは、女物のブリーフ用水着に赤のセパレートブラ、上下黄色のセパレート水着で下はブリーフタイプ……って、どうしてブリーフタイプばっかりなのさ~っ!」

 またもノリツッコミを入れてしまう。

「もっとムッツリーニくんの視線を惹き付けられるような過激なハイレグとか持ってないの、ボクは~~っ!!」

 黄色の水着を手にとって愛子は嘆く。

 この水着、かつてみんなで泊り掛けで海に行った時に康太の鼻血を引き出すことには成功した。

 けれどそれにはある1つの前提条件があった。

 それは女性陣の中で愛子だけが先に水着に着替えていたという状況下において起きた出来事だった。

 瑞希や美波、翔子達が着替えてから康太は愛子にさほど関心を寄せなかった。康太の視線はスタイルが良くしかも過激な水着姿の吉井玲に特に集中していた。

「今日は代表も来るし、きっと吉井くんを追って瑞希ちゃんも美波ちゃんも水着姿で現れるに違いない。となるとムッツリーニくんの視線をまた持って行かれちゃうよ~~」

 今日の愛子は転がりっ放し。けれど止まれないのが乙女心。

「で、でも、今日のデートはムッツリーニくんから誘ってくれたんだもんね。ボクの魅力も認めてくれているってことだよね?」

 愛子のローラーが止まる。

 数日前の部活からの帰り道で康太と遭遇した時のことを思い出す。

 

『…………工藤愛子。まだ暑くて納涼が必要だ。今度の土曜日に一緒にプールに行くぞ』

 

 そう言って康太は愛子にプールのチケットを見せた。

 

『えっ? ボクと2人でプールに行くの?』

『…………そうだ』

 

 愛子はその行為の意味を理解するのにたっぷり30秒は要した。そして理解した瞬間に顔を真っ赤に茹で上がらせたのだった。

 

『ふぇえええええええええええええぇっ!?!?』

 

『こ、これってデートの申し込み、なのかな?』

『…………どう考えるかはお前の自由』

 

 その後康太に何と言ってオーケーしたのか実は全然覚えていない。完全に舞い上がっていた。

「きょっ、今日のデートで2人の仲が進展すれば手なんか繋いじゃって……ちゅ、チューまでしちゃったりして~~っ!!」

 再び激しく転がり出す愛子。

 そんな彼女の得意科目は保健体育。しかも実技。

けれどその実技というのが体育のみに精通していることを知っている生徒は意外と少なかったりする。

保健の実技に関して言えば愛子は文月学園の生徒の中でも遅れている方だった。

 

 愛子のローリングは朝9時過ぎまで続いた。

「って、もうこんな時間? もう1回お風呂に入って体をぴかぴかに磨いて着替えてデートに出掛けなくちゃ~っ!」

 結局愛子が待ち合わせ場所に着いたのは約束時間より5分遅れてのことだった。

 

 

 

ケース2 意外にボケもツッコミも両方万能無口系娘(霧島翔子)

 

 霧島翔子は文月学園を代表する天才としてその名を全国にまで轟かせている。

 翔子は一度覚えたことを決して忘れない。常人では有り得ないその記憶力の良さが彼女を天才足らしめている。

「……くご45、くろく54、くしち63、くは72、くく88」

 だが翔子の真骨頂はその記憶力の良さにあるのではない。彼女は類まれなるその記憶力という才能に溺れることなく努力を怠らない。

 翔子の日々の勉強量は勤勉揃いのAクラスの中でもトップクラスを誇る。彼女はその実努力の人だった。

 しかしここで疑問が生じる。何故全ての問題を一度解き方を覚えてしまえば忘れることがない翔子が熱心に努力を重ねるのか?

 そこには彼女の生来の気質である真面目さと不器用さが大きく関わっていた。

 文月学園が誇る天才霧島翔子は物事を理解する能力においては卓越している。けれど諸行無常に変化する状況においてそれを適切に行使する能力は常人よりも劣っていた。

 翔子はクラス代表ではあるがその運営に関しては概ね木下優子に任せている。

日常生活においては坂本雄二に寄り添い概ね彼の決断に従って動いている。

翔子は雄二に関すること以外ではあまり自らの意志を働かせることがない。また重要事以外で意志を働かさない方が良い結果を生むことを経験的によく理解していた。

 言い直せば翔子は膨大な知識量を誇るが、その知識の使い方が下手だった。

 翔子はそんな自分をよく理解している。そしてそんな自分への対処法も。

「いんいちが1、いんにが2、いんさんが3、いんしが死、淫語がGo!……」

 即ち他人よりトロい分前もって多くの事態に対処出来るように備えれば良いのだと。

 だから翔子は努力を続ける。立ち止まることなくあらゆる状況に対応できるように。

その様はあらゆる緊急事態に対して体が無意識レベルでも反応出来るように徹底して訓練を受ける宇宙飛行士に似ていた。

 

「……今夜の勉強は終了。後は、明日のプールデートに備えてのシミュレーション」

 翔子は数学の参考書を閉じて目を閉じて思考を切り替える。

 ここから先は人生という名のお勉強の時間。

 翔子はこの日の夕方、雄二をプールデートに誘うことに成功していた。

 

『……雄二。明日、私と一緒にプール。如月プールランド前に午前10時集合』

『急に自宅に押し掛けて来たと思ったら何を突然言ってやがる? 俺は明日朝から引越しのバイトが入って……』

『あらあら翔子ちゃん。デートのお誘い? プールへのお誘いってことは孫が見られる日も近いのかしら~?』

『……頑張る。目指すはギネスブック』

『ちょっと待てっ! 俺はプール行きを一言も了承してないし、しかも何でプールに行くと子供が出来る展開に繋がるってんだ!? ギネスブックって何人産むつもりだ!?』

『翔子ちゃん。こんな風にデリカシーの欠片もない子だけど、毎日水だけあげておけば多分大丈夫だから』

『俺は植物じゃねえってのっ!』

『……雄二。明日来なかったら持っているエッチ本を全て公開処刑。1冊ずつ切り刻んで焼き尽くした上に優子推薦の啓蒙書と入れ替える』

『エロ本を捨てられるのみならず、BL本と入れ替えられたら俺の精神は完全に崩壊してしまう。止めてくれ~~っ!』

『まぁまぁ。雄二ったら泣きながら翔子ちゃんのデートのお誘いを喜んでいるわ』

『……ブイ』

 

 こうして翔子はデートの約束を取り付けることに成功した。

 ちなみにエロ本は雄二が素直に応じたことが考慮されて非公開で焼き打ちにされるだけの恩赦が取られた。

 雄二はこの措置を知ればきっと涙を流して感謝するに違いない。翔子はそう考えて微かに笑ってみせた。

「……さて、雄二とのデートをシミュレートしなくちゃ」

 翔子はノートを開く。

 翔子は学業面で天才的な理解力を誇る。だが一方で電子機器類が全く扱えないという現代人としてかなり致命的な弱点を有している。

 当然パソコンの文書編集ソフトなども使えないのであらゆる作業は手で行うことになる。

 

『ケース1 雄二が私の洋服姿を見て野獣になった場合』

 

 書いた文字を真剣に眺め、このケースの場合に何が起きるのか考えてみる。目を瞑って熟考する。一つのことだけ考えれば良い時の翔子の計算力に敵う者は校内に存在しない。

 翔子のスーパーコンピュータはすぐに答えを弾き出した。

 

『ケース1 雄二が私の洋服姿を見て野獣になった場合

          来年生まれて来る子供の名前は しょうゆ』

 

「……子供の名前を巡って雄二と離婚寸前まで揉めてしまった。でも、最終的に両者の円満合意に至れて良かった」

 翔子は額の汗を手で拭った。脳内での1週間連徹討論は歴史に残る大舌戦だった。

普段大人しい翔子が雄二が相手だから雄弁を振るうことができた。愛する子供と夫の為だから一歩も引かずに戦えた。

結局雄二の提案した『ゴバルスキー』と翔子の提案した『合わせ味噌』を融合して『しょうゆ』に落ち着くことが出来たいのは大変有意義だったと思う。

 ちなみに何故子供が出来るような事態に至るのかは時間の都合上全くシミュレートされなかった。想像しようにも翔子は男女の営みがどんなものであるのか具体的にはよく知らない。だから雄二さえやる気になってくれれば後は全て任せるつもりだった。

 翔子は結果に満足しながら次のシミュレートへと移る。

 

『ケース2 雄二が私の水着姿を見て野獣になった場合

          来年生まれて来る双子の子供は仲が悪いかも知れないので要注意』

 

 翔子は自分が記したシミュレート結果を見ながら冷や汗を垂らしていた。

「……これは、大変」

 いまだ子育ての経験がない翔子にとって自分の子供達の仲が悪いというのは大きな問題だった。

 子供の名前は『男爵ディーノ』と『メスブタ子』で雄二と争うことなく決まった。

 そこまでは良かった。けれど、その先が問題だった。

 双子の内の女の子の方が男の子をいじめるようになってしまったのである。3歳頃にはその傾向は顕著になってしまっていた。

 何とかしなければならないと思う。

 けれど、他の事例を参照にしようにも翔子も雄二も一人っ子で兄弟への接し方は2人とも知らない。

 身近で兄弟がいる、というか双子と言えば木下姉妹がいる。けれどこの唯一の事例が翔子をより苦しめる結果となった。

「……子供達の間に暴力は絶えないし、力関係も一生そのまま」

 翔子の脳裏に優子が妹である秀吉に向かって振るっていた暴力の数々が蘇る。人間は身内に対してどこまでも残酷になれる。優子と秀吉の関係はそれを示していた。

「……ケース2は危険すぎる。次を考えないと」

 翔子は文月学園一の天才頭脳を発揮して新たなシミュレートを行う為の変数を考える。

「……そう言えば明日のプールには吉井も来る」

 そして翔子は思い出した。恋の最大のライバルの存在を。

「……雄二が私に靡かないのは、吉井のお尻を求めて止まないから」

 優子に渡された約100冊の薄い本に手を置きながら呟く。

 その100冊全てが『雄二×明久 R-18本』という研ぎ澄まされ過ぎた啓蒙書に手を置きながら。

 翔子は男女の愛の営みがどんなものであるのか具体的には知らない。

けれど男同士の愛の営みについては啓蒙書のおかげで知り過ぎるほど熟知していた。

 

『ケース3 雄二が私の水着姿を見る前に吉井の水着姿を見てしまった場合』

 

 翔子は啓蒙書の37冊目『雄二×明久 真夏のプールサイドで白濁天国』を開きながら脳内で展開を想像してみた。

「……雄二は私が横にいるのに気付いてくれない。吉井の肉体を弄ぶのに夢中」

 恐るべき未来が脳裏に映し出されてしまった。

 

『ケース3 雄二が私の水着姿を見る前に吉井の水着姿を見てしまった場合

     雄二は『まったく、男子高校生は最高だぜ』と叫んで私を見向きもしなくなる』

 

 記入した文字を見て翔子は泣きそうになった。

 けれど、優子から渡された啓蒙書をよく読んで検討すればするほどにこの結論は動かし難いものとなる。

そもそもこれらの啓蒙書の中で翔子は自分の存在をほとんど確認したことがない。

確認した場合も雄二は翔子のことを恋人とは考えていない。

雄二は世間的な体裁の為に翔子と付き合っているフリをしているとか明久の嫉妬心を煽る為に翔子を側においているだけとか平気で述べる。

明久がいる限り翔子には勝機がない。啓蒙書からはその結論しか出ない。けれど翔子にも乙女の意地があった。幼馴染の意地があった。

 翔子はシミュレートを続けて明久に勝てる方法はないか必死に探した。

「……雄二の目を潰しても匂いで吉井を嗅ぎ分けるから駄目。五感を絶ってもセブン・センシズ(第七感)で明久を見抜いてしまうから駄目。唯一の安全策は雄二の四肢を切断して監禁して吉井に合わせないことだけ。だけどそうすると2人でプールに行けない」

 ケースが100を越した所で翔子は行き詰まりを認めないわけにはいかなかった。けれど、多くのケースを想定したことで方向性は見出せた。

「……私は雄二とプールに行きたい。でもプールで雄二が吉井と会えば雄二は吉井のお尻しか狙わなくなる。なら、方法は2つ」

 翔子は大きく息を吸い込む。ペンを握る右手に力が篭る。

「……1つは去勢。犬の躾では必須。でも、これをすると私が雄二の子供を埋めなくなってしまう。私も雄二もお義母さんも悲しむ。よって却下」

 翔子は去勢という文字に大きく×を書いた。

「……もう1つは先手必勝。プールに行く前に雄二がお父さんになってしまえば、さすがの雄二も吉井に不倫出来ない筈」

 翔子は『先手必勝』と書きながら満面の笑みを浮かべた。

「……雄二の赤ちゃんを作る為に絶対に欠かせないプールイベント。イベントが始まる前に私がお母さんになってさえしまえばイベントクリアは間違いない」

 文月学園一の天才は遂に答えを導き出すことに成功した。長い戦いだった。けれどその果てに成果を見たので翔子は気分が高揚していた。

 ちなみに現在深夜3時。夜中のハイテンションで書いた文章を翌朝起きた時に見た時の絶望感は中二を経験した人々はよく知っている筈。

 けれど、学園一の天才はそんなミスはしない。

「……早速雄二の部屋に忍び込む。後は雄二と一緒にお布団に入って寝ていれば朝にはきっと赤ちゃんが出来ている筈。子供は男女が一緒に寝ると出来るものらしいから」

 拳をグッと握り締める天才少女。

 そう。夜中に出した結論を直ぐに実行に移すのでこの天才少女に後悔なんてある訳がない。決断力と実行力の高さこそが天才少女霧島翔子の真骨頂だった。

「……プールに必要な準備を全部持って雄二のベッドに忍び込もう。答えは得た」

 天才少女は準備を3秒で済ませてネグリジェに着替えると夜の街へと人並みはずれた脚力で跳躍する。

 

 屋根伝いに跳びながら間もなく坂本家へと到着する。

 やたら頑丈に施錠が施されている雄二の部屋の窓の一部を音もなく破壊して中へと侵入する。

 ベッドの上には翔子の愛しい人が安らかな顔をして眠っていた。

「……雄二の寝顔、可愛い」

 翔子は雄二の寝顔を見てとても幸せな気分になった。早速自分も布団に潜り込む。間近で見る雄二の顔。

 それは翔子を安心させるもので、夜中まで作業して疲労困憊だった彼女を眠りの世界へと誘うものだった。

「……お休み、雄二。これで朝には私もお母さんの仲間入り」

 眠っている雄二の手に自分の手をそっと添える。とても温かい感触が翔子を包み込み、安心して彼女は眠りに就いたのだった。

 

 

ケース3 世紀末覇者ヒロイン(木下優子)

 

「やっと明久くんに挑めるだけの女子力が回復したわ」

 木下家のリビングで座禅を組んで心を無にしていた木下優子は雄々しく叫ぶとおもむろに立ち上がった。その全身から強大なオーラが立ち込めている。

「突然叫んでどうしたのじゃ、姉上?」

 淫キュベーダーと融合を果たし、何度殺しても肉体を乗り換えて復活を果たすようになっている秀吉が優子へと尋ねて来る。

 昨日も確かに粉砕した筈なのにもうぴんぴんしているのがある種羨ましい。優子はそんなことを考えながら双子の弟だった存在を見る。

「今日の戦いに必要な女子力が回復したって言ったのよ」

 優子は己の右腕に力こぶを作る真似をしながら報告する。

 その腕は一見少女らしい華奢なものに見える。けれどその腕には時速100キロで暴走するタンクローリーを一撃で木っ端微塵に粉砕する程の力が込められている。

「はっはっはっは。何を言っておるのじゃ、姉上は」

 お茶を飲み終えて立ち上がった秀吉が優子に向けて笑ってみせた。

「何がおかしいのよ?」

「姉上に女子力なぞある筈がなかろう。あるのは豪傑力だけじ……うっ!?」

 秀吉は最後まで言葉を発することが出来なかった。

 優子に顔面を鷲掴みにされて脚が地上から離れた状態にされてしまったのだから。

 重力から引き離されてしまう恐怖を今秀吉は味わっていた。

「秀吉。アタシはね、座禅して回復した女子力を試してみたいのよ」

「座禅しても女子力は回復せんのじゃ!」

 秀吉は必死に訴える。己が命を犠牲にしてでも真実を。

「そんなことはないわ。明久くんはかつてアタシがアンタと入れ替わった時にアタシのことを素敵な女の子と呼んで誉めてくれた。即ち明久くん的にアタシは女子力に満ち満ちているのよ」

「それはまだ明久が姉上の本性を知る前の見掛けに騙されていた時期のことじゃろう……って、割れる! 顔面が割れるのじゃあ~」

 秀吉は必死に抗う。だが、荒れ狂う巨象を前にして武器も持たない人間がどうやって対抗すると言うのか?

 秀吉は己が無力さを噛み締めるだけの結果となった。だが、それでも抵抗を止めない、最後まで足掻き続けるのが木下家の血筋であった。

「今の姉上に明久を満足させられるような女子力は存在せぬ。フッ。明久は……明久の形の良い尻はワシのもんじゃっ! ……グハッ!?」

 数秒後、木下家のリビングには新しい秀吉が現れ、それまで秀吉であった物体を処理した。秀吉は最期まで矜持を貫いたのだった。

 

「じゃが姉上よ」

「何よ?」

 新しく現れた秀吉の別個体にむっとした表情を見せる優子。

 弟がお説教モードに入っていることはその表情を見れば確実。

優子はお説教はするのは好きだがされるのは大嫌いだった。

「普段通りに挑めば……また島田妹あたりに敗北を喫することになるぞ」

 弟にとても痛い所を突かれた。

「……かも、知れないわね」

 素直に頷いてみせる。

「葉月ちゃんは今回は動かないと言った。けれど実際の所は分からない。あの子のことだからプール外で仕掛けて来る可能性も高いしね」

「そこまで分かっておるなら、作戦を変えてはどうじゃ? 愚直に進むだけが戦術でもあるまいに」

 秀吉は神妙な顔をして見ている。

 その顔は姉を馬鹿にするのではなく、優子の行く先を真剣に案じているものに見えた。

「確かに秀吉の言う通りだわね」

「だったら」

 優子は首を横に振った。

「世紀末覇者たるこのアタシが道を変えるなんて出来ないわ」

 姉の回答を聞いて秀吉は苛立った。

「別に姉上は世紀末覇者として生きんでも良いではないか。誰も姉上にそんな生き方をすることを望んではおらぬ」

「別に誰に頼まれたからでもない。アタシがそう生きると決めたのだから」

 優子は秀吉の顔をジッと見た。

「何故そのように頑ななのじゃ。ワシにはわけが分からないのじゃ」

 秀吉は大きく首を横に振った。

「アンタに淫キュベーダーがとり憑くような事態になったのはアタシの未熟さ、弱さが原因。秀子……貴方を守り切れなかったあの瞬間からアタシは道を曲げない、誰にも負けない覇王になると決めたのよっ!」

 優子の瞳は静かに燃えていた。

「ワシは……秀子は姉上にそのような修羅の道を歩いて欲しいと願ったことは一度もないのじゃがのう」

 秀吉は大きく息を吐き出した。

 

「まあ、姉上がまた負け戦に出向きたいというのならそれも構わん。戦場で華々しく散るが良かろう」

 秀吉は優子に背を向けた。

「そうね。華々しく散る為に好き勝手にやらせてもらうわ」

 優子は右手を手刀の形へと変えて後ろを向いて去ろうとする秀吉に気配もなく近付いていく。

「その為には秀吉……アンタにはしばらく眠っていてもらうわ」

「へっ?」

 秀吉が振り返ろうとした瞬間、優子のチョップが秀吉の首に命中していた。

「な……ぜ?」

 薄れいく意識で秀吉は優子に尋ねた。

「今回の勝負では秀吉に化けて明久くんに隙あらば襲う……ううん。襲われるようにするわ。弱肉強食の原初のルールを用いて明久くんを物にしてみせる」

「しかし……それでは……万が一成功したとしても……明久は結ばれた相手がワシだと思うだけじゃぞ……」

「明久くんがアタシだと気付けば責任を取ってもらって入籍するまで。気付かなければ……秀吉として一生を過ごすことになっても構わないわ」

「そこまでの覚悟を…………ガクッ」

 秀吉は気を失って床に崩れ落ちた。

「アンタは殺してしまうと新しい個体で復活してしまう。だから邪魔されない為には気絶させておくしかない」

 優子は秀吉を彼の部屋へと運び入れてベッドに寝かした。

 そしてその上から厳重に鎖で縛り付けておいた。

「さあ、今日こそ決着をつけるわよ、明久くん」

 世紀末覇者として生きることを決めた少女は熱く熱く燃えていた。

 

 

 

 

ケース4 アニメ第二期聖帝(メインヒロイン)(島田美波)

 

 島田美波は本日行われる戦いに先立って自宅のリビングで入念にストレッチを繰り返していた。

「お姉ちゃん。いつになく気合入っているのですね」

 青い狐のキャラクターを模したぬいぐるみを弄りながら島田葉月は呆れ声を出した。

「そりゃあ今日は水着回だもの。激ニブのアキにウチが魅力的な女の子だって意識させるまたとない機会。ウチはこの健康美で勝負よ!」

 美波は指一本で倒立し腕立てをしながら答えた。

「お姉ちゃんはバカなお兄ちゃんに誘われてないのにですか?」

 妹からの辛らつな一言。

「べ、別にプールで遊んでいたら偶然たまたまアキに出会っちゃうってだけのことだもん」

「水泳部でもない女子高生が1人でプールに行くのは悲しいものがあるのですよ」

 葉月は大きく溜め息を吐いてみせた。

「べっ、別に良いじゃないっ! 1人でプールに行ったってっ! 料金は自分で払うんだから誰にも迷惑掛けないでしょ! 巴マミさんだってぼっちで行くに違いないもの!」

「そうではなく寂し過ぎるのですよ」

 葉月はノエルぬいぐるみをギュッと抱き締めた。

「だけど今回は瑞希も木下さんもみんなみんな敵なのっ! 敵と一緒に行動できるわけがないでしょ」

 美波は声を張り上げて反論した。

「それとも何? 葉月も一緒に来たいというわけ?」

 葉月は大きくゆっくりと首を横に振った。

「昨日も言いましたが、おっぱいの足りない葉月は今回のお色気全開勝負は辞退させてもらうのですよ」

「そんなことを言って本当はこっそり現れていつものようにアキを掻っ攫うラストを飾るつもりなんじゃないの?」

 美波は過去、というか他の世界の経験からこの一件天真爛漫な妹が孔明もビックリな策謀家であることをよく理解するようになっていた。

「今回は本当に辞退するのですよ」

「どうかしらね?」

 純真な妹に何度なく騙されて後塵を拝して来た美波はなかなか葉月の言うことを信じることが出来ない。

「今回参戦すると……葉月はまだ知ってはいけない何か恐ろしい世界の扉が開いてしまう気がするのですよ」

「葉月がまだ知ってはいけない何か恐ろしい世界の扉?」

 美波は指倒立腕たせ伏せを続けながら考える。

「お子ちゃまが知ってはいけない世界……か」

 更に考える。

 すると美波の脳裏に一つの光景が思い浮かんだ。

 

 

『美波……葉月ちゃんとじゃ体験出来ない大人の時間を2人で過ごそうじゃないか』

 高級ホテルの最上階のスイートルーム。美波は明久と2人で並んで立って夜景を眺めていた。

『ご覧よ、美波。この1億ドルの夜景を』

『わぁ~綺麗』

 美波達の目の前には完成したばかりの聖帝腕十字陵がライトアップされながらその威容を放っている。

『だけど美波……1億ドルの夜景よりも君の笑顔の方が綺麗だよ』

 明久が美波の肩を抱く。

 美波は明久へと抱き寄せられていく。

『もう……恥ずかしいことを真顔で言ってくれちゃって。……ばか』

 交わされる2人の口付け。

 長い長いキス。

 キスによって熱した2人の情熱の炎は唇を離しても冷めやらない。

 明久は意を決した表情で美波に告げた。

『美波……今日は手を繋いで眠っても…良いかな?』

 美波の顔が真っ赤に染まる。

『あっ、アキの……エッチ』

 口で拒絶しながら美波はコクンと頷いてみせた。

『ウチのこと……一生大事にしてくれないと許さないんだから』

『美波のことを大事にしないなんて……僕には出来ないよ』

 再び重なる唇。

 既に寝巻きに着替えていた2人は一緒にキングサイズのベッドへと入っていく。

『お休み……アキ』

『お休み……美波』

 そして2人は手を握り合ったまま深い眠りに就いたのだった。

 

 

「やっ、やだぁ~~っ! ウチったら何て破廉恥極まりない妄想を~~っ!? こんなの大人の世界過ぎて葉月には絶対に知らせられないよ~~っ!!」

 指1本で逆立ちした状態で美波は身悶えている。

「全部丸聞こえなのです」

 そんな姉を妹は呆れた表情で見ている。

「しかもお手手繋いで寝るのが大人の世界って……今時幼稚園児だってもっと進んでいるのですよ。ペッ」

 葉月は天真爛漫な笑顔を姉に向けている。

「葉月でなければ後々御し易いお姉ちゃんに勝者になって欲しかったのですが……こんな頭の中がお子ちゃまでは望み薄なのです。はぁ~」

 葉月は天真爛漫な笑みを浮かべている。

「でもこの嫌な予感はきっと……」

 葉月は窓の外を見上げる。

 真っ青な空が曇り空より淀んで見えた。

「あっ、アキ~~♪ 膝枕して耳かきなんて結婚してからじゃないと駄目だって~~♪」

「葉月がせめて中学生でもっとボインボインだったら……無念なのです」

 葉月は器用かつ怪力に身悶え続ける姉を見ながら大きな溜め息を吐いた。

 

 

 

ケース5 ピンク髪でピンクなことばかり考えている少女(姫路瑞希)

 

「明日はプールで決戦。プールと言えば水着。私の勝利は揺るぎませんっ!」

 明日のプールイベントを控えて冷水シャワーを浴びながら姫路瑞希はかつてない程に気分が高揚していた。

「男の子は大きな胸が好き。つまり、明日は私が明久くんの視線を独り占めなんですっ!」

 鏡に映る自分のプロポーションを見ながら瑞希は勝ち誇る。

「お腹の周りが少し気になりますけれど、男の子は胸の方に目が行くから問題ありません。明久くんは私のものですっ!」

 明久の姉である吉井玲がいない今、瑞希は自らを脅かす存在がいないことを強く確信していた。

「明久くんは私の水着姿を見てエッチな気分になってしまうに違いありません。そうしたら……そうしたら……」

 瑞希の脳内にプールイベント発生後の2人の様子が再現されていく。

 

 【R-18表現の使用により30行分を削除】

 

「ううん。明久くんはとてもエッチな男の子だから、こんな程度ではすまないかも知れません。いいえ。きっと私はもっと酷いことをされちゃうに違いありませんっ!」

 目を爛々と輝かせながら瑞希の妄想は続く。

 

 【R-18表現の使用により100行分を削除】

 

「あっ、明久くんはエッチ過ぎますぅ~~っ!! で、でも、私が拒んだら明久くん美波ちゃん達に乗り換えちゃうかも知れません。だ、だけど、黙って受け入れているともっと過激なことに~~~っ!!」

 学校では決して見せない艶々しきった表情で瑞希の妄想は続く。

 

 【R-18表現の使用により1000行分を削除】

 

「あっ、明久くんはケダモノですっ! 野獣ですっ! エッチなことしか考えてません。でも……私はそんな明久くんが大好きなんで~~~~すっ!!」

 姫路瑞希の夜は長い。

 

ケース6 遂に表紙を飾ったのにアニメ第二期では存在を消された腐女子(玉野美紀)

 

 文月学園2年D組所属玉野美紀は吉井明久にプールに誘われたことに酷く興奮していた。

「あ、明久くん……ううん、アキちゃんにデートに誘われてしまいました~~っ!」

 頭を抱えながらベッドの上を転がり回る。

「お、男の子にデートに誘われたのは生まれて初めてです。ど、どうしましょう~っ!?」

 更にゴロゴロ。

「って、男の子じゃありません。相手はアキちゃんです。つまりこれは、女の子同士でプールに遊びに行くようなもので~~」

 ゴロゴロゴロゴロ。

「でもでも。アキちゃんは私じゃなくてプールサイドの小麦色の肌をした逞しい男達に嬲られるのが目的の筈。総受けアキちゃ~~~~んっ!!」

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。

「あれ、でもアキちゃんが総受けになって白濁塗れになるだけだったら……私は必要ないですよね?」

 ピタッと止まる。

「それじゃあやっぱり……明久くんは姫路さんでも島田さんでも優子でもなく私をデートに誘って……」

 美紀の顔が限界を越えて真っ赤に染まり上がっていく。

「そっ、そうなの~~~~~っ!?!?」

 再びゴロゴロ。

「わ、私をデートに誘ったということは明久くんは私のことが……好……きゃぁああああああぁっ!!」

 ゴロゴロゴロゴロ。

「だ、駄目よ、美紀。貴方はBLにその生涯を捧げると決心したでしょ? 『雄二×明久』のカップリング成立に青春の全てを捧げるんでしょう!?」

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。

「でも、優子はBL道をばく進しているのにリアルの恋愛では明久くんを好いている。私も……ノーマル・カップリングな恋をしちゃって良いのかな?」

 ピタッ。

「だけどもし私が明久くんとお付き合いするようなことになったら……優子の想い人を私が奪ってしまうことに。これって略奪愛なの~~」

 何度でもゴロゴロ。

「BLの中じゃ当たり前に起こる略奪愛がリアルだとこんなにも恐ろしいものだなんて……私は一体どうすれば良いの? 明久くん、優子~~っ!!」

 ゴロゴロゴロゴロ。

「やっぱり、愛情と友情は両立できない。そんな単純なこと、BLを学んでいれば理解していて当然なのに。でもそんな簡単に割り切れませんよ~~」

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。

「待って、美紀。よく考えてみなさい。明久くんは私とデートをすることが目的でプールに誘ってくれたの?」

 ピタッ。

「明久くん……ううん、アキちゃんは私よりも小麦色の肌をした逞しい男の人の裸に興味がある筈。だって私の身体……胸にはちょっと自信あるから…Dだし……アキちゃんの好きなムキムキでもペッタンコでもないし…興味は惹けない筈」

 ゴロ~ゴロ。

「じゃあ、アキちゃんは男達に興味があるのにわざわざ私を誘ったことになる。何の為? 彼女持ちのリア充のフリをする為? ううん。違う筈。だったら姫路さんや島田さんを誘った方が絵的に良い筈……うっ、言っていて何か悲しいです」

 ゴロ~ゴロ~ゴロ~ゴロ。

「つまり、アキちゃんは何らかの役目を私に果たして欲しくて私をプールに誘ったということになります。その役目とは一体何でしょうか? アキちゃんが私について知っているだろう情報から判断すると……」

ゴロ~ゴロ~ゴロ~ゴロ~ゴロ~ゴロ~ゴロ~ゴロ。

「そうかっ! 分かりました」

 美紀は勢い良く立ち上がり大声で叫んだ。

「アキちゃんは総受けになっている自分の姿を記録に残して欲しくて私をプールに誘ったんですねっ!!」

 美紀の表情はとても艶々していた。

「男達に嬲られ汚され儚く散っていく自分の様をアキちゃんは私に語り継いで欲しかったんですね。BLの伝道者として」

 美紀は拳を握り締めた。

「なのに私ったら明久くんにデートに誘われたと勘違いして浮かれて……凄く馬鹿でした」

 美紀は俯いた。その瞳には微かに涙が滲んでいる。

「でも、過ちに気付いた以上、もう全力全開で明日のイベントに望むのみですっ!!」

 顔を上げた美紀の瞳は決意の炎に燃えていた。

 もう涙の跡はどこにも見られなかった。

「アキちゃんが気持ち良く総受けイベントを完遂出来るように私はそのお手伝いをするまでですっ!!」

 瞳の中の炎が吹き上げる。

「こうしてはいられません。明日を迎えるまでにアキちゃんが男達の劣情を誘えるように最善を尽くして準備をしないと」

 美紀は水色のワンピースの水着を握り締めながら荒く呼吸を繰り返す。

「明久くん……ううん、アキちゃん。私があなたを最高の総受けにしてみせますからね」

 残念ながら何かを吹っ切ってしまった少女の夜は長かった。

 

 

 

ケース7 アニメ第二期で香美と並んで最も美少女に描かれていた浴衣美人(アキちゃん)

 

 気が付くと僕……ううん、わたしは更衣室の中に立っていた。

 わたしの目の前には世紀末覇者と呼ぶに相応しい荒々しい闘気を纏った少年がセパレートの水着姿で立っていた。

 でもわたしは自分のことは何も思い出せない。

 自分が何故ここにいるのかは勿論のこと、年齢も名前さえも思い出せない。

 分かっているのは自分が水色のワンピースの水着を着て端正な顔立ちをした美少年と同じ更衣室にいるということだけ。

 というか男女が同じ更衣室にいるってこと自体がおかしい。

 ここは本当はどこなのだろう?

「あの、ここはどこなんでしょうか? そしてわたしは誰なんでしょうか?」

「へっ?」

 男の子、仮にここでは拳王と呼ぼう。

 拳王くんはとても驚いた表情を見せた。

 まあ無理もないかも知れない。

 わたしは誰なんでしょうと聞かれても、知り合いなら冗談にしか思わない。知らない人なら本当に困る質問になってしまう。

 でもわたしは自分が誰だか分からなくて本当に困っている。

 自分が誰だか分からないことがこんなにも怖いことだったなんて……。

「その、わたしは一体何者なんでしょうか? 知っていたら教えてくれませんか?」

 気付けばわたしは涙を流していた。

「えぇええええええぇっ!?」

 拳王くんが女の子みたいな声を上げる。

 どうやらやっとわたしの身に何が起きたのか理解してくれたらしい。

 

「あ~う~……ちょっと2、3確かめさせて」

 拳王くんが肩を掴んで来た。凄い握力。鉄球も軽く握り潰せそう。

「吉……貴方は自分が誰だか本当に分からないの?」

 拳王くんがやたら顔を近付けて尋ねて来た。

 美少年とはいえ異性にこんな風に顔を近付けられるとドキドキしてしまう。

「う、うん」

 動揺しながら答える。

「じゃあ、アタシのことも?」

「アタシ?」

 拳王くんはもしかしてオネエというやつなのだろうか?

 確かに顔立ちや体格は中性的だけど。

「と、とにかくこの顔と名前に見覚えがあるのかって言ってるの?」

 拳王くんが自分の顔を指し示しながら尋ねてくる。

「ううん。分からない」

 首を横に振る。

 拳王くんは腕を組んで目を瞑った。

「完全に記憶喪失みたいね」

「うん。そう……みたい」

 小さく頷く。

 

「まあこうなったら仕方ないわ。改めて自己紹介するわね」

「うん」

 拳王くんは目を開いて笑顔を見せながら握手を求めて来た。

「アタシは君と同じ文月学園2年生の木下優子よ。改めてよろしくね」

「木下勇虎くんだよね。よろしくね」

 わたしに向かって伸びてきていたその手はわたしの横を目にも映らぬ速度で通過してロッカーを突き破っていた。

「勇虎くん? アタシは女よっ!」

 勇虎くんはとても怒っている。でも勇虎くんが怒っている理由が分からない。

「だって……こんな豪傑力に溢れた女の子がいるわけが……ひぃいいいいいいぃっ!?」

 わたしの後ろにあったロッカーが勇虎くんの強烈な一撃で粉砕。空き缶ほどの大きさにまで圧力で潰れてしまっていた。

「アタシは女の子。オーケー?」

「いっ、イエス、マムッ!!」

 垂直不動の体勢で勇虎くんの意を復唱する。

 逆らえば殺される。待っているのは絶対的な死。

 わたしに逆らえる筈がなかった。

 女の子であろうとも容赦なく殺す。勇虎くんは確かに世紀末覇者に間違いなかった。

 何故勇虎くんが自分を女の子と言い張るのかは分からない。

 オーラは覇王だし胸はペッタンコだし女の子の筈はないのに。

 でも少なくとも勇虎くんのことを呼ぶ時はU子さんと呼ぶことにしよう。

 

「それで、U子さん」

「何か呼び方に不当なものを感じるのだけど何?」

 勇虎くんのジト目に負けずに話を進める。

「一体わたしは誰なのでしょうか?」

 どうしても自分が誰なのか知りたい。

 勇虎くんは同じ学校の同じ学年だと言っていたしわたしのことを知っているに違いない。

「自分のことが可愛らしい水着を着ている女の子だってことしか分からなくて……」

 性別ぐらいはさすがに分かるけれど、逆に言えば分かることが他にない。更衣室に鏡があるから自分の顔もようやく分かるぐらい。

 ちょっと男の子っぽく見えなくもない顔立ちをしている。

「あ~~あ~~えっと……」

勇虎くんはとても気まずそうな表情を浮かべている。

一体どうしたのだろう?

「何かまずいことでもあるの?」

「ううん。まずいことなんて一つもないわよ!」

勇虎くんは勢い良く首を横に振った。

「アナタの名前は……吉井明ひ……アキちゃんっ! 貴方は吉井明子よっ!」

 勇虎くんはビシッと指を突き刺しながら熱く吼えた。

「吉井明子……それがわたしの名前」

「愛称はアキちゃんよっ!」

 吉井明子。アキちゃん。

 何か凄くしっくりと来た。明確には覚えていないけれど、吉井という苗字、そしてアキちゃんという愛称は凄く聞き覚えがある気がする。

 どうやら私の本当の名前で間違いなかった。

 

「あの、もう一つ聞いて良いですか?」

「うん? 何を」

 いざ聞こうとすると躊躇ってしまう。

 でも、やっぱり確かめておかないといけないと思った。

「どうしてわたしとU子さんは同じ更衣室にいるのでしょうか?」

「それの何が問題なの?」

 勇虎くんが眉間に皺を寄せた。

「だってわたしは女の子で勇虎くんは男の子なのに同じ更衣室……ってぇ~~っ!?」

 音が唸りを上げてわたしの横を突き抜けたと思った瞬間に後ろのロッカーがまた一つこの世界から消えてなくなっていた。

「だってぇ~~っ! 男女が同じ更衣室で着替えるって何かおかしいしぃ~~っ!」

「まだ言うかぁ~~~~~っ!」

 またまた吹き飛ぶロッカー。人間業じゃない。拳王は修羅か悪魔の生まれ変わりか!?

 このままじゃ、殺される~~っ!!

「だっ、だから、男女で一緒に更衣室に入るぐらいだからわたしと勇虎くんって恋人同士なんじゃないかと思って~~っ!!」

 命がなくなる前に何故一緒の更衣室にいるのか、わたしなりの推理を述べておきたかった。

「あっ、アタシと明久……アキちゃんが恋人~~~~~~っ!?!?!?!」

 勇虎くんの顔が大爆発した。

「あ、アタシがアキちゃんのこい……びとぉ…………にゃははははぁ」

 さっきまで豪傑能力53万を誇っていた勇虎くんが一変しておかしな、というか危ない人になってしまった。

「もしかして全然見当外れだったかな? わたしと勇虎くんって全然恋人でも何でもなかったりするのかな?」

 わたしはとんでもない勘違いをしてしまったのでは?

「………………ううん。合ってる。アタシと…アキちゃんは……こい、びと。そう、アタシ達は誰もが仲を羨むラブラブカップルなのよぉ~~~~っ!!」

 勇虎くんは再び吼えた。

「やっぱり。わたし達は恋人同士だったんだね」

 パンッと手を叩いて呼応する。

 わたしの勘は間違ってなかった。

「だから一緒の更衣室で着替えることも出来たん……だ」

 言いながら段々恥ずかしくなって来る。

 同じ更衣室で着替えられるって……それってつまり、わたし達は相当深い仲ってことなんじゃ?

 もしかするとわたしは勇虎くんともう既に……。

「わ、わたし達って……本当に恋人同士、なんだよね?」

 勇虎くんの顔が恥ずかしくて見られない。

「そ、そそそそそ、そうっ! アタシとアキちゃんは恋人同士っ! もう超ラブラブなんだから~~っ!!」

 勇虎くんも舞い上がったまま。

「じゃあやっぱり……勇虎くんがわたしの彼氏……なんだ」

「…………もう、勇虎くんで良いです。アキちゃんの彼氏で良いです」

 勇虎くんの反応が急に大人しくなった。

 というか何か辛そうに見えた。

 だけどわたしはようやく安心することが出来た。

 自分が何者かも分からない状況下で、恋人がいてくれる。

 それがどれだけ嬉しいことか。

 とても暴力的な彼氏だけど……それでもわたしは嬉しくてたまらない。

「このシリーズで……よ、ようやく恋人の座を掴むことができたぁ。は、初の快挙~~~~~っ!!」

 ……勇虎くんはとても変な人だけど。

 

 

 こうしてわたしは記憶をなくしたままプールイベントに参加することになった。

 

 

 

 

 

 一方その頃

 

「タクッ! 翔子の奴め。俺が何か見る度にいちいち目を潰しに掛かりやがって。プール行きたいって誘って来たのは翔子の方じゃねえか! 腹の虫が収まらねえ。こうなったら殴ったり目潰ししたりしねえもっと可憐で慎み深い子をナンパして……」

 

 

「……工藤愛子はせっかくのデートなのにお洒落な服装をしてくれなかった。…………つまり、俺のことは眼中にない。そういうことなのだな。なら、積極的に女の子らしい格好をしてくれる子を捜そう……」

 

 

「吉井くんがこのプールに今日来ると聞いて僕まで来てしまった。ああ、僕は一体どうしたら良いんだ? 吉井くんではなく、愛情を惜しみなく注げる女性に出会えればこんな苦労はせずに済むというのに。はぁ~」

 

 惨劇の嵐は確実に近付いていた。

 

 

 続く

 

 


 
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