No.493934

新生アザディスタン王国編 第四話②

千歳台さん

『連邦政府筋によりますと、新生アザディスタン王国のマリナ・イスマイール女王陛下が逝去されました』シリアス路線。5話構成。文字数制限ではみでた分になります。

2012-10-08 23:25:11 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:757   閲覧ユーザー数:757

新生アザディスタン王国編 第四話 その2

 

 司令官席のコンソールを叩きつつ、アーバ・リント准将は次の指示を出す。

「スミルノフ大佐が動きを封じている間に、本件を一気に収束させます」

 作戦進捗の大幅な方針転換。

 グランド・スケジュールの変更は口頭指示だけで済む内容ではない。

 部隊や、それらを統括する軍本部の基幹システムに対してアップデートしなくてはならず、そのためのリント准将本人の認証は必須となる。

 すぐさま電子的に承認された新たな命令・進攻プランがシステム内を駆け巡る。

 オペレータが報告の声をあげる。

「静止軌道上に駐留中の第一へ通達。降下開始、降下、開始」

 

 どれほどに訓練を重ね、兵士として充分に教育を受けていようとも、戦場において流れ弾一発で兵士は死ぬ。そこに兵士の固体性能による優劣は全く関係無い。

 アーバ・リント准将は、けっきょくのところ全てはそこに集約すると考えた。

 彼が重要と考えるのは、戦場での流れだ。

 戦術予報士は、それすらも1つの要素として分析するそうだが、それはもはや天才の所業であると彼は考える。一介の軍人が真似できる事ではない。

 だから彼は戦場の空気を読む事に専念した。データから読み取ることのできない、戦場の空気。

 自軍に有利な流れであるか否かを、誰よりも早く察知する。

 不利な要素があれば対策を講じ、戦況に影響を与えれば即座に処断する。有利になる状況を作るのではない。有利性にマイナスとなる要素を排除することで、有利な状況を維持するのである。

 本作戦の場合、ミスター・ブシドーの造反であり、ソレスタルビーイングの介入である。

 前者は処断できた。後者は難しいだろう。ほぼ同じタイミングで発生した二つの事象を彼が警戒するのは当然だ。

 リント准将は司令官席を立つ。

「全通信帯域に回線を開け、10分後にアザディスタン全土に対して降伏勧告を行います」

 即決であった。

 戦場の流れが自軍にある間に全てを終わらせてしまおうとするのだ。

 とはいえ、軍産業者や民間警備業界、兵站の民営化過程で構築した物流業者とのコネクション。それらとの蜜月もここまでと思うと少々残念に思う准将であった。

 前線で連邦軍が混乱している報告は、シーリンにも届いていた。

「どのあたり?」

 オペレータ席の一つに詰め寄る。

 アザディスタン王国の防空体制はほぼ骨抜き状態であるが、学術系天文台などが、かろうじて機能しており領空内の状況を知ることはできた。

 ソレスタルビーイングの介入はシーリンも期待していたところであった。

 しかし、所属不明機が降下した位置は、どのような意図があったのだろうか。前線でもなければアザディスタン側でもなく、かといって連邦の拠点とはほど遠い、補給ラインの間延びした場所だ。

 あえて分析するなら、おっとり刀で駆けつけた風にしか解釈できない。

 実際、宇宙でのソレスタルビーイングはアロウズの執拗な追撃に追い立てられる状況が続いていた。潜伏先が次々と特定され、イノベイターの強力なモビルアーマーに翻弄される。

 刹那・F・セイエイが地球圏に降下できたのも、その間隙を縫うように成しえた結果であるが、シーリンたちにそこまで知りうる情報はない。

 

 所属不明機の意図を計りかねて凝視するモニターにブロックノイズが走る。

 シーリンだけが顔を上げる。

 錯覚か、とも思ったが違う。足元に神経を集中する。数名のスタッフも異変に気付いた。

 地響きだ。地震ではなく、もっと機械的な。

 シーリンは足早にエントランスの大窓に近づく。もはや地響きは地鳴りを伴っていた。

 大窓の向こうは首都マシュファドの大空を見渡すことができる。

「これは……」

 蒼穹に幾筋もの流れ星が見える。

 流れ落ちる白い輝きは、そのまま消えることなく、むしろ逆に爆ぜるような煌きを放つ。

 糸のような流星が、いきなり傘を開いたかのような白い軌跡を爆発させる。

 それは、航宙艦が大推力によって、大気圏を強引に突入するパワーダイブの軌跡であった。

 地球重力による自由落下ではなく、艦の推力によって降下時間を短縮させるのだ。それゆえの激しい大気摩擦で、地上から眺めれば爆発のような輝きが観測できるし、降下地点では衝撃が地響きを起こす。

 今まさに、シーリンが耳にしている爆音と、身体にひびく振動はそれであった。ましてやそれは一度ではない。

 見上げれば、流星群が空を覆っている。

 ジェジャン中佐率いる、宇宙軍の主力艦隊。

 バイカル級航宙巡洋艦数ダースによるパワーダイブは圧巻であった。

 

 スタッフ全員が外に注目するなか、通信端末の一つが、受信したノイズ混じりの音声をスピーカーに発する。

『私は地球連邦軍国際治安支援部隊総司令、アーバ・リント准将である。反政府軍首謀者、シーリン・バフティヤール少佐、ならびにそれに組する逆賊に告げる』

 突然の、敵からの入電に再び室内は騒然とする。オペレーター数名が慌てて席に戻る。

 ネット回線、ラジオ、アマチュア無線などの民間回線は当然ながら、一部軍用回線の極超短波、レーザー通信にまで同じ放送が乗っている。

 シーリンだけ一人、エントランスに残って空を見上げたままだ。

『いますぐ武装解除し、投降せよ。承知と思うが現在、宇宙軍の増援が降下中だ。これにより我が軍は単純計算で倍増し、貴軍との戦力比率は8:1となる。繰り返して告げる。いますぐ武装解除し、投降せよ』

 エントランスの手すりを握る拳に力が入る。

「通称『神の手』と呼ばれる、上位プロトコルによる連邦軍の強制介入よ」

 連邦軍によるアザディスタン侵攻が確実となった段階でシーリンは現実的な勝利条件を分析した。

 徹底抗戦できるほど物量もなく、さりとてゲリラ戦を展開し泥沼化させるわけにもいかない。

 本土の自治権が占有されるのは間違いなく、以前のような暫定政権などという生易しい処置は期待できないだろう。占領政策に近い強権な体制になるだろうと彼女は予測した。

 どうあがいても負け戦となる今回の侵攻。

 ならば、人的資産に着目してはどうか、彼女は一つの方策を考え出した。

 それが、国民総亡命であった。アザディスタン国民のすべてを第三国へ政治亡命させるのだ。

 

 内戦や紛争で国内が戦場になると軍人は戦うが、民間人は隣国へ避難する。これが難民である。

 人道支援の観点で隣国は難民を受け入れるが、資財を持たない難民であるから彼らのケアにかかるコストは、そのまま隣国へ経済的負担になる。

 もちろん隣国の世論からは良い評価は得られない。隣国との外交に遺恨を残す要因になりかねない。

 仮に内戦が終結しても、難民の受け入れは戦後処理の大きな課題として残る。

 まさにアザディスタン王国の壊滅と復興の過程をシーリンは直に体験していた。

 では逆に、国土が蹂躙されても国民への被害が少なければどうかと考えた。物理的な損失は、極端を言えば金銭で解決できる。しかし人的な損失はそうはいかない。

 それが政治的亡命である。複数の第三国を経由して、アザディスタン王国民のすべてを亡命を名目に国外へ避難させる。

 ポイントとなるのは、経済困窮による亡命では難民と変わらないが、本件では政治的な亡命であるということだ。

 政治家や官僚ではない一般市民による政治亡命とは意味合いに矛盾を含むが、入念な事前交渉とアザディスタン王国政府の資金援助で相殺させたのがシーリンの手腕によるところである。

 実際、政府財政は良好であったゆえに可能な事であった。また、後に知られる事であるが、欧州の某財閥によるバックアップがあったとも噂される。

 いづれにしろ実現にあたって問題となったのが時間であった。

 ほぼ政治的価値の無い一般市民を相応の待遇で亡命させる。しかも連邦政府に悟られぬよう内密に進めなくてはならない。

 クラウスを筆頭とした国防軍は、一般的に連邦軍に対する"抗戦"とされているが、実のところ"妨害"でしかない。シーリンが「撤退戦」と呼ぶ理由である。連邦軍の侵攻を妨害することで時間を稼いでいたのだ。

 だというのに――、

「そういうことだ。大人しく降伏するべきだと思いますよ。少佐」

 スタッフの一人である青年がシーリンに銃を向けていた。

 非戦闘員のみで構成された室内に動揺が広がる。

 ただ一人、無感情にシーリンが振り返る。

 亡命については苦肉の策であったし、その内容はあまりにも脆い。なぜなら、いかように策を弄しようとも連邦軍の出方次第で全てが瓦解するからだ。まさに目の前で始まろうとしているような総力戦となれば持ち堪えられるはずもないのがアザディスタンの実情である。

 そう思うにいたると、湧き上がってくるのが後悔の念である。

 当初、シーリンには対連邦軍施策がもう一つあった。

 連邦軍への徹底抗戦である。半世紀前にIAEAの査察で封印されたナタンツの限定戦略核まで持ち出し、中東全域とバルカン半島の半分を焦土作戦の犠牲とした、まさに第七次中東戦争である。

 シーリンの試算では、最終的に連邦軍の戦力は、ソレスタルビーイング殲滅戦直後の状態まで巻き戻され、連邦加盟国は軒並み人口の30%を削ぎ落とされる。

 それらとの引き換えに、アザディスタン国防軍は全滅する。

 つまり、シーリン個人の復讐でしかない施策であったが、意外にも実現の算段が立てられるほどの賛同があった。聖戦を唱える者も少なくなかった。

「撃て、私を撃てばいい」

 シーリンは大仰に両腕を広げて、銃口の正面に立ってみせる。

 銃を向けた青年は、逆に怪訝な表情を向けた。

「ああ、分かっているとも。降伏勧告の事じゃない。キミがスパイだということだ。残念ながら雇い主の特定はできなかったが、どのみち7姉妹評議会あたりだろう? アズディニー氏は元気かな? ああ、今や連邦の監査官殿だったね」

 シーリンは逆に驚いたものだ。このような刺し違え上等な玉砕戦に賛同する国内世論は、つまりマリナ・イスマイールのカリスマがこれほどに高かったのかと。

 だから、復讐心を抑えてマリナの遺した国を――、国民を護ろうと奔走してみたものの、その結果がこれだ。

 シーリンは口元に自虐の笑みを浮かべながら、理解の浅いスパイを見据える。

「キミを傍に置いてはいたが、重要な情報はすべて遮断していた。気づいていたかな? スパイを泳がせておく利点はいろいろある。最たるものが敵に不利な情報を流せるという点だな。また、あまり知られていないが、敵の諜報活動を抑止する効果もある。こちらは防諜に手間をかけずに済むからかなり助かるんだよ。そういうわけで、潜入できたものの、キミにもたらされる情報はロクなものではなかっただろう? 一向に成果も挙がらず焦ったキミは、こうして首魁を手土産に、という、ハハッ。悪あがきなのだろう?」

 このような結末になるのなら、躊躇する必要などなかったのでは。

 などと思ってしまえば、もはや全てどうでもよくなる。

「撃てないのか? ならキミは後悔するぞ、いや、後悔させてやる。先日亡くなったキミのお母さまの遺産は全てキミのお姉さんに相続するように手配済みだ。まぁ当然の報酬だろう? 引き篭もって一向に働こうとしないキミを養い、あまつさえ公正させようと軍への入隊に尽力したのだから」

 もとよりアザディスタン王国そのものは重要ではなかった。

 ただ、マリナが培ってきた過程が全て無かったことになるのが、たまらなかっただけだ。

「もちろんそれだけじゃない。とりあえずキミを拉致って、地元のナジーブのどこかの学校に精神異常者立て篭もらせて、生徒やら女教師やら嬲り殺しにして、逮捕直前にキミと入れ替えてやる。買収した精神鑑定結果で責任能力不能の判決ださせて、一年以上サナトリウムで精神疾患患者として扱われろ」

 しかし、それすらもままならくなった。ならば、もう、どうでもいい。

「退院後も退屈させやしない。キミがどこへ転居しようが移住しようが先々でキミの罪状を吹聴してやる。あー、貯金無いんだってねキミ。ここでお母様の遺産を取り上げた効果が出るワケだ。蓄財もなく、社会信用もなく、野垂れ死にすることもできない生き地獄を味あわせてやる」

 シーリンは醜悪な笑みを浮かべて、カタカタと震える銃口に迫る。

「それが嫌なら撃つがいい」

 このやり取りの間、アーバ・リント准将による降伏勧告がずっと放送されていたのだが、それが突然途絶えた。

 

 まず異変に気づいたのは、降伏勧告を放送している、旗艦アドミラル・ラディオンであった。

 先日の記者会見と同じ演台の前で焦るアーバ・リント准将と、周囲は混乱にざわめく。

 コントロールブースから現場を取り仕切っていた広報武官は、スタッフに原因究明の指示を出しているが、困惑を隠せぬ様子だ。

 ともかく一度状況を振り返る必要があるだろう。

 全世界に広がるネットは、ユニオンが開発した通信プロトコルに準拠している。そもそもが軍用目的で開発されたものであったから、強制介入できる上位プロトコルが用意されていて然るべきであった。

 今回の降伏勧告はアザディスタン王国全域の通信回線に介入する形で放送されている。それが今、途絶された。

 技術スタッフはすでに調査を進めていて、現状で放送設備の不備や侵入された形跡は発見できていない。つまり全く外部から介入されていることになるのだがしかし、上位プロトコルは解読困難なレベルで暗号化され、事実上、介入は不可能とされている。この事実が現場をさらに混乱させる。

 仮に解読を試みたとしても、そこらのスパコンや量子コンピュータが束になってかかろうとも一ヶ月を要する。

 リント准将の抗議の声にヒステリックな色合いが濃くなってきている。

 が、どのような方法で介入されているのかすら解明できずにいるスタッフたちになすすべはない。

 そこへ、フォートマイヤーからの外電が飛び込んで、さらに事態を混乱させる。

 米国国防総省に隣接する陸軍基地にして、ユニオン領域内の通信傍受を統括管理する部署が、上位プロトコルによる通信介入が広範囲に拡散していると報じてきたのだ。

 降伏勧告を上位プロトコルにて放送することは、フォートマイヤーとも打ち合わせ済みであった。だが、放送範囲はアザディスタン王国と隣接する中東諸国のみであったはずが、今や北米全域と、欧州、アジアの一部地域に拡大している。これがアドミラル・ラディオンの指示によるものか、という確認であった。

 当然、指示など出していないし、むしろこちらから確認したいくらいだ、などと逆ギレしそうになったところで冷静になった頭が客観的事実に気づく。

 すでに介入などというレベルではない。

 隔絶されているのは我々で、ネットワークは正体不明の敵に掌握されているのではないか。

 唐突に周囲がざわめいた。

 永らくブラックアウトしていた回線に映像が載ったのだ。

 

 一人の女性のバストショット。

 ブルーを基調とした皇族の衣装は、当時と変わらぬシルエットであるが、少しばかり装飾が増えているかもしれない。

 後ろに流された艶やかな黒髪も、煌く宝冠も、戴冠式の時から変わっていない。

 目蓋を閉じたまま、その女性は胸で大きく一呼吸する。

『わたくしは、アザディスタン王国女王、マリナ・イスマイール。地球連邦軍の皆様に申し上げます。あなた方は我国の領土、領空を侵犯しています。すみやかに国外へ移動してください』

 映像回線を受像していないアザディスタン王国国防軍では、この宣告で事態の急転を知る。

 シーリンは手近なコンソールに駆け寄った。

「映像をまわして!」

 状況を飲み込めていなかったスタッフが、シーリンの一喝で動き出す。スパイとされた青年は全くのスルーである。

 モニターには、マリナ・イスマイールの映像があった。

 静かに瞳を閉じて、とても穏やかな表情に見える。

 シーリンは膝から崩れ落ちそうになるところを耐える。感情の渦を理性で無理矢理押し込めて、勤めて冷静に映像を見つめる。

『繰り返して申し上げます。地球連邦軍の皆様、あなた方は我国の領土、領空を侵犯しています。すみやかに国外へ移動してください』

 マリナが本人であるか確認することはできない。では何処から放送されているのだろうか、彼女の背後に映るのは会議室などでもなく、いや。

 知らない場所だと思いかけるシーリンであったが、つい最近見かけた場所であると気づく。

「これ、新王宮の中央塔じゃない?」

 建設中の中央塔、最上階は展望台として解放される予定であったが、中央に開放的なコンベンションスペースが整えられている。

 モニターに映るマリナ・イスマイールは、目蓋を閉じたまま口元に柔らかな笑みを浮かべて見せた。

『退去を拒否するのであれば、実力をもって排除します』

 

―― 続 ――

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
0
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択