No.493626

恋姫異聞録156

絶影さん

どうも、絶影です。今回から蜀の話に入っていきます
劉備の話が中心で、少々長いですがお付き合い下さい

現在作成中のゲーム【眼鏡✝無双】なんですが、シナリオ完成いたしました
今の私の作業はサウンドを探し出す事と・・・・・・です

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2012-10-08 10:10:57 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:7720   閲覧ユーザー数:5880

 

 

新城にある宮の一角で、呉を象徴するような朱の卓に豪勢な食事を並べられ、圧倒される蓮華

隣には、会食をするために伴として着いてきた薊が座り、出された料理に手も出さず静かに瞳を閉じて

華琳の到着を待っていた

 

「そのままで良いわ。御免なさい、待たせたわね」

 

「いや、それほど待っては、イタッ!」

 

「・・・」

 

「いえ、戦前で重要な会議も多い中、このような会食の場を設けていただき感謝致します」

 

立ち上がろうとする二人を止める華琳から、見えない卓の下では薊の拳が蓮華に突き刺さり、顔を青くしたまま蓮華は言葉を正す

嫌気が多すぎて、不遜な態度を取りそうになる蓮華の手綱を握る薊に気がついた華琳は、少しだけ苦笑すると

食事を始めようと水鏡、春蘭、秋蘭、稟、霞を周りに座らせた

 

「昭から話は聞いているわ、貴女が張昭ね?」

 

「は、お初にお目にかかります。我が名は張昭。舞王殿と同じ昭の名を持つ者に御座います」

 

「ふふっ、彼を気に入ってるの?」

 

「ご無礼ながら、是非我らが呉に来ていただきたいと思っております」

 

「ダメよ、彼の背を見たでしょう?」

 

「だからこそで御座います。是非、昭殿を頂きたい」

 

正しく下座に座り、華琳の言葉に立ち上がり、王の重圧感に臆すること無く薊は礼を取る

そして、分かりやすい宣戦布告をしてのけた。華琳の言葉、昭の魏の一文字を見ただろうとの言葉に対し

だからこそ欲しいと言った。つまり、薊はこう言っているのだ、魏の全てが欲しいと

 

その言葉に即座に反応するのは春蘭。躯からは闘気が陽炎のようにゆらぎ、同じように霞の躯からは重圧感のある

盾の気迫が発せられる。だが、薊は此れを涼し気な表情で受け流し、楽しそうな華琳の瞳を見つめ返していた

 

「無理だな、昭は呉には行かない」

 

一触即発の空気に蓮華が身構えた時、秋蘭の凛とした声が響く

少し微笑む余裕のある顔に、薊は僅かに顔を崩していた。なぜなら、秋蘭の顔に絶対の信頼を見てしまったからだ

 

「貴女様が夏候淵殿。舞王殿の奥方様」

 

「そうだ、だから昭は行かない。私が此処に、魏に居るからだ」

 

「・・・・・・どうやら、そのようですね」

 

もう二度と迷わない、夫が私ひとりを見続け支え続けると言うならば、私は同じように夫を支え心から信頼する

あの時、昭の事を考えて決断したことは間違いだ。もう、自分の弱さを言い訳にしたりはしない

 

秋蘭の決意とも取れる言葉に、霞と春蘭は闘気を収め、蓮華は少しだけ呆けていた

薊は入り込む隙間など無いと少し顔を伏せて残念そうな顔をして、直ぐに表情を戻し「失礼いたしました」と腰を下ろした

 

「ならば、力ずくで魏を打ち負かし屈服させ全てを手に入れると言わんばかりの眼ね」

 

「ええ、そうさせて頂きます」

 

「良いわね、私にウソをつかない姿勢は好感が持てるわ。私に苦言を呈する事が出来るのは、稟と昭くらいよ」

 

「嘘は、最も信頼を欠く行為にございますれば、王に取る禁忌に御座います」

 

素晴らしい姿勢だ、自分は貴女が欲しいと言う華琳に、薊は光栄だと返すだけ

今度は、秋蘭のような自信溢れる瞳を華琳に向けていた。二度と、呉王の元から離れるものか、引きこもっていたのは

意地と仲間を説き伏せられぬ、己の力の無さ。ならば、今度こそ呉の繁栄の為に力を注ぐとばかりに

 

「ふふっ、蓮華。良い家臣が貴女には居るのね、気を抜いたら魏は貴女に取られてしまいそうよ」

 

「・・・私は、まだ薊に王と認められていません。ですから、そのようなご心配は」

 

「そんなこと無いわ。昭の評価を聞いたでしょう?楽しみね、とても」

 

顔をふせる蓮華に、そんな事はないと嬉しそうに微笑む華琳は、そろそろ食事をしようと杯を皆に持たせ魏の勝利を願い掲げた酒を煽る

 

「食事をしながらで良いわ。今日、私の元へ訪れた理由を教えてもらえるかしら。まさか、昭が欲しいと言うだけで帰るわけじゃないでしょう?」

 

「御意。まずは、此方を御覧ください」

 

侍女に竹簡を渡せば、静かに食事をする皆の後ろを通ってを華琳に手渡す

直ぐに竹簡を開き、眼を通せば華琳は眉間に皺を寄せて首を傾げていた

 

「300・・・この兵科は何?聞いたことが無い。稟、解る?」

 

「失礼します」

 

竹簡に書かれた文字を見て、稟の額にビシリと青筋が走る。そして、キリキリと絞られる瞳は凶悪な色をしていた

初めて見るであろう蓮華は、その禍々しい瞳に身を震わせた。なんて笑い方をするんだ、まるで地面に入った亀裂のようだと

 

「面白い、何処で手に入れました?」

 

「少しずつ、呉に訪れる者から調達しました。五年で此れしか揃いませんでしたが」

 

「反董卓連合以前から、袁術の元に居た時からですか。訓練は?戦闘配備は即座に可能ですか?」

 

「訓練は、あしの私兵ですが万全。配備は、お声をかけて頂ければ直ぐに」

 

稟は、薊に対してなるほど自分の同じだ。情報こそが全てを握り、全てを支配すると考えている人物であると理解する

そして、呉において最も注意すべき人物であると稟は、薊を標的と定めた。全てが終わった時、薊の考えを、教えをうけた

蓮華の呉が恐ろしい進化をするだろうと

 

「稟、どういう事?」

 

「この竹簡は廃棄して下さい、お耳を拝借致します」

 

蜀の将の侵入を許した今、少しの情報も残したくは無いと竹簡を霞に渡せば、霞は水鏡に読むか?と一度見せるが

水鏡は稟の瞳から読み取ったのだろう、首を振り、霞は懐へ仕舞いこんだ

稟の言葉を聞いた華琳は、一度眼を見開き「そんな事が本当に起きるのか?」と驚いていた

 

「あれば良いとは思っていたのですが、まさか既に配備出来るほどに練度を上げて揃えていたとは」

 

「呉の勝利のため、いつでも準備はしておりました」

 

「これがあれば、赤壁で負けていたのは此方ですよ華琳様」

 

「なっ!?」

 

思わず声を上げる水鏡を除く華琳達。たった三百だがそれほどの兵科を揃えていた薊に視線が集まる

いったい張昭とは何者なのだ!?稟の策があったとしても、赤壁では負けていたと言わせるほどの人物に

皆はただ、眼を丸くして居るだけだった

 

「戦にて、この兵科は祭に指揮させても宜しいでしょうか」

 

「彼女が一番に扱えると言うの?其れほどの兵科を」

 

「ええ、私の鍛えた私兵は、私の考えを忠実にこなせる祭にのみ行えましょう」

 

「貴女は、戦には出ないと言うこと?」

 

「御意。私は、呉の文官の長。戦は、武官にお任せいたします」

 

戦に出ることについては、自分から祭に伝えると薊は礼を取る。此処に来た理由とは、戦には参加しないと言うこと

そして、祭の為に用意した兵科を祭に預け戦に出すということ

 

「我が友、黄蓋ならば必ずやこの兵科を操ってご覧にいれます」

 

「そう、祭に貴女の兵を使って欲しいのね。彼女を信頼している、そういうこと?」

 

「はい、武は黄蓋に知は私に、それが先々代より受けた命にて」

 

「なら戦に参加なさい。後方で櫓を建て、特等席で戦を見せてあげるわ。貴女の友の勇姿をその目に焼き付けなさい」

 

そこまで信頼しているならば、後方で友の勇姿見れば良い。友の信頼と視線を受けた祭は、一騎当千の武勇をその目に見せてくれるはずだと

華琳は態々、薊の為に櫓まで建てて戦に参加せよと言い放つ

 

「戦で最も士気を高めてくれるものは、友の信頼と眼よ。背に受ける思いが大きく、重いほど武官は鬼神の如き戦働きを見せる」

 

「それは、舞王殿のことでございますか?」

 

「いいえ、私よ。彼の眼が、彼の背負った業が、そのまま私の背に乗せられる。此れほど己を奮い立たせるものは無いわ」

 

勝利の美酒よりもこの身を震わせると言う華琳に、薊はつばを飲み込む。

諜報員の報告から、昭が今までしてきた行為、所業、邑まで作り悲しみを取り去り、罪人を裁いてきた苦しみを薊は知っていた

だが、魏王と言う人間は、それら全てを飲み込む器を持ち合わせている。まるで乾いた大地のように、全てを瞬時に飲み込む程の器を

だからこそ、舞王と言う人間がしたがって居るのかと薊は理解する。報告で聞いた通り、夏候昭は五行で水を、魏王は土を表すのだと納得していた

 

「みょうに、あしらぁは恐ろしいもんを相手にしちゅうようだぁ」

 

「薊っ!?」

 

「さかしぃに喰われんようにしやーせんとなぁ」

 

「なんて言ってるの?」

 

方言が出る薊に、華琳は首をかしげる。全く何を言っているのかわからない

蓮華は慌てて、自分達は強大な王を相手にしている。逆に喰われないように注意しなければといっていると伝えれば

華琳は笑っていた。それも、不遜な言葉にではなく、素の薊を引き出せた事が嬉しかったようだ

 

「私を敵と見てくれたかしら?」

 

「はい、戦に負けて、呉が残ったと安心していれば即座に潰すと仰って居られる。恐ろしい御方・・・」

 

「ふふっ、もっと恐れなさい、己の全てを絞りきり前に走り続けなさい。立ち止まれば私の鎌が貴方達の首を切り落とすわ」

 

「しかも、魏を超えて見せろと仰る。優しいのか、恐ろしいのか・・・いえ、母のようでございますね」

 

時に厳しく、時に優しく。その姿は正しく母の姿。彼女は国母なのだ。民の成長を促し、見守り、導く

そして、超える事を望んでいる。言ってしまえば、彼女はより良くなるならば自分すら倒す者が居ても良いと思っているのだ

それは、呉に対しても同じように。皆の平穏は、皆の成長をもって支えられると考えているのだろう

 

「子供は子供なりに、母を超えるため精進する所存に御座います。どうぞ、これからもよろしくお願い致します」

 

「ええ、私のために励んでちょうだい」

 

席を立ち、華琳の前に跪く薊に、華琳は微笑む。互いに競うあうように国を良くする事が出来れば良いと

未来の呉に期待を込めながら、目の前の薊の頬を愛おしそうに撫でていた

 

 

 

 

呉との会食から数日・・・・・・

 

「ねぇ美羽、此処のうどんっていう食べ物は美味しいの?」

 

「行って見るか?ここは、雪蓮に合うとは思うが、師姉様には合わぬように思うぞ」

 

「私の事は気にしなくて良い、どうせ雪蓮に無理矢理連れて行かれるのだから」

 

七乃を連れて市を歩く三人は、うどん屋の前で立ち止まる。どうやら、美羽を気に入った雪蓮が偶に市の案内をさせているようで

今回は大衆食堂のうどん屋。今で言う、セルフのうどん屋に眼を引かれた雪蓮。店の外まで香る魚介のダシの香り

最近は、カタクチイワシが呉から入るようになって、煮干しと昆布のダシが効いて前よりもうどんの評判が良くなっていた事もあり

雪蓮は食欲を刺激され漂う良い香りに鼻をヒクヒクとさせていた。

 

「なんというか、お主は本当に王であったのか?」

 

「とてもそうは見えませんね~。どちらかと言うと、町娘のようですよお嬢様」

 

「ち、違うわよ。ちゃんと政務だってしてたし、王として威厳のある態度を」

 

「取ってないな。政務など、毎度逃げ出していただろう」

 

「う・・・」

 

痛い所を突かれ、言葉をなくし、ごまかすように呆れる美羽の手を引いてうどん屋に入ればそこにはうどんを啜る昭の姿

周りには、昭を囲むように警備兵やら市の者達が集まり、食事を取っていた

皆はそれぞれに仕事の話やら、女房の話やら、馬鹿話なんかをしては笑い合う。女房の話をすれば、中年の女性が茶々を入れ

旦那の話をし出せば、お返しとばかりに突っ込みを入れる漫才のようなことまで始まり、笑いは次第に店の外まで響いていた

 

「彼の方が、街の男の人と変わらないじゃない」

 

「父様は良いのじゃ。王ではないし、元より王などという縛りのある身分に合わぬ」

 

「確かに、あの人は王って器じゃないわ。美羽と同じ、自由な人間よ」

 

「あっはっはっ!そりゃお前が悪い、爺さまの話を聞かんからだ、いい女房じゃないか・・・ん?」

 

口の中を飲み込んだ昭は、茶をすすり笑い出す。そして、後ろにいた美羽達に気が付き、手招きして此処に座れと椅子を引く

すると、周りの者達は娘の登場と美しい女性三人の登場に拍手喝采で迎え入れ始めた

 

「食事か?此処は騒がしいぞ」

 

「昭様ぁ、そりゃ無いですよ。せっかくこんな別嬪が来てくれたってのに、あっしら邪魔ですかぃ?」

 

「口から先に生まれて来たんだろう?嫁さんに五月蝿くても我慢しろなんて言う奴を置いとけるか」

 

「旦那、それいっちゃダメですよ!まいったな~」

 

大笑いする皆に少々圧倒される冥琳だが、美羽は気にせず七乃とうどんを四人分。そして、揚がった天ぷらを皿に適当に乗せていく

 

「そんな事言っちゃダメよ~。でもね、貴方が急に喋らなくなったら奥さん慌てるわよ」

 

「へ?なんでだい?」

 

「そりゃそうでしょう、何時も貴方の声を聞いてるのに、急に無くなったら病気かもって心配するわ」

 

「心配か~、たまには心配させるのもいいかもしれないな」

 

「あははっ!ダメダメ、心配っていうのは稼ぎ手が居なくなる、家に稼ぎが入らないって心配するんだから。貴方の心配じゃ無いわよ」

 

周りの皆は、急に話に入り込みまるで馴染みのように振る舞う雪蓮に驚くが、二言三言で皆は吹き出し

そりゃねぇよ姉ちゃん!と言う男と一緒に笑っていた。そしてさっきまで面食らっていた冥琳は

 

「だが、裏を返せばそれだけ貴方を信頼しているということだ。大事にしたほうが良いな」

 

とフォローを入れ、男は顔を真赤にして、今日は早く帰って見るかと頭を掻いていた

そして、満足したのだろう。皆は、ゆっくり食事を楽しんでくださいと、雪蓮達に頭をさげて散っていった

 

「悪いことしちゃったかな」

 

「いや、美羽か秋蘭、涼風が居る時は、みんな遠慮してくれるんだ。家族の時間だからって」

 

「そう、良いわね。貴方って本当にそこら辺の男の人みたい。将って、皆あまり近寄って来ないでしょう?」

 

「そりゃそうだ、俺は将って柄じゃ無いからな。市民で十分だ、みんなと同じ普通のオッサンだ」

 

璃々におじちゃんと言われた事を引きずっている昭は、自分をオッサンと言い、雪蓮は笑っていた

 

「ん?」

 

美羽と七乃が食事を運んで来る所を見て、悪いなと思いつつ昭の隣に座ろうとした時、手に触れる昭の宝剣

そういえば、報告では昭の持つ宝剣は恐ろしい切れ味を有し鉄さえ泥のように切り裂くという話

そして、思い出す春蘭の大剣【麟桜】。麟桜は、玄鉄剣を鋳潰し昭の髪を混ぜて作られたと春蘭から聞いていた雪蓮は

もしや、宝剣の二振り【倚天の剣】と【青釭の剣】は昭の髪を使っているのではないかと、昭の剣を見つめていた

 

「倚天の剣が珍しいのか?」

 

「うん、もしかしてこれって貴方の髪を使ってるの?」

 

「んー・・・よく分からない。もしかしたら、そうかもしれないし、そうじゃないのかもしれない」

 

「どういう事?」

 

歯切れの悪い答えを返す昭は、倚天の剣を腰から外して雪蓮に渡す。渡された雪蓮は、鞘から抜きだすと美しすぎる剣の刃に眼を奪われてしまう

まるで、湖面に反射する月光のように輝き、刃こぼれ一つ無い刃に鏡のような剣の腹。次に手渡される青釭の剣は、まるで二つの異なる金属が

手と手を繋ぐように入り混じり、互いが己の存在を主張している。釭の部分は、赤銅色の燃えるような炎。青の部分は氷をそのまま埋め込んだような

涼しげで冷たい色を目に映す。二つの剣に雪蓮は、魅入られるように柄を握りしめていた

 

「あっ!」

 

「お終いだ。それ以上は、何かを切りたくなるだろう」

 

「大丈夫か、雪蓮?」

 

瞳の色が変わる雪蓮に直ぐに昭が剣を取り上げ、驚いた冥琳が心配するが雪蓮は何かを振り払うように首を振って溜息を一つ

 

「ええ。これ、妖刀か何か?貴方は平気なの?」

 

「わからない、ただコイツは使い手を選ぶらしい。俺以外は、秋蘭と春蘭、あとは華琳が平気みたいだ」

 

長い間はダメだが少しだけなら、他人が振り回しても平気みたいだけどと言う昭に、雪蓮は春蘭と戦った時の事を思い出した

春蘭の持つ麟桜も、自分が持とうとした時、恐ろしい重さになった。春蘭は軽々と振り回していたが

アレは、春蘭自身の力だけでは無い。なぜならそれほど力に差があるとは思えないからだ

例え重くとも動かすことくらいは出来る。だが、あの時少しも動かすことが出来なかったのだから

 

「それ、絶対に貴方の髪を使ってるわ。何か、思い当たることはないの?」

 

「無い。ただ、コイツは曹騰様が作ったんだ」

 

「何の為に?使い手を選ぶ剣なんて、こんな恐ろしい物を?」

 

「さあ、良く分からないな。曹騰様は争いが嫌いな人だ、だからコイツは曹騰様とかけ離れた物なんだよな」

 

隣に座り、うどんを食べる美羽の髪を撫でながら昭は、曹騰の事を思い出す。曹騰様は、何故こんな物を作ったのか

そして、何故いつも此れを着けていたのだろう此れほど曹騰様に似合わぬ物はないはずだと・・・

 

 

 

 

 

ー武都ー

 

その頃、劉備と共に蜀の領土であり、全軍を集結させている武都に渡った華佗は、約束通り扁風の傷の治療に取り掛かっていた

 

「どうだ、フェイは助かりそうかい?」

 

「ああ、昭の義妹か。勿論だ、俺はその為に来ている」

 

「傷から、兄様の覚悟が見れただろう・・・」

 

「そうだな、昭は躊躇無く殺しに来た。突き刺した後、剣を捻った。よく俺が来るまで保ったな」

 

宮の一室、その外で妹の治療を待っていた翠と話す華佗。治療は長引き、結局は翠が帰ってもまだ終わっては居なかった

それは、会話でも解るように昭は確実に扁風を殺しに来たと言うこと。心臓からずれてはいたが突き刺し、剣をひねり、内蔵に損傷を与えた

さらに、確実に殺すために首をはねようとした。それだけで、昭がどれほどの覚悟を持っていたかを理解出来た

 

「で、やっぱりダメかい?桔梗の治療をすること」

 

「駄目だ、それは約束に入っていない。戦をしているんだろう俺達は」

 

「まあな、さすが兄様の親友だよ」

 

「そうだ、俺は昭の友だ。だから、魏延には何度訪れても無駄だと言ってくれ。ああ何度も来られては困る」

 

そう、華佗が来てからと言うもの、無駄だとわかりつつも何度も魏延は華佗の元を訪れていた

厳顔の躯を、内臓を破壊され立つことすら覚束ない程にされた彼女の躯を治療してくれと

 

だが、華佗は首を決して縦には振らない。此れが逆の立場であったならどうした?

華佗と呼ばれる人間が、お前ならどうしたと言い、魏延は何も言えなくなっていたが、それでも通い続けていた

恥も外聞も捨てて、自分の大切な人を救ってくださいと素直に頭を下げて

 

「調略されそうかい?」

 

「ああ、魏延に加えて昭の義妹にまで言われてはな。だが、放っておいても厳顔は治る。俺の力など加えずともだ」

 

「へぇ、桔梗は凄いな。全身から血を流してたってのに」

 

「氣の絶対量が尋常じゃ無い。ただ、戦にはまに合わないがな」

 

「ならいい、助かるってだけで十分さ。其れ以上は望まないよ焔耶にも言っておく」

 

そうしてくれと部屋に戻る華佗を見送る翠は、麻沸散で眠る扁風の頬を撫で、厳顔の元へと足を向けた

 

氣の絶対量が尋常じゃ無いか・・・

あんな武器を振り回してるんだもんな、そりゃ普通じゃ無理だよ。あの豪天砲って武器は焔耶に扱えるのか?

 

「まあ、使ってもらわなきゃ困るんだけどな。強い奴は一人でも居たほうが良い」

 

などと呟きながら厳顔の部屋の前まで差し掛かると、部屋から飛び出してくる魏延の姿

その表情は焦りと困惑で染まり、少し涙まで瞳の端に滲ませていた

 

「どうした焔耶」

 

「き、桔梗様が居ないんだっ!あんな躯で、一体何処にっ!?もし何かあったら、私は!私はっ!!」

 

「落ち着け、桔梗が行きそうな所に心当たりは?」

 

「な、無い。何時も暇があれば庭や部屋で酒を飲んで居る方だ。遠くに行く人じゃ」

 

「とりあえず近くを探そう。そう遠くには行かないだろうし、もしかしたら腹が減って厨房に言ってるのかもしれないし」

 

今にも泣きそうな程、顔を歪ませる魏延に、翠は微笑んで安心させる。今、慌てたら駄目だ、冷静にならないと

それに、大した事じゃないかもしれない。小用かもしれないし、厳顔は無謀な事をする人間じゃないと落ち着かせる翠

だが、それでも魏延は落ち着かず、唇が震えていた

 

「華佗が、桔梗は大丈夫だって言ってた。戦には出られないけど、躯は治るって」

 

「ほ、本当かっ!?桔梗様の躯は治るんだなっ!!」

 

「ああ、兄様の親友だから嘘はつかないよ。だから安心しろよ、桔梗は大丈夫」

 

「わ、わかった。手伝ってくれるか翠?」

 

「勿論だ、蒲公英達にも声をかけるよ。見つけたら教えてくれ」

 

眼を拭い走りだす魏延を見送り、翠は一応とばかりに部屋を確認を始めた

気が動転していて何か見落としているんじゃないか、こういう時は、置き手紙なんかも見落としたりするものだと

昔の翠からは考えられないような落ち着いた行動をとる。寝ていたはずの寝台には、血で濡れた包帯が散らかり

部屋の中央に置かれた卓には薬だろうか、大小の瓶が乱雑に置かれていた

 

「・・・この香り、大茴香。ってことは、紫苑が一緒か」

 

眼を閉じ、水の心を利用して五感の内の一つを塞いで他を最大限に使えば、黄忠用に調合された大茴香の爽やかで甘い香りが

微かに部屋に残されている事に気がつく翠。そして、溜息を一つ

 

「おおかた、桔梗の我儘に紫苑が付き合ってるってとこだろうな。ほっといても良いんだけど、焔耶があんなに心配してるし、仕方が無いか」

 

このまま匂いを追うなんて器用な事は出来無い、やっぱり行きそうな所に目星を着けて探すしか無いか

などと考えながら部屋を出る翠は、直ぐに蒲公英が居るであろう書庫へと走る

 

「あんまり心配かけるなよな、戦闘狂ってやつなんだろうけど、限度があるよ」

 

満身創痍で表を出歩く厳顔に呆れながら、翠は早く二人を捕まえようと蒲公英の元へ足を急がせた・・・

 

 

その頃、武都から少し離れた森の中。黄忠の肩を借りながら、血まみれの躯を引きずり目的の場所を目指す厳顔

近くにあった剣を杖代わりに、少しずつ森の奥へと進んでいく

 

「大丈夫?まったく、貴女には呆れたわ」

 

「そう言うな、少々付き合ってくれれば良い」

 

「戦に出るつもりなのね」

 

「無論、出ぬ訳がなかろう。ようやく我が主と言える御方に出会えたのだ、その方の為に働くことこそがわしの喜びよ」

 

心底嬉しそうに、戦場での劉備の姿を思い出す厳顔。劉備こそが、御館様と呼べる己の主人であると断言する

ようやく命を賭して仕えることの出来る主人を見つけたのだ、その御方が最後にして最大の戦に臨もうとされている

ならば、この程度で寝てなど居られるものかと厳顔は黄忠を説き伏せて、ある場所へと向かっていた

 

「本当に、そんな人がこんな森の奥に住んでるというの?」

 

「ああ、朱里から聞いた話だ、間違いない。御館様のお持ちになっている神刀を作った男がこの先に居る」

 

厳顔の目的とは、鈍砕骨と豪天砲の二つを使いこなすに至った魏延に二つの武器を譲り渡し、自分は新たな武器を

舞王の宝剣に劣らぬ、神刀の如き剣を手に入れること。最初はそのような剣が在るなどと半信半疑であったが

あの時、戦場で見た劉備の持つ小剣は、舞王の持つ宝剣とぶつかって折れるどころか刃こぼれすら見せなかった

あれさえ手に入れられれば、戦場で必ずや主の役に立つことが出来ると魏延を通して、朱里から話を聞いていたようだった

 

「着いたぞ、此処だ」

 

「こんな洞窟に、本当にあれほどの剣を作る人が住んでいるの?」

 

「聞いた話によれば、相当な変人らしい。誰の誘いも聞かず、逃げるように移り住んで居たらしいが、朱里から宝剣の話を

聞いた途端、我らに力を貸すと言ってきたようだ」

 

何やら、宝剣との因縁のようなものを感じた黄忠は、少々顔を引き締めた

厳顔は、そんな黄忠に笑を送り、持ってきた酒瓶を揺らしながら洞窟の奥へと入っていく

 

すると奥から光が見え、たどり着いた先には巨大な溶鉱炉が置かれ、熱が紅々と発せられていた

立っているだけで、汗が吹き出す熱気の中、男が奇妙な笑い声を上げながら鉄を打つ姿

男は、髪と髭がまるで邪魔だから切ったと言わんばかりに乱暴に切られてボサボサ、服は着れれば良いとばかりに

腰巻のようなものとズボンだけの浮浪者のような風体で、思わず黄忠は顔を顰めていた

 

「ヒャハハハハハッ、オメエ厳顔か?酒、持ってきたか!?」

 

「ああ、蒲元だな?朱里から話は行っているだろう。儂に剣を打って欲しい」

 

「酒だ酒ぇ~、ギャハッ、ギャハハハッ!」

 

人の話を聞いているのか聞いていないのか、厳顔の差し出した酒瓶を奪い取ると浴びるようにしてガブガブと酒を飲み干していた

 

「でぇ~?死にぞこないが何しに来たって?ギャハハハッ!!」

 

「アナタっ!!」

 

「待て、紫苑。剣を打って欲しい、御館様に授けた物と同じ神刀を」

 

洞窟に響く笑い声が、厳顔の神刀と言う言葉を聞いた途端ピタリと止まる

そして、狂人のような姿は一変し、目は据わり厳顔の顔を真っ直ぐ見詰め、再び酒を口に運んだ

 

「神刀・・・神刀だぁ糞が・・・ありえねぇ、ありえねぇんだよあんなモン」

 

「む?」

 

「な、なに?」

 

ブツブツと神刀と言う言葉を繰り返す蒲元は、酒瓶を握り締める手がブルブルと震えだしていた

そして、急に酒瓶を落とすと髪の毛を掻きむしる。眼は血走り、何度も「神刀」と言う言葉繰り返し始めた

 

「髪を混ぜただけで、鉄を超えるだぁ?有り得ねーんだよっ!!あんなモンはあっちゃならねーんだっ!!」

 

「あってはならない?」

 

「そうだ、神刀ってのはな、曹騰の爺が試しで作った試作品だ!あんなモン、誰にも作れやしねーんだよっ!」

 

「なにっ!?」

 

急に当たり散らすように、熱した鉄を叩きはじめる蒲元。先ほどのような狂った笑い声など一つも発さず

ただ、自分の中の何かを掻き消すように、一心不乱に鉄を叩き続ける

 

その様子に、厳顔と黄忠の二人は意味が解らなかった。蒲元が作ったと思っていた神刀は、実は蒲元が作ったものではなく

曹騰が試作品として作った一振りであるということ。そして何故、こんな場所にその試作品の一振りが在るのだということだ

 

「不思議か?神刀が在ることがっ!!ありゃ盗んだんだよこの俺が!何時か、俺が神刀を超えるためになぁっ!!」

 

「盗んだだと、では神刀とは」

 

「天の御遣いの髪と、錆だらけの屑鉄を使った剣だ」

 

劉備の持つ神刀が、実は御使の髪を使用した剣であると言う事実に二人は言葉を無くしていた

それは、髪を使えば幾らでもあの切れ味と強度を持つ剣が作れてしまうと言うこと、そしてそんな事になれば

蜀の兵は容易く鏖にされてしまうだろうと言うことだ

 

「安心しろよ。あれは使えねぇ、使えねぇんだ。武器が人を選びやがるからな、使えねえんだよ」

 

「武器が人を選ぶだなどと、馬鹿な。武器は人が選ぶモノだ。時には、人に合わせ武器を変化させるのが戦の常だ」

 

「そうだよ。けどよ、あれは違うんだよ。だから、量産なんか出来やしねぇ」

 

「一体どう言うことなの?」

 

「しっておるならば、わしらに教えてはくれまいか」

 

一心不乱に鎚を振るっていた蒲元は、大きく振りかぶって鉄を叩きつけると二人を睨みつけた

そして、刀剣を冷却するための水桶に頭から突っ込み、顔を拭うと話は終わりだとばかりに洞窟を後にしようとする

 

「待って、わたくし達には貴方の打った剣が必要なの」

 

「紫苑・・・」

 

「お願い」

 

黄忠の以外な言葉に厳顔は驚いていた。説得をしたとはいえ、優しい黄忠の性格だ

心の中では、武器を断られ戦場に出れないようになることを望んでいたであろうはずなのに

黄忠は、厳顔の方を見て微笑み【貴女の心の中はよく理解している】と優しく細められる瞳が語っていたのだ

 

「良いのか?わしを戦場に行かせたくなかったのでは無いのか」

 

「ええ、此処まで連れてきてダメなら貴女も納得すると思っていたけど、無駄のようだし」

 

「確かにな、この杖くらいにしか役に立たん剣で戦場に出るだろうよ」

 

「それに、髪を混ぜるだけであれほどの剣が出来るなら、わたくし達の髪でも」

 

駆けより腕をつかむ黄忠に、立ち止まった蒲元は再び笑い出す

 

「めんどくせぇヤツラだ。いてぇから放せよ糞女」

 

「まあ酷い、なんなら此のまま握り潰して差し上げましょうか?」

 

「これだから武官はキライなんだよ。良いのか?俺に剣を打ってもらいてぇんだろ?」

 

「貴方が選べるのは二つに一つ。此処で腕を握りつぶされるか、話をして剣を打つか」

 

「チッ、脅しじゃねぇか。でもよ、そいつはキライじゃねぇ」

 

何を思ったのか洞窟の壁に掛かっている剣を一振り厳顔に投げ渡し、溶鉱炉の隣に置いた鉄の塊を指さした

 

「そいつでその鉄塊を切ってみろ。斬鉄だ、出来たら話してやるし剣を打ってやる。出来なきゃこっから出てけ

そんで二度とテメエラには、蜀には武器を作らねぇ。これでどうだ、糞女」

 

「ええ、構わないわ。でも、その糞女と言うのはやめていただけるかしら」

 

「ギャハハハッ、いてぇな畜生っ!アンタ、俺の好みを知ってるようだ。諸葛亮のチビスケに聞いたのか!?」

 

握られメシメシと音を立てる左腕、痛みで脂汗を流す蒲元。隣の黄忠は微笑みさえ見せながら、握る蒲元の腕に力を入れていく

 

「ただし、言っとくがその剣は斬鉄が出来るように作ってねぇ、薄さは見ての通り普通の剣の半分・・・」

 

「フンッ!」

 

「っておいっ!!」

 

いい終わりを待つこともなく、厳顔は剣を振りぬきバキンッと金属音を立てて剣は砕け、地面に突き刺さる

此れを失敗すれば、蜀には二度と蒲元の武器は卸されない。それどころか、神刀の秘密は解らず二度と同じものは

蜀の手に渡ることが無いかもしれないというのに、厳顔は少しも躊躇う事無く振りぬいたのだ

 

「・・・マジで振りぬきやがった。テメェ、なんも考えてねえのかよっ!」

 

「鈍らだな、この程度の剣しか作れんのか?」

 

「ああっ!?」

 

「期待はずれだ、これでは戦で役に立たん」

 

フラフラとおぼつかない足取りのまま剣を振りぬき、残った柄を投げ捨てる厳顔

黄忠は、蒲元の腕から手を放して厳顔の躯を支え、鉄塊を見れば大きな斬撃の痕が深く残されていた

 

「切りやがったのか?コイツで、この鉄の固まりを」

 

「約束よ、まずは剣の事を話してもらえるかしら」

 

蒲元は斬撃の痕を指でなぞり、折れた剣を拾い上げてクククククッと含み笑いをした後、大きく洞窟に響き渡る笑い声を

上げ喜んでいた。自分が作った剣を折られたというのに心底嬉しそうに

 

「コイツはよ、テメエラみてえなヤツラを追い返す為の口実だったんだよ。普通のやつなら出来ねぇ、絶対に折れるからな

てめえの何かを賭けられね奴には、俺は何もしてやる気はねぇんだ」

 

しかも、切れるはずもねえコイツで斬鉄をしやがったと再び大きく笑い声を上げると、蒲元は桶を二つ、厳顔と黄忠に投げ渡す

 

「座れよ、話してやる。俺が神刀をどうやって手に入れたか。何で、曹騰の爺がこんなもんを作ったかを」

 

そう言うと、鉄床に腰を下ろし蒲元は笑っていた。ようやく自分が望んでいた人物が現れたと

長い旅を続け、ようやく目当ての宝玉を手に入れた旅人のような笑い声を上げて

 


 
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