●月村家の和メイド18
カグヤ view
もはや暦も十二月。今年最後の月がやってきてしまいました。
そろそろクリスマスと新年の両方に向けて、色々準備する必要がある時期です。八束神社に居た頃は義姉様の「クリスマスのイベント行事に便乗して、ちょっと金稼ぎするぞ!」っと言うまったく突拍子もない発言に煽られ、手作りケーキを『製品のケーキ』と偽って売買した物です。懐かしい物ですね~~~。
今日は十二月二日、朝すずか様をお見送りした後、庭の掃除をしたてしまったカグヤは、そのまま猫の御世話と言う名の休憩を言い渡されました。恐らく最近目立つ立ちくらみが原因なのでしょうね。病み上がりは承知でしたので、ここは素直に従い、元気になってから全力で御奉仕すると致しましょう。
「しかし……、気になる事はありますね……」
今朝方、早朝二時ぐらいでしょうか? 龍脈内に意外とはっきり魔力反応が出たのです。アレだけはっきり出ていれば龍斗も気付いて調査に向かったでしょう。今日、すずか様をお迎えに行く時にでもついでに訪ねてみましょう。
「携帯使った方が早いの早いのですがね……」
カグヤ、未だに携帯使えないんですよねぇ~~……。昨夜もそれを知ったすずか様が「勉強できるのに携帯はダメなの?」と言って目を丸くしていらっしゃいました。その後、何度も教えていただき、なんとかすずか様の携帯には掛けられるようになりました。メールはただいま練習中にございます。
「そう言えば龍斗も携帯を買ってもらったらしい事を以前言ってましたね? ついでに登録をお願いしますか?」
カグヤの携帯、アドレス帳に『すずか様』『月村家』の二択にございます。
以前すずか様にも言われましたが、カグヤ本当にお友達いませんねぇ……。
「そこはかとなく危機感を感じるのは、良い事でしょうか? どうでもいい事でしょうか?」
「ニャニャニャ~~~~っ!!」
「ぬおおぉぉ~~~~っ!? 何故いきなり飛びかかられているのです~~~~~っ!?」
まるで慰めるようにペロペロ舐められまくったのですが、これはネコなりの良心? それとも構っていなかったので焦れたんでしょうか?
夕方。すずか様のお迎えの前に八束神社に寄ろうとしたら、近くまで龍斗が来ていました。何でも気を使って自分から色々話しに来て下さったようです。
さっそく携帯の番号を交換した後、事情を聞きました。
「昨日、現場に行ってみたら、家で調査の許可を取っていた管理局の調査員が二人やられてたよ。重傷っぽかったから、とりあえず連絡して管理局に帰した。なんか、俺じゃ解らない状態になってたから」
「解らないと言うのはどのような意味でしょうか? 変死体、ってわけではなかったのでしょう?」
「二人とも生きてるよ。外傷は打撲が中心。それ以外は俺には解んなかった。でも、外傷だけとは思えない……」
そこで言葉を切った龍斗。その意味を察したカグヤは、問い返します。
「カグヤと同じよう敵に襲われたとするなら、……魔術師の才能を奪われたと?」
「まだ診断の結果は聞いてない。でも、可能性はある」
「すると、相手の目的は、もしや『リンカーコア』でしょうか?」
「え? 何それ?」
「カグヤを襲った褐色の肌をした青い毛並みの耳としっぽを持った男がそんな事を言ってカグヤの中から何かを抜き取ったのです。その後からカグヤは魔術が使用不可能になりましたから、恐らく魔力変換器官の事ではないかと?」
「なるほど。だとしたら、相手はなんでそんな物を集めてるんだ? 前に依頼で殺した魔術師モドキは生物実験の真似事をするために肉片コレクションなんかやってたけど……アレの進化版か?」
「それならある意味楽ですよ。しかし、それにしてはやり方が手ぬるいですね? そんなイカレタ思考に辿り着いた行動なら、カグヤも局員も、皆死んでいなければおかしいんです。それが生きていると言う事はどう言う事でしょうね?」
「やっぱり情報が少ないな……、今は後手に備えるしかなさそうだ」
「はあ……、こうなるとカグヤが察知の術式を張り終わる前に魔術を持っていかれたのは痛かったですね……。これでは依然とあまり変わらないではないですか?」
「仕方ないよ。俺もなのはに言って、できるだけ注意を促しておくよ」
「ええ、そうしてください。そして、できるだけすずか様に近づけさせないでください。……今のカグヤでは守れませんよ?」
「解ってるよ。……でも、普通にお友達としてなら大丈夫だろう?」
「ええ、そこまで縛るほど、カグヤは偉い人ではありません」
話を終えたカグヤは、別れの挨拶もそこそこに、すずか様がお待ちしている図書館へと駆け出します。
「あ! カグヤちゃん! 君の体の事は―――!?」
無視して走り去ります。
もしかすると、カグヤはこの話をして欲しくなかったので、こんなに急いでいるのでしょうか?
予定より早く図書館についてしまいました。すずか様はまだ室内で調べ物の様です。急ぎの用があるわけでもないので入り口付近で待つことといたしましょう。
っと、思って広い廊下の一角に向かうと、ちょうどいい場所に一人の女性が佇んでおいででした。彼女に用があるわけではないので別に良いのですが、誰かを待つ場所としてうってつけの位置ですね。並ぶのも変だったので、カグヤは向かい側の壁に背を預けることといたしました。
壁に寄り添ったところでちょうど正面の女性もカグヤに気付いた様です。そして案の定、一瞬目を大きく見開きました。まあ、メイド服と言うだけで目立ちますし、その上和風式ともなれば驚きますよね……。商店街の辺りでは、こんな恰好する子供は月村の使用人だけだと、もっぱら噂されていたりするのですがね。
しかし、アレですね……。カグヤ、敢えて室内へと視線を逸らしているのですが、正面の女性、マジマジと人の事見ていますよ。そんなに珍しいのでしょうか? 別に見られるのは平気なんですよ。もう慣れましたから……。それでもこう、正面から不仕付(ぶしつ)けに見られると言うのもどうなのでしょう? 何だか不公平な気がしたので、カグヤも女性の事を観察する事にしました。
背丈から恐らく十代後半から二十代前半と言ったところでしょう。冬用の厚手のコートに身を包まれていて身体つきは良く見えませんが、露出している手を見るに、肉体的な強化、つまり腕力などはさほどなさそうです。業を身につけている可能性もありますが、そこら辺はまあ、見ただけで解るほどではないです。髪の長さはセミロングのカグヤよりも短めでしょうか? 広がりのある柔らかい髪はストレートにするとそれなりに長そうには見えますが、分類的には短髪でいいのでしょう。色はなんでしょう?金、と言えなくもありませんが柔らかなグリーンイエローと言ったところでしょうか?
っと、視線が顔の辺りまで来ると、さすがに互いの視線が合います。こちらは予想していたのでさ程でもありませんが、向こうはマジマジと見つめてしまった事に今更気付いたのでしょうか? 結構びっくりしてますねぇ。
「ど、どうも~~」
この挨拶はアレでしょうか? 誤魔化しと言う奴ですね?
さすがに初対面の相手に恥しくなったと言う事でしょう。それなら多少お付き合いしますか。
……悪戯半分で。
「やっと声をおかけしましたね」
「え?」
「ずっとこちらを見ていらっしゃいましたから、用事があるが声をかける勇気がないのかと思っておりました」
「き、気がついてたんですか!? すみません、つい……!?」
「いいえ、よろしいんですよ。こんな恰好が似合わないのは百も承知の上にございますから」
「そんな事無いですよ! とっても可愛いです!」
「良いんですよ、気を使ってもらわなくても」
「本当ですよ! 実際可愛いと思ったから、思わず見惚れちゃってたくらいなんですから!」
拳を握ってまではっきり言うのですね……。
「本当にそう思っておいでですか?」
「ええ!」
「そうですか」
カグヤは頬に手を当て、斜め下に俯きながら溜息を一つ。
「カグヤは男にございます故、似合ってないと言ってもらった方が良かったのですけどね……」
「え゛……っ!?」
おお~~、見事に固まりましたね~~。面白いです。足の爪先から頭の天辺までマジマジ見て回っています。さっき指摘されたばかりで、また見てますよこの人。
「………」
おお~~、すごい汗かいてます。これは物凄い勢いで思考してますね。カグヤの容姿や口調は女で通ってしまいますから、本人に男と言われると混乱せざる終えないのでしょうね。
……カグヤとしては、そこですぐに『男』と言う結論に至って欲しいのですが。
っと、突然女性が何かを思いついたように、はっ、とした顔になりました。
「なぁ~~んだ! 冗談だったんですね! 本気で考えちゃいましたよ~~! こんなに可愛い男の子がいるわけないじゃないですか~~!?」
「どうしてでしょうね……? カグヤの性別の話になりますと、必ずこう言った結論に辿り着かれてしまうのは……? これはもはや呪いなのではないでしょうか?」
カグヤは自分をこんな姿に産んだ顔も知らぬ両親を、今初めて恨めしいと思いました。きっとカグヤの両親はどちらも女顔だったに違いありません。そうでなければおかしいです。おかし過ぎて可笑しいです……。ははははははははは……っ。
「あ、あの? 目が料理されたお魚さんみたいになってますよ?」
「そうですか? そうでしょうね? カグヤの神は死にましたから」
「何の事です!?」
変な話しに盛り上がってしまいました。軌道修正と行きましょう。
カグヤは咳を一つ付いて話を変えます。
「ところで、ここで待っていると言う事は、誰かを御待ちで?」
「え? ええ、家族を待っているんです。あなたは?」
「主を待っております」
「あなたも?」
「っと、言いますと……、貴女様の主も、家族として扱ってくださると言う事なのですね?」
「はい。なんだ、あなたもそうなんですね?」
「ええ、主には家族として迎え入れていただきました。……つい最近の事ですが」
「そうなんですか? 私達もですよ。私達も、最近ここに来て、それで主に『家族』って、呼んでもらったんです」
「そうでしたか? とても御優しい主なのですね」
「はい♪」
誇らしげな表情で微笑まれる彼女は、同じ仕える者として好感の持てる綺麗な笑みです。
「では……、何が何でも放したくないのでしょうね……」
「え?」
「いえ……、カグヤは、いつまで主の御傍に居られるか解らなくなってしまいましたから……」
「……あの? もし迷惑でなかったら、事情を聴いても?」
「掻い摘んでなら構いませんよ。……っと言っても大した話ではありません。ここに居る従者が、バカをしでかすかもしれない……、それだけです」
「それは、どう言う事ですか?」
「さて……? 初対面で話すのもなんですが、同じ従者の身ですし、親近感に酔って語るも面白いかもしれませんね?」
カグヤが嘯(うそぶ)く様に、茶化す様に前置きをしますが、何やら相手は真剣な表情です。本当はこの先ははぐらかすつもりだったのですが、視線に圧されてしまい、少しだけ話してしまいました。
「主を大切に思いながら、主の意に背く。それを自覚し、己が心に傷跡を残しても、それでも耐え難い苦しみに、己を投げ出す。……っと言うところでしょうか? あまりに個人的な事が多すぎて、つい抽象的な事を言ってしまいました。申し訳ありません」
苦笑いを浮かべ、カグヤはお詫び申し上げます。
しかし、こちらが予想していたのとは違って、目の前の女性は、すごく真剣な眼差しをしておいででした。
「あなた、名前はなんて言うんですか?」
「カグヤと申します。最近、K・エーアリヒカイトの名を頂きました」
「私はシャマルです。ただのシャマル」
シャマルさんは、そう名乗ってからカグヤに告げます。
「私は、……私達に置き換えてるから、間違った事を言ってしまうかもしれないけど……。それでも、大切な人のために大切な人との約束を破る事は、決して間違ってはいないと思います」
「……なぜ、そう御思いに?」
「大切な人との約束より……その人本人が、一番大切だからです」
強い言葉、強い眼差し。
カグヤの知らない何かを、この人は持っている。
安らぎも、乱れも、平穏も、騒動も、恐らくは戦場も、彼女は知っているのかもしれない。カグヤの想像した戦場と、彼女が越えた戦場は違うかもしれません。それでも、彼女が越えた物は、間違いなく戦場なのでしょう。
だから、この人はカグヤとは違う。
ですが、カグヤと同じ物を持っている。
「カグヤは召使ですから、他人を呼ぶ時は『様』と敬称を付けるのが当然なのですが……。貴女様の事は同じ従者として尊敬を込めて『シャマル』と呼ばせて頂きますか?」
「良いですよ。私も、あなたの事は『カグヤさん』ってお呼びしますね?」
互いに尊敬を込めて、互の従者を称えて、カグヤ達は、普段しない呼び方で呼び合いました。
ちょっと不思議な気持ちです。互いに出会ったのはつい十分ほど前の事だと言うのに、あっと言う間に仲良くなってしまいました。もはや、カグヤにはシャマルの姿を他人と一蹴する事ができません。それはシャマルも同じようで、それが解ってしまうから、互いに自然と笑みがこぼれ出てしまいます。
その時ちょうど、まるで話の終わるタイミングを待っていたかのように、廊下の奥から待ち人がやってきました。
車椅子の少女を、後ろから押しているすずか様です。シャマルが壁から背を離し、すずか様に向かって礼をします。その姿で、カグヤには大体の事が理解できました。すずか様から車椅子の少女を預かると、シャマルはもう一度カグヤにお辞儀しました。カグヤもこれを返すと、互いに微笑み、気持よく別れる事が出来ました。
「お待たせカグヤちゃん」
すずか様に声をかけられ、視線を戻します。
「いいえ、話し相手が出来ましたので、退屈はありませんでしたよ」
「さっきの人? はやてちゃんの家族かな?」
「あの車椅子の方は『はやて』と言うのですか?」
「うん、今日お友達になったの」
「ああ、以前から言っていた方ですね。……恐らくそうなのではないでしょうか? シャマルも家族を待っていると言っていらっしゃいましたから」
「え?」
「どうなさいました?」
「あ、ううん。カグヤちゃんが誰かを呼び捨てにするなんて珍しいから……」
「ああ、そうですね……。彼女は特別なんです」
「特別?」
「ええ、カグヤは特別に『尊敬する方』、『頼りにしている方』、『信じている方』は、できるだけ、親しみを持って呼ぶ事にしているのです」
「……そうなんだ」
おや? カグヤは何かまずい事を言ったでしょうか? すずか様が少し沈んでいらっしゃるような……。
その疑問の答えは出ませんでした。ですから、一まず置いておき、カグヤは伝えるべき事を伝えておこうと思います。
「すずか様」
「な、なに?」
「……カグヤはすずか様と一緒に居ます。そう御約束申しあげました」
「うん」
「今もう一度御約束させてください。……カグヤはすずか様の御傍に居ます。この先もずっと、すずか様の傍らに在り続けます」
それは誓いでした。カグヤの心が例え折れたとしても、この心は永久にすずか様のお傍に在ると言う……。
「……っ!」
途端、すずか様の顔が夕焼けに染まった様に赤くなりました。普段すずか様のお顔を拝見させてもらっていたカグヤだからこそ、こんな状態でも解る違いです。
すずか様は恥しそうに俯きましたが、カグヤの袖の端を掴むと、優しく言ってくださいました。
「うん……、ずっと一緒に居よう」
もはや合言葉のようになった言葉は、カグヤの心にしっかりと刻まれました。
カグヤはこの日、『誓い』を立てました。
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