No.49083

秘密の扉

カトリさん


士官学校に隠された秘密。
童顔軍人が潜入捜査しております。

2008-12-29 00:26:19 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:738   閲覧ユーザー数:720

 

 

 優香はふてくされた顔で、いつもと違う制服を着、笑い声が聞こえる教室の片隅に座っていた。

 

「なぁーんで、あたしが……──」

 

 ここは、士官学校……。

 公安からの依頼があり、彼女は生徒になりすまして潜入しているのだ。

 窓の外は悠々とした雲。青い空。

 

「学校て、こんな所だったっけ……」

 

 記憶の抜け落ちている優香は、「感情として残っていない」学校のイメージと重ね合わせる。

 楽しそうに笑っている少年達──このクラスでは、優香一人だけが唯一の女子生徒として存在していた。

 やかましい喧噪に、優香は再びため息をついた。

 

 

 

 

【秘密の扉】

 

 

 

 

「そんな仏頂面してたら、可愛い顔が台無しだよ」

 つい、と見上げた顔。

 唯一事情を知っているクラス委員の快留(かいる)が微笑んで立っていた。

 明るい茶色の髪に、少したれた目。女受けしそうな泣きぼくろ。

 なんともさっぱりした性格で、優香も少しずつ彼には馴じんでいっていた。

「潜入二日目。いい加減勘弁してくれって感じだ、全く。あたしは今回の事件をとっとと終わらせて本部に帰りたい。仕事が溜まってんだ」

「それはそれは。ご苦労様ですね、軍人様」

 快留は笑いながら、優香の前の席に腰掛けた。

「でもね、突然動き出したらみんなが怪しむでしょ。本部の軍人様が来てるなんて言ったら、エライ騒ぎになっちまうし」

 深いため息と共に、優香は周りを見渡す。

 自分も確かに「大人だ」と胸を張っては言い切れないが……少年達の賑やかな喧噪の中にいると、まだまだガキのたまり場だと思ってしまう。

 再びため息をつくと、優香は窓の外の空を憂鬱そうに眺めた。

 

 

 

 事の発端は、士官学校の教官長が本部に依頼をしに来た事から始まった。

 

──最近、学校と寄宿舎を繋ぐ中庭周辺にて、怪物が姿を現す。生徒も何人か目撃しており、怯えて学校に来れない者も出てきた。なんとかして原因を究明して欲しい。

 

 と、いうような内容で。

 士官学校という事だったので、公安に話が流れていったのだが……表立って公安が捜査に乗り出してしまうと、怪物話がより具体化してしまって、怯える生徒が増えそうだと学校側が危惧し出したのだ。

 そう言う訳で、依頼は0小隊へと……──

 優香のなんとも童顔な見目を利用できると考えての事だった。

 最初は優香も嫌だ嫌だ、と断っていたのだが……そんな事を言ってる間にも怪物の目撃例は増加の一途を辿っており……公安の頼み込みによって、仕方なしに了承したのだった。

 

 期限は、一週間。延びて一週間と弱。

 

 優香が帰らないのでは、0小隊の仕事も上手く回らなくなってしまう。

 ここはなんとか早めに切り上げたいところなのだが……──

 

 

 

「ひとまず、今日には例の中庭に連れて行ってもらいたいね」

「あれ? ここに来た時に案内したでしょ」

「あれだけじゃ不十ぶ……──」

 ん。

 と、言いかけて……授業開始のチャイムが鳴った。

 優香は顔をしかめる。

「次、なんだっけ?」

「統計学だよ」

「……寝るな、確実に」

 憂鬱そうに突っ伏した優香に、快留は可笑しそうに笑った。

 

 

 

 

 中庭には小さな噴水が添えつけられており、その周りでは季節の花々が美しく咲き誇っている。

 噴水を挟んで左側が寄宿舎。右側が学校の渡り廊下になっていた。

 渡り廊下は昼間でも太陽の光が寄宿舎によって遮られており、どこかほの暗い。

 ひやりとした建物特有の冷たさも相まって、優香は少し緊張した顔をしていた。

 目の前にはドス赤い扉が、重厚に佇んでいる。

「いつ来ても、ここはあんまりいい気分はしねぇな」

 ドアノブは鎖でぐるぐる巻で固定しており、まるで中にあるものを封印している様に見えた。

「開かずの扉だからねぇ。七不思議の一つ」

「なぁ」

「ん?」

「前にも聞いたけど、科軍の士官学校とここは大分かけ離れてるんだろ?」

「あぁ。うん。科軍だけは特別だからね。頭のいい奴しか入れないし……また別物って感じかな」

「どんぐらい離れてる?」

「えー……そうだな。距離にして、ざっと5キロぐらいは離れてるんじゃない?」

「5キロ……」

 押し黙った優香に、快留は楽しそうに訪ねた。

「何何?! もしかして化物って科軍が関係してると思ってんの?!」

 うーん、と唸りながら優香は顔をしかめる。

「安易にそうともいいきれないけど、まずはそこら辺の線を洗いたい。大体にして奇々怪々なものは科軍から生まれる様なもんだ」

 優香の脳裏に薄ら笑いを浮かべた鴟隈(しぐま)の顔がかすめた。

 慌てて頭(かぶり)を振ると、扉にそっと近付く。

「なんとかして、ここに入れないもんか」

 鎖で固く縛られたノブをがちゃがちゃと動かす。

 

「無理ですよ」

 

 後ろから声がして、ハッと振り返ると、端正な顔をした少年が立っていた。

 切れ長の目に耳元で揺れる黒髪。いかにも優等生タイプの彼は、そっと優香の隣に立った。

「見て下さい。ここ、ちゃんと施錠がかかってますから」

 鎖の下の方、施錠がぶら下がる様に揺れている。

 優香は眉間にしわを寄せた。

「この部屋、調べてみる必要がありそうだな」

「何故?」

 涼やかに聞いてきた少年に、優香も快留もハッとした。

「あ! いや……さ、彼女、転入早々化け物話に興味持っちゃって! 俺も止めたんだけどっ」

「そう」

「いやぁ! 開かずの扉とかってやっぱ気になるじゃん! 好奇心かき立てられるじゃん!」

 少年は静かに微笑み、優香から一歩退いた。

「あまり、深入りはしない方がいいですよ?」

 それだけ言うと、少年は去っていった。

「……あっぶねぇ! あいつさ、俺の寄宿舎でのルームメイトで忍架(しのか)ってぇんだけど、一応学年総まとめしてる学年長で……──いまいち動向が掴めないってぇか……どこで仕入れたのか、影でいろんな奴らの弱みを握ってたり、とにかく無気味な奴なんだよ。普通につき合う分には問題ないんだけどさ」

 優香は去っていった忍架の方向を、しばらくぼんやりと眺めていた。

「知ってる」

「え?」

「あいつ、なんか知ってる」

「ちょっ、軍人さん!」

「直感がそう告げるんだ」

 

 中庭にふわっと風が吹き抜けていく。

 困り果てた顔の快留と、渡り廊下の奥を睨み付けている優香が、なんとも対照的に風に吹かれていた。

 

 

 

 

「ほれみろ! ビンゴだ!」

 

 嬉しそうな声の優香に、快留は振り向いた。

 彼女が何故こんな埃っぽい樹書室に好んで入ったのか見当がつかなかったのだが、どうやら何か見付けたらしい。

 埃が光によって映し出される薄暗い部屋。

 優香は喜々として快留に士官学校の歴書を見せた。

「見てみろよ!」

「あ。……え?!」

「やっぱり科軍の士官学校は昔、同じ敷地にあったんだ!」

 快留は信じられないといった顔で、歴書をまじまじと見つめた。

「嘘だろ……信じられない。この敷地図からすると……——」

 

「そう……あの開かずの扉の部屋は科軍施設の名残だ」

 

 歴書に載っている敷地図には、今ある施設の隣、同じぐらいの大きさの施設が存在していた。そこには分かりやすい様に「科」の文字。

「繋がってたんだ……」

「そーゆー事だな」

 科軍施設を解体した時に、どうやらあの開かずの部屋だけは取り壊せなかった様だ。完全にこちら側の施設に存在しており、取り壊せばえぐる形になってしまう。

「じゃあ、あの部屋は……」

「ま、元凶かどうかは入ってみないと分からないな。これは単なる裏付けでしかない。……今夜、忍び込むぞ」

 快留はごくり、と唾を飲み込んだ。

 この軍人が、本気であの部屋へと侵入しようとしている。

 誰も、触れたがらなかったあの、禁断の密室へと……──

 

「これで化けもんも現れたら、一石二鳥ってところかっ」

 

 にっと笑った優香に、快留は不安を隠しきれずにいた。

 恐いもの知らずとは、本当に彼女の様な人間の事を指すのかもしれない。

 それとも……──

 これが、「在るべき」軍人の姿なのだろうか?

 快留は慌てて頭(かぶり)を振った。

 

 

 

 

 鋭い三日月が雲でぼやけて浮かんでいる深夜。

 優香と快留は部屋の扉の前へと立っていた。

 生徒たちが口を揃えて、化け物が現れるのは夕刻を過ぎてからだと言っていた。

 その頃から張っているのだが一向に現れず……一旦寄宿舎に戻ると、事を知らない教官にバレない様に深夜の時間帯を選んだ。

 

「さて……」

 リストバンドについているグリップを、優香は何度かカチ、カチと回した。

 初めて目にするパワーリストに、快留は目を見張る。

「凄い。俺授業でしか見た事ないぜ?」

「これがないと普段から仕事やってらんないよ」

 出力を最大に近い部分までにすると、優香は快留に「離れてな」と呟いた。

 彼女が手にした鎖は、呆気無く……脆(もろ)く、粉々になった。

 言葉にできない驚きを持って快留は深い息を吐く。

 優香は振り返ると、行くぞ、と合図した。

 ノブを安易に取り壊してから、真っ暗い部屋の中へと忍び込む。

 リストライトで中を照らした。

「案外と、広いんだな……」

 快留が呟くと、優香はシッと指を立てた。

「なんか、いるぞ──!」

 暗闇に蠢(うごめ)く何かが「ぐるる」と低く呻(うめ)く。

「ほらほらおいでなすったぜ。元凶が」

 大きな机を挟んで、向い側にいる「何か」と睨み合う。

「まさか、ホントにここが……」

「来るっ!」

 優香が叫んだと同時に、蛇の頭の様なものが大口を開けてこちらに迫って来ていた。

「キメラかっ!!」

 とっさに抜いた銃で二発撃つ。

 どちらも口の中に入った。しかしキメラは怯(ひる)んだだけで、体になんら害は及んでいない様だった。

 改めてリストライトを当てて見直した怪物。

 

 蛇の頭にでかい翼。胴体はネコ科の類いを思わせる。

 

 目の前の禍々(まがまが)しい生き物に、快留は息を飲んだ。

「伏せろ!」

 優香に押さえられるがまま、机の下に潜る。

 その瞬間、キメラはこちらめがけて突っ込んできた。

「やっぱ普通の鉛玉じゃぁ通用しねぇな。こっちに換えよう」

 リストライトをもっとこっちに当てろと言わんばかりに快留の手を引っ張ると、優香はポケットからがさごそと特殊な銃弾を取り出した。深紅の、銃弾。

「それは?」

「因果な事に、マッドサイエンティストが作った玉だよ。対人工生物用にできてる」

 お前はここにいろ、そういうと優香はバッと飛び出した。

 止める間もなく快留は言葉を失い……ただただ暗闇で自分の心臓の音を聞く。

 

 果たしてこれは現実なのだろうか? これが、軍人の仕事?

 

 ばくばく鳴る鼓動を押さえながら、ぎゅっと目を瞑(つむ)った。

 

 

「終いだ」

 

 

 優香の声が、静かに響いた。

 三発目の銃声と共に、けたたましい雄叫びが部屋に谺(こだま)した。

 快留がおそるおそる顔を上げ、リストライトで机の上を照らす。

 その上では、凛々しい軍人の後ろ姿と、もがきながら空中でのたうち回っている化物の姿があった。

「口ん中にぶっ込んでやった。そのうち息も絶える」

「……っ──」

 まだでかい音を立てながら鳴る鼓動。

 快留が胸をそっと押さえると共に、

 

 ドサッ──

 

 キメラは、息絶え……墜ちた。

「さぁ、もうあんたを守ってくれるもんはいなくなったぜ? 出てこいよ」

 優香がドスのきいた声で言うと、物陰から何者かの気配がした。

 快留は、目を見張った。

 物陰から出てきたのは、ひょろりとした初老の老人だった。

 ひどく、狼狽している。

「何の為に、キメラなんかを?」

 訪ねた優香に、老人は下げかかってた眼鏡を上に上げて……小さく呟いた。

「ほんの……」

 静寂。

 優香は老人を睨み、快留はどうしいいやら分からず……優香の傍に立ってただただ老人を見つめていた。

「ほんの、始まりにしか……過ぎんと思っていたのに──」

 

「始まり?」

 

 優香が問うと、老人の顔は急にカッと見開いた。

「そうだ。まだほんの序章だ。くだらん軍に報復を。これがわしらの目的だ」

 

 報復……。

 

 いまいち意味を理解しかねていた二人の背後に、誰かが立ったのが気配で分かった。

「あぁ……あんたも来ると思っていたよ」

 銃をつきつけられて、優香は吐き捨てるように振り返った。

 

「やはり軍人さんはやる事が素早くて困る。まさか厳重に開かない様にしていた扉を、いとも簡単に壊して開けてしまうなんてね……」

 

 聞き覚えのある声に、快留は耳を疑った。

「……忍架(しのか)──うそ、だろ?」

 忍架は銃を優香につきたてたまま、彼女の持っている銃を全て捨てる様に言った。

「あんたはこうやって、軍からあぶれたスカラー(研究者)をここでかくまってたわけだ」

「ええ、まぁ。彼はキメラの研究に関してずば抜けていた──故に科軍に追放された男です」

「なんの為に……」

 うわ言の様に呟いた快留に、忍架はふん、と鼻を鳴らした。

「キメラの数を増やし、士官学校を占拠する。中央士官学校となればその生徒数は尋常じゃない」

「人質を作ろうって魂胆か」

「いいえ? 新しい政治を作ろうとしていただけですよ」

「新しい、政治?」

 戸惑ってばかりの快留に、スカラーが忍架に代わって答えた。

「軍事国家であるこの国の制度を変える。そして科学研究にも規制のない、自由な資本主義国家を作るのだよ」

「その為には、軍に対抗するだけの武力が必要になってくる」

「つまり、ここをキメラの巣窟にするつもりだったんだな」

 忍架はあははと、声を上げて笑った。

「キメラだけではありませんよ。ホムンクルス(人造人間)、AIMを搭載したシュレイダー(大型ロボット)、この国が禁止している全ての科学力をここに集結させれば、軍を消滅させるなんて容易い事ですよ、軍人さん」

「そうだ……だから、まだ序章にしか過ぎなかった──」

「キメラを徘徊させたのはまずかったですね。一人でも多く士官学生をここから去らせようと言ったバカな研究者のおかげで計画が狂ってしまった」

 老人はぐっ、と押し黙ってしまった。

「士官学生を去らせるって……」

「キメラを恐れた学生はここを離れる。すると人質の数も減る、と。──じいさん、あんたもまだ比較的良心が残っていたわけだ」

 優香に向けられていた銃口が、すっと上に上がった。

 

 ドシュッ──

 

 光線銃は、優香の頬を掠め……老研究者へと向かって、心臓を打ち抜いた。

「……!!! なっ!!!」

「国を変える事は戦争と同じです。情けなど、必要ない」

 風穴の空いた胸を押さえながら、老人はがくり、と膝を折ると……血を吐き、そのまま息絶えた。

「父さん、僕は貴方みたいなバカな研究者にだけはなりたくないのでね」

「父さん?!」

「てめぇっ! 親父さんを殺ったのか!!」

「血の繋がりなど関係ありません。僕の計画を邪魔する人間は、例え父親であろうと……軍人であろうと、殺すのみですよ。今ならまだ間に合う」

 忍架が銃を優香の後頭部に戻そうとした瞬間を見計らって、彼女は高々と足を上げると、光線銃を蹴った。

「そんなバカな計画、ここで全てチャラにしてやるよ。さぁ、ブツはなくなったぜ? どうする?」

 捨てた銃を拾い、優香が忍架に近付いた。

 忍架は無気味に笑いながら、胸ポケットから何かを取り出した。

 

「科学は偉大だ。この国は何も分かっちゃいない」

 

 気味の悪い血の色をしたカプセルを飲み込むと、忍架はしばらく唸ってうずくまってしまった。

「忍架!!」

 飛び出そうとした快留を、優香が「待て」と制す。

「様子が、おかしい……」

 けたたましい奇声を発すると、忍架の背骨がぐにゃりと歪み──そこから大きな翼が生え出てきた。

 暗がりで分かりにくかったが、確実に彼の体に異変が起きているのは明白だった。

 唾を飲み込む二人に、悲鳴を発し続けていた忍架が、やがて静かになり……にたりと笑いかけた。

「この国を変えるんだ……変える……カエル……──」

 最早うわ言の様にぶつぶつ呟いている忍架に、人間の面影はなかった。

「それが、『禁忌』なんだよ……忍架。人間が人間を失ってなんになる? それが『素晴らしい科学』だと言えるか?」

 憐れむ様に諭した優香に、忍架は「黙れぇぇえええ!!!」とまるで鳥の足の様に伸びた爪を振り下ろしてきた。

 それをひらり、と躱すと……優香はこそりと快留に囁いた。

「テーブルの下に隠れてろ」

 しばらく啞然としていた快留は、言われるがまま下へと隠れた。

「終わらそうじゃないか。お前さんのくだらん計画とやらを」

「黙れ黙れ黙れ黙れぇぇえええ!!!」

 鴟隈(しぐま)に貰った特殊な銃弾も残り一発しか残っていない。

 その一つを銃に詰めると、優香はガチリ、と銃口を忍架に向けた。

 我を失っている忍架の動きは素早いものの、当てずっぽうに暴れているだけにも受け取れる。

 狭い部屋で逃げているうちに、彼は薬品棚やらそこらにあった全てのものを破壊し続けていた。

「……なかなか照準が定まらねぇな」

 眉根を寄せた優香は、暴れる忍架の化物の手をくぐり抜け、懐へさっと忍び込んだ。

「チェックメイト……」

 忍架の眉間に銃口を向けると、バンッと引き金を引く。

 硝煙と共に……人間の血とは到底思えない茶褐色の無気味な液体が血しぶきとして飛び散った。

「クニヲ……──」

 呟いた忍架は、化物の姿のまま……倒れて動かなくなった。

「終わったよ」

 半壊していたテーブルの下で、がたがたと震えていた快留に、優香はそっと手を差し伸ばした。

「忍架、は?」

「……死んだ」

 静寂が闇を連れてくる。

 硝煙の匂いがまだ立ち込める室内で、なんともやるせない気分のまま──優香と快留はしばらく立ち尽くしていた。

 

 

 

 

「お疲れさま」

 

 青い空が広がる士官学校の校門前。

 優香と快留は佇んでいた。

「これでお役御免だね」

「そうだな。公安もやってきた事だし」

 全てが終わり、事件を軽く公安に説明した優香は、晴れてお役御免と相成った。

 後の詳しい事は公安が調べてくれるだろう。

「なんだか少し寂しいな」

 ハハッと優香は笑うと、荷物を持ち直す。

「ま、もうこんな事は起こらないと願いたいね」

「……とても残念だよ」

 優香が首を傾げると、快留は力なく笑った。

「忍架は俺のルームメイトだった。……なのに、あいつが何を考え、何を企んでいたかなんて──結局分からなかった自分が腹立たしく思うんだ」

「……確かに、忍架の言う事にも一理ある様な気はする。この国の形がおかしいというのは、間違ってはいない」

 

 けれど……──

 

「もっと他に正しいやり方があるはずだった」

 快留もこくり、と頷いた。

 しばらくの沈黙の後、優香はにっかり笑って「じゃぁ、行くわ」と言った。

「うん。たまには遊びにきてね、軍人さん」

「おう。今度は生徒としてでなくな」

 あはは、と笑った快留を見遣ってから、優香はゆっくりと軍に向かって歩き出した。

 

 風が彼女のツインテールを揺らしていく。

 

 青い空に浮かんだ雲は、昨夜の惨劇など知らなかったかの様に……静かに漂っていた。

 

 

 

 

end

 

 


 
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