No.489492

【CCS7】黒子のバスケ「緑の手、銀の空 前編」緑高本サンプル

アキさん

「なあ、俺ら、どこで間違っちゃったんだよ――真ちゃん」――SCC7新刊の、黒子のバスケ緑間×高尾本(A5/60P↑↓/400円予定)、本文サンプルです。緑→←高な二人。未来捏造、社会人設定で緑間さんが医者、高尾君は商社営業。全体的にシリアスな雰囲気で、温いですがR18な無理遣り表現に近いものもあります。二人の会話に出てくるのみで実際には登場致しませんが、過去の女性関係について軽く触れておりますので、苦手な方はご注意下さい。今回も表紙は相方の凌氏が描いて下さいました。 / スペースは 西2 R17b になります。今回、緑高プチオンリー『チャリアカーランデヴー』に参加させて頂きました。当スペースでもカードラリー企画に参加させて頂いております。少数ですが新刊一冊に付き一枚(お一人様一枚まで)お付けする形を取らせて頂いておりますので、ご希望の方はその旨仰って下さいませ。 / ※こちらの本はR18表現を多分に含みますので、申し訳ございませんが18歳未満の方はご遠慮下さいませ。また、ご購入頂く際に身分証の提示をお願いする場合がございますので、お手数ですがご協力の程宜しくお願い申し上げます。

2012-09-28 16:10:47 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:4121   閲覧ユーザー数:4102

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<< The third day >>

 

 

(…………あたま、おもてぇ…………)

 微睡みからゆっくりと意識が覚醒していく。

 まだ惰眠を貪りたいと訴えるまぶたを、意思の力でようやく持ち上げる。

 何だかとても幸せな夢を見ていたような気がするが、目が覚めた途端に忘れてしまった。

 二、三まばたきをすると、眠気とは別に睫毛がやけに重さを感じる。

 鏡がないので判らないが、どうやら水分を含んでいるようで、おそらくは夢を見ながら涙を流していたらしい。

 幸せで、けれど涙ぐむような夢って――不意に一瞬、夢の内容を思いだしたが、それを無理遣り心の奥へと押し込む。

 忘れろ。今は。忘れておけ――。

 ふう、と苦しげにため息を吐いた高尾は、自分の置かれている状況を心から呪った。

(なーんでこんな事になっちまったかな)

 揶揄するように心中で呟いた言葉を問いかけたい相手は、残念ながら部屋に居ないし、いつ帰ってくるかしれない。

「…………あー」

 疼く胸痛を誤魔化すように声を出してみたが、喉がカラカラに乾いていて、いがらっぽいうえに若干掠れていた。

 水が欲しい、喉を潤したいと切実に思うが――判っていたことだが、全身が鉛のように重たく自由が利かない。

 ここが自分の部屋であれば、ベッドサイドにペットボトルと缶コーヒーを常備したミニ冷蔵庫を置いているので、手を伸ばすだけでそこから何かしら飲み物を手にとることが出来るのだが、生憎ここは自室では無いのでそれも叶わない。

 もっとも、それ以前に今の高尾は伸ばす手に自由が制限されているのだが。

 それでも何か無いだろうかと緩慢に辺りを手探れば、手首を戒める銀の環からシンプルなセミダブルのベッドへと繋がった細い鎖が、しゃらんと軽い金属音を立てる。

 帰ってきて欲しいとは思わないが、喉の渇きを何とかして欲しいと高尾は、今だけは部屋主の帰還を強く願う。

(……気持ち悪い)

 喉の渇きよりも深刻なのは、異様なまでの吐き気だった。先程からぐるんぐるんと頭が揺れているような気がするのは、おそらくまだ与えられた薬が抜け切っていないからだろう。

 幸か不幸か胃は空っぽなので、吐瀉物でシーツを汚す心配はあまり無いが、このまま水を飲めなければ胃液くらいは吐いてしまうかもしれない。

 残暑厳しいこの時節、クーラーのリモコンは手元にあるので自由に室温が設定できるため、暑さはそう感じないのがせめてもの救いだった。

 身につけているのも真っ白なシャツ一枚なので、暑苦しくもない――高尾が着るにはサイズの大きいそれは部屋主のものだ。

 この部屋冷蔵庫あるんだっけ、と僅かな望みを抱いて、気怠い首を軽く動かして部屋を見渡すが、残念ながら部屋主は寝室に冷蔵庫を置く性格ではなく、キッチンにいかねば水は得られないだろう。

 気力で起き上がって水を取りに行っても良いのだが、手枷に繋がれた鎖はあまりに短く、部屋の扉までも行けないのは既に実証済みだ。

 何時になるかは判らないが、おとなしく部屋主が戻るより外はない。部屋主さえ戻ってくれば水分は与えて貰えるだろうし、風呂と手洗いにも行かせて貰える。

 ちなみに、居ない間に排泄したくなったらどうしてくれるんだと文句を言ったら、部屋主は言うにことかいて、その場でしても構わないと言い切った。

 流石にそれは人間の尊厳として心から勘弁して貰いたいと思った高尾は、排泄関連は出来るだけ部屋主が居る間に処理しようと心に決めている。

 諦めて深く息を吐きだした高尾は、薄暗い部屋に僅か差し込む光の色をぼうっとした頭で見つめた。

 分厚い遮光カーテンの隙間から垣間見える外界が淡い橙に染まっていて、時刻はどうやらもう夕方らしい。

 意識が落ちる前は確かに午前中だったはずだから、いつの間にか随分時間が経っていたようだ。

(水飲みてー…………あー…………仕事、やんなきゃいけねーのに、大丈夫かな)

 デスクに溜まった書類と、逢う予定だった客先との約束に思いを馳せる。

 週休み明けの月曜である今日、本来ならばやることは山ほどある。客先との約束の他にも、高尾が抱えている色々な仕事の進捗が気になって仕方が無い。

 だがこの状況ではどうしようもない。客先へ謝罪の電話をしようにも、私用社用共に携帯電話は取り上げられていて、高尾の手元に連絡手段が一切ないのだ。

 俺の代わりなんてどうにでもなる――そう言いたいところなのだが、営業職というのは個人の信頼と実績で成り立っている比重が多分に大きい。『君が担当だから』という客先の言葉で取れたいくつもの仕事や契約は、営業職として誇らしく思う。

 客先からの信頼。それは営業として代え難い、形のない財産であるのだが、その反面、自分が緊急事態に陥ったときに替えが難しいリスクがあるのだ。

 暫くならば周囲が何とかフォローしてくれるだろうし、後輩の人材育成にもそれなりに時間を割いてきたから、一日二日休んだところですぐにどうこうなるとは思わないが、長期化すると洒落にならない。 

 信頼を得る為に費やした努力を思うと一日も早く仕事に戻りたいのだが、この分ではいったいいつになることやら。

 アイボリーの落ち着いた色調の天井を見つめた高尾は、失意に染まった息を気怠げに吐いた。

 与えられた薬がだいぶ抜けたとはいえ、未だ四肢が指先まで重い。

 だがそれ以上に心が、まるでどろどろに溶けた金属を流し込まれたように重たく、倦怠感以上に気分が重い。

 何故こんな事態に陥っているのか――その原因を思うと、ずしんと憂鬱な気分に支配されるのだ。

(……ほんとマジ、どーしろっつーのよ、この状況)

 そのとき、施錠された玄関のドアががちゃりと開く音がして、帰宅した部屋主がほどなくこの部屋に入ってきた。

 一目で上質な物とわかる薄いグレーのジャケットに揃いのスラックス、ワイシャツとブルーグレーのネクタイ姿をした旧知の仲である緑間真太郎は、片手に抱えていた鞄をテーブルの上に置いてから、つかつかと高尾が横になっているベッドへと近づいて、汗に濡れた自分の額へ手を当てた。

 ひんやり心地の良い左手の指に巻かれたテーピングが高校時代と変わらず、そこだけ時が止まったままのようだった。

「具合はどうだ」

「良いわけないっしょ。喉渇いてたまんねえし、んっ」

 平然として具合を尋ねる緑間に向かって更に文句を続けようと思ったのだが、「念の為に計っておくか」と緑間が取り出した体温計を口へと強引に咥えさせられれば、高尾に反論の術はない。

 とりあえず電子体温計が計測終了を知らせるまではと大人しく待つ。

 ピピッピピッ――。

 耳に響かない程度の電子音が鳴り、抜かれた体温計と唇が銀糸で繋がる。

 無表情のまま緑間が指先で銀糸を絡め、それを躊躇無くぺろりと舐めた。

 一連の動作があまりに自然で、それでいて艶めかしく、高尾は声を出さずに赤面する。

「顔色の割に平熱か」

「この顔色は、お前が変なことするからだろうがっ。……営業は元気が取り柄じゃなきゃやってらんねーの。いつ客先から緊急の依頼がくるかわかんねーし」

「それは大変だな。休む間もないわけなのだよ。これを機に、久々にゆっくりするといい」

「これを機にって、此処に連れ込んだうえに一服盛ったのはお前だろーが。俺あんま休むとどんどん仕事がたまっちゃうんですけどー」

「一服盛ったとは人聞きが悪いな。俺が処方したのは痛み止めを兼ねた鎮痛剤なのだよ。お前があまりにも辛そうだったからな。薬事法にも反していない」

「お陰様で腰の痛みもなく熟睡出来たけどな、代わりに喉は渇くし気持ち悪いんだよ。寝るってより意識が落ちるって感じだったし、処方量間違ってんじゃね? やたら体も頭も重いんだけど」

「安心しろ。そこまで躯に害はないのだよ。お陰で俺が帰るまで目も覚まさなかっただろう?」

 淡々と告げる緑間の言葉に、処方量に関する否定が含まれていないのに高尾は悪寒を走らせる。

 全身を支配するこの異様な倦怠感は、やはりそういうことなのだろうか。

(自分が居ない間、万が一にも俺が逃げ出さないように――か?)

 新米とはいえ、緑間は医者だ。どんな薬をどれだけ投薬すれば睡眠時間がどれくらいになるか、そのあたりの調整はお手の物だろう。

「ああ、それから会社ならば心配しなくて良い。些か季節外れではあるが、インフルエンザで診断書を提出しておいたのだよ。最低でも一週間は出社停止だ。――症状が長引けば、その限りではないがな。医師の診断で完治が認められなければ出社はかなわない」

「……誰がインフルだっつの。犯罪じゃねーの、それ。公文書偽造なんたらってさ」

「医者が診断書を出して何の罪になる?」

「病名偽ってんじゃん」

「口の減らない」

 額に手を置いたままの緑間が、ベッドの傍に置かれた椅子へ腰を落とした。

 冷たいレンズの向こうで、切れ長の目が細まる。こんなときに思うのもおかしいが、やはり緑間の目は綺麗だと高尾は改めて思う。

 高校時代から、この瞳が自分の姿を映すのが好きだった。

 このとてつもなく文武の才に溢れ、その引き替えなのか激しく対人関係に不器用な男が、秀徳に在籍する他の誰よりも自分を見ていることに、優越感を感じていなかったと言ったら嘘になる。

 親友だと思っていた――いや、今でもそう思っている。

 こんな状況にあってさえ、高尾にとって緑間真太郎という人物は、偏屈で素直でないけれど、絶対の信頼を置ける永遠のエース様に変わりないのだ。

「忙しくて休めないと愚痴をこぼしていたのはお前だろう。公然と出社停止になれたのだから、もっと喜んだらどうだ」

「そりゃ休みは欲しかったけどな、こんな形は望んでねえよ。俺にはやんなきゃいけない仕事が山積みで、休めば査定にだって響くんだっつの」

「傷病休暇が余っていると言っていたろう。診断書にはその旨も記載しておいたから配慮して貰える」

「おい、傷病休暇って……そりゃ一応保障としてはあるけど、んな簡単に出るもんじゃねーぞ」

「問題ない。熱が酷くて喉をやられ会話もままならないと、担当医師としてお前の携帯から直接上司と話をさせて貰った。お前の有能さもあるのだろうが、随分と理解のある人のようだな。有給は消費せずきちんと傷病休暇扱いにして貰えるそうだ。手続きもしておいてくれるそうだから、安心するといい」

「勝手になにしてくれちゃってんの……っつかそこまで計算ずくってか」

「当然だ。お前の経済状況も社会的信用も破綻させる気は一切無い」

「長引けばンナコトも言ってらんなくなるんですけどー」

「永遠にここに閉じ込める等、無茶をする気は無いから問題ないのだよ」

「いやいや、どう考えてもこれ十分無茶だから。犯罪だから」

「犯罪か。だが最終的にお前の同意を得られれば、ことが明るみに出ることは無い。俺としてはいっそストックホルム症候群に罹ってくれてもいいんだが」

 たかが自分一人を落とす為だけに、このエース様は大層なことをしでかしてくれる、と高尾は呆れて深く息を吐いた。

 昔から品行方正な優等生の癖に、ほんの時折やることが突拍子もない――例えばおは朝占いのラッキーアイテムが代表的で、秀徳バスケ部の面々は高尾を初めとして緑間の突飛な行動に振り回された物だ。

 その度に発動したのは一日三回までの我が儘を聞くという特殊ルールなのだが。

(今回のこれは、我が儘とかそーいうレベルの話じゃない、よな。つか訴えたら俺勝てるし。……出来ないし、しないんだろうけど。それも判られてるのがムカつく)

 不意に額から手を離した緑間が立ち上がり、部屋から一旦出ると、ぱたんと冷蔵庫を開け閉めする音が響き、その手にミネラルウォーターのペットボトルを持って再び戻ってきた。

 かきっと音を立てて蓋を開け、ごくごくと喉を鳴らしながら飲んでいる姿に、高尾の喉が渇きを思いだして水分が欲しいと訴える。

 喉渇いたっつったのにくれるんじゃないのかよ、と苦々しく思いながら、高尾は頬を引きつらせた。

「……ったく、たいした自信だな。俺がお前に落ちんのは確定事項なワケ?」

「その自信をくれたのは他ならぬお前なのだよ、高尾」

「そーかよ。俺は今、うかつな自分に対する反省でいっぱいだ」

「良かったな。人は反省と共に成長する生き物なのだよ」

「お前は反省する気ねえの?」

「ないな。だいたい誤診が罪になるならば、この世から医者は一人もいなくなっているのだよ」

 いや反省して欲しいのは誤診とかそういう問題じゃないんだが、と高尾は胸中で突っ込みを入れる。

 会話内容が不穏なのはとりあえず置いておくとして、こうした軽いテンポのノリ突っ込みが成立する緑間との会話自体は学生の頃と変わらず楽しいのに、と切なさを感じずに居られない。

「誤診なんかしちゃ信用に関わるんじゃないんすか、緑間センセ」

 揶揄った自分の言葉に、フッと緑間が口元に緩い笑みを浮かべる。

 高校の頃は表情筋が笑顔を作る仕事を放棄しているのではないかと思うくらい、こんな風に笑うことも珍しかったのに、時の流れが人を変えるというのは本当なのだと、高尾は変なところで実感した。

「心配は有り難いが、これでも周囲からの評価は良い」

「別に心配してねーし。それに評価が落ちるのはこれからだろ。こんなのバレたらさ」

「本当にお前は変わらないのだよ、高尾。その生意気な口調も」

「生意気って緑間、お前なあ」

「塞ぎたくなるのだよ」

 物言いこそ淡々としているものの、その裏に含まれた意図を察し、嫌な予感が高尾の胸を掠めた。

 

 

<<中略>>

 

 

 酩酊から醒める気分で目を覚ました高尾は、寝惚け眼で体を動かそうとした瞬間、腰に走った激痛で自分の状況を再確認した。

 あのあとどれだけヤったのか、最早最後の方は全く覚えていない。というかそもそも途中から理性どころか意識を飛ばされていたのだが、この腰の痛み具合からして、昏倒したまま貫き続けられたのではないかと推測できる。

(くっそ、あの絶倫め)

 時計を見るのも億劫だったが、カーテンから僅かに覗く外界の暗さから、とりあえずまだ夜明けはやってきていないらしい。

 ふと気付くといつの間にか両手の拘束は解かれ――とは言っても片手首の手枷は相変わらずそのままだが、どろどろだった身は綺麗に清められていた。

 白濁と汗まみれになっていたシャツは新しい物に変えられている。

 未だ眠いが腹も減ったと感じたことに、つい笑みがこぼれる。こんな状態でも躯が生きることを放棄していないのが、なんだかやたらと可笑しかった。

「目が覚めたか」

「……おう」

 隣で高尾と似たり寄ったりな格好をしていた緑間が躯を起こし、包み込むように自分を抱きしめ、額に唇を寄せてくる。

 額から瞼、頬、耳、そして唇。

 ふんわり触れるだけの、愛しさ溢れる情事後のキスが優しければ優しいほど、高尾は切なさで泣きたくなった。

 何故、と問うのはもう止めた。

 大事なのは理由ではなく、これからなのだから。

 緩みかけた涙腺を懸命に引き締め、掠れた喉でゆっくり言葉を紡いだ。

「なあ……も、止めよーぜ……お前、ぜってー、後悔する。……こんなん、緑間の為に、ならねー……って……」

 何度口にしたか判らない説得の言葉を最後に、高尾の意識は再びブラックアウトしていく。

 体がまだ休眠を欲しているらしく、抗えない睡魔に身を任せ、高尾はゆっくり瞼を閉じた。

「何が俺の為になるかは、俺が決めることなのだよ。反省と後悔の海へ簡単に沈んでいける程度の想いならば――俺は――」

 薄ぼんやりとした意識を再び手放すその間際、感度の良い高尾の耳が拾った緑間の言葉は、淡々としている口調の癖に酷く悲壮に満ち、胸に迫る声音のような気がした。

 

 

<<続く>>

 


 
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