それは昔むかしのこと。
ある寂れた町のはずれの山にひとりの女が住み着いた。
その女、奇妙なことに狐の耳と尻尾が生えていて・・・・・・。
「なんかよくわからんけんど、それなりに美人らしいんだわ」
なんて「狐女(きつねめ)」の噂が町の若い連中の間で囁かれていた。
ちなみにその狐女。
ろくに働きもせずに毎日グータラ過ごしていたりする。
今で言うニートそのまんま。
もっとも、こっそり様子を見てきた者がいうには、食べ物なんかはその辺でキノコ採ったり川で魚を獲ったりしているらしい。
間違って笑い茸を喰ってしまって笑い転げている姿を草葉の陰でこっそり観賞しつつ、そのアホっ娘ぶりに萌え悶える者もいた。
そのうち、あまりのダメ人間っぷりに放っておけなくなったのか、それとも下心からか・・・・・・、数人の男どもが食べ物を与えるようになった。
「きっと狐に憑かれた可哀想な人なんだべ」という完璧な言い訳を唱えながら。
そうしてかれこれ半年、こっそり続けられた男どもの「狐女餌付け大作戦」は完全に疑いの余地すらなく失敗していた。
男どもの下心を女たちが見抜かぬはずもなく、女のところに行く男には町のおばちゃんが監視役として随行していたのだから。
もちろんこれでは、間違いも甘いロマンスも燃える様な激しい愛の群像も起こりようも無い。
しかも町の娘たちもいつしか狐女の事を「きつねさん」と呼び、親交を(一方的に)深めていく。
そんなある夜、散歩するきつねさんをみた町の人たちは気づいた。
彼女の髪や尻尾の毛が月の光を浴びると淡く金色に煌くことを。
やがてこの不思議な狐女の噂は近隣の町や村に広まり、きつねさんの夜の散歩をひと目見ようと見物人が訪れるようになった。
寂れた町に徐々に活気づいてゆく。
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「こういったわけで、橘音さんのおかげで町が発展してったそうなんだ」
昔話を語り終えた桐山が湯飲みを手にとって、すっかり冷めてしまったお茶を啜った。
「おばーちゃんのグータラは昔からなのね」
桐山さんが語る橘音の過去という赤裸々な昔話に蓉子はため息を吐いた。
「蓉子ちゃん、ちゃんとお話を聞いて。ちゃんと自分でご飯確保してたからグータラじゃないわよん?」
「でも結局は食べさせて貰ってるじゃん」
「う、うぐぐ……」
蓉子の鋭いツッコミにさすがの橘音もタジタジだった。
「でも橘音さんが見世物になってくれたおかげで町が栄えたんだし」
「そーよねぇ」
苦笑した桐山さんのフォローに橘音が頷いた。
「それに、何度か毛皮目当てに殺されかけたのよ?」
「は……?」
なにやらバイオレンスな橘音のカミングアウトに蓉子が凍りついた。
「そうだねぇ、そのあたりの話も伝え聞いてるよ。聞く?」
桐山さんがニコニコして蓉子に訊いた。
「結構です。っていうか桐山さんて何者ですか?ずいぶんとおばーちゃんの過去に詳しいみたいですけど」
蓉子の質問に桐山はあっさり答えた。
「うちの先祖が筆をつくる職人でね。橘音さんが毛皮を剥がされそうになったときに橘音さんの尻尾の抜け毛で作った筆を差し出したらしいんだ」
「あの時は、もう危機一髪で大変だったのよね~」
どうやら桐山さんのご先祖は、きつねさんの毛が生え変わる時期に抜けてしまった尻尾の毛を集めていたらしい。
そしてその毛で観賞用に筆を作ったとか。
その筆が巡り巡って、当時のお殿様に献上されたらしい。
大変喜んだ殿様が毎年、狐女の毛の筆を献上することを条件に、きつねさんの保護を決定。
ついでに町の繁栄に貢献した実績とお殿様と町の住人の悪ノリの結果、お稲荷様として街外れの小高い山に社をつくって奉ったそうだ。
「この神社の由来って……、殿様のおふざけだったのね」
蓉子がボソリと嘆いた。
橘音の性格とグータラぶりを見れば、由緒正しい神社でないのは明白なのに。
「そのあと、殿様に橘音って漢字の名前もらったのよね~。わたくしの尻尾をもふもふさせてくれたお礼にって」
橘音が懐かしげにお殿様の性癖を暴露した。
「なんかやだ、そんな殿様」
橘音の尻尾に頬ずりするうっとりした表情の殿様を想像して、蓉子が顔をしかめた。
「で、そのときの約束は今も続いていてね、今夜は僕がこうして橘音さんの抜け毛を採りに来たんだ」
あ、そうそうといった感じで桐山が言った。
「え!?じゃあ桐山さんって筆職人なんだ」
「あ、ちなみに君のおじーちゃんはお殿様の血筋だよ」
桐山が穏やかに笑ってさりげなく爆弾発言。
「と、いうことは……」
とある事実に気づいた蓉子が青ざめた。
そんな蓉子に、にんまりと笑う橘音が言った。
「蓉子ちゃんはどっちの血もひいてるって事ね」
「尻尾もふもふフェチの殿様の子孫なんてやだぁー――」
その夜遅く、紺碧の空に蓉子の嘆きが幾重にも木霊したという……
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ついに?明かされる橘音さんの赤裸々な過去! 前回のおはなしはコチラ http://www.tinami.com/view/486718