幼なじみは生真面目娘
pppppp……―――。
「うぅ……」
毎朝耳にする電子音が鳴り響いている。もぞもぞと身体の向きを変え、その音源へと腕を伸ばした。
「……………朝、か」
時計を見れば、短針は時計盤の5を指している。窓へと顔を向ければ、まだ陽も射していない。これは別に、今朝だけ早起きをしたという訳ではない。毎朝の恒例行事だ。
いつものように着替える為に立ち上がる――――――
「………ぐぅ」
「二度寝しないでくださいっ!」
――――――事が出来ずに、毎朝恒例の怒声を聞いた。
「ほら、さっさと着替える!時間は待ってくれません」
「へーい」
相変わらずのキビキビとした声に促され、条件反射のように着替えを始める。
「って、何故いきなり脱ぐのですか!?」
「いや、着替えろって……」
「それはそうですが……って、脱ぐのをやめなさい!部屋の外にいますから!」
言うが早いか、顔を真っ赤にした少女は部屋を出て行った。
※
「着替えたぞー」
「やっとですか………まぁよいでしょう。それでは行きますよ」
部屋から出れば、いまだ顔を赤くしている。相変わらず耐性がないな。
「さて……ボチボチ出かけますか」
「えぇ。健全な生活は朝の鍛錬から!まずはウォーミングアップも兼ねてランニングです!」
「へーい」
「返事は『はい』!」
「相変わらず厳しいな、愛紗は」
「せぃっ!」
叩かれた。
※※※
彼女と初めて出会ったのは、俺が1歳の時らしい。『らしい』と伝聞形なのも当然だ。その頃の記憶はない。お隣さんが初娘と共にうちに訪れた時が初対面とのことだ。
「何してるの?」
「素振りだよ!」
記憶にある、初めての会話がこれだ。俺が爺ちゃんの指導の下、木刀を振るっていると、遊びに来た愛紗が問いかけてきた。
「どうじゃ、お主もやってみるか?」
「……うん!」
縁側に座る爺ちゃんの膝の上で、婆ちゃんが作ってくれた和菓子を食べながら俺の稽古を見学するというのがしばらくの彼女のスタイルであったが、あまりに興味津々だったためか、爺ちゃんが切り出す。しばしの逡巡の後、彼女は頷いた。
「今年からお兄ちゃんと一緒の学校だね」
「そうだな」
1歳差という事は、必然的に小学中学と、学年がひとつ違うという事になる。隣同士という事もあり、俺は毎日愛紗と登下校をする。
「うわ、また一緒にいるぞ!お前ら付き合ってるんだろー」
「俺知ってるぜ!年下が好きな奴の事をロリコンって言うんだろ!一刀のロリコーン!」
「お兄ちゃんを馬鹿にするなぁっ!」
よくある小学生の囃し立て。あの頃は俺もまだまだガキで、沸点が低かった……が、愛紗の沸点はもっと低かった。俺が動くよりも早く駆け出し、拳を振るう。俺と一緒に爺ちゃんの厳しい稽古を受けている事もあり、ひとつ違うといえども、負ける事などあり得ない。それよりも。
「愛紗、俺は気にしてないから大人しくしろ」
「放してっ!お兄ちゃんを馬鹿にするのはダメなんだからー!」
怪我をさせてしまっては拙いと、俺はもっぱら抑え役だった。
「はぁ…まだ一刀さんには勝てませんね……」
「愛紗も十分強いよ。少なくとも、同年代じゃ負ける事もないだろ」
中学にも上がり、いつの間にか口調と呼称が変わる。彼女が前述のような言葉を溜息と共に洩らしたのは、道場での稽古の後だった。俺と同じく剣道部に所属してはいるが、彼女の相手になるような人はいない。その鬱憤を晴らすかのように帰宅してからは俺と手合せをするのだが……
「お兄ちゃんには負けてるもん……」
……やはり悔しいらしい。昔の口調に戻るのも、ご愛嬌だ。
※※※
「今日はお豆腐の味噌汁に挑戦してみました!」
「そうかそうか、そいつは楽しみじゃな!」
ランニング、そして組手――剣の稽古は夕方だ――を終え、シャワーを浴びる。先に汗を流した愛紗は、婆ちゃんの指導の下、最近は料理にも手を出していた。
「……さて、今度はどんな刺激的な味なんだろうな」
「文句を言うなら食べさせてあげません!」
何故うちで料理の練習をするのかと言えば、ひとえに、愛紗の料理下手は遺伝という理由がある。可哀相な話ではあるが、彼女の両親は共働きであり、また回想で述べたように、愛紗はよくうちに世話になってきた。よって、彼女の食生活や栄養面での心配はなかったわけだが……逆に、その所為で彼女が料理になかなか手を出す事がなかったという背景もあったりなかったり。
閑話休題。
「ふむ、一刀が要らぬというのなら、儂が独り占めさせてもらうぞ」
「とりあえず、毒見役な」
スコーンと、飛んできたお盆が俺の額で甲高い音を上げ、
「――――ぶっほぉぁああっ!?」
爺ちゃんが勢いよく味噌汁を噴き出した。
「はぁ……何を間違ったのでしょう……」
「帰ったら婆ちゃんに教えてもらいな」
愛紗と2人、フランチェスカへの道を歩く。俺が2年、愛紗は1年だ。とぼとぼと肩を落として歩くさまは、稽古や部活の時の愛紗からは程遠い。
「この雪辱は、夕食の時に必ずっ!」
「いや、夕飯は安心して食べたいから、大人しくしていてくれ」
「そんなぁ……」
そんなコント紛いの会話をしていると、横合いの路地から声をかけられる。
「おはよーさん、かずピー。相変わらず彼女とイチャイチャしてるんで、羨まし過ぎて呪いたくなるわー」
「おっす、及川。相変わらず朝っぱらからアホな事言ってんじゃねぇ」
級友の及川だった。てれてれと何も考えていないような動きでやって来ると、そのまま俺達の隣に並ぶ。まぁ、いつもの光景。
「ん…愛紗?」
ふと、静かになった愛紗を振り向く。
「私が…お兄ちゃんの……」
「駄目だな、こりゃ」
「愛紗ちゃんは相変わらず耐性がないなー」
顔を真っ赤にした少女が、そこにはいた。
授業も終わり、剣道部――――
『ありがとうございました!』
――――も終わり、更衣室の近くで愛紗の登場を待つ。
「お疲れ、北郷。相変わらず君も彼女さんも、まったく歯が立たないよ」
「まぁ、他の人よりも長くやっているだけですよ。俺も、愛紗も」
「よく言う。私だって物心ついた時から父の指導を受けていたんだ。北郷流ほどではないけれどね」
やって来たのは不動先輩。中性的な口調だが、歴とした女生徒である。
「まぁ……確かにキツイですけれど、もう慣れましたよ」
「そう言い切れるところが、既に次元の違いを見せつけられているような気になるけれどね」
「厭味ですか?」
「まさか。驚嘆と賞賛だよ」
カラカラと笑いながら先輩は帰っていく。
「お待たせしました、一刀さん」
「うぃー」
と、愛紗も着替えを終えて、更衣室から出てきた。先輩の反応からも分かる通り、俺たちは恋人関係だと見られている。そうしておくと何かと面倒事も減るので否定はしていないが、実際のところを知っているのは及川くらいだ。
「今日も勝てませんでしたね」
「道場でも勝てないのに、部活で勝てるわけもないだろう」
「それはそうですが……悔しいですよ」
肩を落とす。そんなに俺より下が嫌なのかね。
「俺だって負けたくないんだよ。妹に負ける兄貴なんて情けないだろ?」
「……やはり、私は妹扱いなのでしょうか?」
「ん?」
「いえ、なんでも……」
愛紗が零したようだが、よく聞き取れなかった。再度言おうともしていなかったため、俺はその話題を打ち切る。
「さて、今日の夕飯は何に挑戦してくれるんだ?」
「……へっ?」
「いや、夕飯も婆ちゃんに教わって作るつもりなんだろ?楽しみにしてるよ」
「あ……」
真面目な愛紗の事だ。朝の失態を取り返すべく、道場での鍛錬は早めに切り上げ(もともとの門下生は俺のみであるため、爺ちゃんも特に何かを言う事もない)、夕飯にチャレンジするに違いない。
「どうだ、愛紗?」
演技っぽく片目を瞑って見せる。愛紗もそれがただのデモンストレーションである事が理解できたのだろう。先ほどとは打って変わって満面の笑みを浮かべ、頷いてくれた。
「はいっ!今度こそ、豆腐の味噌汁を完成させてみせます!」
そんな帰り道。
おまけ
――――夕食時。
「ぶへはぁっ!?」
「ごはぁっ!?」
俺と爺ちゃんは盛大に味噌汁を噴き出す。
「……何がいけなかったのでしょう?」
「んー、やっぱり隠し味は辞めた方がよかったかもね、愛紗ちゃん」
そんないつもの光景。
あとがき
と言う訳で、久しぶりのシリーズでした。
ネタが弱いのは自覚している。
上手いオチが見つからなかった……orz
まぁ、そんなこんなで明日は休みなので書いてみたり。
誰かお酒を一緒に飲みに行ってくれ。
そしてまわりの目を気にせずオタ妄想で一緒に盛り上がってくれ。
そんな水曜日の夜。
ではまた次回。
バイバイ。
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ちょっと前までサボっていたのに、最近の執筆欲は目を見張るものがある。
そして気づいた。
リアルで何かキツイことや辛い事があると、妄想の世界に逃避するということを。
と言う訳で、誰か俺を優しく殺してくれ。
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