No.485919

そらのおとしものショートストーリー5th あの子と海10 ナルシスロングヘアっ子

水曜更新。
ストックの関係で先週すっ飛ばしてしまいました。
ここからは第三グループ編。
言い直すと今回から登場する面々はHeaven's Hiyori編の重要人物たちです。そっち用の設定が一部出ています。
約半年ぶりにあのヒロインが登場でええ、そうなります。

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2012-09-19 00:20:08 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1647   閲覧ユーザー数:1580

そらのおとしものショートストーリー5th あの子と海10 ナルシスロングヘアっ子

 

 

「畜生……っ。どうしてこんなことになっちまったんだ……」

 楽しいものになる筈だった海でのバカンス。

 イカロスやニンフは勿論、日和や鳳凰院月乃なんかも呼んで皆でワイワイやるつもりだった。

 おっぱいボインボインお尻プリンプリンの水着の美少女達に囲まれてうっはうっはのむっひょっひょのひと時を過ごすつもりだった。

 ところがだ。

 それぞれ都合がどうとかで1人欠け2人欠け、海に到着したのは当初の予定より大幅に少なかった。

 たわわに実るおっぱいの量が減ってしまった。

 だが俺に訪れた悲劇はそれだけでは終わらなかったのだ。

 俺達は観光用ヨットに乗って大海原へと繰り出した。ところがいつものお騒がせメンバーがこともあろうに船内で喧嘩を始めた。

 そして危険指数は超1級品である奴らはお約束的な展開として船に大穴を開けてくれた。沈み行く船体。俺は水面へと放り出され……運良く浮いていた丸太に捕まって事なきを得たが、その後気絶してしまった。で、現在……。

 

「こんな無人島に流れ着くなんて俺は漫画の主人公かっての~~っ!!」

 綺麗な淡い青い色をした海に向かって大声で叫ぶ。

 何と俺は漂流してどことも知らない無人島へ流れ着いてしまったのだ。前に1度、会長達に騙されてそはらと2人きりで無人島生活体験もどきをさせられたことはある。が、今回は正真正銘の本物だ。本当に無人島に流れ着いてしまった。

 

「神よ……僕は美しい」

 

 鳳凰院・キング・義経は意味不明なことをほざきながら全裸でクルクル海岸を跳ね回っている。

 そう、俺と一緒にこの島に辿り着いたのは義経だった。

 俺達は半死半生の身でようやくこの島へと逃げ延びて来たのだった。

 

 

 今回の海参加メンバーは俺、日和、鳳凰院義経、その妹の月乃、オレガノ、そして何故だか復活した智蔵じいちゃんだった。

 このメンバーなら会長と智子のような地球滅亡規模の争いは起きない。俺と鳳凰院は仲が良くないが、それでもこんな洋上で争ったりはしない。

 だからこのクルージングは平和に終わるはずだった。

 でも、そうはならなかった。

 危険は外からやって来た。

 

『さっ、桜井く~んっ!!』

『日和~~っ!』

 突如船体が大きく揺れて甲板から落とされそうになった日和の手を握って必死に耐える。手を掴むのが一瞬遅ければ日和は海に落ちていた。羽が水を吸うから日和は泳げないっていうのに。

 ゾッとしながら何が起きたのか確かめる。

『何だよ、これは!?』

 目の前に俺達が乗っているヨットよりも遥かに巨大な潜水艦が水面に浮かび上がっていた。しかもその潜水艦の上部ハッチが開き、中から銃や刀を持った男達が次々とこの船へと上陸して来た。まるで海賊の様に。

『こっ、怖いよ、桜井くん』

 日和が俺にしがみ付いて来る。

『大丈夫だ』

 日和の顔を見ながら力強く頷いてみせる。本当は俺だって怖い。けれど、女の子に頼られている手前無様な様子を見せる訳にもいかなかった。

 

『お前ら一体何者だ?』

 気合を入れながら襲撃犯に向かって吼える。

『我らはフラレテル・ビーイング』

『フラレテル・ビーイングだと? フラレテル・ビーイングの集まりがこんな所であるなんて聞いていないぞ?』

 フラレテル・ビーイングはじっちゃんが何十年も昔に結成したモテ男根絶の為の武力介入組織。モテ男達に武力介入してモテない男達の心の平穏を守っている。

 現在はじっちゃんのような絶対的な指導者はいないけれど各幹部が各地方で頑張って勢力を広げている。

 俺もモテない・マイスターの1人として福岡を中心に活動を展開して日々精進している。

 そんな俺、そしてフラレテル・ビーイング創始者であるじっちゃんがいる船に突如押し掛けてくるなんてコイツらは一体?

『モテない・マイスター桜井智樹。いや、ハーレム王桜井智樹よ。貴様をモテ男と断定し、武力介入を開始するっ!』

 男達の武器が一斉に俺へと向けられる。

『俺がハーレム王っ!? 一体何の話だ? 俺は学校でモテないランキングぶっちぎりの1位なんだぞ!』

『女達に抱きつかれておきながらよくもぬけぬけとっ!』

『へっ?』

 俺の周りを見回してみる。

『桜井くん……』

 日和はさっきから俺に正面からしがみついている。怖いのだろうからこれは仕方ない。

『智樹様の背中……逞しくて素敵です』

 背中からはオレガノが抱きついて来ている。ミニ・イカロスは礼儀正しくてよい子なので暴力を好まない。よってこれも仕方ない。

『まったく。この野蛮人どもはエテ公さまが招いたのでしょう。ご自分で何とかして下さい』

 そして俺が着ているパーカーの裾を微妙に引っ張って離さない月乃。これも仕方ない、のかな?

 確かに絵だけ見れば俺は3人の美少女に抱きつかれてムッヒョッヒョな状態にも見える。

 でも、それは外から見た絵面に過ぎない。だって実態の俺は全くモテないのだから。

『私は桜井くんに……本気ですよ。だって私は桜井くんのことが大好き、ですから』

 恥ずかしそうに俯く日和。

 こんな状況でなければグッときてしまう台詞。いや、本能がプロポーズしろと囁いてくる超ど級の威力。

 だが、こんな状況だからこそ危な過ぎる発言だった。

『私はこの身の全てを智樹様に捧げる所存です。それが地上に降りた私の使命ですので』

 オレガノもまたこんな危険極まりない状況でなければ嬉しい言葉を述べてくれた。

 そして俺の命の危険がまた上がったことは言うまでもない。

『わたくしがお嫁に行くのはお兄様と同等の実力を有した殿方だけなのですわ。残念ながらこのエテ公様を除いてそんな方にまだお会いしていませんので仕方なく』

 月乃はツンデレしながらよく分からないことを述べている。

 だが、その内容がこのテロリストどもの怒りに油を注ぐものであることだけはわかった。

 テロリスト達の凶器がより一層の危険さを放ちながら俺へと向けられる。

 マジで殺されてしまいそうな危険な視線が俺に突き刺さって来る。

『じっちゃんっ! じっちゃんはフラレテル・ビーイングの創始者だろ! この状況をどうにかしてくれよっ!』

 焦った俺はじっちゃんに助けを求めた。

 だが、じっちゃんは笑っているばかり。それどころか

『ふぉっふぉっふぉ。智坊よ。女性関係で命を落とすは桜井家に生まれし者の宿命。定めから逃れることは出来ぬ』

『そんな無茶苦茶なっ! 俺はまだ14なんだぞ』

『ならばその命。自ら守り抜いてその価値を存分に示すが良い』

 じっちゃんの言葉はテロリストに事実上の攻撃容認のお墨付きを与えるものだった。

『じいちゃ~~~~んっ!!』

 俺は刀と銃に狙われながら必死に船内を逃げ回った。日和達に被害が及ばないように。

 だが健闘むなしくテロリストの撃った銃弾は燃料タンクとエンジンを直撃。船は爆発炎上し、俺と義経は海上散歩を味わうことになったのだった。

 

 

「Mr.桜井。君はいったい何をそんなに憂いているのだい? ここには僕という最高の美が存在しているのに?」

「俺はお前みたいに神経図太くはないんだよ」

 360度海と空しか見えない無人島に流されてどうしてコイツはそんなに余裕こいてられるのだか。

「大体お前、自分の妹のことは心配じゃないのか? フラレテル・ビーイングに連れ去られたんだぞ」

 日和達はテロリスト達の潜水艦へと乗せられた。誘拐されてしまったも同じだというのに。

「心配はしていないさ」

「何故?」

 義経は余裕綽々で髪を掻き揚げた。

「あのご老体は僕に約束してくれたからね。月乃達は潜水艦ノーチラス号で無事に空美町まで送るので心配要らないと。今回の襲撃対象はあくまでも君1人だと」

「じいちゃ~~~~んっ!?」

 大空に向かって叫ぶ。

 つまり今回の襲撃はじっちゃんによって最初から仕組まれてたものだって言うのか?

 一体何故そんな真似を?

「そういう訳で月乃達の安全は保障されている」

「ああ」

 安全が保障されていなかったのは俺だったという事実だけが分かった。正確に言えばコイツもそのとばっちりを受けたわけだが罪悪感が少しも起きないのはコイツの人徳、のなさだろう。

 

「それよりもMr.桜井。どうしても君に聞いておきたいことがある」

 義経は急に真面目な顔になった。

「何だよ?」

 面倒臭そうな予感が臭いつつも聞いてみる。

「君は一体、誰を花嫁として迎える気なのかね?」

「はあっ?」

 義経の質問が荒唐無稽すぎて思わず大声で聞き返してしまった。

「俺はまだ14歳なんだぞ。結婚とか早過ぎるだろうがっ!」

「果たしてそうかな?」

 義経は髪を掻き揚げた。

「君は多くの女性に言い寄られている僕と並ぶハーレム王。そして下半身丸出しで生きるワイルドな男でもある。14歳で妻を娶っても何の不思議もない」

「俺は女の子に見られていると興奮するだけでそんな性欲丸出しの男じゃない」

 俺はただ見せたいんだ。見られたいんだ。変態と一緒にするなっ!

「果たしてそうかな? もし無人島に一緒に漂流したのがこの僕ではなくニンフさんや見月そはらさんだった場合、君はその日の内に手を出して6年もすれば沢山の子供に囲まれているだろう」

「俺がニンフやそはら相手にそんな破廉恥な真似をする訳があるかっての!」

 何でそんなあり得ない事例を持ち出して貶められなければならないんだ。

「そはらとは以前1ヶ月無人島で暮らした時も手を出したこともない。ニンフとは毎日一緒に暮らしているが手を出したことなんてない。ほらっ、俺が紳士であることはもう証明されたも同じじゃねえか」

「ヤレヤレ。君は本当に自分というものが分かっていないね」

 両手を横に広げながら首を横に振る義経。マジでムカつく動作。

「何だその態度はっ! 大体、将来俺が誰と結婚しようとお前には何の関係もないだろうが」

「そんなことはないさ」

 義経はまた髪をバサッと掻き揚げた。

「僕がこの世界で最も美しいと認めた女性、イカロスさん。その彼女は君に騙されてたぶらかされている。君の選択次第では僕の結婚が永遠に不可能になってしまう」

「イカロスとはそんな仲じゃないっての!」

 俺とイカロスがどんな仲なのかと尋ねられると即答する自信はない。けれど、結婚を考えるとかそういう関係じゃないのは確かだ。確か、だよな?

「だが、イカロスさんのことは今は考えなくても良い。彼女もいずれ目を覚まし気付くだろう。世界で一番格好良いのは僕だということに」

「本当にお前はおめでたい男だな」

 コイツが無人島でポジティブでいられる理由がよく分かる。

「僕が君の結婚相手を気にする理由は1つ。それは妹が君のことを男性として意識しているからだよ」

「何言ってるの、お前?」

 義経の言葉に本気で頭が痛くなった。

 

「あのなあ、俺は月乃にいつも猿猿猿と呼ばれてバナナ投げつけられて馬鹿にされているんだぞ。今日だって投げられた。その月乃に好かれている訳がないだろ。バァ~カ」

 義経に向かって舌を出して馬鹿にする。冗談は寝てから言えっての。

「ヤレヤレ。君は本当にレディーの心が分からないのだね」

「いちいち気取ったものの喋り方をするなっての」

 鬱陶しい奴だ。

「僕の妹、月乃は確かに完璧なレディーだ。非の付け所もないパーフェクトな妹だ」

「他人を猿呼ばわりして馬鹿にする人間のどこがパーフェクトだってんだ」

「だってMr.桜井が猿なのは単なる事実だからね。そこに良いも悪いもないさ」

「ムキィ~~っ!」

 本当にムカつく兄妹だ。

「だが、その完璧さ故に月乃は同じく完璧な人間である僕のことしか目に入らなくなった。それはあまりにも必然の結果だった」

「お前ら兄妹は相当歪んだフィルターで世界を見ていることだけは分かった」

 俺の嫌味を義経はあっさり無視。過剰に反応されても困るがスルーもムカつく。

「だが、中学生になった月乃はつい先日知ってしまったのだ。実の兄である僕とは結婚できないという事実を」

「サンタの正体が家族だって知るのだってもっと前だよな……」

 鳳凰院家ではどんな教育が施されているんだ?

「月乃は大いに悲しんだ。涙で溺死してしまうのではないかと思うぐらいに。それはそうだ。妹は幼い頃から素敵なお嫁さんになるという一途な夢を描き続け、その相手となる筈だった僕と結婚出来ないと知ってしまったのだから」

「お前、知っていたのならもっと早く教えてやれよ」

「はっはっは。妹のキラキラと光り輝く瞳を見てしまうとなかなか言い出せなくてね」

「おめぇ、凄いヘタレだろう」

「君ほどではないさ。はっはっはっは」

 殴りたい。本気で殴りたい。

「ともあれ、僕のお嫁さんになりたいという月乃の一番の夢は現実とはならないことが判明した。だが月乃にはお嫁さんになりたいという夢は残っている。しかし、完璧過ぎる僕を見てしまうと他の男など目にするにも値しない」

「お前ほど変態な男がそう何人もいてたまるかっての」

 俺のツッコミはまた華麗にスルーされる。

「そうして月乃が一生を嫁に行かずに過ごそうと決意した時に現れたのが君だよ、Mr.桜井」

「月乃って確か俺と同い年だったよな? いや、そこがツッコミどころじゃないのは俺もわかっているんだがな」

 義経と喋っていると色々と不安になってくる。例えば人生とか。

「完璧なる僕と唯一互角に渡り合える存在。それが君だ。どんなに容姿が劣ろうと、知性が乏しかろうと僕の脱衣(トランザム)モードと互角に張り合えるのは世界で君だけだ」

「それは遠回しに俺が世界で最も変態だと言っているのか?」

 例によってまた無視。コイツ本当に自分に都合の悪い言葉を聞きやしねぇ。

「そんな君に月乃が心惹かれてしまうのもまた必然というわけだ。何故なら君は世界で一番美しいこの僕と並び立つ存在なのだからっ!」

「結局最初から最後まで自分の自慢がしたいだけだろ、お前はっ!」

 コイツと喋っていると……ほんと、頭が悪くなる。

 

「それでMr.桜井。君は僕の可愛い月乃を幸せにしてくれるのだろうね? 兄としてちゃんと義弟の意思を確かめておきたくてね」

「何でそこまで話が飛躍するんだっ!?」

 この一方通行ぶり。さすがは鳳凰院家のご長男なだけはある。

「何か不満でもあるというのかい?」

「不満しかねえよ」

「僕の妹だけあって月乃は頭脳、容姿、家柄、財力、。どれをとっても完璧なレディーだ。妻に娶るのにこれ以上相応しい女性はない。君は一体何に不満があると?」

「俺とお前の妹はほとんどまともに会話したこともないんだぞ。付き合ってもいないのに結婚がどうとか言えるかっての」

「結婚さえすれば互いの良い所など自然と見えて来るものさ。だからそんな些細なことは何の問題にもならない」

 コイツの言っていることは政略結婚と何も変わらないと気付かないのだろうか?

「それに、結婚すればあんなムフフもこんなムフフもし放題だ。Mr.桜井。僕の妹は……可愛くてスタイル良いぞ」

「グホッ!?」

 思わず吐血してしまう。一瞬脳裏に全裸の月乃を思い描いてしまった。

 これは半端ない攻撃だ。だが……っ!

「どんな誘いの言葉を掛けて来ようと俺はよく知りもしない女と結婚したりなんかしないぞっ!」

 結婚したら不特定多数の女の子にむっひょっひょっひょな真似が出来なくなる。

 そんなのは断固拒否だっ!

 

「フム。それはつまり、Mr.桜井はうちの使用人である風音日和と恋仲にあるから僕の月乃とは付き合えない。そう言いたい訳かな?」

「へっ?」

 義経の言葉を聞いた瞬間、全身が硬直して動けなくなった。

「主人である月乃ではなく使用人である風音日和の方が好きとは全く困った男だね、君は」

「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て~~っ!?」

 全身から大量の冷や汗が流れ出る。

 日和の名前が出た途端、心臓がバクバク言い出して震えが止まらなくなった。

 この島に流れ着く前には日和本人といてもこんなに焦ることはなかったって言うのに。

 何でだ?

 

(約束された勝利の出番 発動)

 

「その慌てぶり。君と風音日和が恋仲にあるという妹の証言はどうやら事実のようだね」

「そっ、それはっ! …………クッ」

 違うと大声で叫びたかった。

 けれどそれをすることが出来なかった。

 俺と日和は恋人同士ではない。けれど、それを認めたくなかった。

 それはつまり、恋人になりたいという願望を俺が抱えているからに他ならない。

「そうか……俺は、気付いていなかっただけで日和のことが……」

 義経の野郎に言われて気付かされるのはちょっと癪だった。

 でも、この気持ちは嘘じゃない。

 俺は、日和のことが好きだったんだ。

「ヤレヤレ。どうやらこれは本気のようだね。月乃にはもう地上には存在しないであろう僕と同じぐらい格好良い他の男を探してもら……」

「…………義経さん。諦めたらそこで試合終了ですよ」

 義経の声を遮って天使が、いや堕天使がこの島へと舞い降りてきた。

 

「イカロス。助けに来てくれたのか?」

 砂浜へと舞い降りた最強のエンジェロイド。しかもヤンデレ・バージョンのイカロスを見てドキドキしながら話し掛ける。

「…………いいえ。無人島の砂浜で裸の男同士が淫靡に戯れている気配を察したので福岡から飛んで来たまでのことです」

 眉一つ動かさずに言い切るイカロス。最強に腐った思考回路を持つイカロスは今日も絶好調だ。

「まあ、その辺の勘違いは後で解くとして、俺と義経を福岡まで送ってくれないか?」

 イカロスの到来によりようやく帰れる目処がついた。

「…………マスターのご命令。だが、断ります」

「何でだ!?」

「…………こんな美味しいシチュエーションを逃せるほど私は人生に枯れてはいません」

 すっかり人間らしい思考回路を持つようになったイカロスに涙する。

「…………鳳凰院・キング・義経さん」

「何でしょうか?」

 義経は恭しく片膝をついてイカロスに答える。

「…………月乃さんの幸せの為に、マスターを陵辱し尽くして下さい」

「お前一体何をほざいてやがるんだ!?」

「それは一体何故でしょうか?」

 騒ぎ立てる俺をよそに冷静に話を続けるイカロスと義経。この場合、おかしいのは俺なのか?

「…………マスターを陵辱し尽くして前後不覚にしてしまえば、日和さんへの想いも消失します」

 イカロスの声に怒気が含まれていた気がするが、気のせいだろうか?

「…………そしてマスターが白濁に燃え尽きている間に月乃さんと結婚させてしまえば良いのです」

「おおっ、それは名案だ」

「名案じゃねえっての!」

 馬鹿なの。この義経って男は救いようがない馬鹿なの!?

「…………そしてマスターが陵辱される様を見て私が愉しみます」

「それが目的だよな!? なあっ!」

 イカロスの野郎、結局自分の腐趣味を満足させたいだけじゃねえか。

「イカロスさんのご要請とあらばどんな願いでも聞き届けたいのが当然の摂理。しかし、イカロスさんからの特別なご褒美があれば一層の奮起も期待出来ましょう。チラリ」

「…………分かりました。マスターを陵辱し尽した暁には頭をなでなでしてあげましょう。………………チビッチかバカトレアが」

 イカロスは露骨に義経から目を反らした。だが、イカロスに盲目な義経にはそれで十分だった。

「鳳凰院・キング・義経。世界で最も気高く美しいイカロスさんの為にMr.桜井を陵辱し尽くしてご覧にいれましょう」

 言うが早いか義経は両手を地面につけて四足歩行の体勢を取ると飢えた野獣さながらの荒々しい動きで俺に向かって突っ込んで来た。

「Mr.桜井っ! 愛する月乃とイカロスさんの為に陵辱され尽くしてくれっ!」

「ふざけんなあっ!!」

 義経に背を向けて全力疾走を開始する。命がけの逃避行の始まり。

 

 必死になって島内を逃げ回る。1周4キロほどのその小さな島は内部にちょっとした林や小山があったりと逃げ場所は割りと多い。けれど──

「…………義経さん。マスターはこちらです」

「ありがとう、イカロスさん」

 上空から俺の動きを追尾しているイカロスが義経に隠れ場所を教えやがる。

 イカロスは自分では決して俺を捕らえようとしない。義経に俺が捕縛される瞬間を楽しみにして高みの見物をしているのだ。

 これはヤバイ。本当に大ピンチだった。

 義経相手じゃ、しかもこんな小さな孤島で脱衣(トランザム)モードを発動させても意味がない。

 もはや打つ手がない。

「せめて……せめてイカロスが去ってくれたら……」

 義経と1対1なら何とかなる。だが、イカロスが敵にいては……。

 

「智樹~~っ!! 助けに来たわよ~~っ!」

 崖際に追い詰められて絶体絶命の危機を迎えた俺の上に飛んで来た青い鎧の美少女騎士。

「アストレア~~~~っ!!」

 金髪ボイン少女アストレアが救援に来てくれたのだ。

「…………邪魔はさせない」

 赤い瞳のイカロスがアストレアの進路を遮って通せんぼする。

「イカロス先輩の妨害はニンフ先輩が想定済みです。そしてその対策も」

 アストレアは左手に持っている薄い本のような盾、右手に持っている円柱状の剣を掲げながらドヤ顔をしている。

「まずは食らって下さいっ! ニンフ先輩制作の『智樹総受け本』同人誌攻撃っ!」

 アストレアは薄い本をイカロスに向かってぶん投げた。

「…………あのチビッチがBL本を!? しかもマスター総受け本を!?」

 疑いながらもイカロスはその同人誌をキャッチ。そしてその中身を確かめた。

 

『いいか、ニンフ? 俺、もう我慢できないんだ』

『初めてだから……優しくしてね♪』

『今夜は寝かさねえぜ』

『2人で赤ちゃんいっぱい作ろうね♪』

 

「フッフッフ。『智樹総受け本』かと思って開いてみれば中身は『智樹×ニンフ』のラブラブエッチ本。ノーマルカップリング本でしかもヒロインがニンフ先輩。騙されたイカロス先輩の怒りと失望は計り知れないってことなんですよ~」

 アストレアがニンフに貰ったらしいカンペを読み上げながらドヤ顔全開している。

 アイツ、自分がしていることの意味を理解しているのだろうか? 

 そう言えばニンフがこの場に現れていない。どこか付近にいるようにも見えない。

 その意味を考えた時、俺は全力ダッシュで遮蔽物が多い林の中へと逃げ出した。

 

「…………バカトレア、チビッチ。お前達だけは殺スッ!!!!」

 全身から黒いオーラを纏ったイカロスがアストレアに向かって突撃を開始する。武装ではなく自らの手足を使ってアストレアを屠るつもりに違いなかった。

「え~と、次は……怒ったイカロス先輩が突っ込んで来たら、出来るだけ引き付けてN2爆雷の起動スイッチを押す。それで戦闘は終了。完全勝利。何だ、意外と簡単ですね♪」

 アストレアはイカロスに胸倉を捕まれた瞬間に鼻歌を口ずさみながらその円柱状の物体の頂点のスイッチを押した。

 スイッチを押すのと同時に俺はくぼ地になっている穴の中へと飛び込んだ。

 その直後、形容し難い爆発が上空で生じた。

 

 爆発の衝撃で記憶がブツッと切れる。

 気絶したのは一瞬か、それとも長い時間だったのか。

とにかく木々が生い茂っていた自然豊かな島は丸裸の状態と変わってしまったのは確かだった。

それほどの爆発だった。

「アストレアとイカロスはどうなったんだ……?」

 空を見上げて確かめる。

「…………バカトレア如きにしてやられるとは。む、無念です」

 黒コゲ・アフロヘアになったイカロスは遠くの空に吹き飛ばされながら高度をどんどん落としている。

 そして、ボチャンと大きな水音を立てながら海へと沈んでいった。

 エンジェロイドは羽が水を吸って泳げない。

 これならしばらくは帰って来られないだろう。

 後はアストレアだが……。

 

(おにぎりよりおむすびって言った方が美味しいと思いま~す)

 

 大空に笑顔でキメていた。

「スマン、アストレア。俺の為に……」

 アストレアは死んでしまった。俺をイカロスと義経の魔の手から守る為に。

「今度お供えにおむすびをたっぷりやるからな」

 

(うめぼしに鮭におかかに、後チキマヨを外しちゃ嫌だからね)

 

 涙を流しながら命の恩人に別れを告げる。

「とにかく、アストレアのおかげで義経の変態もくたばってくれたわけだし」

「誰がくたばったって?」

 あり得るはずのない声が背後から聞こえた。

 振り返ると義経が全裸のまま立っていた。

「何でお前、無事で?」

 冷や汗が再び大量に流れ出す。

「はっはっはっは。僕の脱衣(トランザム)の移動速度は音速を遥かに超える。海上をダッシュして爆発から逃げることなど容易いことさ」

「チッ! 時間無制限の脱衣(トランザム)だからこそ出来る余裕の回避か」

 女の子に見られる快感によって脱衣モードに入る俺の持続時間は精々が3分。一方、見せ付けることに快感を覚える義経の脱衣には時間制限がない。

 時間無制限という利点を生かしてコイツは海上を走り逃げたのだ。

「では、ご理解頂けた所でイカロスさんの命に従って大人しく白濁にまみれてもらおうか」

 義経が脱衣(トランザム)モードに移行する。

 イカロスもアストレアもおらず女の子の視線を感じられない俺に脱衣モードは使えない。

「イカロスは海の底に沈んだんだぞ。後何十年は戻って来ないかもしれない。なのにお前はまだ命令を聞くのかっ!」

「僕の愛は永遠だから関係ないのさっ!」

 義経が再び突撃を開始してきた。しかも脱衣モードで。

 対する俺にはもう対抗手段がない。しかも島は丸裸になってしまっており隠れられそうな場所もない。

 今度こそ絶体絶命の危機。

 俺は、こんな所で男に貪り尽くされてしまうと言うのか!?

 

『私は桜井くんに……本気ですよ。だって私は桜井くんのことが大好き、ですから』

 

 日和の顔が脳裏に浮かび上がる。

 俺は、日和に自分の想いも伝えられないまま、男として終わってしまうのか……。

「桜井くんっ! こっちを向いてっ!」

 声が聞こえた。

 日和の声がやけにリアルに聞こえた。

 彼女がこの島にいる筈がないと分かっていながら振り向く。

 そこには真っ白な翼を背中から生やした天使が立っていた。

「桜井くんっ! 今ですっ!!」

 天使、日和は大声で叫ぶ。

 その声が何を意味するのか、俺は瞬間的に理解した。

「脱衣(トランザム)ッ!!」

 穿いていた海パンを誇らしく脱ぎ去る。

 日和に見られている興奮でかつてない程のパワーが俺の中を駆け巡る。

 最強の俺が誕生した瞬間だった。

「はっはっはっは。Mr.桜井。そうでなくては勝負は面白くない。だが、条件は互角になったのみ。この勝負、僕が勝つっ!」

 一層の加速を掛けて亜光速で突っ込んで来る義経。

 義経は俺の海パンを右足で踏み付けながら跳躍の体勢に入る。

 その時だった。

「これは、バナナっ!?」

 義経の姿勢が急激に不安定なものに変わる。そう。それは完全にコケる直前の姿勢だった。

「そう言えばさっき月乃にバナナを投げつけられた時に1本がパンツの中に入ったんだよなあ」

「馬鹿なっ! それではこの僕の敗北は月乃によって決められていたというのか!? この世界で最も美しく強いこの僕……ぎゃぁあああああああああぁっ!!!?!?」

 義経は跳躍しようとした所でバナナに足を引っ掛けた為に俺とは違う明後日の方向に大跳躍。勢い余って大気圏を抜けて宇宙へと飛び出していってしまった。

「フッ。勝負はこれからだよ、Mr.桜井。肺の空気を吐き出して逆噴射を掛ければ地球に戻れ……は、肺が凍って空気が吐き出せない!? 月乃……イカロスさ~~んっ!」

 恐らく今頃は肺が凍り付いて地球に帰れなくなって考えるのを止めたに違いない。

 

「ようやく……全てが終わったか」

 大きく安堵の息を漏らしながら振り返る。

 目の前には俺の命を救ってくれた日和がいる。

 日和がいなければ脱衣(トランザム)を使えなかった。パンツを脱ぎ捨てたおかげで勝利出来たのだから日和のおかげに間違いなかった。

 そしてそれと同時に思い直す。

「全部が終わったって言うのは間違いだな」

 まだ大事なことが残っている。

 そう。一番大事なことが。

「日和……大事な話があるんだ」

「何でしょう?」

 日和は首を傾げた。

「そのさ、義経の野郎が帰って来ない宇宙遊泳に出掛けちゃったから……その鳳凰院家で働き続けるのも難しくなったんじゃないか?」

 日和は最近生活費の為に鳳凰院家で働き始めた。何でも月乃に誘われたらしいが詳しいことはよく知らない。

「そうですね。私は主に義経さま・月乃さまご兄妹の付き人でしたので……義経さまがいなくなった以上、仕事を続けるのは難しいかも知れませんね」

 日和は目を伏せた。

「じゃあさ。代わりに俺の所に来いよ」

「えっ?」

 日和が驚いた表情で顔を上げる。

「俺の所に永久就職しないか? 日和も弟達も俺が頑張って面倒みるからさ」

 照れを打ち消しながら精一杯想いを述べる。

「私で、良いのですか?」

「日和じゃなきゃ嫌なんだ。」

 そう。俺は義経との会話で気付いた。

「俺は、日和のことが好きなんだっ!」

「桜井く~~んっ! 私も、大好きですっ!」

 泣きながら駆け込んで来た日和を正面から抱き締めて受け止める。

 

 こうして俺達は絶海の孤島でようやくお互いの気持ちに素直になれることができた。

 

 そんな俺達の幸せをアストレアが大空から笑顔で見守ってくれていた。

 

 

 了

 

 


 
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