No.485851

高まる鼓動 (未完)

一色 唯さん

【Last Update:2012/03/13、Remove:2012/09/18】
3年Z組設定で、土方くんが卒業した後のお話。
数年後の同窓会で久しぶりに銀八と再会した土方くん。元・想い人でもある担任の彼を今でも忘れられず、自分の進路と心の間で葛藤するが――。

横浜の山下公園周辺を舞台のイメージに取り上げましたが、伝わるかどうかは不明。

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2012-09-18 22:37:12 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:864   閲覧ユーザー数:864

[chapter:高まる鼓動 1]

 

 

『3年Z組 同窓会のお知らせ』

 

その告知のハガキが届いたのは、銀魂高校を卒業してから3年の月日が流れた1月のある日。

バカ騒ぎが日常茶飯事だったZ組だけに、大方新年会も兼ねて派手な宴会騒ぎをしようと画策したに違いない。

 

なんだかんだと問題ばかりのクラスだったけれど、俺の学生生活の中で一番印象が強く残ってるクラスでもある。

近藤さんや総悟とは同じ大学に通ってるから別段久しぶりというわけでもないが、卒業して別々の進路を歩んでる奴らと顔を合わせるのは実に久しい。

 

…3年ぶり、か。

長いようで、あっという間に過ぎ去っていった歳月。

大学に入っても相変わらず剣道を続け、その傍らで教員免許に向かって勉強しているだけの毎日。

平等に流れていく時間の中で、皆、当時の面影を残しながら少しずつ変わっているのだろう。

 

俺の想いを完全に風化させるには、まだ足りない気もするが。

 

 

-坂田銀八。

俺が決死の想いで告白して、淡い恋を儚く散らせた、元担任教師。

 

 

今思えば、銀八が俺の想いを受け入れなかったのはアイツなりのけじめだったのかもしれない。

でも当時はその優しさを理解することが出来なかった。

受け入れられない想いを抱え、行き場のない感情を持て余した俺は、高校卒業と同時に恋心を封印することにしたんだ。

 

いつだって近くに居たいと必死で、手が届きそうなくらいの場所を求めていた。

けれど、最後は近くに居ることが切なくて、手が届きそうなのに見えない壁に阻まれて苦しくて。

卒業写真は少し離れた場所で撮ったのを思い出す。

 

それでも…

いつかは銀八と同じ教壇に立ちたい、銀八と同じ時間を、また同じ場所で過ごしたい。

その想いだけは譲れずに、今もささやかな目標として胸に掲げている。

 

 

ひび割れた心の痛みが少しずつ麻痺してきて、ようやく冷静に過去を振りかえれるようになった矢先に届いた招待状。

 

今なら、何事もなかったように笑って酒を酌み交わせるかもしれない。

アイツは過去にこだわったり、偏見で接し方を変えたりするような奴じゃないから。

警戒させないように他愛もない近況報告でもして、前みたいに馬鹿なやりとりが出来れば十分だろう。

 

大丈夫だ。

 

 

 

そう自分に言い聞かせて、招待状で指定されている居酒屋の戸を開けた。

 

 

 

2012/01/05

[chapter:高まる鼓動 2]

 

 

会場に着いた時には既に半数近くのメンバーが揃っていて、皆が揃うまで待つというような律儀さなど持ち合わせていない彼らは好き勝手に盛り上がって再会を喜んでいた。

くだらない掛け合い、変わらない笑い声。

口に出したことはないが、毎日が楽しくて好きだったあの頃に戻れたような気がして、自然と気持ちが軽くなっていくのがわかる。

 

時間と共に一人、また一人と懐かしい顔が増えていく。

近藤さんは妙に猛アタックを始めて九兵衛にナイフを突きつけられたり、総悟は神楽と喧嘩したり、山崎は志村と苦労話を地味に語り合ったりと、銘々に思い出の花を咲かせていて。

 

こういう時間も悪くない-

そんなふわふわとした気分で酒を嗜んでいた時、ふいに背後から髪に触れられた。

驚いて視線を傾けると、ジャケットを着た腕が視界を横切っていく。

 

「よぉ、待たせたな」

 

銀八だった。

 

 

俺の隣は近藤さんが座っていたはずだが、妙に夢中で今は席を空けている。

そこへ素知らぬ顔で腰を落とし、違和感もなく周りと会話を始める銀八。

電話番号やアドレスを聞かれては一人ひとりと交換し、

 

「土方も教えろよ、アドレス」

 

何事もなく話を振ってくる。

 

 

悩んで、悩んで、望んだはずの…変わらぬ態度。

何年もかけてようやく辿り着いたというのに、こいつはいとも容易く壁を取り除いてくるのか。

 

 

「これが俺のだから。消すんじゃねーぞ」

 

ふわりと柔らかく口元を綻ばせるその顔を、ずっと見たかったはずなのに。

 

「あぁ、わかった」

 

どうしてこんなにも苦しいんだろう。

 

 

開いた電話の画面が消えて映りこんだ自分の顔は、どこか遠くを見つめていたのかもしれない。

隣で小さなため息が零れたことも気づかないほどに。

 

 

 

その後の会話はよく覚えていない。

時折振られる会話に相槌を打ち、聞かれたことに生返事をしただけ。

銀八と再会してから、その場を楽しむという気持ちがどこか抜け落ちてしまっていた。

 

 

貸切の時間が終わりを迎え、一旦全員で店を出る。

半数以上が二次会へと連れ立って行く中、俺は帰るとだけ告げて、一人駅へと向かった。

あのまま銀八に普通に接されることが、思いの外辛いということに気付いてしまったから。

 

 

 

少し離れた駅に辿り着いたのは、終電の発車まであとわずかという時間。

駅のホームを包む真冬の空気が急激に酔いを覚ましていく。

 

ポケットに突っ込んだ携帯電話を思考の片隅から追いやろうと、車窓の外に広がる海浜公園を見つめる。

 

やめよう、もう忘れよう。

決めた道を引き返すわけにはいかない。

 

 

ざわめく感情を落ち着かせようと深く息を吸った時―

 

ポケットの中の電話が、メールの着信を告げた。

 

 

 

 

画面を開く。

 

響き渡る、発車のベル。

 

 

 

 

俺は電話を握り締め―

ホームを駆け出した。

 

 

 

 

2012/02/06

[chapter:高まる鼓動 3]

 

 

発車間際に届いた一通のメール。

送り主の名前は、坂田銀八――。

 

『会いたい』

 

その一言だけを綴った電子文字に、抱えていたすべての想いが一瞬にして掻き消された。

 

どこで、とか、いつ、とか、そんな言葉は何も示されていない。

なのに、行かなければならない、そんな予感がした。

いや、自分が今すぐにでも追いかけたかっただけなのかもしれない。

 

封印していた感情が繙かれた。

止まっていた時間の歯車が、再びゆっくりと音を立てて動き出すような感覚。

この衝動を止めてしまったら、もう二度と後戻りはできない。

もう、後悔だけはしたくなかった。

突き動かすような衝動に、激しく心を揺さぶられる。

 

 

居ても立っても居られない複雑な感情を抱え、無我夢中に走り出す。

数分前に通った道を全力で走り抜けていく。

早く前に進みたいのに、アルコールを含んだ身体は思うように動いてくれなくて、それすらももどかしい。

商店街を抜けると、さきほどの居酒屋の前でまだ屯していた近藤さんたちに遭遇した。

 

「銀八は……」

 

乱れた呼吸もそのままに、先刻まで一緒に居たはずの探し人の行方を尋ねる。

 

「銀八ならもう帰ったぞ」

「そう、か」

 

返ってきた答えに少し落胆しかける。

 

「夜風に当たってから帰るとか言ってやしたぜ」

 

――あっちの方へ歩いて行きやした。

総悟の指した方向は、先刻自分が電車の車窓から眺めていた海浜公園。

どこにいるかもわからないのに、どこかで銀八は俺が来るのを待っている。

そんな気がして、また少し気持ちが浮上する。

 

「わかった、ありがとう」

 

それだけを述べて、教えられた方角への経路を高速回転ではじき出す。

この場所を離れてから最低でも10分以上は経っているはずだ。

あてもなく探したところで、見つけられるという保証はない。

それでも、会って話さなければならないと思った。

 

「頑張れよ、トシ」

 

その言葉に背中を後押しされ、俺は再び走り出した。

 

探す理由を聞かないのは、きっと彼らなりの優しさなのだろう。

共に過ごしてきたその絆が今はとても頼もしく、温かく感じられた。

 

 

 

 

はぁ、は…っ、はぁ。

絶えず吐き出される息が、冷え切った夜の空気を白く染める。

駅から全力で駆け抜けた身体は熱いくらいなのに、携帯電話を握り締めて走り続けた指先は冷たく、色をなくしていた。

 

 

鈍色のフェンスに身を預けたままぼんやりと海を眺めている、銀糸を纏った後ろ姿。

じゃり、とアスファルトを踏みしめた足音と荒い吐息で気付いたのか。

それとも――、来るとわかっていたのか。

驚きもせず、ゆっくりとスローモーションのように背後を振り返った銀八の髪が、冷たい潮風に掠められてふわりと揺れた。

 

 

俺たちの他に誰もいない、深夜1時を過ぎた静かな海浜公園。

 

海橋を渡る車のヘッドライトが薄く二人を照らしては闇に消えて行く。

真っ直ぐにこちらへ向けられる、街灯に濡れた瞳。

俺があの頃見ていたのは、いつも気怠げで飄々とした、感情を見せない顔。

いま目の前にいる男とはまるで別人のようで、どんな態を装えばいいのかわからなくなる。

こんな表情、見たことがない。

 

警鐘のように脈を打つ、 高鳴る鼓動。

その音、蒸気した頬の熱までもが、張りつめた空気を伝って銀八まで伝わってしまいそう。

 

二人の間を阻むものは、なにもない。

 

 

どうやって切り出したら良いのだろう。

なぜ、どうして、でも、まさか。

沸き上がる疑問符が次々と浮かんできては喉元から出かかっているのに、乱れた呼吸に阻まれて言葉にならなくて。

吐きだせない言葉が胸を詰まらせていく。

 

「銀八」

 

薄く開いた唇は、何も言葉を紡がないままに再び閉じられた。

拒絶ではなく、肯定でもない、無言の空気に気圧される。

自分の知らない雰囲気を纏った姿に感情が追い付かず、胸の奥で本能がざわめき出す。

 

音もなく絡みつく互いの視線。

見えない糸で心を手繰り寄せられるかのように、一歩、そしてまた一歩、銀八へと近づく。

 

フェンスに寄りかかったまま、片手がこちらへ伸ばされる。

吸い寄せられる身体、頬を撫でる指先。

 

 

二人の口唇が重なる。

 

 

 

 

2012/02/22

[chapter:高まる鼓動 4]

 

 

後頭部を強く引かれ、髪に指が絡みつく。

呼吸さえも奪うように、隙間なく塞がれる口唇。

挿し込まれた舌が上顎を這い、柔らかく俺の舌を絡ませていく。

 

「……ん、…っ……」

 

下唇を甘く食んでは角度を変え、再び咥内を貪り合う。

触れた部分が一つに融けていくような、甘い痺れが全身を駆け巡った。

今まで経験したことのない大人の口づけに、心と身体をすべて支配される感覚。

堪えていた感情が、繙かれた扉からじわりと滲み出していく。

好きで、好きで、泣きたいくらいに焦がれる想いが、甘く縺れ合う口唇から伝わればいいのにとさえ願ってしまう。

 

触れ合っていた柔らかい感触が頬を滑り、吐息が耳元にかかる。

はぁ、と漏らされた息継ぎにすら快感を拾うほどに、溶かされた身体は自制を失いかけていた。

銀八の腕の中に包まれた身体へ力が加わり、高鳴る鼓動が煩く響く。

朦朧とする意識は、もしかしたら既に正常な機能をしていないのかもしれない。

 

 

何故こんな展開になったのだろうと、虚ろな眼差しで思考を巡らせる。

会いたいというその一言だけで、他の言葉は何ひとつ聞いていない。

ただ自分が会いたい一心で駆け付けただけで、本当はただの退屈しのぎに送られてきただけなのではないか。

 

第一、銀八には過去に気持ちを断られている。

その事実は、振られた自分が一番良く理解しているはずだ。

酒に酔った勢いで、真冬の寒さに人肌が恋しくなっただけかもしれない。

過去に想いを寄せられていた相手なら、手軽に心の隙間へ付け入ることも出来るだろう。

ただ一時の、意味を持たない戯れ合いという可能性が、一瞬脳裏を過った。

 

しかし、至極冷静に想いを突き放した相手に対して、再び気を持たせるようなことをこの人がするだろうか。

適当なようでいて、誰よりも慎重に周囲へ気を配ることができる人が、こんな――。

 

 

ずっと触れたくて、触れてほしくて、でも出来なかったというのに。

密かに焦がれていた温もりを知り、胸の奥底から想いがとめどなく溢れ出ていく。

 

「先生、俺…」

「言うな」

 

言葉を遮る代わりに、一際強く抱きしめられた。

きつく腕の中に閉じ込められるその強さで息が詰まりそうなくらい苦しいのに、それすら嬉しいと思ってしまう。

 

「お前が卒業してから、これで良かったんだって思ってた」

 

ざっ、と波音を奏でる深い濃藍の海面。

対岸に並ぶ高層ビル群を映した視界が、赤や黄色の灯でゆっくりと滲んでいく。

 

「見て見ぬふりをすることで、お前の想いを綺麗なまま残してやりたかったんだ」

 

口に出さなかったはずの胸中が、いつになく饒舌に語られていく。

感情を眼鏡の奥へ隠し、冷笑を浮かべて突き放したあの日の姿は偽りのものだったという。

自分の想いばかりに囚われ、真意を見抜くことが出来なかったのは…数年前の自分が未だ未熟だったからに他ならない。

 

「自分から手を伸ばすことへの恐怖に立ちすくんで、躊躇った。尤もらしい言い訳を楯にして、向き合うことから逃げ出したのは俺の方だ」

 

コートの布地をくしゃりと掴むその手が俄かに震えているように感じるのは、きっと気のせいじゃない。

云えなかったのではなく、云わないという選択肢を選んだ、大人の教師。

真っ直ぐに自分の想いだけをぶつけた自分とは違う苦悩を、俺の知らない所で抱えていたのだろう。

自分の想いよりも俺の事を案じて、どこにも進めない感情を胸に秘めたまま、何もなかったかのように振る舞う。

その苦しさはきっと、俺には計り知れないほど厳しく辛いものだったに違いなくて。

 

「それなのに、目の前から居なくなった途端……お前がどれだけ俺の中で大きな存在だったか思い知らされるなんてな」

 

言葉を発するたびに耳元をくすぐる、柔らかい髪。

宙を彷徨わせていた指先で恐る恐るジャケットに触れると、堪えていた感情が堰を切り、無意識の内に皺が寄るほど強く握りしめていた。

布越しに伝わる浅い呼吸が、自分の心音と同じリズムを刻んで上下する。

 

いつだって隣に立ちたくて、背伸びして、届かないもどかしさに悔しさを募らせながらも必死で追いかけた背中。

虚勢もしがらみもない、恋に怯える男の背中が――、今はこの腕の中にある。

こんなにも近く、手が届く。

 

「ずっと……会いたかった」

 

首筋に這わせられた掌と少し肌に食い込む爪から伝わる、戸惑いの感情。

その一つ一つから伝わる想いが、ゆっくりとひび割れた心の隙間へ流れ込んでいく。

空白の時間を経てもなお燻り続けていた胸の奥の篝火が、再び熱を帯びて脈拍を上げていく感覚を知った。

 

「……」

 

伝えたい言葉があるのに、喉元まで込み上げた感情の塊が嗚咽に変わってしまいそうで、うまく吐き出せないまま奥歯を噛みしめる。

交差した互いの顔は今、同じ表情をしているのかもしれない。

眉間に皺を寄せて堪えていたけれど、それももう限界だった。

 

「好きなんだよ……。自分でも、どうしようもないくらい」

 

するりと摺り寄せられた冷たい頬が、俺の体温を奪って一つになる。

 

「俺のそばに居てくれ、十四郎」

 

耐え切れずに伏せた瞳へ昂った激情が溢れ出し、滴となって零れ落ちた。

耳元で囁かれた言葉の種が、一粒の水を得て心の底で静かに芽生えていく。

 

「…っ、…」

 

言葉を詰まらせたまま頷くしかできない俺に、こめかみから目尻へと軽く落とされていく口づけ。

鼻先を付けて真っ直ぐに見つめるその瞳は、最後に見たあの凍てついた薔薇色ではなく、扇情的に揺れる紅蓮の炎のような色をしていた。

 

少し首を傾けた顔が近づき、吸い寄せられた口唇をしっとりとした感触が優しく包み込む。

長い冬の夜を越えても、重ねた肌の温もりはもう離さない。

 

 

二人の間で止まっていた刻が、二つの鼓動に合わせて――いま、再び動き出す。

 

 

 

 

……to be continued.

 

2012/03/13


 
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