No.485813

青春はミントとメンソール味

一色 唯さん

【Update:2012/05/16、Remove:2012/09/18】
地味でダサいけど実はイケメンで不良な土方くんと、人気者だけど非モテな天然坂田くん。二人は昔からの腐れ縁だけど、仲が良いというわけではなく――。
学パロ同級生の、ただ単に青臭いだけの話。
土方くんの過去捏造&意図的なキャラ崩壊注意。
(pixivで公開していたものを移転しました)

2012-09-18 21:45:34 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:921   閲覧ユーザー数:921

――土方と、腐れ縁以上の関係になりたい。

 そう思っていたのは、俺だけじゃなかったのかもしれない。

 

 

 小学校から十年間ずっと、腐れ縁のように同じ学校へ進学している俺・坂田銀時と、土方十四郎。高校一年生で、同級生。

 住んでいる地域が偶然にも同じだったために、中学までは必然的に同じ公立学校へ通っていた。そして、たまたま偶然、志望した先の高校も一緒だった。ただそれだけの、家庭事情による腐れ縁が続いている俺たち。

 十年間といえば、そこそこ長い年月と言ってもおかしくはない。

 しかし、これだけ長い年月を経ていながら、幸か不幸か、一度も同じクラスになる機会はなかった。

 名前や存在は知っているけれど、親しく話したり、一緒にプライベートの時間を過ごしたりするようなことはなく。ただ、学籍だけを共有しているような間柄だった。

 友達と呼ぶにもどこか遠く、少し首を捻ってしまうような『知り合い』を、果たして腐れ縁と呼べるのか。それは、分からない。

 でも、それ以外に説明のしようがないのだから、腐れ縁で間違いないのだろう。

 難しく考えるようなことでもないし、そういうことにしておいて欲しい。

 

 その同級生・土方十四郎に対する俺の第一印象は、ドジだった。

 クラスこそ一緒になったことはないが、体育の合同練習や音楽発表会などでは、必ず何かしらドジを踏んでいたのを覚えている。ここぞ、という時に限って、何かしら失敗を犯すのだ。間が悪いのか、何なのか。受けを狙っているわけではなさそうだが、いつもどこか、間が悪い。

 運動神経は特に悪くなさそうなのに、運動会では競技の見せ場で派手にすっ転んでいたり。合唱祭では、指揮者なのにリズムを間違えて曲調を乱したり。演劇では台詞を忘れて舞台上で立ち尽くしていた上に、次は出番を間違えてしゃしゃり出てきたり。ドジというよりも、何だか情けない面ばかりが目立っていた。

そこがかえって、俺の興味を引く要素でもあったのだけれど。

 加えて、土方は私服のセンスも救いようがなかった気がする。

 流行りものとは一切縁がないのか、それとも彼自身のこだわりなのか。俺にはそのセンスが理解不能で、いつも『おかしな格好をしてるな』という印象しかない。

 子供が小学校へ着てくる服装なんて、早々目立つようなものでもないだろうに。土方が着てくる服の組み合わせは、何というか……筆舌に尽くし難いものがあった。

 

 中でも酷かったのは、中学校の遠足で私服登校をした時だ。

 普段以上に、土方なりの気合いを入れて選んだのだろう。当時としては個性的な出で立ちと思われる、強烈な組み合わせの服装を見た記憶がある。

 上下お揃いのブルーデニム。細かいブロックチェックのネルシャツをきっちり腹へしまい、ウエストはがちゃがちゃベルトできゅっと絞ったスタイル。ジーパンの裾は、何故か微妙に捲ってくるぶし丈で。そこから見える靴下は白い無地のもの。極めつけの靴は、学校指定の白シューズだった。ちょっぴり靴底が剥がれていたような、履き古した感じの普段履き。

 今でこそビンテージ物と言い換えれば聞こえはいいが、中学生の時分の俺には、そのオールドファッションの良さが理解出来なかった。

 土方は目が悪いのか、小学校の頃からずっと、黒いフレームがやたら強調された眼鏡をかけている。いつもと変わらないその眼鏡までもが、その日は服装と合っていない感じだった。

 更には、ずっと伸ばし続けている、一本に高く結った黒髪のポニーテールが頭頂部で揺れていて。

 どこもかしこも、取り合わせたもの同士がミスマッチ感を高めていた。

 

 そのおかしな格好に、思わず耐え切れなくなって。

「お前さ、もうちっとマシな格好すれば?」

 朝、出発前の集合場所で偶然にも隣に居合わせたのを機に、ほんの出来心で土方へ軽く声をかけてみた。

「……え?」

「見た感じ脚長ぇし、体格も悪くねーのに、何かもったいねーよ。もっとこう……人好きしそうな感じにすりゃいいじゃん」

「……」

「まぁ、それもお前の個性なんだろうけど。ハッキリ言って、俺は好きじゃねーな」

 隣に立つ土方の格好を、頭からつま先までまじまじと眺めながら、思ったままの感想を口にした。

「……っ、」

 恐らくそれが気に障ったんだろう。みるみる眉間へ皺が寄り、険しい顔つきになって、睨みつけられた。

「うるせえな。俺の勝手だろ」

「お、反論した。図星ってやつ?」

「……チッ……」

 忌々しそうに舌打ちし、不快を顕にする土方。

 今まで怒ったところは見たことがなかったため、その変化が少し意外に感じた。鋭い目に、思いの外低い声をしていた気がする。

「まぁ、他人から突然そんなこと言われたら、普通は怒るよな。悪ィ、余計なこと言っちまって。ごめんな」

「…………」

 

 

 土方を、傷つけてしまった。

 素直な感想だったとはいえ、言ってはいけないことだったと咄嗟に反省する。

自分が招いた結果だが、何となく居心地が悪くなり、へらりと笑って俺はその場を離れた。

 土方は立ち尽くしたまま、じっと俺を睨んでいたと思う。

 思えば、これが初めてまともに交わした会話だったような気がする。

 それにしては……、印象最悪な会話だな。

 

 

 

 驚いたのは、遠足のあった翌日だ。

 小学校からずっと伸ばしていた長い髪を、ばっさりと短く切ってきたのを覚えてる。

 授業の合間の休み時間に土方と廊下ですれ違った時、昨日と同様に、眼鏡の奥から鋭い視線を投げかけられたんだっけ。

「あれ、髪切ったの?」

 気兼ね無く、普通に俺から声をかけた。

「…………」

 しかし、土方は何も返事をしない。やはり、まだ根に持っているのか。

「短い髪も似合うじゃん。うん、そっちの方が良いって。男らしいっていうか、そっちの方が俺は好きだな」

「…………そうかよ」

 土方の黒く長い髪は、銀髪天然パーマな俺にとって羨ましかったし、正直もったいないとも思ったけれど。さっぱりと短くなった髪型は似合っていると思ったから、素直に褒めたつもりだった。

 でも、フレンドリーに笑いながら話しかけたのに、土方は一言だけ呟いたまま、つい、と目を逸らして。足早に自分の教室へと入って行ってしまった。

(もしかして、髪切ったのって俺のせい……?)

『俺は好きじゃねーな』

 一日前に口をついてしまったその言葉が気に障ったのか?

 そもそも俺は何故唐突に、自分の好みなんてアイツに打ち明けたんだ?

湧き上がった疑問を冷静に考えてはみたものの、特に思い当たるような理由もなく。深い意味のない、その場の勢いだったに違いないと自分へ言い聞かせた。

実際きつい言い回しはしていなくても、確かにあれは余計なお世話だったはずだ。少なくとも自分が同様のことを言われたら、間違いなく喧嘩に発展するだろう。

しかし、物事を素直に口に出してしまう癖は昔から染み付いているもので、今更簡単に直せるものでもない。

(ま、仕方ねーな)

 そう開き直ってしまうところも、本当は良くないのだろうけれど。

 

 それ以来、土方は俺を見かける度に、敵対視するような眼差しを投げかけてくるようになった。当然と言えば、確かに当然だろう。土方からすれば、全面的に自己を否定されたのだから。

 でも、言ってしまったものは仕方がないし、今更訂正する気もない。一個人の意見とはいえ、事実は事実だ。

そう割り切って、俺は特に気にしないようにしていた。仮にも一度は謝ったんだし、どうでもいいやと、やはり開き直って。

 

 俺たちの中学は公立だったため、規則として指定の制服やジャージの着用が義務付けられている。

あれ以来、土方の私服姿を見かけたことはない。みんなと同じ制服を着ていれば、あいつが目立つことをしない限り、その強すぎるインパクトが表に出る機会は少なくなった気がする。

 お互いクラスは違うし、お世辞にも仲が良いとは言えない、腐れ縁な土方。

 それでも……。

 土方は前にも増して遠い存在となったはずなのに、どこにいてもすぐ目に付いてしまうようになっていた。

 ただ、目に付くからと言って、二人の距離が近づくことはなく、互いにぎこちなさを抱えながら、視線を交わすだけ。

 喧嘩をしているわけではないにしろ、どこか払拭し難い壁が二人の間を隔てている。

 土方自身はどちらかというと控えめで大人しく、積極的に自分から集団の和に飛び込もうとするタイプではない。集団を遠巻きに見て、ひっそりと隅に佇んでいる。

 口数少なく、どこか人を寄せ付けない雰囲気を醸し出す、何となく孤独な存在。

 

 いつの間にか目で追ってしまっているくせに、躊躇して近づくことも出来ず、ぐしゃぐしゃに絡まった毛糸のような気持ちになる。

 そういう相手だったんだ、俺から見た土方って男は。

 

 

 それに相対して、俺はいつでも人の輪の中心に身を置いていた。

 特殊、と自分では思いたくないけれど、良くも悪くも、俺は生まれつき人目を引く容姿を持っている。

 もちろんこの容姿を異質がって近寄らない人も少なくない。けれど、そこは持ち前のトークと性格でカバーして、近寄りがたい雰囲気を少しでも無くそうと努力している。そうすれば、自然と誰もが仲良くしてくれるということを、知っているからだ。

元々運動神経は良かったから、体育ではすぐ人気者になれた。勉強になると苦手な部分は多少あるけれど、その他の行事で張り切って活躍してみたり。少しでも気を引けるよう、服選びも気を使った。

 友だちには、男女問わずに別け隔てなく接する。

 そのお陰で、信用もそこそこ勝ち取れていたと思う。

 だって、嫌われるよりは好かれたいだろ?

 みんなと仲良く楽しく過ごして、必要とされていた方が、毎日居心地よく過ごせるじゃねーか。

孤独に過ごすより、よっぽど有意義だしさ。

 何より……、独りは寂しいからな。

 長所も短所も包み隠さず、自分らしい姿を見せる。そうすれば、だらしない面を見せても、『仕方ない』と笑って許してもらえるから。

 同じ時間を過ごすなら、自分にとって有利になるよう、利口に立ち回っておくに越したことはない。

(まぁ、そのせいで良い人止まりになっちまって、彼女は一度も作れてねーんだけど……)

 正直に言えば、俺だってモテたい。モテない理由は全て天然パーマのせいにして、笑いを誘いつつ誤魔化しているけども。人並みには女の子とイチャイチャしたいな、とは常日頃から思っている。

 そりゃあ、俺だって健全な男子高校生だし。

 お年頃なもんで、頭ン中は恋と女の子でいっぱいなわけだ。

 

「ねぇ結野さん、放課後俺と一緒に遊ばねぇ?」

 放課後、俺は同じクラスの結野さんを捕まえて、こっそりデートに誘った。

 教室を出ようとしている間際を狙って、ダメ元で打診をかける。

 実は密かに気に入っている、栗色の髪の可愛い女の子だ。

「やだ、坂田くんってば。この間、別の子も誘ってたでしょう」

 結野さんはそう言ってくすっと笑い、図星を突いてきた。

「あれ、何で知ってんの?」

「坂田くんは人気者だから、すぐ噂になるのよ」

 へぇ、そうなんだ。知らなかった。女の子の噂は早いからなぁ。

「それに今日はお兄ちゃんと出掛ける用事があるの。ごめんなさい」

「そっかー。じゃあ、また改めて誘うからさ。そん時はヨロシク」

「ありがとう。またね」

 にっこりと軽やかに微笑みながら、くるりと制服のスカートを翻して教室を出ていく結野さん。

(また失敗かよ。でも可愛いなぁ)

 遠ざかっていく後ろ姿へ、へらりと笑いながら手を振り、華奢な背中を見送った。

(彼女にするなら、ああいう感じの爽やかで明るい、可愛らしい娘がいいよな)

 ふわふわとした妄想を脳内に浮かべながら、はた、と現実を振り返る。

 残念なことに、俺に本気で――どこまで本気なのか図りかねるが――好意を寄せてくれるのは、ストーカーまがいなドM女のみ。

(さっちゃんは、ぶっちゃけ論外っつーか、付き合うとかいう次元じゃねーしなぁ)

さっちゃん、もとい同じクラスメイトの女の子である猿飛は、確かに俺を好んでくれているようだけれど。本人には申し訳ないが、積極的な女は、どうも好みじゃない。

「さて、どうすっか」

 まだ少しざわついている教室を見渡すと、室内に残っているのは、皆部活や委員会に所属している奴らばかりだった。恐らく遊びに誘ったところで、用事があると言って断られるのがオチだろう。

ブブ、と無機質な音が、制服のポケットから鳴り響く。気怠げにのっそり自分の席へ戻りながら携帯電話のディスプレイを見ると、新着メールが三件届いていた。

(こんな日に限って、アイツらも全滅かよ……)

新着メールは、全て幼馴染みの男友だちから送られてきたものだった。桂は委員会、坂本は家督の関係の用事、高杉はそろばん塾……という名目の女遊びで不在らしい。

「仕方ねえ」

 後ろ髪を片手でガシガシと掻き乱しつつ、携帯電話をポケットへ放り込む。

ふと窓辺へ視線を移すと、開いたままの窓から風が入り込み、カーテンがふんわりと膨らんで揺れている様子が目に入った。

 五月中旬ともなれば、だいぶ日が伸び、空にはまだまだ青みが残っている。入り込んだ風も温かすぎず冷たすぎず、するりと肌を撫でる感覚が心地良い。

「たまには一人でのんびりすんのも悪くねーな」

 机の中から適当に教科書や筆記用具を引っ張りだし、がさごそと鞄へ詰め込んでいく。

 その奥底に一粒、ミント味の飴玉が転がっていたのを発見して。

「お、いいもん見っけ」

 包装を破り、口の中へ放り込んだ。

 次第に溶け出していくミントの爽やかな味が、今の自分の気分にぴったりだった。

 

 

教室を出ると、隣のクラスの沖田と神楽が小競り合いをしながら廊下を歩いていた。

「あれ、銀ちゃん。まだ残ってたアルか」

「いつもとっとと帰って、遊びに繰り出すのに。珍しい日もあるもんですねィ」

 本人同士はどう思っているのかは知らないが、この二人の仲睦まじい姿は、なかなかお似合いだと思う。

「あー、今日は遊ぶダチがいねーからな。ちょっとまったりしようかなってとこだ」

「ふぅん。なら、私と一緒にカラオケ行こうヨ。たまには銀ちゃんと遊びたいネ」

 人懐っこい笑顔を浮かべながら誘ってくる神楽へ、いいぜ、と答えようとした。――が、隣に並んでいた沖田は少し不服そうな表情をしているように見えて。

「悪ィな、今日はパスするわ。沖田くんと二人で仲良く遊んで来いよ」

「えー、サド野郎と二人じゃつまんないヨ」

 なぁ、沖田くん。と会話を振れば、チッと聞こえるように態とらしい舌打ちが返された。

(まったく、コイツら二人揃って素直じゃねーなァ。つーか、人の恋仲邪魔するほど野暮じゃねーっつーの)

ひらひらと手を振りながら、立ち止まったままの二人をするりと追い抜く。

「あぁ、そういえば」

 二、三歩進んだところで、後ろから沖田が声をかけた。

「土方のヤロー見ませんでしたかィ?」

「んー? いや、教室には居なかったぜ。鞄もなかったし、帰ったんじゃねーの」

「いや、今日は風紀委員の会議があるんで、それは有り得やせんが。一年のくせに副委員長になりやがったんだ、サボりなんて許さねェ」

 サボるのは俺だけでいいんでィ。と、よく分からない屁理屈を付ける。

そういえば、土方は友だちが多い方ではないと勝手に思い込んでいたけれど、風紀委員の連中とはよく一緒に居るのを見かけていた。

「校内のどこかで見かけたら、首根っこ捕まえてきて下せェ」

「おー、りょーかい」

 じゃあな、ともう一度手を振り、再びぺたぺたと廊下を歩き出した。

(つっても、アイツが普段どこに居るかなんて見当もつかねーんだけど)

 軽く溜息を零し、歩きながら廊下の窓を見つめる。

ちょうどコの字型に建てられている校舎は、廊下から反対側の教室や屋上が一望出来るようになっていた。そこで目についた、人気のない屋上。日暮れ前の澄んだ空が屋根のように広がっていて、とても気持ちが良さそうだ。

「たまには屋上で昼寝ってのも悪くねーな」

 昇降口へ続く階段に差し掛かった俺は、思いつきで方向を変え、そのまま屋上に向かって段差を上りはじめた。

 

 

階段を上り詰めると、一枚の鉄の扉で仕切られた殺風景な踊り場へ辿り着いた。少し錆びた赤茶色の鉄の扉は、普段あまり使われていないからだろうか。ドアノブを回すと、ぎぎ、と重たい金属質な音を立てて軋みをあげる。

「お、やっぱ誰も居ねえ。ラッキー」

 扉を開け放てば、風圧で心地良い風が制服の首元からすっと入り込んだ。胸いっぱいに初夏の空気を吸い込むと、気分まで清々しくなっていく気がする。

そこで、ふ、と風に乗って何か嗅ぎなれない匂いが漂っていることに気付いた。

(煙草、か……?)

 すんすんと鼻を鳴らしながら、辺りを見渡してみる。教室から屋上を見た時には、遠目ながらも人の姿は見えなかったし、今も人の気配はしない。

 一体、どこから。

(まぁ、俺には関係ねえ)

うーん、と大きく伸びをひとつして、風と陽当りのよさそうな場所を探そうと一旦扉を閉めようとした。その時。

片手で押した扉が、重みで自然に閉まっていくと同時に見えてきた、制服の黒いズボン。それと、つま先に俺と同じ学年色のラバーが付いている上履き。見慣れた黒縁の眼鏡に、さらさらの黒い髪。

長年共に過ごしてきた俺が見間違うはずのない、よく見知った人物がそこに居た。

「土方――……?」

 その口元には、匂いの元である煙草が銜えられ、白い煙を細くたなびかせている。

「よぉ、坂田」

 至極普通に声を掛けてきたことにも驚かされた。

 微動だにしない表情の中、眼鏡の奥から真っ直ぐにこちらを見ている。

 ふ、と見せつけるように煙を吐き出し、口元から外した煙草の灰を、悠然と空中へ散らす。喫煙に慣れた者の仕草だ。

(え、ちょっ、シャレになんねーんだけど。どこから突っ込めばいいわけ?)

 見たことがない余裕綽々な姿もそうだが、自分の知っている土方は、当然のことながら喫煙するようなイメージなど微塵もなく。あまつさえ、風紀委員の副委員長という、お固い委員会にも所属しているような奴だ。

 風紀委員といえば、校則を乱す生徒を容赦無く取り締まる、鬼のような集団で有名だった。

 その副委員長が、『あの土方』が、こんな――……

「意外だ、って顔してんな」

ゆったりとまた煙草を口に銜え、驚きのあまり動きをなくした俺へ、にやりと笑いかけてくる。

 

「俺はこんなことするような奴じゃねえ、とでも言いてェんだろ」

 眼鏡の奥で綺麗な二重瞼が緩く細められ、見透かしたかのように余裕の表情を湛えていた。

「いや、なんつーか、その……」

「何だ。素直に言えばいいだろうが、らしくねェって」

「んなこと、」

「……思ってんだろ。顔に出てんだよ」

「な、ッ!」

 慌てて手の甲で表情を隠すが、時既に遅く。意地の悪い顔と共に、は、と嘲笑が飛ばされた。

 至って穏やかに投げかけてくる言葉。その声音こそ静かではあるが、どこか刺々しく感じるのは気のせいだろうか。

(いや、気のせいなんかじゃねーな)

 見慣れない姿。

 背徳を犯していても、悪びれる様子もなく動じない同級生。

 殆どまともな会話を交わしたこともない上に、お互いのイメージとしてお世辞にも友好的とは言い難い。

 どこか遠い存在だった腐れ縁のコイツは、きっと。

「まだ、根に持ってんの? あの日のこと――……」

 微かに戸惑いながら、恐る恐る過去の記憶を元に尋ねた。

 二人の距離が近づいた瞬間、一気に遠ざけてしまった、自分の失言。

 それを土方は未だに覚えているのだろうか。

 

 

「俺は、今でもよく覚えてるぜ」

 昔よりも随分と低くなった声音が、確かに覚えていると告げた。

何を思ったのか、かけていた眼鏡を突然外し、手のひらでぐっ、と握る土方。

 眼鏡のない顔など、今まで一度も見たことがなかった。

 日常的に目元を覆っている一部の物が、一時外されて無い状態。

 ただそれだけなのに。

 初めて見るその顔を見ただけで、不意に心臓をきゅっと掴まれたような感じがした。

(うわ、……)

 普段見かける野暮ったいデザインの眼鏡を外した土方の素顔は、悔しいくらいに端正で、テレビで見る芸能人のように整っている。

 外側を縁取っている眼鏡に視点を奪われるせいか、小さな頃からよく顔を見ていたはずなのに、今になって素顔が整っていたことに気付く。

 その奥にある切れ長の二重や、長い睫毛、青味がかった虹彩。それらが、眼鏡を外した今ははっきりと浮き出ていて。

 同じ男として認めたくはないが、こういう顔をカッコイイというのだろうと、素直に思った。

(やっべー。コイツってこんなにカッコ良かったんだ。眼鏡取ったら印象変わるって、都市伝説じゃねーんだな)

 意外性、新鮮さ、純粋な好み。色んな要素が入り混じり、心臓がどきどきと脈を上げる。

 

 

 いやいや、ねーよ。ねェわ。

 今一瞬、何で好みとか思ってんの俺ェェェ!

 長年知らなかった素顔見てちょっとびっくりしただけだろーが!

 落ち着け、相手は『あの』土方だぞ。

 何腐れ縁相手にどきどきしながら取り乱してんだ!

 鎮まれ、冷静になってよく考えろ。

 こんなの、おかしいだろ――……

 

 

ふわふわと脳裏を掠めていった思考に、不覚にも頭が混乱しまった。

 じわじわ頬に熱が集まっていくのが、自分でもよく分かる。

 くるくると顔色を変えながら、正面の土方を直視出来なくなって、視線を宙に彷徨わせた。

そんな俺の様子を見て、さぞ愉快だったのだろう。

 ふ、と近くで笑みと息が漏れた気がした。

口に銜えたまま、ちりちりと短くなっていた煙草を、ふっと吹き飛ばす。

 足元に転がった煙草は、コンクリートの上で火種を残して燻っていた。それをぐしゃりと踏み躙りながら、土方は鋭い目つきで俺の目を射抜いてくる。

「てめェは知らねーだろうがな。俺がどんな思いをしてたかなんて」

 切れ長の目に正面から見据えられただけで、何故かどぎまぎしてしまう。

「……あれは確かに悪かったって思ってる。でも俺ァ、ちゃんとごめんって謝ったぞ」

「違ェよ。そんなことはどうでもいい」

「じゃあ何なんだよ。意味わかんねーし」

「わからねェ、か。そりゃそうだろうな」

 

 

――てめェは、俺が、好きじゃねーんだろう?

 

 

 そう言って、何かを思い迷うかのように、儚く目を伏せる。

 斜め下に落とされた視線は、数歩離れた俺の足元あたりを見ていた。

声や相手の動作、姿などは、少し離れている方が客観的によく見渡せる。

 付かず、離れずの距離。だが、相手へ触れるには、手を伸ばしても届かない距離。

 どちらか、あるいは双方が歩み寄らないと、実体は掴めない。

 それはまるで、今の俺達の関係をそのまま表しているかのように思えた。

「んなこと言ってねーよ。あの時はただ、」

「解ってるさ、てめェが何を指して言ったかくらい。でも、それが本音だろ」

「……」

 確かにあの時も、今も、表面だけを見ていたのは事実だ。否定は出来ない。

今更弁解なんてする気はないが、こうも真っ向から図星を指されると、さすがに胸が痛む。

 

 

「俺ァあん時、自分が何でムカついてんのかよく解ってなかった。だが、坂田に好きじゃねェって言われて、苦しいって思っちまったんだよ」

「え……?」

 ざっ、と前髪を揺らしながら過ぎ去っていった風の音で、わずかに語尾が消えかけた。けれど、土方の言葉は確かに耳へ届いていて。

 だらりと下ろしていた手が、ぴくりと反応を示す。

(何言ってんだ、コイツ……)

 

 それは、どういうことだ。

 

 続きを聞きたいような、聞かない方が良いような、複雑な感情に襲われる。

 また少し、胸の奥に転がっている毛糸が縺れた気がした。

 

屋上の片隅で壁に凭れかかり、屋根のない天井の空を遠く見つめている土方。

 覆うもののない素の目元に、傾き始めた西日が淡く陰を落とす。

 

知らない顔、だ。

 

俺の視線に気付いたのか。ふ、と溜息にも似た息が溢れ、屋上に凪ぐ風に混じって消えていく。

校舎の下にある体育館やグラウンドから、部活を行なっている生徒たちの掛け声が響いていた。校舎の一角からは、吹奏楽部が楽器を練習している音色も流れている。

 

しかし、二人の間にある空間は、雑踏の音など届かない。

 いま互いに聞こえているのは、自分の乱れがちな鼓動の音だけだと思う。

 

 

暫しの沈黙の後、先に口を開いたのは土方だった。

「好きじゃねーもんは仕方ねェ。認めてもらおうなんて思っちゃいねェし、誰にも指図は受けねえ」

「……」

「だから、俺ァ俺のやり方でいく。何でも上手くやってのけるてめェには、意地でも負けねェ。あん時にそう決めたんだ」

「土方……」

 手に持っている眼鏡を強く握りしめた土方から、頑なな意思を感じた。

思い返せば、以来土方がドジを踏むような場面をほとんど見ていなかった。目立つことがなくなったのは、土方自身が陰ながら努力を積み重ねていたからなのだろう。

(つーか、何? 俺、ライバル視されてんの?)

 正直に言うと、土方をライバルだと思ったことは一度もない。張り合いたいとも思っていない。俺自身が望んでいたのは、土方と敵対するより、親しくなる方だった。

かれこれ十年間――、ずっと、そう思い続けていたんだ。

「今は好きじゃなくても構わねェ」

「いや、だからさぁ。……そういう意味じゃねーんだって」

 はぁ、と溜息をつき、風になびく天然パーマの髪をガシガシ掻き毟る。髪は絡まるし、転がった毛糸玉のような感情は縺れる一方だし、どうしたら良いのか解らなくなる。

 

 

「知ってる」

「……え、」

 わずかにトーンの和らいだ声が静かに空へ響き、視線を土方へ投げかける。すると、苦笑いのような情けなく歪んだ顔が、俺に向けられていた。

「……ッ!」

 心臓が跳ねる。

どくどくと脈を打つ音が、耳の後ろから煩く響いているようだ。

 指先が微かに震え出す。

(何だよ、その顔……)

 初めて見た表情に、胸がぐっと詰まった。

 何でそんな風に笑うんだよ。

 

 

「ま、恋愛に疎いてめェには、まだ解らねーかもしれねえな」

 ふん、と鼻を鳴らして、土方が凭れかかっていた壁から身を離す。

「ちょっ、それ聞き捨てならねーんだけど! 何その余裕ぶっこいた顔ッ!」

「実際疎いじゃねーか。だから隠れた好意に気付かねェんだろ」

「う、うっせェな! 本気出せば恋人の一人くらい簡単に作れますぅ」

「ほぉ、そうか」

 そう言うと、土方は呆れたように空を見上げて大きく息を吐き出した。

ポケットから携帯電話を取り出し、ディスプレイを暫し眺めて、チッと舌を打つ。

 そういえば、とすっかり忘れていた約束を思い出した。確か、沖田から風紀委員の会議へ出席させるように伝言されていたはずだ。

 もしかしたら催促の連絡が入ったのかもしれない。

案の定予想は当たったようで、土方が屋上の出口へと向かって歩き出した。

 一歩、二歩、と、次第に近づく互いの距離。

「せいぜい頑張れ」

 すれ違い様に俺の肩をポンと叩き、意地悪くにやりと口角を上げて悠然と歩いて行く土方。その姿はもう、昔の頼りないものではなく、どこか危うい雰囲気と、なんとなく男らしさを感じさせた。

 

「うわー、ムカつく。今に見てろよチクショウ」

 小気味良く交わされる会話。

 ムキになって話し続けていて、ふ、と我に返った。

(なんだ、初めからこうしてりゃ良かったんじゃねーか)

 そう、至極簡単なことだ。

 それなのに、随分と遠回りをしてしまった気がする。

「……そりゃ俺の台詞だ、馬鹿」

 出入口の鉄扉を開きながら、土方がぼそっと呟いた。

「何だよ」

 聞き返そうと後ろを向き直ると、土方は既に眼鏡をかけていて、いつもの垢抜けない姿に戻っていた。

「……何でもねえ」

「あ、そう」

 少しだけ、何か言いたげな感じがしたが、敢えて深く追求はしない。

 無理に聞き出すのは簡単だ。

 でも、それよりは。せっかく近付いた距離を大事にしたい。今は――そんな気分だった。

(こんがらかってようと、腐れ縁は簡単に切れるもんじゃねーんだし。ゆっくり解けば、いつかは綺麗な一本に繋がんだろ)

 そんな事を思いながら、いつの間にか口の中で小さくなっていた飴の欠片を噛み砕き、大きく息を吸い込む。

 鼻から入り込んだ空気が、ミントの清々しさを含んで肺いっぱいに広がっていく。

 甘くも苦くもないこの感覚は、嫌いじゃない。

「じゃあな」

「あぁ」

 ニッと笑って別れを告げると、土方も微かに笑って屋上を出て行った。

 

 

扉が閉まる音を聞きながら、鞄を床の上へ放り出し、ごろりと寝転ぶ。

 その時にふ、と視界の端に土方が捨てていった煙草の吸殻が映り、ひょいと拾い上げた。

 西日の光に翳してみれば、潰れた文字がぼんやりと浮かび上がる。

(メンソール、か)

 煙草に詳しいわけではないから、銘柄までは分からないけれど。フィルター付近には、緑色の英字でそう書かれている。

きっと土方も、この初夏の空気のような澄んだ感覚が好みなのだろう。

「なんか似てるな。――俺たち」

 ぽつりと声に出した言葉は、風に攫われ、橙色に染まり始めた雲と一緒に流れていった。

 

 

 

 

その頃、扉の向こう側で。

――いつか必ず、気付かせてやる。覚悟しとけよ、坂田。

 土方が狡猾な笑みと共に低く呟いたことを、俺は知らない。

 

 

 

 

 

 

End.

 

2012/05/16

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
1
0

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択