東1局 親・宮前 里子
『さて、いよいよ副将戦が始まりましたが…、月宮女子の高天原選手、もしかしてこの選手は…2年前、白糸台高校で副将を務めていた高天原選手当人ではないでしょうか?』
対局室のモニターを見ていた松浦が何かに気づき、そう言う。
『ええ…間違いないですね、当時一年生でありながら、名門白糸台高校で団体戦、個人戦共に出場、団体戦準優勝、個人戦3位、白糸台のナンバー2、天衣無縫の高天原羽衣、2年前の夏のインターハイ以降、公式戦に姿を見せなくなりましたが月宮高校に転校していたみたいですね』
かつての羽衣の対局を見たことのある和がそれを肯定する。そして羽衣の数々の実績を挙げてゆく。
『なんということでしょう!ただいま西家の席に座っている、月宮女子の選手は、名門白糸台のかつての副将です!これはちょっと楽しみになってきましたね!所で原村プロ、何故高天原選手に”天衣無縫”といった二つ名がついたのでしょう?』
『それは…彼女のとてつもない記録、2年前の西東京の地区大会予選から、インターハイ決勝戦終了までの連続無放銃記録、さらに彼女は、公式戦で放銃したことは一度も無いのです、その打ち筋が、誰にも捕らえることが出来ない天衣無縫の打ち手、いつしかそう呼ばれるようになったのが由来のようです』
『おお…それは凄まじいですね、ということは、今回も高天原選手は無放銃でこの戦いを切り抜けてしまうのか!』
---月宮女子控え室
解説の説明に、思わず口に含んでたお茶を噴出す泉、他の3人も仰天している。
『ええっ!ぶちょーってそんなスゴい人だったの!』
『こほっこほっ、まじかよ、全然知らなかった』
『わ、私もです…』
『大丈夫ですか泉姉、部長は一度もこの事を話さなかったんですか?』
驚愕の真実に驚く一同、そして華南は泉にハンカチを渡しつつ先輩2人にそう聞く。
『そうだねー、ぶちょー、あんまし昔の話しなかったからなぁ、確かに転校してきたとは言ってた気がしたけど、まさか白糸台からだったなんてねー』
『うんうん、むしろ私もホントかよって思うよ、確かに部内でやってた時から強いなとは思ったけど、あの部長が白糸台に居て、全国区の選手だったなんてねえ』
首を横に振って答えるりりあと泉。
『確かに、ネコミミがどうのとか言ってるあの部長がそれだけの実力者だったっていうのは、納得できないですよね…』
先輩2人の返答を聞き、なんとも羽衣に失礼な感想を述べる華南であった。
第18局 伏兵
(なんでこの人が…まるで悪夢よ…)
越谷女子、宮前里子は2年前、当時1年の羽衣と対局した時の事を思い出し、震えていた---
---2年前の東京、インターハイ準々決勝、副将戦後半戦
オーラス・十三本場 親・高天原羽衣
点数状況はこうなっていた。
1年 高天原 羽衣 (白糸台)383000点
2年 西原 優香(劔谷) 13100点
1年 宮前 里子 (越谷女子) 2500点
2年 大沢 愛 (鹿老渡) 1400点
羽衣の圧倒的リードである、羽衣以外の3選手の表情は暗く、目には生気が感じられない。
(なによ…これ…全然和了れない、一応2着でも準決勝出場だけど…)
劔谷高校、西原優香はこの点数状況と手牌を見て溜息を漏らし、打牌する。
(やめて…トバさないで…お願い…お願いします…)
鹿老渡高校、大沢愛は、既に瞳に溢れんばかりの涙を溜めていた。積み棒のせいで、例え子の300・500のツモだったとしても、1600点の支払いでトビ終了してしまうという崖っぷちの状況だからだ。
ふと、下家の羽衣の様子を見やる。羽衣の表情は、ただ卓に冷たい視線を向けるだけ。
怖くなって目を逸らし、打牌する。
2順目。
(張った!、これを和了すればとりあえず2着、この長い親番も…終わる!)
当時1年の里子、この局面で2順目にして満貫の聴牌、積み棒のおかげで満貫でも打点が11900点あり、どこから出和了りしても劔谷を捲くれるといった手になった。
『立直!』
力強く打牌する、危機的状況から逆転の目が出来て思わず表情も緩む、が…。
(………!!!)
寒気がした、そして嫌な感覚に襲われる、そう、やってはいけない事をしてしまったような感覚、対面の羽衣の表情を見ると…。
冷笑していた、断トツトップとはいえ、自身の親番に2順目に立直が入ってしまったのに、この表情、他家の2人もこの言い知れぬ感覚に恐怖を覚えていた。
(な、なんだ…いまの悪寒は…)
(嫌…嫌…!トバさないで…!)
同順、ツモ切りで赤5筒を打ち出す羽衣。勿論現物ではない上に、里子の河には筋どころか、筒子は一枚もない。
(一発目からなんて所を…!)
思わず目を見開く里子、しかし羽衣の不可解な打牌は続く、次順から全てツモ切りでドラ筋の4萬、赤5萬、6索、全てが無筋の生牌である。
確かにこの点数であれば、例え里子の打点が役満で直撃したとしても、順位は揺らがないのだが、ここまで一度も放銃していない羽衣、それどころか、今大会で一度も放銃していない羽衣が、こんな危なっかしい打牌をしていることに違和感を感じていた。
そして次順。
『立直』
赤5索をツモ切りし、羽衣の立直がかかる。
(白糸台が立直…!何故ここに来てツモ切り立直…)
不可解すぎる打牌と、言い知れぬ恐怖感から、羽衣の現物を打ち出す優香。
(散々危険牌ツモ切りした挙句、ツモ切りで追っかけって…!それにこの嫌な感覚は…)
自身の和了牌ではないツモ牌をツモ切りし、自分の身を抱くようにする里子。
(あ…あ…!)
あまりの恐怖に最早何も考えられなくなってしまってる愛、手を震わせながら、打牌する。
牌をツモる羽衣、盲牌したその感覚から何かを悟り、彼女の表情は冷ややかな笑みを浮かべる。そしてその死刑宣告の様な宣言と共に牌を倒す。
倒された手牌はこうだった。
一九九東東南南西西北北白白ツモ一 ドラ一
『自漠、立直一発ツモ七対子混一色混老頭ドラドラ、12000オールの13本場、13300オール』
羽衣の和了した三倍満で、3校全てトバし、白糸台高校は準決勝進出を決めた---
---対局室
過去の忌まわしい記憶を思い出し、表情を曇らせる里子、あの時同卓していた鹿老渡の選手は、風の噂ではその時のトラウマで牌を握れなくなってしまい、麻雀をやめてしまったと聞く。
奇しくもその時と同じ、対面に座っている羽衣の様子を見る、記憶の中の羽衣とは違い、柔和な笑みを浮かべ、表情は明るい。
(あの時の様な異常さは感じないけど…気を抜いたら…殺られる!)
自身に気合を入れるように背筋を伸ばし、打牌する。
『立直』
5順目、名細の柏原春奈から立直が入る。
そして同順、羽衣のツモ番、ツモ切りでドラである8筒が打ち出される。
(なんだ…、一発目からそんな所をツモ切り?解せないな)
下家の吾野高校、双柳詩音は明らかに怪訝そうな顔をしてその様子を見ていた。
詩音は現物でオリる。里子も親番ではあるがオリてしまったようだ。
(またやってる…あんなに危なそうな所ばかり切るのに当たらないんだよね…)
そこから11順、春奈はツモ和了することもなく、他家3人も放銃することなかった、不可解なのは羽衣が春奈の立直以降、ずっとツモ切りしているという事。
中には安牌もあるが、無筋だろうがドラだろうが無条件に切っていた。そして。
『あ、ロンです、タンピンのみ、2000点です』
『はい』
和了したのは羽衣、立直している春奈からの出和了りである。
(は?そんな手で立直相手にドラまで切って押していたのか!?)
まるで意味が分からないといった感じの詩音
『おおっと!副将戦最初の和了りは月宮女子、高天原羽衣選手!立直に放銃することなく、ヤミピンフを和了しきりました!』
『際どい所を結構打っていますが、ロン牌を打たない辺りは、やはり流石、天衣無縫の高天原、と言ったところでしょうか』
東2局 親・柏原 春奈
『立直です』
8順目、立直をかけたのは羽衣、しかし同順
『立直だ』
すぐさま詩音にツモ切りで追っかけ立直をかけられる。
(立直後ならば…かわせないだろう!)
その詩音の手牌。
二二二三四五六④⑤⑥678 ドラ五
良形の5面張1、3、4、6、7萬どれでも和了できる多面張だった。
だがしかし、その詩音の予想は外れる事となる。
羽衣は和了らない、が、詩音のロン牌を持ってくることは一向になかった。そして…
『あ、ツモです、立直ツモ、のみですねー500・1000ですー』
待ちはカンチャン、役も無かった。
(あんな立直に5面張で負けるのか…まあよくある事、か)
歯を噛み締めながら、点棒を支払う詩音。
『月宮女子!高天原選手!二連続和了です!』
『打点こそ低いものの、5面張立直をかわしての和了です、今回ばかりは羽衣選手が振り込んでしまうのではないかと思いましたが、運良く双柳選手の和了牌を持ってくること無く和了りきりました』
---越谷女子控え室
『始まってしまったか…”天衣無縫”の麻雀が…!』
『決して当たり牌を持ってこない、捕らえる事の叶わない相手…高天原羽衣』
『宮前先輩…頑張って!』
固唾を飲んで見守る越谷女子一同。まだ大きなリードがあるというのに全員の表情は険しい。
『あの化け物が覚醒したら全てが終わる…その前に終わらせてくれ…、里子!』
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---月宮高校麻雀部での城山華南と麻雀部の仲間達の紆余曲折ありながらもインターハイ優勝を目指していく、もうひとつの美少女麻雀物語---