――――そして、最悪は連鎖する。
これまで一階の敵はみんな、火炎が決まれば倒れていた。だから『火炎さえ決まれば終わるだろう』と考えるのは、正しい。警戒はするけれども、あくまでそれは『万が一への対処』のためだ。今までがそうだったのだから、誰だってそう考えてしまう。幻想郷のお気楽な者たちならばなおさらだ。
しかし、魔法というものは魔力あってのもの。また体力があってこそ、魔力を込めることができる。いつだって同じ効力を発揮するという話は現実世界には存在し得ないわけだから、そのブレを考えると100%の確率で倒せると考えるのはとてもとても愚かしいことだ。言うにしても『倒せる可能性が極めて高い』とするべきだろう。レミリアもパチュリーも、過去の実体験からそのあたりは身にしみているので、『残った敵は~』とか『出来る限り早く火炎を使う』という表現を使っている。誰一人として『発動すれば終わる』とは言っていない。
誰もが、わかっているはずだった。リーダー的役割のレミリアも、参謀的役割のパチュリーも、完全にそう思い込んでいた。しかし、慣れない役目を果たしていることによる極度の疲労と過度の緊張、霊夢を思う気持ちや早くこの戦いを終わらせたい気持ち。何よりも現実として敵が斬りかかってくるという未経験の恐怖に、ただの人間で普通の魔法使いがまともな神経を保っていられるだろうか。強気で前向きな魔理沙だからこそここまでやれていると見るべきところなのだ。体力的にも精神的にも限界を超えつつある今だからこそ、魔理沙は『火炎で勝てるんだ』と思っていた。思い込んでいた。
だからこそ、レミリアと咲夜が攻撃を受けた時に思考が吹き飛んだ。
『あれ?なんであいつら、あんなに苦しんでいるんだ』
『レミリアが突っ込んで、咲夜が攻撃をかわして、私が防御して火炎で勝つんだよな』
『ああ、でも……もうすぐ火炎が飛んで終わるから、どうでもいいか…………』
自分が思っている以上に疲れ果てていた魔理沙は、目の前の展開を受け入れることなく思考を止めてしまった。レミリアは攻撃を耐えて敵に立ち向かっているが、咲夜はかなり深刻な傷を受けているのか足が止まっている。レミリアを囲んでいる2体と、少し離れたところにいる咲夜に向かった1体。そして攻撃を送らせていた1体が、棒立ちの魔理沙へと向かって行った。
『あぶないっ!』
全ての戦況を一瞬で判断したパチュリーは、呪文の詠唱を最速にして火炎の魔法を発動した。
火炎の呪文は、確かに4体の敵を焼いた。パチュリーは崩れ落ちる敵と、焼けながらも走り込んでくる敵がいることを確認して、自分が致命的なミスを犯してしまったことに気が付いた。
火炎の魔法で焼け爛れながら走り込んでくる人型の敵は、ただ茫然としている魔理沙へと向かっていた。
「魔理沙っ!逃げてーーーっ!!」
パチュリーは激しく後悔した。この時、この場合、この状況では、魔法をじっくりと練って出来得る限りの最大出力で発動しなくてはならなかったのだ。レミリアと咲夜が敵の集団に突っ込んで戦闘が始まっているのだから、魔理沙までは走り込んできたとしても多少の距離がある。呪文の発動の方が速い、そんな気はしていた。そもそも相手が未知の存在なのだから、どれだけの攻撃を耐え得るのかも不明だ。ならば、危険が大きい戦闘だからこそ、最大の火力で挑まなければならなかった。パチュリーの脳内は、自らの失策を責める思考が次から次へと駆け巡っていた。
『これでもいけるだろう』と火炎の呪文を過信し過ぎたのは、戦況が見え過ぎるからこそのものだったとしても。その判断は、必ずしも間違いであるとは言いきれなかったとしても。戦いの場では結果が全てで、どうれだけの後悔を積み重ねても返ってはこない現実がある。
燃えながら走り込んできた敵は、動こうともしない魔理沙に狙いを定めて、見る人が見れば隙だらけの構えから意味も無く大きく振りかぶった剣を力任せに振り下ろした。魔法使いにしては素早い魔理沙なら、簡単に完全回避できる攻撃だった。
『あれ?火炎、決まったよなあ……』
目の前のことが、理解できてさえいれば。
その様を後方からただ見ているしかなかったパチュリーの目には、魔理沙の頭の上まで飛びはねた血しぶきと、後ろ向きに倒れこむ姿が焼け付いてた。
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地下一階:侮った者が落ちる道と惑い過つ少女たち