「露天風呂へ行こう」
「「「は?」」」
それは亮の、こんな一言から始まった。
入学してから十余日。日々の生活にも慣れてきて、面倒な宿題も手分けして終わらせてしまおうという吹雪の案を採用して宿題を片付けていたところ、亮が突然言いのけた。
「アカデミアの校舎から入る風呂とは別に、オベリスクブルー寮の近くに天然の露天風呂があると聞いたことがある。宿題が片付いたら、行ってみないか?」
「……亮。行くのは構わないが、場所は分かっているのか?」
「わからん」
「おい」
「疲れているんだ、そっとしておいてあげようじゃないか」
目元を押さえるような格好をしながら吹雪が言う。
確かにここ数日、亮は俺達と比べかなりハードな授業内容だった。クロノス教諭の実技では模範デュエルの相手をさせられ、他の講義でもなにかと率先して動かされる事が多かった。当然、俺達より疲れているのも納得である。
「その話なら俺も聞いた事あるな。確か、ブルー寮のどっかから行けるって」
「え、そうなのかい?」
「ああ。ただ行ける人はかなり限られていて、上級生でも行った事のある人は少ないらしいな」
優介も知っているとなると、露天風呂の話は亮の妄言という線は消えた。二人以上が知っているとなれば、信憑性もそれなりに上がってくる。
「それで、優介はどこからその話を?」
「この前資料室に授業の資材を運んだ時、偶然先生達が話しているのを聞いてね。気にはなっていたんだけど、まさか本当にあるとは思わなかった」
「うむ。ならば決まりだな」
優介の話を聞いた亮は、すっと立ち上がり握り拳を震わせた。
「今夜、露天風呂へ続く通路を見つける! そして、必ず露天風呂へ行くぞ!」
「おー!!」
「お、おー……」
やけにノリノリな吹雪と対照的に、優介はやや小さめに拳を上げた。
「……まあ、まずは宿題を片付けてからな」
そう呟く俺の声は、勢い込んでいる二人の耳には届いていなかった。
夕飯も終わり、夜の帳が降りた時間。ブルー寮の通路を忍び歩く四つの影があった。
最初の影が少しずつ進みでて合図を送り、続く三つの影がその後を追う。その影の一人が、口を開いた。
「……コソコソする必要なくないか?」
「そこはほら、気分で」
雰囲気とは異なり、なんとも緊張感に欠ける会話をしながら、俺達はブルー寮を彷徨っていた。
と言うのも、件の露天風呂へ続く通路を見つけるためなのだが、昼間から今までの調査で分かった事は少ない。せいぜい、どこかの扉から行けるということぐらいである。
露天風呂と言えば外、外に繋がるなら一階にあるんじゃないか、という亮の指摘により、誰も歩かなくなった夜のブルー寮一階を探索している途中だった。
「しかし本当にあるのか? 今更だが」
「疑ってるならその装備はないと思うけどね。どこから持ってきたんだい、その桶とかアヒルとか」
「風呂にアヒル村長は基本だろ?」
「D○SH村かよ」
「……止まれ! 誰かいる!」
有名芸能人が何年もかけて開拓している村の村長談義をしていると、先頭を歩いていた亮が静止の声を上げた。
亮の覗いている先を同じように覗いてみると、そこには最近ようやく見慣れた顔があった。
「クロノス教諭……? こんな廊下の隅で何を……?」
「つまみ食いだな」
「「ねーよ」」
『ン?』
教諭が持つ懐中電灯の光が、こちらを差した。
「…………ッ!」
「(動くな! 気づかれる!)」
「(ケイ、それだと天上院は窒息すると思うんだけど……)」
「(せめて鼻は押さえてやるな。余計暴れる)」
『……気のせいでスーカ』
コツ、コツ、と靴音を立てながら去って行く教諭。俺達がいることには気づかず、無事事なきを得たと言えよう。
「(……ブハァ! ハー、ハー! 死ぬかと思った!)」
「(大袈裟だな、人間二分は息できなくても死なん)」
「(人によっては死ぬわ!)」
「(丸藤。教諭は?)」
「(行ったようだ。確かこの先は行き止まりだったと思うが……)」
行き止まりということは、そのうち戻ってくるということ。今は動かず、戻ってきてから動く方が良いだろう。
そう思って数分。未だに教諭が戻ってこない。
「……遅いね」
「ああ」
流石に戻ってこない事を疑問に思った吹雪が、教諭の行った通路を覗き込んだ。
「……あれ?」
「どうした吹雪」
「…………クロノス教諭、いないんだけど」
「なに?」
後を追うように亮も覗き込む。そして、あろうことか身を乗り出した。
普通なら即刻ばれるだろう。しかし、その気配はない。
安全と判断した俺と優介も、通路に立って奥を見た。
「……いない?」
「教諭が消えた……だと……?」
通路は行き止まり。奥にあるのは積まれた段ボールのみ。その途中、人が隠れられそうな物や、入れそうな扉は無い。
正しく、教諭が“消えた”。それも、俺達の目の前で。
「……いや、そうとも限らないようだ」
ふと、亮がなにかを見つけた。それは積まれたダンボールの隙間。丁度、大人一人くらいならようやく通れそうな隙間だった。
音を立てず忍び足で近づく。段ボールを倒さないよう、少しずつずらしていく。
全ての段ボールをどけ、ついにそこにあった物が姿を現した。
「扉だ」
「しかも電子ロックタイプだな……」
現れたのは電子ロック式の扉。突き当たりの廊下の積まれた荷物の影にひっそりと佇む、知られざるドア。隣には、暗証番号を入力するであろうナンバーボードと液晶が取り付けられていた。
一言で表すなら、そう、怪しい。
この怪しい扉を見ていた優介が、あることに気がついた。
「……なあ、なんか変な匂いしないか?」
「変な匂い?」
鼻に神経を集中させてみる。
鼻孔を刺激する、なんというか、鼻を突くような、どこかで嗅いだ事のある匂いがした。
「刺激臭、ぽいか?」
「あー、なんかそんな感じだね」
「しかも湿っぽいな」
亮の指摘通り、ドアの隙間からは結露が起きている。いや、結露というよりは水蒸気が張り付いていると言った方が正しいだろう。つまり、ここには他の場所よりも湿気が溜まっているということになる。
不意に、ガチャガチャという音がした。よく見れば、吹雪が取手をいじっている。開けようとしているのだろうが、見ての通り電子ロックがあるため、開くはずも無い。
「ふむ。どうやら電子ロックを外さないといけないってのは、間違いなさそうだね」
「見ればわかる。それより、何か暗証番号の手がかりになりそうなものはないか?」
辺りを見回しても、あるのは段ボール箱の山ばかり。とてもではないが、番号に関係している物はない。
「入力ボードの液晶パネルの数を見る限り、ナンバーは八桁のようだが……。八桁の数となると、そう簡単には……」
「お、あった」
「「「あるのか!?」」」
積まれた段ボールの細かいところを漁っていると、一枚のカードが出てきた。これが正解かどうかは分からないが、しっかりと八桁の数字が明記されている。
「『ゲート・キーパー』のカードか。星五の闇属性機械族の通常モンスターだが、名前がいかにもだな。門番(ゲート・キーパー)とか、狙っているとしか思えん」
「ケイ、そのカードを貸してくれ」
ゲート・キーパーのカードを渡すと、亮がカードの左下に明記されている識別番号を入力していく。
的確に、液晶パネルには『1』『9』『7』『3』『7』『3』『2』『0』の数字が表示される。
最後に『ENTER』と書かれたボタンを押すと。
ピピピピピ…………ガシャン
ドアから、ロックの外れた音がした。
「おお! 開いた!」
取手に手をかけて押し込んだ吹雪が歓喜の声を上げた。
暗証番号にデュエルモンスターズのカード識別番号を使うところが、なんともアカデミアらしいと言えばらしかった。
通路は湿気でじめじめしていた。
埃の量が多かったり少なかったりするところがあるが、細かく使われているのは間違いないようだった。足下の埃だけは異様に少ない。
亮が先頭を歩き、続くように優介、吹雪、俺が進む。出来る限り物音を立てないよう慎重に進むのは、存外腰に悪かった。
「…………出口だ」
亮の進む先には差し込んでくる光が見える。しかしその先は、真っ白な何かに覆われていて見る事ができない。
身体中にじっとりと張り付くように真っ白な何かは俺達を包む。
そしてその白さも明けて、一面の景色が露になった。
「…………ここが」
「…………知られざる、アカデミアの秘湯」
それは乳白色の湯。大きめの石を固めて作られたような浴槽に、流れるように注がれる温泉は、ある種の聖域のようにすら感じられた。
「絶景だな……」
「ああ……」
夜の月明かりの下に光る温泉は白だが、月の黄金色の光も反射して、輝いて見えた。
正しくこれは絶景だろう。もっとも──。
「「「「クロノス教諭がいなければ」」」」
「な、なんでスーノ! 君ターチ、こんなとこで何やってるんでスーカ!?」
その一言が全てを台無しにしたのは言うまでもない。
「あ゛ぁーーーー……染み渡るなぁ……」
「風呂は魂の洗濯だねぇ……」
「ヤハーリ、バスは露天に限りまスーネェ……」
結局、クロノス教諭もこの露天風呂に入りにきたということで、同伴させていただくことにした。なんでも「時には裸の付き合いというのも大切でスーノ」らしい。
教諭が言うには、乳白色の湯は弱アルカリ性らしく、ぞくに言う美人の湯などで使われているものと同等のものらしい。
腕に手を滑らせてみると、なるほど、確かにぬるぬるした肌触りが手を刺激する。石けんを使った後のような艶がややこそばゆい。
「ぬるくなく、やや熱い……。秋の夜に適切だな……」
「何もかも忘れたくなる、ていうのは、こういうことだろうな……」
日頃から生徒の模範となって先頭に立つ亮と、特待生という肩書きのせいで常に気を張らなければならない優介は、特にリラックスしているようだった。いい感じに肩の力が抜けている、といも言える。
「そういエーバ。聞いた話なのでスーガ、この湯は美白とは別にデュエルが強くなる効能も含まれているトーノ、噂がありまスーノ」
──瞬間、二人の視線が交差した。
「……ほぅ。それは興味深いですね教諭」
「是非とも試してみたくなりますね、クロノス先生」
声の主は俺と亮だ。
互いに頷き合うと、同時に立ち上がる。温泉とは言え今は秋の夜。やや肌寒いが、急いで身体を拭い服を着ると、デュエルディスクを構えた。
「亮、お前とは一度戦ってみたいと思っていたんだ」
「奇遇だなケイ。俺も同じ考えだ」
「…………行くぞ!」
「こい!」
「「デュエル!!」」
早乙女ケイ LIFE4000
丸藤亮 LIFE4000
「……教諭、止めなくていいんですか? 夜中のデュエルは迷惑だと思いますけど」
「ここは学生寮からカナーリ離れていまスーノ。ビシソワーズ、よほど大きな音でもない限り問題ありませンーノ」
「そういうものですか」
「先攻は俺だ。ドロー! 俺は『マジック・ストライカー』(ATK600)を召喚! カードを二枚伏せて、ターンエンドだ!」
さて、勢いで始めたはいいが、正直この手札は困った。
亮のデッキは、先日のデュエルを見る限りでは後攻型なのは間違いない。そして一撃が重いパワータイプだろう。
ターンを跨ぎながら強化していく俺のデッキとは根本的に相性が悪い。吹雪といい、優介といい、どうして俺の周りにはこう、パワータイプのデュエリスとが多いのだろうか。
「俺のターン、ドロー。俺は手札から『サイバー・ドラゴン』(ATK2100)を特殊召喚する」
『ガアアアァァッ』
……早速か。
サイバー・ドラゴンが主体のデッキには違いないのだろうが、こうも毎回、初手にサイバー・ドラゴンが入っているというのは信じがたい。が、デッキのシャッフルは間違いなく行っているので、不正行為ではない。完全な運。この驚異的な引きも、亮の実力の一端だ。
「『サイバー・ドラゴン』は相手の場にのみモンスターが存在している時、手札から特殊召喚することができる。そして『融合呪印生物-光』(ATK1000)を召喚する」
「あ、やばい」
のんびり観戦していた吹雪が呟いた。
「『融合呪印生物-光』は、自身と融合素材モンスターを墓地に送る事で、融合デッキから光属性融合モンスターを特殊召喚する事ができる。俺はこのモンスターと『サイバー・ドラゴン』を墓地に送り、現れろ! 『サイバー・ツイン・ドラゴン』(ATK2800)!!」
『『グオオオオォォッッ!』』
双頭を持つ機械の竜が姿を現した。
「あー……やっぱり出たか……」
「やっぱりってことは、気づいてたのか?」
「まあね。亮のサイバー・ドラゴンはまさに七変化。状況に応じて形状が変わるから、対処が取りにくいんだよ」
優介と吹雪が駄弁っているが、俺はそれどころじゃない。
マジック・ストライカーは相手から受ける戦闘ダメージをゼロにすることができるが、それはこのモンスターが戦闘をする時のみ。サイバー・ツイン・ドラゴンは、ただ攻撃力が高いだけのモンスターではない。
「『サイバー・ツイン・ドラゴン』の攻撃! エヴォリューション・バースト!!」
サイバー・ツインの発射した熱線は、寸分違わず俺のモンスターを打ち抜いた。しかし効果により俺へのダメージはない。
「『サイバー・ツイン・ドラゴン』は一度のバトルフェイズで二度の攻撃ができる! 連続攻撃、エヴォリューション・ツイン・バースト!!」
再び機械竜から発せられた二本の熱線は、途中で螺旋となって俺を打ち抜いた。
「ぐ……おぉ……!!」
早乙女ケイ LIFE4000 → 1200
「カードを二枚伏せて、ターンエンドだ」
「クッ……俺のターン! ドロー!」
考えろ。考えろ。考えろ。
自分のライフは残り半分を切っている。『機動砦のギア・ゴーレム』の直接攻撃効果を使う程の余裕も無い。下手に能力値の低いモンスターを出そうものなら、一瞬で勝負がつく。
……とは言ったものの、今ある手札でできることは限られているのも事実。そして俺は、守るよりも攻める方が向いていると自負している。
「俺は『逆巻く炎の精霊』(ATK100)を召喚する!」
『キヒヒヒヒッ』
ポンッ、とコミカルな音を立てて、小さな魔法使いが姿を現す。何かを企んでいそうな悪い笑い顔をしている。
「そのモンスターは確か……」
「そう。直接攻撃モンスターだ。そして直接攻撃が成功する度に攻撃力が1000ポイントアップする」
いかに攻撃力が高いとはいえ、モンスターはモンスター。攻撃さえしなければダメージを受ける事も無い。……吹雪のように『攻撃誘導アーマー』みたいなカードを持っていなければ、だが。
「さらに装備魔法『進化する人類』を装備させる。自分のライフが相手より低いとき、装備モンスターの攻撃力は2400になる」
『逆巻く炎の精霊』ATK100 → 2400
「ダイレクトアタック! マジカルファイヤー!!」
『そりゃあああ!!』
「ぬうぅっ!!」
丸藤亮 LIFE4000 → 1600
『逆巻く炎の精霊』ATK2400 → 3400
精霊の持つ杖から巨大な炎が出現し、亮のライフをごっそりと削った。
同時に、自身の効果で攻撃力が1000ポイント上昇し、3000オーバーの攻撃力となった。
「おー。さっすが、ケイも負けてないねー」
「丸藤のライフを同じくらい削るなんてな」
「二人とも着実に強くなっていまスーネ。オベリスクブルー寮監兼アカデミア実技最高責任者としてとても鼻が高いでスーノ」
手応えはある。確実に俺が亮を追い込んでいる。だが、亮の顔色は依然として変わらない。
「……分かってはいたが、やはりモンスターを越えての直接攻撃か。今までにない戦い方、面白い! 面白いぞケイ!」
──むしろ、喜んでいた。
大差ないとはいえライフは亮の方が多い。フィールドは、攻撃力3400のモンスターがいる俺の方が有利。伏せられたカードが気になるが、次にでも勝負を決められる俺の方が圧倒的に有利なのは自明の理。それでも笑えるとは、流石としか言いようが無い。
……正直、恐ろしい。
「『逆巻く炎の精霊』の攻撃力を上昇させ、ターンエンド!」
「俺のターン、ドロー!」
現状で亮がすべきことは、『逆巻く炎の精霊』を破壊する事。それさえできれば、後々チャンスは巡ってくるかもしれない。
しかし。
「(どんなカードを持っているか……どんなカードを使うか……情報が圧倒的に足りない)」
「シニョール早乙女はかなり考えていまスーネ」
「このターンをどうしのぐか、てとこでしょうね。互いに互いのデッキを把握しきれていませんし」
「授業中も用意されたデッキ使うし、研究するとかできないもんねー。……そういえば、あれって何の意図があるんですか?」
「よくぞ聞いてくれたノーネ」
ここぞとばかりにクロノス教諭が講義を始めた。
「デュエリストたるモーノ、ただ自分の使うカードを知るだけではダメでスーノ。相手のカードを使い未知の戦術を磨く事にヨーリ、いかなる不測の事態でも冷静に対処することが大切なノーネ。あの授業はデュエルの経験を積むと同時—ニ、そうした知識と経験を養うための授業でもありまスーノ」
なるほど、と心の中で納得した。
普段低火力モンスターばかり使う俺としてはやりにくい授業だったが、そういった意図があるのであれば授業に対する取り組み方も変わるというものである。
亮は同意かどうかわからないが、自分なりに納得いったような顔をしている。
──と、突然亮が動いた。
「俺は伏せていた速攻魔法『手札断札』を発動! 互いに手札を二枚捨て、同数ドローする!」
「な……!」
俺の記憶にある限りでは、亮が使った事のないカードだ。今のクロノス教諭の話に感化されたのだろうか。
大人しく手札を捨てドローする。捨てたのは『人造人間7号』と『機械複製術』、引いたのは『リミッター解除』と『機動砦のギア・ゴーレム』だった。後一枚引けていれば人造人間7号の特殊召喚からのリミッター解除で決まっていたのに、と自分の運の無さが恨めしくなる。
反対に亮はというと、依然として難しい顔をしたままである。
「……俺はカードを二枚伏せ、ターンエンドだ」
「俺のターン、ドロー!」
新たに伏せられた二枚のカードが気になるが、対処する手段は今は無い。引いたカードは『魔導士の力』。攻守を自分の魔法・罠の数×500アップさせる装備魔法だが、付けずとも今の攻撃力なら亮のライフを削りきる事は容易い。
大人しく、今出来る事をするしかない。
「『逆巻く炎の精霊』で直接攻撃! これで終わりだ!」
極大といえる程大きくなった炎が、亮目掛けて放たれようとしている。
しかし少しも焦る事なく、奴は口を開いた。
「……今、場は整った」
「……?」
「俺の『サイバー・ツイン・ドラゴン』、お前の『逆巻く炎の精霊』、そして互いのセットカードが一列に並んだ。俺は、この瞬間を待っていた!」
元々、デュエルモンスターズにカードの位置はあまり関係ない。それこそデュエルディスクを使わないテーブルデュエルの場合なんか、自分が使いやすいようにカードを動かす奴もいるくらい。
しかし、そんな中にも例外というのは存在する。
カードの位置を計算した上で、死角から放たれる一撃が、亮の場には存在した。
「罠カード『爆導索』発動! このカードがセットされた縦列全てに自分、相手のカードが存在する時、それらを全て破壊する!」
サイバー・ツイン・ドラゴンの首に巻かれるいくつもの信管。それら全てに繋がる導火線に、炎の精霊の炎が引火した。
回避する術は、ない。
「……弾けろ、バーニング・ヒューズ!!」
──直後、耳をつんざくような轟音が鳴り響いた。
「……ぐ……ぉ……!」
「ぬぐぅ……!」
ギャアギャア、と森中のカラスが鳴きながら逃げて行く。
この罠カードのお陰で、互いのモンスターは破壊、セットカードの『エンジェル・リフト』と装備されていた『進化する人類』も同様に破壊されてしまった。
……が、問題はそこではない。
「スプレンティーーッド!! 素晴らしいタクティクスでスーノ、シニョール丸藤! 冷静な状況判断—ニ、使いづらいカードの最大限活用ーゥ! まさに模範的な──」
……耳が、聞こえないのである。
あれだけの轟音が至近距離で響いたのだから当然だろう。亮も同じようで、カードを持たない右手で頭を抑えている。クロノス教諭が何か騒いでいるが、それも聞こえない。
一分の後、ようやく聴力が戻った。
「ぐぅ……ば、『爆導索』の効果でモンスターとセットカード、装備魔法を破壊、戦闘は無効になる……!」
「だ、が……罠カード『リミット・リバース』発動! 墓地の攻撃力1000以下のモンスター、『マジック・ストライカー』(ATK600)を蘇生させ、直接攻撃!」
「ぬぐっ!」
丸藤亮 LIFE1600 → 1000
僅かだが残りライフで俺が有利になった。マジック・ストライカーは戦闘ダメージをゼロにするモンスター。そして手札のカードをフル活用すれば、次のターンくらいはなんとかしのげる。
「『機動砦のギア・ゴーレム』(DEF2200)を召喚! さらに『魔導士の力』をギア・ゴーレムに装備! 効果で守備力は二枚分の1000ポイントアップ! ターンエンドだ!」
『機動砦のギア・ゴーレム』DEF2200 → 3200
「俺のターン、ドロー! 『強欲な壷』を発動し、カードを二枚ドローする!」
これで亮の手札は四枚。融合を多様する亮のデッキにとって、手札四枚は正直きついはずだ。
だが、亮はドローしたカードを見た瞬間顔色を変えた。
「ケイ、今のターンで俺を倒せなかったのは残念だったな」
「なんだと?」
「このデュエル……俺が勝つ」
勝利宣言。亮は、それだけ今の手札に自信があるということなのだ。
だが、俺の場には守備力3200のギア・ゴーレムが存在している。サイバー・ツイン・ドラゴンでは、一度マジック・ストライカーを破壊しない限り突破できない。
「俺は手札から『死者蘇生』を発動! 墓地より、『プロト・サイバー・ドラゴン』(ATK1100)を特殊召喚する!」
『ギシャアアァァ』
「いつの間にそのモンスターを……いや、そうか、『手札断札』の時!」
「その通りだ! さらに俺はリバースカードをオープン! 速攻魔法『地獄の暴走召喚』を発動! 攻撃力1500以下のモンスターの特殊召喚に成功した時、自分は特殊召喚したモンスターと同名のカードを、相手は自分の場のモンスター一体を選び同名のカードを、デッキ・墓地・手札から可能な限り特殊召喚する!」
「俺は、『マジック・ストライカー』を二体特殊召喚する」
「決まったね」
「どういう意味だ?」
温泉に浸かったまま、吹雪の発言に優介が問いただした。
「『プロト・サイバー・ドラゴン』はね、フィールド上で『サイバー・ドラゴン』として扱うんだよね」
「…………まさか」
「そう、そのまさか」
不穏な会話が聞こえたが、答はすぐに出てきた。
「『サイバー・ドラゴン』となった『プロト・サイバー・ドラゴン』の下、集結しろ! 『サイバー・ドラゴン』!!!」
『『『ギュアアァァッッ』』』
三つの機械竜。プロトタイプのように身体中にケーブルが繋がれているわけでもなく、正真正銘本物のサイバー・ドラゴンが三体集結した。
「……だが、それでもモンスターの数は同じ! 俺にダメージは届かない!」
「確かに生半可な攻撃ではこのターンで勝利することは難しい。……だからこそ、俺はお前をリスペクトし、最高の手で勝負を決める! 俺は、三体の『サイバー・ドラゴン』を融合させる!」
そして出された一枚のカード。
「魔法カード『パワー・ボンド』発動!! 三体の『サイバー・ドラゴン』を融合させ──」
空間が歪み渦が出現する。渦は三体のドラゴンを巻き込んだ後、徐々に小さく圧縮されていった。
極小に圧縮された渦はやがて、大きく弾けた。
「──『サイバー・エンド・ドラゴン』(ATK4000)、召喚!!」
『『『グオオオオォォォォッッ!!!』』』
三つ首のをもつ巨大な機械の蟒蛇。亮のエースにして切り札、そして最強と呼べるモンスターが現れた。
「で、か……」
思わず声に出てしまったが、そう表現するのも仕方ない。
相手はまるで小さな山一つくらいなら一息で吹き飛ばしてしまいそうな程の威圧感を誇っている。その相手に、でかいという表現はあまりに稚拙だ。しかし、そう表現するほか、言葉を俺は知らない。
「『パワー・ボンド』は機械族専用の融合カード。このカードで融合召喚されたモンスターは、攻撃力が倍になる」
『サイバー・エンド・ドラゴン』ATK4000 → 8000
「攻撃力……8000……!」
ギア・ゴーレムの守備力を、いとも簡単に乗り越えた。
「だが、守備表示のモンスターをいくら攻撃してもダメージは……」
「侮ってもらっては困る。『サイバー・エンド・ドラゴン』は守備表示モンスターを攻撃した時、その超過分のダメージを相手に与える」
「な!?」
貫通効果を持った攻撃力8000のモンスターは、正しく化け物ではないか?
そんな場違いとも言える考えが、一瞬頭を横切った。
背中を冷汗が伝う。今、その化け物が目の前にいると認識すると、細かい震えが止まらない。
が、それ以上に思う事があった。
────楽しい!
「『サイバー・エンド・ドラゴン』(ATK8000)で『機動砦のギア・ゴーレム』(DEF3200)を攻撃!! エターナル・エヴォリューション・バーストォ!!!!」
三つの口から発射された熱線は途中一つに交わり、俺のモンスターを一瞬で蒸発させた。
余波で周りの木が、突風に襲われたように靡いた。
早乙女ケイ LIFE1200 → 0
「……正直、すまない」
「いや、俺も熱くなりすぎた……」
最後の攻撃で盛大に吹き飛ばされた俺は、温泉のせいでぬかるんでいた地面へ華麗にダイブ。『泥に潜み棲むもの』に負けず劣らずの泥人形と成り果てたのだった。
身体中の泥を落とすためによく温泉の湯で身体を洗い、冷えてしまった身体をもう一度暖め直すため二人で入っている最中である。
ちなみにクロノス教諭は既に寮へ戻った。「良いものを見せてもらったノーデ、今日の門限破りは不問にするノーネ。でも明日からはちゃんと門限内に入るノーネ」ということらしい。
「よーし、僕は『ミノタウルス』と『ケンタウルス』を融合! いでよ『ミノケンタウルス』!! そして『幻獣の角』を発動して装備! 『シャインエンジェル』を攻撃だ!」
「甘い! 『シャインエンジェル』の効果で『コーリング・ノヴァ』を特殊召喚! そして『天空の聖域』の効果でダメージは無効だ!」
俺達のデュエルの後、触発された二人もデュエルを始めた。と言っても、やはりデュエルディスクでのデュエルは五月蝿かったのか、テーブル形式でやっている。ちなみに何故かテーブルもこの露天風呂のそばにあった。おそらく教師陣が色々持ち寄って、こっそり一杯やるために用意したのだろう。
「しかし、さっきのデュエルも反省点が色々あるな」
「ああ。俺も『サイバー・ツイン・ドラゴン』を出した場所に『爆導索』を置くのは気が引けたが、あの場合はああするしか無かったな」
「俺としても、安全策なんて取らないで攻めれば良かったかもしれない。ギア・ゴーレムに魔導士の力を装備させておけば最低でも1300、あの場合はもう一枚あったから、1800のダメージで勝っていたんだがなぁ」
勝負の後に反省することは大切だ。特に、自分が強くなりたいのであれば尚更。
のんびりと、吹雪と優介のデュエルを見ながら思う。
「もうすぐ、月一試験だな」
「ああ」
「……少し、デッキをいじってみようと思うんだ」
「ほぅ」
「今まではモンスターの直接攻撃にだけ頼った、ある意味で強引な戦い方だ。もう少し、視野を広げてみたいと思ってな」
「……ならばケイ、俺の使わないカードがいくつかあるんだが。お前なら使いこなせるかもしれん」
「……どんなカードだ?」
「『スライム増殖炉』が三枚」
「……なんでまた」
「……何故か、使おうとすると全身に痺れるような痛みが走ってな……いや、気のせいかもしれないんだが……」
「いや、気のせいだろ」
それが近い未来、平行世界の記憶だという事を、俺達は知らない。
To be continued…
--*--*--*--
初めて改ページ使ってみた。
見にくかったら戻します。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
月読命次元帝とか強いんじゃねとか思い始めてる。