No.482060

ひたぎバースデー

 2012年9月23日 スーパーヒロインタイム2012秋、百物語 第六夜
にて本出します。
イベント参加が初めてなので、なんかやらかさないとも言い切れませんが、予定通り行けばちゃんと本が出ます。

 今回は叙述トリックとかどんでん返しとかなしで、解りやすい普通の内容で。

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2012-09-10 00:16:49 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:875   閲覧ユーザー数:858

 

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 男同士が絡み合っている本が渦巻くこの部屋も、こうして何度も訪れれば人間慣れるものである。

 七月六日木曜日。

 神原駿河の部屋に入るのは今日が通算で五度目である。放課後、下駄箱の所で待ち合わせ、そのまま一緒に神原の家までやって来ていた。

「いやあ、相変わらず散らかっていて申し訳ない」

「いや、ホントだよ。短時間でどんだけ散らかしてるんだ」

 恐縮する神原に僕は呆れながら呟いた。前回神原の部屋の掃除をしたのは六月三十日の金曜日だから、まだあれから一週間も経っていない。だというのに既に部屋には足の踏み場も無いほどに本が敷き詰められている。まあ足の踏み場が無いだけで、まだ床の見える部分が存在しているのが、せめてもの救いだろうか。

「少しくつろいでいてくれ、今お茶を淹れてくるから」

「ああ解った」

 まあこの状況でくつろげるはずもなく。僕は神原が戻ってくる前になんとか二人座れるスペースを作る事にした。しかし本の多い部屋である。もしかしたら四桁に届くのではないだろうかと思える程の本が、本棚に並べられる事もなく部屋中に散乱しているのだ。ぶちまけられていると言ってもいい。僕は結構本とか大事に扱う派なので、こういう雑な扱い(本を開いた状態で表紙背表紙を上に向けて置いたり)はあまり見ていて気分の良いものではないのだけれど。注意してもなおらないし、彼女自身の私物なので気にしない事にした。

 それに見ていて気分が良くない等と言っても、前回の掃除の時に現れた例の黒い虫の群れに比べたら些細な事である。これからの季節、あいつらをはじめとする色々な生き物の活動が、さらに活発になるだろう事も考えると、色々と心配だ。

 そんな事を考えながら、空きスペースの確保をしていると、大きな段ボールが置いてあるのが目についた。僕の胸くらいまでの高さのある大きなそれにはamazonの印字がされている。

「おまたせした阿良々木先輩⋯⋯ああ、それが阿良々木先輩に頼まれていた荷物だぞ」

 と丁度その時、二つのコップと麦茶を持った神原が戻ってきた。

 ふむ、やっぱりそうか。しかし思っていたよりも大きいな。

「お前に荷物の受け取りをしてもらって助かったよ。こうして見ると、とても僕の部屋に置いておくには大きすぎる」

 部屋に入りきらないとまでは言わないけれど、明らかに邪魔な大きさである。

「まだ私はお礼を言われるような事はしていないぞ阿良々木先輩。実際受け取ったのはおばあちゃんだし、代金も阿良々木先輩からいただいていたからな」

「そうだとしても、こうやって部屋においておいてもらえただけで助かったよ。さっきはどんだけ散らかしてるんだなんて言ったけれど、あんな大きな物があったんじゃそりゃあ散らかるのも早くなるよな」

「まあそれはあまり関係無いが」

 うん。

 言ってみて僕もそう思った。

 次の掃除は十五日の予定だけど、もういっそ今日このまま清掃活動を初めてしまおうか⋯⋯いや、それにしてはやっぱりこの段ボールが邪魔だな。

「神原、ちゃんと今月も十五日と三十日に掃除に来るから、予定空けておいてくれよ?」

「了解だが、しかし別に私の予定など考えてくれなくてよいのだぞ? むしろ阿良々木先輩の方が、受験関係等で予定が入ってしまう事だってあるだろう? 私は掃除をしてもらっている身だからな、いくらでもそちらに都合をあわぜようと思う。携帯に一本連絡をくれれば、いかなる時だろうと即座にどこへでも駆けつけよう」

「いや、格好いい台詞だけど、お前だってどっか遠くに出かけたりする事はあるだろ?」

「そんな心配をする必要はないぞ阿良々木先輩、電波が届く範囲は即ち、私の足が届く範囲だ」

「かっけえ!」

 いや実際には携帯の電波が届かない所なんて身近にいくらでもあるのだけれど。なんなんだこいつのこの格好良さは、一秒間に地球を七週半でもするのか。

「まあお前が格好良いのは解ったけれども、こういうのは前もってちゃんと予定を決めておかないと、ずるずる先延ばしになってもいけないからな。拉致監禁でもされない限り月末にまた掃除に来るよ」

「流石は阿良々木先輩、自らを律しているのだな。しかし拉致監禁なんてこの平和な日本に生きている限り、まずされる事はないのではないか?」

「まあそうだな。つまり約束は絶対守るって言いたかったんだよ僕は。冗談を説明させるな」

「成る程、察しが悪くてすまなかった阿良々木先輩」

「いやまあ謝ってもらう程じゃあないけど」

「しかし滅多な事を口にするものではないぞ阿良々木先輩。言霊というのだったか、口にした言葉が力を持って、現実になってしまうかもしれないだろう?」

「言霊ねえ⋯⋯」

 なんだろうこの背筋を走る冷たいものは。

 この平和な日本においても、まるでその名前の通り、平和ボケなど許さない、常に張りつめ尖ってる奴が極身近に居る事をお忘れですか? なんて聞こえてきそうな——。

「ところで阿良々木先輩、そろそろ明日の話をしようではないか」

「だな」

 明日の話。今日が七月六日木曜日、つまり翌七月七日金曜日の話をしようという事である。世間的には七夕という行事の日であり、一部の施設等では、願い事が書かれた短冊を吊るした笹が飾られたりする日なのだが、僕たちにとってはさらに少し違った意味合いを持つ日である。

 戦場ヶ原ひたぎ——僕のクラスメイトかつ恋人であり、神原の先輩かつ片思いの相手であった彼女が、僕より一足先に一八歳になる誕生日である。

「しかし本当に良かったのか? 阿良々木先輩と戦場ヶ原先輩、二人きりで過ごさなくて?」

 明日は仲間内、と言っても僕と神原と戦場ヶ原、それに羽川だけだが、この四人で戦場ヶ原の誕生日パーティを開く算段になっている。

「いいって、実はこの間の日曜日に二人でデートに行ったばかりなんだ」

「おや、そうなのか?」

「ああ、ケーキバイキングに行ってきた。まあ僕の方が連れて行ってもらった形なんだけどな」

 あれは⋯⋯デートだったんだよな? 初回のデートがあまりに特殊だったせいか、どうにもデートらしいデートという物に自信が持てない僕だった。帰り際の空気もおかしかったし⋯⋯これに関しては僕の「お前少し太ったんじゃないか?」なんていうデリカシーの無い一言のせいだったのだけれど。

「ああ成る程合点がいった。それで戦場ヶ原先輩はダイエットの為と言って、私をジョギングに誘ってくれたのか。しかし確かにそれはデリカシーが無いぞ阿良々木先輩。戦場ヶ原先輩だって花も恥じらう女子高生なのだからな」

「いや、確かに僕も悪かったとは思うけれどさ」

 しかしあの「ふふ、まさかついこの間まで軽すぎて困っていた体重を、こんなにも早く減らしたいと思う事になるなんて、ホント阿良々木君は私の心をかき乱してくれるわね」と言った時の戦場ヶ原の顔は忘れられない。あれは花も恥じらう女子高生とやらの顔では無かった。花より文具、もとい凶器である。

「話がそれてしまったな、それで明日の話だが、ところで戦場ヶ原先輩には明日の事は伝えてあるのか?」

「ああ、最初はサプライズパーティーみたいにしようかとも考えてたんだけれど、僕が戦場ヶ原に隠し事、というかあいつを驚かすなんて事を出来る気がしなかったというか」

 神原や羽川と計画を立て始めて二日も待たずに、戦場ヶ原の方から「私に何か隠し事をしていなかしら?」と聞いてきたのだ。聞いてきたというのは少し表現が柔らかすぎるだろうか。とにかく質問だか詰問だかをされた僕はあっさりゲロった。

 僕の方に秘密にしている事があるということに何故か確信を持っていたようで、最後の方はもう質問でも詰問でもなく尋問だったような気もする。

「なんであいつはあんなに鋭いんだろうな⋯⋯」

「そうだろうか? 私としては別段、戦場ヶ原先輩は鋭い方ではないと思うのだが」

 おや、珍しく戦場ヶ原に対する僕たちの意見が食い違った。

「いやいやそんな事ないだろう? 今朝だって僕と学校で顔を合わせて開口一番『阿良々木君、あなた昨晩全裸状態の妹さんのどちらかに土下座を強要したでしょう? それ以上性的な事をしたら例え相手が肉親であったとしても浮気と見なすわよ』なんて僕の事を脅してきたんだぜ。どうして僕の、そんなプライベートな事まで解るんだって正直ちょっと引いたくらいだ」

「失礼阿良々木先輩。その文脈だと阿良々木先輩が妹さんに全裸で土下座を強要した事はまるで事実であるかのように聞こえるのだが」

「おいおい神原、聞き上手のお前らしくもない、そこは今の話の主たる部分では無かっただろ、話の腰を折らないでくれよ」

「いやそれこそ腰を据えてじっくり話さなくてはならないような内容だった気がするのだが、戦場ヶ原先輩の鋭さよりも、その内容の方に引いたくらいだ⋯⋯しかしまあいい、あまり他人の家庭事情に突っ込むのも良くないだろう。だが阿良々木先輩、そんな風に戦場ヶ原先輩が鋭いのは阿良々木先輩に関してだけのような気がするぞ」

「僕に関してだけ?」

 む? その視点は予想外だったので少し考え込んでしまう。

「第一その⋯⋯こう言ってはなんだが戦場ヶ原先輩は何人もの詐欺師にだまされて大変な事になったのだろう? まあその詐欺師達が本当に一流で、全員が全員いかなる賢者をも騙しうるような手練だったと言うのならともかく、そうではないと思うのだが」

「ふむ」

 確かに納得のいく話だ。戦場ヶ原個人が騙されたという訳ではなく、家族ぐるみでという話だったが、彼女自身も騙されていたのだろう。

 それも、何度も。極端に騙されやすいと言うと言い過ぎなのかもしれないが、鋭いという評価は違うかもしれないな。

「成る程な神原、お前の言う事も尤もだけれど、それでどうして僕の事に関してだけ鋭いなんて事になるんだよ」

「どうしても何も、見たまんまというかだな⋯⋯戦場ヶ原先輩が阿良々木先輩にする様に接する相手は他にいないと言う事だ。中学時代も、周りの目を気にしこそすれ、他人が何処で何をしていようと我関せずといった具合だったぞ、その姿勢にも私は憧れていたし、少し寂しくもあったのだ」

「はあん⋯⋯」

 それは何と言うか。

 彼氏冥利に尽きるというか。

「この前私が遊びに行った際に、戦場ヶ原先輩のインナーを一着くすねたのだが、全く気がつくそぶりが無かった。ヴァルハラコンビ等とと呼ばれていこそすれ、戦場ヶ原先輩にとっての私など、阿良々木先輩と違ってその程度の存在だという事だ」

「待て待て待て待て、聞き逃せねえぞ? インナーをくすねた?」

「そこに注目するのか阿良々木先輩? ここは大好きな先輩二人の為に潔く身を引いた後輩の健気さに涙するところだろう」

「そんな事をしれっと言う後輩の為に流す涙なんざねえよ、インナーをくすねたって、本当か?」

「だからそこは別に重要な部分ではあるまい? インナーだったかもしれないし、靴下だったかもしれないし、あるいは体操着だったという可能性だってある」

「何自分の預かり知らぬ現象を相手にしてる、みたいな言い回ししてんだ。そうじゃねえよ、僕は盗品の内容を気にしてる訳じゃない! いいから盗んだもん出せ、そんで返してこい!」

「すまないがそれは出来ない。もう既に消化してしまったからな」

「消化!?」

「ああ、と言っても聡明な阿良々木先輩になら言うまでもない事だとは思うが、勿論比喩表現だぞ?」

「阿良々木先輩はそんな事解んねえよ! いったいどんな行動を称したら消化なんて単語が出てくるんだ!?」

 いかんいかん、さっきから楽しい会話が脱線しっぱなしだ。

 帰りが遅くなると両親及び妹達からの風当たりが強くなるから、あまり長居をする訳にはいかないのだけれど。

「⋯⋯話を戻そう。それで明日、ホントにお前にその荷物運ぶの頼んでいいのか?」

「ああ勿論。むしろそれが私の仕事の主たる部分だろう? 阿良々木先輩の用意したあのプレゼントはちゃんと私が責任を持って運搬しよう」

 ⋯⋯まあそうなのだ。

 この部屋に鎮座しているあの大きな段ボールは、僕が用意した戦場ヶ原への誕生日プレゼントなのである。

「あの学習塾までは、阿良々木先輩の家から運ぶのはあまりに遠いだろう、そういう地理的条件を考えても、私が適任だと思う」

「そうだけど、そうなんだけどさ。なんかこう実物を見てみると思ったより大きかったというか」

「それこそ本当にいらぬ心配だぞ阿良々木先輩。こういう時ぐらいしか約に経たないのだ。偶には私の左腕を役立たせてくれ」

「⋯⋯解った神原、お前にまかせる」

 こうまで言ってくれるのなら、断る方が失礼だろう。本当に僕にはもったいないくらい、出来た後輩である。

「そういえば僕のプレゼントの話ばかりしてるけど、お前は何を用意したか、聞いてもいいか?」

 別に聞く意味は無いんだけど興味が無い訳ではなかった。

「私のプレゼントか? ⋯⋯うーん」

「なんだ、まさか用意してないのか?」

 それこそまさかだ。この自他共に認める戦場ヶ原大好きっ娘が。金魚の糞と言われても構わないむしろ戦場ヶ原先輩の糞と読んでくれでおなじみな神原とは思えない。

「いや、勿論用意してはいるのだが、なんだかありきたりというか、狙い過ぎな感じがして少し恥ずかしいのだ」

 ⋯⋯狙い過ぎで恥ずかしいのは僕のプレゼントの方なのだけれど。

 嫌味だろうか。

「なんだよ、そう言われると余計に気になるな」

「まあ元より阿良々木先輩に隠すつもりは無い、プレゼントというのは他でもない、私自身の体にリボンを巻き——」

「お前に頼んだプレゼントの運搬はやっぱり僕がやるから、お前は明日は家で謹慎だ! 学校にも来るなっ!」

「ちゃんと阿良々木先輩や羽川先輩に配慮して下着は着けたままでするつもりだぞ?」

「そういう問題じゃねえよ!」

「着なくていいのか!?」

「来ちゃ駄目っつってんだよ!」

 相変わらず過ぎる後輩だった。出来た後輩っつうか、酒も入ってねえのに出来上がってんじゃねえだろうなこいつ。

 マジで油断ならねえ。

「まあ冗談だ」

「だよな」

「本当は靴を用意してある」

「靴?」

 さっき話題にも上がったけれど、この間から戦場ヶ原は神原とジョギングをしているのだが、しかしどうにも戦場ヶ原は運動に適した靴を持っていないとの事だった。まああいつ、普段はオシャレなヒールなんかを履いてるし、体育の授業も継続してさぼっている。

「もう陸上をする気は無いと本人は言っていたし、私もそれを強要するつもりはないからスパイクを贈るのはやめておいた。けれど私は走っている戦場ヶ原先輩が好きだったからな」

 考えてみれば、僕は戦場ヶ原が走っている姿って見た事無いんだよな。それは本当に格好良くて綺麗であったと、神原だけでなく羽川も言うのだ。

 そうまで言われたら僕も一度見てみたいと思わなくもないのだけれど、やっぱりそれは、戦場ヶ原のその部分は神原に譲ってやろうかとも、変な話だけれど思うのだ。

「ああ、あと数が足りなくなって困っているかもしれないから、インナーを数着、一緒に贈ろうかと思っている」

「明日はヴァルハラコンビの解散記念パーティーも兼ねる事になるな」

 

 
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