No.481658

第十四話~奪還失敗~

紫月紫織さん

というわけでやっとこさ15回目の更新です。もう9月なので途中からペースが落ちてるのがよくわかりますね。大体月2回更新維持してれば今ごろ17回更新をしてるはずなのですが……。そろそろゲーム内のレベルを上げておかないと強い敵が出てこなくなりました、でも上げ過ぎるとプレイヤーが詰みそうです、難しいじぇー。

2012-09-09 09:02:23 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:750   閲覧ユーザー数:750

 チェイディンハルで宿を取り、少し早い時間に出立した。

 日差しが微かに肌を焼くのを感じたが、アーベントも特に文句を言うようなことはしない。どちらかと言えば、これからのことに気分が高揚してか、気になっていない様子だった。

 私たちは日中は動けない時間がある以上、こうした行動をするときには常に時間に追い立てられる。そうした特性は、過去に人間との交渉に立つ上では優位に働いた。

 だが、敵の本拠地である神殿に乗り込むなど、通常なら狂気の沙汰と言っても過言ではない。もしも殲滅に手間取れば、それはそのまま自分たちの死に直結するのだから。

「手応えのある奴が居るといいんだがな」

「一応、居ると思っておるからお主を連れてきたわけじゃが、居ないならそれに越したことはない」

「つまらねぇ事言ってくれるな、お前は」

 地図を頼りに山の中を分け入り、そして湖畔へとたどり着いた頃には、月が天頂に輝いていた。思いの外時間を使ってしまった気がする。

 湖畔付近の洞窟はすぐに見つかったが、入り口に誰か立っているということもない。

 いや、敢えて立てないで居るのかもしれない。

「本当に此処であってるのか?」

「うむ、間違いあるまい。此処を見ろ」

 私の指さした先に目を凝らすアーベントは、その意味を理解してニヤリと笑った。

「足跡か、それも……新しいものは少ないが、かなりの数だな」

「食料を調達する最低限の人数以外は中に引きこもっとるのじゃろうな」

「どうするんだ?」

 アーベントの言葉に笑みだけを浮かべ、そして私は洞窟の内部へと足を踏み入れた。

 奥からわずかに漏れる炎の明かりは、私達を誘うように揺らめいている。

 更に奥に続く扉があり、その前に一人の男が佇んでいた。

 もはや見間違えることもないだろう、赤いローブを纏い、フードを深くかぶっていて顔はよく見えない。

 男はすぐにこちらに気づいたのか、こちらへと歩み寄ってきた。

「夜明けは近い」

「新しい日を迎えよう」

 言葉を返すと男はフードの奥で笑みを浮かべた。

「ようこそ、同志よ。時は満ちようとしているが、まだ我らが主は敬虔なる者を求めいる」

 仰々しい挨拶だと思うが、まずは話を合わせるために相槌を打っておく。

 ここまでやってきた者に敵が居るなどとは思っても居ないのだろう、無警戒もいいところだった。

「聖域に向かうがいい。この先に居るハロウが主の元まで案内する。そこでお前達は栄えあるデイゴン神にお仕えするための、入信の義を受ける栄誉に預かることが出来る」

 ダゴンではなくデイゴンだったのかと、場違いな事を納得しつつ、男が扉を開けるのを待つ。

「さぁ、急ぐがいい。雌伏の時はまもなく終わる。浄化の時は近い」

 話し終えると男は持っていた鍵で扉を開ける。

 扉が開いたその瞬間、私は刀を走らせた。

 降り注ぐ赤い液体によって赤く染まる扉。そして足元に転がる生首。

 それをこともなげに踏み潰して私は振り返った。

 アーベントが小さく口笛を吹いたのが聞こえた。

「どうするかと問うたな? 決まっておる、鏖(みなごろし)じゃ」

「景気がいいねぇ」

 アーベントが楽しそうに嗤った。

 扉をくぐると私は扉を閉じ、簡単に開かないように固く扉を閉ざす。

 逃げ道など、与えるわけがない。

 

 扉の影から飛び出してきた男を、アーベントの拳が容易く砕く。

 人体が人体をなさなくなるような砕け方は、まさしく魔の所業というにふさわしいだろう。

 すでに洞窟の床や壁に赤黒い染みがいくつも形成されていた。

 狭い通路ばかりの洞窟を神殿として拠点にした所為か、状況はこちらにとって圧倒的に優位な結果となっている。

 並の人間が、全盛期の吸血鬼に勝てる道理などあるまい。

 アーベントに立ち向かうというのはすなわち、死に向かって突進する行為に等しい。

 すでに通り過ぎた背後の通路から一人の女が飛び出してくる。

 それを刀の一閃で断ち切ると、それで静まり返った。近くに気配は感じない。

 私とてかなりの力を取り戻しているのだから、同じ事なのだ。

「しかしま、どいつもこいつもつまらねぇな。雑魚ばっかりじゃねぇか」

「うむ、たしかに予想外じゃな。本拠地なら相応の手練が居るとおもっていたが……」

「これじゃ奥も期待できそうにねぇな」

 鍵のかかった扉を蹴り破るとアーベントは奥へと飛び込んでいく。この躊躇のなさは流石だ。

 踏み込んだ部屋は広くなっており、いくつもの石柱によって支えられていた。

 中央が深く掘り下げられ、階下が設けられており、手の込んだ台座がしつらえてある。

 連中にとっての祭壇であり神殿であり聖域なのだろう。

 その奥には禍々しい石像が屹立している。腕がいくつもある異形は人間ではあるまい。

 おそらくあれがデイゴン神。

 アーベントが石柱の一つに身を隠していたため、同じようにその後に続く。

 中央の台座の上に居るのが主とやら、つまり神話の夜明け教団の教主なのだろう。

 その周りには数十人の信者たちが集まって教主の演説に耳を傾けていた。

「竜の玉座に座るものはなく、王者のアミュレットは我らの手中にある!」

 空間に声が反響するのがひどく耳障りだった。教主の言葉の度、信者たちが歓声を上げる。

「どうやらやっこさん、演説の途中らしいな、暴れても気づかないわけだぜ」

「そのようじゃな……」

 ドアを蹴破ったことにすら気が付かないその心酔ぶりは異常極まりない。

 石柱の影から覗きこむと、どうやら演説はかなり盛り上がっているらしかった。

 集っている信者たちの興奮具合もよく分かる。

「称えよ、そなたの同志たちを! 楽園では、大いなる幸福が待っている!」

 教主とやらの声に応じて歓声を上げる信者たちを見ながら、アーベントはひどくつまらなさそうだった。

「どーするよ? こっちもつまらなさそうだぜ?」

 見た感じ、此処にも手練は不在のように感じられる。

「教主の実力が不明じゃからな、可能なら一気に仕掛けて終わらせたいが」

「んじゃそれで行こうぜ。魔法を使う暇も与えなけりゃ平気だろ」

 柱の影から飛び出したアーベントは、階下へと飛び立った。

 同じように私も飛び出す、アーベントが三人を叩き潰し、私が二人を切り捨てたところで信者たちは事態に気がついたらしかった。

「教主様お逃げを!」

「賊め! 良くも我々の聖域を!」

「どっちが賊じゃこのたわけどもが。貴様達が盗んだアミュレット、返してもらうぞ!」

 メイスを手に襲いかかってくる信者を一刀で屠り、その後ろから鎧を召喚し身にまとって襲ってくる信者を返す刀で鎧ごと両断する。

 反対側ではアーベントがすでに血の海を作り始めていた。

 大暴れが出来るという点では十分に満足できるだろう人数だ、だがそれは良い事ではあるまい。

「教主様! 早くお逃げください!」

「無理だな、お前達では時間稼ぎにすらならん」

「はっ?」

 寄ってくる有象無象が多すぎて教主に近づくことすら出来ない。何か仕掛けてくるとしたら今だろうが……。

「来タレ、来タレ、深淵ヨリ来タレ、我ラガ神崇メシ崇高ナル存在ヨ」

 何やら詠唱を始めた教主の前に達、側近と思わしき男はメイスを構えて立ちはだかる。射線を遮られて刀を投擲することすらできなくなった。

「くっ! アーベント! 行けるか!?」

「ちっとばかし無理だ! こいつら、なんで躊躇なく向かってこれるんだ!?」

 アーベントの周囲にはすでに人体をなさなくなった死骸が大量に転がっていた、拳の一撃でたやすく人体がちぎれて吹き飛ぶ様を、周りの信者たちは目の当たりにしているはずだ。

 だというのに、次から次へと彼らはアーベントへと向かっていく。まるでそこに死の躊躇などが存在しないように。

 アーベントにとってはそれが予想外だったのだろう、困惑している様子だった。

「くっ!」

 せめて広範囲に炸裂するような魔法が使えればいいのだが、生憎とまだ使えない。使えるほどに回復していない。

 そうこうしているうちに、教主の詠唱は完成してしまった。

「ソノ炎ノ剣持チテ我ラガ敵ヲ屠リ、我ラ信徒ニ勝利ト栄光ヲ授ケ給エ! 偉大ナル神ノ従者、バルログ!」

 空間がぐにゃりと歪み、ゆらゆらと陽炎のように揺らいだ姿が映し出される。

 それは程なくして像を結び、実態を伴ってこの場へと現れた。

 その巨躯は身長だけで私の五倍はあるだろう。黒い肌に皮膜の翼。獣の顔を持ち頭部には対の山羊の角。

 書物でしか見たことのない、闇の住人がそこに顕現していた。

 バルログはその顔をアーベントの方へと向けると、大きく息を吸い込んだ。

「アーベント! 避けろ!」

 次の瞬間、バルログの口から赤黒い炎が吐き出され、神話の夜明け教団の信者もろともに焼き尽くしていく。

 アーベントが炎に飲み込まれる前に一人の信者を持ち上げ、バルログの口へと向かってそれを投げつける。

 遮られた炎は暴れるように舞い散るが、その中をアーベントは駆け抜けることで何とか焼かれる事なく離脱したようだった。

「……まずいことになった」

 狭い洞窟の奥で、縦横無尽に炎を吐き散らす悪鬼との戦闘など、吸血鬼にとって最も危険きわまりない相手だ。

「では、私は楽園へと征かせてもらうよ。せいぜいもてなしを楽しんでくれたまえ」

「きょ、教主様! 私たぎゃっ」

 教主に駆け寄った側近の一人がバルログの剣に寸断されて転がった。

「ではさらばだ」

 教主の前に突然開いた空間の歪みは簡単に人が一人入れる程度の大きさへと変わる。

 教主がその中に入るとすぐさまその歪みは消えてなくなってしまった。

 その教主の手には、たしかに王者のアミュレットが握られていた。

「くそっ、逃した!」

「ソマリ! そんなこと気にしてる場合じゃねぇ、こいつやばいぞ!」

 すでに部屋が炎で埋め尽くされかけている。生き残っている神話の夜明け教団の信者などもう見つけることも出来ない。

 炎をかいくぐり、アーベントがバルログの足めがけてその拳を振るう。

 衝撃による音が炸裂するが、バルログはほとんど感じていないのか、足元のアーベントめがけて剣を振り下ろす。

 アーベントはその一瞬前に炎の剣を掻い潜りバルログの側から再び離脱する。

 燃え盛る剣の切っ先が洞窟の岩を引き裂いて燃やす。赤黒い炎が次々とその傷跡を残す度に、私達の動ける場所が限られていく。

「滅茶苦茶じゃな、岩が燃えるなぞはじめて見るわ……」

 人の住まう土地から離れた場所とはいえ、こいつを野に放つわけにもゆくまい。

「アーベント! やれるか!?」

「手が痛ぇ、壊せるか微妙なところだ!」

 アーベントで破壊出来ないものを、果たして私に斬れるのかと言われれば、あまり自信は持てない。

 ああいった奴には搦め手が有効だろうが、現状その準備はない。。

 刀を鞘に収め、足場を確保する。

 全身全霊の一刀を見舞うしかあるまい。

 バルログの動きにあわせて、深い呼吸を徐々に浅くしていく。

 浅く、早く、小動物のように拍動を早めて行く。

 血の力を開放し、全身の身体能力を強化する。

 バルログは私の気配の変貌にその双眸をこちらへと向けた、だが遅い。

 この距離だ、炎を吐き出すために深く息を吸い込むだろう、その一瞬を待つ。

 バルログが大きく息を吸い込み、胸をふくらませた、その瞬間にすべてを解き放つ。

 踏み出した瞬間から最高速に乗り、踏み込み、腕の力、腰の回転、そのすべての速度と威力を刀に載せての一太刀。

 部屋の端から端までのおよそ十メートルをまばたき一つの間に縦断する一刀。

 キン、という軽い音と共に、剣先が散った。

 およそ刀身の先三分の一程からのところで、刀が耐えられなくなったのかその身を失ったのだ。

 全身全霊の一刀、それに加えてバルログの強靭な肉体、その双方が激突した末の結果がこの有様だった。

「グガアアアアアァアァアアア!!!!!!!」

 突然の叫び声に振り向けば、バルログのその巨躯が突然に大暴れを始めていた。

 バルログの右足が半ばほどまで切断され、そこに折れた私の刀の刀身が残っていた。

 痛みはあるということなのだろう、それでも倒れることなく暴れ、私を探しているようだった。

「アーベント!」

「わかってる!」

 直後に、アーベントの居た地面がひび割れる。あまりの踏み込みの衝撃に砕けたのだろう。

 素手では無理だとわかっていたからこその、凄まじい勢いの回し蹴りが繰り出される。

 次の瞬間、半ばまで切断されていたバルログの右足が切断面から吹き飛んだ。

「っし、ソマリ!」

「わかっとる! 撤退じゃ!」

 教主の側に残されていた異彩を放つ本を掴み取りながら、私たちはその場から撤退するほかなかった。

 決定打が致命的に足りない。

 アーベントも、それを痛感したのか収支歯がゆそうにしていた。

 

 *   *   *

 

「というのが事の顛末じゃ」

「つまり、アミュレットは失われたままということか……?」

「そういうことじゃ、すまん」

 ジョフリは頭を抱え、大きく息を吐いた。

 かと言って私達を攻めることも出来ないことはわかっているのだろう、それ以上の言葉を紡げずに居た。

 クラウドルーラー神殿の一室で、マーティン、ジョフリと共に話し合いの場につく。アーベントは隣で無愛想な表情を浮かべたままだった。

「何か、いい知らせはないのか?」

「いい知らせ、か……」

「アレはどうなんだ?」

「アレか? たしかに嫌な感じのするものじゃが……」

 アーベントの言うアレに相当するものを頭に浮かべ、苦い顔を隠せなかった。

 たしかに意味深な一品ではあったが、果たしていい知らせに相当しうるだろうか?

「ソマリ、そのアレというのはなんだ?」

「奴らの教主……えっと、なんじゃったか。マンカー・カラモンじゃったか? あやつが祭壇に置いていた本が気になってな。バルログの炎に焼かれていなかったから持ってきたんじゃ」

 荷物袋から取り出したそれの表紙を見た瞬間、マーティンが大慌てでその本をひったくると別のテーブルへと叩きつけた。

「これは、ミステリウム・ザルクセスだ! 近寄ってはいけない! 持っているだけでも危険なものだ!」

 あまりに突然のことに本を取り出した状態のまま硬直していた私を見て、マーティンは毒気を抜かれたようになり、すぐにいつもの調子に戻った。

「いや、すまない。持ってきたのは正しい判断だ。だがこの本は私に預からせてくれ。私なら悪しき力から身を守るすべを心得ている」

「あ、ああ……そうじゃな。それがいいじゃろ」

 少しの微妙な間が開いて、沈黙が辺りを支配する。

 そのあまりの居心地の悪さに、思わず口が開いた。

「その本があれば、奴を追えるのか?」

「……分からない、だがおそらくは可能だろう。ここからの話は推測になるが、おそらくこの本は楽園、彼らがそう信じる場所へと通じる扉を開くための方法を記したものだろう」

 マンカー・カラモンはこの本を開いていた場所で、異界への扉を開き、そして消えた。

 であればこの推論はかなりの確立で正鵠を射ているのだろう。代償として、王者のアミュレットが必要だったと思えばそれは納得できる。

「だが、解読には時間が要る。闇の秘術はうかつに触れられるものではないんだ。慎重に事をすすめる必要がある」

「まあ、それは先程の慌て具合からもわかる……つまり、当分の間、わしらにやれることはないということかの?」

「すまないが、そうなる。早くてもひと月はかかるだろう」

「ひと月、か……」

 今まで沈黙を保っていたアーベントが不意に口を開いた。

 その声はひどく苦々しい韻を含んでいて、今なお継続中と言わんばかりの表情だ。

「アーベント、お主が何を考えているのか、わからんでもない」

「……そうか?」

「おそらくじゃが、わしも同じ事を考えとる」

「なんだ、どうしたんだ二人とも?」

「うむ、何かあったのなら話してくれ。力になれることもあるだろう」

 マーティンもジョフリも、私達の纏う雰囲気に違和感を感じたのだろう。

 二人して身を乗り出して来る。

 私は何も言わず腰から下げていた刀をテーブルの上へと置き、ジョフリに抜いて見るようにと視線を送る。

 意味を理解したジョフリが刀を抜けば、無残な姿が晒された。

「これは……!」

「バルログの足を切りつけた時、半場のところで折れてしもうた……」

「これほどの業物が折れるとは……バルログがどれだけ恐ろしい化物なのかわかる気がするな」

 折れるまでに切り進んだ部分についても、かなりの刃こぼれが見て取れる。それを詳細に見分しつつ、ジョフリは目頭を抑えた。

 よほど信じられないものを見たと言わんばかりだ。

「俺の拳もほとんど通じなかった。ソマリが半場まで切り裂いた足を思い切り蹴り飛ばしてもいでやるぐらいはできたが、アレがなかったらどれほど効果があったか……」

「バグナウなどをつけてみてはどうだ?」

「まあ、俺についてはそれでいいかもな。もともと考えてはいた事だ。……だが、問題なのはソマリのほうだ、違うか?」

「違わん。わしの戦闘能力は現状ほぼ武器の性能におんぶ抱っこがいいところじゃった。いや、それを前提に戦闘を組み立てていたと言うほうが正しいか」

 アーベントが自身の身体能力を生かした戦いを得意とするのなら、私は武器の性能を引き出す戦闘を得意とする。

 アーベントが正面からの直接戦闘を得意とするのならば、私は奇襲や搦め手を得意とする。

 故に、決め手となる武器を欠いた私はキバを失った獣も同然だった。

「ブレイドの扱う刀ではだめなのか?」

「ジョフリ、お主も自分で言ったじゃろう? これほどの業物が折れるとは、とな」

 おそらく、ブレイドの刀では太刀打ちもできまい。

 今後、マンカー・カラモンが召喚したような化物が更に出てくるというのであれば、私にとってはそれはもう戦力外通告に等しいだろう。

「潮時かもしれんな」

 運命に巻き込まれる前、あるいは巻き込まれた後最初に手にした、運命を共にする定めにでもあったかのような武器が失われた。

 それはもう、私の役割がここまでのものであると言われたようにすら感じられる。

 だとして、此処から先を誰が引き継ぐのだろうか?

 アーベントだろうか?

 それならば、それは適役のようにも思えた。

「ソマリ、まさか手を引くつもりなのか?」

「今のまま手をだすのは無謀じゃからな。運命というものがあるのなら、お前の出番はここまでだと言われたような気がしておる」

 折れた刀を受け取り、折れた部分にそっと指を這わせる。

 断面が何かを語るようなことも無かった。

「新しい刀を探せばいいじゃねぇか」

「たやすく言ってくれるな。このような業物がポンポン出回っていてたまるか」

 それに、これと同じものでは、今のままでは同じ結果になってしまう。

 自身の剣の腕もさることながら、あれ以上の刀を見つけることは可能なのだろうか?

「ふむ、ソマリその刀を貸してくれ」

「構わんが」

 刀を渡されたジョフリは、柄の部分をいじると刀身と柄を外してしまった。そして柄の内部に存在した茎(なかご)の部分を露わにすると、柄を目を凝らして観察をはじめる。

 数分して、ジョフリは刀をもとに戻すと鞘に納めて私へと返してきた。

「結論から言えば、これ以上の刀は存在するだろう。信じられんことだがな」

「なんじゃと?」

「茎(なかご)の部分に銘が入っておらん。刀は何本かをまとめて打つ。その中で一番出来の良いものを真打と呼び、その次に出来の良い物を影打ちと呼ぶ、だが、銘が入っていないというのなら、これは失敗作なのかもしれん」

「馬鹿な、その刀が失敗作というのなら……いや、それはそれで面倒じゃな。どこの誰が作ったものなのかもわからん」

「探せばいいだろ、武器の流通経路なんて限られてる。追えないことはないんじゃないか?」

 アーベントの言葉に、私はなにをいうことも出来なかった。

 折れたのは、果たして刀だけだったのだろうか?

 

 *   *   *

 

 その後、私が黙りこんでしまったこともあり、話し合いは終了した。

 あてがわれた部屋の一室で、窓の外に見える月を眺めながらぼうっとしていると、ドアを叩く音が聞こえた。

「なんじゃ、こんな時間に。ドアは開いとるぞ」

 ドアが開いて入ってきたのはマーティンとアーベントだった。

 アーベントは酒瓶を複数もち、マーティンはつまみをこれでもかと持ってきていた。いったいなんだというのか?

「軽く飲もうじゃないか」

「だ、そうだ」

 どうやら付き合わされているのはアーベントの方らしい。マーティンが説得したのだろうか?

「どういう気の回し方じゃ」

「さてね」

「まあ気にするな、まずは一献だ。ほら」

「ふむ、まあ……よいか」

 受け取った酒を一息に飲み干す。酔ってしまえばこの気分も晴れるかもしれない。

 粛々と静かに進む宴を破ったのは、マーティンだった。

「ソマリは、どこの生まれなんだ?」

「……なんじゃ藪から棒に?」

「俺も気になるな。なんでお前みたいな感じのやつが"Terran"の一員になってるんだ? 目的が希薄っていうか、なんか理由がわからねぇ」

「そこまで聞かれるとろくでもない事まで話すことになるぞ?」

 と言ってもふたりともそれをやめる素振りもない。結果として私は話をせざるを得なくなった。

「いまから、そうさな。3~400年前の話になるか。ブルーマよりも更に北の地、かといってスカイリムと呼ばれる地でもないようなところに、私達の住む村があった」

 話しながら、もうそんなになるのかと物思いに沈みかける。あの時死んでいれば、そのほうが良かったのではないかと思わなくもない。

「平和な村じゃったよ。一年中雪に覆われて、寒いところだったけれどね?」

 注がれた酒に口をつけながら、酔い始めてる事を頭のどこかで自覚して、酒を飲むペースを自然と早めた。

 いっそ酔っていたほうが話しやすいというものだ。あるいは、すでに酔っていたのかもしれない。

「姉と二人で暮らしててね、あの頃はまだ夜が怖くて、よくベッドに潜り込んで姉を困らせていたわ……」

 程よく回ってきた酔いは、自然と舌を滑らせる。普段よりも饒舌になった私はただ二人が聞くに任せて話を続けてしまう。

「その日は村のお祭りでね、村の中央に大きな焚き火をつくって、お酒を飲んで料理を食べて……そんな日の夜に旅人はやってきた」

「旅人か、いかにもだな」

「ええ、どこの村でも街でも、問題を連れてやってくるのはすべからく旅人だわ。けれど、私達にとって誤算だったのは、その旅人が悪意ある存在だったことよ……彼は──"Terran"のはぐれ吸血鬼だった」

 アーベントは沈黙し、マーティンはその言葉の意味を測りかねているようだった。ただ、彼も良い意味出ないことは理解しているらしい。

「"Terran"の吸血鬼の中でも、規律を乱し輪から外れて外道の道を歩く者もいる。私の村に現れたのは、まさにそれでね……村の誰もが食い散らかされたわ。私は命からがら逃げ出して、けれど逃げる途中に捕まった。槍で木に磔にされたことある? 気が狂うぐらい痛いんだけど、その痛みで引き戻されて狂ってしまうことも出来ないような感じでね。そんな私を見て、笑いながらその男は剣を振り上げて……その後何が起こったかはよく覚えてないわ」

 空になったコップに新たな酒を注ぎつつ、深くゆるやかなため息をつく。

 コップの水面に映る自分の瞳が見えて、こんな色だっただろうかと疑問に思った。

「気がついたら私は、抱きかかえられていて……そこで、このまま死ぬか、それとも人外の身となっても生きるかの選択を強いられた」

「なるほど、そんな状況じゃ満足な判断もできねえわな」

「ええ、最初の頃は血を吸うのにも抵抗があったわね……」

 マーティンが不思議そうに話を聞く中、過去のことをぽつぽつと語る。

 その話の流れはどれも前後の脈絡などない、思い出話のようなものだった。だが、二人はそれをいやな顔をもせずに聞いて相槌を打ち、また先の話を促す。

 気がつけば、話さなくていいようなことまで話したような気もするけれど、酔いつぶれた思考はそれを記憶もしなかったらしい。

 三人とも酔いつぶれたらしく、気がついた時にはアーベントが仰向けにいびきを掻いて、マーティンがテーブルに倒れていた。

 私はどこまで話したのか記憶すらしておらず、後には空になった酒瓶と、宴のあとの残渣が残っていた。

 


 
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