No.480629

人類には早すぎた御使いが恋姫入り 三十五話

TAPEtさん

ここでちょっと忘れ去られてるだろう、蓮華さまにスポットライトを当ててみよう、とTAPEtはTAPEtは無駄に展開を遅くするような真似をしてみたり

2012/10/21 修正

2012-09-06 22:29:20 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:4746   閲覧ユーザー数:3936

愛紗SIDE

 

軍議が終わって間もなく袁紹軍がこちらの兵士たちを包囲した。

軍議で帰ってきた朱里と桃香さまの言葉を聞いていたので驚いてはいなかったが、どうしても怒りを抑えきれない。

 

「あれが本当にあの名門袁家を率いる君主だと言うのですか!」

 

袁紹は兵たちを人質にして桃香さまを死地に送ろうとしている!

しかもその原因というのも、自分の自業自得のようなものだ。

こんなのただの八つ当たりでしかない。

あんな人間があのような座に座っているなど…

 

「愛紗、落ち着け」

「しかし、星!」

「悔しいのはここに居る皆一緒だ。だが、今の我々には出来ることは何もない」

「……だからもっと腹が立つのだ」

 

そうだ、この連合軍において我々は弱小な勢力。

袁紹軍はもちろん、ここに居る諸侯の誰もが桃香さまや私たちを見下している。

最初に私はこの連合軍が義を果たさんとする人々の集まりだと思っていた。

だけど今は違う。

董卓が本当に悪人か否かは関係ない。

この連合軍はあの袁紹が自分の欲を満たすために集めたものに過ぎないのだ。

 

「じゃあ、これからどうしようか」

 

そんな悔しがる私とは対照的に、桃香さまは淡々と我々に尋ねた。

現在、我々の陣は袁紹軍のど真ん中に配置され、周りは厳重に監視されている。

この会話も袁紹軍の斥候などが聞いていないという保障はない。

 

「袁紹さんが桃香さまを恨んでいる限り、私に出来ることはありません。少しでも変な動きをすれば、袁紹さんは直ぐに私たちの兵士に手を出すでしょう」

「ではこのまま奴らに従って居ろというのか。このままでは袁紹の思う通りに犬死され…」

「愛紗さん」

 

雛里がまだ怒りが静まっていない私の話を途中で止めた。

 

「四方が袁紹さんの軍の兵士さんたちです。ここで袁紹さんの悪口なんて言ったら袁紹さんが何をしてくるか判りません」

「っ……済まない」

 

しかし、雛里がああも冷静なのは以外だった。

なんだかんだ言って雛里はこの軍の人の中で桃香さまの次にアイツと近い奴だったのだから。

アイツが死んだことが、逆に雛里を目覚めさせたのか。

 

「なら、このまま洛陽まで何もせず付いていくしかないのか」

「曹操さんに助けてくれるように頼んでみるのはどうかな」

「なっ、桃香さま!本気で仰ってるのですか」

「本気だよ。愛紗ちゃんは反対なの?」

「当たり前です!そもそもアイツが死んだことも、我々がここまで窮地に迫られているのも、その曹操のせいではありませんか」

「正確には、曹操軍の将の夏侯淵が北郷殿を倒したそうだけどな」

 

結局同じだ。

どうせ自分に邪魔になりうるアイツをこの機に殺しておこうとしたのだろう。

 

「それなんですけど、今朝夏侯淵将軍は、曹操さんから叱咤を受け陳留に強制送還されたそうです」

「何?どういうことだ」

「北郷さんを傷つけた罪を問いて以後の戦いに参加させず、陳留に帰らせたそうです」

 

アイツの件が曹操本人の意志ではなかったというのか。それとも単に避難を避けるためのものでは…?

 

「それは…しかし…そうだ、孫策がいるではないか」

 

孫策は我らと同盟を結んでいる。

彼らに助けを求めれば…

 

「孫策軍は現在袁術の傘下にあります。孫策個人の能力は素晴らしいものですが、今の状況では私たちも孫策軍も弱小な勢力であることには変わりません」

「最も、今の状況で孫策が我らを助けてくれるとも思えん。同盟を破棄すると言われてもおかしくない所だ」

「くっ…!」

 

これが今の世なのか。

強い者に付き、同等ではなくなった途端迷いもなく約束を切り捨てる。

これが乱世だというのか。

 

 

 

 

孫権SIDE

 

朝早くから軍議に開かれてお姉さまたちが軍議に向かって暫く経った。

 

昨日の戦は本当に大惨事だった。

私たちは後方に居たから被害を受けなかったけど、袁術の気が変わって急に私たちを前線に出したりなどしていたら大きな被害を受けただろう。

そういう袁術軍も袁紹に比べて然程被害を受けていないのだけれど…どうやら向こうの目的は最初から連合軍の大将である袁紹だったらしい。

 

でも、そんな話よりも私の耳を傾けさせる噂があった。

 

劉備軍の将が一人死んだ。

 

「蓮華さま、雪蓮さまと冥琳さまがお戻りになられました」

「そう、わかった。直ぐに行く」

 

思春の知らせを聞いて私はお姉さまに会いに向かった。

 

・・・

 

・・

 

 

「お姉さま」

「ああ、蓮華。丁度聞きたいことがあったわ」

 

お姉さまの天幕に行くと、お姉さまと冥琳、そして明命が居た。

 

「貴女の意見も聞きたかったのよ」

「私の意見、ですか?一体軍議で何があったのですか」

「劉備軍で死んだと知らされていた将ですが、以前蓮華さまが軍議で出会った北郷一刀だそうです」

「なっ!!」

 

嫌な予感が当たってしまった。

 

「それは本当なのですか!」

「え、ええ、関上に吊るされていた首を劉備が軍議場にまで持ってきてたわ。私はあの男のことは見ていないから判らないけどね」

「あの男が…死んだ?」

 

ありえない。

先ずそう思った理由は、軽すぎると思ったのだ。

あの怪しげな男がこんなあっさり死ぬはずがない。

 

「それで、私に聞きたいというのは、あの男についてですか」

「ええ、冥琳にも聞いてみたけど、正直あの男に関しては詳しい情報は判らないわ。劉備があの男について何かを隠していたことは間違いないけど、そんな彼が死んだ結果劉備軍は今完全に袁紹に狙われているわ。場合によっては以前結んだ同盟を断たないといけないかもしれないからね」

 

劉備との同盟を断つ。

現在劉備がどのような状況なのかは良く判らないけど、ここでお姉さまが劉備との縁を切れば、あの男に出会う切っ掛けを失ってしまう。

 

「明命に聞くと、私が居ない間蓮華が彼に会ったことがあるそうじゃない」

「はい、お姉さまが劉備軍に行っている時、あの男がここに来ました」

「あなたが見るに、あの男がどんな人物だったの?」

「……とても怪しげな男、先ずそう思いました。少なくとも、こんな所であっさり死ぬような者ではありません」

「その根拠は?」

「あの時思春や明命が私の側に居ました。いつでもあの男が変な動きをすれば殺す準備をしていたのに、その男はビクともしませんでした。それに、あの男は私に何かを聞くためだけに来ていました」

「聞く?何を…?」

「『私』が望むものが何かと聞いていました」

「雪蓮ではなく、蓮華さまが望むものを…?」

「後、彼は私にこうとも言いました

 

【次世代の孫呉の王】と」

 

「!」

 

お姉さまや冥琳は驚いた。

 

「あの男はきっと何かを企んでいます。我々がこの戦で警戒すべき相手は袁術などではなく、寧ろあの男だと思います」

「…だけど、あの男はもう…」

「それすら定かではありません。もしかしたら死んだフリをしているのかもしれません」

「蓮華あなたの言葉通りだとしたら、劉備は今あの男一人を死んだことにするために軍全体を絶体絶命の危機に押し込んでいることになるわ。あの劉備にそんなことが出来るとは思えない」

「私は劉備がどんな人物かは判りません、お姉さま。だけど、私が見た限り、あの男はこんな場所で死ぬ男ではありません。それはお姉さまが毎日のように戦場の最前線に立っても自分が死ぬだろうとは微塵とも思っていないのと同じです」

 

お姉さまみたいな人間は毎日死と生の境で生きる。一番厳しい戦場に自ら入り込んでその境界を弄ぶ。

あの男もそうだった。自分が死ぬだろうそんな状況でも、あの男ならそれすらも利用する。そして誰もが死んだだろうと思っていたその時、見せつけるように現れるだろう。そして、今それに気付けない軍はこの連合軍の先、乱世の時代に最後まで生き残ることが出来ないだろう。

 

あの男は自分の命を賭けて我々を試しているのだ。

その試験を乗り越えられなければ、お姉さまの、孫呉の未来はない。

 

「そして、あの男が生きているのなら、劉備軍はどんな形にでも生き残ります。今劉備軍との同盟を切ることは賛成できません」

「…冥琳、どう思う?」

「正直、私も様子を見るべきだとは思ったが、蓮華さまの言う通り、今から劉備を積極的に助けるか、それとも同盟を切るかはっきりするべきだろう。しかし、劉備を助けることは難しい。袁術の目もあるし…」

「逆に袁術に劉備を助けるべきだと誘ってみるのはどう?」

「はい?」

 

ふと私は冥琳にそう言った。

 

「袁術は袁紹の従姉妹だけど、仲はそう良いものではないはずよ。いや、寧ろ悪いわね。だからそこを煽れば、劉備を袁紹の手から引き出せるんじゃないかしら」

「…冥琳どうなの?」

「……袁術は袁紹が居ない連合軍の大将になる気があったそうだが、今回のことでそれができなくなった。それに袁紹も自分の命を狙ったと思う君主とその将たちを近くに置くことには不安を感じるだろう。袁紹が持つ二人の武将も今やまともに戦える状態ではないしな。確かに袁術を煽れば袁紹軍から劉備と将たちを抜け出せるかもしれないな。兵までは無理だろうけどな」

「お姉さま」

「…分かったわ。まさか蓮華がここまで積極的に出るとは思わなかったのだけど、余程あの男のことが気になっているようね」

「………」

「良いでしょう。今回は蓮華の言う通りにするわ。じゃあ冥琳は袁術を煽って劉備がこっちに来るようにして頂戴。蓮華は劉備たちを連れてくる準備をお願い」

「分かりました、お姉さま。あ、それと、洛陽に向けて斥候を出した方が良いと思います」

「ええ、それは明命に何人が連れて行かせるつもりよ。虎牢関を捨てた董卓軍がどこまで行ってるかも確認しなければいけないし。…最も今まで行かせた斥候のうち、帰ってきた者は一人も居ないけど」

「…明命」

 

私は心配になって明命を見つめた。

 

「気をつけるのよ、明命」

「はい、ご安心ください。蓮華さま」

「じゃ、そういうことだからこの集まりはこれで解散ね。じゃあ皆後はよろしく……」

 

そういえば、

 

「お姉さまはどこに行かれるのですか」

「………」

「…雪蓮」

「…!」

 

逃げた!?

 

「逃さないぞ、雪蓮!」

 

天幕の外へと走りだしたお姉さまだったが、冥琳の鞭に腕を捕まれ拘束された。

 

「いやぁー!放して!祭が!酒が私を呼んでるのよー!」

「お前も袁術の所に来い。後、思春、祭殿から酒を没収しておけ」

「はっ」

「あぁん、冥琳のいじわるーー!」

 

お姉さま……。

 

 

 

 

冥琳とお姉さまが袁術と話をするために向かった後、同時に私も劉備にこれを伝えるべく、思春と一緒に劉備の軍が居る袁紹軍の陣へ向かった。

 

「って、何なのこれは…」

 

袁紹の兵によって厳重に監視されているだろうと思っていた私は、いざ袁紹の陣に来てみて驚いた。

袁紹の兵が劉備の軍を囲んでは居たけど、その姿はまるでかの袁家の兵とは思えないほどの無様な姿だった。金で作った鎧が勿体無いぐらい軍は乱れており、袁術の兵にも劣りそうな雑兵の群れだった。

 

「これは余計なことをしたかもしれないわね」

 

それに比べて柵越しで見える劉備軍の警備兵の顔には、自軍の状況を察しているのか顔に憂いはあるようだったが、それでも顔に絶望の色などはなかった。寧ろのその心配があるからこそ尚自分のやるべきことをしっかりやろうとする意志が見えた。

自分が仕える君主の危機である。自分たちの命までも危ない今、その恐怖が兵の一人一人にまで伝染されたはずなのに、絶望しているのは寧ろ劉備軍ではなく袁紹軍だった。

 

「思春、どうしてこれ程差が出るのかしらね。周りから見ると、今より絶望するべきは劉備の兵であるはずなのに」

「兵たちは想像以上に賢い存在です、蓮華さま。戦況など知らないだろうと思われがちですが、自分たちがこの戦場で死ぬか否かを最も良く知っている者たちです。そして今より死の色に染まっているのは劉備軍ではなく袁紹軍だということです」

「どうしてそうなるの?」

「劉備軍は確かに今危険な状況です。ですが、劉備軍の兵たちは、それでも自分の君主である劉備を信じています。あの人ならきっと我々の命を無駄にすることはない。例えあの方に死のうとも、自分の妻や子供たちは守られるだろう。そういう信用があるからこそ、死の恐怖にさえも耐えられるのです。それに比べ今袁紹の兵たちは地獄のような戦場を見た上に、袁紹は自分の将たちが敵に無惨に敗れたというのに聞く耳持たずに進軍を続けようとしています。ああ、この人について行っては我々は犬死するであろう。どの道死ぬのだとしたら、私は逃げる。あんな人のために死ぬぐらいなら逃げた方がいいのではないか。そういうことを考えているでしょう」

「袁紹は何もしないの?」

「知らないかもしれませんし、知っていても何もできないのかもしれません。袁紹は名門の出だということに誇りを持っている人間です。恐らく兵卒の心など察することはできないでしょう。近くには諫言する将も居ませんし」

「憐れなものね…」

 

誰が見ても明白な結論。

人に愛されぬ袁紹はこの先乱世を生き抜くことが出来ない。

それに比べ劉備は民に愛され続ける。民よりの信望は英雄の働きに置いて絶対的な力を持つ。

 

でも、それはこの危機を乗り越えた時の話。

そして、何よりも劉備がここまで来れたのは劉備一人の力ではない。

 

あの男。

北郷一刀はこの軍で大きな役割を持っているに違いない。

そして、私は確認したい。

あの男がどういう人物なのか。

それを知るためにも、今ここで劉備軍が袁紹の手で潰されるようにするわけにはいかない。

 

「行きましょう、思春」

「はい」

 

私は思春と共に劉備軍の陣へ向かった。

 

 

凪SIDE

 

現状を打開できるような良い策は見つからず、私は関羽殿と一緒に兵たちの様子を見まわって居ました。

兵たちも今の状況を不安がっていたが、それでもしっかりと自分たちのやるべきことをやってくれていました。

 

「情けないな」

「はい?」

 

私は隣に歩いていた関羽殿の方を見ました。

 

「兵卒たちもこんなに凛々しくしているというのに、将ともあろう者が軍議取り乱していたなんて…」

「…彼らは皆さんを信じているからこそここまで冷静なままに居られるのです」

 

もちろん、まったく動揺がないというわけではありません。

だけど、それを表に出さないようとしているだけでも彼らの中で恐怖が広まらないようにしてくれている。

一度兵たちの中で恐怖が広まれば、士気はガタ落ち、その軍はもう軍としての機能ができなくなります。

そうならないように彼らを元気つけ、希望を与えてくれることが将や君主の役割なのです。

 

「うん?あれは…」

「何だ?」

 

ふと陣の入り口側を見ると、そこにはこの軍の者ではなさそうな二人が居た。袁紹軍でもあのような者は見たことはない。

 

「孫仲謀、孫策の妹だ」

「何故分かるのですか」

 

私が関羽殿に聞いた。

 

「以前軍議で会ったことがある。姉の代わりに来たことがあるのだ」

「彼らが孫策軍の者だとして、どうしてここに?」

「さあ、同盟を破棄するために来たか、或いは…」

「…我々を助けに来た?」

 

しかし、そんな可能性は低かった。

少なくとも孫策軍は今回の一連の事件と何の関係もありません。

わざわざ首を突っ込むほどいい事もないはず。

 

「取り敢えず、会ってみるしかないな」

「そうですね」

 

私は関羽殿と一緒に孫策軍の二人の方へ行った。

 

・・・

 

・・

 

 

「待て、何者だ」

 

関羽殿が陣の入り口側で中を見回っていた孫策軍の者に言いいました。

 

「孫伯符の妹、孫仲謀と申す。劉備殿にお伝えしたいことがあって訪れた」

「孫策軍の者がここに何の用だ」

「何の用とは心外だな。劉備殿とお姉さまの間で両軍の同盟の話が渡っていたと聞いているが」

「ふっ、だから、窮地に置かれた我々との同盟を破棄するために来たのだろ?」

 

関羽殿が相手に向かって喧嘩腰なのはある意味仕方のないことでした。

聞く話だと、軍議の場でも、その後も孫策軍は桃香さまのために一言も言ってくれなかったらしいです。

寧ろ一刀様に害をなしたとされている華琳さまの方が桃香さまを守ってあげるために頑張っていたのだから関羽殿としても心が乱れていたのでしょう。

 

「貴様…、家臣の分際で孫呉の姫にそのような無礼な言葉遣いを…この方が貴様らを助けるためにどれだけ苦労をしたと思っている!」

「何?」

「そのうち貴様は蓮華さまに頭を下げて礼を申すことになるはずだ」

 

隣に居た鋭い目をした護衛として付いてきたらしき将が関羽殿にそう言いました。

これ以上放っておくと必要のない衝突が起きるだけと思い、私は関羽殿に声をかけました。

 

「関羽殿、ここで無駄に喧嘩しあってる必要はありません。取り敢えず、桃香さまに会わせましょう」

「…分かった。我々に付いてきてもらおう」

 

関羽殿は振り向いて桃香さまが居る方へ向かい、孫策軍の人たちも我々に付いて来ました。

 

 

孫権SIDE

 

私が一度軍議場に行ったことはあったが、その時劉備軍で出てきたのは北郷一刀だった。

だから、私が劉備と実際顔をあわせるのは初めてとなる。

 

お姉さまは劉備について英雄の器と言った。今は小さい勢力だけどこれから袁術などよりもっと警戒すべき相手だと。

北郷一刀も、劉備についてはお姉さま以上とまで言っていた。

 

そんな話を聞いていた私だったせいで、最初に劉備に会った時は少し驚いた。

 

「初めまして、孫権さん。私が劉備です。字は玄徳といいます」

「……」

 

村の娘…

そんな感じがする者だった。

王者とか英雄よりも、普通の村で普通の家庭を作って過ごしそうな人間のように感じた。

英雄としての威圧も感じれなくて、顔は今自分たちの状況がどれだけ厳しいのかを分かっているのかすら怪しいぐらい穏やかだった。

 

「…どうかしましたか」

「あ、いや、すまない……孫仲謀と申す。お姉さまよりの伝言を伝えるために参った」

「聞きます」

 

劉備の周囲には劉備の将たちが全て集まっていた。

皆緊張した目で私の口からどんな言葉が出るかを見ていた。

 

「今回劉備軍が窮地に陥っていること、我々としても力の届く限り助けたい所だが、袁紹は聞く耳持たぬ状況で、我が軍も袁術の下で自由に動ける状況ではない」

「……わかっています。今回の出来事は完全にこちらの失態から起きたことです。同盟を結んだ情を忘れず助けてくれようと頑張ってくださった心だけ受け取りましょう」

「桃香さま!」

 

こちらが自分たちを見捨てようとしているのだと勘違いしたらしく劉備はそう言った。

家臣の関雲長が私を睨みつけたが、まだ私の話は終わっていない。

 

「だが、我々に出来ることがまったくないわけではない。袁術を説得して、劉備殿と将の皆さんだけでも我が軍で保護出来るように手配してある。その方が袁紹の手のひらの上に居るよりはマシであろう」

「お断りします」

「それで……はい?」

 

思わぬ拒否の言葉に、私は言葉を聞いたずっと後に反応が出た。

 

「今、なんと?」

「気持ちはありがたいですけど、私たちだけで安全な所へ行くというわけにはいきません。私がここから離れれば、ここに残る兵士たちが更に落ち込むでしょう。私は私を信じて付いてきた皆の信頼に応える義務があります。だから、私だけ安全な場所に居ることはできません」

「あ……」

 

一瞬言葉が出なかった。

いや、ただ兵たちの士気を落とさぬために行かないと言ったらまだ納得したかもしれない。

だけど、この人は違った。

兵たちの信頼へ応えると言った。

兵たちが落ち込むのが嫌だと言った。

 

意味は同じでも、それを表す言葉から滲み出るものがあった。

この人は本当に自分の兵たちを大切にしているのだな、と。

 

私が劉備のような立場であったなら、私は行かなかっただろうか。

行かないとしたらその理由はなんだろうか。

私は相手が一つの軍を率いる君主だと言うことを忘れて、相手を甘く見ていたようだ。

 

「…申し訳ない」

「孫権さんのせいではありません。私こそ、孫策さんたちの苦労を無駄にしてしまってすみません」

「あの、桃香さま、少し宜しいでしょうか」

 

その時、以前軍議で見た諸葛亮が劉備に言った。

 

「私は桃香さまだけでも孫策軍へ身を任せた方が良いと思います。ここに居ると袁紹さんがいつ気が動転して私たちを四方から潰しに来るかも判りません」

「だったらもっとここに残っていないといけないよ、朱里ちゃん。皆が死ぬ危険に陥ってるのに、私だけ逃げていられないよ」

「桃香さま、ここに居て、、もし袁紹が我らを攻撃した時、幾ら我々が精一杯戦っても、袁紹に勝つことはできません」

「愛紗ちゃん」

「はい」

「例え愛紗ちゃんが言ったように皆ここで死ぬとしてもね。私は愛紗ちゃんと鈴々ちゃんと一緒に死ぬよ。そう約束したでしょ?」

「桃香さま…」

「お姉ちゃん…」

 

他にも関羽も劉備を私たちの所に行くように説得しようとしたが、劉備は聞かなかった。恐らく自分の軍の最後の一兵までも安全になってからでなければ、彼女がここを去ることはないだろう。

 

「劉備殿の言いたいことは良く分かった。では姉上にそうお伝えしよう」

「宜しく伝えてください」

 

私は礼をして立ち去ろうとした時、

 

「あ、孫権さん」

 

ふと劉備殿が私を呼んだ。

 

「何だ」

 

気が変わったのかとも思ったがそんなはずはなかった。

 

「孫権さんって一刀さんのこと知ってるかなぁって」

「……!」

 

何故それを聞くのか。

私はその顔を見た時気づいた。

 

そう、こんなに自分たちの将兵を大切にする君主が、

自分の軍の将の死を知ってこんな顔をしていられるはずがない。

 

つまり……

 

「以前軍議で一度顔を合わせたことがあるぐらいだ。…そのことは残念だ」

「知り合いだったんだね」

「知り合い、と言えるほどではない。ただ少し話を交わっただけだ」

「そっか…」

 

確信がついた。

彼は、死んでいないと……

 

「聞きたいことはそれだけだよ。止めてごめんね」

「構わない。では……」

 

あの男にまた会える。

また会った時には、私は彼の質問に答えることが出来るのだろうか。

 

そしたらこの心にモヤモヤする感情もほぐれるのだろうか。

 

 

・・・

 

・・

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
41
2

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択