No.479888

超次元ゲイムネプテューヌXWorld 第二十二話 【いざラステイションへ】

ME-GAさん

夏休み終わっちゃいましたネ
小説書く時間が減っちゃうヨ

2012-09-04 23:03:20 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1158   閲覧ユーザー数:1043

『う、うぇええ……ひっく、ぐす……』

日没のトワイライトに照らされながら、一人の少女が膝を抱えてうずくまっていた。

年の頃はまだ二桁にも達していないだろう。手入れの施されていない薄紫の髪を振り乱し、全身を土と泥にまみれさせ、淡く柔らかな肌面には青痣が幾つも浮かんでいた。

ぷるぷると小動物のように肩を震わせて、それは堪えようもない嗚咽を上げていた。

長い袖でぽろぽろととめどなく溢れる涙を拭い、ひっくひっくとしゃくり上げてはまた零れる涙を拭い……の繰り返し。多量の水分を含んだ少女の袖は遠方から覗いても分かるほどに変色し、少女の貌を涙で濡らしていた。

『うっ、く……うぅ……うぇ、え……』

『いつまで泣いているのさ』

ぬっとどこからともなく現れたそれは、少女をまるで下賎なものとでも扱うような冷たい瞳で見下ろすと、ぶっきらぼうにそう声をかけた。

ビクッとその声に大きく肩を揺らし、少女は涙に覆われた貌を上げた。

まるで少女と見まがうのではないかという美貌、少しだぼついた白いコートを羽織り、口をへの字に歪めた少年が、少女を見下ろしていた。

少女はいつしか、泣くことをやめて少年の姿に目を奪われていた。

少年はじろじろと鋭利な瞳で少女を睨め回し、やがて大仰に肩をすくめて嘆息すると、ポケットに突っ込んでいた手を少女に差し出した。

『ここで泣いてちゃ弱いままだ』

『ふえ……?』

少年の言っている意味が解らず、キョトンと間の抜けた声を返す。

ぴくりと不機嫌そうに眉を歪め、少年は軽く舌打ちすると、パッと差し出していた手を引っ込めて、踵を帰して立ち去っていこうとする。

『ぁ……』

おっかなびっくり、彼の泣くような声を発して、慌てて手を伸ばす。

しかし、少年はそれを一瞥もすることなく、立ち去っていこうとする。

――嗚呼、こんなことをしても、彼一人を振り向かせることさえできないんだ。

名も知らぬ少年に与えられた無力さに打ちのめされそうになる。そう思うと、目頭が再び熱くなって、また喉の奥から抑えられない声がせり上がってくる。

『っう、うぁあ……』

誰もいない公園の中央、少女はもう声を抑えず顔も覆わず、多きく背を反って天を睨むようにして泣き喚いた。

どうして、どうして自分だけがこんなにも無力なのか。

どうして自分は、こんなにも弱く醜く、そして儚い泡沫なのか。

何もかもが嫌になって、何もかもが悔しくて、何もかもが憎らしくて。

けれど、そんな事実を覆すような力は、少女には例え一抹もなくて。

もうそんな色々な葛藤がぐちゃぐちゃになって、今までずっと抑えてきたものが一気になだれ込んでくるような感覚だった。

だが、少女の絶叫が振りまかれる中で、それを裂くものが一つだけあった。

『言ったろう? ……泣いていたら弱いままだ、と』

凛と澄ました声で。

静かに空を裂く声で。

少年は、再び、少女の目の前に立ち、そして、少女に手を差し伸べていた。

『っ……』

『君がそのままの弱い君でいたいならそうして地に這いつくばって泣いていればいい。……でも、もし君が、今の君でない強い君でいたいなら、僕の手を取ればいい。方法はそれだけじゃない、今の君さえやめれば次の君は違う君だ』

そう、夕陽を背景に告げる少年の姿は、いやに神々しい。

さっきまで不機嫌に歪んでいた口元は、深く慈愛に満ちた微笑を浮かべていた。

『強い、私……?』

呪文のようにそうつぶやく。いつの間にか、涙は止んでいた。

『そう……。強い、君らしい君だ』

にこりと満面の笑みを浮かべ、少年の貌が夕陽に塗られた。

まるでこの世のすべてを魅了するかのような、ひどく深い陶酔感に溺れる。

わなわなと指先が震える。震える指で、少年に触れる。

『君の名は?』

少年は両手で包み込むように少女の手を握る。ふわりと暖かで柔らかな感触が手一杯に広がって、少女は思わずそれを握り返す。

きゅっと唇をきつく締め、胸に手を当てながら動悸を落ち着ける。

『私は――』

黄昏の光がまぶしく光り、少女の横顔を照らし上げる。

『あなたは……?』

少女が訊ねると、少年はニッと笑う。

『訊かれると思ったよ。僕は――』

少年はついと朱色を塗られた空を見上げ、感慨深く目を細めた。

『僕は”あれ”さ』

『……?』

少女は空を見上げ、そしてより一層深く首を傾げた。

 

 ☆ ☆ ☆

 

現在、プラネテューヌ市街地入り口、西口ゲート前検問所。

中にはキャラバン隊や観光者なども混ざっているが、ほとんどが冒険者だろう。

ずらりと伸びた長蛇の列に並んで待たされること数十分。

キラ、クァムが検問を終え、プラネテューヌへの入国を許される。次いでテラ、紅夜も入国の許可が下ろされ、ようやく開放感に包まれる。

「やっと着いたぜー」

「疲れた……」

クァムはまだまだ元気が有り余ってそうに、キラは心底疲労しきった調子で言う。

紅夜もこれと目立つわけではないが、やはり疲れの色が表情に滲んでいる。

テラもはふうと大仰に息を吐き、肩を揉みながら後を追う。

「前から思っていたが……随分と検査が厳しくないか?」

「んー……まあ、仕方がないんじゃないのか? 時期が時期だしな」

「時期?」

紅夜の言葉にテラは眉をひそめる。

テラの反応を見て、紅夜はハッとなってポンと手を叩いた。

「そういえば、テラとキラは知らないんだったな」

「今は丁度『マジェコンヌ事変』の真っ最中だからな」

「「マジェコンヌ事変……?」」

今度はテラとキラ、二人揃って首を傾げる。それもそのはず、二人にとってはまったく聞き慣れない単語だったからである。

しかし、テラの方はそれ自体の単語こそ覚えはないが、それでもその単語の中に一フレーズだけ聞き覚えのある……いや、骨の髄にまで馴染み込んだ名前があったのである。

テラは、果てしなく嫌な予感が身体を抜けるのを感じた。

確か、紅夜はそれぞれの世界でわずかな時間の誤差がある可能性があると言っていた。もしも、テラ以外の人間が、テラがいた時間よりも先の未来にいるのだとすれば、そのように語り継がれていてもおかしくはない、の、だが。

「な、なあ……その『マジェコンヌ事変』って何なんだ?」

震える唇で何とか言葉を紡ぎ、訊ねてみる。

テラらしからぬ様子を不審に思ったのか、紅夜は神妙な表情で口を開く。

「いきなりどうしてそんなことを?」

「いや、俺の世界では聞き慣れないものだと思ってな」

「……あー、これが前に紅夜が言ってた時間的なズレってやつか」

思い出したようにクァムが人さし指を立てながらつぶやく。

「とにかく俺はその『マジェコンヌ事変』とやらを知らないんだ。もしよかったらその話を聞かせてくれないか?」

「俺も聞きたいです」

テラの言葉に合わせて、キラもこくこくと首肯する。

なんというか、やはりテラの推測通り、キラもこのことは知らないようだった。

「ん……まあ簡単に言えば、犯罪組織っていう大規模な反興事件(テロ)だな」

「そうそう。んで、その犯罪組織を率いてたのが、筆頭のマジェコンヌだからそれからとって『マジェコンヌ事変』ってわけだ」

「へえ……」

キラはとてつもない戦慄に戦いているのか、そう呆けた返事をするのみだった。だが、今はそんなキラの反応はテラにとってはどうでもよかった。

――マジェコンヌ事変。やはり、テラの知っている歴史ではなかった。

だが、もしそれがテラのいた世界での未来を暗示しているのだとしたら。

マジェコンヌは、生きて、いる。

「まさか、そんな……」

「どうした?」

紅夜が心配そうに顔を覗き込んでくるが、テラはそれに返すことができなかった。

いったい、どうして、どんな理由があって、なぜ?

ぷるぷると震える右手に視線を落としながら、生々しく残る感触を思い出しながら、そんな自問を繰り返す。返ってくるはずのない答えをいつまでも問い詰める。

「テラ!」

「っ……!」

ふとそこで、紅夜が強くテラの肩を揺さぶった。

意識を内に向けていただけに、外部への反応を怠っていただけに、テラの心臓を驚かすには十分な刺激だった。

後ろへ倒れそうになるのをどうにか踏ん張って、息を整える。

「ホントにどうしたんだ? おかしいぞ」

「い、いや……何でもない」

まあ、テラも自分で分かるほど青い顔をしているだろうに、そう言ったところで説得力など皆無なのは百も承知なのだが。

しかし、クァムはすぐに両手を頭の後ろに回すと、ふぁあ……とあくびを一つ零した。

「ま、テラがそう言ってるなら大丈夫じゃないか?」

「そうだな……何かあったらすぐに言ってくださいね」

キラもそれにこくりとうなずき、そう言ってくる。

なんだかやけにあっさり引き下がってくれたものだと胸をなで下ろし、一息吐く。

「知られたくない事なんて誰だって一つや二つあるさ。ちゃんと分かってるじゃないか、あいつらは」

紅夜がぽんと肩に手を置きながら、二人には聞こえないように囁いてくる。

「まったくだ」

小さく苦笑するだけに留めて、大仰に肩をすくめる。

紅夜は続けてぽんぽんとテラの肩を叩くと、こほんと咳払いを一つ。

「さて、それで一つ話しておきたいことがあるんだが……」

紅夜が言うと、クァムとキラはガム(らしきもの)を口に含みながら紅夜に振り向く。

「もうしばらくクエストをこなしてプラネテューヌを出ることで話はまとまっていたわけだが……」

「そうだな。何か問題でもあるのか?」

「いや、そうじゃなくてだな」

「プラネテューヌを出た後の行き先の話、ですか?」

キラが訊ねると、紅夜は「そうだ」と言って深く首肯した。

「俺とテラの二人で話し合った結果、ラステイションに行くことに決めた」

「うぇえー……」

紅夜の言葉を聞いて、クァムは心の底から嫌そうな顔をした。

しかし、クァムの反応も否めない。このゲイムギョウ界は当座南北の四つの地方に分かれており、それぞれ西方がプラネテューヌ、北方がルウィー、南方がリーンボックス、そして東方のラステイション――と、まったく真逆の方向なのである。

おまけにプラネテューヌとラステイションの間には切り立った山が数十にも上って連なっており、そこを越えるのは至難の業だということらしい。

つまり、北側から大きく迂回して向かわなければならないということである。

「つーかさ、わざわざ北を通るんなら、ルウィーに行けばいいじゃん?」

「極寒のルウィーにこの装備で行くか?」

「ぐぬぬ……」

紅夜がジトッとクァムを見ると、クァムは悔しそうにうめいた。

「流石にこの装備でルウィーの豪雪を抜けるのは無理だな」

「今は荒れる時期だからなぁ」

国境付近までならプラネテューヌもぎりぎり交通機関が配備されているが、そこから先は雪に覆われた街道しかない。

今はあまり金銭的に余裕がないのである。できればあまり無駄な出費をしたくないのが誰しもの本音だった。

「向こうに着いたときの宿代を考えると厳しいんだよな……」

「世知辛いですね……」

しかし、こればかりは嘆いていても仕方がない。

ルウィーに行くのは厳しいと理解したが、なおクァムは唇を尖らせる。

「それならリーンボックスは? 定期船が出てるし楽だろ?」

「金も掛かるし、何よりプラネテューヌからじゃ直接便がないからな。論外だ」

紅夜がぴしゃりというと、クァムはしゅんと項垂れた。

まあ、確かにクァムの気持ちが分からないでもない。実際のところ、テラだけでなく紅夜も移動は面倒だと感じるほどだ。

しかし、それら以上にそうする理由があるのである。

テラはピッと人さし指を一本立て、口を開く。

「まず、ラステイションを目指す理由の一つ――」

「なんだよー」

「単純に交通の利便性だな」

ラステイションは比較的平坦な土地に首都をおいているため、街道の整備が行き届いており、また鉄道技術がめざましく交通の中継地点として栄えているのである。

「後々にルウィーやリーンボックスにも出向くことになるからな。ラステイションに拠点を構えれば残る二国にもすぐに行けるってわけだ」

「なるほど」

「んで、続いて理由二つ目」

次いでテラは中指を立て、ピースサインのように手を作る。

「ラステイションが貿易都市だってことだ」

「……それと何の関係が?」

キラがこくりと首を捻ると、紅夜が小さく苦笑しながら腕を組んだ。

「貿易都市、つまり貿易の中継になるポイントってことだ。まあ、交通の利便性とも合わせて考えられるんだけどな。貿易の中心部ってことはそれだけ人や情報も集まるし、珍しいものなんかも地方からたくさん集まってくるんだ」

「物資の供給はもちろん、情報収集の場としても格好の場所ということだ」

いくらパープルディスクから情報を得たとはいえ、まだまだ不足である。

あまりめぼしいものを得られなくとも、何か掴めるものなら掴みたかった。

と、まあここまでは、あくまで旅を続ける上での基盤となるものである。

だが、あくまでこれらは後付け。ラステイションを選んだ一番の理由は――

「これだ」

ポケットから一枚の切り抜きをつまみ出し、目の前に晒し出す。

以前、プラネテューヌの教会で目を通した新聞の記事の切り抜きである。内容自体に深いものはなく、重要なのはその写真。

オフィスビルの半分以上が吹き飛んだその画像、そして、その凄惨な状況に一切触れられていない不可解な記事である。

「でも、これが一体……」

キラにもこの画像やこの世界の人々の異常は伝えてある。しかし、やはりこの画像はなんというか、見るに耐えがたいものがあった。

「俺とテラが気にしたのは街の人々の反応だ」

「反応って……無関心? というか、気付いていない風だよな」

クァムが言うと、紅夜は無言で首を縦に振った。

「そう、これだけの悲惨な事件、あるいは事故。街の人々はもちろんマスコミも見逃すわけがない。つまりこれは、街の人々がこの状況に『気付いていない』ことを意味しているわけだ」

「そこで俺達にある推測が浮かんだわけだ」

「推測……?」

「つまり、何らかの事象が起こった場合、この世界の人々はそれに気付かない、反応できない、という推測だ」

例えばこのビルの半壊のように、通常の感性であれば取り乱し、騒ぎとするであろう状況に、この世界の人々はそうすることをしない。あるいは、できない。

それがどういった切欠、どういった状況、どういった条件であるのかは、今まで推測の域を出なかったのだが……

「先日、俺達の推測はついに確信ある可能性になったわけだ」

「と、言いますと?」

「この間、俺と紅夜二人である賞金首を狩りに行ったんだ。モンスターじゃなくて人間の方だ。普通、人間の賞金首っていうのは本人かどうかを識別するために髪の毛やら血液やら……要はDNA鑑定の材料になるようなものを持ち帰るんだ」

テラが淡々と説明すると、キラは顔を青ざめさせてぶるると肩を震わせた。

「とにかく、その賞金首を狩ってそれを報告しに行ったんだよ。髪の毛を出して『鑑定しますからしばらくお待ち下さい』って言われて……んで、三十分くらいだったか? 返却された書類にはその賞金首は討伐されていないことになってたんだ」

「それって……」

「ああ。隠蔽工作という可能性もなくはないが……それじゃあ政府側にメリットがない。加えて俺達というこの世界にとってのイレギュラーの存在。それから導き出される答えは――規格外、ってことだ」

規格外――つまり、起こり得るはずのない現象、事外れた状況。

世界に対するイレギュラーによって起こされた数々の異変は、本来その世界では起こり得るはずのないことなのである。

そう考えれば、この世界の人々の異常な行動も説明がつく。……いや、彼らにとってはそれが普通で当たり前なのだ。

ネットゲームでなぞらえればもっと分かりやすいだろう。この世界の人々はただのNPCでしかない。与えられたプログラムを実行するだけの存在に過ぎない。イレギュラーというバグに対する反応を一つとて与えられていないのである。

そう、イレギュラーに対する反応を持っていない、とするならば。

「この異常な無関心……それも何らかのイレギュラーが関連しているってことですか?」

「そうなるな。まあ、一番の可能性として考えられるとすれば、俺達のように別の世界からやって来た存在とかだな」

この世界における最大の異変、イレギュラー。それは間違いなく、テラ達のようにこの世界以外からの招待客だろう。

それがもし、この四人だけでないとするならば――?

この建物の半崩落も、住人の無関心という反応も、すべて合点がいく。

「でもさ、そんなやつと会うのか? ビルを壊しちまうような危険なやつだぜ?」

「やむを得ず戦わなきゃならないかもしれない。でも、もしこの被害が、街を守ろうとする何者かのイレギュラーとの戦いによってできたものだとしたら……」

「仲間になるかもしれない、ということだ」

何よりも自分たちの身を守ることからしなければ、元の世界へ帰るもへったくれもない。戦力が多いに越したことはないだろう。

それに、もしその何者かが敵対することになったとしても、上手く生け捕りにできれば何らかの情報が得られるのかもしれないのである。

これらを総合すれば、デメリットよりもメリットの方が大きい。

「どのみちずっとプラネテューヌに留まっているわけにもいかないんだ。だったら少しでも可能性の高い方にかけてみようと思ってな」

「そう考えての結論だったんだが……不満はあるか?」

テラが訊ねると、クァムは大仰に肩をすくめた。

「そこまで言われちゃ反論できないな」

そんなクァムに同意するように、キラも大きく首肯した。

「立ち止まっていたって仕方がありませんし、先ずは動きましょう!」

異論は、ない。そうとなれば、次なる目標は確定した。

「目指すは――ラステイション!」


 
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