No.477789

恋姫外伝~修羅と恋姫たち 十八の刻

南斗星さん

いつの時代も決して表に出ることなく

常に時代の影にいた

最強を誇る無手の武術『陸奥圓明流』

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2012-08-31 03:14:08 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:6705   閲覧ユーザー数:6120

【十八の刻 亞莎】

 

 

 

 

 

 

――――江東

 

九江城下の空は雲一つ無く晴れ渡っていた。空を行く小鳥の声が一つ、二つと…

冬に入ろうかと言う時期、澄んだ空気が清々しい…

土手では寒さに負けず駈けずり回る子供達の元気な声が聞こえてきていた。

 

そんな中、疾風は明命に伴われ街中を歩いていた。

 

「すみません疾風様、お忙しい中お付き合いして頂いて」

 

「構わないさ、皆と違って俺は暇だったからな」

 

恐縮するように言う明命に、気にするなと笑いかけながらその頭を撫でる疾風。

 

「わ、わ、わ、にゃ」

 

いきなりなことに明命は目をぐるぐるさせながら、驚いたように声を出す。

 

「それで俺達はどこに向かっているんだ?」

 

明命の頭から手を離した疾風がそう問うと、少し頬を染めた明命は乱れた髪の毛を手早く直しながら今歩いている道のずっと先を指差しながら答えた。

 

「この道を真っ直ぐいった街外れに張昭様、張紘様という御方の家があるのです。お二人共今は袁術から身をお隠しなさる為隠居なされておいでですが、孫堅様がご存命の時は我が孫呉の重臣として主に国の内政を司っておいでだったのです。」

 

とても優れた方達だったそうなのですよ、と自慢げに話す。

 

「隠居なされた今でも後々のためにと後進の育成に携わっておいでなのです。ご自身達が才ありと認めた者達をご

自宅に招いてご指導なされておいでなのです。」

 

「なるほどその人達に用があるわけか」

 

疾風の言葉にちょっと違いますねと可愛く小首を傾げる明命

 

「えっと正確にはそのお二人のご指導を受けている私の親友を迎えにいくんですよ。」

 

 

 

 

 

「子布様(張昭の字)、子綱様(張紘の字)ご無沙汰しております。」

 

街外れにある大きめな屋敷を尋ねた二人を出迎えたのは、壮年期の終わりの頃であろう二人の男達であった。

 

「おお幼平か久方ぶりじゃな、元気そうでなによりだ」

 

「伯符様や仲謀様は息災かな、皆も変わりないか?」

 

「はい!皆様お変わりなく元気なのです」

 

張昭、張紘であろう二人は明命と親しげに挨拶を交わしていたが、ふと疾風の方を向くとそれまでとは違った鋭い視線を飛ばしてきた。

 

「して、その方は何者じゃ?幼平と共に居るということは、袁術の間諜ではあるまいが…」

 

「あ、あのこの御方は怪しい御方ではなくてですね…」

 

自身に対し怪しむ様な視線を送る二人に慌てて弁明をする明命を遮った疾風は、口元の笑みを崩さずいつもの飄々たるまま口を利いた。

 

「此方の名を問うなら先に名乗るのが礼儀ってもんだろう?」

 

「…これはしたり、そのとおりじゃな。我が名は張昭、字は子布…今は唯の隠居した爺じゃわい」

 

「失礼仕った、私は張紘、字は子綱という者…張昭殿と同じく今は職を退き無官の身、それで失礼ですが貴方様のお名前を窺ってもよろしいか?」

 

疾風の年長者を顧みない様子に、二人は眉を顰めながらも自身の名を名乗り今度は疾風に問うてきた。

 

「俺は陸奥 疾風…陸奥が姓で疾風が名だ。字という物はない…今は孫権の元で居候をやっている」

 

「おお~お主が陸奥殿か、話は聞いておるぞ何でも仲謀殿が危うい所を救ってくれたとか」

 

「それに興覇(甘寧の字)を赤子のごとく扱ったとか…そうかお主がな」

 

疾風の名を聞いた途端それまで不機嫌そうだった二人が笑顔を見せる。

 

「子布様に子綱様、お二人共疾風様のことをご存知なのですか?」

 

隠居して世情に疎いと思っていた二人が疾風のことを知りえたことに驚きを隠せない様子の明命、そんな明命の様子を見てにやりと笑う張昭。

 

「甘いぞ幼平、職を辞したはいえ常に呉を取り巻く状況を知って置くのは常識じゃろう。武はまだしも情報戦略ではまだまだお主のような若造に遅れはとらんわい」

 

「ふわ~さすがです」

 

そんな張昭にキラキラと尊敬の眼差しを送る明命、そんな二人に対しコホンと一つ咳払いをした張紘が本題に入る。

 

「それで幼平よ伯符様達が此度袁術から黄巾本隊討伐の任を受けたのは聞いている、此度来られたのはその事に関係しておるのだろう?私達を訪ねてきたと言う事は人材の補強かな」

 

「あ、はいそうなのです。蓮華様に言われて【亞莎】を向かえにきたのです。」

 

「ほう子明(呂蒙の字)をか、しかしやつはまだ一人前とは言えぬぞ?武官としてならまだしも、仲謀殿があやつに期待しておるのは文官としての才じゃろうに」

 

明命の言葉を聞いた張昭は腕を組みながら難しそうに眉を顰める。

 

「確かに子明の才能も努力も認めるが、戦場に出すにはまだ早いと思うが…」

 

張昭の言葉を引き継ぎ張紘も考え込むように両目を閉じた。

 

「じゃが子敬(魯粛の字)でもなく子瑜(諸葛瑾の字)でもなく子明を仲謀殿がお呼びになられたのは、今後の事を考えて経験を積ませようとのことなのかもしれん。」

 

「そうですな、子明に一番足らないのは軍師としての実戦の経験、此度の事は丁度良い機会かもしれません」

 

うむと二人は納得するように頷き合うと疾風と明命を伴い家の奥へと入っていった。

 

 

 

 

「あの…お、お呼びでしょうか?」

 

客室と思われる座敷へと案内された疾風達に暫く待つように言うと、女中に何事か言いつけた張昭だったが、それほど待つこともなく片眼鏡をかけた一人の女の子がおずおずとやって来た。

 

「来たか子明、なに呼んだのはわしらではないお主の友が来ておるのだ」

 

そう言いながらこちらを指し示す張昭、おどおどしながら此方を見る女の子だったが、明命を見た途端顔中を綻ばせた。

 

「み、明命?え、えと、や、やっぱり明命だ」

 

「久しぶりです、亞莎!」

 

明命の名を呼ぶとこちらに小走りでやってくる女の子。

途中で躓き頭の上の帽子のような物をダボダボの服の袖で抑えながらも終始笑顔のままだったが、疾風の姿を見た途端怯えたような表情をすると明命の影にさっと隠れてしまった。

 

「?どうしたですか亞莎」

 

「…あ、あの明命、此方の方は?」

 

自分の影から覗き込むように疾風を見る少女に「ああ」と手を打つと紹介するねと答える明命。

 

「この御方は蓮華様の恩人で陸奥 疾風様、今は蓮華様のお客人として逗留なされているのです。疾風様、こちらは私の親友で孫呉の家臣でもある呂蒙と言います。亞莎、自己紹介をお願いできますか?」

 

そう言うとまだ自身の後ろに隠れたままの親友を疾風の前に押し出す明命。

急に押し出された呂蒙と言う少女はあわあわと動揺してしまったが、しばらく待つと落ち着いてきたかぼそぼそと呟くように疾風に名を名乗る。

 

「あ、あ、あの…わ、私は名前を呂蒙、字を子明といいい言います。ど、どうぞ宜しくお願いします!」

 

それだけを言い切ると再び明命の後ろに隠れてしまう、そんな親友の姿に「すみませんこの娘内気なもので」と苦笑を漏らす明命。

そんな二人の様子に疾風はやれやれと頭の後ろを掻くと、怯えの色を隠せない様子の呂蒙に目を合わせるようにすると軽い笑みを零す。

 

「俺は陸奥 疾風と言う陸奥が姓で疾風が名だ。字と言う物はないから好きに呼んでくれていい、今は孫権の所に厄介になってる身だ…まあよろしくな」

 

そう言いながらそっと頭に手を乗せ軽く撫でてくる疾風に、少し驚いたように声を漏らしながらも「よ、宜しくお願いします、は、疾風様!」と精一杯な声で答える呂蒙であった。

 

 

 

「そ、それでどうしたの?急に会いに来てくれるなんて…何かあったの?」

 

「はいなのです蓮華様に言われて亞莎を迎えに来たのです」

 

「え、蓮華様がですか?」

 

そう言いながら不思議そうに小首を傾げる呂蒙に張昭が事情を話す。

 

「子明よ此度伯符殿が黄巾本隊討伐の任を受けたことは聞いておろう」

 

「は、はい何でも袁術に押し付けられたとか…」

 

「うむ、それで此度の戦にお主も連れて行くとのことだそうだ」

 

「え…ええええ~!!わわ私がですか~!!」

 

呂蒙は一瞬なにを言われたか判らず呆けた後、我に帰ったように大声をあげた。

 

「むむむ無理ですよ、私なんて…まだまだ勉強中だって言うのに…」

 

余程自信がないのかそのまま俯いてしまう。

 

「うむ確かにお主はまだまだ未熟者じゃ」

 

さらに張昭に容赦ない言葉を浴びせられますます縮こまってしまう。

 

「じゃがお主の才と日夜における努力はわし等も認めておる」

 

「そんなあなたに今一番必要なのは実戦における経験なのです」

 

「経験…ですか?」

 

呂蒙は二人の師父の目に代わる代わる視線を送りながら、問うように呟く。

 

「そうじゃ、お主は武官として戦場に立ったことはあっても軍師としての経験はなかろう?いかに机の上で勉強を重ねても実際に戦場に出てみなければしょせん机上の空論に過ぎぬ。それに此度の討伐には我が呉からは公瑾(周瑜の字)や伯言(陸遜の字)が、それに他国からも軍師が来ることであろう、その仕事を側で見ることが出来ればそれは後々お主の財産となろう。」

 

そう言った張昭の目が鋭利に尖る。そしてもう一度呂蒙を見据えるとわかるな?と言った風に頷く。

それを見た呂蒙は一瞬怯んだかのように胸の前で手を合わせたが、やがて覚悟を決めたように強く唇をかみ締めるとこくんと頷いた。

 

「わかりました、蓮華様や師父たちのご期待に沿えるよう精一杯がんばってきます…。」

 

強くそう言いきる呂蒙の言葉に満足そうに頷いた張昭たちは、一呼吸置いてから今度は疾風の方に向き直った。

 

「陸奥殿、我々が頼めた義理ではござらんが…どうかこの不肖の弟子をそして伯符様や仲謀様の事、守ってやって下さらぬか?」

 

「私からもお願いします。我々に代わってどうか皆の力になってやって下さいませ」

 

そう深々と頭を下げる二人に対して疾風は頭の後ろを掻きながら、

 

「まあ飯を食わせてもらった分は働くさ」

 

と片目を瞑り惚けたような顔で嘯くのだった。

 


 
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