~第三夜 月夜の追憶~
林を抜けると大きなお屋敷があった。
広さは父さんの実家と同じくらいでしょうか。
うん、デカいです。
「広くて落ち着かない?」
案内してくれている黒髪の女性が聞いてくる。
「いえ、父さんの実家の広さぐらいかなぁと」
「君も結構裕福なのね」
「人よりはそうですね」
「おい、忍」
黒髪の女性、忍さんの横を歩いている恭也さんが言う。
「いいのか?こんな得体の知れない奴を招き入れて」
しつこいですね、この人。
負けた事根に持ってるんですか?
器が小さいですね。
「良いのよ、聞きたいことあるし」
「危険だ」
「さっきまで『忍には指一本触れさせない』とか言ってたのに」
「もう一度言う、危険だ!」
「じゃあ、恭也が守って?」
などと言いながら、黒髪の女性は笑みを浮かべる。
あぁ、この人の性格が段々分かってきた。
こういう人は敵に回さない方がいいって父さん言ってたなぁ。
「ノエル、お茶を煎れてくれるかしら?」
「畏まりました、お嬢様」
後ろを付いてきていたメイドの人は何処かに言ってしまった。
広い書斎に着くと、そこにある大きなテーブルに三人で腰を下ろす。
始めに黒髪の女性が口を開く。
「さて、まず自己紹介からしましょう。私は月村忍、この屋敷の主よ」
「俺はイオン・エルトナム・アトラシアと言います」
表の名である遠野伊織は伏せておく。
「見た目通り外人さんなのかな?」
「クォーターです。父さんが日本人なので」
と、ここまでは順調。
先程から黙っている恭也さんの方を見る。
暗に自己紹介しろと言う目線で。
「………高町恭也」
なかなか寡黙なんでしょうかね。
ま、良いでしょう。
再び忍さんが口を開く。
「それじゃあ質問させてもらうけれど………」
そこまで言うと忍さんは口を閉じ、次の瞬間彼女の瞳が妖しく光った。
「私の質問に嘘偽り無く答えてくれるかしら?」
ハァ、何だかんだで信用されてないんですね、俺。
「『魅了の魔眼』は俺には効きませんよ」
「へ?」
何処まで間抜けなんだ、この人。
吸血鬼に『魅了の魔眼』なんて効くわけないだろう事ぐらい普通分かるでしょうに………。
あ、此処の吸血鬼の概念とは同じじゃないのかもしれませんね。
「えーっと………」
あっさり破られるとは思っていなかったのか、忍さんは困惑している。
「お気になさらず。其方も事情が有るようですし。何処へ行っても化け物扱いは同じでしょうから、特に『吸血鬼』なんてものは」
「あははは………。失礼なことして御免なさいね」
「まあ、俺が同じ立場なら躊躇無く使うでしょうし。それに保身の為に嘘はつけそうも有りませんから」
特に後ろで小太刀を抜いてる暴漢がいる間は。
「………恭也、いい加減座りなさい」
彼女に指示され、ぶつくさ言いながら恭也さんは席に着く。
「それじゃあ話しましょう。俺が何者であるか、どういう状況であるか、を」
話終えると二人共深刻そうな表情をしていた。
「俄に信じ難いわね」
「やっぱり嘘をついてるんじゃないのか?」
「正直これが嘘で終われるならどれほど良いことか。異界の地に身よりもなし。戸籍すらないこの世界じゃ必要な生活支援すら受けられない。八方塞がりですよ」
「ん~、その辺の事は私達が何とかするわ」
「良いんですか?こんな事言うのも何ですが、先程まで戦っていましたし。ていうか信じるんですか?」
「嘘言ってる感じなさそうだし、身よりの無い子供を放り出して野垂れ死にでもされたくないもの。まぁ、私自身がそういうの放っておけないって言うのもあるわ」
「ハァ………まったく。甘すぎるぞ、忍。まあいい。戸籍の事なら父さんに頼んでみようか?」
「そうね。士郎さんならそういうコネもあるかも。残念だけど私には個人情報ちょろまかすようなコネ無いし」
「助かります。それにこれだけ凄い霊地なら、工房を構えるのも適していますから元の世界に帰る方法をを探すのには有意義でしょうし。」
「霊地?」
忍さんが質問する。
「霊脈って言うまぁ魔力が集まりやすい場所とでも言っておきましょうか。魔術師や錬金術師は個人の工房を持つんです。他者に自身の技術を与えず、独占する為には必要不可欠です。またどんな研究であれ、質が良い霊地なら様々な事に流用できます」
魔術や錬金術については大まかに説明させてもらった。
魔術師達がどんな存在であるかもだ。
また真祖や死徒の事、埋葬機関通称教会の事、そして四大退魔の一族(七夜の事だけだが)、魔と呼ばれる一族の事、自分の知り揺る限りでの情報を提示した。
「この辺で廃墟とかありますか?出来れば拠点が欲しいんです。こちらの世界に魔術師がいないと断定できません。もし仮に魔術師がいて、この霊地に目を付けられたら貴方も只ではすみません。父さんの血を引いているに加え、夜である為吸血鬼としての恩寵も確かに有りました。とはいえ本来戦闘には不向きの錬金術師の俺でも恭也さんには勝てた。魔術師なら近づかずに殺せます。抵抗力のない吸血鬼なら研究の実験材料にされてもおかしくありません。世界が違うとはいえ、いないとは否定できません。対策の為にこの海鳴市に結界を張りたいんです。貴方々にも利があると思いますが?」
「分かった、後で手配するわ。それにしても、貴方の世界は物騒ね。その教会というのは理由もなく吸血鬼達を狩っているの?」
忍さんは苦々しい表情をする。
「大多数がそうですね。教会の者は対吸血鬼用の概念武装を持っています。概念が違うとはいえ、真祖たる貴方には抵抗できずに完全な消滅を与えられるでしょう」
「無知と言うのは怖いわね。貴方の世界の話とはいえ、その存在を知らないのは。貴方はどうなの?
えっと、死徒だったかな?教会に狙われたりしないの?」
「俺の所属しているのが魔術協会だから、埋葬機関も下手に手は出せないんですよ。協会と教会は昔から仲悪いですし、同朋が殺されるようなことがあれば報復は確実。まあ言うほど結束が有る組織じゃ有りませんから、あくまで建前で報復なんて名目上でただ始末する為だけに動くでしょうけどね。全面戦争なんて洒落になりませんから、彼らもそう言った真似が出来ないんですよ」
「組織と組織の関係も複雑と言うわけか。」
恭也さんも思案顔だ。
「最後に一つ聞きたい。君が言っていた“七夜”とは、一体何だ?」
恭也さんが俺に聞く。
「そうですね。俺の世界では裏というのは様々な形で存在しています。“七夜”とは裏ではかなり有名な四大退魔の一族の一角でした」
「でした、とは?」
「父さん以外は一族全員皆殺しにあいました。」
「!!」
忍さんは血の気の引いた表情をしている。
「七夜は“魔の一族”、代表的なのは“遠野”と呼ばれる“鬼の一族”とかですね、そう言った存在からは危険視されていたんですよ。魔や退魔と呼ばれる一族にはその一族特有の能力、所謂『超能力』を秘めています。しかし、そう言った間柄殺し合いが絶えず、能力者は使い捨てのでしか有りませんでした。ですが七夜の一族はその優れた身体能力と暗殺術により生き残る事に成功しました。そしてその貴重な能力者の血をより濃いものに留める為に近親交配を繰り返し続けたそうです。その頃から退魔を生業にしていた七夜は魔に対する強烈な殺戮意識を持っていた為、遺伝子レベルまで染み込んだ血に欠陥が生じてしまった。魔に対して“半ば自動的に生じる殺戮衝動”という退魔衝動です。そんな危険な一族を野放しにする筈無いでしょう?だから皆殺しですよ、短絡的過ぎてあきれましたけど」
「成る程、先の君の移動術は――」
「えぇ、七夜の一族の暗殺術の一つです。三次元空間での移動術で、俺達にとって壁や天井も足場と変わりありません」
「君もその七夜の暗殺術を?」
「護身用程度に」
「護身用って、あれほどの実力で………」
「“倒す剣”と“殺す剣”では違うのは当然です。“倒す剣”としての貴方の実力は相当だと思いますよ?本来あそこまで戦闘は長引きませんから」
「それでも、俺はまだまだと言うことか。しかし、良い機会だ。イオン、礼を言うよ。こういう事が無いと、自分の力量は分からないからな」
「過程がどうあれ、力になれたのなら良かったです。それと、こっちにいる間は“伊織”と呼んでください。遠野伊織、それが表の世での名前ですから」
後も色々と話し、その日は夜も遅い為用意された部屋で眠りにつくこととなった。
大き過ぎるベッドの中で俺は考える。
『どうして俺は伊織と呼ぶように言ったのだろうか』と。
俺にとって“遠野伊織”とは振り返りたくない“過去”である。
俺は彼らに話さなかったことが有る。
俺は元々表の世で何も知らずに育っていたんだ。
ある時、自分が異常であると気づいた。
周りからの視線が怖くて、逃げ出して、俺はアトラス院に入った。
アトラスはありとあらゆる禁忌を犯すことを許されている。
つまりは自分が吸血鬼であろうが何もお咎め無しと言う事だ。
同時に、アトラスでは“解放”を禁止されている。
解放とは主に自分の研究成果について、それ故院内に交流などありはしない。
誰にも見られず、一人でいることに俺は安堵した。
一生このままでも構わない。
自分には父さんや母さん、遠野の家の人、それだけあるのだから他には要らないとさえ思った。
その筈だったのに………。
周りを振り切る為に走りに走り、結果今の人として冷めたイオン(ジブン)が生まれた。
それを良しとする俺が今のイオン(オレ)。
だけど誰かと一緒にいたいと思う伊織(オレ)がいる。
一体どちらが俺の本当の………………。
夢を見た。
悪夢だ。
辺りは明かり一つない林に囲まれて、紅い月が俺を照らす。
酷く暑くて、水を求めてさまよい歩き、やっと見つけた川で水を飲もうと顔を近づけると、赤く染まっている事に気付く。
驚いて顔を見上げると、そこは中身が無くなった死体が埋め尽くしていて、どこからか流れてくる血が川を赤く染めていく。
更に奥を見ると、ジュルジュルと音を立てながら人に噛みついている“何が”いる。
――逃げろと本能がいっている
それは人型で、でも一目で人間じゃないと分かる。
――それでも足が動かない
それは俺に気付き、ゆっくり振り向く。
――危険だ
それは飲む以上の血を両目からこぼしていた。
――だから満たされる事などなくて
それはゆっくりと俺に近付いてくる。
――それが呪いの始まり
血の涙を流し、泣き笑いする吸血鬼………。
それが、俺を縛る枷(のろい)だ。
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少年は語る。自分がいかなるものか。だが、それが求める少年を傷つける。
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