「根津さん」
「アンリエット様?」
教室間を移動中だった根津はアンリエットに声を掛けられ振り返った。
「突然ごめんなさい。少しお願いがあるのですが」
「?」
唐突な申し出に更にきょとんとした根津に、アンリエットは言葉を続けた。
「アンリエット様からの頼みって何かと思ったら、まーたあいつら絡みかよ……」
ぼやきながら歩く根津の手には、可愛らしくラッピングが施された一つの紙袋が握られていた。
空いた片手はポケットに突っ込んだまま、目的の場所、家庭科室に辿り着く。
「おーい、いるかー?」
ガラッと横開きのドアを開けながらそう言うと、瞬間、パパンパン、と大きな音が鳴った。
「うおわあ!な、なんだ!?」
咄嗟に身構えた根津の前に並んだ4人の少女達は、声を揃えて言った。
「「「「お誕生日おめでとう!!」」」」
ポカンとした顔で動きを止めた根津の前に並んでいたのは、ミルキィホームズの4人だった。
「へ?え、なんで、」
「あれれ?アンリエットさんから聞いてないんですか?」
「変ねえー」
「は?アンリエット様から?」
シャーロックとコーデリアにそう言われて、根津はアンリエットの先程の言葉を反芻した。
「俺はただ、アンリエット様からこの紙袋をお前らに渡してくれって頼まれて、それで……」
そう言って、紙袋を4人の前に突き出す。
「それだよ。僕たちがアンリエット生徒会長に根津を呼んでくれるよう頼んだんだ」
「根津くん今日お誕生日なんですよね!」
「お祝いしなきゃよね!」
「ハッピー……バースデーです……!」
事態が飲み込めない根津に、4人は矢継ぎ早に言葉を掛けてくる。
「ま、待て待て待て!何言ってんだいきなり!」
確かに4人の言う通り、本日6月14日は根津次郎の誕生日だった。
が、しかし。
「な、なんでお前らが」
思わず赤面した根津は、紙袋を持った手を握り締める。
「え、なんで?って……」
シャーロックは至極当たり前の様に言った。
「根津くんはあたしたちの大切なお友達じゃないですか!」
その言葉に、根津は大きく心臓を跳ねさせた。息が止まりそうだった。
「とも……だち?」
頭が真っ白になりながら、シャーロックの言葉をオウム返しにつぶやく。
「まあ根津は僕たちのクラスメイトだしー?」
「火も……七味も……出してくれたし……(1期2話参照)」
「根津くんはなんだかんだで私たちのこと助けてくれるじゃない!」
「……」
片手に握り締めていた紙袋は、いつの間にかくしゃくしゃになっていた。
「ほら!見てください!石流さんがケーキも作ってくれたんですよ!」
シャーロックが横の机を指差す。そこにはやたら出来映えの良いホールケーキが置かれていた。真ん中には石流が描いたのであろう(余り似ていない)根津の顔が据えられている。
そしてその横には二十里が半裸で写っている写真が束になって添えられていた。
「二十里先生も根津くんに、ってこれをくれたのよ」
「僕なら要らないけどね……」
「でも……きっと根津くんにおめでとうって意味なんだと……思います……」
エリーはフォローしつつもこちらを見ている裸ネクタイに耐えられないのか、束になった二十里の写真をそっと裏返した。
「その紙袋も開けてみなよ」
ぼうっとケーキと写真を見つめていた根津は、ネロの言葉に視線を紙袋に移した。
「え?でも、これは……」
「いいから」
躊躇しつつも根津はラッピングのリボンを解き、紙袋の中身を覗いた。
その中には一枚のメッセージカード。それとクッキーの入った包みが入っていた。
「これ……」
かさりと開くと、中には一言、「誕生日おめでとう」と書いてあった。その下には小さくアンリエット・ミステールの署名。
「アンリエット生徒会長から根津くんにです!」
「クッキーも……手作りだそうですよ……」
根津は開いたメッセージカードを見つめながら、顔が熱くなるのを感じた。
こんな気持ちになるのは何年ぶりだろうか。
こんな風に暖かく誕生日を祝ってもらうこと。
――根津にとっては忘れたかった思い出。もう二度と手に入らないであろう幸せな日々。
それが意外な形で、根津の前に戻ってきたのだ。
「根津くん?」
「根津?」
「どうしたのよ?大丈夫?」
「……?」
動きを止めてしまった根津の様子に、ミルキィ4人は顔を覗き込んで心配してくる。
「……っ!別になんでもねえよ!」
今度は恥ずかしさで顔が赤くなる。おまけに自分の瞳に涙が滲んでいるのに気付いて、根津は急いで顔を拭った。
4人は根津が突然大声を上げたことに驚いて、身を固めていた。怯えの色も見て取れる。
「あ、いや、その……」
その様子に罪悪感を覚えつつ、根津はどうにか言葉を絞り出した。
「あ、……ありがと、な……」
こんな恥ずかしい言葉を他ならぬミルキィホームズに向かって言わなければならないことに、根津は耐えられなくて顔を俯かせた。
しかしその言葉は、口に出してしまえば予想外に心地良かった。根津自身そのことに驚いたが、ミルキィホームズはそんな根津には気が付いていないようだった。
「なによもう!素直じゃないんだから!」
「いきなり大声出すなよびっくりするだろ!」
「ま、まあまあ2人とも、喜んでもらえたしいーじゃないですか!」
「(コクコク)」
怒り出す2人と、それを宥める2人。それはいつもの光景で、根津はそこでやっと肩の力を抜くことが出来た。
「……お前らなぁー、祝う側がそれだと素直に喜べないのも当たり前だろ?」
「何よその言い方!」
「そうだ!失礼だろ!謝れよ!」
「ってか、このケーキよく見ると所々千切られてるんだけど?」
ぎゃんぎゃん騒ぐコーデリアとネロを尻目に、根津は先程のケーキを指し示す。その言葉通りケーキはよく見ると丁度4つ、抉られている部分があった。
「まさかお前ら食ったんじゃ……」
「そっそんなこと!」
「するわけないだろっ!」
「(コクコク、コクコク)!」
「そうです!ちょっと味見しただけです!」
「「「シャロ!!」」」
「あ、あう、毒味の間違いでした……」
「どっちでも同じだろ……」
呆れながらシャロに向かって言い放つと、根津はある仮説を思い付いて口に出してみた。
「っていうか、ひょっとして、ケーキが食えるって聞いてこんなことしたんじゃねえだろうな」
「「「「ぎくっ!!」」」」
「『ぎくっ!』じゃねえ!!」
全くさっき嬉しいと感じた自分の感情をどうしてくれるのか。と思いつつも、根津は彼女たちが空腹の為だけではなく、自分を祝おうという気持ちがあったことを信じていた。そうでなければ、きっと自分はあんな気持ちにはならなかった。
「つか、お前らからのプレゼントはないのかよ」
ケーキや写真(裏返されているのでダメージは少ない)やクッキーを見ながら、根津は4人に言う。
「そ……それは……」
「えーっと……ほらさっきのクラッカーとかあっただろ!」
「ふざけんな!」
「もう!欲張りね!」
「あっ!じゃあ今日は根津くんも一緒に試食に行きましょう!美味しいものいっぱい教えてあげます!」
「それはプレゼントじゃねえよ!」
怒鳴りつつ片手に握ったままのカードをそっと胸ポケットに仕舞うと、根津はケーキを5人分に切り分ける為に、どこからかナイフを取り出した。
家庭科室の外、廊下側の窓からいつの間にかアンリエットが中を覗いていることには誰も気付かなかった。
アンリエットは騒ぐ5人を見て嬉しそうに微笑むと、そっと家庭科室を後にした。
おわり
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ラビットさんの誕生日短編ですー。ラビットさんは荒んだ過去を持っているイメージ。