No.474975

夏バテと西瓜【腐向け注意】

テストも兼ねて初投稿です。
戦国BASARA 松永久秀×風魔小太郎
女性向け要素と少しオリジナル要素が含まれています。

2012-08-25 01:52:15 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:608   閲覧ユーザー数:601

 
 

 

炎天下だった。

男は縁側にだらしなく横たわり、盥にたっぷり張った水に足をつけていた。浴衣の帯も結ばずに前を肌蹴て、しばしば通る使用人たちがくすくす笑うのも咎めない。むしろ通るときに生じる風が心地いいようで、わざわざ人通りの多いところで寝ている始末だ。

 

「西瓜置いておきますね」

「ああ」

 

年かさの女中が西瓜を乗せた皿を男の脇にそっと置いた。男は一口サイズに切られた瑞々しい西瓜に手を伸ばし、果汁が垂れるのも構わずつまんでシャクシャク咀嚼する。果肉が喉を通るたびに身体の中まで冷えた心地がすると言って、西瓜は男が好む果物の一つだった。

 

 

 

これが、立てば諸国の忍びが動き、座れば堺の商人がどよめく、歩く姿を古今無双の武将が避けて通ると言われた松永久秀が、猛暑を凌ぐためのスタイルである。

 

「松永様」

 

三好三人衆の一人が庭から姿を表す。松永と違って、略式であるが正装をしている。戦場のように面や具足をつけていない。それでもこの炎天下には暑そうだ。

 

「長逸か・・・卿はそんな恰好をして暑くないのかね?」

 

松永は転がったまま微動だにせず問いかけた。

 

「暑いですが、もう慣れました」

 

嗚呼これが若さか、と松永は羨んだ。

三好長逸は炎天下に晒されても眉一つ傾げず、額に汗すら見せていなかった。もっともこの男は己を隠すことに長けているので、そういう術を身につけているのかもしれない。

 

「今日は何もなかったはずだが」

「小田原からの書簡を、風魔が持って参りました」

「通せ」

 

 長逸は何気なく発された言葉に肯きそうになったが、かろうじて止まった。もちろん主は裸同然の格好をしている。これに傭兵である風魔を引き会わせるのはさすがにどうだろうと、不幸にも彼は松永軍随一のまともな感覚を持ち合わせていた。

戦国乱世に悪名を轟かせ、主君を差し置いて一国を牛耳る梟雄ともあろうものが一介の傭兵にこのような威厳の欠片もない姿を晒すなど、不用心にもほどがある。

実のところ、いつもであれば風魔はタイミングを見計らって松永に直接書簡なり何なりで会う。しかし、今回は風魔が松永に雇われて初めての夏だった。このように普段の様子とはかけ離れ過ぎている姿を見て、タイミングが計れなかったらしい。そこで風魔は長逸を頼りにしたのだ。頼られたら断れない性質のある彼は、二つ返事で松永の元へ来たのだ。

 

「場を移して身なりを正してからに致しませんか?」

「卿の言いたいことは理解できる。しかし、今日の熱気がこの老体に響くのだよ。北条の翁の面倒を見ているという風魔ならば、きっとこの醜態も理解して受け入れてくれよう。刀も持たない私が不用心だというならば、卿が控えていればいい。そうだろう?」

 

その風魔が動揺したからこう言ってるのだ、とは長逸は言わない。「あっついから嫌だ」と迂遠に伝えてくるこのワガママジジイに少々腹が立ったが、こうなったら意地でも改めないことを長い付き合いで知っている。

 

「ではそうしましょう。せめて浴衣の前を合わせてくだされ」

「参った参った。卿はまるで乳母のようだ」

 

ついでに人が嫌がる姿を見て楽しむのが好きだということも知っていた。

控えていた女中に浴衣の帯を結ばせる。着付け直すために立っているときも盥に足をつっこんだままだった。

長逸は松永の身なりが整えられたのを確認し、女中を下がらせると二回手を叩く。それを合図に風魔が姿を現した。

 

「北条殿からだね、ご苦労」

 

風魔が懐から書簡を取り出し、松永がそれを受け取る。たったそれだけのことなのに、ずいぶんな手間を取ったものだと長逸はこっそりと溜め息をつく。

松永は座って大人しく書簡に目を通していたのだが、ふと顔を上げると「卿はそんな恰好をして暑くないのかね?」と問いを風魔に投げかけた。声を出さないのか出せないのかはわからないが、もちろん風魔は発語しない。少し考えるようなそぶりを見せて、頷いた。

 

「驚いた、暑くないのか。そのような忍びの技があるのか、卿が特別なのか確かめてみたいものだ」

 

松永は西瓜を一切れつまんだ。

 

「食べるかね?」

 

そう言って差し出した先は風魔だ。風魔は腰を屈めると何の躊躇いもなくかぶりついた。松永の指から舌と唇で西瓜を奪い取り、咀嚼する。食べ終わると風魔はゆっくりと大きく肯いた。

 

長逸は松永に近しい家臣の一人として、己の主が傭兵の忍びに何やら情のようなものを傾けていることは知っていた。酷薄な主のことだから、それも遊びのうちなのだろうと思っていた。しかし、目の前の光景はどうだろう。

 

「美味だろう。もう一切れいかがかな?」

 

風魔は肯いた。先ほどと同じように、松永の手ずから西瓜を食べる。指に垂れる果汁も逃すまいと、赤い舌を伸ばして舐めとっている。舌の跡がぬるりと夏の日に光った。

見てはいけないものを見てしまった、と長逸はこの場に立ち会ったことを後悔した。

 

「少々遠くなるが山陰の伯耆国の産だ。北条殿もきっと喜ぶだろうから、求めるといい」

 

また風魔は肯く。そして黒い羽根だけ残して姿を消した。松永はようやく足を水から引き揚げた。

 

「さて、そろそろ太陽も翳ってきたようだ。長逸、人を呼んでくれ。片付けよう」

「かしこまりました」

「卿も食べるかね?」

「いえ、結構です」

 

長逸は足早にその場を後にした。彼は悪霊の遊びに付き合うつもりはさらさらなかった。

松永は長逸の背中をうっそりと笑んで見送り、西瓜の一切れを口に運んだ。

 

 

 
 

 
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