『俺達もイエローが傷つかないように一生懸命守る。
だけど、俺達だけじゃ守りきれないんだ。イエローが一緒に戦ってくれないと守りきれないんだよ。だからイエロー、俺達と一緒に戦ってくれ!』
そんなミオの言葉でやっと私も戦う決心がついたというのにその矢先、私の意思は簡単に折れそうになってしまう。
いろいろ考えながらもやっとの思いで出した指示ともいえない稚拙な言葉だというのにそれを実行してくれるミオには感謝してもしきれないけど、でもミオの攻撃は全くと言っていいほど決まらない。
ラっちゃんがミオの攻撃を避けた際、反撃をしてくるのが見えて私はすぐにミオに指示をしようとしたものの咄嗟の事だっただけにすぐに私の口は動いてくれなかった。
バトルが初めてだからしょうがないとか、そんなものは関係ない。
私がもしあそこでちゃんと指示を出していればミオはここまでダメージを負うことはなかったのではないか、そう考えると指示を出せなかった未熟な自分がとてつもなく恨めしかった。
ラっちゃんの攻撃でミオは今地面に倒れている。
もともと他と比べて大きい威力を持つというわけでもないノーマルタイプの技を2撃、そのたった2撃だけでミオがやられてしまった。
ポケモンの技というのは、たとえ体当たりという誰でも簡単に使うことのできる、それほど威力の高くない技であっても、そのポケモン単体の力量によっては相手に与えるダメージにかなりの差が出てくるものらしい。
それを考えるとラっちゃんはかなりの力をその小さな体の内に秘めているのだろう。
受けたダメージがよほど大きかったのか、ミオは何とか立ち上がろうともがいるみたいだけど、それもできず鋭い目でラっちゃんを睨んでいた。
こんなはずではなかったのに、悔しい、負けたくない、なぜ立てないんだ、そんなミオの感情が自分の能力のせいかどうかはわからないがひしひしと伝わってくる。
今すぐにでもミオのもとに駆けていき治療をしてやりたい、そういう思いに駆られるがイエローはグッと手を握りしめてこらえる。
ポケモン協会の定める規則として基本的にバトル中の道具の使用は、自分で食べて体力を回復する木の実やポケモンの能力を向上させる特殊な効果のある道具というような最初から持たせるタイプのもの以外の、傷薬等の回復道具の使用を厳禁とされている。
以前母に聞いた話では、自分の持つこの治癒能力も後者の扱いとなるようで試合中に使った場合自分が反則負けになるという。
この様な野生のポケモンとのバトルでは審判などはいないから反則等とられることもないが、ポケモントレーナーとしての常識として使用を忌避する傾向にあり、それはイエローにも言えることだった。
今、苦しんでいるミオに対して何もしてやることができない自分に、なんて自分は無力なのだろうと拳を握りしめて悔しさを押し殺す。
もう負けでもいい、負けでもいいから早くミオに治療をしに行きたい。
しかし、イエローにはそれはできなかった。
いくら自分が負けでもいいと思っても、いくら自分が諦めてしまいたいと思っても自分の相棒が、ミオ自身が諦めていないのだ。
言葉にして言っているわけではない、しかしイエローにはわかる。
ミオのその目が言っている、言葉にしなくてもそれだけでミオの想いが伝わってくる。
「諦めない! 負けたくない!」という強い想いが。
『僕は、イエローと出会ってから、イエローを守りたいと、思った時からずっと自分の力を高めてきた。イエローを守るために、傷つけ、させないために。
でも、なんだい、君のその姿は? 君は今まで、何もしてこなかったと、いうのか?
ピカチュウとコラッタという種族の差、性能の差といってもいいけど、それで、劣っている僕に、ここまでボロボロに、されるなんて』
そんなラっちゃんの言葉に「あぁ、私はこんなにも好かれているんだ」と、そう思えて胸の中が温かくなり自然と涙が零れ落ちるのを感じる。
ポケモントレーナーになると決めてから今までいろいろと頑張ってきたけど、頑張ってるのは自分だけじゃない、ミオも自分とは別に頑張ってたみたいだだけど私とミオだけでもない。
ラっちゃんだってたくさん頑張ってきたんだ、他の誰のためでもなく私のために。
だけど
『君じゃ、イエローは、守れ、無いな』
(……うん、ラっちゃん、君の想いはとてもうれしいよ。私のためにたくさん考えて、たくさん頑張ってくれたんだよね。だけど、それは違うよ)
ミオは十分に私の事を守ってくれた。
あの忘れることのできない大切な思い出の1ページである、ミオとの初めての出会いの時だって、イエローはもうだめかと諦めかけた時、颯爽と駆けつけてスピアーを撃退し、イエローを救ってくれた。
オニスズメの大群に追われた時も、イエローが慌てて何も考えられずただ逃げることしかできなかった時だって、ミオは迫りくるオニスズメを迎撃して最後にはぎりぎりであったようだがなんとか撃退に成功させた。
もちろん、数十にも及ぶオニスズメの攻撃をすべて迎撃できるはずもなくイエローたちにもかなりダメージがあったが、ミオはイエローに対するオニスズメの攻撃を優先的に迎撃していたため、撃退することに成功した時にはイエローに比べてかなりボロボロになっていた。
ミオは十分にイエローの事を守っている、誰が何と言おうとイエローはそう主張するだろう。
そして、今もそうだ。
あんなにボロボロになっているのにも関わらず、ミオは立ち上がろうとしている。
ラっちゃんの言葉を否定するかのように、実力で勝っているだろうラっちゃんをそれでも心折れることなく何が何でも打倒するのだというように。
ミオは、まだ諦めていないのだ。
そんなミオを見ていたら、自分だけ諦めることなんてできないと、先ほどまで弱気だった自分がどこかに消えてしまったように感じる。
自分が諦めるということは、ラっちゃんの言葉を全て肯定するということ、そしていつも自分のために戦ってくれたミオを信じていないということに繋がる、そうイエローには思えたのだ。
そんなこと、自分にできるはずがない。
いつだって、どんな時だって、仮に自分自身を信じられなくなる時が来たとしても、自分が大好きになった友達を信じられなくなるなど決してないだろう。
(……あ、ほら、やっぱりそうだ)
『…ッ…ぐぅぅ!!!』
『……まだ、立つんだね』
『あたり、まえだぁ! 諦めの悪さは、俺の自慢だからなぁ!』
ミオはボロボロの体に鞭を打ち、今再び立ち上がった。
(ミオが諦めないなら、私も諦めないよ。ミオがまだ戦うのなら、私も一緒に戦うよ)
ミオと一緒に戦う、そのためにイエローは探す。
ミオはもう限界に近い、というか下手したらすぐにでも倒れてしまいかねない状態だ。
だから、少しでもミオの助けになれるようにイエローは勝利に繋がる“何か”を探す。
……そして見つけた。
「ミオ! ラっちゃんは痺れてるよ! 今だったらさっきまでみたいに戦えないはず!」
今までイエローはこの森で沢山のポケモンたちをその力を持って治癒してきた。
そのため、そのポケモンがどういう状態であるのかじっくりと観察すればある程度はわかるほどに目は育ってきている。
流石に、難しい病だったり目に見えない体内の細かい状態だったりはジョーイさんのように専門の知識を持った人でないためわからないが、それでも一般的にいわれる状態異常である火傷、麻痺、毒、氷結といったものや、外傷の状態がどうなっているのかといったものは一般のトレーナー以上には理解できるといっていい。
そのため、今のラっちゃんの状態に気づくことができた。
先程までと違い冷静になった頭で考え、注意してよく観察することのできる今のイエローならば、それは十分に把握できる範囲のことだった。
麻痺状態となっているラっちゃん、一体いつそんな状態になったのだろうかという疑問はすぐに解決される。
ラっちゃんはミオの電撃を受けることはなかったが、ラっちゃん自身がミオに接触していた。
そもそも電気タイプのポケモンの中には“静電気”という特性を持つポケモンもいて、接触した際にある程度の確率で接触した相手を麻痺状態にすることがある。
しかし、これは確率の問題であり必ず麻痺状態にすることができるわけではない。
このピンチの中でラっちゃんに与えた状態異常、なんという偶然かと思うかもしれないが今回の場合ミオが電気技を使用している最中にラっちゃんはミオに接触するような技を使ったのだ。
電気技の使用時の接触、これは“静電気”とはまた別に相手を麻痺状態に陥らせる確率を上昇させるものと言える。
それを考えれば、今回の事はこちらに運が向いたということもあるだろうが、それ以上に迂闊に攻撃を行ったラっちゃんの小さなミスのおかげと言えなくもない。
何もない暗闇の中、見つけることができた勝つための小さな光。
とはいえ、疲労しているミオからしたら勝率は五分と五分、経験を考えたらもう少し低いかもしれない。
けれど、その小さな可能性であっても、ラっちゃんに勝ってみせる。
さっきまでは自分は戦ってなどなくミオだけが戦ってるようなものだったけど、でもこれからは違う。
これからは自分もミオと一緒に戦う。
初めて負けたくないと思った、初めて諦めないと思った、初めて勝ちたいと思った。
(負けないよ。私達ならラっちゃんにだって負けない。だって私たちは今、本当の“相棒(パートナー)”になれたんだから!)
見せつけたい、ミオだけじゃなくラっちゃんだけじゃなく自分だって戦えるのだという姿を初めての友達と、初めてのパートナーに見せつけたい。
初めてのパートナーと一緒に初めてのポケモンバトル、決して負けられない一勝負。
絶対に、何が何でも勝ってみせる。
そう意気込み、ミオに対して指示を出した。
「ミオ! “でんこうせっか”だよ!」
さぁ、これからが私たちの本当の「初めてのポケモンバトル」の始まりだ。
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11話です。
夏休み、それは人を堕落させる恐ろしい期間である。
……そろそろ体動かさないとなぁと思ってみたり。