悪夢の会議から二日が経過した。
あの会議場に居合わせた全員に土下座で謝罪を行ってまわった人修羅は、自身にあてれた部屋で額にピクシーを乗せ、横になっていた。
あれから何か事件や任務があったわけでもなく、人修羅は少々手持ち無沙汰で横になるか仲魔と話す位しかすることが無かった。
「人修羅、何かすること無いの?」
ピクシーが脚で人修羅をベシベシと叩きながら訊いた。
「無いなぁ」
人修羅はその脚をまるで羽蟲でも追い払うように左手で払う。
「ここの施設を借りて、いつもみたいに武術の鍛錬とか魔法の特訓とかしないの?」
「アホ、この世界に俺の全力を受け止めれるところが何処にあるんだよ。特訓てのは全力でやるから意味があるんだぜ?」
「じゃあ
「そのためだけに毎回落ちるのもなぁ…それに有事のときに、ここの奴等は
「そっかぁ…」
二人の言葉はそこで止まり、二人とも天井の模様を眺める作業に戻った。
そんな緩い朝の空気が充満する人修羅の部屋にいきなりノックの音が響いた。
「人修羅、少しいいだろうか」
ノックの後に聞こえてきた声に人修羅は、一息にベッドからはね上がると、ドアへ向かった。跳ね飛ばされたピクシーの抗議の声が聞こえるが気にしないことにした。
ドアを開けるとそこに居たのはシグナムだった。
「すまないこんな早朝から、お前に頼みがあるのだか…」
「俺に頼み?」
何の忌憚も無く二人が会話できているところを見ると、先日の事件の後、人修羅がどれだけ熱を入れ謝罪をしたのかが伺える。
「ああ、先日お前が呼び出したあの巨人…スルトと言ったか、彼と手合わせ願いたいのだが…」
その申し出に人修羅は
「また突然だな、それにお前が挑もうとしているのは先日お前が屠ったような下等な悪魔じゃなく上位に君臨する魔王なんだぜ?」
「不躾な頼みだと言うのは重々承知している、彼が強大な悪魔だと言うのも理解しているつもりだ」
だが、とシグナムは人修羅の目を見据えて言う。
「奴の持っていた、あの焔を噴く剣が私の頭から離れないのだ。正式な仕合でなくても構わない、彼と戦わせてはくれないか?」
人修羅はシグナムの熱の入った言葉を聞き、アマラ深界にいるスルトに呼びかけた。
(聞いてたかスルト?お前と試合たいそうだが、どうするよ?)
(無論受けて立とうぞ、我もこの小娘には些か興味があったのでな)
(手加減はしろよ?)
(さてな、この娘次第だ)
(当たり前だが殺すなよ)
(それもこの娘次第だ)
(当然だが負けるなよ)
(御意)
スルトの返事に人修羅は一つ頷き、シグナムを見る。
「構わないってよ」
「ほ、本当か!」
「ああ」
人修羅はシグナムに肯定の返事をし、自身の部屋にアマラ深界にいるスルトを呼び寄せた。何も無かった殺風景な部屋に炎の巨人が現れる。
「んじゃ、行こうか」
しかし、そこからが大変だった。スルトの愛剣であるレーヴァテインは常に刃が炎を噴くため、非殺傷設定を掛けても相手を傷つけてしまうという、とても厄介な性質を持っていたため、スルトには剣型の簡易アームドデバイスが渡されたのだったが、並みのデバイスではスルトの途方も無い筋力に耐え切ることが出来ずすぐにへし折れてしまい、絶対に折れず、曲がらないを第一としたデバイスを早急兼即席で作成することになり、結局シグナムとスルトの試合は何時間も経過した後になった。
荒野に変化した訓練場に立つ人間と巨人を隊長陣、フォワード陣、ついでに人修羅とピクシーが見つめていた。
「どう思う、なのは?」
フェイトの問いになのはは困ったように声を上げる。
「うー…ん、わたしはあのスルトっていう人がどのくらい強いのか分からないから、あまり詳しいことは言えないけど…魔力はスルトさんの方が上みたいだね、でも飛行能力も無いみたいだしシグナムの方が有利かな?」
「無理だな」
なのはの意見に人修羅が声を出す。
「スルトは俺の仲魔の中でもかなり上位に君臨する存在だ、加減はするように言ったが力をセーブした人間ではどう逆立ちしても勝てん」
「え? 人修羅さん、シグナムが能力限定かけとるの知っとったん?」
「薄々だがな、そんなヤツにスルトは負けんよ」
「でも副隊長の強さはたとえ能力限定を掛けていても桁が違います、貴方の思ったようにはならないと思いますよ」
人修羅の言葉にエリオが反発する。
「なに、見ていれば分かるさ。絶対にスルトは勝つ、それも一方的に、悪魔を甘く見んなよ」
人修羅の言葉と同時に、審判を買って出たリインが開始の合図を告げる。
「試合開始です!」
両者が同時に動いた。
両者は真正面から剣を打ち込み、ぶつけ合う。それを幾度も繰り返すが、すぐにスルトが有利な展開となった。
両者のリーチの圧倒的な差もあるが、一番の問題は筋力と体躯の差だった。女性であり長身痩躯のシグナムに対し、魔王であるスルトは、その二メートル強の無駄な脂肪の無い巨体に、分厚い筋肉を幾重にも付けている。シグナムも人間として筋力はかなり強いほうだが、スルトの魔王としての筋力の前には比べるまでもない。すぐにシグナムは、スルトの怪力の前に押され始める。
「ちっ!!」
このままでは不味いと、シグナムが大きく距離をとる。その瞬間シグナムが今までいた位置にスルトの剣が地面を切り裂きながら通った。
普通ならスルトのような途轍もない筋力も持つ者が、刀剣の類で攻撃を行うと「切り裂く」というよりも「割り砕く」といった攻撃になってしまう、しかし。
(何という鋭利な切り口だ!)
シグナムは地面についたその鏡のような切り口に思わず目を見開いてしまった。
(いったいどの様な鍛錬を積んだのだ…!?)
普段のシグナムでもここまでの切り口はそうそうできるものではない。それをあの巨人はあの体躯で意図も簡単にやってのけたのだ。
(素晴らしい剣筋だ…!)
シグナムがその地面を切った主に視線を戻すと、スルトは何故か剣を降ろし、此方に大口を開けていた。
(……?)
シグナムの疑問は一瞬後に起こった現象によって解決された。螺旋状の獄炎がスルトの大口から吐き出されたのだ。
『ファイアブレス』
「くっ!!」
思わず空中に退避するシグナム、その瞬間シグナム足を炎が掠める、シグナムは背にに冷や汗が流れるのを感じた。
(
「レヴァンテイン! カートリッジロード!」
【Explosion】
電子音と共にカートリッジが排莢され、レヴァンティンの形状が変化する。
「
【Schlangeform】
片刃剣から一転、まるで鞭のようにレヴァンティンは刀身を
(手数で攻める!)
「ハァッ!」
延長したレヴァンティンをシグナムは、丁度炎を吐き終えたスルトへ振り下ろす。
「………」
不意にスルトを囲っていた
「フッ!」
スルトは呼気ともに連結刃を右手の剣で払う。
スルトが剣を振るったのを皮切りとしたのか、スルトを囲っていた連結刃が一斉にスルトへ襲い掛かった、しかし。
「………」
スルトは無言で、無数の刃を払ってゆく、背や脹脛、手首を狙ったものまでだ。
「何だコイツ、どうなってんだ?」
眼前に出現させたモニターで試合の様子を見ていたヴィータが連結刃を払うスルトの様子を見て眉に皺を寄せた。
「シグナムの
「うん、そうだね」
ヴィータの声に、連結刃を幾度も受けたことのあるフェイトが同意した。
「シグナムのアレはどっちかっていうと、
「受けずに避けるしかないんですよね……」
エリオの同意にフェイトは頷く。しかしモニターのスルトは、右手の剣一本で連結刃を全て弾いている。
「何、簡単な話だよ」
人修羅が背を預けていた壁から離れ、口を開いた。
「スルトはあの連結刃と軌道を合わせてるんだよ」
「…どゆこと?」
スバルが首を傾げて人修羅を見る。
「連結刃や鎖なんかは、鞭と違って衝撃じゃなく、その
「だがらそれが…」
「最後まで聞け」
口を挟んだティアナを人修羅は一蹴する。
「さっきまでの片刃剣と違って、撓りを重点とした連結刃は、力による向きの変動を大きく受ける。確かに普通に打ち込めばあんた達が言ったみたいに、先の刃が向かってくるな」
人修羅の言葉にフェイトやエリオは勿論、キャロやリインまでもが聞き入っている。
「だが、連結刃に逆らうんじゃ無く、合わせるように、ほぼ同じ向きで力を加えると用意にその向きは外へ向かう」
「じゃあ、さっきからスルトさんがやってるのは…」
「連結刃と自分の剣の腹を滑り合わせてるだけだな」
確かに先ほどから聞こえてくる音は、剣と剣がぶつかる甲高い金属音ではなく、剣でアスファルトを削るかのような音しか聞こえてこない。
「こんな感じだね」
ピクシーが自身の左腕をなでるように右手でその上をなぞった。
「でもあの速度にあの数やで? 幾らなんでも咄嗟に反応出来ないのも出てくるやろ?」
「そうです。普通の人間に出来ることじゃないです」
「俺達は悪魔なんだぜ? 幾つの戦場をわたってきたと思ってる?」
人修羅の自信満々の言葉に一同は息を呑み、再び試合を注目する。
「ねぇ、ティア」
そんな中一人だけ納得のいかない顔をしていたスバルが隣のティアナに声をかけた。
「わたし、今一良く解らなかったんだけど……どういうことなの?」
「うっさい、バカスバル」
ティアナの言葉にスバルはシュンとした表情になった。
「ちっ!」
シグナムは焦っていた。先ほどから攻めているのは自分だ、あの巨人は受けているだけだ、だが。
(まずい……!)
柄から伝わってくる衝撃にレヴァンティンが限界に近いことがわかる。打ち合いや並大抵の衝撃には耐えるアームドデバイスだが、削るような攻撃にはどうしても弱くなる。既に連結刃の一部は摩擦による熱を溜め込みすぎ、オーバーヒートして赤熱化をおこしている。
(一度引かねば……ッ!?)
連結刃を引こうかと思案していたシグナムは、自身の左頬を何か高熱の物体が掠めていくのを感じた。
「!?」
思わず驚きで左手で頬に触れてしまい、精密さを要求される連結刃の操作を怠ってしまう。
「しまっ!!」
気付いたときには既に遅かった。小炎をシグナムへ放ったスルトは、連結刃の網を既に抜け出しており。先ほどと同じくこちらに大口を開けている。
『ファイアブレス』
空中のシグナムを再び放たれた螺旋炎が捉えんと襲い掛かる。
「くっ!」
シグナムは先ほどとは違い空ではなく、地上に退避する。あまり上空に上がりすぎると、遠距離攻撃が一種類しかないこちらはスルトにとっては良い的でしかなくなるからだ。
地上に降り立ったシグナムはすぐさまスルトの姿を確認するため視線をはしらせた。スルトの姿は既に眼前に迫っていた。
「なっ!?」
シグナムは驚きの声を漏らした。何しろシグナムがとった距離は少なくとも一度のステップだけで移動できるような距離ではなかったからだ。
しかしスルトの人間とは桁外れに違う巨体を支える筋力は、ワンステップでシグナム元への移動を可能とした。
スルトが突進に近い動きでシグナムへ剣を叩きつける。間一髪でシグナムはレヴァンティンの鞘で、受け止めることに成功するも、スルトの勢いと質量に負け、大地に押し付けられ馬乗りにされる形になってしまう。
「ぐぅ!」
スルトに押しつぶされる形となるため重力も味方しての先ほどの剣戟のときよりも強い力で押されるシグナム。しかも自分の背後は地面であり、先のように距離をとるどころか移動すら出来ない。
既にスルトの腕力に対抗するため、連結刃状態のレヴァンティンは手放しており、シグナムは両手で鞘を支えている。
追い詰められたシグナムに向け、スルトが更に追い討ちを仕掛ける。スルトが再び大口を開け今度は炎ではなく、大声をシグナムに叩きつけた。
『雄叫び』
スルトの大声により剣を持つ手に力が入らなくなる。
まずい!と思った次の瞬間レヴァンティンの鞘がシグナムの手から弾き飛ばされる。
「しまっ―――――!!」
スルトの剣がシグナムの顔を狙って振り下ろされる。だがスルトはシグナムの顔の1cm手前で剣を寸止めし、口を開いた。
「この勝負、我の勝利だ」
スルトの言葉にシグナムは頷くしか出来なかった。
(一太刀すら浴びせることが出来なかった――――!!)
シグナムは思った、彼女は今まで数多の試合を行ってきたが、ここまで一方的、圧倒的に倒されたのは初めてだったからだ。
「何、そう悲観するものではない」
その様子を察したのかスルトが剣を上げながら言った。
「我は始めの打ち合いの時点で汝を打ち倒すつもりだったのだ、しかし汝は見事それを乗り越えた、人間にしては中々にして強いではないか」
そんな言葉を掛けるがシグナムの耳には一言も届いていなかった。
「な? 言ったろ勝てないって」
勝負のついた二人を眺める皆に人修羅の言葉に答える者は誰も居なかった。
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第5話 炎の武人