No.473094

咲-Saki-《風神録》日常編・東四局一本場

だいぶ間が空いたが更新。

もっとだ……もっと糖分を……こんなんじゃ全然満足できねーぜ……!

2012-08-20 23:04:27 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:4763   閲覧ユーザー数:4604

 

 

 

「……はぁ」

 

 夕暮れの陽に赤く照らされる放課後の校内。ほとんど生徒がいなくなった廊下を歩きながら思わずため息を吐いてしまう。

 

 教室に戻ってゴミ捨て(委員長の監視付き)を終えたと思ったら、廊下で丸山女史に捕まり教材運びを手伝わされるハメになってしまった。なんでも授業中上の空だった罰とのこと。説教交じりに教材運びの手伝いを長々とさせられ、気が付けば完全下校時刻になってしまった(部活に全く出そうとしない教師ってのはどうなんだ……?)。

 

 さらに手伝いも終わり携帯電話を開いてみれば「先に帰るからな」というゆみ姉からのメール。

 

「……こういうのを厄日っていうのかなー……」

 

 がっくりしと肩を落とし、再度ため息を吐きながら携帯電話を閉じる。

 

 しょうがない、家に帰ってラノベでも読んでいよう……。そんなことを考えながら、自分の荷物の回収と戸締りのために部室を目指して歩くが、ふととあることに気が付く。

 

(あれ? ゆみ姉たちが部室を空にしたまま戸締りもせず帰るわけないよな?)

 

 ということは誰かが部室内で俺が戻って来るのを待っていてくれているということだ。ゆみ姉は既に帰宅済みなのはメールで確認済み。

 

 一体誰が……と考えながら部室の扉を開く。

 

「お、お帰りなさいっす」

 

「へ?」

 

 

 

咲-Saki-《風神録》

 日常編・東四局一本場 『五人目の部員・帰り道編』

 

 

 

 

 

 

 夕暮れが差し込む部室内。椅子に座って俺を待っていてくれたのは。我が麻雀部の五人目の部員、東横桃子だった。

 

「えっと、と、東横が待っててくれたのか?」

 

 何となく東横を直視することが出来ず、すすっと視線を横に逸らしながら尋ねる。新たに視界の中に入ったのはしっかりと片付けられた雀卓。俺がいない間に何回か対局したのだろうが、片付けられた雀卓から今日の対局の成績を把握する事は到底不可能だった。

 

「そ、そうっすよ。部長から鍵もしっかりと預かってるっす」

 

「そっか。待たせちゃって悪いな」

 

「全然大丈夫っすよ。その……私から待たせてもらったんすから」

 

(ん?)

 

 その東横の発言に逸らしていた視線を東横に戻すと、彼女は両手で部室の鍵を弄びながら視線を手元に落としていた。僅かに覗く耳元が仄かに赤くなっているが、それは果たして夕陽のせいなのか別の何かが原因なのか。

 

「えっと……い、一緒に帰らないっすか?」

 

 ……へ?

 

「……ダ、ダメっすか?」

 

「いや、全然大丈夫。ダメなことなんて一切合財存在しないからノープロブレム」

 

 純粋に驚いた。ハッキリ言って今まで女の子との関わりはそんなに多くはなく、ましてや女の子から「一緒に帰ろう」などと言われたことなどあるはずがない。しかもあろうことか彼女はそのためだけにわざわざ待ってくれていたではないか。可愛い女の子が若干顔を赤らめながらモジモジと言われたそんな提案を、断る男がいるのだろうか? いや、いるはずないね!

 

「そんじゃ、帰るか」

 

 テンションが上がって了承の返事が何やら可笑しなものになってしまったが、気にしないことにする。

 

「う、うん」

 

 机の上の鞄を拾い上げると、俺と東横は戸締りをしてから部室を後にした。

 

 

 

 

 

 

「「………………」」

 

 二人並んで帰り道を歩く。何となく気まずいような気恥ずかしいような、そんな緊張感を感じ所在無く視線をキョロキョロと彷徨わせてしまう。基本的にこの近辺は世間一般的に田舎に部類される地域のため、周りに民家は少なく人通りも少ない。ゆえにこうして並んで歩いていると、必然的に二人きりというシチュエーションになるということだ。

 

 しかしこの女の子と二人きりというシチュエーション自体に対するものではなく、『東横桃子と二人きり』という現在の状況に対するもの。

 

 彼女の存在を知ったのは三日前、彼女と直接顔を合わせたのは昨日。にも関わらず、俺は隣にいる少女のことをこんなにも意識してしまっている。

 

 チラリと横目に東横を見やる。何度目になるか分からないが、ハッキリ言って東横は俺の好みドストライクだ。

 

(………………)

 

 ふと思い出すのは部活を始める前の東横とゆみ姉たちとのやり取り。

 

 どうしてこんなに可愛い子が周りに入室を気付かれないレベルで存在が薄かったりするのだろうか。

 

「……なぁ、東横」

 

「うひゃあ!」

 

(……可愛い!)

 

 じゃねーよ!

 

「ど、どうした? そんなに驚いて……」

 

「いや、その、声をかけられるということがあまりなかったっすから……」

 

 いやいや、今俺思いっきり隣を歩いてるんだけど。

 

「……私は、隣にいようが目の前にいようが、歌ったり踊ったりしない限り誰にも気付かれないっすよ」

 

 東横は自嘲するように、ポツリポツリと語り出した。

 

「私は、今まで周りの人間とのコミュニケーションを放棄してきた。他人とのコミュニケーションで得るもののためにする努力を、私は面倒だと言って切り捨ててきたっす」

 

 少し、東横の歩くスピードが遅くなる。俺も歩く速度を落とす。

 

「おかげで私の存在感の無さは拍車がかかるばかり。きっとこれから先もずっと、私は他人とコミュニケーションを取ることはないと、ずっとそう思ってたっす」

 

 ふと、背後から車が走ってくる音がする。歩道がなく道幅も狭いため、肩を並べて歩いていた俺たちは道の端によって車をやり過ごす。

 

 車は行ってしまったが、東横は足を動かさなかった。

 

「……そんなとき、一人の男の子が教室に乗り込んできた」

 

 

 

 

 

 

 ――俺は、お前が欲しい!

 

 

 

「見つからないはずの私を、大勢の人の前で叫んで求めてくれた。それだけじゃない。今まで決して見つかること無かった私に向かって、手を差し伸ばしてくれた」

 

 

 

 ――見つけた。

 

 

 

「……本当に、嬉しかったっす。あの差し伸べられた手で、私の世界は変わったっす。だから、改めて言わせてください」

 

 

 

 ――見つけてくれて、ありがとう。

 

 

 

「……!!」

 

 ……か、顔が熱い! これはダメだ、本当にダメだ!

 

「ど、どうしたんすか?」

 

「い、いや、何でもない何でもない、気にしないでくれ」

 

 鞄を持っていない方の手で覆いながら顔を背ける。

 

 東横の笑顔に完璧にやられた。顔が熱くてまともに東横の顔が見れない。

 

(………………)

 

 ああ、そうか。

 

 こうして笑顔を見せてくれるだけで、こんなにも幸せになれる。

 

 知ることになったきっかけは、ただのネット麻雀。実際に出会ったのはわずか二日前。

 

 それにも関わらず、俺はこんなにも東横を意識してしまっている。

 

 

 

 俺は、東横桃子のことをどうしようもなく好きになってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

「そ、それでなんすけど……ひ、一つお願いしたいことがあるんすけど……」

 

 胸の前で人差し指をツンツンとしながら東横はふいっと視線を逸らす。

 

「お、お願い?」

 

 そんな仕草に「ああ可愛いなぁ!」などと脳内にて全力でニヤニヤする。顔に出ないようにするので精一杯である。というか、我ながら短時間にベタ惚れしすぎではないだろうか。多分、意識してしまうことで一気に東横のことが好きになったのだろう。

 

「……な、名前で呼んでも……いいっすかね?」

 

「……全然大丈夫!」

 

 一瞬考えてしまったが、これは即断でOKしていい内容だった。

 

「そ、そうっすか? ……じゃ、じゃあついでにわ、私のことも名前で呼んでくれると……その、嬉しかったりするんすけど……」

 

「……と、東横が呼んでいいって言うなら……」

 

 なんかもう、ハッキリ言って舞い上がってます。キャラが違う? 色々とあってテンションが振り切れてるんだよ! バクバクと心臓の音が体外にまで聞こえてしまうのではないかと思えるほど煩くなっている。

 

「……呼んで欲しいっす」

 

「……じゃ、じゃあ、これからよろしくな……モ、モモ……で、いいかな?」

 

 ……名前で呼ぶのが恥ずかしかった。ヘタレ言うな!

 

「よ、よろしくお願いしますっす……御人君」

 

 夕陽に照らされ、真っ赤になりつつも俺に向けてくれたこの時のモモの笑顔を、俺は一生忘れることはないだろう。そう思えるほど、彼女の笑顔は素晴らしいものだった。

 

 

 

 その後、モモと分かれて自宅に戻った途端、頭を抱えながら「うわ何この陳腐な恋愛の三文小説みたいなノリ!? 恥ずかしすぎる!!」と首を吊らんとせんばかりの勢いで身悶えることになるのは全くもって余談だということにしておこう。

 

 

 

 《南一局に続く》


 
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