第三話
セルムブルグは、第61層にある美しい城塞地だ。
規模はそれほど大きくはない。だが、華奢な尖塔を備える古城を中心とした市街は全て白亜の花崗岩で精緻に作り込まれ、ふんだんに配された緑と見事なコントラストを醸し出している。
市場には店もそれなりに豊富で、ここをホームタウンにと願うプレイヤーは多いだろうが、部屋がとても高いのだ。
よほどのハイレベルに達さない限り入手するのは不可能に近い。
俺とアスナがセルムブルグの転移門に到着した時には、もうすっかり日は暮れかかり、最後の残照が街並みを深い紫色に染め上げていた。
この層はほとんどが湖で占められており、セルムブルグはその中心に浮かぶ小島に存在している。
なので、外周部から差し込む夕陽が水面を煌めかせとても美しいのだ。
俺はいつ来ても広大な湖水を背景にして濃紺と朱色に輝く街並みのあまりの美しさに心を奪われていた。
キリト(やっぱり、いつ来てもここの景色は良いな)
転移門は古城前の広場に設置されており、そこから街路樹に挟まれたメインストリートが市街地を貫いて南に伸びている。
両脇には品のいい店舗やら住宅が並び、行き交うNPCやプレイヤーの格好もどこか垢抜けて見える。
キリト「うーん、広いし人は少ないし、開放感あるなぁ」
アスナ「なら君も引っ越せば」
キリト「金が圧倒的に足らない」
キリトが表情を改めて、遠慮気味に訊ねる。
キリト「・・・そりゃそうと、本当に大丈夫なのかよ?さっきの・・・。」
アスナ「・・・・・・・・・。」
それだけで何のことか察したらしく、アスナはくるりと後ろを向くと、俯いてブーツのかかとで地面をとんとん鳴らした。
アスナ「・・・わたし一人の時に何度か嫌な出来事があったのは確かだけど、時々キリト君が助けてくれたじゃない、護衛なんて行き過ぎだわ。
要らないって言ったんだけど・・・ギルドの方針だから、って参謀職たちに押し切られちゃって・・・」
やや沈んだ声で続ける。
アスナ「昔は、団長が一人ずつ声を掛けて作った小規模ギルドだったのよ。
でも人数がどんどん増えて、メンバーが入れ替わったりして・・・最強ギルドなんて言われ始めた頃から、なんだかおかしくなっちゃった」
言葉を切って、アスナは体半分振り向いた。
その瞳には、どこかすがるような色が見えた気がして、俺はわずかに息を呑んだ。
視線を逸らして濃紺に沈みつつある湖面を見やった。
そして、場を切り替えるような歯切れのいい声を出す。
アスナ「まあ、大したことじゃないから気にしなくてよし!早く行かないと日が暮れちゃうわ」
先に立ったアスナに続いて俺も街路を歩き始めた。
少なからぬ数のプレイヤーとすれ違うが、アスナの顔をじろじろ見るような者はいないようだ。
アスナの住む部屋は、目抜き通りから東に折れてすぐのところにある小型の、しかし美しい造りのメゾネットの三階だった。
ここに来るのは二回目なのだが・・・
キリト「なあ・・・これ前に来たときは聞けなかったけど、いくらかかってるんだよ・・・?」
アスナ「んー、部屋と内装あわせると4千Kくらい。着替えてくるからそのへん適当に座ってて」
サラリと答え、アスナはリビングの奥にあるドアに消えていった。
俺はメニューウィンドウを出して装備を解除したあと、ふかふかのソファにどさっと沈み込む。
やがて、簡素な白いチュニックと膝上丈のスカートに着替えたアスナが奥の部屋から現れた。
俺はアスナが来たことを確認し、ラグー・ラビットの肉をオブジェクトとして実体化させ、陶製のポットに入ったそれをそっと目の前のテーブルに置く。
アスナ「これが伝説のS級食材かー。・・・で、どんな料理にする?」
キリト「そうだなぁ、シチューとかどうだ?煮込み(ラグー)って言うくらいだからよ」
アスナ「そうね・・・じゃあシチューにしましょう」
そのまま隣の部屋に向かうアスナのあとを俺もついて行く。
キッチンはとても広くて、巨大な薪オーブンや、色々な高級料理道具アイテムが並んでいた。
アスナはオーブンの表面をダブルクリックの要領ですばやく二度叩いてポップアップメニューを出し、調理時間を設定したあと、棚から金属製の鍋を取り出した。
ポットの中の生肉を移し、いろいろな香水と水を満たすと蓋をする。
アスナ「本当はもっといろいろ手順があるんだけど。SAOの料理は簡易的されぎててつまらないわ」
と言いながらもアスナは僅か5分足らずで、手元の作業とメニュー操作を1回のミスもなくやり遂げると、完成したシチューとサラダなどをアスナが運んできた。
眼前の大皿には湯気を上げるブラウンシチューがたっぷりと盛り付けられている。
鼻腔を刺激する芳香を伴った蒸気に、照りのある濃密なソースに覆われたラグー・ラビットの肉がごろごろ転がっている。
その上を飛行機雲のようなクリームの白い筋が実に魅惑的だ。
アスナ「それじゃあ、いただきます」
キリト「いただきます」
俺達は一言も言葉を発することなく、大皿の中のシチューを口に運ぶ作業を黙々と繰り返していた。
やがて、綺麗に食べ尽くされた皿と鍋を前にアスナはため息をつく。
アスナ「ああ・・・今までがんばって生き残っててよかった・・・。」
まったく同感だった。
饗宴の余韻に満ちた数分の沈黙を、俺の向かいでお茶のカップを両手で抱えたアスナがぽつりと破った。
アスナ「不思議ね・・・。なんだか、この世界で生まれて今までずっと暮らしてきたみたいな、そんな気がする」
キリト「確かに随分こっちでの生活に慣れてしまったな」
アスナ「うん、最近、あっちの世界のことをまるで思い出さない日がある。
私だけじゃない・・・この頃は、クリア脱出だって血眼になる人が少なくなったわ。
それに、攻略のペースが確実に落ちてるわ。最前線で戦ってるプレイヤーなんて、五百人いないでしょう。
危険度のせいだけじゃないと思う。
みんな、馴染んできてるんじゃないかな。この世界に・・・」
橙色のランプの明かりに照らされたアスナは物思いにふけるような美しい顔をそっとみつめた。
俺はその顔を見つめながら
キリト「でも、俺は帰りたい。」
俺の言葉が部屋に響く。
アスナ「私もよ、私も帰りたい。」
俺は少し微笑んだ。
アスナも珍しく俺に微笑みを見せると、続けて言った。
アスナ「だって、あっちでやり残したこと、いっぱいあるから。」
その言葉に、キリトは素直に頷いていた。
キリト「そうだな。俺たちががんばらなきゃ、サポートしてくれる職人クラスの連中に申し訳が立たないしな・・・。」
俺は久しぶりに良い気持ちになったのでどう感謝の気持ちを伝えようかと言葉を探しながらアスナを見つめた。
すると、アスナは顔をしかめながら目の前で手を振り、
アスナ「あ・・・あ、やめて」
キリト「んっ?なんだ?」
アスナ「今までそういうカオした男プレイヤーから、何度か結婚を申し込まれたわ」
キリト「あ~、ないない、俺なんかがアスナみたいな美人と釣り合わないよ」
俺がそう言うと、言った言葉の意味がすぐ理解出来たのか顔が真っ赤になった。
アスナ「にゃ!にゃにいってんのよ!?/////」
言葉を噛んでいるが気づいてないので
キリト「かんでるぞ、アスナ」
と言ったらボンッ!と音が出るくらい赤くなった。
アスナ「うぅ~/////」
と上目遣いで睨んでくるのだが可愛いがこれ以上からかうのは、やめておこう。
俺はそう思い会話を変えた。
キリト「そういえば、何か俺に用があったんじゃないのか?」
俺が会話を変えたことによって赤みかかった顔は次第に元に戻った。
アスナ「そうだったギ、キリト君ってギルドに入る気はないの?」
キリト「いきなりだな・・・」
アスナ「B出身者が集団に馴染まないのは解ってる。でもね。」
アスナの表情が、更に真剣味を帯びる。
アスナ「70層を超えたあたりから、モンスターのアルゴリズムにイレギュラー性が増してきてるような気がするんだ。」
それは俺も感じてはいた。
CPUの戦術が読みにくくなってきたのは、当初からの設計なのか、それともシステム自体の学習の結果なのか。
後者ならば、今後の展開が読みにくくなる。
アスナ「ソロだと、想定外の事態に対処できないことがあるわ。
いつでも緊急脱出できるわけじゃないのよ。パーティーを組んでいれば安全性がずいぶん違う。」
キリト「安全マージンは十分取ってるよ。忠告は有り難く頂いておくけどよ……ギルドはちょっとな。それに……」
俺は頭の中でとある出来事が映った。
キリト「俺にとってはパーティーメンバーってのは、助けよりも邪魔になることのほうが多いんだよ」
アスナ「あら。」
チカッと目の前を銀色の閃光がよぎった。
アスナの右手には銀色のナイフが握られており、俺の鼻先に吸えられていた。
細剣の基本技〈リニアー〉だったか。
基本技とは言え、圧倒的な敏捷度パロメータ補正のせいで凄まじいスピードがある。
キリト「なるほどな、降参だ、あんたは例外だ。・・・と、言いたいけど、ナイフを見てみな」
アスナ「え?それって・・・て!?」
そう、アスナの持っていたナイフは綺麗に折れていた。
アスナ「どうなってるの!?」
キリト「簡単なことだよ。ただ単にナイフが向かってくる瞬間に刃部分だけを狙って手刀でへし折った。」
それを聞いてかアスナは呆然としている。今のうちに治すか。
キリト「アスナ、手のナイフを貸してくれ」
そう言って右手をアスナの前に出した
アスナ「わ、わかった」
そう言って、アスナも刃が折れてるナイフを渡してくれて、俺はそれを手に持ったまま
キリト「『神魔眼』発動、神眼スキル『治し目(ヒーリング・アイ)』発動」
俺はそう言うと右目が翠色に輝き瞳の中には紅い翼のような紋章が現れた。
キリト「対象は右手にある物体をヒール」
俺がそう唱えると、右手から淡い光が出てきてナイフが見えなくなり、光が消えるとナイフは元に戻っていた。
それを見たアスナは
アスナ「き、キリト君、今のは?」
俺は少し苦笑いしながら
キリト「余り内容は言えないけどさっき使ったのくらいならいいけど」
アスナは渋々、わかったと言って
キリト「これはユニークスキル『神魔眼』の神眼スキル『治し目(ヒーリング・アイ)効果は俺が触っている対象に回復や過労などや壊れた道具などを治す効果がある」
アスナ「で、でもSAOには魔法はないんじゃあ」
キリト「そうなんだよなぁ」
やばい、これ以上ダメだから
キリト「これ以上は話せないから、ナイフを折った罰は何か一つ言うことを聞くでどうだ?」
アスナ「なら、しばらくわたしとコンビ組んで欲しいの
わたしの実力もちゃんと教えて差し上げたいし。あと今週のラッキーカラー黒だし。」
キリト「それくらいなら喜んでやるけどよ。お前、ギルドはどうすんだよ。」
アスナ「うちは別にレベル上げノルマとかないし。」
キリト「じゃああの護衛2人は。」
アスナ「置いてくるし。」
俺は少し沈黙してから
キリト「解った。じゃあ・・・明日朝9時、74層のゲートで待ってるぜ。」
俺がそう言うとアスナは嬉しそうに笑顔になった。
そろそろ外が暗くなってきたので、俺は暇を告げた。
建物の階段を降りたところまで見送ってくれたアスナが、ほんの少し頭を動かして言った。
アスナ「今日は・・・まぁ、一応お礼を言っておくわ。ご馳走様。」
キリト「こっちこそ。また頼むよ・・・もうあんな食材アイテムは手に入らないだろけどな。」
俺は笑いながら言うと
アスナ「あら、ふつうの食材だって腕次第だわ。」
切り替えしてから、アスナはつい、と上を振り仰いだ。
すっかり夜の闇に包まれた空には、星の輝きは存在しない。
百メートル上空の石と鉄の蓋が、陰鬱に覆い被さっているからだ。
キリト「じゃ、お休み、アスナ」
アスナ「お休み、キリト君」
俺はアスナと別れてから独り言のように呟いた。
キリト「今のこの状態、この世界が、本当にあの男、茅場 晶彦の作りたかったものなのかな・・・。」
その問いには誰も答えれない、本人以外は。
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今回はユニークスキルの一旦をお見せしましょう。