No.472837

紅葉の手を伸ばして

雛咲 悠さん

踊る二次創作小説です。ちょっとややシリアス。

2012-08-20 10:23:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:4674   閲覧ユーザー数:4669

夜が明けようとしている。

 

青島はモスグリーンのコートを肩に羽織りながら、うつらうつらと船を漕いでいた。

 

今日は夜勤だった。だから、本当は寝る訳にはいかない。緊急時に供えて、所轄の刑事は万全に構えていなければならない。当然青島もそれは知ってはいたが、いかんせん仕事が忙しすぎる。疲労が我慢を押しのけて、いつしか眠りの海へと誘われていたが――

 

彼は、そっと瞼を開いた。

 

音を聞いたわけでもない。起こされたわけでもない。ただなんとなく、唐突に眠りから覚めてしまっていた。寝直そうとしても、なぜか目が冴えてしまって眠れない。

 

「ん……んう…?」

 

誰もいない刑事課。その壁の上にある時計の針を見ると、短針は4を指していた。日が少しずつ入り、スズメの声も聞こえ出している。

 

ふわぁと大きな欠伸ひとつして、彼は席を立った。朦朧とした頭で廊下に出、トイレを目指す。寝癖頭をポリポリ掻いて――

 

「……なんだ?」

 

声を聞いた気がした。

 

しかし、ここに人などいるわけが無い。今日の夜勤は自分だけだ。

 

不気味に思いつつしばらくじっと立っていても、もう何も聞こえない。薄暗い廊下には、まだ非常灯が明滅していた。

 

「空耳、かな」

 

彼は笑って、トイレの入り口に入り――その瞬間、心臓が凍った。

 

 

 

赤ん坊の泣き声が聞こえる。

 

 

 

今度こそ立ち止まり、青島はゆっくりと後ろを向いた。

 

泣き声が反響して、ここまで届いている。声は奥の方から聞こえてきた。ロッカー室か?

 

「『赤子の泣くロッカー室』……まさか…」

 

聞いた事がある。

 

これはすみれから聞いた情報だが、この湾岸署には「出る」らしい。その内のひとつが、ロッカー室の怪談だった。

 

彼女の声が、脳内に響いてくる。

 

(昔ね、ここが一般ビルだった時の話。ロッカーに置き去りにされたまま死んじゃった赤ちゃんが、夜な夜なお腹が空いたって、泣くんだって……それからは、夜勤の人たちも何人か聞いてるみたいよ)

 

赤ん坊の呪いだと、他の刑事たちが怯む中、青島は笑い飛ばしたのである。そんなのいるわけないでしょ、とタバコに火をつけて。

 

その状況とまったく同じ状態で、青島は口にタバコを咥えていた。火をつけようとして――マッチを持つ手が小刻みに震え、なかなかつかないことに気付く。

 

「くそっ」

 

乱暴にマッチの火を消し、彼は大股でロッカー室に向かった。

 

「なにがお化けだ、何が呪いだ……ぜってぇ捕まえてやっからな」

 

そう言いながらも、自分がひどく心細い事を否めざるを得なかった。こういうのは、めっぽう苦手なのだ。

 

ロッカー室のドアの前まで来る。赤ん坊の泣き声は収まっていた。ドアノブをそっと握って捻ると、あっけなく開く。青島は開いた入り口の側面に立ち、大きく深呼吸した――静かになった部屋の中を、少しずつ覗く。

 

薄暗い朝日が、ブラインドの隙間からうっすらと部屋を照らしていた。当然ながら、誰もいない。

 

「………」

 

ごくり、と喉を鳴らす。

 

足音を立てずに、彼は中へと入っていく。やや狭いその空間は、痛いほどの静寂に包まれていた。

 

何かいたら嫌だが、何もいないとしたら――それも、嫌だ。

 

6つに並んだロッカーをひとつずつ眺めて。彼は、キィとひとつめのロッカーを開けた。なにもない。緊張が高まっていくのを感じながら、意を決してロッカーの扉を開けていく。

 

ふたつめ。これも、なにもない。みっつめ。異常無し。よっつめ、大丈夫――

 

そして遂に、6つめのロッカーへと辿り付いた。開けようと手を近づけ、一瞬躊躇する。その瞬間、

 

 

 

ロッカーから聞こえる。赤ん坊の声。

 

 

 

「………!」

 

バシン、と彼はロッカーの扉を開いた。

 

思わず固くつぶってしまった瞼を、やがてうっすらと開けると、そこには――

 

狭いロッカーに不釣合いな赤ん坊用の籠。泣き声の主は、そこにいた。

 

先ほどの薄気味悪さを吹き飛ばすような、小さくて愛らしい手が、青島の手に伸びている。彼はしばらくあっけに取られていたが、慌ててその籠を抱えた。

 

すると、赤ん坊は突然泣き止んで、まじまじと青島を見上げる。大きな黒い瞳が印象的な、丸い顔立ち。

 

「……ちょっと待てよ」

 

やっと我に帰って、思わず口に出す。

 

「どうすんだよ、この赤ちゃん……!?」

 

その問いに答える者は、誰もいなかった。

 

 

 

「青島さん!? どうしたんですか、その赤ちゃん!」

 

「ま、まさか、先輩の隠し子ですか!?」

 

出勤してきた真下と雪乃は、声を揃えて叫んでいた。

 

刑事課には既に青島の周りで人だかりができており、中心にいる青島は苦笑いをして手元の赤ん坊を持ち上げた。いつものコートを産着代わりにと、赤ん坊に巻いている。

 

「違うってば。夜勤中に見つけたんだよ」

 

「ロッカーに置き去りにされてたそうだ。世も末だなぁ」

 

「こんなに可愛いのに、まったく親の顔が見たいよ……あ、やっと寝たみたいだね」

 

隣にいる和久と魚住が、眉をひそめて赤ん坊の寝顔を眺めていた。

 

「ああ、そうだったんですか。なんだぁ、てっきり先輩の子かと思いました」

 

「ばっかねぇ、真下君。青島君にそんな甲斐性あるわけないでしょ?」

 

「コラ、何コソコソ喋ってんだよ」

 

すみれの声に素早く反応して、青島は睨んだ。べつに~と言いながら、すみれ。雪乃はなぜか安心した顔で、すっかり赤ん坊に夢中になっている。

 

「ほんと、可愛い~。いいなぁ、子供……ちょっと欲しいかも」

 

「きっと僕に似てハンサムな子になると思うよ、雪乃さん」

 

「……何か言った? 真下さん」

 

無理矢理割り込んできたものの、雪乃の冷たい一瞥で、ゆっくりと輪の中から去る真下。それを楽しげに見ながら、すみれはふと青島の灰皿を見た。思わず目を見開く。

 

「青島君、今日タバコ吸ってないの?」

 

彼は極度のヘビースモーカーだ。禁煙でもないのに灰皿に吸殻が無いのは、一種の異常事態に等しい。

 

青島は少し得意げに――その顔にはひどく疲れが残ってはいたが――頷いた。腕の中の赤ん坊を大事そうに抱えながら、答える。

 

「そりゃあね、赤ちゃんの前じゃ吸えないもん。吸いたいけど、我慢してる」

 

「でも、そんなの誰かに預ければいいでしょうに」

 

「そうもいかねぇんだよ」

 

と、和久。

 

「俺もな、朝っぱらからコイツに呼び出されて、どうすりゃいいのか聞かれてよ。俺じゃ赤ん坊の世話なんてわかんねぇから……」

 

「僕も呼び出されたってわけ」

 

と、魚住も自分を指差した。すみれは「なるほど」と内心呟く。魚住は愛妻家で有名で、家事もこなせる夫として有名だった。さらに二児の父親でもある。彼が赤ん坊の世話を一番よく知っているだろう。

 

「ご飯のあげるタイミングとか、おむつの変え方とかを一通り教えてもらったんだけどね」

 

青島は、自分の机に散乱する哺乳瓶やおむつを眺めて呟く。

 

「和久さんや魚住さんが触ろうとすると、すぐ泣き出しちゃうのよ。一度泣くとさ、すんごくうるさくて。だから、俺がずっとお守りしてるってわけ」

 

はぁ、と溜息をつく。この様子だと、ずっと振り回されていたのだろうか。

 

すみれは感心しながら、皺だらけのシャツをぽんと叩く。

 

「えらいじゃない。ちょっとだけ見直した」

 

その言葉にキョトンとして。やがて、へらっと笑う青島。

 

「え? そう? 何か奢ってくれる?」

 

「……前言撤回」

 

笑顔から一瞬で真顔に戻って、すみれは席に着いた。その背後から、突然叫び声が聞こえ出す。

 

「わっわっ! ちょっと、オシッコ漏れてる漏れてる!」

 

「あああっ! 俺のコートっ!?」

 

「バカ、おむつしっかり締めなかっただろ! これだからおめぇは半人前なんだ!」

 

罵声と怒号、慌てて雑巾を取りに行く面々を見ながら。すみれはちょっと困ったように首を傾げる。

 

今日は生活安全課は青少年地域イベントの警戒で出払っている。この捨て子は、うちで見るしかないだろう。

 

いつもいつも毎度の事ではあるが、面倒を持ち運ぶのだけはプロ級だと、彼女は天井を仰いだ。瞼を閉じかけた視界の隅に、汚れたらしいコートを抱え、大急ぎで刑事課を飛び出す青島の姿を確認する。

 

「俺、洗ってきますから! 後はお願いしまっす!」

 

それを無言で眺めながら、なんとなく彼の机を見下ろして――呆れた。

 

いつも置いてあるはずのタバコの箱が、いつの間にか消えていたのだった。

 

 

 

「っはぁ……落ち着くぅ。やっぱこれが無いとねぇ」

 

青島は煙草の煙を実にうまそうに吐きながら、透き通るように青い空を見上げた。

 

ここは、湾岸署のすぐ脇にある広場である。最近は空き地署にも少しずつ建物ができ始めた関係上、簡易的なベンチもこしらえていた。そこに座って、またプカリと一服吸う。

 

「あの子には悪いけど、徹夜で休めなかったし。休める時に休んどかなきゃ」

 

実際、もう限界に近づいていた。以前は禁煙を決意した時もあったのだが、1時間も経たたない内に諦めた。と言うより、気が付いたら一本吸ってしまっていたのだ。「自分に我慢なんて似合わない」という事を痛感し、反省した彼は、以後自分の中で禁煙を封印したのだった。

 

紫煙をくゆらせながら、被害にあったコートへ思いを馳せる。ざっと石鹸で洗っただけなのだが、果たしてすぐに乾くだろうか。すぐ横のベンチにあるモスグリーンのコートは、相変わらずポタポタと水滴を落としている。

 

とそこへ、不意に声が掛かった。

 

「すみません、お隣、いいですか?」

 

「へ?」

 

振り返ると、そこには男が立っていた。自分と同じか少し若いぐらいの、平凡なサラリーマンである。彼は背広をきっちりと着ていて、営業の帰りなのか、片手にはしっかりと黒い鞄が握られていた。

 

きっと、自分がコートを乾かしているので座れないのだろう。青島は慌てて端に寄った。

 

「あ、すんません気付かなくて」

 

「いえ、こちらこそありがとうございます」

 

丁寧に会釈して、男は隣に座った。その仕草一つ見ても、誠実そうな雰囲気が漂っている。男は懐を探ると、何かを取り出した。

 

「あ」

 

それは、アメリカン・スピリットだった。しかもメンソール。

 

こちらの様子に、男は不思議そうに首を傾げている。青島は笑うと、同じ煙草箱を掲げて見せた。

 

「それ、俺も吸ってるんすよ。うまいっすよね、アメリカン・スピリット」

 

そう言うと、隣の男も嬉しそうに頷いた。

 

「そうだったんですか。いや、びっくりしました。あまりコレを吸ってる人、周りにいませんので」

 

アメリカン・スピリットは、そんなにメジャーなものではない。科学添加物を一切使用しない、自称「身体に優しい」この煙草は自動販売機に置いてある方が珍しく、普段は煙草屋かコンビニで数箱まとめて買うのが普通なのだ。

 

数少ない同じ煙草を吸う仲間として、青島は彼に親近感を覚えた。

 

「営業の帰りっすか?」

 

「え、ええ……」

 

少しだけ、男の影が曇る。しかしそれも一瞬で、すぐに笑顔が浮かんだ。

 

「この近くに、取引先があるんですよ。じゃ、あなたも?」

 

「あ、俺は一年前に会社やめたんす。これでも営業だったんすよ。で、脱サラして、今はコレ」

 

これ見せんの内緒ですよ、と小声で囁いて、青島は警察手帳をそっと見せた。男は驚きを隠せない様子で、見入っている。

 

「刑事さんだったんですか」

 

「そこの湾岸署です。他の奴らには、空き地署なんて呼ばれちゃってますけど」

 

まだ驚いた様子で、彼はこちらを見つめている。

 

「それじゃ……今は、その、捜査か何かを?」

 

「いや、それが違うんです。何かの間違いで、俺が赤ちゃん面倒見る事になっちゃって」

 

「……赤ちゃん? 失礼ですが、ご結婚を?」

 

「いや、俺のじゃなくて。なぜだか分かんないんすけど、署に置いてきぼりになってるのを、俺が保護したんすよ。それがおっそろしく大変で、さっきも俺のコートにお漏らしされちゃいました」

 

親指で濡れたコートを指す。水滴を垂らすコートは幾分か乾いたようだが、まだ着て歩く気にはなれない。

 

「子供いないけど、ちょっと子育ての大変さって分かりました。親って大変だなって」

 

「………」

 

真剣な表情で男はこちらを見つめている。やや気にはなったが、青島は言葉を続けた。

 

大きな青い空を眺めながら、ぽつりと呟く。

 

「大変だけど、おふくろや親父って、こんな思いで俺育ててくれたのかなって……そう思って。なんか、ガラじゃないんすけどね。でも」

 

照れながら笑っていた青島の顔が、ふと真顔に戻った。

 

「俺、許せません……捨て子だなんて。子供は人間ですよ、荷物じゃないんだ。絶対犯人とっ捕まえて、説教して、引き取らせてやるんです」

 

青島の決意を秘めた眼差しを、男は無言で見つめていた。彼は何かを迷っているようだったが、やがて口を開きかけ――

 

その言葉は、唐突に鳴り出した着信音に消されてしまう。

 

慌てて自分の携帯を耳に当てる青島。同時に聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

 

『なに仕事すっぽかしてんのよ、青島君!』

 

すみれだ。何やらあちらは騒々しいようで、必要以上の大声で喚いている。赤ん坊の泣き声も聞こえていた。

 

「で、でも俺さ、夜勤明けなのよ? 少しぐらい休ませてもらっても……」

 

嘆願するが、またあちら側からガシャーンという音が聞こえてきた。

 

『つべこべ言わない! 赤ちゃんが泣いちゃって大変なの! 皆があやしても泣き止まないのよ、早く署に戻ってきて!』

 

「……ラジャー」

 

力なく、電話を切る。すぐ横で、男が怪訝そうな顔をしていた。

 

「お仕事ですか? 大変ですね、刑事さんも」

 

「……お仕事です。色々とね、大変なんすよ。刑事も」

 

生乾きのコートを引っつかんで、青島は苦笑した。

 

 

 

「生活安全課が帰ってくるまでは、うちで預かるしかないな。青島君になついてるなら、青島君が面倒見てよ。魚住君から色々教えてもらったんだろ?」

 

遅れて出勤してきた袴田課長は、その愛らしい赤ん坊の顔に笑顔を向けながら言った。その言葉に、目を丸くしたのは当の青島だ。

 

「え……でも俺、仕事は?」

 

「青島君、今日は盗犯係に回りなさい。その方が危険も少ないだろう」

 

「って、この子連れて仕事しろって言うんすか? 課長!」

 

「じゃ、電話番してます? 先輩がしたいんならどうぞ、暇ですけど」

 

代わりたそうな真下を憂鬱に見ながら、青島は嘆息した。仕方なく、「分かりました」と頷く。

 

渋い顔で席に着くと、机の上では穏やかな寝顔をしたまま、籠の中で赤ん坊が眠っている。

 

これから今日一日は、忙しさに輪をかけた日になるだろう。それを思いながら、彼はその柔らかい小さな腕をちょいと握る。ふわりとした感触は、実に心地よい。

 

「お前は気楽でいいよなぁ……」

 

「いいじゃない、子守り。皆羨ましがってるわよ」

 

後ろから、すみれの声が聞こえる。青島はジャッと椅子に座ったまま彼女の隣に動いた。

 

「なんだよ、俺の苦労も知らないで」

 

「だって、青島君にしかなつかないなら仕方ないじゃない。こうなったら潔く諦めて、その子のパパになったら?」

 

「順番逆でしょ。子供作るなら、まず相手」

 

「青島君がパパになるなんて、こうでもしなきゃなれないわよ」

 

言いたい放題である。

 

青島は既に真下しかいない強行犯係を見ながら、複雑な気持ちで呟いた。

 

「仕事、しでなぁ……」

 

彼の呟きが届いたのか、中西係長からお呼びが来る。

 

「恩田君恩田君恩田君。東京テレポート駅付近で、鞄盗まれた。至急現場に行って」

 

「ほら、仕事よ青島君」

 

へいへいと頷いて、立ち上がり――ふと、赤ん坊を見下ろす。

 

「ってこの子、どうやって運ぶんだ?」

 

中西係長とすみれは、顔を見合わせた。

 

 

 

数分後。

 

彼らは、テレポート駅で事情聴取をしていた。

 

「調書を取りますから、時間の都合がつく日に湾岸署まで同行していただけますか?」

 

すみれの言葉に頷く被害者の中年の女だったが、ちらちらと青島を見ている。無理もないが。

 

「あの……もしかして、あなたも刑事さん?」

 

思わず、固まる青島。なんとか笑って頷く彼の背中を、そのオバサンは不思議そうに見ていた。

 

「やっぱりそうなの? だって、赤ちゃんなんて背負ってるから。てっきりその辺のサラリーマンかと思ったわよ」

 

彼はいつも着ているコートの上に、なんとおんぶ紐でくくりつけられた赤ん坊を背負っていたのだ。普段のコートでも十分刑事らしくないのに、これでは完璧に一般市民と大差ない。

 

ますます落ち込む彼に追い討ちをかけるように、オバサンは呟いた。

 

「偉いわねぇ、男が子守りしながらお仕事だなんて。うちの旦那にも見習って貰わなくちゃ」

 

「いえ、違いますって。俺の子じゃなくて、ちょっと事情が――」

 

「大切にするのよ? あなたの子供なんだからね」

 

「……アハ、ハハハ」

 

おかしいような、哀しいような。

 

乾いた笑いを浮かべる青島だったが、ひそかに溜息をつくのを、すみれは見逃さなかった。この格好のまま現場まで来てしまった事を、物凄く後悔しているに違いない。おとなしく電話番になっていれば良かったのだ。

 

からかおうと口を開きかけて――その顔が、真顔になる。

 

彼女の視線の先には、一人の女がいた。ひどく驚いた表情のまま青島を見つめている。いや、と彼女は否定した。視線を注いでいるのは、赤ん坊だった。

 

「青島君……」

 

「? どしたの、すみれさん?」

 

「今、ほら、そこに怪しい人が――あれ?」

 

声をかけ、女の方を見ようとして、既に女がいない事に気付く。

 

「あれぇ……おっかしいわねぇ。今いたのに」

 

「ほら、すみれさん。署に報告しに行かなきゃ」

 

一刻も早くこの場から立ち去りたいのか、急かす青島にすみれは渋々歩き始めたのだった。

 

駅から歩いて数分としないうちに、後ろから別の声が掛かる。

 

「おい、青島ぁ。すみれさんも一緒か」

 

「今、仕事帰り?」

 

見ると、和久と魚住だった。二人とも、ニヤニヤしながらこちらに歩いてくる。

 

「なんかお前、そうやって歩いてると夫婦みたいだぞ」

 

「……へ?」

 

「うんうん。まるで、すみれさんの手伝いしてるみたいだよ。青島君」

 

和久の言葉に、魚住まで同調している。

 

「あ。やっぱりそう見えます?」

 

笑う青島だったが、すみれは心外な顔で抗議した。

 

「ちょっと、やめて下さい。それセクハラですよ、魚住係長代理」

 

「いいじゃないの。こんな姿、滅多に見られないんだからさ。予行演習と思えば」

 

「そうそう。おめぇが子供抱いてる姿なんて、夢でも見られるもんじゃねぇしよ」

 

「……二人とも、言いすぎ」

 

座った目で、青島が睨んでいる。しかし二人は余裕で無視し、話題を変えてきた。

 

「そういえば、妙な事件だよね。この捨て子ってさ」

 

「この子ですか?」

 

名前が分からないので、こう呼ぶしかない。当の赤子は機嫌がいいのか、指差す彼女の人差し指を掴んで遊び始めた。

 

「だって、署のロッカー室にいたんでしょ? ってことは、署内の誰かが捨てたって事になるじゃない」

 

「あっ、確かに……でも、一般人って事も十分に考えられますよ。なんてったって、うちですから」

 

前々から問題になる事ではあるが、湾岸署は他者に対するセキュリティがとことん甘い。とある事件の犯人が訪れても、警戒どころか、気付きすらしなかったほどである。

 

「うちの奴らに当たった方がいいかもしれねぇが、あんまり期待はできねぇかもなぁ」

 

「生活安全課はまだまだ帰ってこないですしね……あ、やべっ」

 

言いかけて、青島は慌てて鞄からミルクの入った哺乳瓶を取り出した。お腹を空かせたらしく、赤ん坊が泣き始めたのだ。

 

「よしよし、いい子だから泣くのよそうな」などと必死であやしながら、腕に抱きかかえ、ミルクを飲ませる。その慣れた手元を見ながら、魚住は頷いた。

 

「へぇ、様になってるじゃない。いいパパになるよ」

 

「そうかぁ? おむつも満足に締めらんねぇってのに……確かに、似合ってはいるけどよ」

 

そんな会話を横で聞きながら、内心すみれも同じく頷いていた。

 

くやしいけど、女の自分より似合ってる。そう思ったのだ。

 

 

 

夜の帳が落ち始めた頃、刑事課では小さな事件で、いつものように忙しく動いていた。しかし今、青島は赤ん坊を引き連れ、応接室にいた。もちろん別の窃盗事件にも借り出されていたのだが、疲労が限界に来ていたのだ。

 

思えば、夜勤明けから全く寝ていないのである。軽く睡眠を取り、今まさに起き上がろうとした時、ノックが聞こえた。

 

ひょいと顔を出してきたのは、すみれである。

 

「湾岸署の減点パパ、仕事はサボリ?」

 

「減点は余計でしょ」

 

彼女は悪戯っぽく笑うと、片手のコーヒーをこちらに差し出してくる。ありがたく受け取った。

 

「どう? 赤ちゃん」

 

「グッスリ寝てるよ。俺もちょっと仮眠取らせて貰った。この子のおかげで、ちっとも寝られなかったからなぁ……ふわぁ」

 

生まれて始めて夜泣きの辛さを知った青島は、困った顔で――でも決してまんざらでもなく、目の前の赤子を欠伸混じりに見下ろしていた。ネクタイを緩めつつ、疲れ果てた声で頬杖を付く。

 

「ほんと、おふくろの気持ちが分かったよ。こりゃキッツいね、いやほんとに。可愛いけど」

 

「苦労するから、子供は可愛いんじゃないの?」

 

「ごもっとも」

 

赤ん坊のお守りと聞いて、最初はひどく憂鬱になったものだ。だが、接しているうちに大切に思えてくるのだから、不思議なものである。

 

青島は無意識のうちに、赤ん坊の小さな手をそっと握った。体温の高いその紅葉のような手は、こちらの心も温かくしてくれる気がする。

 

「なんかさ。子供欲しくなってくるねー、こんなのやってると」

 

すると、すみれはちょいちょいと赤子の顔をつっつきながら同意した。

 

「そうよねー。私の友達も一昨年結婚して子供できて、見せてくれたんだけど。可愛かったわ、やっぱり。まるで天使」

 

「そうそう。俺も友達の子供見せてもらって、すっごい可愛いの。思わず『くれ!』って言ったら断られた」

 

「当たり前でしょ。まず相手探さなきゃ」

 

あはは、と笑う彼女。そこまで言いかけて、まじまじとこちらを見る。「青島君にはまだ無理ね」

 

「なんで?」

 

キョトンとする彼に、すみれはコーヒーを啜って言った。

 

「青島君は、事件の方によっぽどお熱」

 

「事件、ねぇ……そういえば、この子の親って分かった? ほら、さっき不審な女を見たって」 

 

「ううん、さっき見た現場に行ったんだけど、もういなかった。あと和久さんの言った通り、一応署内回ってみたんだけど、収穫ゼロ。長期戦かも」

 

「……必ず捕まえてとっちめてやる。俺がいるからには、ぜってぇ容赦しないかんな。こんな赤ん坊、警察に捨てやがって。許せねえ」

 

ふつふつと怒りを感じて、拳を握る。明日になれば、生活安全課に渡す事になってしまう。それはそれでいいのだろうが、一旦面倒を見てしまったからには、どうしても親を突き止めたかった。

 

これが、子供への愛情なのだろうか。父親になるという事はこういう事なのかもしれないと、内心青島は思うのである。

 

その時だった――

 

突然応接室のドアが開き、慌てた様子で中西係長が顔を出してくる。

 

「恩田君恩田君恩田君、あの近辺で似た顔の人見たって、派出所から連絡あった」

 

ビンゴ!と青島は立ち上がった。先ほど、すみれが見た不審な女に違いない。

 

「職質かけて、派出所に置いてるらしい。すぐに行って」

 

「青島パパの出番ね」

 

すみれが言うと、青島は笑った。

 

「子供ナメてっと、怖いってこと見せてやんなきゃ」

 

 

 

数十分後、女は湾岸署に任意同行を受けていた。見慣れた取調室に、縮こまるようにして座っている。

 

女は、佐々木美津子と名乗った。

 

「さて、佐々木さん。今日の昼頃、僕たちが聞き込みをしているのを見ていた、という目撃証言があります」

 

対する席には、青島が座っている。ちらりと横を見ると、立会人としてすみれが佇んでいた。

 

「僕じゃなくて、背中にいたこの赤ちゃんを見ていたとか。どうしてです?」

 

美津子は答えない。青島はポリポリと頭を掻くと、身を乗り出した。

 

「いいですね、単刀直入に聞きます。佐々木さん、この子はあなたの赤ちゃんですね?」

 

二人の間にある机の上には、赤ん坊用の籠が入っている。中の赤ん坊はもう起きていて、不思議そうにこちらを見上げていた。沈黙を押し切って、青島は続ける。

 

「佐々木美津子さん、ご住所も教えて頂きました。今、うちの者が近くの病院に確認取ってます……ご自分の赤ちゃんだって明らかになるのは、時間の問題なんですよ」

 

それでも押し黙って、彼女は答えない――しかしやがて、その唇が震え出した。

 

「なによ……なんだっていうのよ」

 

忌々しそうに呟く声は、目の前の赤ん坊に向けられている。やがて信じられないような薄笑いを浮かべて、女は言った。

 

「そうよ、私よ。こいつを捨てたのは」

 

「……認めるんだな?」

 

「だったらなんだっていうのよ!」

 

突然ヒステリックな声を出して、女は叫んだ。面食らって黙り込んでしまう青島に、畳み込むようにして喋りだす。

 

「子供捨てるのは親の勝手でしょ!? 子供捨てたって逮捕されないじゃない! 警察が口挟まないでよ!」

 

確かに、これは刑事事件として起訴できない。これは民法の親の義務違反によるものなので、当然民事訴訟となるが、警察は「民事不介入」を常としている。悔しいが、これ以上ここに置いていても意味が無い。

 

しかし、青島は納得できなかった。思わず身を乗り出して、

 

「逮捕されなきゃ、何したっていいのか? 子供捨てて、この子の未来どうなったっていいって言うのか!? それが母親の言う台詞か!?」

 

「知らないわよ、そんな事」

 

青島の声に、恥ずかしげも無く彼女は言い放った。

 

「私だって、子供なんか欲しくなかった。すぐ堕ろすつもりだった。でも、あの男がどうしてもって言うから産んでやったのよ。子供産んだ方が、色々と有利になるしね。で、産んでから別れた。養育権を奪って、慰謝料もガッポリ。……だけど、こいつは離婚した途端ずっと泣き出して、癪に触るったらありゃしない。だから捨ててやったのよ、ここに。市民の安全を守るのが警察の仕事でしょ? 当然、赤ん坊の世話ぐらいできるわよね」

 

冷たく赤ん坊を睨みつけて、喚く。

 

「な……っ」

 

「青島君、抑えて。後で問題になる」

 

掴みかかりそうになったが、すみれの声で我に返る。

 

それでも、苦々しく彼は思った。こいつは母親じゃない。女じゃない。ただの、金に目の眩んだ下衆だ。

 

罵倒する言葉を必死で飲み込んで、取調べを続ける。

 

「……じゃあ、この署に勝手に入り込んだのか」

 

「なんか、ここって忙しそうでね。気付かれなさそうだし、家からも近いし、丁度良かったのよ」

 

「だから、ロッカーに置いて? 気付かれなかったらどうするつもりだったんだ」

 

下手をしたら、脱水症状で死んでいたかもしれないのだ。しかし女は、こちらの意に反して、笑い出した。

 

ゾッとするような笑い声だった。

 

やがて冷たい顔に戻り、平然と言い放った。その言葉を。

 

「別に。死んだら死んだで好都合よ、食いぶちが一人減るわ」

 

ブチン、と彼の頭で何かが切れる。もう限界だった。

 

椅子を蹴って立ち上がり、思いっきり張り倒そうとして――

 

 

 

乾いた音が、取調室に響き渡る。

 

 

 

呆然と、張られた頬を触りもせずに見上げる美津子。その視線の先に、毅然として立つ女性。

 

平手を張ったのは、すみれだった。

 

「すみれ……さん?」

 

信じられなかった。冷静なすみれが、女性に対してこんな事をしでかすのは、今までに無い事である。

 

青島は目を丸くして二人を見つめていた。当のすみれはそれまでずっと瞼を閉じていたが、やがてきっと見開く。

 

「本当は、あんたなんか引っぱたきたかない。内規定違反で始末書だし、第一あんたは、引っぱたかれる権利すらない。女なんか、なおさら。けどね」

 

机の上で眠っている子供を見ながら、彼女は呟いた。

 

今まで見たことの無いような――それは一人の、女性の顔だった。

 

「……子供は生きてる。息してる。あんたのその身勝手な行動でその子の将来奪うなら、あんたは母親――いえ、人間やめた方がいい。よっぽどその男の方が、人間やってるわ」

 

そこまで吐き捨て、すみれは青島を見た。

 

「もういいでしょ。こんな奴、説教するだけ無駄。民事に送って、後は任せる。それしかない」

 

すみれの声に、いくらか狼狽した感のある美津子。

 

青島は嘆息して、取調室のドアを開き――刑事課の中に、見知った顔がいるのを見つけた。

 

「あなたは……あの時の!」

 

先ほどベンチで一緒に煙草を吸った男だ。彼は軽く会釈すると、こちらに歩いてくる。

 

「美津子がご迷惑をおかけしました。先ほど、あなたから赤ん坊がここにいると聞いて、もしやと思ったんです」

 

彼――倉木は、この美津子と離婚し、慰謝料を送った後、子供に会いたいと前々から話していたらしい。だが、のらりくらりと言い訳をされ、遂に彼女から一本の電話が届いた。「子供は捨てた」と。

 

大急ぎで美津子の近辺を捜索し、営業の仕事もそこそこに、この湾岸署の近くまで足を運んだ。そこでほとんど諦め、疲れ果てた所に、青島が居たのである。

 

しかし、青島は本当に驚いていた。こんな女の夫が、この誠実そうな人間だとは想像もつかない。いや、だからこそ騙されたのかもしれないが。

 

少し考えて、彼は倉木に囁いた。

 

「民事でも訴訟起こせますけど、彼女は子供が死ぬ事も考慮に入れて、赤ん坊を遺棄しました。これは、殺人の意思があったと推定されます。刑事で告訴しますか?」

 

しばらく、沈黙が辺りを支配した。倉木は黙ったまま美津子を見つめている。その目には、やり場の無い怒りや悲しみが潜んでいるように思えた。対する美津子は口を閉ざし、目を背けている。

 

やがて、倉木はゆっくりと口を開いた。

 

「……いいえ、しません。一時でも、僕が愛した女性ですから」

 

そう言って、哀しく微笑む。それを聞きながら、美津子が俯いている。

 

顔は全く見えなかったが――その肩は、小さく小刻みに震えていた。

 

 

 

もう日が暮れかけている。青島とすみれは倉木を見送るために、玄関までやって来ていた。

 

もちろん、倉木の腕には赤ん坊が抱かれている。

 

「本当にご迷惑をおかけしました。あの――」

 

「俺、青島です。青島俊作」

 

「青島さん。文也の面倒を見て頂いたそうで、本当にありがとうございます」

 

「あ、いえ。俺、特に何もやってないすから。むしろ色々勉強になりました、子育てとか」

 

「役に立つといいけど」

 

「余計な事言わないの」

 

すみれの茶々入れに、青島がむくれる。それをさらりと流して、すみれは微笑んだ。

 

「この子、文也君って言うんですか?」

 

「はい。倉木文也です。……可哀想な事をしました。母親を無くす事になってしまって」

 

その笑顔に影を落とし、彼は呟いた。

 

「男手ひとつで育てて、寂しがるでしょうね」

 

「そんなことないっすよ」

 

しかし青島は、明るく笑った。

 

「倉木さん、いい人ですもん。きっと、いいパパになれますよ」

 

赤ん坊――文也を眺めて、ちょっと悪戯っぽく。

 

「文也君、きっと倉木さんに憧れます。僕もパパみたいになりたいって。それで、いいんじゃないですか? 倉木さんはパパでもあり、ママでもあるんです」

 

「青島さん……」

 

言葉に詰まったように、彼はこちらをずっと見つめていた。そして、そのまま深くお辞儀する。

 

「本当に、ありがとうございました」

 

そのまま赤子と共に、倉木は立ち去っていった。

 

倉木の姿が道路の奥へと消えると、すみれはひょいと隣の青島を見上げる。

 

「……行っちゃったね、文也君。寂しいんじゃないの? 青島パパ」

 

すみれの言葉に、彼は少し笑った。

 

「まぁね。でも、あんな父親だったら安心かな。きっといい子になるんじゃない?……でもさ」

 

「うん?」

 

「俺、ちょっと……驚いたよ。まさか、実の母親があんな事言うなんて、思わなかった。心のどっかで期待してたんだよね、きっと事情があったんだ、何か理由があったから捨てたんだろうってさ」

 

「…………」

 

「でも、そうじゃなかった。昔と違ってきたのかもしれないな……」

 

母は子を慈しみ、愛するものである。が、今はまったく状況が変わりつつあった。興味本位や佐々木美津子のように、目先の利益だけで子供を生むような母親が目立ってきている。それに派生しての幼児虐待も深刻な現実となりつつあるのだ。

 

沈んだ青島の横顔に、彼女は言葉に迷い――口を開く。

 

「そうでもないんじゃない? 倉木さんみたいな人だっている。世の中、まだ捨てたもんじゃない」

 

「………」

 

「それに、あの人も――完全に本心で言ったんじゃないのよ、きっと。ただ、ちょっと何も見えなくなってただけ」

 

美津子の最後の後姿を、そっと思い出した。小刻みに震えていた肩は、最後まで庇う倉木の優しさに見せた、人間らしい感情だったのだろう。そう思いたい。

 

「……そっか。だから、俺たちが必要なのかもしれない。間違ってるって気付かせるのも、俺たちの仕事だよね」

 

「そゆこと」

 

やっと元気が出てきたらしい彼の横顔を満足げに見ると、彼女は玄関へと歩き出した。

 

「ここ冷えるし、中でコーヒーでも飲も」と暖かい署内に入りかけたが、唐突に振り向く。突然の事に対処できず、青島は彼女にもろにぶつかった。

 

「な、なんだよ、すみれさん?」

 

構わず、見上げるすみれ。その顔には疑問が浮かんでいる。

 

「そういえば青島君、あの人とどこで会ったの? 知り合いみたいだったけど」

 

すると、彼はおもむろに煙草の箱を取り出す。アメリカン・スピリットだ。煙草の銘柄はよく分からないが、青島がずっと吸い続けているその煙草だけは覚えた。

 

「ベンチに座ってこれ吸ってたらさ、あの人も座って、しかもこれ吸ってるって分かって。すっかり打ち解けちゃったのね」

 

その言葉を聞いて、すみれはピンと閃いた。

 

「……ははあ、なるほどねぇ。おかしいと思った」

 

「なに?」

 

「なんで青島君になついてたのか、それがどうも引っ掛かってたんだけど。やっと謎が解けた。青島君、倉木さんと同じ煙草の匂いがしたからよ」

 

「え、そうなの?」

 

「だから、青島君だけには決して泣かなかったのね」

 

「なんだ……煙草かぁ。てっきり、俺になついてくれてんのかと思ったのに」

 

ガックリと肩を落として、青島。

 

それを楽しげに見ながら、すみれは言った。

 

「いいじゃないの。捨て子の面倒、これも仕事」

 

「へいへい」

 

木枯らし吹く寒空に手をこすり、青島とすみれは署へと入っていく。

 

空にはいくつかの星が瞬き、夜の訪れを告げていた。

 

 

 

(紅葉の手を伸ばして・終)


 
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