第二話
七十四層の〈迷宮区〉に棲息する強敵リザードマンロードとの単独戦闘を終え、帰り道と遠い記憶を同時に辿りながら十分ほど歩いた俺は、前方に出口の光を見出してほっと息を吐いた。
現在ここ七十四層は八割くらいマッピングされているから、攻略部隊に誘われるのも時間の問題だと思う。
まぁ参加するがな・・・
そんなことを頭の隅で考えながら腰の小物入れから深い青色に煌めく八面柱型の決勝を握って叫んだ。
キリト「転移!アルゲート!」
沢山の鈴を鳴らすような美しい音色と共に、手の中で結晶がはかなく砕け散る。
ひときわ眩しい光に包まれて、それが消えた時には転移終了。
俺が出現したのはアルゲードの中央にある〈転移門〉だった。
俺は馴染みにしている買い取り屋に足を運んだ。
エギル「よし決まった!〈ダスクリザードの革)二十枚で五百コル!」
俺が馴染みにしている買い取り屋のエギルは、ごっつい腕を振り回すと、商談相手の肩をばんばん叩いた。
エギル「毎度!!また頼むよ兄ちゃん!」
ちゃんと空気を読んで、しばらく沈黙を守る。
さっきの商談相手が遠くに行ってから俺は
キリト「うっす。相変わらず阿漕な商売してるな」
エギル「よぉ、キリトか。安く仕入れて安く提供するのが、ウチのモットーなんでね」
悪びれる様子もなくうそぶく。
キリト「後半は疑わしいもんだけどなぁ。まあいいや、俺も買取頼む」
エギル「キリトはお得様だしな、あくどい真似はしませんよっ、と・・・」
言いながらエギルは猪頚を伸ばし、俺の指示したトレードウインドウを覗き込んだ。
分厚くせりでした眉稜の下の両眼が、トレードウインドウを見た途端驚きに目が丸くなった。
エギル「おいおい、S級のレアアイテムじゃねえか。〈ラグー・ラビットの肉〉か、オレも現物を見るのは初めてだぜ・・・。キリト、おめえ別に金には困ってねえんだろ?自分で食おうとは思わんのか?」
キリト「思ったよ。多分二度と手には入らんだろうしな・・・。ただなぁ、こんなアイテムを扱えるほど料理スキルを上げてる奴なんてそうそう……」
その時、背後から誰かに肩をつつかれた。
アスナ「キリト君」
女の声。俺の名前を呼ぶ女性プレイヤーはそれほど多くない。
俺は顔を見る前から相手を察していた。
キリト「珍しいな、アスナ。こんなゴミ溜めに顔を出すなんてよ」
俺がアスナを呼び捨てにした瞬間、長髪の男と、自分の店をゴミ溜め呼ばわりされた店主の顔が同時にぴくぴくと引き攣る。
だが、店主のほうはアスナから、お久しぶりですエギルさん、と声をかけられると途端にだらしなく顔を緩ませる。
んっ?そう言えばアスナって、料理スキルがかなり高かったような・・・(昔にアスナの手料理をご馳走になっている)
アスナ「なによ。もうすぐ次のボス攻略だから、ちゃんと生きてるか確認しに来てあげたんじゃない」
キリト「俺はそうそう、殺られるつもりはないぜ。それにフレンドリストに登録してんだから、それくらい判るだろ。そもそもマップでフレンド追跡したからここに来られたんじゃないのか」
言い返すと、ぷいっと顔をそむけてしまう。
キリト「あ、そうだ。アスナ、料理スキルの熟練度どのへんだ?」
そう言うとさっきまで顔をそむけていたアスナは不敵な笑みを滲ませると答えた。
アスナ「聞いて驚きなさい、先週〈完全習得(コンプリート)〉したわ」
キリト「へぇ~スゲェな」
これは、純粋に凄いと思った。
熟練度は、スキルを使用する度に気が遠くなるほどの遅々とした速度で上昇してゆき、最終的に熟練度一000に達したところで完全習得となる。
キリト「・・・その腕を見込んで頼みがある」
俺は手招きをすると、アイテムウインドウを他人にも見える可視モードにして示した。
いぶかしげに覗き込んだアスナは、表示されているアイテム名を一瞥するや眼を丸くした。
アスナ「うわっ!!こ・・・これS級食材!?」
キリト「報酬はこいつを半分でどうだ?」
俺がそう言うとアスナはやったと左手を握る。
ウインドウを消去しながら振り向き、エギルの顔を見上げて言う。
キリト「悪いな、そんな訳で取引は中止だ。」
エギル「いや、それはいいけどよ・・・。オレたちダチだよな?な?オレにも味見くらい・・・」
俺はにっこりと微笑んで
キリト「感想文を八百字以内でで書いてきてやるよ」
エギル「そ、そりゃあないだろ!」
この世の終わりか、といった顔で情けない声を出すエギルにつれなく背を向け歩きだそうとした途端、俺のコートの袖をぎゅっとアスナが掴んだ。
アスナ「でも、料理はいいけど、どこでするつもりなのよ?」
キリト「うっ・・・」
料理スキルを使用するには、食材のほかに料理道具と、かまどやオーブンの類が最低限必要になる。
俺の部屋にも料理道具があるにはあったが食材もないし、あんな小汚いねぐらにKoB福団長様を招待できるはずもなく。
アスナは言葉に詰まる俺に呆れたような視線を投げ掛けながら、
アスナ「どうせ君の部屋にはろくな道具もないんでしょ。今回だけ、食材に免じてわたしの部屋を提供してあげなくもないけど」
キリト「それは、助かるぜ」
俺がそう言うと、アスナは警備のギルドメンバー二人に向き直ると声をかけた。
アスナ「今日はここから直接〈セルムブルグ〉まで転移するから、護衛はもういいです。お疲れ様」
その途端、我慢の限界にでも達したとでも言うように長髪の男が叫んだ。
クラディール「ア・・・アスナ様!こんなスラムに足をお運びになるだけに留まらず、素性の知れぬ奴をご自宅にいれるなどと、と、とんでもない事です!」
その大柳な台詞に俺は内心辟易とさせられている。〈様〉と来た、こいつも紙一重級の崇拝者なんじゃなかろうか、と思いながら目を向けると、当人も相当うんざりとした表情である。
アスナ「このヒトは素性はともかく腕は確かだわ。多分あなたよりも十はレベルが上よ、クラディール」
クラディール「な・・・何を馬鹿な!私がこのような奴に劣るなど・・・!」
男の半分裏返った声が路地に響き渡る。
三白眼ぎみの落ち窪んだ目で憎々しげに睨んでいた男の顔が、不意に何かを合点したかのように歪んだ。
クラディール「そうか・・・手前、たしか〈ビーター〉だろ!」
ビーターとは、ベータテスターに、ズルするやつを指す、チーターを掛け合わせた、SAO独自の蔑称である。
俺はその『ビーター』である。
キリト「ああ、それがどうした」
俺は無表情に肯定する。
元々俺は『ビーター』である事を隠す気は無いからな。
グラディール「アスナ様、こいつら自分が良けりゃいい連中ですよ!こんな奴と関わるとろくなことがないんだ!」
アスナ「ともかく今日はここで帰りなさい。福団長として命令します。」
そっけない言葉を投げ掛けたアスナは、左手で俺の腕を抱きしめながら、ゲート広場へと足を向ける。
キリト「お・・・おいおい、いいのか?」
アスナ「いいんです!それよりも、ごめんね、キリト君」
と腕を抱きしめながら謝ってきたので
キリト「いや、別に構わねぇよ。慣れたことだし」
アスナ「でも・・・」
顔が暗くなるアスナを見て
キリト「じゃあ、今日の晩御飯、むちゃくちゃ美味しく作ってくれよ」
俺は笑いながらアスナにそう言った
アスナ「うん!」
アスナの顔はさっきとは打って変わって綺麗な笑顔だった。
して俺達は人ごみの隙間に紛れるように歩き出した。
後ろにクラディールの殺気を感じるが無視した。
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第二話です!
では、どうぞ!