No.47208

フタリノアイ 前編

一色アヤさん

自殺を図ろうとした二人の少女。その二人が顔だけ入れ替えて生活することに。幸せな未来は待っているのだろうか?

2008-12-17 19:14:04 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:648   閲覧ユーザー数:623

 燃えるような夕焼けが町を照らしている。

 ビルの屋上から、榎本愛はその様子をじっと見ていた。眼下には寒々としたコンクリートが見える。

 

(この作を飛び越えて・・そのまま空にふわっと飛んで行けば・・・・死ぬる。)

 

 何度も頭の中でリフレインし、シュミレーションもした。けれども・・どうしても足が動かないうちに日は暮れてしまう。

 

 「・・・馬鹿みたい」

 

 愛ははっとなって後ろを振り返る。

心の中でつぶやいた言葉がそのままリアルに聞こえたからだ。

みると、同い年くらいのセーラー服の少女がたたずんでいた。

 

 「背も同じくらいで髪の長さも同じ。・・二人並んで姉妹って言ったらわからないかしら」

 

 

 少女はただ微笑んでいた。そのほほ笑みは侮蔑でもなく、かといって憐れみでもなく・・底知れないものだった。

 

 「・・あんた。だれ。」

 

 「死にたいの?ここから飛び降りて。死にざまは相当なものよ?そこから飛び降りるってことは・・・地面にたたきつけられて顔はぐちゃぐちゃ。内臓は破裂して・・血がばぁっとあたりに広がって・・すさまじい死に姿でしょうね。後片付けする人は・・しばらくものがのどに通らないわね。きっと。」」

 

 そんなことわかっている。だが・・

 

 「・・ふん。あんたもここにいるってことは・・同類じゃないの?どうせなら一緒に飛び降りようか?」

 

 「・・そんなに一人で死ぬのが怖いの?臆病ね。」

 

 少女はそう言って、愛の隣にやってきて柵に手をかける。

 

 「私はいやね。自分がみっともない姿で死ぬなんてまっぴら。どうせなら綺麗に死にたいもの」

 

 「私は奇麗じゃなくてもいい。・・汚くてかまわない。」

 愛がそういうと、下から吹き上げる風が二人の間をすり抜ける。お互いの髪が舞い上がると、二人の視線はぶつかった。

 

 「・・・たいそうな覚悟だこと。・・じゃあ、どうせなら死ぬよりももっと面白いことをしない?・・・あら。」

 

 愛に聞きなれない音楽が聞こえる。・・今風の流行りのものではない。クラシックだった。

 

 「ベートーベンの運命。・・とうさまのしゅみなの。・・・もしもし?・・ああ、はい。はい。・・わかってるわ。もうすぐ帰るわ。」

 

 電話で話す少女の声は冷めている。用件だけ済ませると、さっさと携帯をしまう。

 

 「私の名前は神永亜衣。あなたは?」

 

 「・・榎本愛・・」

  

 「ふふ。名前もおなじアイ。まぁいいわ。今日はタイムリミット。私の携帯番号教えておくね。」

 亜衣はそういうとくるりと回れ右をする。一人取り残された愛は、彼女の背中に追いすがる。

 

 「ちょ・・ちょっとまってよ。一体なんなの!」

 

 亜衣は扉の前でとまると、振り向かずに言った。

 

 「・・・しぬよりも面白いこと。・・興味ない?興味があたら直接電話してね。」

 

 そう言って、立ち去って行った。

 

 「・・死ぬよりも、面白いこと・・・」

 

 愛は手に持った番号を見た。気がついたころ・・空は真っ暗になっていた。日はもうすっかり暮れていて、町のネオンが美しかった。

 

 

「ただいま・・」

 

おもぐるしい気持で玄関を開ける。

扉を開けるとまず聞こえたのは3歳の弟の卓の泣き声だた。

 

「母さん!卓が泣いてる。ちゃんとあやしてよ!」

 

リビングには振り向きもしないでテレビをぼぉっと見る母親がいた。

 

「・・疲れてんのよ。あんたがあやして頂戴。」

 母がそういうと、卓の泣き声はさらに響く。

「・・もう!」愛はぶつぶつ言いながら卓をなだめに行った。

 

「ただいま。」

 愛が卓のいる部屋に行くと、玄関から父の声が聞こえた。無意識に愛はびくっと肩をすくめる。

 ・・愛にとっての父は、何よりもの心のしこりだった。

 

「あら。今日は早かったのね。」

「ああ最近はひまでな・・」

 

今から聞こえる夫婦の会話は冷たい。愛は卓を抱きしめる手に力を入れる。すると、愛の携帯にメールが届いた。

 

 居間に戻り、卓を母に預けるとそのまま部屋に戻ろうとした。だが行き先を父が立ちはだかる恰好で立っていた。

 

「どうした。いるないると言いなさい。」

「・・・・・おかえり、なさい。今日は・・気分が悪いから・・もう寝る!」

 

 聞き取れるかとれないかの小さい声でそうつぶやいて、逃げるようにその場から立ち去った。

 

 部屋に戻ると、窓に何かがぶつかった。

 

 「・・?」いぶかしげにカーテンを開けに行くと、屋根を挟んだ向こう側に幼馴染の啓太が手を振っていた。

 

 「よ!お帰り愛。おそかったじゃねえか。」

 

 「・・啓太。」能天気な笑顔になんとなく愛の口元が緩む。・・さきほどまでのおもぐるしい気持が徐々に溶けていく感じがした。

 

 「なんだよ辛気臭い顔して。・・さてはこの俺様に恋してるな?!」

「あはは。馬鹿じゃないの!・・それよりどうしたの?わざわざ帰ってきて窓の向こうからおでむかいなんて」

 啓太は愛のふたつ上で、子供のころからの付き合いだった。愛が高校に入った今でもこうやって窓越しに話をすることも少なくはない。

 

「いやー・・愛の顔が見たくなってさー・・ってお、そろそろだな。」

「え?」

 

 啓太が腕時計を見たので、愛も自分の携帯を見た。・・0:00だった。

 

「イエーイ!ハッピーバースデー!!17さいおめでとー!」啓太がそういうと、窓から四角い細長い物を愛に投げつけた。

 

「わ!な・なに?!」

 それはピンク色のリボンでラッピングしてあった。

「・・へへ。誕生日プレゼント。開けてみて!」

「・・え、あ、そうか。今日って・・忘れてた・・。あけていい?」

 

 包装紙をはがしてみると・・それはハートモチーフのネックレスだった。

 

「愛なだけにラブってことで、ハートマーク・・なんつってな!」

照れながら冗談を交えて笑い飛ばす。愛はネックレスをしばし眺めると、そっと自分の首にかけてみる。

 

「えへへ・・似合う?ありがとう啓太!」

愛の嬉しそうな様子を満足げにみると、啓太はすぐにまじめな顔になった。つられて愛もまじめな顔になる。

 

「あのさ。それ渡したら言おうと思ってたんだ。・・その、俺は愛が好きだ!・・だから、付き合ってほしい。」

 

「・・・えっ。あ、あの・・」愛は自分の耳が赤くなっていくのを実感した。そのままうつむきながら小さくうなずく。

 

「・・・・う、うん。えっと・・よ、よろしくおねがいします!」

 

愛がそういうと、啓太はみるみる脱力してしまう。

 

「よ・・・よかった~・・・いよっしゃぁ!!!」飛び跳ねて喜ぶ啓太。その時、愛の家の玄関のかぎが開ける音がした。

 

愛が思わず玄関を見ると・・母の姿が目に入った。

 

「・・・あれ、おばさん・・・どこに行くんだ?」

けいたもそのようすをみて、愛に尋ねる。

愛は目を伏せたまま、それ以上何もいわなかった。・・すると、愛の携帯が鳴り響く。

愛が携帯を開くと・・父の着信だった。

 

「…愛?」

 啓太が心配そうに愛をみる。だが愛はすぐに笑顔にすり替えた。

 

「へへ・・明日からよろしくね。彼氏さん!・・おやすみ。」

「お。おう!!任せとけ!(?)」

 

 あいさつのような妙なやり取りをして、愛はベランダから立ち去った。その様子を啓太は心配そうに見ていた。

 

(・・愛。大丈夫かな・・・?)

 

 

リビングに愛が戻ると、ソファーに父が座ってたばこを吸っていた。

 

「・・母さんは・・?」

 

煙草を吹かすと、父は面倒臭そうに答えた。

 

「馬鹿な女だな。私が気付いてないとでも思っているのか。・・いつもの男のところだろう。それよりも愛。」

 

煙草を灰皿に置き、すっと立ち上がると愛の頬を思い切りはたいた。

勢いでソファーに飛ばされてしまう。

 

「・・・私が来いと言ったらすぐに来い!・・それに・・誰と話していた?となりの家のあの小僧か?!おまえはなんて悪い子なんだ!!」

 

 父はそういうと愛の下着に手をかける。荒い息遣いと体中をまさぐる手。

「・・いゃ・・っごめんなさいお父さん!・・やめてぇ・・・・・っ」

 

はじめは8歳のころ。母が旅行中のことだった。

それから母がいないときには必ず携帯のワンコールで愛を呼び出しては、行為を繰り返した。

その後、卓が生れて一度はなくなったものの、つい一年前に母が別の男のもとへ通うようになってから数は増え、毎夜のように愛は呼び出されている。

 

 最初は抵抗していたものの、もう今ではすっかり諦めてしまった。少し我慢すればいいことだから。・・だが、今日は。

 

「もういやぁ!!」愛は床を探ると灰皿をとっさに掴み、父の頭にたたきつけた。

 

「うぐ・・っ!」父はのけぞり、一瞬緩んだ手から愛は逃げ出した。衣服を整えると、着替えないままだった制服のポケットから、亜衣からもらった番号が目に入った。

 

 外に出て、がむしゃらに走る。震える手で亜衣に電話をした。

 

 

 そのころ亜衣は自宅にいて、アルバムを見ていた。そして見知らぬ携帯の番号を見て、満足そうにほほ笑んだ。

 

「・・もしもし。愛?」

 

「・・・はぁっ・・はぁっ・・・!・・教えてよ・・っ死ぬよりも面白いこと。・・あいつを・・あいつをもっとも苦しませる方法を!!!」

 

「・・・いいわ。教えてあげる。いまどこにいるの?私もあんたも死なないで、二人の生活を変える方法・・教えてあげるから!」

 

・・冷静になって考えればもっといくらでもほかに方法はあったかもしれない。だが愛は・・冷静になれるほどの心の余裕も考えも浮かばなかったのだ。

 

 

 

 

 

愛はうっすらと目を開ける。窓からはさんさんと日が降り注ぎ、愛は目が覚めるのがおっくうで仕方がなかった。

 

(・・ひさびさに熟睡できたかも・・)携帯の時間はもう8時を回っている。

 

長い髪の毛をかきあげ、制服に着替える。鏡に映るのは・・・自分だけど自分じゃない。

 

「・・今の私は、神永亜衣。・・・・榎本愛じゃない。」

 

そう呟くと、胸元に輝くネックレスを見た。

 

「それが、わたし。」

 

 二人の生活が代わって、二週間が過ぎた。

 

あの夜、亜衣の紹介ではいった病院で二人の生活は入れ替わった。

 

顔をそっくりそのまま入れ替えたのだ。神永亜衣は榎本愛に。榎本愛は神永愛に。

 

 急に生活が急変したところで、すぐになじめるわけもない。こまめに情報をやり取りし、愛は亜衣に、亜衣は愛になることに専念していた。

 

 「・・おはよう。」

 

 愛が緊張しながら今に行くと、テーブルにはすでに朝食が用意されていた。

 

「おはよう!亜衣ちゃん。具合はどお?」

白いエプロンの女性が愛を出迎える。・・亜衣の話では、彼女はつい先日家に来た後妻で、明子というらしい。

 

 亜衣の父はある有名な外資系の会社で、父はほとんど家に帰ってくることはないという。

「う・・うん。平気。ごはん、いただきます。」

 

「今日はね、ちょっと多いかなって思ったんだけど、亜衣ちゃんの好きなものを用意してみたの。」

明子がそういうとおり、テーブルには所狭しと料理が並んでいた。

 

 「…本当にね。全部食べるのは無理だわ・・・・」

 

テーブルに並んでいるのはほとんどが野菜と魚で、肉料理は何ひとつなかった。・・亜衣はベジタリアンということだった。

 

 「うん。おいしい・・です。」

  

 どことなくぎこちのないやり取りになってしまう。・・だが、明子の様子も同じなので、きっと亜衣もそうなのだろう。

 

 「お父さんね。・・今日も帰ってこれないみたいなの。」

 

 「え?・・昨日も会社に泊まったはず・・だよね?そんなに忙しいの?」

 

 「うん・・そうね。」

 

 結局その日の朝はなんだかんだで半分以上平らげてしまった。

 

その日の夕方・・いつものようにふたりは街よりも遠く離れた場所で情報を交換し合っていた。

 

「その後、調子はどお?」

 もとは自分の顔の姿の亜衣はコーヒーを飲みながら尋ねる。

 

「うん。・・明子さんは気づいた様子はないみたい。・・おじさ・・お父さんも私を見て何も言わなかったし・・。」

 

「そりゃあそうでしょうね。あの人が気づくわけないもの。こっちも問題ないわね。」

 

「ね、ねえ亜衣?そっちの・・お父さんはどうしてる?」

 

愛はずっと聞けなかったことを聞いてみた。あのあと、父は無事だったのだろうか?

 

「・・今のところは何もないわ。・・でもあなたはあの人に虐待されていたんでしょ?今は後ろめたいからでしょうけど、何もないわ。」

 

「も、もし・・その、また襲われたら・・大丈夫?」

 

「・・安心すればいいわ。その辺はぬかりないもの。」そう言うと、がたんと席を立つ。愛の聞きなれた携帯のメロディーが流れる。

 

「・・・その音、・・啓太?」

 亜衣は携帯を見るとふっと笑った。

 

「ふふ。啓太ってまるで子供みたいね。会いたいからきてくれ、だって。」

 

「・・そ、そう・・」愛は眼を伏せながらうつむいた。

 

「・・そうそう。啓太とね、昨日初めて寝たの。」

亜衣の思いがけない言葉に一瞬体がこわばる。思いがけず立ち上がって亜衣をにらみつける。

 

「あなたたちまだ何もしてなかったのね?おかげで助かったわ。・・向こうも全然気づいてないみたい。・・・残念ね。愛」

 

そう言い捨てると、亜衣はそのまま立ち去った。愛はなすすべもなく呆然とその場に立ち尽くしていた。

 

 

その日の夜。

 

「なんかさ・・愛は最近変わったよな。」

 

ハンバーガーを食べながら啓太は言った。亜衣はグラスの中の氷をかき混ぜながらたずねた。

 

「そうかな?・・どう変わった?」

 

「・・うーん。らしくない、というか。ずっと元気がなかったから心配していたんだけど・・」

 

「元気になったからじゃない?今では啓太という立派な彼氏もいるしね。」

 

啓太は何かを考え込むように一瞬手を止めたが、すぐに食べることに専念する。

その様子を注意深く観察しながら亜衣は窓の外を見た。・・・信号の向こうに愛の父が立っていた。

 

「・・今日は帰ろうか。おなかいっぱいになっちゃった。」

亜衣はそう言って席を立とうとした。・・盆にはハンバーガーが半分以上残っている。

 

「・・・あれ。お前そのバーガー好きだったよな?食べないのか?」

「え。あ、うん。今日はもういいよ。」

 

「・・ふうん。まあ愛がそういうなら帰ろうか。」啓太もつられて席を立った。・・愛が食べ残したバーガー。肉には一切口を付けていなかった。

 

亜衣が家に戻ると、案のじょう父が先に帰っていた。

 

「おかえり。お父さん。・・ねえ父さん、私最近隣の家の啓太と付き合い始めたのよ。」

 

 亜衣がそういうと、父は亜衣を睨みつける。

「あ、母さんご飯作るの手伝うわよ!」

「あら、いいの?・・珍しいわね。」

「最近母さんと話ししてないからね。あ、卓も手伝う?」

 

 その家には一見明るい家族の姿があったが・・父の眼には亜衣の姿しか映っていなかった。

 

 

 (・・これじゃあ・・私は亜衣のために身代わりになったようなものじゃない・・)

 

愛は相変わらず暗い気持ちで家に戻った。二週間たってやっと慣れてきた亜衣の立派なマンション。玄関をはいると、見慣れない靴が置いてあった。

 

 (・・お父さんのと、明子さん。・・・それと、もう一足・・?)

 

上等そうな靴で、磨かれている。・・男ものだった。

 

 「ただいま・・・?」

 そおっと居間に行くと・・そこには背の高い、男性がいた。

 「お帰り亜衣ちゃん。おれのこと、覚えてる?」

 男性はさわやかな笑顔でにっこりほほ笑む。年齢は・・愛よりも少しうえくらい・・二十代半ばといったところだろうか。

 (・・覚えてるって言われても・・・亜衣も何も言ってなかった・・けど・・?)

 

 「ふふ・・。前にあったのは二年も前で一回きりだものね。よく覚えてないかもしれないわ。」

 

「・・ご、ごめんなさい明子さん。私全然覚えてないわ・・」

 

 「私の弟。橋本一弥よ。」明子がそう言って青年を紹介する。

「はは。まあの時、君はさんざんおれのこと嫌ってたみたいだしね。無理もないけど。・・しかし本当に忘れてしまうとはねえ・・。」

 

 一弥がそういうと、愛は一瞬亜衣ならばどうするか考えた。そして。

 

「・・あの時はごめんなさい。私も覚えていたくないことはすぐに忘れるようにしていたけど・・・もう17だもの。そうも言ってられないわ。あらためてよろしくお願いします。」

 

 そう言って深々と頭を下げる。

「いやぁ手厳しいな。」

 

 こうして、四人で食卓を囲んで食事が始まった。・・愛の家には家族全員そろうこともなかったので、何やらうれしくなってしまった。

 

「・・お父さんは今日、はやいのね。仕事は大丈夫?」

 

愛がそう尋ねると、父は一瞬驚いたが、すぐに口元に笑みが浮かぶ。

「そういうお前こそ・・。いつもならこちらも見向きもしない癖に。どういう風の吹きまわしだ。」

 

(・・向こうの亜衣は好き勝手やってるんだもの。・・私は神永亜衣。私も自分の思うとおりにするわよ・・)

 

「・・もうやめたの。細かいことやくだらないことで考え込むのは。お父さん。明子さんが来てくれてよかったね。明子さんは朝も帰ってこない父さんのこと心配していたのよ。」

 

 ここにきてよかったと思うこと。それは、前の家とは違う・・もう修復不可能なほど壊れていない関係ならば、自分で紡いで居場所を作ればいいのだと。・・なによりも自分が真剣に向き合うこと。愛はやっと理解した。

 

ベランダを開けて愛は外を眺めていた。

 

「・・あのビルと同じくらいの高さだな・・。」

 

この間まで自殺しようと恨めしげに見ていた屋上からの景色。その景色を今は全く違う場所で眺めているのだった。無意識に愛のもといた家を探してしまう。

 

「・・しばらく見ないうちに変わったね。亜衣ちゃん」

 

後ろを振り返ると・・一弥がそこに立っていた。

 

「・・そうかもしれない。・・生まれ変わったのかもしれないわ」

 

「生まれ変わった・・か。・・・君は誰?」

 

愛は思いかけず動揺し、一弥を見てしまった。・・こんな反応では、自分が亜衣ではないと宣言したようなものだった。

 

「・・あ・・の。」

「・・いいよ。二人にばらすつもりもないし、知ったところで君を咎めたりはしないよ。・・二年やそこらであの亜衣ちゃんが変われるわけがないからね。」

 そういった一弥の言葉の端はしに妙な冷たさがあった。

 

「・・・ごめんなさい・・・・。明子さんを・・だますつもりはないんだけど・・・」

 

「かまわないさ。・・むしろ、今の君のほうが姉さんとも・・もちろん兄さんとも仲良くやっていけるだろうからね。・・こう見えても僕の職業は検察官というやつでね。人の本性を見抜くことが仕事なんだ。」

 

ひとまず一弥の眼にウソはない。・・安堵して、愛はため息をついた。

 

「君の名前は?・・あ、本名。」

 

「・・愛、です。」

 

「・・あい?同じ名前なんだね。」

 

「ええ。・・亜衣と出会ったのも本当に偶然・・・。」

 

「・・聞いてもいいかい?どうしてこうなったんだい?」

 一弥に話すべきかべかざるべきか・・愛は悩んだ。一つ間違えれば、亜衣を巻き込みかねない。

 

「言いにくいけれどね。・・亜衣ちゃんは・・もちろんもう一人のほう。彼女は・・心が病んでいる。自分以外の人間を・・あの子は憎んでいる。」

 

「・・憎む?なんて・・おおげさじゃ・・?!」

 愛はそれを聞いて急に不安になった。自分が知らないところで亜衣は過去に何かやっているとしたら・・彼女の罪も自分が覆いかぶさることとなる。

 

「・・。私、亜衣のことなにもしらない・・・」

 

「・・気をつけたほうがいい。・・神永亜衣は、生まれつきの犯罪者だからね・・・」

 

 生まれつきの犯罪者・・その言葉の意味を愛はわからない。・・聞くことも怖かった。

 

「・・どうしてそんなに・・いろいろ教えてくれるんですか?」

 

愛がそういうと、一弥はにっこりとほほ笑む。

 

「・・君ならすべてを変えることができそうだからだよ。・・困ったことがあったら何でも相談してくれていい。僕は君に力を貸すよ。」

 

 このときになっても、愛の不安はぬぐいきれない。彼は味方がどうかもわからなかったから。

 


 
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