「よいしょ、よいしょ」
コチビは小麦粉を必死で丘に持っていく。せっかくの灰色の毛が、小麦粉で真っ白だ。ちょっとため息をつきながら、少しずつ丘の上へと登っていくと、皆が既に待っていた。
「コチビ、遅いぞう」
「先生。だってこれ、重いんだよ」
「重いと思うから重いんだ。ほら、ルートなんかはとっくに持ってきてるよ」
隣のイヌ科のルートは、ふふんと尻尾を振っている。メリッサや、コクやネリが木の机の上に様々な道具や材料を広げていた。生地伸ばし棒、水、卵、ふくらまし粉、他にはナッツやくるみなど。これから、パン作りをするのだ。
先生ウサギのコットン先生は、ピッと笛を鳴らした。
「よーし、材料は揃ったね。それでは、始めよう!」
みんなは待ってましたとばかりに、わっと道具や材料に駆け寄る。コチビも負けずに卵を割って、木のボールに次々と落としていった。そして、ぐるりぐるりとかき回す。途端に卵は黄色い液体になり、小麦粉と混ぜると堅くなって生地っぽくなった。
そこへ、くるみやナッツを混ぜ込んで、水を入れたりふくらまし粉を入れる。なんだか焼いてもいないのに良い香りがして、気持ちのよい風がその香りを下の村へと運んでいく。足元をくすぐるのは、まだ丈の短い春先の雑草たち。新芽の香りがまた、心地よい。
「よーし、まぜたら好きな形を作るんだ。元気な形にするんだぞー」
コットン先生の言葉にみんな返事をして、ぐにぐにと形を作っていく。さながら弾力がある生地は粘土のようで、星型、月型、人型と、次々と形作られる生地は子供たちの作品になっていた。
コチビも負けていられない。一心不乱に作ったのは、ライオン型だ。隣のメリッサが小さく悲鳴を上げた。
「うわあ、それ王様じゃない」
「うん、王様だよ。王様は一番元気なんだ」
「すごいすごい、コチビ」
王様を、しかも4本足の状態で作っていく。さすがに先生に見せたら怒られそうだけど、あの温かい王様なら笑って許してくれるだろう。去年、お城に出かけたときに出会った王様の笑顔を思い出して、コチビはにっこり笑った。
「できあがったかな? それじゃあ、みんな。太陽の下に生地を置くんだ」
「はーい」
出来上がった作品たちを、テーブルの上へと並べていく。コチビも先生に見えない位置にこっそり置いて、ワクワクしながら草の上に座った。
しばらくすると、じゅわっと音がして、生地が焦げる良い匂いがする。太陽が生地を焼いているのだ。かまどで焼くやり方もあるけど、この方が生地たちが「元気に」仕上がる。
やがて、むくっと人型のパンが踊りだした。続いて、月型のパンがふわふわ浮き上がり、星型のパンがひょいひょいテーブルを跳ね回る。もちろん、コチビのパンもむくりと起き始めた。
「あっ! それは王様の……」
いいかけた先生の頭をぽーんと飛び越して、ライオンパンは元気に草原を駆け出した。
「うわあ、逃げちゃった」
「追いかけなきゃ!」
慌てて、メリッサとルートと共にパンを追いかける。ライオンパンはこちらに気付いたようで、ぴょんぴょんと跳ねながら楽しんでいるようだった。どうやら、元気すぎたらしい。
「さすが、王様のパンよね」
「どこに行くつもりなのかなあ」
ゼエハア息が上がっても、パンはこちらを見向きもしない。そしてぴょんぴょんと丘を越え、やがて村を見渡せる大きな岩の上に立った。彼はそこからぴたりと止まり、村を見下ろしている。そして。
ガォオオオオン
力強い吼え声に、コチビもメリッサもルートも腰を抜かしてしまった。なんて強い強い声なんだろう! ライオンパンはしばらくそのまま立って、ぽてりと倒れて動かなくなった。
「やあ、やっと元気が止まった」
「だけど、これはとっても美味しいパンになったね!」
コットン先生に怒られてしまうだろうけれど、元気なパンは一番美味しく出来上がる。ほかほかと温かい湯気を上げたライオンパンは、三人の子供たちの腹を喜ばしてくれることだろう。
春先の、そんな昼下がり。コットン教室の美味しいパンは、しっかりとみんなのお腹を膨らませた。特にコチビは王様の元気を貰ったようで、一日中ニコニコとしているのだった。
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メルヘンファンタジーな、ここではないどこかの物語。