まずは家に入り込んだ者達を撃退しようと前に進み、慌てて逃げようとした男を一人斬った。そうしてみると、次の瞬間には賊徒達は皆が逃げ出した。
それを追って家を出れば、燃えた家々が視界に入った。道には血を流し倒れた老女、剣を握り締めたまま倒れている異民族の男と数人の賊徒。隣の家からは女性の悲鳴が聞こえる。
すぐに隣家に飛び込み女性に近づいていく者を斬り捨てる。家の入り口に背を向けている者ばかりであったので、さして苦労も無い。保護できた者は先ほど私が出てきた家に避難させて他の家へ。
近くの家の中に入り込んだ賊徒を全て片付けて外へと出た。
未だに遠くからは剣戟が聞こえる。まだここにも戦う者はいるのだ。
そちらの援護に向かおうとしたが、どうやらあちらから来たらしい。
40人近い賊徒が、先ほど私が盾にして傷ついた男に連れられてこちらに向かってきているのが見えた。
家々に入り込んでいた者は合わせて10人片付けた。この40人でようやく半分だ。
「いやがった!!あいつだ!あいつが俺らに抵抗しやがるんだ」
嬉々としてこちらを指差して仲間に呼びかけている。
賊徒の半数を動かせるということは、あれは賊徒の中ではもしかしたら上位に位置する人間なのかもしれない。
40人。
倒せない数ではない。
まずは機先を制すため、先程倒した賊徒から奪った斧を未だに仲間に喋り続けていた男に向かって投げつけた。
「あの男を倒した奴!そいつには俺が大将に伝えていい女と酒を回してもらうようにしてやる!この数でいけばあいつが多少強くても問題はねえ!さあ!囲んで一気に………え?」
男の胸に突き刺さる斧。それを呆然と見つめながら男は静かに倒れこんだ。
数を減らした賊は、それを呆けたまま見つめている。
その隙だらけな集団に一気に飛び込んだ。
戦いは一方的なものであった。
「ひぃ…なんだよ、なんだよこいつ!」
「おい、囲め!相手は一人だろうが!く、くるな!こっちを見てんじゃねえよ!待て!ひ…ぐあっ!!」
「このままじゃやられる!い、行くぞ」
集団と切り結ぶ中、こちらに向かってきた3人の中で仲間に声をかけていた男を真っ先に斬りすてる。
錬度がどうか、という問題じゃない。この者達は兵隊ではなくただの寄せ集めだ。数の利があるのだから、斬りかかる時は複数人で同時に斬りかかる。これは基本的な戦術。
だが、それを理解している者がほとんどいない。自分以外の誰かが行けばいい、自分は危険を犯したくない。そういう考えが表情に出ているのだ。
ならば瓦解させるのは容易い。このような者達の中でも指示を出す者、自ら行動を起こす者を優先して仕留めれば他の者はまともに機能しなくなる。
ここにいる賊などはその程度の集まりだ。
私が集団の中心に斬り込んだ為に一応形だけは包囲出来ているが、慌てて剣を振り同士討ちをしている者すらいる始末。
敵にこちらが近づけば、相手はその分後ずさる。その中で後退が遅れた者を選び、一気に距離を詰めて斬る。
するとそこから逃げる者の中から、また逃げるのが遅れた者へと斬りかかる。
ただそれだけだ。
指示を出せば斬りに来る。
近づけば斬られる。
逃げ遅れれば斬られる。
それがわかった者から口を閉じて仲間が斬られている間により後方へと下がる。そしてある程度下がるとそのままこちらに背を向けて逃げ出し始めた。
20人斬った頃には、周囲の賊はたったの5人。皆一様に足を震えさせて立ち尽くしている姿から、逃げたかったが足が言うことをきかなかったのだろう。いつもなら捕縛してやるところだが、そんな暇はないし、放置すれば家に隠れさせた者達が危ないだろう。
武器を我武者羅に振り回している者もいたが、その合間を縫って各々一撃で命を奪い去った。
斬り捨てた剣から血を払い、賊徒が元々来た方向へと目をやる。逃げ出した者は全員そちらに行っているようだ。
あちらにはまだ仲間がいるのだろう。賊徒の逃げ出す先から聞こえていた剣戟の音は既にほとんどしなくなっていた。
逃げる賊を追いかけながら斬り捨てていた。私の方を頻繁に振り返る者が多く、走る速度も遅いし転ぶ者までいた。追いついた者から斬り先を急ぐ。
そこで私の身体が少しおかしいのに気づいた。
身体が異様に軽いのだ。軽いだけではない、動きも鋭く力強い。
先ほどの集団戦でも、頭で思い描いた通りに身体が動いた。普段通りの体調なら何もおかしくは無いのだが、家にいた女性の話では、私は3日も意識を失っていたらしい。
普通ならば体力が落ち、長時間の戦闘やこのように走りながらの戦闘などできる筈が無い。
だが、身体はまだまだ元気でいつも以上に動く。この身体に何かが起きているのかもしれない。
逃げた賊を8人程斬り捨てた時に、調度村の広場、戦いの中心にたどり着いたようだ。
賊、そして異民族の男達が多数倒れている広場で未だ戦っていたのは、30人近い賊とそれから包囲を受けて戦う10人の異民族と一人の女性。
女性は双剣を振るい賊の包囲を破ろうとしている。だが、包囲している賊は私の所に来た有象無象とは全く違うようだ。
女性が斬りかかる場所の反対にいた賊徒が異民族達の背後を狙って斬り込む。
女性に斬りかかられた側は少しでも時間を稼ぐためにお互いを援護しあう。
その連携が非常に上手い。
おかげで背後の仲間を見捨てられぬ女性は異民族の者達の援護に向かい、体力を消耗して包囲の中心に戻る。
それを幾度となく繰り返しているのだろう。
そのお陰で女性は息も絶え絶えでもはや限界も見えている。
彼女に限界が来れば包囲を縮めて押しつぶす算段だろう。
それを知ってか包囲の外にいた大柄の男はその様子を見続けている。
そこに、私の所から無事に逃げ延びた者達が数名駆け寄っていた。
「なぁ!助けてくれよ!あんた腕が立つんだろ!?なあ!」
「頼むよ!何義の旦那もやられちまったんだよ!」
「………」
賊徒のあの態度からして、あそこの大男がこの集団のなかでも一番の腕利き、もしくは首領といった所なのだろう。
ならば私がするべきことは…
「そこの者。貴方がこの賊徒達の首魁に違いないか」
この者を討ち取ることだ。
大男は私の言葉が届くよりも先にこちらを見ていた。そして周りにたかる者達を手で下がらせている。極自然にこちらに振り向くとすぐさま剣を抜いて見せた。
「ああ。よくわかったな。お前が村の奥で暴れてたってやつだろ?差し向けた奴らは全滅かい?」
「大したことない奴らだったのでな。しかし、そこの奴等は一味違うようだな。しっかりと鍛えられてるのがわかる」
私の言葉に男は嬉しそうに大きく頷いて見せた。
「わかるか?こいつら元々からの俺の部下。そっちに行った奴等はここを攻める直前に合流した他の集団の奴でな。人数を増す為には仕方なく加えたんだが、命令は聞かないわ文句ばかりは一人前で…奴等が勝手に村人に襲い掛かったおかげでこの有様さ」
頭をかきながらそういう男は、そのような態度をとっていながらもこちらの動きを常に警戒している。彼が真っ当に生きていたなら優秀な武将であっただろう。
「すんなり物資を頂けたらお互いに被害を出さずに帰るつもりだったんだぜ?異民族とはいえ、こいつらに恨みはないからよ」
傷つけないために人数を増やして脅迫を上手くすまし、退散するつもりだった。だが、増やした奴等が勝手に襲い掛かったせいで必死の抵抗がおき、引くに引けなくなった。
そういいたいのだろう。しかし、それはそちらの都合でこちらには関係ない話だ。
「集団をうまく指揮できなかった貴方の責任だ」
「確かに、違いないな」
私の言葉に苦笑を返し、剣を正面に構えながら重心を落としてこちらの動きに備えた。
「波才様!」
包囲を続けていた賊徒が数名こちらに援護に来ようとしたが、包囲の中心の者達がそれを許さない。
賊徒が動くならば、そこから包囲を食い破ろうと剣を握り締めて牽制している。
私から逃げて怯えていた賊徒は、包囲にも大男の加勢にも加わる気は無いようで、距離を取って勝負を見守っている。
「こっちは気にすんな。お前らは俺が負けたらすぐに逃げな。そうすりゃ数人位は生き残れるだろうよ」
左手を上げて包囲を続ける部下を止め、こちらを見た。
「ま、聞いたと思うが俺の名は波才ってんだ。お前さんの名は?」
「私の名は劉封という」
「ふーん。聞いたことねえ名だな。じゃ、このまま話をしててもしょうがねえし、そろそろ行くぜ、劉封!!」
波才の足に力が籠もる。するとその巨体に見合わない速度に一気に加速して、私への間合いを詰めてくる。そしてその勢いを乗せた剣を私の胴体を横に薙ぐように斬りかかってきた。
波才の剣は通常の剣よりも大きく重そうだ。それが風を切りながら私の胴を分断せんと左から迫ってくる。胴への攻撃は総じてかわしにくい。その上傷つけば致命傷にもなりやすく、動きにも影響が出やすい。
だからこそ、鎧で胴体を守るのだが、私はいつの間にやら着替えさえられていた異民族の服装。
間違っても攻撃を受けるわけにはいかない。
すぐさま上段から剣を振るい波才の剣を下にはじき、剣の軌道をより下へと押し込んだ。
左もものわずかに前を波才の剣が通り、そして地面を抉る。
波才が剣を引く前に私の剣を波才の首目掛けて奔らせた。
しかし、それを体勢を崩しながらも身をかがめてかわした波才は、そのまま体当たりを仕掛けてきた。
体格のいい波才の体当たりはそれだけで十分脅威だ。接触の際に鎧を当てられれば、骨折も免れない。だが、不思議と当たる気がしなかった。
私はすぐさま剣から離した左手で、突っ込んでくる波才の頭を横から強く殴りつけた。
鈍い音が響く。拳がこめかみの辺りに当たったせいか、フラリと体勢を崩しかけ顔をしかめた波才、勢いが殺されたと判断して今度は片手で大剣を下から振り上げようとしている。
互いの距離は近く、剣を振られたらかわせる距離じゃない。ならば振らせないだけだ。
大剣の柄の握る手を蹴りつけ、そのまま私の剣を波才の首に押さえつけた。
大剣を取り落とした波才は、首元の剣を頭をみると頭をかきながら両手を上げた。
「あーこりゃ無理だ。かなわねえ」
不思議な戦いだった。波才は強い。元の私なら五分五分の戦いであっただろう。
体当たりを防げずに弾き飛ばされ、起き上がる前に止めをさされていたかもしれない。
だが、私が再度目覚めてからこの身体は異様な性能をみせている
集中すれば相手の動きが緩やかに見えるし、身体は頭の中で思い描いた通りに動く。
力も異常だ。凄まじい速度で突っ込む波才を拳の一撃で止めるなど、普通は出来ないはず。だが、不思議と止めれる気がしたし、現に止めれた。
理由はわからないが、この身体の性能を活かせれば、関叔父や張叔父、憧れた武人達に並ぶ武を得られるかもしれない。
己の限界が見えないというのは、心が躍る。このような感情を抱くのは子供の時以来だ。
「私の勝ちだ。降伏せよ」
波才の首筋へと剣を添えたまま未だ包囲を続ける波才の部下達にそう告げると、負けた己の主を見てあっさりと全員が剣を捨てた。
波才は自分が負けたら逃げろといったというのに、主を見捨てる気はないのだろう。
羨ましいほどに優秀な部下達だ。
それとは別に、波才に泣きついていた賊徒はもう集落の外へと逃げ出し始めていた。
それらを見て、半ばそれを予想していたらしい波才は困ったようにため息をつき、こちらに頭を下げた。
「なあ、劉封。ものは相談なんだが、降伏した俺の部下達だけでも生かしておいちゃくれねえか?なんならお前の部下にしてくれたら俺も安心して逝けるんだが」
「優秀そうな部下でありがたい話だが、それを決めるのは私ではない。貴方の部下達が決めることさ。それに、まずは彼らが許すかどうか…」
私が顎で波才の後方、集落の外を指す。そこには遠くから馬蹄を鳴らし近づく異民族の集団が見えていた。
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