No.470862

STAY HEROES! 第四話

オリジナルSFライトノベル、第四話となります。
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絵はぬり絵並み。

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2012-08-16 07:04:10 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:569   閲覧ユーザー数:569

五右衛門風呂と呼ばれる風呂がある。

乱暴に言ってしまえば馬鹿デカい釜だ。

500年以上昔にこんな釜で、茹でられて死んだ大泥棒が語源だとか。

もちろん、悪党のように釜底で煮られてはたまらないので、

入浴客は木製のすのこを踏みながら湯船に浸かる。

親父はよく、戦地でドラム缶を代用した五右衛門風呂に入っていたと僕に話してくれたものだ。

そして僕も今、櫛江家の離れ屋にあるそのお風呂を頂いていた。

 

新入りの有翼機兵『鳴浜多喜乃(なるはま たきの) 』を含めたパイロット三人は、とりあえず代わりの下宿が見つかるまで、櫛江さんの家に居候することになったのだ。

櫛江さんの家に着いてからというものの、旅の疲れと相まって丸一日寝ていた僕は、疲労と汚れを濯ぐために夕暮れ時の風呂に浸かっている。

 

 

サイボットゲリラが目的不明瞭のまま撤退した後、僕らは夜が明けるまで、主に軽傷の民兵を病院へと何度も搬送した。

死者十二名、負傷者五十五名の大損害。負傷者の中には敗残兵から狙撃を喰らい、左手の甲へ銃弾を掠り受けた僕も含まれている。

そういう転末で、僕の左手には真新しい包帯がきっちり巻かれているのだった。

 

「ユカゲン イカガー」

 

突然、とても幼い女の子のような片言葉で呼びかけられた僕は、格子窓を開けて首をのばす。

覗きこんだ釜の下では、頭に木片を載せた円筒形のロボット達がちょこまか動き回っていた。

これはエリスの部下、『トイポッズ』の兵士( アーミー)タイプだ。

エリスをそのまま手のひらサイズに仕立てたような彼女たちは、僕のためにせっせと薪を焚いている最中だった。

 

「ああ、丁度いいよ」

 

「アツカッタラ イッテホシインダナ」

 

とアーミーの第一小隊長( アン) が三本脚の一本を振りながら言う。

手を振り返しながら僕は、小さい頃読んだ「ガリバー旅行記」の小人の国を思い出した。

小さなアーミーから見れば、人間たちは巨人以外の何物でもないな。特に僕なんかは。

 

良い湯加減の湯船につかりながら、僕はこれまでの出来事を整理して、物思いにふけった。

今そこにある、サイボットゲリラの脅威と隊廃止の危機。

僕ら、遠州教育隊はその二つの問題とこれから格闘しなきゃならない。

加えて、僕個人はもう一つの問題を抱えている。

それはパイロットとして戦う理由だ。

櫛江さんは街を守る 郷土兵 ( ミリシア)として。

由常は軍人(プロフェッショナル)として。

じゃあ、部外者(ストレンジャー)素人(テンダーフット)の僕は、一体何のためにテロリストや鉄騎遊撃軍と戦うっていうんだ?

もちろん、直接的な動機は進学先の学校に残るためだ。

そりゃあ教育隊が無くなれば、お役御免な僕の学籍も消されるのだから。

一応、闘いに臨む気持ちは夜中の格納庫で固めてはある。

だけども、命を賭けるには動機が薄っぺら過ぎやしないかと、戦場を体験した今になって疑念を抱くようになってしまったのだ。

 

釜から沸きたつ湯煙は、濡らさないために風呂の縁へ乗せた、手の甲の生傷をじくじくと痛ませながら、二畳足らずの風呂場を埋め尽くしてゆく。

 

ヒーローになる、『ヒーローとして在り続ける』ための理由か。

 

ふむ。

ま、煮え立つ釜の中で答えが出ない難題について悩んでも、堂々巡りにしかならないか。

とりあえず僕は自分に課せられた義務を果たそう。

それと、いつまでも居座ってちゃアーミーに悪いし。

 

「ありがとう、気持ちよかったよ」

 

「アイアーイ」「リョウカイ ナンダナ」

 

格子窓の外へお礼を告げてから、僕は身体を洗うために、湯船から立ち上がった。

そして、低い天井に頭をぶつけてもんどり打つハメになる。

 

「ダイジョーブ?」

 

 

 

 

男二人は『離れ』の二階部屋を割り当てられた。

茶室に改装された家屋だそうで、普段、ここで櫛江さんの母親は休日に茶道教室を開いているという。

そんな、野郎どもにはもったいない部屋の襖を開けると、こちらに背を向けていた由常が風呂上がりの僕を一瞥する。

 

「なんだその和服は」

 

「君だってなんで軍服着てるのさ」

 

真緑の作業服を着込んだ由常は、同色の風呂敷の上で茣蓙をかいていた。

 

「これが歩兵にとっての普段着だ」

 

左様で。

それきり、再び由常は広げた風呂敷と向き合ってしまい、会話は途切れてしまう。

 

うーん、気不味い。

派手に喧嘩をやるより、中途半端に鉾を収めた時の方が後味は悪いのだ。

風呂敷の上には、拳銃の部品が転がっている。

その中から骨組みを掴むと、彼は慣れた手つきで部品を次々と取り付けてゆく。

機装についてはひよっこだが、どうも兵士としては優秀なようだ。

そりゃそうだ。じゃなきゃ将校にはなれない。

いっそのこと思い切って教育隊志願の理由でも聞いてやろうか、

と思っていた時、由常が固い口調で背中越しに語りかけてきた。

 

「隊長の言うとおりだとは思わんか。パイロット勤務を命ぜられた以上、

俺たちには街を守り抜く責務が課せられているんだ。そのためには協力せねばなるまい」

 

「どういうことさ」

 

「隊員同士で仲たがいをしても仕方が無い。昨日は済まなかった」

 

由常の口から出た意外な謝罪に、僕は拍子抜けした。

全く取り付く島がないという訳でもなさそうだ。

気難しそうだけど。

 

「そりゃそうだな、僕も悪かったよ。殴るだとかチ……」

 

由常の手のひらに収まっている完成したコルトガバメント。

その機能美あふれるスライドが突然引っ張られ、.45弾が薬室へと送り込まれた。

焦点の合わない目線を彷徨わせている由常は、拳銃片手にゆらりと立ち上がる。

お、おうう……

 

「おまいさんがこれから何言おうが俺ぁてんで構やしねえよ。 だけどな、そいだけは二度とぬかすんじゃねえ」

 

「善処しますですはい」

 

「ん」

 

短い返事と共に、由常は拳銃から弾を抜いてレッグホルスターへと差し込んだ。

それを合図にしたかのように、伝令のアーミー分隊がなぜか掛け軸の裏から姿を現す。

 

「パッパカパー オチャ イレタッテー」

 

 

 

 

由常の後ろを辿って、僕も母屋へとつながる渡り廊下を歩く。

廊下から覗く庭の向こうには西日の逆光を浴びて、静かに輝く太平洋がパノラマのように広がっていた。

いつ見てもやはり壮観だ。

僕が見て育った海は、まるで川のように狭い瀬戸内海だったから、気を抜くとその広大さに引きこまれてしまうような気持ちになる。

 

 

「うっす!」

 

 

茶の間に入ると、ちゃぶ台の前であぐらをかいていた有翼機兵が、

僕らを見るなり片手を上げて適当なあいさつをしてきた。

背中に機械の翼を背負っていた彼女も、

今はTシャツに空色の作業服、カーゴパンツという砕けた格好だ。

周りでは色んな形のマイクロポッズ達が、お喋りしながらちょろちょろ歩き回っている。

 

「鳴浜軍曹、空軍兵は上官に敬礼もしねえのか」

 

「教育隊だと階級より学年なんだろ、いいじゃん同い年だし」

 

赤髪の少女、鳴浜多喜乃は吊り目を細めてケラケラ笑う。

悪気が全く感じられない笑顔は、妙に憎めない。

それは由常も一緒のようで、憮然とした態度のまま腰を下ろす。

ナパーム弾で丸焼きにされかけた僕の不満さえ、初対面の時、この笑顔にうやむやにされてしまったのだった。

そっかー15かー……などと感慨にふける僕だったが、畳に片膝をついた瞬間、何かが僕の着物へ潜り込んできたせいで間抜けな声を上げてしまう。

 

「うおあっ!?」

 

「どした? ……えっと、名前は掛布雅之だっけ」

 

「どういう記憶回路しとんじゃ! 安形や! 安形征正!」

 

とぼける鳴浜にもう一度自己紹介しながら、激しく身体をまさぐっていると、やがて僕の胸元から一体のアーミーが顔を出した。

三番小隊長のトリーだ。

なにを意味しているのか、僕と目があうと、ロボットのカメラは虹色に輝いた。

少尉と軍曹はめいめいに勝手な感想を口にする。

 

「やたら無口なアーミーだな。他のはうるせえのに」

 

「お? 好かれてんじゃーん、よかったなガタユキ」

 

「え、なんなん、その略し方」

 

「あれ、トリーが他の人に懐くなんてめずらしいですね」

 

その時、 飛行型ポッズ (ヘリ)のエスコートを受けて、菖蒲色の堅苦しくない着物を着つけた櫛江さんと、お供のエリスがお茶を用意して台所から出てきた。

うん。着物が俺より似合っとるわ、めっちゃ。

 

「ご飯の準備はできてますが、お母さんが仕事から帰る頃にお出ししますね」

 

「サッチャーン」

 

それまで自由極まりなくうろついていたポッズ達は、彼女へとわらわら群がり始め、正座した櫛江さんの背中をよじ登り始めた。

なんだこいつらは、テントウ虫か。しかしこれは……

エリスの頭から取り出した煎餅を躊躇なくバリボリかじる鳴浜は、僕も抱いた疑問を櫛江さんに聞いた。

 

「それ重くない?」

 

「ちょっとばかしですよ、言っても聞かないし慣れました」

 

「お姉ちゃん分かるんだぜー、このチビちゃん達かなりずっしりしてる事」

 

「……ソンナコトナイデスヨ?」

 

「んっふっふ」

 

意味ありげに笑う鳴浜の指先にもてあそばれて、アーミーの何体かがちゃぶ台の上でクルクル回る。

 

 

 

 

「ヒャーン」

 

「見てるぶんにはかわいいよなー」

 

「でしょう?」

 

「そうか? 虫にしかみえねえぞ」

 

「ヤー オロセー」

 

さっきから、由常はアーミーを逆さでわしづかんで観察しているが、その持ち方はどうなんだ。

アーミーはすごい嫌がってるぞ。

 

「で、でも虫さんとは違って働き者なんですよ。ご飯を運んでくれたり、お掃除してくれたり」

 

「蟻ん子だな」

 

切り返しに窮する櫛江さんは、お茶を飲んで誤魔化そうとする。バレバレやで。

 

『ちなみに地元の方々からはもっぱらズムシと呼ばれております』

 

「それでええんかエリスは」

 

 

 

 

そうして、よそ者のヒーロー達は居候先を見つけ、それぞれの思いを胸に、とりあえず一ヶ月半を共に過ごすこととなったのでした……

さて、今日はここまでだね。

また今度、来てくれるのなら喜んでお話ししてあげよう。

 

とあるヒーローの残した手記が語る、長いようで短いお話を。


 
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