そこは山の中だった。
生まれた瞬間からその場所を修行場として認識し、彼は己を磨き続けた。
山の一カ所だけが昔に木々がなぎ倒されたかのように地面が隆起し、木も傾いて一部の木の根が露出していた。
「す~……」
そんな異様な空間の中で一人の少年が姿を現した。
カリフの体中には生傷がついており、カリフの息も荒くなっている。
昔からアザゼルから貰った神器の中で修業を続け、最近では一週間もその疑似空間に入っていられるようになった。
カリフは止まらない汗を手で拭いながら独り言を喋った。
「……やっぱ体力と力が弱いな……オレ」
そう言いながらカリフは山の崖からおもむろに飛び降りた。
季節は既に春を迎えていたのだった……
春先の午前
鬼畜家は相変わらず平凡だった。
「母さん大変だ! 休みボケで仕事行きたくない!」
「それでもお仕事頑張ってね。あまりニートみたいなこと言っていると“刺すわよ?”」
「何を何で!?」
朝ごはんもベーコンエッグとカットフルーツと平凡な家庭だった。笑顔の母に戦慄を覚える父。
だが、そんな家族にも変わっていた所があった。
「あら? 起きたのね」
二回から聞こえてくる階段を下りてくる音に母親はもう一人分の皿を出した。
そして、リビングに少女が現れた。
「おはよう」
「お、おはよう」
二人は少女に笑って挨拶をする。
「おはようございます。おばさま、おじさま」
小さい体でお辞儀してテーブルに座る。
「どう? 駒王学園には慣れた?」
「はい……いい所です」
「そうだ、来週久しぶりに母さんと温泉旅行に行くんだけど、一緒にどうだい?」
「すいません、来週は部活で……」
少女がそう言うと、夫婦は目に見えて残念がってしまい、少女も罪悪感が湧いてくる。
「そうか……一度でいいから家族旅行に行きたいなぁ……」
「まあしょうがないわよね……友達ができたのはいいことなんだから…」
「すみません……」
そんな他愛のない話をしていると、すぐに時間がきた。
「そろそろ時間なので行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「おっと僕もそろそろ時間だから途中まで行こうか?」
「はい」
「いってらっしゃい」
そして、父親と並んで一緒にドアの前に来た。
「行こうか、“小猫”ちゃん」
「はい」
こんな平凡な家族にも変わっていた。
言うなれば、昔一緒に住んでいた子の名前が昔と違っていた所だけだった。
そして、カリフはというと……
「ふむ……お前さんはもう高校生じゃったな……」
「歳だけで言えばな……」
東京ドーム地下格闘技場オーナー、徳川財閥の首領である徳川光成の屋敷の座敷部屋で座布団敷いて胡坐をかいていた。
「鮭の内臓の塩辛は?」
「好物だ」
そう言って差し出された小皿の食べ物を箸でつまんで食べる。
この二人、何年もの付き合いを経てすっかり孫とおじいちゃんみたいな関係となっていた。
だが、今日徳川が呼んだのは別の用があったからだ。
しばらく二人は黙って鮭の内臓の塩辛を食べてから第一声を徳川から発した。
「お主……悪魔はご存じか?」
「……なるほど、そういうことか」
カリフは驚きもせずに嘆息を吐くだけだった。
「ジジイ……知っているのか?」
「悪魔というのは案外身近なもんじゃよ……ワシの昔のお得意悪魔はサーゼクスとか言う者じゃったがな」
そう言って懐から古びた一枚の紙を取り出してカリフの前に置いた。
「今はもうただの紙になってしまったが、当時、これがなかったら今の儂はここには……」
「ジジイ」
カリフが徳川の言葉を遮りながら腕を組んだ。
「本題を言え……できるだけ簡潔にな……」
「……」
徳川はしばらく黙って酒を煽っていたが、すぐにカリフと向き合った。
「お主、駒王学園に入学せい」
「ほう……」
徳川からの突然の返答にカリフは少し意外そうに返した。
それでも徳川は続けた。
「簡単に言うとじゃな……お主が人間の身でどこまで通用するのか見てみたいのじゃよ」
「……」
「お主は間違いなく人間の中では最強じゃ……なら、悪魔のような人外と戦ったらどうなるか見てみたいのじゃ」
再び酒を注ぎ足して笑う徳川を見てカリフは機嫌よさそうに言った。
「てめえも好きだな」
「でなきゃ東京ドームに地下はできんよ」
厳かなムードが続く中、日本庭園を模した庭の鹿おどしが気持ち良く鳴った。
「入学手続きは儂がやっておく。日程はまた後を追って話そう」
「学校か……初めてだな……」
互いに想う所は違えど、双方に異論は無かった。
徳川は興味本位、カリフはまだ見ぬ新たな戦いの予感に歓喜していた。
元々地元の駒王学園と言う所から妙に強い気が溢れていたのは五歳のころから把握済みだった。
そこはカリフにとっては遊園地に等しい場所だと思っていた。
「どうした? さっきから口数が少ないのう…嬉しいんか?」
そう言うと、カリフは黙って立ち上がって出口へと向かっていく。
その途中で立ち止まって言った。
「煽るなジジイ。心配せずともいずれはこうなることは予定済みだった……礼と言っちゃあなんだが、見せてやるよ」
突然振り返って畳を掌で思いっきり叩くと衝撃で一畳が勢いよく垂直に立ち上がる。
「人間の底力ってやつをよ」
その瞬間、カリフは踵落としで畳を一刀両断!!
二つに裂かれた畳は音を立てて倒れる。
「ぅおお~~~……」
徳川が口と目を丸く開けてポカンとしているのを見て微笑を浮かべた後、堂々とその屋敷から出て行ったのだった。
「それと、じゃがのう……」
「?」
「儂んちの物……勝手に壊さんでくれ」
「……あい」
テンションに任せた結果について素直に頭は下げたのだった。
ひとまずは今後の見通しが大体決まっていく。
黒のパーカーのフードを深く被って顔を見られないくらいになっていた。
傍から見れば怪しいことこの上ない恰好であり、周りの人間もカリフの恰好に周りが不審に思っていた。
そして同時に目を逸らした。
多分、カリフの感情が辺りに伝わったからなのだろう。
今、彼は少し高揚していた。
まるでテーマパークに連れて行ってもらう時の子供の気分であるように……
「早く行こ! 一誠くん!」
「そうだね、夕麻ちゃん!」
そんな時、すぐ隣を一組のカップルが通り過ぎる。
そこでカリフはそのカップルの女性が気になった。
(あれは……たしかアザゼルと同じような……堕天使だったか……)
別に堕天使が人間と付き合うということは世界各地で見てきたし、そこはどうでもいい。
だが、カリフはあの女が気に入らなかった。
(あれは完全に嘘を吐いている典型の奴だな……胸糞わりぃ……)
カリフは嘘を平気で吐く奴と、覚悟を持っていない奴が殺したいほどに嫌いだった。
嘘はカリフが最も忌み嫌う物だから当然だ。
だが、覚悟を持たない奴……あらゆることを遊び感覚で舐め切っている奴など言語道断。
自分より弱い者を強い立場の者が攻撃する。
生きるためならその行動は正解であり、咎める必要はない。
だが、生きるためではない……無駄な殺生は許し難い。
理由さえあれば復讐だろうが殺すには値する。
理由を掲げることは一種の覚悟を示すのだから、カリフは復讐や苛立ちを堂々と掲げて殺しを実行するだろう。
何故なら、それが本能であり、望むことなのだから……
話を戻すが、カリフはさっきの女に少しの疑問と後は苛立ちを募らせていた。
(あの男……よほど素直なのだろうな……憐れ)
舞い上がっている男に悲壮感を抱きながらもその場を通り過ぎて行ったのだった。
この日、カリフは気を静めて適当な橋の下で寝て、明日に行動しようと思っていた。
(……明日は家に帰ろうかな)
その日、カリフは夕方の内に眠りについた。
この日の夕方、とうとう事件が起こった。
その日の公園に二人の男女は向かい合い……
「死んでくれないかな?」
全てが……動き出した。
朝、カリフは橋の下にて目が覚めた。
「ふ……ああぁぁぁ……」
欠伸をしながら体を伸ばして朝日を拝む。
しばらくしてカリフは欠伸を止めた。
「……家に行こうかな」
この時、十年以上も離れていた家へと戻ることを決めた。
と、思っていた時期がありました。
「……いねえ」
カリフは自宅から気を感じないことに半ば愕然としていた。
久しぶりに目にしたこの世界での我が家
十年も経っているのにあまり変わっていない。
いや、庭がガーデニングされているところぐらいか……
「……とりあえず時間でも潰すか」
そう呟いてカリフは誰もいないことを確認すると、自身の神器を展開させたのだった。
ある程度時間が経った時、それとは別の場所で一人の少年が今、自分に起きている事態に混乱していた。
「俺……たしか昨日……」
そうだ、確かに俺は昨日夕麻ちゃんに……この公園で殺されて……
「どうなってんだ……」
腹に何かを刺された時の痛みも覚えてる。
もう現実と夢の区別がつかねえよ……
意味不明な出来事に俺の頭が混乱しかけていたときだった……突然突風が吹いて……
「これは数奇なものだ。こんな都市部でもない地方の市街で貴様のような存在に会うのだからな」
「!?」
突然聞こえてきた声に俺、兵藤一誠が振り返ると、そこには長身のコートとハットを被った男が立っていた。
見た目もただでさえ怪しいのに、あの男からは嫌な予感がする。
そこで俺は後ろへジャンプした時、そこでも異変が起こった。
「な、なんだこれ!?」
少し退いたつもりだったが、予想以上に後方に飛び退いていたことに驚いていた。
そして、降り立った時、俺の常識の許容範囲は越えた。
「訳分かんねえよ!」
俺は男云々よりもこの非常識から逃げ出したかった。
俺は逃げた。
体力が、筋力が、意志が続く限り逃げ続けた。
逃げて、逃げて、逃げ続けた。
「はぁ……はぁ……!」
さっきから男の影も何も無い。
まいたか!?
そう思っていると、上から黒い羽がヒラヒラと落ちてきた。
この羽……まさか!
「夕麻ちゃ……! うわぁ!」
上を見ると、上には俺を見下ろして黒い羽を羽ばたかせているさっきの男がいた。
そして、あっという間に先回りされてしまった。
「下級な存在はこれだから困る……」
何を言ってんのか知らねえがもうほっとけ!!
「また夢かよ……!」
「夢? ふん、主の気配も仲間の気配もない、消える素振りすら見せず魔方陣すら展開しない…貴様、はぐれか?」
「は、はぐれ? 主?」
手には昨日も見たこともあるような光の槍を出してきた!
「ならば殺しても問題あるまい」
「……!!」
嫌な予感がしたからすぐに逃げようと背中を見せた瞬間、俺の腹に何か熱い物が刺さった。
「ぐあっ!」
いてぇ……! また腹に刺さっちまった……! くそ! やっぱ夢じゃねえよこの痛み!!
「ほう……これで消滅しないのか。意外と頑丈だな」
「ぐ……うあぁ!」
「止めておけ、光は悪魔にとって毒だ。触れることさえも自身を傷つけるぞ」
くそ! 痛みが昨日のよりもひでぇ!
「だが、そろそろ楽にしてやろう」
またさっきの光の槍を作りだした!!
くそっ! もう動けねえぞ……!
掠れゆく視界の中で男が俺に光の槍を振りかぶってきた直後……
「そろそろ死ぐわぁ!」
何かが男を押しつぶした時、俺の意識が闇の中に入った。
◆
やっぱこの神器って言う奴は少し不便だな。
発動はすぐにできて、周りの物や人物を巻き込むのは仕方ないとして、中は本当に充実してこの二匹も存分に遊べてやれるし……
だけど出るとこのようにランダムな場所に出るのはやっぱムカつく。
今も何か潰しちまった。
今では足の下にハットの変態がいる、しかも気からして堕天使か。
というかもうそろそろ父親と母親も帰って来てるだろうな……
そのままハットに足の埃を拭かせてもらってそのまま帰ろうと男から降りると……
「待て貴様!! 何者だ!!」
……まあ、これは普通か……そう思いながら謝ってみる。
「あ、すんません」
そう言って帰ろうとすると、後ろから光の槍を放ちやがった。
欠伸が出るほど遅かったから首を傾けるだけで避ける。
「ちっ、運がいい……たかだか人間風情が虚仮にしおって……貴様、どうやってこの結界に入ってきた!?」
「……」
「まさか……貴様も神器持ちか? それならここで始末させてもらおう」
「あ?」
今、こいつなんて言いやがった? オレを始末? このカリフを……?
「貴様がオレを始末……だと?」
「そう言ったのだよ。全く、これだから人間というのは……」
クソが……人間を見下している“失敗者”の典型か……
「グッド」
こいつなら……存分に殺しても文句はなさそうだ……でも弱いしなぁ……萎えるなぁ……
「そこの悪魔お共に死ぬがいい……」
まあいい、こいつくらいならこいつ等の“エサ”にはなるな。
そのままネックレスに気を送ろうとした時だった。
「そこまでよ」
突如として背後に紅の髪の美女が現れた。
カリフは突然現れた気にカリフは瞬間移動かなにかと思った。
「紅い髪…グレモリー家の者か!」
あれは脅えの目だな……こういう時に名声とは有り難いものだ。
このまま追い払ってもらおう。
「リアス・グレモリーよ。ごきげんよう、堕ちた天使さん。この子にちょっかい出したそうね」
さっさとどっちも帰れ。オレは早く帰って寝たい。
そう思っていると、こっちに向かってきて来る気に気付いた。
(二つ……堕天使よりでかいな……)
そんな感覚で感じていたのだが、徐々に気を感じるごとに何かに気付いた。
(……あれ? この二つの気……おいおい……)
そしてすぐにその二人が闇の中から姿を現した。
一人は黒いポニーテールの女性と小柄な少女だった。
その二人の顔を見てカリフは思い出した。
(こいつ等……なにがあった?)
あまりに変わり過ぎた状況にカリフは何とも言えない表情になって頭を掻いた。
「我が名はドーナシーク再び見えないことを願おう…」
「あ、もう終わった?」
カリフは堕天使が何かの術で撤退して行ったのを確認すると、そのまま欠伸しながらその場を離れようとする。
だが、そうは問屋が降ろさなかった。
「お待ちなさい」
「え~……」
予想はできてたけど呼び止められたことに嫌な声を出す。
「そこの子を助けてくれたことには感謝してるわ。ありがとう」
「助け?」
一体何を言ってるのか分からずに辺りをキョロキョロしていると、その紅い髪の女性は目を鋭くさせた。
「だけどね、人間であるあなたが堕天使を追い返すなんて有り得ないもの……神器を何かを持ってるのかしら?」
「いや、つうかもう帰っていい?」
そう軽く言って踵を返すと、さっきの二人が道を塞いだ。
「あらあら、怖がらなくてもいいのよ? ただ、お話を聞くだけですのよ?」
「……話を聞かせてもらいます」
女性はニコニコしながら金色のオーラを放ち、少女に至ってはファイティングポーズを取る。
その姿にカリフは溜息を吐いた。
とは言ってもフードを深く被っているためにその様子も彼女たちからは見えてない。
「……十年というのは人を簡単に変えるな……」
「あら? なんのことでしょう?」
「いつからお姉さまキャラに転職した? 朱乃」
「!?」
突然、自分の名前を言い当てられたことに女性…朱乃は目を大きく見開かせた。
それに続いてカリフは続けた。
「お前も随分と力を付けたじゃないか? 白音」
「!? なんで……!」
同じ様に驚く二人は、主に白音という昔の名を言い当てられた少女はさらに敵意と警戒心を露わにする。
そんな姿にカリフは頭を掻いた。
「なぜ、私たちの名を?」
「……オレはそこまで変わったか?……そういやフード被ってたな」
そう言ってフードをゆっくり上げるカリフに二人が身構える中、カリフは言った。
「オレは……昔、この街で生まれ、この街の両親に育ててもらった……」
そして、その輪郭が露わになってくる……
「そこで……オレは約束を果たすと誓った……」
その少年らしくも男らしい輪郭に二人は驚愕していった。
「あ、あなたは……そんな!」
「うそ……」
「朱乃? 小猫?」
まさか、いや、だけど、この自信に溢れた口調、守り切る自分のペース、そして……
「性は鬼畜……名はカリフ……約束……果たしに来たぜ?」
十年ぶりの再会……全てはここから始まるのだった。
「どうでもいいけどそこの男連れていかなくていいのか?」
「え? あぁ!」
カリフは倒れている一誠を指すと紅い髪の女性は慌てて介抱した。
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