時間は少し遡る。
無事柴田家の屋敷に到着した良晴一行は、長秀からの重要な連絡という名目で勝家の元へと通された。
その後、通された客間で半刻ほど待つと、奥の襖が開けられ、・・・何故か艶やかな着物と小物で着飾った勝家が現れる。
「・・・えーと、勝家さん。」
なんか違う。頑張って柴田家を説得しようと来訪している筈なのに、先程から勝家の様子がおかしい。顔を赤くして横目でチラチラ見るなんて、まるで俺が勝家に交際を申し込みに来たみたいじゃ・・・
何か聞き逃したかと、昨晩の会議を思い返す。
(昨晩の一幕)
四人で大まかな方針を決めた後、謹慎状を書いたことが無いという信奈のために良晴が下書きを書いていると、残りの三人が話し合っている隣の部屋から言い争う声が聞こえてきた。
流石に心配になって見に行ってみると、誰よりも早く長秀が走りよってきた。
「良晴殿。信奈様を娶るという話は本当でしょうか。」
「勿論だ。彼女に対する誓いに偽りはない。」
その問いに肯定で返すと、何故か真っ青になる長秀。
はて、今すぐ交際を公表するとでも思われているのか。
「長秀。彼女と交際はするが公表するのは『天下布武』の見通しが立ってからだから、信奈に迷惑は・・・「それくらい分かっています!」・・・そうか、すまん。」
最も懸案事項と思われる、『公然と信奈の伴侶として振る舞う』という、ことに関する危惧だと思い、口にすると、何故か凄い剣幕で否定された。
うーむ、自分の言葉の何処が長秀の逆鱗にふれたのか。
可能なら詳しい事情を聞きたかったが、重要な計画の実行が明日であるため時間が無い上に、信奈を諦めますという最も簡単な解決法を絶対に口に出来ないため、この案件の説得にが時間がかかることが目に見えている。
良晴は取り敢えず、『信奈を諦める事以外なら大概従います。』と最大限の譲歩を口にして、話を終わらせた。
(回想終了)
うーん・・・あの後、何かあったのかなあ。でも何か策を練ったのなら、一言言ってくれればいいのに。
流石に何も聞いていないでこの状況を迎えることに対する困惑は決して少なくは無かったが、このまま、まごついているわけにはいかない。
とりあえず、良晴は勝家に向き直った。
ここで、良晴と勝家の話を始める前に何故、先ほどの回想の中で長秀が青ざめたのかを御話ししよう。
その問題のキモを一言で言ってしまえば、今の良晴は、かつての弱かった風来坊ではなく、文武両道で政治的駆け引きすら行える、言うなれば国の行く末を左右できる者であるにもかかわらず、その結婚がどれほど重要であることを本人が自覚していないことにあった。
良晴は、前回の人生(以後、前世と呼ぶ)でも自身が早期にほぼ公然と信奈に対して好意を口にしていたために今回も彼女への行為を表明することに何のためらいもなかったが、それが前世で許されたのは、厳しい言い方をすればそれを叶える事が不可能に近かったからだ。
実現不可能な事を口にしても、他の家臣は『ああ、妄想ですね』としか考えず、結果、馬鹿にされるだけであった。
そして、そのような男に興味を示す旧家等もほとんどいなかった。
だが、今回は違う。
弱兵なれど信勝とその周囲の若侍数十人を瞬く間に叩き伏せる武勇。
他国や海外と取引を重ね短期間に屋敷を手に入れるだけの金銭を稼げる商才。
そして京都の貴族のような身分の高い者にしか伝授されない薬の調合法すら知っている深遠な知識。
上杉や武田のように強兵や腕のある武将、軍師のいる国ならともかく、周囲から舐められている軍しか持てない尾張にとって、これ以上の有望株はなかった。
つまり、今回は、尾張のありとあらゆる名家から注目されていた。
主に諜報を信勝の動向と、日々の各国の物品の売価調査に割いていた良晴はあずかり知らぬことであるが、犬千代とねねを妻として迎えた良晴の日々の生活から、その人柄にも大きな問題が無いと判断した各家々は、御家騒動がが収まり国の指揮系統が一本化した段階で織田家を通して良晴の相手として娘達を送る気満々であった。
当然、各名家と親交のある長秀にもその情報は入ってきており、、その辺りの事については、御家騒動の終わった時に信奈、良晴両名を交えて話し合うつもりであった。
さて、ここでもっとも問題とされるのが、『妻達の序列』である。
戦国時代、一夫多妻が公然と認められていた武将や大名の妻は大きく分けて『正室』『側室』に分けられる。(ここでは正式な妻と認められない『愛人』は除く。)
読んで字の如く、『正室』がもっとも地位が高く、その間に出来た子が第一に家督を継ぐ権利を持つ。
その地位は基本的に一定ラインの地位を持つ家の娘が選ばれる事がほとんどであり、場合によっては、長い間付き合っていた相手でも側室扱いとし、貴族や武家の名門からの娘を正室とすることもある。(この理由のため、地位の低い犬千代とねねは、屋敷持ちの侍大将である良晴の側室という扱いとなる。)
続く『側室』は妻として扱われはするものの、基本的に何か側室を重用せざるおえない事情(正室との間に子が出来ない。又は病気等で急死する。)が無い限り基本的に立場は正室より下となり、側室同士では、実家の力関係や生まれた子の才覚によりその序列が決まる。
つまりは、基本的に娘達を見合いさせる者達、特に譜代として古くから仕える者としては『正室』の地位を欲するのが実情である。(ちなみに誤解を与えぬよう言っておくと、前述した序列はあくまで世間から見たら・・・という意味であり誰が一番愛されているかとは又別問題である。二人を下と差別して見ている訳では無い。)
にもかかわらず降ってきた今回の件は、その調整役となっている長秀にとって迷惑この上なかった。
信奈様は当然、良晴と結婚する際、正室の立場を求めるだろう。それは信奈の心情的にも立場的にも当然である。
そのため、良晴が信奈と結婚するまでは、正室を空けておかねばならない。
ただし、その理由は口にすることは出来ない。良晴も口にした通り、内容が危険過ぎて口に出来ないからである。
信奈と婚姻するというのは、織田家に代わり、これからは良晴が各武家の格付けを決めると言ってることに等しく、流石に現時点でそれを行えば、高確率で反乱されるのは目に見えていた。
つまり長秀は、理由を口に出来ぬまま良晴の正室を狙う者達に側室で我慢してもらうか、又は婚姻自体を諦めてもらうかの交渉を、以後、二人が結婚出来るまで続けていかねばならない。
水面下の事情を知らぬとはいえ、極めて難易度の高い問題を作り出した良晴に対し、長秀が怒鳴るのは無理なからぬことであろう。
良晴が昨晩隣の部屋に戻った後、当然、その旨は信奈に伝え、思い直して貰うよう提案したが、当然の如く却下された。
まあ、その様な聞き分けの良い行動を淡々と取れるようなことができればうつけなどと呼ばれる訳がないため、当然といえば当然であるが。
ただし、流石に長秀の立場の困難さが分からぬわけでもない上に、無茶な事を言っている自覚はあるため、、側室については一任すると長秀にその判断を任せた。
こうして当事者二人から裁量権を貰った(放り投げられたとも言う)長秀は、どうすれば公然と良晴の正室が空位であることを納得させられるか一晩中悩み抜くはめになった。
その結果が今良晴の前に広がっている光景、つまり、織田家家老の柴田勝家の側室化である。
その理由としては大きく分けて三つある。
一つ、現時点での柴田家とは、譜代でありながらも、謀反を起こした信勝派閥の筆頭である『正室を諦める理由を持つ』相手であり、一族からの文句が立場的に出せない相手であること。
二つ目は、『家老を勤める柴田家ですら側室』ということで、他家の正室への欲を抑制することが出来ること。
流石に表だって、己の一族は謀反に関与していないから柴田家を差し置いて正室になりますとは言いにくい。
三つめは、良晴の側室に収まることを人質を兼ねた『仕置き』とすることで、有力な譜代柴田家への処罰による衰退化を防ぐと同時に、権力争い等で再び信奈側へ歯向かう事を抑制することである。
実際問題、柴田家当代で飛び抜けて武勇に優れた勝家を押さえていれば、基本的に謀反は困難となる。
以上の理由により、とりあえずの光明を得た長秀は、早朝に事前に勝家の屋敷に伺い、まずは親族へ話をした。
すると、ここで長秀の予想外のことが起こった。
一族が総出で長秀の策に同意してくれたのだ。
実はその力強さ故に整った顔と抜群のスタイルを持ちながらも『鬼』と揶揄される勝家は国中の男性から全く女性としてみられず、その結婚はほぼ絶望的と(本人含め)思っていた。
そこに降ってわいた縁談の相手が良晴である。
親族こそ居ないものの、その知略と技術はやんごとなき血を引いているという巷の噂が誠であるとしか思えぬほど本物であり、勝家に引けを取らぬ実力を備え、その結婚により敵側に従っていた罪を減刑されるというおまけ付き。
勝家の母に至っては、『この縁談の他に娘の花嫁姿を見るすべ無し!』と言い放ったほど、この婚姻に賛成した。
加えて、勝家本人も前世と違い、『頼りになる男』と認識している上に、一族から祝福される相手との結婚に対して乗り気であった。実は、彼女は普段の粗暴な言動とは裏腹にかなり乙女チックな思考を持つため、結婚願望は人並み以上にあった。
よく、常の行動で誤解されがちだが、勝家は武家の娘として教育を受けているため、男女の婚姻の重要さは理解しているし、男女間の愛情について否定的でもない。信奈への愛着を口にしているが、流石にそれはガチの同性愛というわけではなく、『親愛』や『家族愛』に近いものなのである。
こうして、拍子抜けするほどあっさり勝家の側室話は受け入れられた。
しかし、長秀がふと気づけば既に日が昇り、だいぶ時間が過ぎていたため、とりあえず概略を記した手紙を封をして勝家に託し、早々に家を出た。
これが、今回の良晴の困惑した事由の真相である。
柴田家と長秀のやりとりを大体の流れと内容を、手紙と勝家から伺った内容から把握した良晴は、流石に暫し沈黙した。
色々反省する点とツッコミたい点があった。
だが、自分が今しなければならない事は一つである。
「あいつ(信奈)と妻にどつかれる準備しておこう。」
この後、勝家との婚姻を受諾した良晴は、流石というべきか顔を真っ赤にした勝家の話し相手になりながらも、長秀の期待した通りに柴田家一門と共に旧信勝勢の武家を平和的に信奈側に引き入れることに成功し、その人身掌握術と政務判断の見事さを尾張に知らしめた。
だがしかし、今回の良晴の凄さは当時付き従った従者の一人の日記の一文に集約されるであろう。
『殿の準備のよさは神や仏の領域だ。なんせ、柴田家を引き入れると言い向かったら、既に婚礼の準備が整っているんだぜ。』
(第十四話 了)
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拙作を読んで頂いている皆様にはご迷惑をおかけしました。
十四話サブタイトル『付き人は見た!』
お楽しみ下さい。